ゲームチェンジャー   作:のなもちとちみ

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第4話 泣くほどの

■ゲネシスファクトリー 日本支部

   選考会居住区 第6班リビング

 

 

 偽巨乳は伊藤さんに促された通り、シャワーを浴びるため自室に入って行った。

 

 

(何を隠してんだよ)

 

 その間リビングで待っている俺は、偽巨乳に対する疑念を膨らませている。俺だけではない、中村さんも金田さんも、ふさぎ込むように思案にふけっていた。

 

 

――30分ほど経過しただろうか。

 

 

 重苦しい沈黙に似合わないほど、普通のテンションで伊藤さんが口を開いた。

 

「ねー中村さん、これってやっぱコツとかあるんですかね? 知ってます?」

 

 伊藤さんの言動は本当に読めない。この沈黙の間、昨日やっていたルービックキューブとの格闘を再開していたのだ。

 

 中村さんの表情は「こんな時に何を」と言いたそうではあるが、伊藤さんとのやり取りは極力避けたいのだろうか。

 

「俺もそれ苦手なんだよね」

 苦笑しながら、そう答えるに留まった。

 

「そうですか、これ案外難しいんですね」

 

 そう言いながら金田さんを見たが、見られた金田さんは慌てて首を横に振って「出来ませんアピール」をしてる。当然俺も出来ない。

 

 伊藤さんが俺にも聞こうという態勢に見えた時、中村さんが「よし!」と自分で気合を入れると、伊藤さんに質問をぶつけた。

 

「伊藤くん、優理ちゃんに何があるって思ったの? で、それに気付いたのはいつなの?」

 

 

「ん? さぁ?」

 伊藤さんは完全にはぐらかそうとしている。

 

 この反応に、中村さんとしては珍しく、伊藤さんに対して矢継ぎ早に言葉をぶつけていく。

 

 

「だって、絶対なにかあるでしょあの反応、あそこまで聞いといて【無かったことに】とかないでしょ」

 

 

「うーん……」

 

 言おうとしない伊藤さんに、中村さんは少しイライラし始めた様子だ。

 

 

「伊藤くんの予測でもいい、何かを感じているなら教えてくれないかな、俺達だって知りたいんだ」

 

 そういって金田さん俺に「なぁ、そうだろ?」と、同意を求める。無意識ではあったが、俺は頷いて同意を示していた。もちろん、金田さんもだ。

 

 

「知りたいって言われても、俺は何も知らないよ?」

 

 知らないのは本当だと思う、でも何かを感づいている。そしてそれが何なのか、この人はきっと想像しているに違いない。

 

 

「予測でいいんだよ、俺達にも教えてくれないかな」

 

 伊藤さんを相手に交渉である。俺も金田さんも頷くばかりで、言葉を発する事をためらっていた。

 

(頑張れ中村さん!)

 

 金田さんもそんな思いで見守っているに違いない。

 

 大きなため息ついた伊藤さんは、少し嫌そうな顔を見せる。

 

「俺は何も知らないし、これからも知りたくない、彼女から何も聞かないし、聞こうとも思わない」

 

 その嫌そうな顔のまま、自分で撒いた種にもう関わらないと言い切った。けれども、それではこっちの3人が納得できない。

 

「なんでだよ、隠すのか?」

 

 中村さんが食って掛かると、少しイラっとした様子の伊藤さんから怖いオーラが出始めた。

 

 

「ったく……」

 

 先程より更に険しい顔をして、三人を見回しながら話し始める。

 

「あの反応見たろ? お前らさ……」

 

 言葉に詰まった様子である。何だか不思議な事に.伊藤さんの険しい表情は一瞬、少しばかり泣きそうな表情にも見えた。

 

「突っ込まれて泣くほどの秘密なんて持ったことあるか!?」

 

 

(……ない)

 

 言うとおりだ、誰かに突っ込まれて泣くほどの秘密なんて、持っている人間のほうが少ないんじゃないだろうか。

 

 

 伊藤さんはまた一つ大きなため息をつくと、一気に言葉を並べ立てた。

 

「俺がここで話した予測がもし当たってたら?彼女が自分からその秘密を話始めちゃったら?それがどんな結果を生むのかとか、考えないわけ?」

 

(どんな結果……か)

 

「あんな反応だぞ? 最悪、もしかしたら彼女の命にかかわるような……そんな話かもしれないじゃない」

 

 

「まぢ?」

 

 金田さんが驚いて、顔面を引き攣らせながら声を上げる。俺も中村さんも言葉にならない、伊藤さんの思慮深さには頭が下がる思いだ。

 

(ゲネシスファクトリー……)

 

また思い浮かぶが、あの資料の出元くらい、伊藤さんも知っているだろうから黙っている事にした。

 

 

言葉を続ける伊藤さんは、珍しく話し方に力が入っていた。

 

「命にかかわるってのは大げさかもしれないけど、きっとすごい大事な何かなんだよ! そんでそれは本来、俺たちに知られていい話じゃないんだよ! だから俺は聞かない、お前らも聞くな!」

 

 

 その直後、偽巨乳の部屋の戸がガチャリと開いた。

 

「聞こえ……ちゃった」

 

 すっかり肩を落とし、か細い声になってしまった偽巨乳。今の伊藤さんの台詞を聞いていたらしい。それを正直に言える所は偽巨乳が素直な証拠であり、それはあの子の長所だと思う。

 

「チッ」

 伊藤さんは軽く舌打ちをすると、全員に向って話し始めた。

 

「俺の推薦は石島君だ、俺は推薦なんていらない、自分で選考会を突破する」

 

 

 その言葉に驚いたのは俺だ。

 

「ちょっと待って下さい、俺は……」

 

(推薦されたら、戦国時代に行くのが決まるのか?)

 

 

 少し戸惑う俺に、目をキラキラさせた金田さんが問いかける。

「どうした? 行くっしょ? 戦国時代に!」

 

 この場面で首を横に振れるほど、俺の意思は強くない。雰囲気に呑まれて頷いてしまった。

 

「よっしゃ、んじゃ自分の推薦も石島ちゃんで! 自分も伊藤さんに負けずに自力で突破してみせるっす!」

 

 

(金田さんまで!)

 

 

 偽巨乳が慌てて端末を手に取った。

 

「お二人とも……推薦理由を教えて下さい」

 

 まだ元気は戻っていないようだ。

「理由かぁ」と漏らした伊藤さんは、ニヤリと笑う。

 

 

「とても残念な担当が理由もろくに説明しなかったせいで、ココに連れて来られてから説明を受けるというハンデを背負いながら、ゲームチェンジャーになるという決意をした立派な若者だからです!」

 

 伊藤さんにしては、いつになく明るい声だった。それを聞いた金田さんが「あひゃひゃひゃ」と彼独特の笑声を上げる。おれも乾いてはいたが「ははは」と笑うしかなかった。

 

 

 偽巨乳は、そんな意地悪を言った伊藤さんを正面から見つめている。

 

「ありがとう……伊藤さん」

 

 また涙目になりながら優しく微笑み、ちょっと震えた声でお礼を言った。リビングの空気は、先程とは打って変わって優しい温もりに包まれている。

 

 シャワーを浴びた直後の偽巨乳は、当然ながらすっぴん。普段から薄化粧なのだろう、すっぴんでも全然変わらなくて、すごく可愛い。濡れ髪ですっぴん、涙目で潤んだ瞳、普段よりずっと色っぽさが増してヤバイ。

 

 中村さんは話の内容など頭に入っていないのだろう。天使の魅力に圧倒されて、口を開けて偽巨乳を見ていた

 

 

「――ん? なにが?」

 

 伊藤さんは「何のお礼かわからない」そんな風を装いながら偽巨乳に笑顔を見せた。

 

「そんじゃ、ま、俺は石島くん推薦ってことで! もう寝るわおやすみー」

 

 伊藤さんが偽巨乳から逃げるように背を向けると自室に向と、偽巨乳は何かを吹っ切るように自分で頷き、伊藤さんの背中に向って声をかけた。

 

 

「推薦理由は【ゲームチェンジャーになる決意を固めた立派な若者だから】でいいですね!?」

 

 既に自室に半身入りかけていた伊藤さんは、その態勢のまま部屋から顔だけを出すと、優しい笑顔と一緒に返事をする。

 

「こら、前半部分どこいった?」

 

 

「なんの事かわっかりませーん♪」

 

 偽巨乳はおどけて言って舌を出した後、笑顔で「おやすみなさい」と小さくお辞儀をした。

 

「冷凍庫に氷入ってるから、目ぇ冷やして寝ろよ~」

 

 伊藤さんはその言葉だけ残して部屋に入り、その日はもう出てこなかった。二人のやり取りは、俺を含む取り残された3人に気恥ずかしさを残していった。

 

「こりゃダメだ、そりゃ先輩モテますよねぇ~、かなわねっす」

 

 金田さんはゆっくりと席を立ち、偽巨乳に近づいていくと。

 

「自分も石島ちゃんを推薦で! 理由は先輩と同じでいいっす!」

 

 

「はい、金田さん、ありがとうございます」

 

 偽巨乳は笑顔で返事をするも、金田さんはニヤニヤしながらそれを揶揄した。

 

「やめてちょーだい営業スマイル、もーね、金髪金田さんはフテ寝しますから後はお任せしまーっす」

 

 歩きながらそう言うと、さっさと自室に戻ってしまった。

 

 

「ま……そうゆう流れ……だよな、俺も自力で行こう」

 

 中村さんは少し心残りがある様子ではあったが、「推薦は石島くんで」と言い残して自室に入ってしまった。

 

 残されたのは俺と偽巨乳。

 

 しかも偽巨乳は今、風呂上りで色気ムンムンだ。3年間も引きこもっていた俺に、この「天使の湯上り」は猛毒すぎる。本当なら、喜ぶべきシチュエーションだろうし「頑張れ俺!」って思う場面なんだろうけど。

 

 伊藤さんとのあのやり取りを見せつけられた後じゃ、そんな気にはなれなかった。

 

 

「お茶、入れるけど石島さんもいる?」

 

 

 残された俺と偽巨乳の間に、数秒間の沈黙が流れたが、口を開いたのは偽巨乳からだった。

 

 

「あ……うん、もらうよありがと」

 

 キッチンへ向かう偽巨乳の背中を眺めながら、俺が抱えている事の小ささを実感していた。つまらない、メンドクサイ、そんな小さな悩みで死のうとしていた自分のバカさ加減に、無性に腹が立つ。

 

(あの小さな体でどんだけ重い物を背負ってるって……?)

 

 伊藤さんの言葉が頭から離れない。

 

【突っ込まれて泣くほどの秘密なんて持ったことあるか?】

 

 

 そんな秘密、想像もつかない。

 

 

(そういえば……)

 

 泣きながら「話す」と言った偽巨乳に、伊藤さんは「そんな決意持つべきじゃない」と言っていた。その伊藤さんの言葉に、偽巨乳はさらに泣いていた。

 

(どんな決意だったんだろう、伊藤さんはそれを感じ取れたんだ)

 

 俺なんかが心配したところで、どうにもならないくらい重い何かを抱えているのだろう。

 

 

「おまたせ~♪」

 

 偽巨乳が入れてくれたのは、たぶん「ほうじ茶」だと思う。朝飯も、昼飯も、夜飯も、お茶も、300年後でもそれほど変化が無い事は驚きだ。

 

 俺は、そんな内容の事を話していたと思う。偽巨乳からしてみれば昔話になるのだろうか。

 

 

「……つめたっ」

 

 偽巨乳は話の途中で、伊藤さんに言われたとおり氷を持って来て袋に入れると、目を冷やしながら話を聞いてくれていた。

 

 

(やっぱり俺に気を使ってるのかな)

 

 

 それよりなにより、伊藤さんを筆頭にみんな自室に戻るのが早すぎだ。俺はまだ全然眠くないし、偽巨乳もそれは同じようで「まだ眠くないし、今日は寝れるか微妙~」とか言っていたので、けっこう話し込んでしまった。

 

 話している途中、気になって仕方がない様子の中村さんがやってきて、用もないのにキッチンに行っては「早く休めよ」なんて声をかけて自室に戻るという行動に3回も遭遇した。

 

 本当に気になって仕方がないのだろう。

 

 偽巨乳は、俺の話はそれなりにしっかり聞いているものの。どこか落ち着きがなく、誰かを待っている様子だった。それが誰かは聞かなくてもわかる。

 

(ほんとわかりやすいな)

 

 

 結局、他愛もない会話だけが進み、いつもの就寝時間を過ぎてしまっていた。

 

「わたし、そろそろ寝るねっ」

 引き留めたかったが。

 

「ああ、おやすみ」

 代わりに、出来るだけ笑顔でおやすみを言うように心がけた。

 

 

(まいったなぁ)

 

 話してみたら、とびっきり可愛い、だけじゃなかった。ホントに良い子なんだ。

 

(惚れてまうやろ~)

 

 部屋に入る偽巨乳の背中に向って心の中で叫び、無理やり冗談ぽくする事で、自分の気持ちを、ごまかした。

 

 この場所、この時代、この施設、ゲネシスファクトリー、俺は知らない事が多すぎる。

 

(どうせ死ぬなら、戦国時代を見にいこう)

 

 抱き始めた偽巨乳への想いを振り払うように、俺は戦国時代へ行く覚悟を決めた。そんな覚悟を決めちゃったら、目が冴えちゃって眠れなくなってしまった。外に出てみようと試みたが、リビングの入口のドアは全く反応してくれない。

 

(朝は普通に開くのになぁ)

 

 夜間は稼働しないらしい。手動で動かないか試してみたけれど、重厚な扉はピクリともせず、開くどころか動く気配さえ感じなかった。そんな扉を手のひらでペシペシと軽く叩く。

 

(これもう壁だね、扉じゃなくて壁)

 

 

 俺は外出を諦めて、講義の時に配布された資料を見ながら眠りにつこうと自室に戻る。偽巨乳や他のサポートの女の子達が持っているような、あんな端末が配布される事を期待していたのに、手元にあるのはずいぶんとアナログなペーパー資料だ。

 

(300年後ってどんな世界なのかなぁ)

 

 これから過去へ飛ぼうとしている俺は、今いるこの世界が気になり始めていた。それは単に新しい物への興味なのか、偽巨乳がいるからこその興味なのか、自分でもわからずにいた。

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