>>CE71.01.25 オノゴロ島@オーブ/エリカ・シモンズ
「そこまで! もういい! もういいわッ!!」
私はマイクにしゃがれた声で怒鳴りつけていた。それと同時に、老人よりもなお弱々しい動きを続けていた<M1アストレイ>が起立状態へと移行する。
「このセッティングは失敗! 1時間の休憩! 技術班も休みなさい!!」
八つ当たり気味にそう叫ぶと、マイクを切り、監視ブースを出ていくことにした。
向かった先は女子トイレだ。
用を足しにきたわけではない。眼鏡を取り、洗面台の冷水を思いっきり出させたうえで、白衣に水が飛び跳ねるのも気にせず、勢いよく顔を洗っただけだ。そのまま洗面台に両手をつき、目の前の鏡を睨み付けた。
……ひどい顔だ。
31歳にしては若い方だと思っていた顔立ちが、今では40代と言われても納得してしまいそうなほど酷い状態になっている。化粧もしていないから目尻の皺もかなり目立った。肌の張りも悪い。目の下の隈は、何か塗ってるのではないかと思えるほど派手に浮かんでさえいる。
「どうすればいいのよ……」
オーブ国防軍用MSの独自開発──当初はザフトの<ジン>の残骸を解析するところから始めたものは、研究開始から半年がすぎたところで壁にぶちあたることになった。
操作系だ。
MSの操作系はデュートリオン技術に基づく非接触式神経系出力受信型インターフェイスを利用している。これがあるからこそ、MSはわざわざ人型をしていると言ってもいい。だが、ザフトのMSはコーディネイターが扱うことを前提としている。
コーディネイター。
遺伝子調整によりナチュラルを遙かに上回る身体能力を備えた者たち。幾多の疾病に対する高い抵抗力すら持ち合わせている彼らは、受精卵段階で受けた遺伝子調整により、容姿も、頭脳も、肉体も、様々な才能も、最初から一流と呼べるだけのものを備えた上で生まれてくる。
そうしたハイスペックな人間が扱うことを前提としたものがザフト製MSの操作系だ。
普通のナチュラルでは扱えないのも当然だろう。
今のところAIに操作処理の一部を任せる形を試しているが、うまくいっていない。一応、モビルアーマー用量子コンピュータ型人工知能も試しているが、やはりこれもうまくいっていない。
なにかが足りない。
やはり元々の入力信号が弱すぎる? いや、今で限界だ。これ以上はナチュラルに扱えなくなる。だったら増幅の……それも試した。もっと根本的に、設計そのものが間違っている可能性もあるが、そうなるとOSをゼロから作り上げるしかない。
……無理だ。参考になるザフト製OSは、緻密にして無駄がない。
これと同程度の、それもナチュラルでも扱えるOSなど、1、2年で作れるほど甘いものではない。実際、プラントにしてもMSの開発には年単位の時間を要したらしい。きっとそのほとんどは操作系の、OSの開発に費やされたはずだ。
機動人型乗機──通称“MS(モビルスーツ)”。
オリジナルはコーディネイターの始祖、ジョージ・グレンが木星往復船<ツィオルコフスキー>に搭載した船外活動用大型強化外骨格乗機だ。ザフト軍が主力としている<ジン>の根本的な構造は、それと大きく変わっていない。
だが、緩慢な動きしかできなかったジョージ・グレンのMSを、プラントは生身の人間を彷彿とさせるほど素早く、滑らかに動けるように造り替えてしまった。しかし、それを可能とするのは、今のところコーディネイターが乗った時だけだ。
ナチュラルには乗りこなせない。
重力圏では立つことも出来ない。
宇宙ではさらに酷いことになる。
「どうすればいいのよ……」
「主任」
不意に女性職員のひとりがトイレに駆け込み、声をかけてきた。
「──!!」
イライラしていた私は、思わず噛みつかんばかりの勢いで振り返った。
怯える彼女の様子を見て、数秒で頭が冷えていく。
「……ごめんなさい」
「いえ、わかりますから……」
彼女も疲労困憊の様子だ。
そうだろう。
ヘリオポリスでは、大西洋連邦との共同開発である新型MS“GAT-Xシリーズ”が今日明日あたりに完成しているはずなのだ。操作系については向こうもなにひとつ解決していないだろうが、完成させてしまったという点が、私たちの焦りを呼んでいる。
屈辱なのだ。オーブ国民としては。
侵略せず、侵略させず、他国の争いに介入しない──再構築戦争中に建国されたオーブ連合首長国は、この理念を国是とし、理念を共有できる者を国民として迎え入れ続けた移民の国でもある。
私も、その理念に惹かれて結婚間もない頃に移民した口だ。
平和主義だが非武装ではない。孤立主義だからこそ自助努力を忘れない。本島の休火山ハウメア山の地熱による発電を軸に工業化を推し進めてきたオーブ連合首長国は、高い技術力に裏付けられた侮れない経済力と軍事力を背景に、小国ながら、現在の地球圏でも平和を維持し続けている。
そんな国だからこそ、MSを本来の作業機械としたいと願っていた私は、兵器になることも承知したうえで、モルゲンレーテ社でアストレイ開発計画に関わり続けてきた。
アストレイ。
“王道ではない”、“邪道な”、“はぐれ者”といった意味を持つ言葉。理念を曲げ、大西洋連邦軍との共同開発から技術を盗用して開発しているMSには、この名が一番相応しいと思い、私が、そう名付けた。
だが、そんな<アストレイ>の量産型、<M1アストレイ>は、今になっても満足のいく性能を発揮できずにいる。まさか大西洋連邦でさえ、操作系について門外漢だったとは予想外だった。いや、それ以外の技術はいろいろと参考になったが……それでも操作系がダメなままでは使い物にならない。
どうすればいいのか、どうやればいいのか、その糸口すら掴めずにいる……
「主任。外部から、お客様です」
女性職員が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「……また視察?」
「はい……」
これまでも何度となくあったことだ。特にアスハ家のお姫様は、あまりにも何度も通い詰めてきたおかげで開発部の全員と顔見知り……というより友達? みたいな感じにさえなっている。
私も、あのお姫様らしくないお姫様のことは気に入っている。
オーブ国民としては、もう少しお淑やかになって欲しいと思うところもあるが、ああも純粋で、真っ直ぐで、物怖じを知らないところなどは、いろいろとスレてしまった大人の私には好ましいものに思えてしまうのだ。
「それで、今度は何処の誰?」
「セイランの……ユウナ様です」
「えっ? 〝哲学者〟?」
意外だ。いつも考え事に耽っているかのようにボーッとしていることから〝哲学者〟と暗にバカにされているセイラン家の御曹司が、わざわざモルゲンレーテ社の視察に来るなんて……それも、私に話が来たということは、MS開発を名指しにしてきた?
「断れなかったの?」
「クムト様から直々の御言葉があったとかで……」
あの老人か……再構築戦争世代にして、ウズミ様も頼りにしてきたという実力者。オーブの食料政策を一手に引き受けている人物でもあり、すでに実権は実子のウナト・ロマ・セイランに譲っているそうだが、そもそも政治家としての器が違いすぎるため今なお、オーブの政財界に大きな影響力を保持している老人のひとりだ。
「あの御老体が……あれでも孫が可愛いのね」
溜息をついていると、女性職員はハンカチで私の顔を拭こうとしてきた。
「平気よ。ありがとう」
自分のハンカチで顔を拭き始める。
「化粧の時間くらい、とれるかしら? それと掃除の時間も」
「はい、こちらに来られるのは1時間後だそうです」
「そう。だったら開発部にも連絡しておいて。私はシャワーでも浴びてくるわ。あー、それと再開は視察のあと。そう伝えて」
そうだ。シャワーついでに、食事でもとろうかしら?
今日はまだ、何も食べていなかったのだし。
>>SIDE END
>>CE71.01.25 オノゴロ島@オーブ/ユウナ・ロマ・セイラン
爺様に頼んだら即日OK! ただ、モルゲンレーテ本社でMS開発していること、なぜ知っているのかと驚かれてしまったが、秘書をしていれば話くらい耳にする、なんて適当に答えることで誤魔化すことができたっぽい。
そんなこんなで、こうして見学に訪れたわけだが。
「これはひどい」
最初はテンションあがりまくりだったが、実際に動いているところを見せて貰ったら、そりゃもう、ドン引きどころの話ではなかった。
だってさ。
MSが下手な太極拳、やってるんだぜ? いや、ものすごく好意的に見れば、そう見えなくも無いというか……歩いているところなんて、老人が1歩1歩、震えながら必死に歩いているようにしか見えなかったわけで。
「ま、まだ、開発中ですから」
波うつ髪を少し乱雑な感じで短めにしている三十代の女性──開発主任のエリカ・シモンズが、頬を引きつらせながら言い訳を口にしてきた。
「このことは首長会議にも報告済みです。今さら驚かれるほうが意外なのですが」
「見ると聞くとは大違いなもので」
それにしてもこれじゃあなぁ……乗ってみたいけど、それ以前の状態か?
「開発データを見ることは?」
「……」
「シモンズ主任?」
「一応、社外秘ということに……」
「ユウナ・ロマ・セイランがお願いしても、無理ということですか?」
「……わかりました」
溜息まじりに、シモンズ主任は承諾してくれた。
権力万歳。
やっぱり、こういうものは使える時に使わないとNE☆
「こちらになります」
「失礼」
監視ブースの椅子に腰掛け、端末に表示される開発データを確認していく。
……なるほど。これはひどい。
<M1アストレイ>がまともに動けるようになるのは、原作だとCE71年3月下旬、<アークエンジェル>が“オーブ近海に墜落した”ということにして極秘裏に寄港した際、キラ・ヤマトの協力を得た後のことだったはずだ。
今はCE71年1月下旬。
あと2ヶ月……2ヶ月も我慢するのは、ちょっとなぁ。
「おわかりにならないと思いますが」
シモンズ主任が俺の背後で解説しようとしてきた。
「MSの操作系はデュートリオン技術に──」
「デュートリオン技術に基づく非接触式神経系出力受信型インターフェイスを軸にしている以上、ナチュラルがこれを扱うにはAIによる補佐が必須なのは、よくわかります。しかしながら、これでは前提となる入力系があまりにも過敏すぎて、処理時間が増える一方です。例えば、この姿勢制御ですが……」
俺はカタカタとキーボードを叩いてみた。
「……こういう感じで、内耳系処理を切り捨てかまわないでしょう。ジャイロだけでも、こっちの処理系を……こうするだけで、数値が全て許容範囲内に収まり、短縮による処理速度の向上が図れます。ただ、このままだと自動処理が強すぎるので……こう……こういう感じで……(カタカタカタカタ)」
「えっ? 強制中止命令?」
「ええ。キャンセルできるようにしておけば、転倒中でも操作が可能になります。宙域戦用は、こっちをこうしておけば対応可能です」
「……いえ、それではイオンポンプとの兼ね合いが」
「あー、精度の問題か……だったら別に組むか……ん~っ」
つい【超叡智】で思いつくままに調整しようとしたが、それだと逆に不具合が生じてしまうわけか。ん~っ、いっそ、ゼロから作るか?
「だったら……」
まずは表題をつけていって……コメントアウトした仕様を書き込んで……ああ、ここは変数が面倒だな。確か基本は同じだから元からコピペだ。それとこっちは……
>>SIDE END
>>CE71.01.25 オノゴロ島@オーブ/エリカ・シモンズ
私は……なにが起きているのか、理解できなかった。
「しゅ、主任! これって……」
「しっ!」
思わず私は、声をかけてきた部下に口を閉ざすよう促した。
監視ブースにはキーボードを叩く音が間断なく続いている。その音を響かせているのは暗にバカにする意味で〝哲学者〟と呼ばれている、あのユウナ・ロマ・セイランだ。
現れた時も、どこか気だるそうにしていた。
<M1アストレイ>を見た時には、新しい玩具を目にした子供のような目をしていたが、稼働試験を見学しだすと、再び気だるそうな雰囲気に戻ってしまった。
失望されたのだ。あからさまに。
いつものこととはいえ、相手が〝哲学者〟だけに、私も部下もイラつかずにはいられなかった。
しかし、どうだ。
社外秘の開発データを五大氏族の一角、セイラン家の直系であることを笠に着て公開させたこの男は、何も知らないどころか、説明しようとした私の言葉を遮り、完璧に理解している素振りで……OSの改良を始めてしまった。
いや、今行っているのは改良ではない。
ゼロから作り上げている。
一部は元のソースコードを用いているが、構造そのものが完全に別物と化していた。その大まかな構造を見れば、今までのOSが人間と機械を直結させたダイレクト・マン=マシン・インターフェイスだったのに対し、最初からAIを組み込むことを前提に……そうか! 最初からAIにも判断させれば良かったのか!?
だが、これを活用するには元になる動作パターンによる弊害が……ああ、だからこその強制中止命令! これなら、これなら間違いなく、一般的なナチュラルの神経系でも充分対応できる!!
「アサギ! システム停止! OS入れ替えるわよ!」
私はマイクに飛びつき、自らも端末の操作を始めた。
「キド、過去のデータから動作パターンを組むわ! 分類しなさい! イズミ、キース、ジェシー! 彼が完成させたソースから固めなさい! ……ユウナ様!」
「ん~」
声をかけると、〝哲学者〟は作業を継続しながら不抜けた声をあげてくる。
「できあがったコードは随時、完成フォルダに入れてください!」
「うーっす」
監視ブースが一気に慌ただしくなる。OSの入れ替えということで、試験場の整備員たちも一斉に動き出した。私は強い興奮を覚えながら、自らも作業を開始する。
侮っていた。
おそらく誰も気付いていなかったはずだ。
彼は……ユウナ・ロマ・セイランはナチュラルで、有力氏族の子弟で、役立たずで、それを正面から言うわけにはいかない者たちが〝哲学者〟と呼んでいた人間で……
そして、天才だ。
今、私は、天才が初めてその実力を発揮する歴史的瞬間に立ち会っている。
きっと私は、いずれこう言うだろう。
彼の才能が輝きを放つ瞬間を、私はこの目で見たのだ、と。
>>SIDE END
エリカさん、こいつ天才やない。ただのチーターや。