真・恋姫†夢想~電光外史戦記~   作:ざるそば@きよし

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恋姫も格ゲーになっているので、対戦とかさせてみたいですね。


01.外史

 ???―――???

 

 零

 

「……流れ星?」

 何気なく空を見上げた時、少女は白い閃光が鋭く尾を引いて飛んで行くのを見た。

 まだ日が高い時間であるにも関わらず不思議とはっきり見えるその光は、少女がまさに今から向おうとしている方角へと真っ直ぐ飛んでいく。まるで自分を導くかのように。

 しばらくその不思議な光を眺めていると、

「――華琳様! 出立の準備が整いました!」

「――華琳様? どうかなさいましたか?」

 少し遠くから少女を呼ぶ声が二つ聞こえた。

 声はどちらも若い女のものだった。言葉の柔らかさからして、声の持ち主達は少女と親しい関係にあるのかもしれない。

「今、流れ星が見えたのよ」

 華琳と呼ばれた少女は閃光が向かった方角を再度見上げたが、光は既に彼方へと消え去り、忽然と行方を眩ませていた。

「流れ星、ですか? こんな昼間に?」

 と、彼女を呼んだ声の片方が不思議そうに言った。

「ふむ……あまり吉兆とは思えませんね。出立を伸ばしましょうか?」

 もうひとつの声も合わせるように彼女にそう提案する。

 華琳は流星の飛んで行った方角を見つめながら考えた。

 今のは本当にただの偶然だったのだろうか?

 あの光はまるで自分の道を指し示すかのように突然現れた。偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。

 では何者かが自分をあの方角へと導くためにあの光を出現させたとでもいうのか?

 一体誰が? 何のために?

 そもそもそんな事が現実に可能なのか?

 様々な疑問や思いが華琳の脳裏を駆け巡る。

 その時、華琳は街の中で広まっている“ある噂”を思い出した。

『天を切り裂いて飛来する一筋の流星。遙か先の世界から天の御遣いを乗せ、乱世を鎮静す』

 初めて耳にした時は誰が信じるものかと一蹴し、鼻で笑った噂話だ。

 だが、いま見た物がもしそうだとするのならば――

 彼女はそこまで考えると、強引に思考を打ち切って首を振った。

 仮定の物事をあれこれ考えていても仕方が無い。自分が解決しなければならない問題はすぐ目の前にあるのだ。

「吉と取るか凶と取るかは己次第でしょう。予定通り出立するわ」

 華琳の決断に二つの声は応じると、後ろに控えていた大勢の男たちに指示を送った。

「承知いたしました」

「では出発いたしましょう。――総員、騎乗! 騎乗!」

 号令が上げると、男たちは待っていたと言わんばかりに侍らせていた馬に次々と跨り、出発のための準備を整え始める。その一糸乱れぬ洗練された姿は、紛れもなく軍隊のそれだ。

 やがて華琳も自らの愛馬に跨ると、背後へ向けて高らかに声を上げ、馬を脇腹を蹴った。

「無知な悪党どもに奪われた貴重な遺産、何としても取り戻すわよ!……出撃!」

 

 壱

 

 顔を撫ぜる風の感覚でアドラーは己の意識を取り戻した。

 あれからどれくらい時間が経過したのだろうか。

 自分の身体が息絶えた瞬間は今もハッキリと覚えている。しかしその感覚は曖昧で、まるで現実感がない。身近なもので例えるならば、深い眠りから目覚めたような感覚だった。

(転生というのも、存外大した事はないな……)

 ぼんやりとそんな事を考えながらアドラーは閉じていた瞼を開く。

 だが、彼の目の前に広がっていた光景は、その予想を遙かに上回るものだった。

 染め抜いたようにどこまでも広がる鮮やかな青空、針の如く聳え立つ岩山の数々、荒れ果て乾いた大地とそれを舐める様に吹き荒ぶ旋風。

 一言で表すのならば、“無人の荒野”という言葉がぴたりと当て嵌まるだろう。

 そこは、そんな場所だった。

「……ここはどこだ? 俺は一体誰に転生した?」

 思わずアドラーは我が目を疑った。

 “転生の法”――それは術者の魂を他者の肉体へと移し替える事で生き永らえる秘術だが、それには一つだけ法則があった。

 それは『術者と同じ生体情報を持つ者が居る場合、優先してその体に転生する』という事だ。

 その法則によって、自分の複製體(クローン)であるエレクトロゾルダートの身体に転生すると予想していただけに、流石の彼も驚きを隠せなかった。

 戸惑いながらもアドラーは新たな自分の身体を確認する。

 すると、またしても自身を驚かせる結果に突き当たった。

 自分の身体は転生する以前の身体と何も変わっていない――つまり今の身体は“転生の法”によって乗っ取った別の人間の体ではなく、生前のアドラーの肉体そのものという事だ。

(何がどうなっている? なぜ死んだはずの俺の身体が? それにこの場所は?)

 訳も分からず考え込むアドラーに、

「おい、テメエ!」

 突然、何者かが背後から声をかけた。

 振り返ると、そこには見たこともない服装をした三人の中年男が立っていた。

 身長や体格はバラバラな三人だが、全員が共通して黒く塗られた革鎧のようなものを身に付け、腰には短刀を差している。護身用なのか、それとも猟か何かで使っているのか、刀の拵えは実に簡素で無骨な物だ。

(このあたりの住民か?)

 そう思いながらも、アドラーは彼らが放つ気配の中に普通の人間には無いものを嗅ぎ取った。

 錆びた鉄にも似た生ぐさい臭い――血の臭いだった。

「貴様ら、何者だ?」

 先に聞いたのはアドラーの方だった。一切の感情を思わせない鉄の声である。

 彼の不躾な態度と言葉遣いが気に障ったのか、中央に居たリーダーらしい大柄な男が不愉快そうに喚き立てた。

「それはこっちのセリフだ! いきなり現れやがって、てめえこそ一体何者だ!」

「貴様に一々説明してやる理由はない。そんなことより俺の質問に答えろ。ここはどこだ。それと今は何年の何月何日だ」

「「「……ハァ?」」」

 男達はアドラーの質問に訝しげな視線を送ると同時に、警戒するように表情を硬くした。

「なんだお前ぇ、頭おかしいのかぁ?」

 大柄な男の脇にいた太った男が妙に間延びした口調で言った。

「そうだとしたら奴隷にもならなそうですし、ここでバラしちまいますか? こいつの珍しい服、売っぱらえば結構な金になりそうですぜ?」

 太った男と反対側に控えていた小柄な男が値踏みするような視線と下衆な笑みを浮かべた。

「そうだな……今なら誰もいねえし、ヤっちまうか」

 3人の男はお互いに頷き合うと、一斉に腰の短刀を引き抜き、アドラーに向かって突きつけた。

「……何だそれは?」

「何もクソもねえよ。ぶっ殺されたくなかったら、さっさとテメエの持ってる有り金全部とその珍しい服を置いていきな!」

「やめておけ。そんな物でどうにかなる俺ではない」

 アドラーがそう言ったのはあくまで面倒事を避けるためであり、決して善意や虚勢から出た言葉では無い。そもそも電光機関を装備している彼にとって、短刀程度では脅威にすらならないのだ。

 だがそんな事実を知りようがない男達にとって見れば、アドラーの言葉は己を過信した馬鹿の言葉であり、彼らの怒りに火を付けるには十分すぎるものだった。

「ああそうかい! そんなに死にたけりゃ、すぐに殺してやるよ!」

 激情に駆られた男がついに怒りに任せ、刀を思い切り振り上げた。

 刃は勢いそのままにアドラーの顔めがけて真っ直ぐ振り下ろされ、彼の顔を串刺しにする――はずだった。

 しかし、刃はいつまでたっても振り下ろされる気配がない。

 一体はなぜか。

 理由は簡単だった。刀が振り下ろされるよりも先にアドラーが男の身体に掴みかかり、電光機関から生み出した強力な電流によって男を絶命させたからだ。

 一瞬で脳髄まで焼き切られた男は、アドラーが手を離すと痙攣によって打ち上げられた魚の様に地面を跳ね廻っていたが、やがてピクリとも動かなくなった。

「あ、アニキぃ……?」

「おい、どうしちまったんだよ!? アニキ!?」

「馬鹿な奴だ。自分から命を捨てるとはな」

 何が起きたのか理解できず、戸惑うばかりの男達を尻目にアドラーは死んだ男の顔を踏みつけ冷たく言い放った。

「お前達もこいつと同じ様になりたくなければ、俺の質問に答えろ。俺は気が短い。早くしないともう1人も同じ目に遭うかもしれんぞ?」

「「ヒ、ヒィ!?」」

 死んだ男の二の舞はごめんだと言わんばかりに二人は顔を震わせ、刀を投げ捨てるとその場にへたり込んだ。

「わかったぁ、何でも答える!」

「答えるから助けてくれ!!」

「よし。では最初の質問だ。ここはどこで、今は何年何月だ? 言っておくが、真面目に答えんと命はないぞ」

「こ、ここ今年は光和七年で、ここは兗州の陳留って場所だ!」

 小柄な男が引き攣ったか細い声で言った。

「兗州の陳留……? 聞いたこともない地名だ。名前からして中国のどこかか?」

 男達の言葉を反芻しながらアドラーは尋問を続けた。

「次の質問だ。ここから上海や北京までどの位かかる。それと光和とは何の暦だ。俺にも解る用に西暦で答えろ」

 すると、今度は思わぬ答えが返ってきた。

「そ、そんなの、オラたちどっちも知らねえ!」

 太った男が確かにそう言ったのだ。

「……つまらん嘘を言うと自分の為にならんぞ?」

 ギリッ、という嫌な音と共に男達の首が急激に細くなった。アドラーが二人の首を思い切り絞め上げたのだ。

「アガァァァ!? し、信じてくれ! あっしらは嘘なんかついちゃいねえよ!」

「上海も北京も西暦も、子供でも知っている大都市と暦だぞ。 知らんはずがあるか!」

「知らねえ! ホントに知らねえんだ!」

 酸欠で顔を真っ赤にさせても尚、二人の言うことは変わらない。

「仕方ない。お前には少し素直に喋れるようになってもらおう」

 言うや否や、アドラーはなぜか小柄な男を掴んでいた手を緩め、首ではなく服の胸ぐらを掴み直した。

「な、なにを――」

 するつもりだ、と言いたかったのだろうが、その言葉は突如起こった絶叫によってかき消される結果となった。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!」

 驚いた男が音の方を振り向くと、先ほどの焼き回しのように身体を震わせながら、太った男が泡を吹いて苦しんでいた。

 絶叫はたっぷり30秒ほど続いた。一瞬のうちに殺された最初の男と違い、恐怖と絶望を煽るようにじっくりじっくりと体の内側を電気で焼き、仲間の命を削っていくアドラーの所業を、男は瞼を閉ざして視界から消す事しかできなかった。

 やがて太った男の口から絶叫が消えた。未だガクガクと体を痙攣させているそれに最早意識はなく、ただ外部から流れる電気に従って震えているだけの骸に過ぎなかった。

 未だに痙攣が残るそれをぞんざいに投げ捨て、最後に残った小柄な男の首を再び掴み直しアドラーは言った。

「――さて、最後のチャンスだ。正直に答えて楽になるか、こいつらと同じようなるか、3つ数える間に選べ」

「や、やめてくれ! 殺さないでくれぇ!」

 必死に命乞いをする男だったが、当のアドラーは眉一つ動かさない。

「3」

「ほんとに! 本当に何も知らねえんだ!!」

「2」

「ゆ、許してくれ!! 何でもする!! あんたの言うことなら何でも聞く! 何でもやるから!! どうか命だけは!!」

「1」

「うわあああああああ!!!!!」

「終わりだ――ん?」

 いよいよ電気を流そうかという時、どうも男の様子がおかしい事に気づいた。

 まだ何もしていないにも関わらず、男は既に白目を向き、意識も完全に失っていたのだ。

 慌てて男の首に手を当て脈を確かめるが、案の定それは完全に止まってしまっていた。

「Scheisse!! コイツ、先にショック死しやがった!!」

 そう。男はあまりの恐怖に精神が耐えきれず、自ら命を落としてしまったのだ。

 勝手に死んだ男を忌々しげに地面に投げ捨てたアドラーだったが、その顔は更なる疑問に満ちていた。

「役立たずどもが……しかし、上海も北京も知らないだと? 一体どういうことだ?」

 仮にここが中国なのだとしたら、国の大都市である上海や北京を知らないのは明らかにおかしい。詳しい位置はともかく、少なくとも名前くらいは知っていてもいい筈だ。

 それにこの男たちの服装や持ち物も、明らかにアドラーの知っている一般人とは随分異なっている。

 大した情報も出さずに死んだ男達を忌々しげに睨むアドラーだったが、ふと、最初に殺した男の近くに見覚えのあるものが落ちているのを見つけた。

「これは……」

 鈍い光沢を放ちながら鎮座していたのは、アドラーが死ぬ寸前に床に落とした自動拳銃だった。

 調べた所、弾丸も消費されておらず、他の誰かに使われた形跡も無い。

 再度部品を点検し異常や仕掛けが無いことを確認すると、アドラーは銃を腰ベルトのホルスターへと差し込んだ。

「フムン……さて、これからどうしたものか」

 改めてアドラーは自分が置かれている異様な状況について考えた。

 今の自分の体が複製體のものでも赤の他人のものはなく、自分の身体のままであるということも疑問の一つだが、それ以上に問題なのが、この陳留という謎の場所について全く見当がつかないということだ。

 更に言うならば、四方のどこを見渡しても荒野ばかりで、町の気配もなければ民家の類も全く見当たらない事も問題だった。

 本当なら小柄な男を死なない程度に痛めつけた後、他の人間が居る場所まで道案内をさせるつもりだったのだが、まさか痛めつける前にショック死するとは思わなかったのである。

「こいつらをすぐに殺したのは失敗だったか」

 アドラーは己の軽率さを歯噛みした。

「……参ったな」

 自信家な彼が珍しく弱ったようにそう呟く。

 すると、今度は前方から響くような地鳴りが聞こえ始めた。

 

 弐

 

 何かが起こる――あの流星を見てからずっと、華琳はそう感じていた。

 何かというのが具体的にどういった物なのかは分からない。だが、今まで自分がそう感じた時、必ずその何かは起こった。

 予感や予知などという非現実的な物を信じるのは自分の信念に反する所ではあったが、今までの経験からそれはほぼ間違いないという事も同時に自覚していた。

 更にそれを裏付けるかのように、先刻から頭が鈍痛を訴えてくる。脳裏に響くようなその痛みは、自分が何かを予感した時に決まって起こるものだった。

(さっきの流星にこの頭痛……一体何が起ころうとしているの?)

 得体の知れない予感を胸に秘めながら、華琳は走らせていた馬を停止させた。目的地に到着したのだ。

 たどり着いたのは旋風吹き荒れる荒野の一角だった。街道のすぐ近くに位置するそこは、大きな岩山や洞窟などがいくつもあり、盗賊や罪人などが姿を隠しながら街道を通る行商人や農民などを狙うのに絶好の場所なのだ。

 馬を降り、背後に控える大勢の部下へ向き直ると、華琳は高らかに檄を飛ばした。

「皆の者! 我らが持つ貴重な遺産を盗んだ狼藉者を絶対に許すな! 草の根を分けてでも見つけ出し、絶対にその頸と盗まれた遺産をここに持ち帰ってくるのだ!」

「「「御意!!」」」

 部下達は大きな声で応じると、それぞれ部隊を作って荒野の方々へと散って行った。

(しかし、南華老仙の書物か……本当に厄介なものが盗まれたわね……)

 部下を見送った華琳は誰にも聞こえないように小さく舌打ちすると、どこにいるともつかない下手人の代わりに目の前の荒野を睨みつけた。

 南華老仙――数百年前、春秋戦国時代に生まれた思想家・荘子が死後、仙人に生まれ変わった姿であり、様々な妖術や学術に精通していたと言い伝えられている。

 また彼が蓄えたその膨大な知識と技術は、『太平要術の書』と呼ばれる巻物に書き記され、密かに残されているとも言われていた。

 そしてその『太平要術の書』こそ、華琳の元から盗み出された物の中で最も重要かつ危険な代物であった。

 一体どこから入り込んだのか今では見当もつかないが、盗人は華琳が直接管理している屋敷の宝物庫にまんまと忍び込むと、いくつかの金品と一緒に厳重に封印されていた『太平要術の書』までも盗み出していったのだ。

(あれの価値がどれ程のものか、野盗程度の連中に分かるはずがない……だとすると、誰か別の人間が裏で盗むように指示を? それとも本当に何かのついでに偶然盗まれた? 後者であってくれるのならばまだいい。だけど、もしも前者だとすれば……)

「―――様。華琳様」

「……!! 何かしら?」

 気が付くと目の前に青髪の若い女が立っている。どうやら彼女が声の主らしく、その声は出立前に華琳と話していたのと同じものだった。

「失礼いたしました。捜索状況の報告に来たのですが……」

 と女が言った。どうやら考えを巡らせている内に時間を忘れていたらしい。

「何やら顔色が良くないご様子ですが、少しお休みになられたほうがよろしいのでは?」

「心配は無用よ。それよりも報告をお願い」

「はっ。十里ほど先で、捜索隊が盗賊によく似た格好の三人組を発見しました。恐らく下手人に間違いないかと」

「流石は秋蘭ね。もう身柄は押さえた?」

「いえそれが……」

 女の煮え切らない答えに華琳は眉を顰めた。

「……? 歯切れが悪いわね。一体どうしたと言うの?」

 しばらく悩んだような顔をしていた女だったが、やがて決心したように口を開いた。

「報告によると、三人の男の他にもう一人、見た事もない異様な風体の男が居たそうなのですが、三人はその男に刃を向けていたそうです」

 なるほど、と華琳は内心で納得した。いきなりそんな状況に出くわせば、誰でも説明に困ると言うものだ。

「追い剥ぎか、それとも仲間割れか……それでその男は?」

「逆にその三人を倒してしまったと」

「フムン……」

「今はまだそこから動いておりません。念のため部下を何人か監視の為に残してきては居ますが、如何いたしますか?」

「まずはその男に会って話を聞いてみましょう。その男を罰するにしろ何にしろ、事情が分からなければ判断のしようがないわ」

「はっ。了解いたしました」

「誰かある!」

 そう言うと部下の男が一人、華琳の元へと駆けてきた。

「はっ! お呼びでしょうか」

「各捜索隊に連絡し、至急ここに集まるように指示をせよ! 我らはこれより下手人の姿を知る人間と接触する」

「御意!」

心得たとばかりに部下は仲間に連絡を取るため再び荒野にすっ飛んで行く。

「秋蘭、貴女は春蘭を先行させてその男の身柄を確保して。私は残りの捜索隊と合流した後、すぐに後を追うわ」

「御意!」

(見たこともない異様な風体の男……まさかね……)

 胸の中で起こるざわめきの正体を考えながら華琳は男の元へと馬を走らせた。

 

 参

 

 数キロほど向こうから凄まじいまでの土煙が上がっている。よくよく見てみると、どうやら馬に乗った人間がこちらに向かって来ているらしい。

 接触すれば何か現状の手がかりが得られると思い、死体を近くにあった岩の陰に隠して様子を窺っていると、向こうはアドラーの存在に気がついているのか、真っ直ぐ彼の元へとやってきた。

 現れたのは全員が屈強な体格の若者ばかりで、その鋭い眼孔が放つ気迫はまさに騎士や戦士と呼ぶに相応しい。鍛え抜かれた肉体には髑髏をあしらった中華風の鎧を身に着け、おまけに鉄製の槍まで携えている。

 若者達はやってくるなりアドラーの周りをぐるりと取り囲んだ。

 時代錯誤も甚だしい、と内心で笑っていたアドラーも彼らの放つ気配に若干の焦りが浮かぶ。

(さっきの連中の仲間か? いや、だがどうも雰囲気が違う。一体何者だ?)

 そんな風に考えていると、

「全員、槍を引け!」

 騎士達の背後から明らかに男たちとは違う声が飛んできた。

 声の方向を中心として若者たちは左右に分かれ、空白の中央から黒髪の若い女がアドラーの前に姿を現した。

 艶のある黒髪と引き締まった身体を持つその女は、一見するとどこかの女優のような美しさを持ってはいるものの、その獣にも似た鋭い眼光や佇まいから、男たち同じく鍛え抜かれた戦士であることが窺えた。

「そこの貴様!」

 女はさっと馬から降りるアドラーに向かって大股で詰め寄った。

「ここらで見ない顔だな。何者だ。名前と所属を名乗れ」

 有無も言わせない女の質問をアドラーは不愉快そうに鼻であしらった。

「人に名を尋ねる前にまず自分から名乗ったらどうだ?」

「なんだと!」

 怒りの表情を浮かべ、女がアドラーにさらに詰め寄る。

 だが、

「やめなさい春蘭」

 黒髪の女は、声と共にやってきた金髪の少女と青髪の若い女の方に向き直ると、少し戸惑ったような表情を見せた。

「しかし、華琳様!」

 女は納得できないと言わんばかりに二人――特に金髪の少女の方へと食い下がる。

 しかし、金髪の少女は首を振るときっぱりと言い放った。

「春蘭。私はやめなさいと言ったのよ?」

「も、申し訳ありません……」

 すると女はまるで少女の言葉に気圧された様におずおずと少女の後ろまで下がった。

 先ほどの黒髪の女が野性に溢れた虎とするならば、金髪の少女はさながら、王者の風格を湛えた獅子と言えようか。力を漲らせた瑠璃色の瞳は真っ直ぐ前を見つめ、小柄な体格に余りあるほどの覇気を纏って歩む様は、まさに王と呼ぶに相応しい。

「そこのお主」

 今度は少女と一緒にやってきた青髪の女が声を上げた。

「先ほどガラの悪い連中に襲われていたな。連中は何者だ。お前とはどんな関係だ?」

 女の持つ雰囲気は黒髪の女によく似ているが、違う箇所が上げるとすれば、それは野性の代わりに氷のように冷たく尖らせた気迫を持つ点だ。

(見られていたのか……)

 ギリっと苦虫を噛み潰したような顔でアドラーが呻いた。まさか他人に見られていたとは思わなかったのである。

「どうした早く答えろ。それとも何か答えられぬ事情でもあるのか?」

 冷気すら感じさせるその視線は、まさに獲物を見定める豹の眼差しだ。

 どう答えたものかとアドラーは数瞬考えたが、見られていた以上、下手な嘘をついても仕方がないと思い、正直に答える事にした。

「……追い剥ぎ目的で襲いかかってきたので返り討ちにしてやった。そこの岩陰に居るが、全員死んでいる」

「なるほど」

 納得したように頷くと、金髪の少女は男達に指示を出し、隠しておいた死体を持ってこさせた。

「華琳様、やはりこやつらで間違いないでしょうか?」

 男の死体を一つ一つ確認しながら青い髪の女が言った。

「多分間違いないでしょうね。年かさのいった中年男が三人……顔の特徴や人相は情報の人物と少し違うからもっとよく調べてみないといけないけど」

「仲間割れという可能性もありますし、念のためにこやつも引っ立てましょうか?」

「フムン。嘘を付いている感じはしないけれど、事情を聴かないことには何とも言えないわね。念のために連れて行きましょう」

「――おい、そこの華琳とかいう女」

 二人の話にアドラーが割って入った瞬間、女達だけでなく全員の目が今までにないほどに鋭く動いた。

「貴様ぁ! 軽々しく華琳様の“真名”を口にするなど!」

「この無礼者が!」

 一瞬、という言葉が出るよりも早く、黒髪の女は腰に差していた剣を引き抜き、青髪の女も手にしていた弓を構えた。遅れて周りの男達も各々手にした槍を一斉にアドラーへと差し向ける。

「おい! 貴様ら何のつもりだ!」

「何のつもりだと? 貴様ぁ! 華琳様の“真名”を許しも得ずに口にして、ただで済むと思っているのか!」

 アドラーは驚いた。まさか名前を呼んだだけで剣を抜かれるとは思っていなかったからだ。

「質問に答えろ! “真名”とは何だ。華琳というのはその女の名前ではないのか!?」

「黙れこの無礼者が!」

 言うが早いか、アドラーの目の前に鋭い銀光が走った。黒髪の女が手に握った剣を振るったのだ。

 咄嗟にアドラーは後ろに下がって剣をかわした。わずかでも遅ければ、今頃彼の顔は真っ二つになっていただろう。

「おいやめろ!」

「黙れ! 華琳様の“真名”を一度ならず二度までも……貴様のような無礼者は今ここで頸を刎ねてくれるわ!」

 問答無用と言わんばかりに黒髪の女が再び剣を振るった。

 一振り目、二振り目は何とかかわすことができたが、三振り目をかわす頃には、男たちの槍衾がすぐ後ろまで迫っていた。後ろに逃げ場はもう無い。

「これで終わりだ!! 大人しく死ねぇ!!」

 そしてついに黒髪の女が止めとばかりに四振り目を繰り出した。

 

 肆

 

「Scheisse!!」

 苛立たしげに舌打ちし、アドラーは再び電光機関の力を解放した。

 疾風の早さで振るわれた女の刃を増幅した力でもって両手で挟み、捻って強引にねじ伏せる。いわゆる“白刃取り”と呼ばれる術だ。

「なっ…!?」

 まさか剣を素手で止められるとは思わなかったのだろう。黒髪の女だけでなく、その場の全員が残らず目を剥いた。

 間髪入れずアドラーは両手から電流を放ち、剣越しに黒髪の女にそれを流し込んだ。

 女の体は電流による筋収縮と痙攣によって体の自由と呼吸を奪われ、真っ直ぐ立つことすらままならない。

 荒くなった息を整えられぬまま、黒髪の女はその場に膝をついた。

 女の手から強引に剣を奪い取ると、アドラーは空いているもう片方の手で女の胸倉をつかんで無理矢理立たせ、その腹へと思い切り膝を突き立てた。

「あぐっ!」

 ぐぐもった悲鳴とともに女の口から息が漏れる。

「姉者!」

 青髪の女が裂帛した声を上げ、弓を放とうとする前にアドラーは剣を手に黒髪の女の背に回りこみ、刃を女の喉元に当てがった。

「さてどうする? このまま俺ごとこの女を殺すか?」

「くっ……」

 青髪の女は歯噛みしながら弓を下ろした。

「そうだ、それでいい。他の連中も武器を下げろ。こいつを殺されたくなかったらな」

 周りの男達も渋々といった感じで槍を下げ始めた。

 その様子にアドラーは満足そうに頷いた後、改めて金髪の少女を見据えた。

「女、お前が指揮官だな。名前は?」

 意趣返しの様に金髪の少女が今度は鼻であしらった。

「あら。相手の名前を訊ねるなら、まずは自分から名乗ったらどうかしら?」

「最初にやってきて質問したのはそっちだ。まずお前から名乗るのが筋だろう」

「そう言えばそうだったわね――私の名前は曹孟徳。この陳留の地を治める太守よ」

 女達が呼んでいた名前と明らかに違う名前にアドラーは眉を顰めた。

「何? ならさっきこの女が呼んでいた名前は何だ?」

「あれは真名というものよ。自分が認めた者にのみ、その名前で呼ぶことを許し、そうでない者が勝手にその名を口にすれば、今のように問答無用で斬りかかられても文句は言えないわ」

(特別な愛称のようなものか)

 と、アドラーは胸中で呟いた。

「そいつは悪かった。そんなに大事な物だとは全く知らなかったんでな。だが俺もここで殺されてやる理由はない。大人しく言う事を聞いてもらうぞ。俺の名前はアドラーだ。」

「ならアドラー、おとなしく春蘭――その女を開放しなさい。そうすればさっきの無礼は無かった事にしてあげる」

「それだけか? せめて身の安全くらいはつけて欲しいものだな」

 アドラーの要求にあっさりと少女は応じた。

「それも約束しましょう。あなたから手を出さない限り、こちらも手を出さないわ」

「華琳様! この様な奴の言うことなどに耳を貸す必要はありません! どうか私に構わず、この不届き者を成敗ください!」

 二人のやりとりに納得がいかないのか、喉元に剣を突きつけられているにも関わらず、黒髪の女が喚き散らす。

「ふむ。余程この女が大切な様だが、その話に何の保証がある?」

「私の誇り……で、どうかしら? さっきも言ったけど、私はこの一帯を統治する太守よ。私がもし大勢の部下の前で約束を違えれば、その信用と人望は地に落ちるでしょうね」

「なるほど」

 アドラーは少し考える様に唸った。

 特別な愛称で呼び合うほど親しい女を目の前で人質として取られながらも、目の前の少女の態度は不自然なくらいに落ち着いている。普通はもっと狼狽えたり、怒りを露わにしてもいいはずだ。

 だがこの女には全くそれがない。まるでこの先どうなるのか予想できているかのようだ。

 (何者だ、この女……)

 アドラーは目の前の少女への警戒を一層強めた。

 とはいうものの、交渉の手札としてアドラーが持っているのはこの女しか無いというのもまた事実だった。

「……いいだろう。だがお前たちには色々聞きたいことがある。俺の安全の他にいくつか質問に答えてもらうぞ」

 アドラーは手にした剣を地面に突き刺すと、黒髪の女を青髪の女の方へと軽く突き飛ばした。

「姉者!」

 フラフラとおぼつかない足取りの女を、青髪の女が慌てて受け止める。

「大丈夫か!? 姉者!」

「しゅう、らん……私は、大丈夫、だ……」

 尚も強気に振る舞う女の言葉に青髪の女は首を振った。

「馬鹿な! そんな状態で大丈夫な訳がないだろう! 誰か! 姉者の手当を頼む!」

 女の言葉を合図に手近に居た数名の男達が黒髪の女を引き取り、槍の向こうへと消えていった。

「心配するな。あれは一時的な症状に過ぎん。安静にしていればすぐに良くなる」

「貴様!よくも姉者を!」

 双瞳を怒りに染めた青髪の女が再び弓を構えた。今にも放ちそうになるそれを金髪の少女が鋭く制した。

「秋蘭、弓を下ろしなさい!」

「華琳様!……し、しかし!!」

「秋蘭! 貴女は私の顔に泥を塗る気なの!」

 少女が声を荒げ一喝すると、

「……申し訳ございません」

 青髪の女は口惜しそうにアドラーを一瞥し、ようやく構えていた弓を下ろした。

「貴様、やはり最初から俺があの女を殺さないと確信していたな」

 アドラーの言葉に少女は当然とばかりに首肯した。

「当たり前よ。そんなことをしたら自身の破滅を招くだけだもの」

「ならなぜ今すぐ俺を殺さない。もう人質はいない。無礼者を斬る絶好の機会じゃないのか?」

「さっきも答えたでしょ。私の誇りが許さないって。それとも殺してほしい趣味でもあるのかしら?」

「フン。食えん女だ……まあいい。それよりも俺の質問に答えてもらおう。ここは一体どこだ。そして今は西暦何年の何月だ?」

「せいれき……?」

 何を言っているか分からないという風に金髪の女と青髪の女はお互いの顔を見合わせた。

「貴方の言っている“西暦“というものが何かはわからないけど、ここは陳留という場所で、今は光和七年の四月よ」

 この少女も“陳留”という答えを返した。つまり、先ほどの男達の答えは少なくとも地名については正しかったらしい。

 それよりもアドラーの気になったことは、少女が“西暦”という言葉を知らず、“光和”という暦を使った事だ。ここがどれだけ田舎でも、世界共通の暦を知らないと言うのはどうも不自然すぎる。

 ますます奇妙な状況に内心頭を抱えながら、アドラーは質問を続けた。

「……ならもう一つ質問だ。お前がさっきから名乗っている太守とは何だ?」

 アドラーの質問に今度は少女達の方が驚いたようだった。

「何? 貴方、太守を知らないの?」

「知らん。聞いたこともない」

「……秋蘭」

「はっ。――太守とは街の政を行い、治安維持に従事し、不審者や狼藉者を捕まえ、処罰する務めのことだ。これなら意味が分かるか?」

 と少女の代わりに青髪の女が答えた。

「フムン……警察と行政の複合機関か。さしずめ総督と言ったところだな」

「けいさつ……??」

 少女と青髪の女は再び首を傾げる。

「要は貴様らが街の税収と治安を管理し、法律や法令を定めている役人ということだな?」

「何よ。本当は分ってるんじゃない。なら悪いけど、貴方には私たちと一緒に街まで来てもらうわ。約束通り身の安全と命は保証するけど、そこの3人についてはこちらも色々聞きたいことがあるのよ。いいわね?」

「いいだろう。ならさっさとその陳留とやらに案内してもらおうか」

 そのままアドラーは2人の女と戦士たちに連れられ、彼女らが治めるという陳留の街を目指した。




死を越えた先に現れた謎の女――曹孟徳。
それは安息と引き換えに己の力を求めた。
果たしてその正体は敵か、味方か。
次回「取引」

覇王の産声が今、上がる。
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