木ノ葉の里の大食い少女   作:わたあめあめ

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第一章 純粋すぎるのもまた罪。
アカデミー


「らぁあああああめぇえええええんっのにおいがするぞぅおおおおお!」

「ぎゃーっ!?」

 

 がばあっ、とラーメン一楽の暖簾が突き破られん勢いで舞う。そこから躍り出た小柄な少女は、アカデミー教師・うみのイルカの傍で割り箸を割ったばかりの金髪の少年――うずまきナルトをタックルで跳ね飛ばした。箸も持たずに頭をどんぶりの中に突っ込んで直接ラーメンと汁とを呑みこみ始める、飢えた獣さながらの姿にその場の全員がドン引くのも無理はないことだっただろう。

 赤い髪飾りで結わえられた長い空色の髪は天然パーマでふわふわとしており、浅黒い肌色は健康そうで、未就学かと思わせるほどに小柄な背はまるで小動物のように愛らしいが、肉食獣さながらに血走った凶暴な瞳とラーメンを猛然と啜る姿は見事にその可愛らしさを相殺していた。

 

「うーんっ、ごちそーさま!」

 

 ラーメンを何の残りかすもないほどに綺麗に食べつくすと、両手を合わせて満足そうに彼女――狐者異マナは笑った。タックルされて地面に這い蹲っていたナルトが起き上がり、怒鳴る。

 

「だーっ! なんだってばよぉ、きつねものいマナぁああああ!」

「ちちち。あたしの名前はきつねものいって読むんじゃねーよ、ドーべ」

「んだとぉお! ドベはお前もだろーが、きつねものいぃいい!」

「だからきつねものいじゃねえっつってるだろーが」 

 

 人差し指を振り子のように振ってドヤ顔で言うマナに、ナルトがびしぃっ! と人差し指を突きつける。きつねものいと読むのではないと先ほど本人が言ったばかりなのだが。

 確かに狐者異マナはくノ一クラスのドベだ。別に頭が悪いほうではない。寧ろいい方に入るはずだが、授業を真面目に聞いていない。常に空腹状態であり、サボって食べ物探しに町をうろつきだすこともしばしばだ。机や椅子に噛み付いたりすることもあるくらいだ。

ナルトと並ぶドベであり問題児――それが狐者異マナという少女だが、彼女は少しばかり大目に見られていた。というのも、九尾襲撃以前にマナを残して揃って全滅した狐者異一族は、一族全体が恐ろしく消化のよく、尚且つ想像を絶する大食いなのだ。

 

「じゃーどう読むんだってばよ!」

「まあ、アンタの好きなように呼んでろ。アタシは自分の名前に興味ねーし」

「じゃあ訂正すんな!」

「へいへいっと」

 

 何気にイルカのラーメンにまでも手を伸ばし、ずるずると今回は比較的大人しくラーメンを食べ始める。

 

「大体なんでお前がこんなとこにいるんだってばよ! お前なんかが居たら食うもんも食えねえじゃねえかあ!」

「だって火影さまから貰ってる生活費を全部食費に回してっから、電気代と水代払えなくて電気も水も止められて、しかも大家さんに追い出すとか言われてさー。仕方なく払ったら食費ねーんだよ。で、餓死しそうになってゴミ箱漁りを決意してたらなんとなんと、イルカ先生さまとドベの笑い声とラーメンの匂い! っこぉおおれぇええがぁああ、我慢でっきるくぁああ!?」

 

 ばん! と涙目になりながら拳でカウンターを叩くマナに、イルカもナルトも言葉が出ない。生活費を全部食費に回して、それで電気と水がとめられた、だと? こいつどんだけ大食いなんだ。そんな突っ込みを心内でしてから――

 

「マナちゃん、それマナちゃんが悪いと思うよぉ」

 

 一楽の看板娘、アヤメからの突っ込みに、そうだよなー、とぼやいてから、「でも一族遺伝の体質だから仕方ないさ!」と開き直って言い訳する。

 

「言い訳すんな! おれのラーメンどうしてくれんだってばよ!」

「イルカせんせー、お願いしまーす」

「っちょ、オイ!」

 

 更に三碗のラーメンが出され、ナルトとマナ、それぞれ男子と女子のドベである二人は嬉々として箸を手に取り、ラーメンをずるずると吸いだした。テウチと苦笑しつつ、イルカも箸を割る。

 そしてナルトとイルカの三倍のスピードでラーメンを食べ終えたマナが、頬杖をつきながら呟くように言った。

 

「アタシ、チョウジの嫁になろうかなぁー」

「「っぶ!」」

 

 思わぬ一言に思わず噎せ返るナルト及びイルカ。だってさあ、と頬杖をつく手をかえるマナは何故か物憂げだ。

 

「秋道一族ってさ、食いしん坊ばっかなんだろ? それに金持ちだし」

「……チョウジが食いしん坊ならマナはなんなんだってば……つーかマナ明らかにそんなこと言える資格ねえ!」

「だからさ、秋道一族にはたっくさんの食い物があるんだろ? で、もしチョウジの嫁になれたら食えるもの一杯あんじゃん」

 

 クラスの女子どもがサスケサスケ言っているのを見ていると、「あんな奴のどこがいいんだよ!」とばかり思うが、マナが食い物食い物言っているのを見ると、サスケサスケ騒いでいる方がまだマシにも思えてくるから不思議だ。女子どもがサスケサスケいったところでこちらには何の被害も及ぼさないのに対し、マナが食い物食い物言って他人の弁当を掻っ攫いに来たら被害は甚大だから、ということもあるかもしれない。

 

「それにさ、チョウジって美味しそうだよな」

「「っっぶ!」」

 

 再び噎せ返ってから、イルカもナルトもあきれ果てた顔をする。

 普通、人への外見の評価は「綺麗」「整った顔」「絶世の美女」「イケメン」「醜い」「看るに耐えない」「残念なイケメン」等と様々な形容詞が出てくるのだが、マナの場合は単純だ。「美味しそう」か「不味そう」、この二つしかないのである。

 

「シカマルの嫁でもよさそうだよな。あいつんち鹿一杯飼ってるぽいっし。角は薬の研究に一族にやっといて、肉の方はアタシがいただくとか」

 

 人への評価も、「いい人」「お人よし」「付き合いたい」「変人」「悪い人」「イヤな奴」「死んでくれ」と様々なのだが、マナの場合は「食べ物をくれるかくれないか」によって決まる。つくづく単純な人間だ。

 

「……シノの周りにいるきかいちゅー? ってやつ? あれ、焼いたら食えんのかなあ」

 

 キバの名前が出てこなかったことは火影がマナの教育にかなり気を遣ってくれたお陰だ。犬猫を食うという発想がないように育て上げられたマナは、赤丸を「大福みたい」と形容したりするものの、「食べたい」とは言わない。

 

「むー、日向家のお嬢様ヒナタの親友として金をぼったくるのも悪くはないんだけどなー、ヒナタアタシを見かけたら全力で逃走するし」

「マナが相手なら逃げられても仕方ないってばよ……って、イルカ先生? 顔が青いってばよ」

「え……そうか、いや、あはははははは」

 

 青い顔のまま誤魔化し笑いをするイルカに、マナとナルトが懐疑的な視線を浴びさせる。流石に、「マナがヒナタの友達になる→マナがヒナタから金をぼったくる→日向宗家破産の危機→止むを得ず分家に借金→渋々金を貸す分家→借金されすぎてお金を貸すのを拒否する分家→古くから続く木の葉最強の一族の宗家破産宣告」の可能性に気付いてしまったとはいえない。

 

「んー、まあ今日はこれでお暇するわ。さっさと寝ねぇとお腹空いて眠れなくなるしな。じゃーな、ドーべ」

「じゃーな、きつねものい! さーて、残りのラーメンを食べるってばよ――って、あれ?」

 

 カウンターに視線を戻すとあれおかしいな、どんぶりがない。イルカを見やると、彼も同じような状態だった。更に、先ほどまでマナが居た席を振り返ると、そこにはどんぶりが三つ重ねられている―― 

 

「――っきっつねものいぃいいいいいい!」

 

 にししと笑いながら、狐者異マナは一楽を後にした。

 

 +

 

「んー……お腹減ったぁ」

 

 狐者異マナは、今日も今日とて食べ物を求めて放浪していた。担任が僅かに目を放した隙に、瞬身の術顔負けの神速でくノ一クラスを飛び出て約二時間。あと一時間半ほどで昼食の時間なので、その頃にはクラスメートの弁当を掻っ攫いにアカデミーに戻ろうと思っている。

 

「あれ?」

 

 カレーがおいしいと評判の料理店で、なにやら一騒ぎがあるようだった。

 ――この騒ぎに乗じて、無銭飲食

 そんな言葉が脳裏でちかちかして、マナの顔がぱっと明るくなった。するりと素早くその店の中にもぐりこむと、緑色の全身タイツを着た眉の太い少年が、酔っ払いのような千鳥足で歩き回っている――というか、店内を破壊しまくっている。酒でも飲んだのだろうか、と思いながら、マナは手近にあったカレーをとって食べ始めた。

 その少年を、少年よりも更に眉の太い男性と、日向一族特有の白い瞳に白い肌、長い黒髪の少年と、黒い髪を二つのお団子に纏めた少女が阻止しようと躍起になっており、他の客達は怯えて引っ込んでいる。誰にも邪魔されることがないとわかったマナは大満足だった。

 この年齢と額当てからして、アカデミーを卒業して下忍になって一年か二年くらいだろう。あと少ししたらアタシもこんな額当てつけるのか、とカレーを食べながらまじまじと見つめてしまう。

 

「きぃさぁまぁはぁ……人様のカレーを盗み、ひぐっ、してー……いいと、思っているのくぁあ!?」

 

 暴れまわっていた少年が、今度はこちらに標的を向けた。どうやらマナが食べているカレーはその少年のものらしい。高く跳躍した彼の飛び蹴りが視界にはいってきた。

 「危ない! 逃げて!」と、お団子頭の少女が悲痛な声で叫んだ。「やめろ、リー!」と、日向の少年が飛び上がって、リーというらしいその少年を押さえつけようと両腕にチャクラを纏わせる。リーに蹴り飛ばされて地面に蹲っていた担当上忍らしき緑色タイツの男も、「相手はアカデミー生なんだぞ!」と叫んでいる。常に未就学と誤解される自分が何故アカデミー生だとわかったのだろうかという疑問は打ち捨て、後ろに向かってジャンプする。

 どんがらがっしゃーん! と派手な音を立ててテーブルがひっくり返り、上にのっかっていた皿やら何やらが地面に散らばった。マナがぽかーんという顔をする。

 

「っ、何してんのよ早く逃げなさい!」

「待て、テンテン!」

 

 マナの方と駆け寄ったお団子頭の少女――テンテンは、長髪の少年、日向ネジによって制された。その目は、日向一族の血継限界――白眼を発動している。

 

「待てって、ちょっとネジ、あんた何言っ――?」

 

 リーは二度目の回転蹴りを繰り出しているのに、待てなどいっていられるか。声を荒げて叫んだテンテンは、言葉を失った。

 それは目の前の少女がアカデミー生にはおよそ相応しくない殺気を撒き散らし、尚且つ錘を足につけ、ネジにはまだまだ敵わないとは言え常人とは並み外れた体術を持つリーの、かなり重い蹴りを、痩せっぽちな片腕一本で食い止めていたからだ。

 

「よくもアタシの至福の時間を――無銭飲食のチャンスを――」

 

 ぐっとマナの指先がリーの足に食い込む。

 

「奪ってくれたなァア!」

 

 カッと目が見開かれ、マナはリーの足を掴み、リーの体を投げ飛ばした。店内の壁にぶつかるリーに向かって、箸を投擲する。ストストストッ、と軽い音をたてて箸が壁に食い込んだ。リーの体がずるずると落ちる。

 

「なっ! この子は――!?」

 

 テンテンを始め、その場の客達全てが自分の目を信じられないでいたが……、ただ一人、狐者異マナの存在を知っている上忍――マイト・ガイだけは、なるほど、と納得していた。

 リーの扱うそれは恐らく“酔拳”――ごく少数の者たちが、酒を飲んだ時にだけ発揮できる類まれなる拳法の一種だ。対する狐者異マナたち狐者異一族は、食べ物絡みの恨みがあるとチャクラが活性化し、怪力を発揮することで有名である。

 しかし納得している場合ではない。ガイは素早くリーにかけよった。幸い、大して大きな怪我を負ってはいない。しかも先ほどの一撃で酔いがさめたようで、驚いた顔であたりを見回していた。

 

「リー! 大丈夫か、リー!」

「ガイ先生! ぼ、僕は一体何を……? っう、頭がくらくらする……」

 

 テンテンがほっとしたような溜息を漏らし、ネジはふん、と見下すように鼻を鳴らした。一方マナは、チャーハンやらなにやら、他の客の食べ物に手を伸ばしだしている。先ほどのことについては全くの無関心だ。

 

「君、アカデミー生でしょ? どうしてここにいるの?」

 

 チャーハンをがっつきながら頭を持ち上げると、テンテンがぱっちりした茶色の瞳でマナの顔を覗きこんでいた。

 

「んーと、サボりっす」

「……実際にサボりをするアカデミー生なんて、初めてみたわ」

「いやあ、それほどでも」

「……褒めてないぞ」

 

 呆れた顔つきのテンテンに、照れくさそうに後頭部を掻くマナ。更にはネジからも突っ込みが入る。因みにガイは、後ろで店主やお客達にぺこぺこ頭を下げているところだ。

 

「お前、名前は?」

「マナっす」

「マナちゃんね。さっきはどうもありがとう。貴方のお陰で、リーはもう正気を取り戻してるわ。私はテンテンで、あのゲジゲジした眉のがロック・リー、さらに太い眉のがマイト・ガイ先生で、こっちのが日向ネジよ」

 

 にっこり笑うテンテンに、りょーはいしました、とチャーハンを食べながらマナが言う。その頭を撫でるテンテンの傍でネジはふん、と鼻を鳴らす。

 ――テンテンの奴、こいつが気に入ったみたいだな

 と知ったところで嫌な予感しかしない。先ほどのマナの行動――食べ物絡みの恨みでチャクラの活性化と怪力発揮、そして酔っ払いが酔拳で暴れまわっているのにも関わらず、のんきに他の客の食べ物を無銭飲食――を考えれば、マナが狐者異一族であるということくらいはわかる。以前図書館で借りた本に、動物図鑑みたいな仕様の、「狐者異一族の習性」という本があったが、それを見て「なんて厄介な一族なんだ」とばかり思った。

 

「ひゅうがねじ……あっ、そうだ、先輩も日向なんっすよね!」

「は? ……そうだが、何か」

「ネジ先輩! アタシにぼられてください!」

「「……はぁ?」」

 

 ――ぼらせる? オレが? こいつに?

 いまいち状況が理解できない。普通、ぼられてくださいとか言ってくる人間がいるだろうか。そんな心算で近づいてくるような奴は山のように居ても、直接ぼられてくれと口に出すような奴が一体この世に何人くらいいるだろう。しかも冗談ではなしに、至極本気に。

 ――いや、ふざけるな。なんでオレがこんな奴にぼられねばならん

 

「断る」

「えーっ! “ここはリーの酔いを醒まさせたお礼だ”とかいってなんかぼったくらせてくれるのが筋じゃないっすか!?」

「ぶっ」

 

 テンテンが吹き出した。マナが“ここはリーの~”のあたりで余りにも見事にネジの声色を真似て見せたからである。ネジは眉根に皺を寄せ、暫しそこに固まり――、そして一つの決断を出した。

 

「八卦六十四掌!!」

 

 マナの胸倉を掴み挙げて宙に飛ばし、それから未だに未完成である技を使用した。

 八卦六十四掌は本来は日向宗家のみに受け継がれる術であるが、ネジは現在独学と才能を以ってこの術の習得に励んでいる。未完成と言っても、チャクラの流れをコントロールする「チャクラ穴」を偶に外してしまうことがあるぐらいで、他はほぼ完成といっていいだろう。ただ、完璧主義者気味なネジは百回やって百回とも外さないようにならないと完成とはいえない、と思っているのだ。

 そして今、その技がマナによって完成された。

 

「二掌! 四掌! 八掌! 十六掌! 三十二掌! 六十四掌!」

「ぐえっ、あぐっ、ぶはっ、いでっ、ずおっ、うぬっ」

 

 奇妙な悲鳴を挙げていたマナが、六十四掌目を打たれ終わるのと同時に地面に墜落、頭をしたたかに打ち付ける。ぐったりした少女を見て、ネジはすっきりした。下忍になってからずっと溜まっていた様々な苛々がチャクラと化してマナに叩きつけられていく感覚。

 

「フッ」

 

 見方によっては意地が悪いともとれそうな(本人にとっては満足を意味する)笑みを零し、日向始まって以来の天才――日向ネジは、颯爽とその店を出て行った。

 

「ちょっと、ネ、ネジー!」

 

 ――ぺこぺこ謝る熱血師弟、地面に倒れる無銭飲食の少女と、苦労性な暗器使いを残して。

 

 +

 

「……ん?」

 

 昼食の時間。早くも弁当をがっつき始めたチョウジに呆れながら、シカマルは自分の弁当を取り出した。シカマルの弁当は母ヨシノの手によって紺無地の風呂敷で包まれていた。溜息をつきつつ、風呂敷の結び目を解こうとしていると――。

 上から何かが降ってきた。石っころだ。紐で結び付けられた石の表面には、なにやらべたべたしたものが塗られている。それが風呂敷に付着し、三秒後上へと引き上げられていった。

 

「いっただきー! この瞬間接着剤、すっげーマジで効果あんのな!」

 

 嬉々とした表情のマナが、天井に張り付いていた。

 チャクラ吸着での水面歩行、木登りや天井に張り付くことはかなり難しいのだと、父シカクに教えられたのを思い出して、めんどくせー、とシカマルは溜息をついた。これをテストの時にマナにやってみせろと言っても、きっと彼女には出来ないのだろう。彼女がチャクラ吸着を使用するのも、こういったとき――つまり、食べ物絡みの時――だけだ。チャクラコントロールにしろ、食べ物絡みのときだけ妙に上手くなる。手早く風呂敷を解いて、シカマルの昼ごはんを食べにかかったマナに試しにクナイを投げてみるが、マナは僅かに頭を逸らしただけでそれを避けた。まあ、もとより食べ物絡みの状態のマナにクナイが当たるとは思っていないが。

 

「ん~っ、ヨシノさんのご飯は絶品だなあ!」

 

 嬉しそうにご飯を咀嚼するマナに、シカマルのお腹がぐうと鳴った。このまま家に帰れば「あら、今日はめんどくさがらずに全部食べたのね」と母ヨシノが嬉しそうな顔をするだろうが、だからといって自分が空腹になっていいわけじゃない。しかし取り返すのもめんどくさい。そう思っていると、

 

「もう、マナ! やめなさいってば。あんたの弁当はこっち!」

 

 シカマルの強気な幼馴染の声を聞いたマナの顔が明るく輝き、手から弁当が落下した。慌ててそれを受け止めようとしていると、弁当と中身が分離し、中身が口内に詰め込まれる。咀嚼することすら出来ずに噎せ返っているシカマルを他所に、マナは山中いのと春野サクラの元に駆け寄った。

 くノ一クラス内で、いの率いるグループは当番制でマナの弁当(もしくはマナの被害にあった者へ渡す弁当)をつくることになっている。最初は狐者異一族の少女と聞いて、アカデミーの机や椅子が被害にあうよりはと親がつくってくれていたのだが、いつの間にか子供たちが自分で作り始めるようになっていた。

 

「うっわー! すげー、すげー、マジ美味しそう! いっただっきます!」

「一応私の自信作なんだから、ちゃんと食べなさいよね」

 

 と言ってサクラが腰に両手を当てる。一方自分の弁当を食べ終わったチョウジは、食べ物を詰まらせて窒息寸前のシカマルの手助けをしている真っ最中だった。

 

「まー、デコりんの自信作なんて本気を出した私の半分くらいしかないけどね~?」

「っなんですってえイノブタ!」

 

 そんな二人のやり取りには一切興味を示さず、ぱくぱくとマナは弁当の中身を口の中へと詰め込んでゆく。その姿は実に豪快だ。その後ろではシカマルの手助けをし終えたチョウジが、シカマルと共にポテチを食べ始めている。

 

「ごっちそーさま!」

「今日はちゃんとごちそうさまといただきます言ったのね。ほら、いい子いい子~」

「じゃあご褒美ね。このアメちゃん食べる?」

「食べる!」

 

 どうやらいのとサクラはマナの飼育係であるらしい。頭を撫でられ餌付けされて、そのシーンだけ見れば小柄なマナはまるで愛玩動物のように可愛らしい。

 ただまあ、これでマナの躾がよくなってきていることは確かだろう。三代目火影はマナに有毒の植物やら昆虫やら一般人は食わない動物などの教育に全力を注ぎ込んではいたが、「いただきます」といったり「ごちそうさま」といったりすることは教えていないし、また拾い食いや、無銭飲食はだめだとも教えていない。まあ火影にしてみれば一般人が食べないものをマナの頭に叩き込むだけで精一杯だったのだろう

 

「あっりがっとさん!」

 

 ニコニコ笑うマナは包みを開けて、桜色の飴玉を口の中に放り込んだ。そして呟く。

 

「……サクラの髪もさ、こんな味すんの?」

「しっししししないわよ! 食べないでよね!」

 

 素早く己の桜色の髪を手で庇うサクラ。何を隠そう、マナには以前くノ一クラスにいた赤い髪の生徒の髪を指差し、「りんご!」と叫ぶなりそれを咥えて長いその髪を短く千切ってしまったことがあるのだ。サクラをいじめていたその子は以降マナを恐れ、マナと共にいるサクラやいのを恐れるようになっていた。まあ当たり前だろう。

 想い人たるサスケは長い髪の女の子がすきだと聞いて、いのと共に必死に伸ばしてきた髪をこんなところで切ってしまうわけにはいけない。毎日毎日ちゃんと手入れしている自慢の髪なのだ。それがマナに食われてショートカットに後戻りとか絶対ごめんである。

 

「マナ、今日も授業サボったんだって?」

 

 チョウジがポテチを咀嚼しながら聞いた。くノ一クラスの先生がカンカンに怒って教室に怒鳴り込み、「秋道チョウジはいますか!?」と聞いてきたのだ。わけわからんという顔のチョウジにその先生は鬼の形相で近寄ってきて某カレーが有名なお店の店長がマナが無銭飲食をしたということを告げてきたなどとまくし立てた。要するに先生は、いつも食べ物を持っているチョウジのところにマナが来ているのではないかと想ったらしい。実際その時のマナは体中の点穴をつかれてテンテンに介抱され、熱血師弟二人のやりとりをぐったりと倒れつつ看ているところだった。

 

「しかも無銭飲食したんだってな」

 

 シカマルもポテチを食べつつ言う。いのとサクラもそのことを思い出したのか、溜息をついた。どうやらマナのこのようなことについては半ば諦めているらしい。「だってお腹空かしたマナがじっと座ってられるわけないでしょ」、というのが彼女達の言い分だが、確かにそうだ。

 

「えーだって、お腹空いてたし。下忍になってる先輩に感謝されたぜ」

 

 下忍になってる先輩を投げ飛ばしたとは言わない。下忍になってる先輩に点穴をつかれまくったとも言わない。

 

「そーいやナルトに聞いたけど、お前今月の生活費も食費も零なのか?」

「電気も水もとめられやがったぜこんちくしょーめ」

 

 そう言えばくノ一クラスとの始めての合同授業でのイルカ先生からのありがたい教えは、確か「働かざるもの食うべからず」と「マナの真似はしないように」だったような気がする。

 シカマルとマナが出会ったのは、マナがよくチョウジに付きまとって彼が持つ食べ物を食べようとしていたからだ。弁当さえ取られかかって泣きついてきたチョウジのかわりに追っ払ってやるとマナは目元に涙を浮かべ、それでチョウジもシカマルも仕方なしといった風に、弁当を少しわけてやることにしたのだ。後でわかったのだが、マナのあれは嘘泣きだったらしい。確かにマナというのは食べ物の為ならどんな演技でもやってのける人間だった。

 

「おいマナ!」

 

 犬塚キバから声がかかった。ん? とマナが振り返る。

 

「お前まぁた無銭飲食したんだろ? まあ俺の知ったこっちゃねえけど、放課後はちゃんと来いよ! 姉ちゃんが俺に修行つけてくれるって予定だからよ」

「あーい」

「放課後? なあに、キバってばマナとデート?」

 

 いののからかいに、やめろよ、とキバはげんなりした顔をした。

 

「こいつが俺たち一族の誰かと恋人になった日には、犬塚一族は破産するぜ。今日はドックフード少し食わせてやるって約束なの」

「ドッグフードって」

「いい匂いするよな」

 

 真顔のマナに、呆れたと言わんばかりにシカマル、いの、サクラ、チョウジは溜息をつく。キバも額を押さえ、赤丸が「くぅん」と困ったような鳴き声をあげた。

  

 +

 

「ほら、紅丸。マナだぞ」

「わんっ」

 

 赤丸と同じ母から生まれた子犬であった。姿かたちも赤丸によく似たその犬は、名を紅丸と言った。

 本来は卒業したら、との約束だったが、母たる犬塚ツメの都合で早められることになったのだ。

 そんな約束をしたのはキバが赤丸とあって間もない頃だった。任務帰りに路辺で飢え死にしかけているマナをツメが見つけ、そしてその首根っこを掴んで帰ってきたのが始まりだった。

 

 その時のキバにとってのマナなど名字の正確な読み方さえわからぬただのどうでもいい少女の一人に過ぎなかったのだが、それから価値観がかわった。なるほどマナはくノ一クラスのドベだし、脳みそが胃にあるような奴だ。幻術もだめ、忍術もだめ、体術とて食べ物絡みでないとだめ。クナイや手裏剣は食べ物絡みじゃないと必ず外す。

 だけどマナは、いずれ強いくノ一になると、そう思った。それは直感だ。何の根拠もない。ただ彼女がクナイを振るうその姿が、そう思わせた。

 狐者異一族のチャクラには、“属性がない”。普通なら火、土、風、水、雷と五種類にわけられるのだが、狐者異一族のチャクラはそのどれにも属さない。ただその属性なきチャクラはそれはそれでまた普通のチャクラとは違った役割を果たす。

 普通の術の使用が不可能であるかわりに、そのチャクラは、“感知しにくい”のだ。いわば狐者異一族は感知タイプの忍にとっての天敵と言ってもいい。赤丸ですら、マナの強弱の判断がつかないと言ったほどだった。さすがに上忍ランクともなれば感知出来るらしいが、やはり常人のとくらべると感知しにくいらしい。

 ただ食べ物絡みになると、チャクラは殺気と交わって忍びでなくとも感じ取れるようになるらしいが。

 

 けれど普通の術の使用が不可能であるというのはかなりの痛手だ。狐者異一族の血継限界(その名も食遁)と言うのは概ねが食事向きで戦闘向きではない。ツメに拾われたマナに紅丸が懐いたとしても、犬塚一族の秘伝の術を教えるわけにもいかなかった。ツメは厳しい声で言った。この子が大してお前の戦力になれるとは思えないよと。それでも。それでも彼女はいいと言った。

 犬を食うという思考はもとよりない。キバのように犬の言語を解するわけでもない。犬塚秘伝の術が使えるようになるわけでも、ない。それでも彼女はいいといった。

 “別にアタシが強くなれなくても、それでコイツが幸せになれんならアタシは構わねえ”

 初めて彼女がまともなことを言ったと思った。

 それから彼女は週に一回、紅丸に会いに来ている。

 

「おー紅丸ー。一週間ぶりだな。どうだ、一緒にドッグフード食べっか?」

「わん!」

 

 とは言え、紅丸が飢え死にしないか心配でならないキバだった。

 

 

 + 

 

 電気も水も止められてしまったアパートで、チャイムの音を聞いたマナは、また大家さんじゃねーだろーなとうんざりとした溜息をついた。覗き穴に目をあてると、そこにいたのはなんとアカデミーに於ける寡黙なクラスメート、油女シノだ。シノが用なんて珍しい、と思ってドアノブに手をかけると、どうやらシノが躊躇っているのようだというのが看てとれた。

 

「よっ、シノ。お前が用なんて珍しいな。どうした、明日は台風か?」

「……これを……」

 

 差し出してきたのは風呂敷に入った包みだった。うまそうな団子やら羊羹やらが入っている。目を強く輝かせ、涎をつつーっと垂らしそうになるマナに、何を怯えているのか畏縮気味にシノが言った。

 

「その……それをやるから、どうか奇壊蟲だけは見逃してくれないか……何故なら、奇壊蟲は油女一族にとって、大切な戦力であるからだ……」

「は? それがどうかしたのか?」

「いや、この間一楽の前を通ったとき、聞いてしまったんだ……その、お前とナルトとのやり取りを」

 

 そう言えば、奇壊蟲焼けば食えるのかなとか言っていたような気がする。

 

「別に冗談半分だからそんなに真に受けんでもよかったんだけど……ま、一応あがれよ」

「……その、今日は遠慮しておく――」

 

 言い終えない内にマナに部屋の中に引っ張られ、かくしてシノは電気も水もとめられたアパートの一室に入れられたのだった。

 

「ごめんなー、電気も水もとめられちまってよー。だからお茶も出せねーからな。あ、トイレ行きたくなったらお隣さんの借りろよな」

 

 よくもこんな不便きわまりない家にクラスメートを招けたものである。駆け寄ってきた子犬があまりにも赤丸に似ていたので、思わず「……お前は赤丸を拉致したのか?」と聞いてしまった。真剣な声のシノにマナはきょとんとした顔をしてから、「ああそれ苺大福だよ。キバから貰った」と片手をひらひらさせる。どう考えても犬塚一族の人間が忍犬の種にそんな名前をつけるとは思えないのだが、それはいいとした。

 

「ほれ。シノも一緒に食べようぜ」

「……何か企んでいるのか?」

「んなわけねーじゃん。やだなあシノ、クラスメートだろ?」

 

 食べ物に関すると異常にケチケチする彼女が何かをわけてくるだなんて罠だとしか思えない。奇壊蟲たちが一斉に警告の鳴き声をあげた。にっこりした笑顔もうそ臭い。ので「遠慮しておく。……何故なら、お前がこんなことをしてくるなんて罠か熱を出しているかとしか思えないからだ」と言ったら「いーじゃん、今日はアタシ熱ってことでさ」と執拗に薦めてきた。

 仕方なしにと羊羹を一口いただく。

 

「おいしいだろー」

「……ん」

 

 買って来たのはシノなのだが、この会話だけだとどうもマナがシノに奢っているように聞こえる。

 

「で、こっちのも食べたらどーだ?」

「…………」

 

 咄嗟に顔を逸らす。悪い予感しかない。マナはくノ一クラスのドベではあるが、いざ(食べ物の為に)本気を出すとなんでも考え付くのだ。

 

「遠慮しておく……」

「――あ゛?」

 

 びくん、とシノの肩が跳ねた。目の前にいるのはにこにこ笑顔のマナ。先ほどの殺気に満ちた声が彼女から発せられたとは余り思えないが、そうと思うしかない。

 

「……では、お言葉に甘えて」

 

 ゆっくりとまた羊羹を取って食べると、マナも羊羹を一つとって食べ始めた。その目がギラギラしている。こいつ羊羹の中に何か入れたんじゃないのか。それともこれから何かするつもりなのか。思索をめぐらせながら出来るだけゆっくりと食べる。

 そうだ、トイレを借りるなら隣の部屋にいけとマナは言っていた。トイレに行くと言ってそのまま逃走すれば――

 

「……ちょっと用を足してく――」

「おー。まあだからって逃げんなよ。こっちには蟲質がいるんだからな」

 

 マナが見せてきた小瓶には間違いなくシノの奇壊蟲達が助けを求めて鳴いている。

 

「……何が望みだ?」

 

 涙目のシノに、にたぁとマナが笑った。

 

「毎日とか毎週とかそういうわけじゃあないんだけどさあー、取り合えず食えるもんがねー時には無銭飲食か拾い食いか、誰かに恵んでもらうしかねーのな。そういう時に“シノくん”が食べ物を提供してくれたら嬉しいかなあって」

 

 聞かなかったふりで一楽の前を通り過ぎていればよかったと激しく後悔した。あの後父に相談した結果甘栗甘の羊羹やら団子やらを送ることにしたのだが、まさかこんな結果を招くとは――

 マナが小瓶の蓋を開けるのと同時に、奇壊蟲たちが一斉にシノにくっついてきた。ガタガタと震えている。

 

「じゃーなー」

「……ああ」

 

 紅丸に同情のまなざしを向けられながら、シノはアパートを去っていた。

 

 +

 

 うちはサスケは咄嗟に目を逸らした。

 何故って目の前で、くノ一クラスのウスラトンカチがサスケが以前埋めたタイムカプセルを食べられるかどうか吟味していたからだ。

 

「――何してんだお前!」

「おーサスケか」

 

 サスケは長らく、うちはの敷地内に足を踏み入れていなかった。今日で卒業試験だ。だからというのだろうかどうだろうか、ただなんとなく訪れてみたのだった。試験を終えて亡き両親に報告をというのならわかるが、どうして訪れてきたのだろう。中忍でも使えるとは限らぬ火遁の術を会得しているサスケは自分が受かることはちゃんとわかっている。緊張の欠片もない。だから、見守っていてくださいとかそんな言葉をぬかしにきたわけでもない。

 もしかしたらそれはイタチへの執念だったのかもしれない。飛び級でアカデミーを早々に卒業してしまったあの男への。一族を滅ぼした、兄への。

 ただ、なんでこんなところにマナがいるのかはわからなかった。

 まだ兄を尊敬し愛していたころ、偶然兄がマナにせんべいを奢ってやっているのを見てやきもちをやいたことを思い出す。あんな男を敬愛していた、何も知らなかったあの愚かな自分に腹が立った。

 

「あのな、苺大福と散歩してたんだ」

「イチゴダイフクだと?」

 

 見ると彼女の足元にはクラスメートのキバのつれている犬、赤丸によく似た子犬が一匹いた。ただ糸目の赤丸とは違い、こちらの苺大福はぱっちりとした明るい青の目をしている。

 

「したら苺大福がここ掘れワンワンっていったから掘ってみたら、こんなもん出てきたんだよ。あ、因みに掘ったのはここじゃないぜ。なんかここら辺でも特にでっかいあの家の庭にあったんだよ」

 

 ここら辺でも特にでっかいあの家。

 マナの指差した方向は間違いなくサスケの家――いや、サスケのだった家。

 母と父と兄と過ごした家。

 あのおぞましき夜を過ごした家。

 地面に倒れた両親と、返り血を浴びた兄を見つめて泣き叫んだ、家だ。

 

「……お前、人様の庭を勝手に掘り起こしていいのか」

「いーじゃん。誰も住んでねーんだし」

 

 マナの言葉は真っ直ぐなだけにサスケの胸を抉った。けれどそうなのだ、この家にはもう誰もいない。この敷地には誰も住んでいない。誰もいない。いるのは子犬を連れた狐者異の小娘と、“悲劇の一族”の生き残り――

 自嘲的にそこまで笑っていたところで、かぽっとマナがその小箱を開けた。それを素早く奪い取る。

 

「あーっ、なにするんだよサスケェ!」

 

 中身は確か、五年後の兄に当てた手紙。そして五年後の自分に当てた手紙。それと、兄から五年後の自分への、てがみ。

 兄に当てた手紙には日ごろの感謝の言葉だとか、これからもよろしくお願いしますだとか、そう書いていた。自分に当てた手紙には、自分を鼓舞する言葉を書いていた。そして、まだ兄さんとは仲良くやってますか、とも書いた。兄からのは見たことがないから、わからないけど、でも。

 ――見る気もしないから。

 三通の手紙を重ねて、それをビリビリに破いた。マナがぽかんとした顔をする。

 イタチへの憎しみも自分への腹立ちも、全てを失った悲しみも、何もかも引っかいて破いてしまいたかった。でもそれは形ないものだ。だから形あるこの手紙を、サスケは破いた。あの時の、兄を敬愛する気持ちごと。

 

「――うあああッ」

 

 例え優しい兄の姿がイタチの演じた偽の姿であったとしても、それはサスケにとっては真実だったのだ。それが嘘でも、サスケが彼へ抱いた敬愛は本物だった。だからこそ余計に苦しかった。胸が張り裂かれるような気がした。こんな想いをしたのは、かなり久しぶりだった。

 風が吹いて、紙くずを連れ去っていく。サスケの想いごと。

 マナはそれを黙って見つめていたが……やがて腹をぐうと鳴らして、シリアスな雰囲気を台無しにした。

 

 

「よっ、ヒナタ。受かったんかい、おめでとー」

「あっ……マナちゃん」

 

 額当てを片手に手をふる小柄な少女がそこにいた。思わず彼女が鉛筆を噛み砕いたときのことを思い出して逃げ腰になるヒナタだが、マナは気にした風もなく近づいてくる。

 

「マ、マナちゃんも受かったんだね! おめでとう……」

「いや、そもそも受験してねーし」

「……へ?」

 

 努めて明るい声を出してみたものの、それは気だるげなマナの声によって遮られる。受験していないという言葉に驚いたものの、直ぐに彼女が狐者異一族であることを思い出した。

 普通の術の使用が不可能ということは当然、今回の卒業試験の課題である分身の術の使用も出来ない。

 だからといって受験せずに卒業できるというのは流石に反則だと思うのだが、しかし彼女は狐者異一族だ。父のヒアシが言うには、狐者異一族は全員が“大器晩成型”であるそうなのだ。ただ父の言い方には何か含みがあるようだったが。

 

「いやーそれでも流石に良心痛むしさあ、食遁披露してやった」

「しょくっ……!?」

 

 通りでミズキの座っていた椅子には足が一本かけていたわけだ。木屑も地面に散らばっていたし、ゴミ箱には木の棒が一本入っていた。恐らくあれが食遁の残骸だろう。

 

「……あのねマナちゃん」

「おーどうしたヒナタ」

「ナルトくん、また受からなかったんだって」

「そらごしゅーしょーさま」

 

 眉を下げていったヒナタに、軽い口調で返すマナ。マナは同じドベであるナルトが落ちてしまったのに、自分は受験せずとも受かったのに、それでもなんとも思わないのだろうか。

 

「でもそりゃ仕方ねーだろ。ナルトはアタシとは違うんだよ。まっ、ナルトが試験に受からず同じ班になれる機会を喪失してしまったヒナタの落胆はわからんでもねーよ?」

「えっ、えっ、えっ!?」

 

 からかうような声で言ってきたマナに思わず身を竦ませるヒナタ。かあっと全身の血が顔へ集まり、その所為だろうか、四肢の感覚が麻痺しだした。

 日向ヒナタはナルトのことがすきだ。マナと並ぶ問題児でありドベではあるが、けして諦めず、前向きで底抜けに明るい。そのいつだって前を見つめている青の瞳が好きだ。美しい空の色が、好きだ。

 

「あっあああううっ、そんなことはないんだよ? えっとその、残念だなって気持ちは、あ、あるんだけどっ……」

 

 上ずった声で言うもマナは相手にしてくれない。

 

「へー。同じ班になれねえことの落胆はないけど、残念だなって気持ちだけはいっぱいあるってか。へえ」

 

 ニヤニヤ笑われて赤面して俯くヒナタを見ながら、マナは溜息をついた。

 いくら恋愛に疎いとは言え、ヒナタがナルトを好きなことくらい一目瞭然だ。そしてそのナルトがサクラを好きで、サクラがサスケのことを好きなことも。

 色恋とは全くつまらないものだと思う。食えないし報われない。つらいだけだとわかっているのに何故誰かを好きになるのか、全く理解できない。

 ぐうと腹の音がなり、苺大福もとい紅丸が足元に擦り寄ってきた。

 試験がないだけに卒業した感慨とかそういうのは何もない。

 晴天を見上げて、マナは小さく溜息をついた。

 




これから四話くらいは全部長め+マナメインです。第六話以降からどんどんと他のキャラクターにもスポットをあてていくつもりだったり。
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