やはり俺がIS学園に入学するのはまちがっている。りていく! 作:AIthe
「勇敢な人で恐怖を感じたのを認めない人はいなかった」
──────
真っ白な世界。
色という概念が存在しない、“無”を象った世界。
俺初めて見たこの世界を、「寂しい」と思ってしまった。そして、この世界に何故か既視感を覚えてしまう。
「ようこそ、僕の世界へ」
その声は全てを司っていた。
男、女、子供、大人、赤子、老人、罪人、聖人、愚者、賢人───そのどれにも該当し得るが、決して該当する事のない、全てを孕む声。
「僕は‥‥名乗る必要もないね?わかっているんでしょ?」
楽しそうな口調で話す。が、そこには喜怒哀楽がぽっかりと欠けている。楽しそうに話しているはずなのに、全く楽しそうに見えない。
「君は、あの子‥‥陽乃ちゃんを“害”と認識したよね?」
声の主の言う通り、彼女は害悪な存在だ。俺の名前を知っていたし、何よりもあの深い闇が怖い。あんな人間は今まで見た事がない。深淵よりも深い闇。それを覗けば、もう二度と戻ってこられなくなる気さえした。容姿端麗、才色兼備、多芸多才、温厚篤実、大胆不敵。その全てを兼ね備え、そして全てが偽物の外骨格でしかない。なら、あの中身は本当に人間と言えるのだろうか?
同じ人間とは思えない。
そう、あれはまるで───
「“化け物”みたいだった?」
声の主はクスクスと笑う。もちろん、そこに感情は存在しない。
「でもさ───」
白い世界がゆっくりと狭まる。閉じて、圧縮されて、何処かに消えてしまうかのように、小さくなってゆく。
「───本当の化け物は、どっちなんだろうね?」
意味深な言の葉が世界を支配し、俺の意識は落ちていった。
───2───
現在日曜の午前十時過ぎ。
完全にプリキュアを見逃した俺は、軽い頭痛を抱えながら意識を覚醒させた。嫌な夢を見た気がする。落ちる夢とか追いかけられる夢みたいな、いわゆる怖い夢を見た後の気分だ。まあそのまんまだな。内容はよく覚えてないけど。よし、時間もあるし二度寝しよう。二度寝こそ正義だ!
「ひっきがーやくーん!!」
「うるせえよ‥‥‥‥」
朝からうるさいのがやってきた。ルームメイトだし悪意はないから多少はね?でも惰眠の妨害は許容できん。あと部屋が汚い。雑乱としすぎだろ、脱いだ制服くらいハンガーにかけとけよ‥‥‥結局俺がかけるんだけどさ?
「も〜!朝ご飯の時間過ぎちゃったよ〜」
「昼飯と一緒に食うから良い」
「何食べるの?」
「ラーメン」
「ラーメンマンじゃん!」
「‥‥‥‥‥‥」
うるせぇラーメンマン関係ないやろ。キャラメルクラッチ食らわせるぞ。
「昼食ったら出るわ」
「えっと、雪‥‥雪ノ下さんのとこ?」
「まあそんなところだ」
正確には総武校で、だがな。
「む〜!昨日もデートしてたし‥‥‥ちょっと妬けちゃうかも‥‥」
「デートじゃねえから、あとお前は一体何を焼く気なんだよ‥‥‥」
まさか俺なのか。メインディッシュは俺なの?注文多かったりする料理店なの?それとも「そんな脳味噌はいらんわなぁ」的なあれですか?うしおととらアニメ化めっちゃ嬉しい。みんな見ようね(ステマ)。
雪ノ下に「昨日比企谷くんとデートしてたの?」なんて聞いてみろ。複合的に死ねるぞ。ドMの方にオススメするわ。
「そりゃあ、雪ノ下さんに?」
「‥‥‥‥は?」
「に」っておかしいだろ。雪ノ下に相‥‥相‥‥相なんとかさんが焼かれるんですか!?まああり得ない話じゃないな。余りの毒舌で焼き殺される(痛みの表現)的な意味なら。「私の毒舌は百八式まであるわよ」とか言いかねん。テニプリはそろそろテニスしろ。
関係ないが、テニスといえば戸塚。戸塚といえば可愛い。つまりテニス=可愛い‥‥‥真理の淵を除いてしまった気がする。
「行ってくる」
「早い!脱兎の如くってやつだね!」
覚えたての言葉を使いたがる中学生みたいだな。使い方違うから国語を勉強しようか。
やっぱり、小町的な要素があr‥‥ないわ。小町の方が腹黒いし‥‥‥底は浅いけどな。あと小町の方が可愛い。千葉の兄妹は愛しあってんだよ。
「マジで行ってくるわ」
「五時までには帰ってくるんだよー?」
お前は俺の母さんかよ。
今流行りの感嘆符多い系女子、相なんとかさんを置いて俺はIS学園を後にした。
───3───
電車とか色々乗り継いで数十分。
久々に総武校に来た。久々といっても数週間ぶりなだけだけどな。
まあ、ここ最近は忙しかったからそう思うのも仕方のない事かもしれない。あれ‥‥俺の社畜適正‥‥高すぎ?
俺はもうここの生徒ではない。なので来賓という扱いになるはずのだが、どう考えなくても来賓する理由も必要もない。来賓用玄関から堂々と入ってみろ。この眼のお陰で警察に厄介になることになる。
「おお、比企谷。待たせたな」
「いえ、こちらこそ休日にすいません」
という訳なので、平塚先生にお願いする事にした。来賓として扱ってもらえるように取り計らってくれるそうだ。私服だけど。千葉県が描いてあるけど。
「今日は奉仕部の集まりと聞いているが、どうして部室なんだ?」
「‥‥そういえばなんででしょうかね?」
聞いてなかったわ。まあ、それ以外に思いつかなかっただけだと思うけどな。それに、雪ノ下なりに気を使ったのだろう。俺にも、由比ヶ浜にも。
「すみません、来賓の───」
それより、由比ヶ浜は本当に来るのだろうか。あの顔、あの表情、あの距離───俺だったらバックれてしまうだろう。まあ、由比ヶ浜はお人好しだ。嫌でも来るのかもしれない。というより、雪ノ下的には来ないと困るのだろう。
「許可が取れたぞ、あんまり目立つ行動はするなよ?」
「ありがとうございます」
首から来賓用と書かれた認可証を吊るし、晴れて俺もお客さんの仲間入りを果たす。自分は総武校の生徒じゃなくなった事を改めて実感し、感慨深いものを感じてしまう。
「どうした?」
「‥‥また今度、ラーメン食いに行きましょう」
「‥‥そうだな、トマト麺以外だつたら付き合ってやろう」
平塚先生は優しく微笑む。
やはり、平塚先生は“イイ”先生だ。模範的という意味ではない。人間的にだ。
本当にこの人は尊敬できる。俺の事を未だに生徒扱いしてくるのだが、それは俺がネームがあるから関係を築いておきたいとか、そういうやましいものではない。シンプルに、「自分の生徒」として扱ってくるのだ。本当に、人間として出来ている。何故結婚できないのか。早く誰かもらってあげろ下さい。
「じゃあ、行ってくる‥‥っす。本当にありがとうございました」
「気にするな。頑張ってこいよ」
「うっす」
平塚先生に背を向け、来賓用玄関から中に入る。土日なので、部活動の人以外はいないはずだ。それに、基本文化部は休みに活動をしない。吹奏楽とかいう朝からファーファうるさいのは別だけど。それなんて洗剤?
「‥‥‥‥ふぅ‥‥」
誰もいない静かな階段に、パタパタというスリッパの音だけが響き渡る。今日がなかったら、もう二度とここに来る機会などなかっただろう。まあ、この辺は雪ノ下に感謝だ。特に思い出もない学校とはいえ、ここに入るために頑張って勉強した事を思い出せば、まあそこそこの情は沸くものだ。RPGのスライムくらいにはな!あれ、それってすごい湧いてるんじゃ‥‥‥
「うーっす」
「あら、挽肉谷くん。早かったのね」
「‥‥‥理不尽に罵倒されたんですけど」
部室の扉を開くと同時に飛んできた罵倒。雪ノ下らしいといえば雪ノ下らしい。が、挽肉はないだろう。まず意味わかんねえし。もっと語呂がいいのなかったの?
毎日俺のあだ名リストが更新されているんですがそれは。雪ノ下に付けられたあだ名だけでリスト埋まるわ。絶許。
「比企谷くんに人権があると思ったのかしら?」
「ふえぇ‥‥‥」
人権すらないそうです。八幡のメンタル力が足りなくて泣いちゃうゾ☆
「あの、比企谷くん」
「あ?」
「姉さんのこと‥‥‥なのだけれど‥‥‥」
「‥‥‥ああ」
あの強化外骨格系女子の話か。プラスの意味の四字熟語を全部くっつけたみたいな外骨格してる。そもそも外骨格って節足動物の殻の事だろ?雪ノ下姉ってカニなの?
「その、姉さん‥‥が‥‥その‥‥‥‥」
雪ノ下にしては珍しく、要領を得ない話し方だ。モゴノ下モゴ乃になってしまったのか。いや、語呂悪いな。
「‥‥やっぱりなんでもないわ」
「気になるからやめろよ‥‥‥」
一体全体雪ノ下姉がなんだってんだ。それを好奇心の猛獣相手にやってみろ。「私気になります!」っていう呪いがかけられて乙るぞ。いつからここは古典部になったんだ‥‥
すると、遠くから上履きが廊下を鳴らしながら段々と近づいてくる。
「‥‥‥来たわね」
「‥‥‥来たか」みたいなのやめようよ‥‥‥‥
扉に手をかけられ、ガラガラッと音を立てて開く。そこにいたのは、夏服を着た由比ヶ浜。今まで冬服姿しか見た事がないので、どことなく新鮮に見える。
「‥‥‥こ、こんにちは」
「こんにちは。待っていたわ、由比ヶ浜さん」
「‥‥‥‥‥」
こいつ、本当に大丈夫かよ。「やっはろー」しない由比ヶ浜とか由比ヶ浜じゃない。由比ヶ浜の皮を被った何かだろ。
「その、話っていうのは「あーあー、まてよ雪ノ下。俺から言わせろ」
「‥‥わかったわ」
「う、うん‥‥‥」
この前の買い物で完全に勘違いされているのに、そこから「ええっ!?ヒッキーとゆきのん付き合ってるんじゃないの!?」なんて由比ヶ浜が言ってみろ。静かな部室が戦場になるぞ。
「由比ヶ浜、ちょっとこい」
部室の外へ由比ヶ浜を連れ出し、雪ノ下の方をチラッと見て扉を閉める。凄い訝しげな目線を向けてたよあの子‥‥‥
「あのな、由比ヶ浜。お前は勘違いをしている」
「え?」
「俺と雪ノ下は付き合ってない」
「ええっ!?ヒッキーとゆきのんって付き合ってないの!?」
「あっ、バカ!」
般若の表情を浮かべた雪ノ下が、再びその扉を開く。シリアスでもアホの子は変わらないのか‥‥連れ出した意味ないじゃないですかやだー!!
「あら、楽しそうな話をしているわね?」
「ゆ、ゆきのん?」
「おい、由比ヶ浜しっかり謝れ。部長がお怒りだぞ」
「ええー!ゆきのん〜」
「しっかり謝るべきはあなたよ、私の潔白の人生が汚れたわ」
「‥‥‥死にたい」
ゆるゆりしてますね。時代はゆきゆいなんですね。
すると、突然、雪ノ下が何かを思い出したかのように部室に戻る。ガサゴソと音がしたと思えば、ラッピングされた袋を持って帰ってきた。
「今日は、由比ヶ浜さんの誕生日をお祝いしようと思っていたのよ」
「ゆ、ゆきのん、ヒッキー!ありがとう!」
「それと、これは誕生日プレゼントよ」
「ゆ、ゆきのんー!ありがとう!!」
由比ヶ浜が雪ノ下に抱きつく。マジでゆるゆりだった。いや、Aチャンネルレベルの百合かな。ユー子可愛いよユー子。
「ゆ、由比ヶ浜さん。暑苦しいわ」
と言っておりますが、満更でもない様子です。ATフィールドを感じる。中和しなきゃ(使命感)。
雪ノ下の目線が「武室に戻るぞオラ」って言っている。怖い。
渋々部室に入って、由比ヶ浜がそわそわとした様子で扉を閉める。そして、わくわくとした表情を雪ノ下に向ける。
「開けていい?」
「ええ、勿論よ」
日本人特有の丁寧な開け方で、ラッピングの紙を剥がす。アメリカンな方々みたくビリビリ破けばいいのに。ちなみに俺はそういうの経験したことないのでちょっと‥‥‥‥
「わぁ、エプロンだぁ!」
中から出てきたのは、まあ言う必要もないだろう。由比ヶ浜はエプロンを抱き締め、にひひーと笑っている。ああもう可愛いなぁ‥‥戸塚が。
え?戸塚?
「戸塚ぁ!」
「は、八幡!」
窓から俺の腐った目が捉えたのは、テニスコートで輝いている天使(八幡談)の姿だった。可愛いなぁ、天使だよなああ!!!
「結婚しよーう!!」
「え?なにー?」
「いや、なんでもないぞー!」
何時もは出さない大声を出し、大きく手を振る。由比ヶ浜と雪ノ下から白い目で見られている気がするが、そんな事は知らん。時代はゆきゆいからとつはち(戸塚×八幡)に変わったのさ!
「そっち行くねー!」
「おう!」
「ヒッキー‥‥‥頭大丈夫?」
「比企谷くん‥‥生きてて大丈夫かしら?」
「一つ目はともかく二つ目はなんだよ。」
「頭がおかしい事は否定しないのね‥‥‥」
「ばっか、お前、人間ってのは「はちまーん!」
「戸塚ぁ!」
奉仕部部室に天使が降臨した。やったぜ。
そろそろ雪ノ下に怒られそうだ。少しは空気を読むとしよう。由比ヶ浜も喜ぶだろう。喜ぶよね?
「今日、由比ヶ浜の誕生日なんだ。一緒に祝ってやってくれないか?」
「‥‥‥‥少しは空気を読めるのね」
なんか雪ノ下に言われてる希ガス。ボソボソしてて聞き取れないんだけど。難聴系主人公扱いされそうだからそういうのやめちく‥‥何でもないです。
「うん、知ってるよ?あ、今日鞄に入ってるかも。ちょっと待ってて」
知ってたしプレゼントも用意してた、すげえ。俺にも婚姻届プレゼントしてくれないかな?いや、俺が指輪をプレゼントしなきゃ(使命感)。
「はい、誕生日おめでとう!」
「わー!髪ゴムじゃん!私より女子力高い‥‥‥なんでだろう?ありがと!」
「いえいえー」
「んんっ、由比ヶ浜さん?」
咳払いをする雪ノ下、なんかエロい。
「比企谷くんも、プレゼントを用意してくれているわよ」
「ヒ、ヒッキー‥‥‥‥」
「‥‥‥‥おう、ほらよ」
出来るだけ無愛想に、顔を見せないように渡す。誕生日プレゼントとか小町以外にあげたことも貰ったこともねえや。恥ずかしいっつーの。
「ヒッキー‥‥‥」
「由比ヶ浜。あの事故のことなんだが‥‥‥」
ここからが本番だ。
「その、これでチャラにしないか?」
「でも‥‥‥」
「俺は‥‥俺はお前だから助けた訳じゃない。」
「っ!」
由比ヶ浜の表情に一瞬の陰りが見えたが、それもまた元に戻る。
俺が犬を助けたのは、別に由比ヶ浜の犬だったからではない。多分、それが大嫌いな奴の犬だろうと、俺は助けていたし、結局それのせいでぼっちになった訳ではない。
「だから、これで終わりだ」
「‥‥‥終わりなんて‥‥やだよ‥‥‥」
「いいじゃない、またやり直せば」
全員の目線が雪ノ下に向く。その表情は優しく、だが‥‥どこか儚く、寂しげだった。
「あなた達ならやり直せるわ、きっと‥‥ね?」
「‥‥‥そうだね」
「よく分かんないけど、きっと由比ヶ浜さんと八幡は仲良くできるよ!」
「‥‥‥そう、だな」
ズキズキと胸が痛む。
本当は喜ぶべきところなのだろうが、俺は素直に喜べなかった。
その、雪ノ下の表情。それが俺の脳内で反芻し、こびり着いてしまった。
雪ノ下、お前は何を‥‥何を考えて、思って、隠しているんだ?
───4───
曰く、「私」は天才。
曰く、「私」は運動神経抜群。
曰く、「私」は温厚篤実。
曰く、「私」は多芸多才。
曰く、「私」は完璧。
だが、それは全て“嘘”だ。それは「私」であり、「私」でない。「私」はただ与えられただけだ。勉強しなさいと言われたから勉強をし、運動をしなさいと言われたから運動をした。やりなさいと言われたものは全てこなし、完璧に納めてきた。
だから、世界はつまらない。全てが受動態で手に入る。そう思い、信じていた───あの日までは。
あの日から、「私」の評価は変わった。
曰く、「私」はただの秀才。
曰く、「私」はただの八方美人。
曰く、「私」はただの努力家。
曰く、「私」は欠陥品。
だが、それも全て「偽物」だ。
「私」自身が受身の「偽物」でしかないのなら、「私」の評価も「偽物」だ。
だから、世界はつまらない。いくら足掻いても、手に入らないものがあるのだから。
「偽物」だろうと、「私」は「私」であり続ける。それが間違っていたものだとしても、「私」はこの手を伸ばし続ける。
そういえば、つい最近。面白い少年を見つけた。目の腐った、今話題の男の子。一緒にして、「私」の本性を見破った。あれは、私と同類。いや、それ以上の“化け物”だ。成績とかそういう数値に出るものではない。彼が心に飼い慣らしているそれに、堪らなく興味が沸く。それに、“あれ”に選ばれたとなれば、それ相応の人物なのだろう。
「まあ、できたら計画に組み込みたかったんだけどね?刀奈ちゃん?」
「その呼び方やめてって言わなかったかしら‥‥‥」
青髪の少女は溜息を吐く。
「言う程の人には見えなかったんだけど‥‥‥」
「あれの本性は引き出すように話さないと分からないよ?見た目は目の腐った男の子のしか見えないし。」
「ふーん‥‥‥‥」
壁から背を離し、うーんと背伸びをする。私の口が三日月型に歪み、不敵に笑う。
「じゃ、そろそろ始めよっか。『親離れ』をさ?」
「私」に届かない場所なんてない。この手を伸ばして、伸ばして、絶対に手に入れてやるんだから。