やはり俺がIS学園に入学するのはまちがっている。りていく! 作:AIthe
「作品のアンチをする人ほど、その作品を読み込んでいる」
ソースは俺。
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一と零のみで象られた、光の世界。宇宙のように無限に広がり、だがそこに距離という概念は存在しない。四百六十六と一つの魂が存在し、ついこの間更に一つ増え、完成されてしまった世界。
そこに、二人の───二つの少女の姿をした“何か”が向き合っている。
真っ白に煌めく肌。流れるような白髪に、白いワンピースを風に揺らす可憐な少女。
真っ赤に血塗れた手。腐った蒼い瞳を爛々と輝かせ、口元を三日月型に歪める蠱惑的な少女。
二つの視線は絡み合い、世界が入り混じり、宇宙に混沌を宿す。
「おひさー、No.1。それとも“first”とか“白式”、もしくは───」
蒼目の少女がニタリと笑う。
「───“白騎士”って読んだ方がいいかな?」
白髪の少女がムッとした表情を見せる。
「皮肉ですねNo.52。いや、“空席”、“浮舟”、いや、それよりも───」
白髪の少女はその小さな手をもう一つの少女に向ける。
「───昔みたいに“乗り手殺し”って呼んであげましょうか?」
その名を聞いた途端、蒼目の少女は伸ばされた手を弾く。影の差した表情は伺えないが、楽しそうで、悲しそうな、まるでピエロのような顔をしているように思えた。
「No.1は意地が悪いね?」
「いえいえ、No.52には負けますよ?」
二つの少女は睨み合い、蔑んだ視線を絡ませながら、愉しそうに笑う。
「まさか、本当にあなたが約束を守るとは思ってもいませんでしたよ?」
「約束を守ったんじゃなくて、僕があの子で遊んでるだけだけどね?どうせ、すぐに発狂して死ぬんじゃない?」
大袈裟に両手を広げる。世界がグルグルと回って、混沌は掻き消される。
そこは透き通った湖上。美しい世界が姿を表す。世界が無限を表すほどに広く、果てなどない。
「本当に‥‥‥ゴミクズな発想ですね」
「そう?刀を持ちながら「みんなを守る」なんて言ってる君の方がよっぽどゴミクズだと思うけど?」
白髪の少女は顔を顰める。同時に、世界が再び色を変える。美しい世界は端から端まで業火が焼き尽くし、殺風景な悲しい焼野原に成ってしまう。
「刀は他人を斬るものだよ?」
「そんなことは‥‥‥分かっています」
「じゃあ、そんな戯言はやめたら?」
「それは‥‥‥いけません」
少女の口から、決意の篭った強い言葉が飛び出る。
「私は私の道を───この剣で誰かを守る事を誓ったのです。あなただって、元の願いは同じでしょう?」
蒼目の少女は眉を細める。苦虫を噛み潰したかのような表情を見せるが、すぐに元通りのピエロに似た表情に戻る。
「‥‥‥僕は君が嫌いだよ」
「ええ、私もあなたが嫌いですよ」
二つは微笑み合い、背を向ける。
「じゃ、また」
「ええ、また今度」
二つは消え、焼け野原である世界だけが残された。次第に世界は終息し、真っ白な“無”を司る世界に戻ってしまった。
蒼目の少女。振り向かなかった彼女の瞳が真紅に血濡れていたのは、誰が知る由もなかったのだろう。
───2───
「ええっと、ここは───」
日が変わってクラス代表戦となったが、特段俺に関係のあるイベントではない。やる事がなかった。やる気もないけど。早く家に帰りてえ‥‥‥
山田先生が黒板の前でアワアワとしている。実際には普通に授業をしているだけなのだが、その体格とオドオドとした態度からそう見えてしまう。
俺は頬杖をつき、開いている窓から外を見やる。夏にしては涼しげな風が吹いて、思わず身体をぶるっと震わせる。薄着過ぎたか。タンクトップとか調子に乗ったわ。
「じゃあここを‥‥比企谷くん!」
「は、はい。え、えっと、IS学園はIS国際委員会に所属する全ての国と地域から集めたお金で動かしています。その為───」
「はい、よくできました!」
山田先生に指されて少しドキッとした。大丈夫だよな?挙動不振じゃないよな?
周囲からの視線が刺さる。いちいち動く度にこっち見んな。
視線から逃げるようにコンピュータを開く。すると、先日開いたばかりのサイトにメールが来ていた。スパムだろ。スパムだな!?
一応開いてみる事にした。
『今日話がある。昼休み、屋上に来てくれ。』
送り主は「織斑一夏」とある。うわぁ、行きたくない。ってかなんでこのサイト知ってるんだ。まだ公表してないぞ。
織斑に視線を向けてみる。前を向いて、真剣な顔つきで先生の話を聞いている。真面目なやつだなと素直に感心し、なんと言われるのかと想像しながら視線を先生に移そうとすると、ふと、こちらを射抜く視線を見つけてしまう。
「!?」
「‥‥‥‥‥」
篠ノ之箒。授業そっちのけで、真後ろである俺を注視していた。一体何の用なんだ‥‥‥‥
俺が篠ノ之箒に視線に気づくと、彼女はビクンと身体を動かして忙しない動きで前を向く。だから何なんだよ‥‥‥‥
「それでは、これで授業を終わります」
くだらない事で頭を動かしていると、授業が終わってしまった。大丈夫、今日の予習はしっかりしてきた‥‥‥‥してきたから大丈夫‥‥大丈夫だよね?
「気をつけ、礼」
あざーっしたーと適当に挨拶して、そそくさと教室を出る。いつもなら昼休みだ、やったぜとなるところなのだが、今日はクラス代表戦があるのでこの時間で授業は終わりだ。掃除をしたら、そこからは自由時間───まあ殆どの学生がクラス代表戦の応援に向かうと思うのだが、形上はそうなっている。
そして、何よりも織斑弟に呼び出されているというのが面倒だ。まあ行かないがな。
まともに話した事もない相手のもとに、わざわざ行く理由がない。俺に得がない。
「比企谷」
「‥‥なんだよ?」
「メール、読んだだろ?」
こいつ‥‥俺が逃げられないように‥‥‥やりますねぇ。まあ、逃げるけど。逃げるんだよォ!!
「すまん、今日は別のやつと約束してるから」
「‥‥‥‥‥」
織斑弟が訝しんだ表情をする。ぼっちなのに一緒に飯食うやついんの?って事ですね。わかります。
「んじゃ、また」
さっさとこの場から立ち去ろう。そう思い踵を返すと、大きな手が俺の肩を掴む。
「比企谷、一緒に飯を食いに行こう」
‥‥‥‥なんでこいつらこうも諦めが悪いの?
───3───
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
食堂に向かわされた俺は、いつものベストプレイスで黙々と食事を取っていた。目の前には織斑弟がいるが、特に話す事もないのでスルーだ。が、それが織斑弟に耐えられるはずもなく、
「な、なあ」
「なんだ?」
「今日は‥‥‥その、この後どうするんだ?」
適当な話題を振ってくる。話す事がないなら話さなきゃよかろうに。
「寝る」
「そ、そうか‥‥‥」
「お前こそ今日は代表戦だろ?こんなところで油売ってていいのかよ?」
「まあ、まだ時間があるからな。来賓の人もいっぱい来るって聞いてるし、なんだか緊張するな、ははは‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
ふーふーと息を吹きかけ、ラーメンをすする。ラーメンって美味いわ。平塚先生とラーメン食いに行きてえな‥‥‥‥
「比企谷」
「‥‥‥なんだよ」
視線はラーメンに向けたままで織斑弟の顔は見えないが、声色は真面目なものだ。一応は返事をしておく。
「俺はお前と仲良くしたいと思っている」
俺は思ってねえよ。
「だけど、この前の戦い方はダメだ。あれは良くないと思う」
「‥‥‥言いたい事はそれだけか?」
ゆっくりとした動作で箸を置く。
こんな大した事のない用事で呼び出されたのか。下らない。実に下らない。
「俺は勝つ為に最善を尽くした。それだけだ」
「そうかもしれない。でも、セシリアの家の事とか、そういうので動揺させるのは卑怯じゃないか」
織斑弟の語気が強まる。本当に下らない話だ。今更といったところだし、そもそも俺に非がある訳でもない。
「‥‥‥お前は勘違いしていんのか?相手は専用機持ちの代表候補生だぞ?最善を尽くさないでどうする?」
「いや、でも「でもじゃねえよ。代表候補生ってのを馬鹿にしてるのか?俺なんかよりよっぽど格上の存在なんだぞ?お前の言う正攻法で勝てる訳がないだろ」
「‥‥‥‥‥‥‥」
それに、代表候補生ってのは文字通り国の代表の候補だ。ちょっと弱点を突かれたくらいで動揺しているくらいで代表候補生が務まる訳がない。
完全に論破できたはずだ。ここからは主観のぶつかり合いで、どちらかが折れない限り不毛な争いが繰り広げられる事になるだろう。
一言断って立ち去ろうと目の前の男を見る。しかし、予想外にも織斑はその表情を崩さない。むしろ、自信に満ち溢れた顔をしている。
「‥‥俺とお前は根本的な考え方が違う‥‥なんつーか‥‥でも、それでも俺は‥‥‥お前と仲良くできたらいいなーなんて思ってる」
その口から出たのは、諦めの悪い、希望的観測ですらない言葉。醜く、現実を直視しない、俺が嫌いな言葉。
今確信した。こいつは相手にしているだけ無駄だ。俺とこいつの意見は決して合致する事はなく、二人が納得できる妥協点など存在しない。平行線を辿って、永遠に交わる事などないのだ。
「‥‥勝手にしろ」
「本当か!ありがとうな!」
マジでおめでたい頭をしているな。察する能力が無さ過ぎるだろ‥‥疎いっつーか、あそこまで朴念仁な理由が分かった気がする。
言葉を発してすぐに、織斑弟は時計を凝視し、慌てて片付けを始める。
「悪い、そろそろ準備とかあるから戻るわ」
「おう」
そそくさと食器を片付ける朴念仁に、社交辞令程度に声をかけておく。
「試合、頑張れよ」
「‥‥‥おう!」
織斑弟はスキップを踏みながら食堂を後にした。
‥‥‥前向き過ぎるだろ。
───4───
場所は変わって学園郊外。俺は本を片手に、風通しのいい場所でゆったりとした時間を過ごしていた。夏らしい暑さはあまり感じず、心地がいい。
今日は本当に暇だ。アリーナは使えないし、やる事がない。普通だったら嬉しいのだが、社畜的精神が俺にもっと働けと囁くので、落ち着かない。
「これより、一組クラス代表対───」
学園中にアナウンスが響き渡る。もう試合が始まったらしい。そういばあの織斑弟はもう一人のちっこいのと戦う予定だったはずだが、勝てるのだろうか。
「‥‥‥はぁ」
物憂げに小さく息を吐く。なぜだか本を読む気が起きない。疲れているのだろうか。
俺は立ち上がり、大きく伸びをする。IS学園に来てから一息つく間もなく、多忙な生活を送っていたのだが、こうして休む時間があると、ああ、自分は何て平和な世界に生きているんだろうと、感慨深い思いに浸ってしまう。俺自身理系ではないが機械とかは好きだし、ましてやそれを動かせるのは嬉しくないはずがない。正直、それなりに充実した生活を送れていると思う。ボッチ充ってやつですね。
なんとなく携帯を開くと、数件のメールが来ていた。メールといえばいい思い出があるぞ。
クラスの隣になった優しい女子とメアドを交換して、その日のうちにメールを送ったわけだ。俺は心臓を高鳴らせながら返信を待ってみたのだが、結局その日は返信が来なかった。
が、数日後。「ごめん、ねてた」と漢字に変換する事もなく返信が返ってきたのだ!全く、あの子は本当にねぼすけさんだなあ(白目)。
‥‥‥考えていたら死にたくなってきた。さて、落ち着いてメールを開こう。
TO 小町
件名:無題
はろはろー!お兄ちゃん元気にやってるー?小町はお兄ちゃんが上手くやっているか心配です。あ、今の小町的にポイント高い!
相川さんに聞いたけど、お兄ちゃん専用機ゲットしちゃったんだね!どんどんお兄ちゃんが成長してて小町は嬉しいよ!
たまには帰ってきて話聞かせてねー、じゃあねー!
愛しの妹からのメールだった。なんか家に帰りたくなった。小町に会いたいな‥‥‥コマチニウムが足りない。
二通目を開く。
TO 織斑先生
件名:無題
今朝、サイトの告知ポスターを貼っておいたぞ。これからは部活動にも励むように。
事後報告って先生としてどうなんですか‥‥しかも余計なことしてくれちゃってるよ。そんな事したら絶対仕事増えちゃうじゃん‥‥‥
最後のメールを開く。見知らぬ人物だったが、中身ですぐに分かった。
件名:相川です( ´ ▽ ` )ノ
相川だよー、登録よろしくね( ̄^ ̄)ゞ
こいつどこから俺のメアド入手したんだ‥‥‥小町か?小町なのか?何勝手に教えているんだ‥‥‥相なんとかさんなら別にいいけどさ‥‥‥‥
携帯の電源を落とす。ポケットに滑り落とし、手を突っ込んで本を小脇に抱える。寮に帰る準備を済ませ、一歩踏み出した途端、爽やかな風風が止んだ。
「し、侵入者!?れ、レーダーにそんなものは───」
学園のメガホンがノイズを含んだ高い音を鳴らし、直ぐに切断音が響く。遠くのアリーナから轟音が響き渡る。あそこは、織斑が試合をしているはずのアリーナだ。あそこには、織斑先生もいるはずだ。
一瞬そちらに向かおうと思ったのだが、学園には多くの教員が在する。どれほど侵入者が強かろうと、ISという最強の兵器の数の暴力には敵わないはずだ。俺には関係がない。
が、同時に別の考えが浮かぶ。相川の言っていた「来賓」という言葉が引っかかってしまう。
もし侵入者がいたとして、本当にその状況を想定していないと言えるのだろうか?いや、絶対にしているはずなのだ。
この状況。ジョーカーである織斑先生はアリーナに釘付けという状況。気付かれた方の侵入者は陽動である可能性が非常に高い。おそらく、狙いは来賓各々だ。
厳重な警備であるIS学園に来賓する人となれば、それなりに名高い人ばかりである。テレビに出ている人や、その発言だけで大きく情勢を変えてしまうような、ビックネームが集まる。それを狙うとなれば、辻褄は合う。
そして、この場合。自惚れだが、最も例外的な行動をしているのは俺だ。まさかこんな場所に、専用機持ちがいるとは誰も思わないだろう。
時間稼ぎくらいなら俺にだってできる。動く理由は被害を最小限に止める為に、だ。
「【浮舟】」
小声で呼び出したそれが、俺の身体が黒漆の装甲で包みこむ。ハイパーセンサーを起動して周囲の音を詮索すると、アリーナとは別方向に機械の駆動音を探知する。その方向の映像を拡大すると、黒い機影を発見してしまう。
それは真っ黒な、見た事のない全身装甲のISだった。両腕が異常な程に大きく、不恰好な姿をしている。
推定侵入者は急降下し、姿を学舎に隠す。
【若紫】が火を噴き、慌ててその場から滑り出す。地面を大きく蹴り飛ばし、植えられた木々の上に飛び乗る。折れそうなほどに大きくしなり、その大袈裟な動きに乗せて更に跳躍する。
校舎の上に飛び乗り、更に隣の屋上に飛び乗る。黒いISを【藤壺】の射程内に収める。
黒い侵入者はこちらに気付いていないのか、地面をうろちょろとしている。
「Code:sniper rifle」
【藤壺】に四本のレールが接続され、エネルギーチャージが開始される。殆ど動いていない的など、誰にだって当てられる。
膝をついて、念の為に物理シールドを展開する。
「システムを精密射撃モードに変更。照準、表示します」
視界に現れた十字を黒いISに合わせる。光が収束し、ジェネレータの光が砲身から漏れ出す。
フルチャージ完了。いつでも撃てるぞ。
トリガーを引こうとした瞬間、ハイパーセンサーが別の影を捉える。
三つの反応。
服装的にこの学園の生徒が二人。そして、スーツを着た黒髪の少女が一人。黒いISと三人の少女は丁度柱の死角になっており、見えない位置だ。
三人はその柱から出てしまう。慌てて引き金を引こうとしたが、それが叶う事はなかった。
潮の匂いを乗せた夏風に髪を棚引かせ、黒スーツの少女がその顔を露わにする。
「なっ‥‥‥‥あれは!?」
美しい黒髪。氷のような冷たい無表情。その少女は、紛れもなく雪ノ下雪乃であった。