やはり俺がIS学園に入学するのはまちがっている。りていく!   作:AIthe

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かくして、彼はゆったりと崩壊を始める

「経験は最良の教師である。授業料は高く付くが」

 

──────

 

一陣の熱風が吹き荒れる。

 

その姿を見た瞬間、俺の中の時が止まった。雪ノ下雪乃。なぜお前がここにいるんだ?

訳の分からない感情が喉元まで登り詰めるを頭の中がぐるぐると回り、グニョグニョに歪んだ視界が揺れる。

 

黒いISが三人に近づく。

震える身体を抑え込み、トリガーに指をかける。が、照準が黒いISに合っている気が全くしない。十字が宙を踊り、霞む。手がガタガタと震える。

 

引けよ。引くだけだろ。ただ引き金を引くだけだ。そう思え。ただ、ただそれだけなんだ。

だが、その指は凍り付いてしまったかように動かない。

 

「うっ‥‥あうっ‥‥‥」

 

酸っぱい匂いが喉奥より立ち込め、慌てて口を抑える。

 

黒いISは三人の少女と目と鼻の先の距離だ。腕を振れば、三人は紙屑のように小さな、儚い命を散らしてしまうだろう。

 

三人のうち一人が腰を抜かしてしまい、その場に倒れこむ。顔はよく見えないが、膝がガクガクと笑っている。

 

目の前で命の危機に陥っているというのに、俺には指一本をを引くことさえできない。

 

ゴクリと、唾を飲み込む。吐き気は収まるが、身体は未だに震えている。

 

何故撃てないのか。いや、分かっているが認めたくないだけなのだ。

俺は誤射が怖い。間違って雪ノ下達に当たれば、彼女らは確実に死ぬだろう。俺はそれが怖いのだ。

今あのISを止められなかったら高確率で三人は死ぬだろう。だが、もし俺が外してしまえば同じ結果が待っているのだ。その責任を俺が背負ってしまっていると、三人の命を俺が握ってしまっていると思うと、それだけで逃げだしたくなる。

こういう言い方は最低だが、もし雪ノ下がいなかったら俺は躊躇なく撃てていたのだろう。

 

いや、分からない。それでも俺は撃てていなかったかもしれない。散々他人は関係ないとか偉そうな事を垂れておいて、このザマだ。

所詮、俺は何もできない無力な人間なのだ。

 

そして、俺は理解する。

 

ISとは兵器だったのだ。

俺はその兵器に乗っているのだ。他人の命を簡単に操れてしまう、人殺しの兵器に。

だが、俺はそれを失念していた。ISというものについて熟考せず、スポーツ感覚で乗り回し、平気で銃口を他人に向ける。愚かで浅はかな自分がそこにはいたのだ。まるで新しい玩具を手に入れた子供のようだった。

 

三人にその大きな腕が向けられる。俺は目の前で起きる“死”を実感し、受け入れようとしている。死ぬ事は既に確定事項で、それからどうするかを考えてしまっている。

 

が、それを絶対に受け入れたくない自分が、身勝手にも動き出す。自分という名の迷路に迷い込んだ“それ”が、衝動となり、化け出でる。

 

───殺せ

 

突然、喉元まで迫った何かが呆気なく後退し、冷たい“何か”が俺を侵食してゆく。絶対零度という名が相応しい、人間の感情とは程遠い“何か”。

 

───敵ヲ殺せ

 

自分でも驚く程に冷えた心が指先まで伝わり、低下した温度が機体内を支配する。視界が鮮明になり、照準が完全に合致する。

心臓をも飲み込む“それ”が、蛇のように身体に巻き付く。

 

───己ヲ、殺セ

 

機械のように冷たくなったゼンマイ仕掛けの身体が動き出し、引き金に指を掛け直す。

血と臓物をごっちゃに混ぜたような、濁りきった、底無し沼のようなドス黒いものが完全に消え、今は身体を完全に別の“何か”が支配する。

 

───殺せ、殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セこロせこロせこロせこロセこロセこロセこロセこロセこロセコロせコロせコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ───!!!!!

 

「trigger」

 

一切の躊躇なく発射された閃光は、黒く大きな右腕を弾く。右腕からは熱戦が放たれ、植えられていた木々を焼き切る。焼けた空気が鼻をつんざくが、不思議とその熱は感じない。

その蒼い弾道が描かれた刹那、その“蒼”は“紅”へと色を変える。カメラアイも、【藤壺】も、【若紫】も、全てが血で濡れたようにドス黒い“紅”を吹き出し、飢えた獣の如き姿を顕現する。

 

「【若紫】───瞬時加速」

「【若紫】、超過駆動を開始‥‥‥3、2、1───GO」

 

折翼が今までで一番大きな蒼炎を宿し、瞬間的に最高速度まで達する。上空から直線的に突っ込み、その距離を大きく詰める。

撃たれてようやくこちらに気付いたボンクラが、両腕をこちらに向ける。が、すでにその距離は目と鼻の先で両腕を掴んでへし曲げる。威力を殺さずに突っ込み、敵を地面に叩きつける。大きな衝撃を殺すようにがっちりと両腕を掴み、黒い巨体が地面を直線的に大きく削ってゆく。

焼けた空気と巻き起こった砂塵が混ざり合う。が、特に不快には思わない。むしろ心が落ち着く位だ。

 

「比企谷くん!?」

「相川か、二人を連れて逃げ‥‥‥無理か。雪ノ下、頼む」

「ひ、比企谷くんなの‥‥!?」

 

雪ノ下の驚いた顔が視界に映るが、今はそれどころではない。腰を抜かしていたのは相川だったらしい。

まあ(・・)そんなことは(・・・・・・)どうだっていいが(・・・・・・・・)

 

全身を捻り、【浮舟】を吹き飛ばしながら、人間とは思えない複雑な動きで黒いISが起き上がる。上空に飛び、両腕をこちらに向ける。

完全に真上を取られた。が、標的は俺ではないらしく、その腕は三人の少女に向けられる。光が収束し、いとも簡単に発射される。

 

「【朝顔】!」

 

大きく後方に下がり、三人を庇うようにして【朝顔】を展開する。五角形の真っ赤なエネルギーシールドが桃色の熱線を防ぐ。が、あまりの衝撃にじりじりと後退する。一発一発が馬鹿みたいな威力だ。これでは【朝顔】のエネルギーが切れるのも時間の問題だ。

 

「早く逃げろ!」

「で、でも足が「早く!」

 

雪ノ下ともう一人は相川に肩を貸し、ゆっくりと場を離れてゆく。

 

ギリギリ間に合った。エネルギー切れで【朝顔】はもう使えん。まあ、校舎内に入ればここよりはよっぽど安全だろう。他に侵入者かいれば別だが。

エネルギーがかき消え、一瞬無防備になる。熱線が機体を掠め、それだけでシールドエネルギーを大きく削る。装甲が歪み、漆のような“黒”が黒く焦げる。

機体を右、左と左右に揺らしながら回避し、【藤壺】の銃口を敵に向ける。

 

「Code:assault rifle!」

 

現れた二本のレールから青い光が乱射され、完全に乱戦の場と化す。光と光が空中でぶつかり合い、弾け、爆散、誘爆し、花火のように煌めく。光量が強く、相手の位置がしっかり認識できない。

 

「Code───」

 

両足に力を込め、地面に穴をあける程の衝撃で大きく跳躍する。【若紫】が一瞬だけ上向きの大きな推進力を発揮し、今まで最大の跳躍距離を更新する。

 

丁度真下には、忌々しい“黒”が俺のいた場所を注視し、熱線を放ち続けている。

 

「───sniper rifle!!」

 

身体を弓のように大きく引き絞り、一寸の狂いも発生させずに右腕を突き出す。その鋭利なレールの先がIS本体にねじ込まれ、突き刺さる。立て付けの悪い家が風で鳴るように、レールがミシミシと嫌な音を立てる。

 

‥‥‥‥右腕、貰った。

 

「trigger」

「───!?!?」

 

燃え盛る“紅”が破裂し、右腕を残酷に引き千切る。あまりに暴力的なその一撃に、敵すらもたじろぐ。

 

「‥‥‥‥」

 

その引き千切られた右腕痕を見て、ある事実に気がつく。

 

このISの搭乗者、右腕がもげたというのに出血も呻き声も聞こえない。

 

そんな事があり得るのか。いや、まさか‥‥‥人が乗っていないのか?

 

地面を揺らしながら着地し、砲身を抱える。黒いISは右腕に一瞥をやり、それをなかった事と言わんばかりに、簡単にその左腕を向けてくる。

やはりこのIS、無人だ。切り替えの早さが人間業じゃない。無人ISなどあり得ないはずだが、目の前で起きている事を否定する理由などない。

 

「チッ!」

 

高威力の超弾幕はなくなったが、それでも地上対空中だ。戦況が厳しい事には変わりない。それに、一発の威力が下がった訳ではない。それに、さっきのジャンプ攻撃もあの超弾幕で機体を隠せていない以上、当てるのは至難の技だ。

 

なら、方法は一つ。

 

一撃で地上に撃ち落とせ。

 

再々、蒼炎が砲身に宿り、荒ぶる“紅”を撒き散らす。

その場から走り出し、スライディングを決める。熱線の雨を潜り抜けながら真下に潜り込み、空に銃口を掲げる。

 

「trigger」

 

狙いはブースター。幾らPICがあれど、初速を作り出すブースターがなければ意味がない。

一閃でブースターは射抜かれ、誘爆する。バランスを崩して地に落ち、翼を失った鳥のようにもがく。

滑り込んだ体勢を直し、両足で素早く立ち上がる。ラインアイが鋭い光を放ち、それでも立ち上がろうとする“黒”を睨みつける。

 

「Code:assault rifle」

 

二本になり、短くなったレールを落ちた侵入者に向けて連射する。シールドエネルギーと装甲がゴリゴリと削られてゆく。敵は必死にもがき、必死に足掻く。が、無慈悲にもその光は止まず、シールドエネルギーを削り切ってしまう。

完全に活動を停止したそれに近づいて、両手でベリベリと装甲を剥がす。

やはり、中には人が入っていない。無人だ。

身体から力が抜け、冷え切った“何か”がスルスルと身体を抜けてゆく。目の前でグシャグシャになったISを見て、あの三人を助けられた事を実感する。

 

だが、ネガティヴな思考が脳裏をよぎる。

 

───もし、これに人が乗っていたら?

 

「うっ‥‥おえっ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥‥‥」

 

吐き気、めまい、倦怠感が同時に襲いかかってくる。視界が霞み、目の前がよく見えない。全身の感覚が抜けてしまい、自分自身がここにいるのかさえも分からなくなる。

俺が人殺しだったかもしれない未来。存在しないはずの未来。それを想像するだけで、俺は俺自身が信じられなくなってしまう。だが───

 

「‥‥よかっ‥‥た‥‥‥‥‥」

 

それでも、それでも。二人と、見知らぬ一人を助けられて良かった。俺でも、役に立てて良かった。

 

急速に意識が遠のき、それを手放す。

 

「あれ、だ、大丈夫!?」

 

最後、聞き覚えのある誰かの、焦ったような声が聞こえた気がした。

 

───2───

 

早送りのように意識がはっきりとしてくる。ぼやけた視界に白い天井と、雪ノ下姉‥‥‥雪ノ下姉?

 

「あ、比企谷くん。おっはろー」

 

そこには、上から俺の顔を覗き込む雪ノ下陽乃の姿があった。その顔から妹が連想され、俺はベットからガバッと身体を起こす。全身の節々が痛い。

 

「ゆ、雪ノ下は!?三人はどうなりましたか!?」

「比企谷くんの活躍のおかげで無事無傷‥‥無傷ではないかな。途中で足をくじいちゃったってさ」

 

妹の容態をまるで他人事のように、淡々と告げる。それに少しの恐怖を覚える。そして、“雪ノ下”という単語を思い出した瞬間、先程の戦闘がじわじわと記憶に蘇ってくる。まるで自分が自分でなくなるような、冷め切った感覚。ISに銃口を向けた時の明確な殺意。自分から出たとは思えないあの恐ろしい“何か”。

 

そして、黒い無人のISを“殺し”た事。

 

恐ろしい速度で胃酸が逆流する。慌てて近くのゴミ箱を口元に寄せる。

 

「うっ‥‥おえぇ‥‥‥があっ‥‥」

 

よりによってこの人の前で嘔吐してしまった。だが、腹の中を蠢く冷たい“何か”が出て行く気がして、黄色い膜に包まれた流動物を吐き出し続ける。胃が空になる程吐き出してしまう。

 

「うんうん、怖かったね‥‥よしよし‥‥‥」

「がはっ‥‥うっ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥‥あっ‥‥‥‥」

 

俺の背中をさする、優しく柔らかな手。それは強化外骨格、雪ノ下陽乃のものとは思えない程の優しさで、思わず安堵してしまう。ゴミ場をを抑えている左手とは逆の手に、数枚ティッシュを受け取る。口の中にこびり付いた胃酸を絞るようにして吐き出す。舌先についたティッシュの端を手に取り、丸めてゴミ箱に投入する。酸っぱい匂いが立ち込めるゴミ箱の袋の先を縛り、雪ノ下姉とは逆側に置く。後で処分しよう。

 

「はい、麦茶」

「あ、あざっす」

 

軽い力でペットボトルのキャップを開き、麦茶をゴクゴクと飲む。少しぬるいが、口の中の酸っぱさが消えてゆき、安心してしまう。

 

「あ、それ私口つけたやつ」

「ごほっ、ごほっ!ゆ、雪ノ下さん!」

 

雪ノ下姉が愉快そうに笑う。

なんて人だ。考えないようにしていたのに、本当にこの人は意地が悪い。自分が楽しむ事に全力を尽くし、そのための手段や方法は問わない。そんな人間に見える。さっきの優しかった姿とはまるで正反対だ。あれも強化外骨格の一つだったのだろうか?

 

「‥‥‥落ち着いた?」

「‥‥!‥‥‥うっす」

 

本当にこの人は侮れない。この一連の流れは、俺を落ち着かせるためにわざわざ演じてくれたのだ。

純粋に怖い。が、それもこの人の一部であり、良さであり、悪さでもあるのだろう。今なら、そう思えてしまうのだ。

 

「今日は“来賓”として来たんだけどー、まさか中止になるなんてねー」

「‥‥‥そういう事ですか」

 

来賓。その言葉で、パズルのピースがはまった音がした。詳しくは知らないが、雪ノ下家というのはそれなりに有名だとどこかで聞いた事がある。俺もあまり詳しくは知らないのだが。

 

「うん、母がIS関係の人でね」

「‥‥‥そう‥‥ですか」

 

その一言の“母”という単語に、どこか重みを感じさせた。言い回しが少し遠い、それは心の距離を表している気がした。

 

「ま、雪乃ちゃんは大丈夫ってことだよ」

 

本当に、この人の母は何者なのだろうか?寮に戻ったら調べてみよう。

雪ノ下姉は時計をチラリと見て、鞄を支度し始める。

 

「あ、もう時間だ。そろそろ私は帰るねー」

「あっ、雪ノ下さん」

「ん?」

 

今彼女に聞こうと思ったことがあったのだが、忘れてしまった。とても大事なことだったような気がするのだが、頭がホワンホワンとして上手く言葉に出来ない。

 

「‥‥‥気をつけて」

「心配ゴム用!じゃあね〜」

 

扉がガララと音を立てて、雪ノ下姉は去っていった。

静かな病室には、俺だけが残された。保健室特有のひんやりとした空気が、俺の身体を支配していたそれを再び思い出させる。

 

あの時、俺は明確に止めを刺していた。ぐっちゃぐちゃになるまで、殺して、殺して、殺して───

 

「片付けるか‥‥‥‥」

 

俺は、俺は‥‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥‥‥‥」

 

───屑以下の、人殺しに成り下がってしまったのだろうか?

 


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