やはり俺がIS学園に入学するのはまちがっている。りていく!   作:AIthe

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奇しき時期に、転校生はやってくる。

「後悔している暇があるなら前に進め」

 

──────

 

既視感のある真っ白な世界をキャンパスにして、様々な色が重ねられていた。初めて見たはずの世界なのに、もう幾度も訪れている気がする。

 

「ようこそ、僕の世界へ」

 

その声は全てを司っていた。

男、女、子供、大人、赤子、老人、罪人、聖人、愚者、賢人───そのどれにも該当し得るが、決して該当する事のない、全てを孕む声。

 

「今回は大変だったね」

 

喜怒哀楽のどれもを含む、普遍的な声。顔が見えず、その表情は伺えないが───それはどこか笑っている気がした。

 

「やっぱり君は“化け物”だよ」

 

そんな事はない。俺は普通だ。至って普通の人間なのだ。

 

「普通じゃないから、理性が暴走しちゃうんだよね」

 

理性が暴走する。「感情が暴走する」という言葉なら聞いた事はあるが、理性が暴走するというのはあり得ない。なぜなら、高まった感情を抑制するものが理性であり、それは物事を道理で考える為の感情の枷だからだ。

 

「あまりに強すぎる理性が、感情を殺してしまうなんて‥‥やっぱり僕の見込んだ通り、君は不完全な化け物だ」

 

声の主は断言する。その声を聞いた途端、収束するように世界が閉じてゆく。

 

「ま、頑張ってね。応援してるよ」

 

世界が、閉じられた。

 

───2───

 

「うわぁ‥‥‥眠っ‥‥‥‥‥」

 

凄まじい眠気が俺に襲いかかる。眠い、眠過ぎる。馬鹿じゃないのか。思わず独り言を呟いちゃうレベルだ。

雪ノ下さんが去ってブツを片付けた後、疲れていたのか、俺はぐっすりと眠りについてしまった。暫くして再び眼を覚ますと、もう夜遅く、とっくに就寝時間を過ぎていた。もう一度寝ようと思ったのだが昼寝をすると寝られなくなる現象が起き、目をパッチリとしたまま保健室で一晩を過ごす羽目になった。

そして現在、朝の六時。ここまで一睡もできませんでした。

窓を開けると、焼けたアスファルトの匂いとむしばむような暑さが流れ込む。まったく、夏は最高だぜ!

 

コンコンと扉が叩かれ、出席簿(物理)を持った織斑先生が扉を開く。壁に寄りかかり、俺を何度も確認するように見ると、ふむ、と言って何かを書き込む。

 

「比企谷‥‥‥目、大丈夫か?」

「大丈夫ですよ‥‥おはようございます」

「おはよう‥‥本当か?いつにも増して濁っているのだが」

 

いつもがどれくらいか知らないが、目の濁りとはそう簡単に変わるものだろうか。そもそも濁ってるってなんだよ。魚だったら市場で売れないやつじゃん。

 

「まあいい、今日は学校‥‥来れそうか?」

「ええ、まあ」

「そうかそうか。今日は転校生が来るからな、楽しみにしておけ」

 

この時期に転校となれば、確実にあれだ。代表候補生やらなんやら色々名前の後に付く奴らだ。あのちっこいのといい金髪クロワッサンといい、代表候補生にはまともなやつがいない。

 

「じゃあ、最後に一つ」

 

織斑先生が扉に手をかける。

 

「簡単に引き金を引ける人間はさぞかし楽だろうな。しかし、それを躊躇える人間は“心”のある人間だ。だがな───」

 

はっきりと告げる。

 

「───必要な時、非情になれない人間は、自分の手を汚したくない偽善者だ。覚えておけ」

 

強い音を立てて、扉が閉められる。

言葉は深く胸に突き刺さり、その痛みが消える事はなかった。

 

───3───

 

息をするのさえ苦しい夏。汗で濡れた下着が張り付き、気分が悪くなる夏。

そんな時期に、転校生がやってきた。

 

「シャルル・デュノアです。よろしくお願いします」

 

ブロンドのショートヘアを揺らす、おそらく代表候補生。誰かさんよりも慎ましい胸が特徴的だ。顔は整っており、見るからにモテそう。

 

「シャルルくんは───」

「‥‥‥‥くん?」

 

耳がトチ狂ったのか。「くん」って聞こえたぞ。寝不足で疲れているのかもしれない。うん、きっとそうだ。

黄色い声がいつもに増してる気がする。やっぱり美形の転校生って女子校でも歓迎されちゃうのな。美少女って凄いわ‥‥‥‥

 

「じゃあ、シャルルくんは比企谷くんの隣に座って下さい」

「はい、わかりました」

 

かかとを軸にした美しい歩き方で、まるでレッドカーペットの上を歩く、テレビの中の女優のようだ。雰囲気といい、どことなく“お嬢様”の気を感じる。

 

「よろしくね、比企谷くん」

「うっす」

 

スマイル全開で挨拶される。苦手なタイプだ。雪ノ下姉とはまた違う、自分の魅力を分かってらっしゃるあざといスマイルだ。日本語が上手だなおい。

 

「じゃあ、次の授業は実習なんで、早めに準備して下さいねー」

 

山田先生がSHRを切り上げ、ニコニコ笑顔で教室から出て行く。実習となればあの鬼‥‥じゃなくて織斑先生が担当のはずだ。すなわち、遅刻=死に直結する。

ISスーツの入ったスクールバックを肩にかけ、そそくさと教室を出ようとすると、

 

「比企谷くん。次の授業って‥‥‥」

「実習だ。女子更衣室は廊下を突き当たって右だ」

 

転校生に優しい俺KAKKEEEEEEして、今度こそ男子更衣室に向かおうとする。が、今度は小さな丸い手で俺の制服を掴んでくる。

 

「ま、待ってよ」

「いやだから女子更衣室は「そうじゃなくて」

「‥‥‥‥なんだよ」

「僕、男なんだけど‥‥‥」

「‥‥‥‥は?は?マジ?」

「う、うん‥‥‥‥」

 

は?マジ?嘘だろ?なんで俺の周りって性別不詳が多いの?性別が秀吉なの?それとも彩加かな?

てか男ってどういう事だ。また新しい男性IS適正者が見つかったのか、それとも───

 

「‥‥まさかな」

「へ?」

「なんでもない、行くぞ」

「あ、まってよー」

 

本当ならあの織斑弟に放り投げ‥‥任せてやりたいところなのだが、あいつに頼めば「じゃあ比企谷も一緒に行こうぜ!」とか言ってくるに決まっている。ああいうザ・リア充感を漂わせる人間は苦手だ。それにこんな可愛い男の子と二人きりとかメチャクチャ俺得じゃないですかやだー!!!

 

「おっ、比企谷に転入生。えっと‥‥」

「シャルルだよ。シャルル・デュノア。よろしくね」

「俺は織斑一夏だ。よろしくな」

 

噂をすればなんとやらというが、本当に来やがった。ここまで苦手オーラを出してるのに近寄ってくるなんて無神経というかなんというか、空気が読めないというか‥‥‥‥この前結構きつく言ったつもりなんだけどな。

 

「じゃ、行こうぜ」

「うん、行こっか」

 

この二人息ぴったりやん。俺必要なくね?

なんて事を思いつつ、駆け足で男子更衣室に向かう。何しろ男子更衣室は遠い。実質、女子校の使っていない女子更衣室を無理矢理に男子更衣室にしただけだし、遠いのは仕方がない。

 

「ここだぜここ」

「へえ、結構広いんだね」

「‥‥‥‥‥使うやついないしな」

 

マジで俺いらなかった。これもうわかんねえな。

電気を付け、俺と織斑弟はそそくさと上着を脱ぎ始める。デュノアの方をチラリと見ると、顔を真っ赤にしてあわわ、としている。

 

「どうした?」

「う、ううん。なんでもないよ!」

 

戸塚並の可愛さだぜ。俺を専業主夫として養ってくんねえかな‥‥‥戸塚もそうだけどこいつらマジで男なのか?

ジロジロと見るのもあれなので目線を外し、自分の着替えを済ませる。

ISスーツは水着のような見た目をしている。着心地はひんやり、ピタッとした‥‥つまり水着そのものなのだが、下だけでなく上まで用意されている。だが、身体の線が見え、ヘソが丸出しになるデザインで、正直上を着る意味がわからん。

デュノアの方からゴソゴソとなり、「こいつマジで男なの?」という好奇心とともに尻目に見ると、

 

「早いな」

「う、うん」

 

すでに着替えを終えていた。あれか、アニメの風呂シーンで出てくる湯気的なあれですか。ISスーツは湯気だったのか‥‥‥‥ブルーレイ買わなきゃ(使命感)。

 

「ってかさぁ、ISスーツってきつくないか?」

「わからんくもないな。下はひっかかるしな」

「ひ、ひっかかる!?」

 

いやだって引っかかるじゃん。

 

初心な少女のように顔を真っ赤に染め、両手をブンブンと振るデュノア。こいつの顔赤い率は異常。リンゴかと思っちゃったぜ。

 

「どうした?」

「な、なんでもないよ!」

「‥‥‥‥‥」

 

デュノアは本当に身体が細い。俺も人のことを言えないガリガリだが、ここまでじゃない。それに細いというより、どちらかといえば華奢というべきだろう。胸はないが、本当に女の子っぽい。

ここまではいかないが、織斑も女顔だ。織斑先生とよく似ている。可愛いというより、凛としていると言った方が近い。

 

「織斑、デカイな」

「そうか?比企谷もなかなか大きいよな」

「嫌味かよ」

「で、デカい!?大きい!?」

 

もちろん身長の話である。俺も170cmと中々大きい方なはずなのだが、織斑は俺よりも大きい。しかも年下。ここ重要な。

ここでデュノアがホモの可能性が出てきた。これはマズイ。あまりの鈍感さに織斑弟はホモだという疑いをかけていたのだが、ここにもホモ疑惑が発生した。自分の尻は自分で守らなきゃ(使命感)。

 

「うっし、じゃあ行くか!」

「うん、れっつごー!」

「‥‥‥‥」

 

それにしてもこのデュノア、ノリノリである。

 

───4───

 

グラウンドに出ると、すでに他の生徒は外で並んでいた。今日は一組二組合同の実習だ。整列している女子の姿が目に毒だ‥‥‥けしからん。もっとやれ!

 

「さて、そろそろお前らも実技を学ばねばならんな。座学も重要だが、肝心のISを使えねば意味がない。しっかり学ぶように」

「「「はい!」」」

 

軍隊のようにいい返事だ。合同授業だからか、どこか気合いが入っている気がしないでもない。

 

「ではまず、凰、オルコット。出てこい」

「はい!」

「わかりましたわ!」

 

金髪クロワッサンとちっこいのが前に出る。あの二人もうやだ。片方はひどく無礼だし、片方はいきなり喧嘩吹っかけてくるし‥‥織斑先生成敗してくんねえかな‥‥‥‥

 

「ねえねえ」

「あ?」

 

横に並ぶデュノアが俺をちょんちょんとつついてくる。キツツキかよ。

 

「比企谷くんも専用機、持ってるの?」

「一応な」

 

“も”って事は、デュノアも専用機を持っているのだろう。しかしまあ、デュノアって名字はどこかで聞いた事がある気がする。思い出せん。

 

「ふふふ、今日こそ───」

「それはこっちの───」

 

まーた織斑ハーレムメンバーが争っている。いつもはもう一人多いのだが、どうしたものか。専用機持ちじゃないのか。

 

「誰がお前らだけで戦えと言った?ガキの勝負など役に立たん。相手は別に用意してある」

「え?」

「へ?」

「は?」

 

代表候補生相手に「ガキ」なんて一蹴できるのはこの人くらいだよな‥‥他の人が言ったらIS戦でボコボコにされるか、国家問題に発展して爆死するよな。え?転校初日にマジギレした生徒がいた?‥‥‥知らない子ですね(震え声)。

織斑先生は上を見上げ、それにつられて俺も顔を上げる。遠くには、流星のように降下する緑色の影が見える。

 

「ひやぁぁぁぁぁっ〜!危ないですぅ〜!!!」

「山田先生なにやってんだ‥‥‥‥」

「ははは‥‥‥おっちょこちょいな先生だね」

 

山田先生だった。前で並んでいた織斑弟がISを展開し、直前で受け止める。二人とも、勢いのままゴロゴロと転がりってゆく。

 

「ひゃっ、おり、おりおり織斑ひゃ───ひゃん!」

 

さりげなく胸を揉む織斑弟。

ラッキースケベかよ。くっそ羨ま死ね。

 

「あ、ああ、こんな明るいうちから‥‥あ、いえ、嫌というわけじゃくてですね───」

 

この先生はなにを言っているんだ。

勿論、こんな事があればヒロイン達が放っておくわけがなくて、なにやらボコスカと戦闘が始まる。

さすが織斑!おれたちに立てられないフラグを平然に立ててのけるッ!そこにシビれる憧れるゥ!ただしここには死亡フラグも含まれる模様っと‥‥‥カタカタカタッターン!!

 

「ははは‥‥織斑くんはモテモテだね」

「ああ、イケメンでそれなりに優しくて朴念仁だからな、ハーレムを築くために生まれてきたみたいなスペックだし」

「ぼく‥‥‥ぼくね‥‥‥えっと?」

「いや、なんでもない。気にするな」

「う、うん‥‥‥」

 

こんな事言われたら絶対気になって家帰ってから辞書で調べるわ。「朴念仁」で検索検索ゥ!

 

「え?二対一で‥‥‥‥?」

「む、二人では不安か?どうやら自分の実力をしっかり弁えているようだな‥‥‥‥」

 

織斑先生けしかけるのうまいな。プライドを逆撫するなんて煽り力高い。

二人の瞳に炎が宿る。絶対闘志とか漲らせちゃってるよ。

 

「いえ、一人で十分ですわ!」

「まったくその通りよ!」

「よし、では始め!」

 

ばきゅーん、どーん、ばーん。

最初はどうなるかと思ったが、あの二人、まったく連携できていない。

その穴を突くように二人を翻弄する山田先生は、緑色のISを駆使して二人を圧倒している。

 

「すげえな‥‥‥ラファ‥‥ラファールだっけか‥‥‥」

「ラファール・リヴァイヴだよ。デュノア社の第二世代型量産型IS。世界第三位のシェアを誇ってるんだよ」

「‥‥‥詳しいな」

「父が社長だからね‥‥‥‥」

 

ああ、そういう事と相槌を打つ。

デュノアという名前は聞いたことがあったが、確かに有名な名前だった。つまり、この少年は社長の息子、デュノア家の御曹司という訳だ。

だが、その父という呼び方はどこか遠く、暗く、酷く物憂げな印象を覚えた。親と仲が良くないのだろうか。

 

「さて、では実習に移る。まずは基礎からだ。専用機持ちをリーダーとして、グループに別れろ。始め!」

 

デュノアと話をしていたらいつの間にか授業が進んでいた。あの二人どうなった?

普通だったらチョークか出席簿が飛んでくるレベル。気付いてないからいいよね?バレなきゃ犯罪じゃないんですよ!

 

片腕をゆっくりあげ、不安を抱えながらもその名をコールする。だが、その時、俺の身体に異変が起きる。

 

「来い‥‥【浮ふ‥‥うっ‥‥‥があっ‥‥‥‥ゲホッ、ゲホッ!」

「だ、大丈夫!?」

 

鼻をつんざくような酸が、胃から這い上がってくる感覚。口元を押さえ、身体をくの字に曲げる。ダメだ。ISを展開しようとするだけで、あの“冷たさ”が蘇ってくる気がしてしまい、怖くなってしまう。

 

PTSD。心的外傷後ストレス障害。ふとそんな言葉が頭をよぎる。

 

何らかの原因で強い精神的衝撃を受けた事を原因とし、生活に支障をきたすストレス障害だ。確か、症状はフラッシュバック、不眠、吐き気、悪夢などが挙げられる。思い当たる節は‥‥ある。

織斑先生が駆け寄り、俺の肩に優しく触れる。

 

「比企谷、大丈夫か?」

「‥‥‥ええ、大丈夫です」

 

曲げた身体をゆっくりと起こし、深呼吸をする。どうやらこの調子では、ISは展開できないようだ。

織斑先生は眉間にしわを寄せ、肩に触れた方の手でこめかみを抑える。

 

「今日は帰って休め」

「いえ、でも「いいから休め、これは命令だ」

「‥‥‥‥うっす」

「比企谷くん、お大事にね」

「おう。じゃ、お言葉に甘える事にします」

「ああ」

 

集まる好奇の目線と絡みつく恐怖から逃げ出すように、俺は寮に帰って行った。


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