やはり俺がIS学園に入学するのはまちがっている。りていく!   作:AIthe

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相川清香は、誰かの思いに応えない。

 

「神は完全か不完全か」

 

全能神という言葉があるが、あれは嘘だ。本当に神がなんでも作れるとするのなら、「自分では持ち上げられない岩」を作る事が可能のはずだ。だが、本当にそれを作ってしまった場合、それを持ち上げられないという事で“全能”は否定される。

 

よって、この世に全能など存在せず、存在していたとしても神は不完全な状態である。

 

──────

 

朝から目覚めが悪い。

結局昨日は、あいつにセシリア・オルコットの事を聞きそびれてしまった。できたらクラスの連中からの情報が欲しかったんだが‥‥‥まあ仕方がない。本当はこいつから情報を仕入れて、作戦を立てるつもりだったのに‥‥‥‥

 

昨日の事を考えると、何故か由比ヶ浜の事も思い出してしまう。胸の中のモヤモヤとした何かを流すように、冷水で顔を洗う。顔を上げると、酷く濁った眼が鏡に映り込む。いつも以上に濁っている。

 

まだまだパリッとしている真っ白な制服に袖を通し、俺は外に飛び出した。

 

「‥‥‥行ってきます」

 

当然のように、返事はなかった。

 

───2───

 

結局、昨日は寝れなかった。一睡もできなかったっていうやつだ。なんにも考えないでボーッとしていると、隣のベットからガサゴソと音がしだした。多分、比企谷くんが起きたんだ。

そのまま比企谷くんは準備を済ませ、なにやらボソボソと言ってから部屋から出て行ってしまった。

暫くして、どうせ眠れないのだからと私も身体を起こして、ゆっくりとした動きで身支度を始める。鏡に映る自分の目の下に、くっきりと。大きなクマができていた。これどうしようかな‥‥‥‥

 

時計をチラッと見ると、まだまだ時間があった。落ち着いて、カップの中にお湯を注ぐ。インスタントココアの出来上がりだ。

ふーふーと息をかけて、ちょびっとだけ口に含む。少しだけでも、その暖かさは身に染み、その甘さはまるでチョコそのものみたいだった。

 

ふと、私は思う。

人生も、ココアくらい甘かったら楽かもしれないと。

 

でも、本当にそんな人生は“楽しい”と言えるのだろうか?

 

もし本当に人生が甘口なら、世界は誰かの夢で溢れている事だろう。単純に考えれば素敵な事だ。

でも、夢しか存在しない世界じゃ、きっと夢は見られない。そこには平凡なんて存在しなくて、諦めの悪い、誰かへの恨みを孕んだ夢がたむろしているような世界なのだろう。

夢が夢を否定し、新たな夢を生み出す世界。そんな世界が、本当に私の思い描いた夢なのだろうか?

 

絶対に違う。夢とは、夢の枠に収まっているからこそ夢であり続けられるのだ。だから、だれもかれもが夢を思い描き、叶えばいいなと願い、手を伸ばす。

 

じゃあ、私の夢って何?私は何が欲しくて、何を嫌っているの?

 

‥‥分からない。昨日、比企谷くんと話していた時は掴みかけていたそれが、私の手の中をするりとすり抜けて、どこかに消えてしまう感覚がした。

 

あの時、私は比企谷くんに何を思ったの?比企谷くんに何を描いたの?比企谷くんの何が欲しかったの?

 

小さな私の手に、少しだけ力がこもる。

夢は、所詮夢だ。夢でしかない。それが叶う事なんて到底ないし、叶わないからこそ夢。叶わないからこその奇跡だ。

だが、それに手を伸ばす事くらいは神様も許してくれるはずだ。欲しいものに手を伸ばす。そんな当たり前の行為は、神様は否定も肯定もしないだろう。

 

なら、私は今何をすべきなんだ?

 

夢が夢であったように、私が私である為に。私自身の存在証明の為に。私は私に何をしてあげられるのだろうか?

 

本当は分かっているのだ。ただ、それが怖い。堪らなく怖い。誰かに嫌われるという未知の感覚が怖い。

そうだ。だから私は比企谷くんに「何か」を感じて、羨ましいと思えたんだ。

 

思い立って、私は立ち上がる。

 

自分自身の気持ちも分かった。すべき事も分かった。

 

思い立ったが吉日だ。あとは勇気を振り絞って、一言。たった一言。口から音を出すだけだ。喉を震わせるだけだ。

 

───頑張れ、私。

 

───3───

 

寮を出て職員室に直行すると、まだ早かったのかほとんど人がいなかった。用務員の人くらい。早起き過ぎた‥‥三文以上損した。訴訟。

そんなこんなでかれこれ数十分待つと、ようやく織斑先生がやってきた。凄い眠そう。小町と同じで朝が弱い系の人間なんだな。でもこんなのが姉だったら精神すり減らすわ。毎日頭叩かれるんだろ?織斑弟に合掌。

 

「おはようございます」

「ふぁぁ‥‥っ‥‥おはよう。どうした比企谷?職員室の前で待ち伏せしていた生徒は初めてだぞ」

 

出席簿で口を覆い隠しながら、大きなあくびをする。眠気が誘われるあくびだ。数ターン後に寝てしまいそうだ。

 

「いや、ちょっと聞きたい事がありまして‥‥‥セシリア・オルコットの事なんですけど‥‥‥」

「ふむ。それがどうかしたか?」

「‥‥どんな戦い方をするんですか?あと、どの機体を使う傾向にありますかね?」

「ほう‥‥?」

 

ニヤニヤとする先生。なんかこう、織斑先生とかの笑い方ってラスボスのそれなんだよな。普通に笑っているだけなのか暗黒微笑なのか判断がつかなくて困る。コマンドで逃げるとか選択できなさそう。

 

「お前は知らなかったな。あいつは代表候補生だ。最近はゴタゴタしていてISの実習訓練をやってないからな。知らなくてもおかしくはない」

「‥‥マジっすか?」

「ああ。それと専用機も持っているぞ」

 

‥‥‥オワタ。あー、人生詰みましたわ。さらば愛しの学園生活。全然愛しくないけど。

誰かこの事実を教えてくれたっていいだろ。授業以外で俺が教室にいなかったからなの?俺が悪いの?俺は悪くねぇっ(テイルズ並感)!

 

「ははは、絶望したか?」

 

なんだこのセリフ魔王かよ。やっぱりラスボスなの?まだ変身を残してるの?魔王なのに体力全開魔法使ったり、右手本体左手と分かれていて蘇生魔法で無限に復活してくるあの絶望感。現在、まさにその状態である。マジデスタムーアもしくはシドー。

 

「‥‥‥トッテモサンコウニナリマシタ。アリガトウゴザイマス」

「よろしい。では明日、楽しみにしているぞ」

 

オレ、ドウスレバイイノ?オシエテコマチ‥‥‥

 

───4───

 

放課後、相川清香は一年一組に居た。クラスの中心人物である織斑一夏やセシリア・オルコットは練習という名のデートに出かけてしまったので、席を外している。

だが、今日は珍しく篠ノ之箒が席に着いていた。いつもなら放課後は直帰するか、織斑一夏と一緒にいる筈なのだが‥‥‥‥

 

「でさ───」

「それで───」

 

各々がいつも通りに楽しく談笑していた。篠ノ之箒は話には参加せず、頬杖をついて窓の外をぼんやりと見ていた。

 

そして話題はいつもの「織斑くんかっこいい」を終え、同じ道筋を辿り、この場にいないもう一人の男が中心になる。

 

「そういえばヒキタニくんは?」

「なんかー、一人でずっと練習してるらしいよー?」

 

一人の顔つきが曇り、俯く。キュッと口を結んだその顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそうだ。篠ノ之箒は、未だに窓の外を見やっている。

 

「マジで?バッカじゃないの?」

 

その言葉に反応し、身体をビクンと震わせる。が、それを心配する人などおらず、話題はどんどんと進んでしまう。

 

「男が女に叶うわけ」バン!

 

一人が───相川清香が、両手で思いっきり机を叩く。影に隠れたその表情は見受けられず、だが、その手は確かに震えて、真っ赤に染まっていた。

 

「みんな‥‥‥比企谷くんの事なんてなんも知らない癖に‥‥‥」

 

震えた声。だがそれははっきりと、熱のこもった、思いが包まれた声。

 

「そうやって話した事もない人を馬鹿にして楽しいの?男だからって、馬鹿にして‥‥‥」

 

普段温厚な、空気の読む事に長けた相川清香が、こういう風に感情を露わにするのは珍しい。声に反応したクラス内の全員の視線が集まってしまい、呆気に取られてしまう。

いつもは仏頂面な窓際の少女も、そのあまりの迫力に目を奪われてしまう。

 

「ただ聞いた噂だけで人を判断して、それで人を馬鹿にして、そんなのってないよ!」

 

顔を振り上げ、強く叫ぶ。その瞳には涙が溜まり、顔は真っ赤になって、髪を振り乱して───だが、その足は恐怖するように震えていた。

 

「みんな人の上っ面だけしか見ないなんて、そんなの絶対おかしいよ!」

 

彼と彼女は殆ど話したことがない。たった数言の会話を交わしただけで、二人の間に特筆すべき事柄など存在しない。

だからと言って、目の前を見捨てる程に彼女は薄情ではなく、それほど我慢強い人間ではない。ましてやそれが「彼女の基準で“優しい”」人間なら尚更だ。

そして、彼女はこの現状が嫌いだ。自分が自分らしく生きられない、この狭く苦しい世界が。

だからこそ、彼女は思いの丈を叫ぶ。今まで大声など殆ど出した事がなくても、上っ面に慣れてしまった心でも、本音を言えない臆病な自分でも───

 

もう、比企谷八幡の為とか、そういう建前は存在しない。ただ、自分の為に。自分を囲む世界を変える為に。彼女は思いを放つ。

 

「みんなのそういうとこ、大っ嫌い!」

 

今はそれが綺麗事でも、自己満足でもなんでも良かった。ただ、自分の中のもやもやとしたこの気持ちを吐き出したかっただけなのだ。

 

ハッとし、落ち着いた彼女は自分が何をしでかしたかに気づいてしまい、わなわなと口を震わせ、教室から逃げるように立ち去ってしまった。

教室には重苦しい空気と、数人の女生徒だけが残された。

 

暫くし、篠ノ之箒は思い立ったように立ち上がった。

 

───5───

 

というわけで、放課後。いやぁ、まあ色々ありましたよ?授業とか昼休みとか授業とか。IS学園の授業って最先端だよな。全ての机にコンピュータと空間投影型ディスプレイが内蔵されてるとかハイスペック過ぎて辛い。スター・ウォーズ思い出したもん。映画楽しみだなぁ(ステマ)。

現在俺は家‥‥寮の自室だったわ。家帰りてえ、小町に会いたくて会いたくて震える。アル中かな?

結局俺のケータイ、誰からの着信もこないし。一週間近く小町の声が聞けないとか死ねる。完全に携帯できる多機能型目覚ましと化したね。

「ぶち割り不可避!文鎮と化したスマホ」っていうタイトルに改名してほしい。作者あくしろよ。

平塚先生?‥‥‥‥知らない子ですね?

 

「お、あったあった。ポチッとな」

 

俺が自室で探していたのは、セシリア・オルコットの動画だ。決していかがわしい意味ではない。神に‥‥神なんていなかったわ(絶望)。代わりに俺の信仰する戸塚に誓ってもいいね。

俺が真に求めているのは、セシリア・オルコットの“公式戦動画”である。たしか、代表候補生は他国と交流試合やらなんやら色々な機会で試合をしているはずなのだ。となれば、当然専用機持ちの彼女の試合が存在してもおかしくはない。

専用機の詳しいスペックは国家の機密として厳重に保管されているのが当たり前だが、試合の動画となれば話は別だ。それも公式戦となれば、テレビ中継される事もある。となると、彼女の動画がインターネット上に上がっているのは必然と断言しても良いだろう。ちなみに、不正にアップロードされたアニメをインターネットで見るのはダメだぜ?だからみんな円盤を買おうね(ニッコリ)。

 

「なにこれ‥‥‥えげつねえ」

 

思わず声的な何かが出てしまった。一体俺の身体から何が出てしまったんだ‥‥‥‥

 

画面に映ったのは、金髪クロワッサンの操る青を基調とした機体がラファール・リヴァイヴ相手に蹂躙している姿であった。背部に浮いている翼状に広げられたビットが、その場所を離れ独立起動を取り、ラファールを囲み始める。すると突然ビットが止まり、その全てから青い光が放たれる。ラファールは十字砲火を食らい、大きくシールドエネルギーを削られてゲームセット。

わかっていた結果ではあった。

あったのだが───

 

「ももももちつくんだ八幡、諦めたら試合終了ってばっちゃが言ってた‥‥‥」

 

こんなんずるいわ。十字砲火ってレベルじゃねえ。これがIS乗りの動きだと!?じゃあ俺はなんだ!?所詮ノーマル生まれはリンクスに勝てないんですよ‥‥‥あ、アナトリアの傭兵大先輩はドミナントなんでこっちの席にどうぞ。

 

「コレどうにかなんねえかな‥‥‥」

 

他の動画も漁ってみるが、大体が同じ内容だ。青いのがびゅんびゅーんって飛んで、ラファールとか色々落としていて楽しかったです(小学生の作文並感)。

 

マズイ。この金髪クロワッサンが強過ぎて辛い。さっきの織斑先生のセリフと同じ種類の絶望感を感じる。これより強い織斑先生とかもうやべえよ‥‥人間じゃない‥‥‥いや、あってるのか。俺の見立て通り織斑先生は魔王だったんだ‥‥‥

 

俺はヤケクソになり、動画を見るだけの機械と化した。

そろそろ飽きてきて、これで最後にしようと自分に言って、一番日付が古いのをクリックする。

確かに最近の動画より下手になっている。それでも俺なんかとは別格な強さなのだが。

 

「ふーん‥‥‥ん?」

 

ふと、どこかその動きに違和感を感じる。ほんの少しの期待を胸に、動画を巻き戻してみる。

 

「もしかして‥‥‥もしかしてしまうのか?」

 

慌てて日付が新しい動画を開き、機体の動きを凝視する。そして、俺はその違和感の正体を確信へと変える。小さくガッツポーズし、不敵に微笑む。

 

‥‥‥‥金髪クロワッサン。家族を馬鹿にした罪は高く付くぜ。

 

───6───

 

量に戻った私は、布団にうずくまっていた。死にたい。何暴走しちゃったんだろ私‥‥これじゃあ友達百人どころかマイナスまっしぐらだよ‥‥どうしよう‥‥

 

だけど、私の中には不思議な充足感があった。クラスの子には絶対嫌われちゃったし、正しい事をしたとは言えないけど、それでも私は“私”を辞める事ができた。

 

空気の読める私。

いつでも笑っていられる私。

誰にでも優しい私。

 

私は私が嫌いだった。自分の口は本当に思ってない事ばっかりしか言えなくて、優しくしたくない人にも優しくしちゃったり、頼まれた事は断われなかったり───私は、そんな私が嫌いだ。

だから、本当に比企谷くんには助けられたと思う。ただ理想を押し付けているだけかもしれないけれど、比企谷くんのような我を通せる人間に憧れていたから。

男という不利なレッテルでも、比企谷くんは自分を通そうとした。織斑くんのように、誰にも優しいが、自分を通す人間とは違うのだ。誰にも優しいなんて嘘でしかないのに。

 

だから、私は卑屈で偏屈な、常に何かを考えている、アホ毛をぴょんぴょんとさせている比企谷くんに憧れたのだ。

 

「比企谷くん‥‥‥ありがとう」

 

空に手を伸ばし、空を掴む。そのまま布団を抱き締め、自分自身への勝利の余韻に浸る。

 

「また‥‥明日‥‥‥‥‥」

 

熱くなった心を鎮めるために、私は眠りについた。

 

今夜はいい夢を見られそうだ。

 

 

 





相川清香の願いというのは葉山の「みんなの葉山隼人」を辞めたいというものと根本は同じです。全然シチュエーションも立場も違いますが。

感想、評価等よろしくお願いします。

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