ゼロの使い魔で転生記   作:鴉鷺

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あっさり塩味


第三十二話 決戦

 ゲルマニア帝国首都ヴィンドボナにある皇帝の城は街よりも少々高い位置に建立されている。レイジ・フォン・ザクセスはその城内を駆ける。その目は獲物を見つける猟犬のようだ。いや、そんな生易しいものではない。獲物を骨まで喰らう狂犬といった方が似つかわしいかもしれない。レイジは現在一種のタガが外れてしまっている。

 城内を駆けていると廊下には何人かの衛兵が倒れている。どれも一方的にやられたような状態だ。侯爵はドットのメイジだ。よって徒党を組んだ貴族の中に高位のメイジがいたのかもしれないし、エルフの先住魔法――精霊魔法の反射の餌食になったのかもしれない。

おそらくは後者。

 レイジはそう結論付け足を早めた。

 

 時を同じくして場所は謁見の間。皇帝であるアルブレヒト3世はこの争いの趨勢を考えつつも、リベリオンの真の目的が自身にあるのではないかと考える。理由は至極簡単だ。彼が皇帝の座につけたのは、政敵はもとより親族も手にかけるか、幽閉をしたからである。通称大粛清なのだが、これにより皇帝の座には着いたが、すべての貴族と良好な関係が築けなくなったのだ。

 突如として謁見の間へ通ずる扉が開かれる。開かれた扉の向こうには貴族が5人程立っている。内ひとりが女性。そしてもう一人、目深かの帽子をかぶった細身の人物もいる。皇帝にとって予想が悪い予想が当たったという知らせにほかならない。

扉が開かれたあと一瞬の後5人ほどの親衛隊員がアルブレヒト3世の盾になるようにして前へ出る。

 

「閣下。お久しゅうございます」

 

 最初に口を開いたのは壮年の男性だ。

 

「ふむ。私は夢の中にいるのだろうか。死んだと聞いたものたちがこのように目の前に現れるとは」

 

 アルブレヒト3世は壮年の男に答える。

 

「私たちは死んではおりませんよ閣下。それに骸を晒すのは閣下でございます」

 

 壮年の男は尚も口を開き、あまつさえ皇帝を殺すといったのだ。親衛隊のメイジにも緊張が走る。

 

「ほほう。ドットとラインしかおらん貴様らにこの私が殺せると? 元グビーツ卿」

 

「もちろんでございます閣下。といっても間接的にですが」

 

 元グビーツ侯爵は不敵に笑った。それが合図となり、アルブレヒト3世は親衛隊に攻撃を開始させる。すると目深の帽子をかぶった人物が一歩前へ踏み出し、手を前に出す。

すると親衛隊が放った魔法が全て跳ね返ったのだ。

 

「せ、先住魔法!?」

 

 親衛隊のひとりが驚きの声を上げる。

 跳ね返った攻撃魔法は発動者へと逆に猛威を振るう。驚天動地の出来事に親衛隊の三人が自分の魔法によって死傷した。ついで避けた親衛隊の二人は他の貴族の攻撃を受ける。そして隙を見て反撃に転じるも、その攻撃すべてが自身に跳ね返ってくるのだ。

 悪夢を見ているのではないだろうか。と二人は同じことを思ったに違いない。

 このままではジリ貧になる、打開策を見出さねば。と考えた瞬間。

 

「グビーツ侯爵はどいつだ!!」

 

 子供の、しかし怒りのこもった咆哮が謁見の間へ通じる廊下から届く。

 謁見の間にいる全員が声のした方向へと目を向ける。

 アルブレヒト3世は何故元グビーツ侯爵がここにいると知っていると思った。

 グビーツ侯爵も違う意味で驚いた。レイジ・フォン・ザクセスもフィルグルック同様に殺しておけと依頼したはずなのだ。しかしここに現れてしまっている。

 神童と言われていても所詮子供と甘く見た結果だ。

 レイジは貴族の上を軽々飛び越え親衛隊との間に割り込む。

 

「グビーツ侯爵はどいつだ」

 

 再度怒りのこもった声、しかし落ち着いた声で質問をする。

 元グビーツ侯爵は宝石三兄弟の失態に舌打ちしつつもレイジに答える。

 

「私が元グビーツ侯爵だが、レイジ君でいいのかな?」

 

 優位性を見せようと元グビーツ侯爵はレイジの名を口にする。

 レイジは声に怒気を孕ませつつも今度は皇帝へと質問する。

 

「この謀反者は生け捕りですか閣下」

 

 アルブレヒト3世は乱入者の驚きから覚め答えを返す。

 

「頭目であるだろう元グビーツ侯爵だけは生かしておいてくれ」

 

 淡々と答えを返す様は既に皇帝へ戻っていた。

 首謀者だけ残すというのは見せしめとして、公衆の面前で処刑するためである。

 

「……分かりました」

 

 言った瞬間詠唱とともにレイジは『エアカッター・マルチ』を元グビーツ侯爵と女性以外の首を狙い打ち込む。しかしルクスへ放ったモノだけが反射の壁によってレイジに向かって跳ね返る。レイジは跳ね返った自身の魔法を、焦ることなく防御魔法で防御する。他の貴族はレイジの『エアカッター』に対処できずに首と胴が永遠に分かれている。

 

「エルフ……お前がルクスか」

 

 フィルから聞いたことを確認する。

 

「おやおや? どうして君が俺の名を知ってんだ? ああ嬢さんに聞いたのか」

 

 エルフのルクスは疑問を自己完結させた。

 

「君があのレイジくんなんだろ? いや~よく弱くなっていたとは言え反射を貫けたね~」

 

 ルクスは余裕たっぷりにレイジに話しかける。

 

「……あの火竜は韻竜じゃなかったのか」

 

 アルデルの森にてレイジが葬った火竜。あの火竜は反射を使ってきた。それもこのルクスというエルフの実験の一環だったというわけだ。

 

「オレにとってはそんなことはどうでもいい。元グビーツ侯爵」

 

 レイジはルクスとの会話を中断し言葉を元侯爵に向けた。

 

「なにかな」

 

 元侯爵は余裕を持った表情を作っている。その実内心では冷や汗が止まらない。所詮子供どころの話ではない。ここにきたということはあの三人を倒してきたということだ。

 

「あんた自分の子を手にかけたな」

 

「それがどうした」

 

 どうとも思っていない口調だ。

 

「何故そんな下衆な真似をした」

 

「ふん、あいつはコマだ。私の悲願を達成するためのな」

 

「その悲願ってやつは、娘の命をコマとして扱えるほどの価値があるってのか!?」

 

 レイジは感情を抑えきれないでいる。精神年齢は数えて30過ぎにもかかわらず、感情でモノを言っている。いや、彼の正義ゆえか。それに誰でも許すことのできないことはある。

 

「子は親に尽くす。私はあいつに何もかも与えてやっていたのだ。それなのに何がもう私にはついていかないだ。子供は親の言うことだけ聞いていればいいのだ。まぁ子供がわかるわけもないか」

 

 貴族として幼少期の大事な時期を過ごしたならば、レイジ自身一族のために尽くして死ぬのなら本望とでも思っただろう。しかしレイジの性格形成は既に産まれた時からなされている。だから一族に尽くすだとかは毛ほども思ったことはない。ただ大事だと思う家族には尽くすと決めているだけだ。

 

「分かりたくもねぇな、そんな極論。それでフィルを殺して、閣下を殺してどうするんだ。そこの横でただ佇む奥さんと逃げて生きるのか? スキルニルという似て非なる人間とともに!?」

 

 スキルニルによって姿はフィルの母であることは間違いない。フィルが成長したらこうなると思わせるほど似ている。しかし感情というものがその瞳には載っていない。外見は粛清時のままなのだろうか。それとも年を経ているのだろうか。フィルと同じ金の髪はフィルと違い長く伸ばされている。

 

「そうとも、私はヘルミナと共に生きるのだ。だが私の感情はそれでは収まりがつかない。一度は娘にヘルミナの姿を見た。だが、お前とあって変わってしまった。変えられてしまった」

 

 元公爵の口調は落ち着いているが表情からは狂気を感じる。

 

「狂ってやがる」

 

 親衛隊の一人が呟く。レイジだって同じことを思った。しかしこれは皇帝の粛清によって始まった悲劇の連鎖だ。連鎖はどこかで止めねばならない。レイジはフィルの意思を受け継いでこの連鎖を止めるために来たのだ。

 

「お前にはわかるものか、神童などと持て囃され、周りにはよき理解者が多くいる。私には彼女しか認めてくれるものがいなかった。そう、ヘルミナだけが私の努力を認めてくれたのだ。だが殺されてしまった。スキルニルでいくら外見をヘルミナにしたところで彼女は戻ってこないのさ!!」

 

 元侯爵の狂気を孕んだ声は次第に大きくなる。理解者がただの一人しかいなかった。そのことはレイジにはわからない。だがこの人も歪んでしまったのだとだけは感じた。

 

「だからヘルミナのためにヘルミナの願いを叶えるために私は生きてきた!!」

 

 大仰に振舞う侯爵は完全にただの理想を語る理想論者だ。しかし現にここまで皇帝を追い詰めている。後一歩なのだ。強力な見方であるエルフがついている。相手の魔法は効くことはない。反射の前では物理的な攻撃だって通用しない。

 

「それで、夫人はあんたに復讐を頼んだのか? 願ったのか?」

 

 レイジはフィルの言葉を思い出した。

 

“母はこんなこと望んじゃいないだろう”

 

「なに?」

 

 元侯爵気分を害されたとレイジを睨む

 

「復讐という手段を夫人は望んだのか? 夫人は娘の幸せと、何よりあんたの幸せを望んだんじゃないのか!? 少なくともフィルにはそう感じると言っていた!!」

 

 一瞬薄目になる。

 

「そうだったかもしれない。だがそうでなかったかもしれない。もう覚えちゃあいないんだよ。私は自分の感情にケリをつけるために来たのだ。それに今ここで死んでいった諸侯に申し訳が立たない。妻の意思などもう些細なことだ。大勢は動いているんだ」

 

 矛盾している。妻を愛している、一緒に生きていくと言ったにも関わらず、妻の言うことは関係ないときている。

 

「結局エゴか!? それによって何人の命がなくなると思ってんだ!!」

 

 アルデルの森で既に死者が出ているのだ。そして今回はその比ではないほどの大量の魔物。死傷者が増えるのは明らかだ。

 

「それがどうした!! 反逆者の誹りなんぞいくらでも受けてやろう!! だが、私が勝ったならばどうなるかな!? 楽しい話は終わりだ!!」

 

 アルブレヒト3世はこれまで強権でもって政策をしてきたことが多くある。その最さる例が粛清なのであるが、このことにより少なからず国内外に敵はいる。元侯爵が皇帝のことを殺した後に、洗いざらい誇大表現で打ち明けたならば、国民は愛する妻のために皇帝を討った人物と持て囃すだろう。もともとゲルマニアは利害関係の上に成り立った国家だ。皇帝への忠誠心ははっきり言って高くない。よってことの詳しい顛末は勝った者によって語られる。勝った者が自分の正義を是とできるのだ。

 

「あんたは歪んでいる!!」

 

 レイジは最後に吐き捨てるように言った。

 現在倒すべき相手はエルフであるルクスだ。エルフであるルクスの精霊魔法は驚異的だ。しかも室内なのでレイジの『ウインドジャベリン』が投擲できない。

 『ウインドジャベリン』は投げることにより実際に突きを繰り出すよりも速度が出て威力が上がる。射出と同時に風の後押しを受け一瞬で加速し、刹那に大穴を穿つのだ。

 だが、レイジに反射の壁を超える手段はもうそれしかないのだ。

 反射はほぼ万能。

 しかし許容量を越えた攻撃に対しては意味をなさない。つまり『ウインドジャベリン』の攻撃力がルクスの用いる反射よりも、高くないといけないのだ。

 レイジは素早く詠唱をしつつルクスと元侯爵の魔法を避ける。ときには親衛隊の人の防御魔法にお邪魔する。

 詠唱の完成とともに再び雷鑓がレイジの右手に握られる。雷電の音を撒き散らしながらも、ルクスと元侯爵の魔法を斬り伏せて接近する。そしてレイジは裂帛と共に雷鑓をダイヤに突き立てたように突き出す。

 反射の壁に激突。激しいスパークによる拮抗状態。しかし、反射の効力が切れるかと思われた瞬間。レイジは後方へと吹き飛ばされる。飛ばされつつも受身を取って構えなおす。

 

「いやはや、凄まじい魔法だな~それ。まるで悪魔の力のようだよ」

 

 ルクスは初めて驚きの表情をする。そして自身の反射を劣化しているとはいえ、破った魔法だろうと考えた。

 

「それに君の腰にある一対の短剣からも悪魔の力を感じるよ」

 

 逆にこれにはレイジが内心驚く。エルフが悪魔の力と呼んで忌み嫌っているのは虚無の魔法に対してだ。

 

「……閣下。城を少々破壊してよろしいでしょうか」

 

 レイジはこの場にいるルクス以外が驚くことを言ってのける。ルクスは興味津々といった様子で帽子をかぶりなおす。

 

「なぜだ」

 

 アルブレヒト3世もこれには理由を尋ねたくなる。

 

 

「自分の魔法は威力の桁が違います」

 

 レイジはルクスと元侯爵を睨み警戒しながらも皇帝へ質問の答えを返す。

 

「反射を破れるのか」

 

 唯一この場で反射に対して一矢報いることができるのはレイジだけだ。親衛隊といってもその実トライアングルメイジだ。スクエアメイジは魔物討伐に出払っている。そもそも親衛隊のトライアングルメイジ5人で歯が立たないなどという事態は、完全に予想の埒外だったのだ。

 

「……はい。破ってみせます」

 

 レイジは間を少し置き、強い意志の感じる声で呟いた。

 

「ならばよし。やれ」

 

 返事を聞いた瞬間レイジはまだ右手に持ったままの状態の雷鑓を投擲する構えにする。元侯爵の位置を確認。ルクスとは少し離れている。余剰被害は出ないだろう。

 レイジの構えを見た瞬間、ルクスは自身の第六感が危険だ言っているのを信じ、反射の壁を瞬時に展開する。そして自身は地面に這い蹲るようにして身を伏せる。

 その直後反射の壁は一瞬の拮抗をせずに貫かれた。しかしレイジが雷鑓を投擲した高さが胸当たりだったので、ルクスの帽子は消し飛んで、ルクス自身には背中に裂傷と火傷を負うにとどまった。廊下の突き当りは風通しのいい大穴が空いてしまった。

 

「いっつ~、こいつはすごい。俺の反射が全く意味をなさないとは。悪いが死にたくないんで俺はサハラに帰らせてもらうぞ」

 

 背中を痛がりつつも、ルクスは素早く精霊魔法を唱え、謁見の間の壁を破壊して飛び立った。残された元侯爵は意味を理解できずに唖然とした。

 レイジは第二射の詠唱をルクスが飛び出た瞬間に完了。自身もルクスについで破壊された穴から外に出るが、もう何百メイルもの先の空にルクスはいた。射程としては確実に届くが、ルクスの駆る風竜は、一定の機動でなく上下左右の移動を繰り返し、狙いが定められないようになっていた。

 レイジは仕留められなかった悔しさを吐き捨てるようにして、ルクス目掛け雷鑓を投擲した。よけられたのか外れたのか。戸にもかくにもルクスにはあたってはいなかった。しかし、ルクスを通り過ぎたところに運悪く飛竜がいた。その飛竜は雷鑓で横っ腹に大穴を穿たれ地表へと落下していった。

 風竜の飛行速度に魔法で追いつくことは不可能だ。レイジは諦める他なかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「勘弁してくれよ」

 

 ルクスは城から風竜にまたがり全速力でサハラを目指した。しかし、レイジの最後っ屁が風竜に掠ったのだ。それによりルクスの風竜は一時、傷を癒すことにし、地上へ降り立っている。

ルクス自身の傷はもう癒えている。精霊魔法は系統魔法よりも効果が強い。飛行中に完治させたのだ。風竜もすぐに治せる。

 

「あんのガキ凄まじい精神力だな」

 

 ルクスはため息を一つ付いた。そして

 

「今回はなかなかにいい実験だったな」

 

 ルクスの気持ちはすでに新たな実験へと写っていった。彼はまだまだ若い部類のエルフ知的好奇心は収まらない。しかし彼の直感が告げている。長らく黙って留守にしていたことを叔父と妹に怒られるだろうと。そのことが少し彼の帰りの足を鈍くさせた。

 




年末年始は忙しくなるんで更新しない可能性が高いです。ご了承を。

子供に頼ってしまう皇帝ですが、別に皇帝といっても最強じゃないんで、しょうがないですよね普通。

撤退の機会を逃さないルクス、次の登場は大分先。

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