ゼロの使い魔で転生記   作:鴉鷺

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第三十三話 別離

 彼方に消えゆく風竜とルクスの影をレイジは少しの間、睨み続けた。

 口惜しさも残るが元侯爵が残っている。トライアングルメイジを突破し、皇帝へ刃を突き立てることは、元侯爵には既に不可能なこととなってしまった。実際皇帝の首を取る計画上、ルクスの精霊魔法が要だったのだ。しかし、肝心要のルクスはレイジのスクエアクラスの魔法となった『ウインドジャベリン』の前に尻尾を巻いて逃げてしまったのだ。ルクスは若い部類に属するエルフだ。まだまだ奢りと実力があっていなかったということもある。

 レイジは外へ飛び出した穴から謁見の間へと戻っていく。

 

「エルフは」

 

 皇帝がエルフの安否についてレイジに問う。

 

「申し訳ありません閣下。取り逃してしまいました」

 

 若干申し訳なさそうにアルブレヒト3世に答えを返す。

 元侯爵はというと既に怪我をしていない二名の護衛により取り押さえられていた。夫人はただそこに佇んでいるだけだ。レイジはそんなスキルニルの姿をみて、複雑そうな表情を少しする。

 

「私はまだ!!」

 

 元侯爵の戦意は依然衰えていない。しかしここ決戦の趨勢は決している。杖を取り上げられてしまっている。頼みのルクスも既に彼方に消えていった。

 レイジは元侯爵に憎悪を感じていた。

 何が復讐だ。

 何が気持ちが収まらないだ。

 何が何が……!!

 

「クソッ」

 結局自分だって復讐に来ている。

 レイジは誰に向けてか言葉を吐き捨てた。

 

「閣下、魔物の殲滅に行ってまいります」

 

 レイジはその悪態を最後に、閣下を真正面から見据えた。その目は子供のそれではない強い意志が映っていた。

 

「体調は大丈夫なのか」

 

 アルブレヒト3世はレイジの大技により消耗した精神力を心配した。魔法が使えなくなってしまっていたのなら、わざわざ将来有望な少年を無意味に戦いに放り込むこともない。といっても今さっきまさに戦いに放り込んだ。もとい乱入したレイジを頼ったのだが。

 

「お気遣い感謝致します。しかし問題ありません」

 

 レイジは一瞬の虚をつかれた。一家臣にすぎない自分を気遣ってくれるとは思いもよらなかったのだ。それでもレイジは子供にあるまじき目の意志の強さを感じさせ、再び、正確には三度向かおうという。その言葉に皇帝は首肯だけで答えた。その動作をレイジは見た直後駆け出した。

 実際レイジの精神力はほぼ使い切ってしまっている。勿論のこと『ウインドジャベリン』なんて大技は使うことはできないし、『エア・カッター』であっても3回程放てるかどうかという程なのだ。しかし、レイジはブレイドが使える。ブレイドは杖に魔力によって刃を作る魔法だ。作ってしまえばあとは魔力供給の必要ない。長さを変化するためには魔力の操作が必要となるので精神力が必要となってくるのだが今回はそんなことはしない。といっても魔法がままならないことに変わりはない。だがレイジは駆けた。

 レイジの目的地は父が戦っているだろう戦場だ。

 

 

 レイジが帝都を飛び出すと平原で未だに戦闘が行われていることが確認出来た。帝都を飛び出した勢いのままレイジは走る。日頃の体力作りがここで活きてくる。

 近づくに連れ戦いの凄惨さを物語る音や匂いがレイジの感覚器官を刺激する。殲滅隊となったメイジの怒号や悲鳴などが飛び交い、魔物たちの奇声が混じり合っている。タンパク質を焦がす鼻につく悪臭。魔物の体臭。その他諸々の異臭。レイジにはここが別世界か 何かかと錯覚させられるほどに大量の屍だった。

 平原は魔物とメイジの死体に溢れかえっており、ある一帯は血により地面がみえなくなっている。しかし一目見る限りではメイジの死体はそこまで多くはない。魔物の死体の方が圧倒的に多い。一番多くの死体はオークだろうか。中には今なお竜に跨り空にいるメイジたちが倒したのか、切り傷だらけの竜種の死体も見受けられる。

 そして戦いは佳境を過ぎ、徐々に収束していた。戦線と呼べるものはないようで個々人が魔物相手に奮闘している様が多い。中には固まって動くところもあるにはある。見た感じでは魔物の数は減り残すところ数十といったところだろうか。

 レイジは周りを素早く見渡し父の無事を確認し、そこへ駆けていく。

 

「父さん!!」

 

 レイジの父であるグスタフが風魔法によって魔物を蹴散らしたのを見計らい、レイジは声をかけた。

 

「レイジ!? どうしてお前がここに!?」

 

 レイジはグスタフにフィーネとフィルグルックの護衛を仰せつかっている身だ。

 

「理由はあとで説明します! まずは魔物の殲滅を!」

 

「わかった」

 

 グスタフは自分の息子を見て瞬時に何かあったと悟り、詮索を後回しにした。話し合っている暇などないのだ。話し終わったと同時にオークからの攻撃がレイジ達を襲った。グスタフとレイジは共に散開し攻撃を避けた。避けたグスタフの『エア・ハンマー』によってオークは大きく怯む。続けざまにレイジは自身の150サント弱の身長の倍はあろうかという魔物を、一対の短剣に魔力を纏わせたブレイドで斬り伏せた。

 息の合った親子を止められる魔物はおらず、結局十数分という時間で残っていた魔物の殲滅が完了した。

 

 翌日昼過ぎ。怪我をしていない土メイジが集められ、魔物の死体処理に尽力しているころ。レイジは先の戦闘で亡くなった者たちの遺体が並べられている場所に足を運んでいた。特段理由はない。知った顔がいるかもしれない。そう思っただけだ。その横にはレイジの母であるサラの姿も見られた。彼女とは昨日の戦闘終了後別邸で鉢合わせたのだ。

 レイジは殲滅隊の詳しい人数は聞いていない。しかしこの遺体安置所には数十の死体が安置されていた。死体の数が元侯爵の反乱がどれだけの人命を奪ったのかうかがい知れる。中にはまだ若い人の死体だってある。フィルグルックの姿はこのなかにはない。朝早くに彼女の遺体はフォン・ザクセス邸へと運ばれた。彼女は既にフォン・ザクセス家の一員だったのだ。彼女はフォン・ザクセス一族の墓に入れられることになる。

 ふと、レイジはある遺体の前で足を止めた。レイジより少々体格が小柄な少年の遺体だ。少年の腹部には、致命傷となっただろう大きな傷が残されている。何かに抉られたのかその腹部は、一部分がごっそりと削げ落ちている。

 

「ウィンダ……」

 

 レイジは少年――ウィンダの名をポツリと呟き、しゃがんで手を握る。その手はとても冷たく暖かな血が通っていたものだとは到底信じられないほどだ。

 サラはウィンダという少年のことは知らない。しかし、レイジにとって大きなものが失ったことだけは、自分の息子の小さな背中を見て感じ取っていた。彼女自身友人を亡くしたことがある。

 彼――ウィンダはレイジにとっては初めての友人だった。そもそもレイジに友好的なのは貴族の息女が多い。貴族の子息はレイジのことを完全に目の敵にしていた。レイジは彼らにとっては、気になるあの子の気になる鬱陶しい存在なのだ。

 なまじ魔法の腕は彼らよりも数段高いために喧嘩などは売られないが、完全に仲間内からはじかれた存在だ。

 そんな中初めて友好的な感情を持っていたのは、レイジがいなければ確実に神童と謳われていただろうウィンダだ。ファーストコンタクトからしてウィンダはレイジに興味を持っていた。

 自分と同い年の少年が自身らよりも頭ひとつ抜け出る才能が気になったのだ。そして話をしてみればどうだろうか、なかなか癖のある性格をしているが、子供間の噂に聞く悪い人ではなさそうだ。とは彼の初見の所見だろう。

 すぐさまレイジとウィンダは打ち解けた。レイジとしては誕生会に来るちょっと頭のいい子という認識だ。待ちに待ち望んだ同性の友人。そして今生での初めての友人。ウィンダにとっては自分の知らない物の見方を語ってくる面白い友人だった。二人は特段長い付き合いをしてきていない。しかし両者ともいい友人だと感じていた。これからも共に多くの時間を共有するだろうと思っていた。

 昨日だって帝都で再会して楽しくお茶をしたのだ。常である近況報告から始まり、最近あったバカ話。それを夕食になるだろう頃合まで語り合った。

 だがウィンダ死んでしまったのだ。ようやくレイジは、もうこの友人と過ごせないという考えに至った。

 レイジはふと思う。彼は何系統が得意だったろうかと。ウィンダの得意系統は風だ。奇しくもレイジと同じだ。そしてそのランクはラインだ。この年でラインなんて天才だ。だが、そうだが、オーク突然変異種は風のライン程度では浅い傷しか付けることができない。自分がそうだったのだ。しかしレイジは運良く文字通り斬り抜けた。

 

「辛いな」

 

 レイジはウィンダの手を放してしゃがんだまま小さく呟く。出会いは偶然だ。だが別れは必然だ。それが今になっただけだのことだ。

 レイジは前の人生で親しい人が亡くなるところなど経験していない。親の死別もなければ、友人との死別の経験だって皆無だ。昨日は大切な家族が奪われた。そして――時間にして昨日だが――今日は大切な友人を奪われたのだ。いくら大人の精神を持っているからといって、この感情を許容できるほどレイジの心は枯れてはいない。

 ここにきてようやくレイジは一連の顛末を心で理解した。

 昨日は我慢できていた声がレイジの口から零れる。昨日は感情をせき止めたダムは感情の濁流に流され、瞳からあふれ出る。

 彼女の時はまだレイジには直ぐにすべきことがあった。しかし今日は違う。緊張の糸などとうに切れていたのだ。今この瞬間まで自分の感情を騙し続けていたのだ。

 レイジは後ろから包まれる感覚を覚えた。それは錯覚ではない。彼の母であるサラが彼を包むように抱きしめていたのだ。サラは自分の息子の姿を見ていられなかった。サラにとって初めてといっていいほどの、大きな感情の発露を目撃したのだ。そして赤子以来の泣き声だ。

 

「辛い時は泣いてもいいのよ?」

 

 サラそう言ってそっと頭を撫でる。サラの抱擁はレイジに不思議な安らぎを与えた。

 

「母……さん」

 

 そしてレイジは前世と今生を過ごしてきて、初めて母の大きさと親しきものとの別れを知った。

 




次回原作前五章終了。

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