ゼロの使い魔で転生記 作:鴉鷺
ヴァリエール公爵邸が見える平原で二人のメイジが対面していた。日中の暖かな日差しがでている。
顔の鼻から顎辺りまでを仮面で覆ったメイジと、背丈は仮面のメイジよりも少々高いが、まだ幼さが随所に見られる顔立ちの少年だ。二人の睨み合いにも似た様子は見る者の息を詰まらせるには十分だろう。
二人の中間で壮年の男性は二人の試合の合図をした。
初めに攻撃を仕掛けたのは――――。
「レイジ。もうあなたに教えることは全て教えました。集大成を見せてもらうために、来
週に最後の試合を行います。日程は虚無の日です」
よろしいか。そう仮面を装着したカリーヌもとい、カリンはレイジに言った。
「……分かりました。万全でもって臨みます」
レイジはカリンに答える。
既にレイジがカリンに弟子入りしてから1年強が経っていた。レイジはこの一年カリーヌが仕事でないときは、多方を修行に割いてもらったのだ。戦いの基礎は既に幼少より習ってきていたので、カリンに学んだのはメイジとしての戦闘法だ。今日まで幾度となくレイジはカリンと模擬戦をしてきたが、結局勝てずじまいだ。
負けず嫌いのレイジとしてはこの結果は素直に受け入れることができない。いくら相手が歴戦のメイジであり、こちらが年端もいかぬ子供だとしても精神力という面では勝っているのだ。そして戦闘も既に何十回と重ねてきている。レイジは優っている部分がありながら、勝てない自分に対して憤りを感じている。
「オレに足りないものは何だ……?」
レイジはカリンが屋敷の中に入っていったあとも、少しの間その場に立ち尽くしていた。
「聞いたわ、レイジくん」
カトレアが食事のあとにレイジへと話しかけた。
「なにをですか?」
「来週の虚無の日にお母様との最終試験をするのね」
今さっき言い渡されたばかりなのにカトレアは耳が早いと感心しつつも、レイジは同意を返す。最終試験とは初耳である、とも思う。
「ええ、そうです。長かったよ。この一年」
「そうね。……試験に受かったらどうするの?」
「そうだなぁ。当初の第一目的は達成されたわけなので、第二目的である国々を見て回りたいと思ってます」
レイジは来週の虚無の日のことと、これから公爵に話に行くことで頭がいっぱいだったので、カトレアに意識をあまり向けれていなったこともあり、些細な機微に気付けなかった。
「寂しくなるわね」
ちょっとだけ寂しげにカトレアは言う。カトレアにとっては弟の様な存在だったのかもしれない。
「オレは別にこの世から消えるわけじゃあないんだ。いつでも会えますよ」
レイジは笑みを浮かべて言った。レイジとしても別に今生の別れでもないのだから、そこまで気に止む必要を感じなかった。
「あっ! レイジお父様が呼んでいるわよ」
ルイズがレイジを見つけて声を掛ける。
「ああ、今行く」
レイジはルイズとカトレアと分かれて公爵の執務室へと向かった。
「なんでしょうか」
レイジを迎えたのは公爵のみならず、公爵夫人も一緒であった。レイジは前に一度、訓練の休憩時にポロっとカリンに零したのだ。古書のことについてを、別段隠してやる必要はないのだが、言い出す機会が結局はその時のみだっただけのだ。
「レイジくん。秘薬の研究をしていると聞いた」
レイジはそこで、自分の頼みと公爵の頼みの目的は同じだと悟った。
「はい、カトレアさんのためです」
レイジは公爵の目をしっかりと見据えて言った。
「すまないな。……それでどうなんだ?」
「秘薬を手に入れるのにはかなりの労を要するでしょう。効果も未だわかりません。なにせ古書に記されているだけなので」
レイジはここで一呼吸おいた。
「オレからも頼みがあります。次週の試験を突破し次第、オレは秘薬の材料を採取しに行こうと思っています」
「そこまでしてくれなくてもいいのだぞ」
「当初の予定通り、オレの修行をつけてくださるかわりなのです。それにオレにとっても、この短い間でも家族だったのです。家族を助けるのに理由なんて必要ありません」
レイジは淀みなく言い切る。公爵はレイジの言葉を聞いて感動した。
「やはり君は実にいい男だ。儂にできることがあるならば言ってくれ、なんでもしよう」
愛するわが子のためだ。親ならばそう言うだろう。
「でしたら、オレが材料を取ってくる間に、病気を患っている犯罪者を見繕ってください。多いに越したことはありません」
レイジは秘薬の効果の確実性を確認するための、人体実験を考えていた。そのための病気の犯罪者だ。
「……よかろう。手配しておこう」
公爵は一瞬の間の後に深く頷いた。レイジの要求の意味を理解しての許可だ。
「話はこれだけだ。来週の虚無の日は儂が見届けることになる。君の成長を見せてくれ」
「了解しました。ご期待に添えるよう万全の体調で望みます」
レイジは一段とかしこまって答えて、部屋から退出した。
「病気の犯罪者か……。儂の管轄内で何人いることやら」
公爵は自身の領地の拘置所のことを考えた。このハルケギニアの医療技術は魔法頼みであり、その魔法は貴族のみに許された技術だ。平民が病を患えば、医療機関が整っていないこの世界では、魔法に頼るためにお金を集めねばならない。その過程で彼らは犯罪に手を染めることも希ではない。
「レイジを全面的に信頼するの?」
公爵夫人は夫に確認した。公爵自身水のスクエアなのだ。娘を救うという目的のために猛修行した結果そのランクとなったのだ。結果は現状が物語っている。
「お前も認める少年だ。何、暗中模索するよりも光明があったほうがいいだろう」
それに、仕事がある。そう締めくくった。その目は信頼している目だ。この一年レイジと人となりを見た公爵自身の判断だ。そして公爵夫人も同一の意見である。
「カトレアとルイズには黙っておくわ」
糠喜びはさせられない。確実に治るとわかった時のみ教えることにする。それはレイジにも言ったことだ。
しかし、カトレアはレイジが秘薬を作ろうとしていることを薄々気づいている。例えどれだけ難題を抱えた材料だったとしても。
虚無の日。公爵邸付近の平原で二人のメイジが対峙している。レイジは軽い深呼吸をした。昼過ぎの太陽が眩しい。
最終試験なのだ。負けるわけにはいかない。
レイジが戦闘の間合いとして唯一クロスレンジでの格闘が有利である。少年といっても鍛えている男だ。現役を離れて早何年の女性に力で競り負けることはない。
剣さばきはいまだ及ばない。やはり近接格闘で押し切るしかないとレイジは心に決めた。
レイジの軽い深呼吸の後、公爵は開始の合図のため声を上げた。
「はじめい!!」
合図の直後、双方は同時に魔法を撃ち合う。それは同じ魔法『エア・カッター』だ。簡単な詠唱による先制攻撃。しかし双方の攻撃は互いに相殺する。魔法の威力は同じ。
レイジは魔法の詠唱をしながら「烈風」目掛けて駆ける。カリンはレイジの行動に一切の動揺を見せずに、待ち構えるようにしてその杖にブレイドを纏わせる。レイジもブレイドを両の短剣へとかける。二人の距離が5メイルを切った瞬間レイジは左から右に真一文字に短剣を振り抜く。しかしその伸びたブレイドは、ブレイドによって受け止められる。 レイジの予想通りだ。レイジはそのまま左のブレイドで杖を押さえ続け、右のブレイドを突き出した。だが、その瞬時の連撃も身を軽く捻る程度で避けられ、「烈風」距離を取られる。
レイジは再度突撃しようとしたが、空気のゆらぎを感知して横っ飛びに跳ぶ。先までレイジのいた場所は地面が抉り取られている。
そんなことは見向きもせずにレイジは『マテリアルエア』を前面に展開。
直後空気どうしがぶつかるのを感じとる。絶え間無い烈風を『プリズン』で自身を囲うようにして防ぐ。
『プリズン』は数秒でボロボロの状態になる。しかしその中からレイジの姿が消えている。カリンは瞬時に『フライ』で空中に跳躍する。
その直後地面が十字に切り裂かれレイジが飛び出る。その飛び出たレイジめがけてカリンは『エア・ハンマー』を『フライ』をした状態で放つ。レイジは自分の鼓膜に空気の揺れる音が届くと反射で、後方に跳躍して空を仰ぐ。
カリンはレイジの回避行動の最中、更に魔法での追撃をする。杖をレイジに向ける。その杖は火花、雷撃を生成し、レイジめがけて一直線に向かう。その雷撃はレイジの唱えた『ウォーター・シールド』によって大地に流され霧散する。
レイジは水壁の影で魔法を詠唱する。全方位型の『エア・カッター』である『エア・カッターマルチ』だ。
上下左右前方後方より風の刃がカリンを襲う。カリンは『エア・シールド』を発動。風の刃を全て流れるようにして防ぎきり、地上に着地する。風の刃全ての軌道を読むことは今のレイジには無理な芸当だろう。
レイジは詠唱後追撃を仕掛けるために距離を詰め、呼気とともに再度ブレイドでもって斬りかかる。
「はっ!」
ひと振り目の右からの袈裟斬りは避けられる。二度目の左からの切り上げはブレイドで防がれ、鍔競り合う。
ここでようやく戦いでお互いがその場にとどまった。互いに無言でタイミングを図る。しかしこうなるとレイジは右手の短剣で攻撃するしかないが、攻撃をする挙動と共に避けられるのは常だ。
もしくは……。
二人の頭上に『エア・カッター』が表れ、レイジに襲い掛かる。レイジはカリンの杖を弾くようにしてカリンから距離を取り、風の刃から逃れる。が、風の刃はレイジが避けた位置に飛んできたのだ。レイジは焦りつつも短剣で風の刃を受け止める。受け止め終わった刹那、カリンのブレイドによってレイジの短剣一本が手元から弾き飛ばされる。
「ッ!」
ここでレイジの無表情に焦りが浮かぶ。しかしレイジは右の短剣を構え直し、魔法を詠唱する。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
次の瞬間レイジが5人になる。風のスクエアの真骨頂である『偏在』だ。カリンも同様に『偏在』を唱え、本体含め6人。
11のメイジが一斉に杖を相手に向けて雷撃を打ち出した。雷撃は各々ぶつかり合う。しかし一人分多いカリンの雷撃が徐々にレイジたちへと迫る。
本体であるレイジは雷撃の打ち合いから抜けると、一瞬で再度『ウォーター・シールド』を前面に展開した。極太の雷撃を数秒耐える。しかしそれだけあれば十分。他4人のレイジも水壁を重ねて詠唱する。
水壁の厚さが増す。
雷撃の熱により水は水蒸気へと一気に気化され、辺りに霧が発生する。水壁の気化だけでなく、レイジの魔法も相まっての霧だ。
これで互いに視覚に頼っての敵の補足は難しい。しかし、風メイジは音に敏感だ。どちらも攻め手を欠く。
しかしレイジはここで迷わず5人同時に『ストーム』を唱える。かなりの大きさの竜巻がカリンの『偏在』3人を飲み込む。しかし、魔法の発生源を特定されレイジの『偏在』も2人が風の刃の餌食となる。レイジの竜巻により辺りの霧は吹き飛んだ。
レイジは相手の被害状況を見て内心ボヤキたかった。奇襲による最低条件は満たしたが、結局頭数は同じだ。
3人どうし両者は睨み合う。
睨み合いは一瞬の後には終わり、先にレイジが散開、カリンはそれを見て密集体系で前後左右に死角を消すように背を合わせる。
レイジはここで3メイル程の鉄製のゴーレムを同時に作り出す。手には巨大な剣と盾を持っている。カリンからレイジを目視できない。ゴーレムは作り出されたと同時にカリンへ向けて走り出す。カリンはゴーレムに対して『エア・カッター』を連続で打ち出す。巨大な鉄製の盾と体が数回で半壊になる。それでも突撃は止まらない。カリンはゴーレムの予想外の耐久力に、足へと攻撃を移す。
その瞬間レイジ2人が空中より飛来する。しかし虚を突かれたにもかかわらず、カリンは平然とレイジのブレイドの攻撃を迎撃する。
風をまとった杖がかち合う剣戟音。
その瞬間残ったカリン1人がレイジ2人を屠る魔法を放つ。レイジの『偏在』が消失すると同時にまたカリンの『偏在』たちも地面より突如現れた刃によって斬り裂かれ、大気に融けあうように消えていく。
数秒後レイジは刃を出した位置とは違った位置から、地上に出る。
これで『偏在』をどちらもなくしたことになる。レイジの心に焦りが濃くなる。カリンの顔色は仮面に隠されて覗い知ることができない。レイジはカリンの下へ駆けた。
やはりクロスレンジ、近接格闘で決めるしかない。
カリンの放ってくる魔法を曲芸師のように、魔法を駆使し避け続けながら接近する。最後の一歩は空中で空気を蹴っての接近だ。圧倒的な速さで迫るレイジの剣をカリンは後ろに押されながらも受け止める。レイジは先にした鍔迫り合い時の余裕の表情は消えて、眼光が静かに鋭く刃のように研ぎ澄まされている。カリンはその目を見てレイジが攻撃に急いていることを見抜いた。今なお力の限り押し込もうとしてくる。カリンは仮面の下でふっと唇を弧にした。その笑はどこか懐かしむ笑でもあった。
レイジはこの接敵で決めると考えるあまり大事なことを忘れていた。格闘戦の際に注意するべきは緩急や虚実を織り交ぜ、相手の翻弄をすることだ。レイジの武術の師であるベルトの言っていることである。今は一直線に突進してしまっている。そのことを看破したカリンは鍔迫り合いの力を消す。レイジの前へ前へという意思と同じように体は前へ傾く。カリンは死に体になったレイジの背に体重を乗せ、肘を落とした。実際に当たったのは腰だ。レイジは最後の悪あがきでつま先のみの力で跳躍を試み、失敗した。
肘を食らいレイジはうつ伏せに倒れる。叩き付けられレイジは息を詰まらせた。その首元には杖が添えられていた。
レイジはカリンの手を握って立ち上がった。
「レイジ、あなたは焦りすぎて基本を忘れていました。それが今回の敗因です。いくら身体能力や魔法の技術が高いからといって基礎をないがしろにしていけません」
わかりましたか、とカリンはレイジに言う。
「……はい」
また勝てなかったことに落胆の色を濃く残しているレイジ。
「まあ、それはいいでしょう。あなたはまだ若い。これから十年後、あるいは数年後には私を超えているでしょう。もちろん精進し続ければ、の話ですが」
カリンにしては珍しく褒める方向の話をレイジにした。
「あなたに私の二つ名を譲ります。それだけの力はあなたに付きました。それとこれも授けましょう」
レイジはカリンの言葉を聞いて、意味を咀嚼するのにかなりの時間を要した。
二つ名とは「烈風」のことだ。
オレに譲るだって……。
レイジは意味を理解すると声を出していた。その手には知らず知らずのうちに受け取っていた、カリンと同じ鉄仮面を握っている。
「それは、どういう意味でしょうか」
レイジは自分の質問を我ながら阿呆だと感じた。衝撃がでかすぎて整理できていない。
「修行はこれにて終了です。そして「烈風」の名をあなたに授けます。私はもう無茶できる年ではありませんしね」
カリンは仮面を外し、レイジに笑いかけた。
レイジが初めて見たカリン――カリーヌの笑顔だった。
「いや~。あっぱれだ、レイジくん。ここまでとは想像できていなかったよ。妻からの試験合格の品みたいなもんだ。なに気にする必用はない」
公爵は朗らかに笑った。レイジもその笑につられ笑いの表情になった。
「付けてみなさい」
そう言われレイジはおずおずといった調子で鉄仮面を装着した。
「これは……すごい。全く呼吸の邪魔にならない」
レイジはいつもカリンの仮面を見て、息は苦しくないかと思っていたが、そういうことかと納得した。思えば仮面を止めるために、後ろに固定するものもない。
「それは特注のマジックアイテムです。魔法により顔の形状に変わります。そして呼吸を阻害することもありません」
カリンは簡潔に仮面の説明をした。
「うむ、似合っているではないか」
公爵はレイジの仮面姿を見て頷いた。
赤髪が赤目に掛かるくらいのレイジの鼻から顎にかけては仮面で覆われている。
「烈風の再来と読んでも過言ではないな。どれ、今日はご馳走にしようじゃないか」
公爵は終始ご機嫌で屋敷へカリーヌと共に帰っていった。
レイジはその後ろを不思議な気持ちでついていった。仮面をつけたまま。
装着している感じが皆無な故に、仮面をつけていることを忘れたレイジは、ルイズに言われるまでその仮面をつけたままだった。
ん? 今なんでもす(ry
レイジの敗因は若さゆえの過ち。認めたくはないもの。