ゼロの使い魔で転生記 作:鴉鷺
わたしは今日も規則正しい時間に起床する。そして寝ぼけまなこを擦っていると、使用人であるイリスが、いつもの時間にわたしの部屋へと入ってくるのだ。わたしの部屋といっても今はというだけで、つい数ヶ月前まではレイちゃんが使っていたのだけどなぁ。レイちゃん……今どこでなにしているんだろう。先月の手紙にはどこかの公爵家で力をつけていることと、そこの姉妹の話が書かれていた。
わたしの勘が告げている。とりわけ姉が危険な人物であると……。手紙の内容から考えるとレイちゃんは殆ど毎日姉の寝間着を見ていることになる!! わたしのも見たことあるくせに!! これはやはり由々しき事態であるとわたしは考えつつも、イリスに着替えを手伝ってもらう。
「ティナさま。着替えが終わりましたよ」
イリスはわたしの顔を見て少々怪訝な表情をした。どうやらわたしの考えは顔に出てしまっていたよう。
「ありがとう、イリス」
わたしはお礼を言って、食卓へと向かう。今日は久しぶりにキュルケに会うのだ。この際なのでわたしの愚痴をいっぱい聞いてもらおっと。
昼を過ぎたころ。わたしは部屋で本を読んでいる。レイちゃんの部屋にあった本で、読んでいるがあまり理解できたとは言えない。そんなときお父様がわたしを呼んだ。どうやらキュルケが来たようだ。一度わたしもキュルケの家におじゃました事があるが、キュルケとしてはこっちに来る方が好きな様子。
「はぁい。元気してる?」
慣れたもので砕けた調子でキュルケは再開の笑顔で挨拶をする。
「元気してるよ」
わたしも久しぶりの再会に笑顔で答える。
「レイジは……ああそういえば家出だったわね」
キュルケはふっと笑ってレイちゃんのことを思い出したように言った。どうやら辺境伯様には伝わっているようだ。家出なんていうのはキュルケくらいだと思う。わたしはキュルケの冗談に、くすっと笑ってしまった。
「そうそう、ちゃんとわたしの言ったとおりレイジにいってやったの?」
キュルケは部屋へ向かう途中で思い出したようにわたしに問いかけた。
「もちろん言ったよ」
にひっとした笑いがわたしの顔に現れる。
「どういう反応してた?」
キュルケはレイジの反応に興味を持った様子で、わたしに問いかける。
「なんか渋い顔を一瞬した後に、笑ってくれたよ」
あの渋い顔はいったいなんだったのかはちょっとわかんないけど、久しぶりにレイちゃんの笑顔を見れたときは、思わず見とれてしまって顔が熱くなってしまった。
「なぁんだ。やっぱレイジね。……けど渋い顔ってもしかして私に対してじゃないでしょうね」
キュルケは少し落胆し、肩を落とす。けれど、やっぱレイちゃんとはどういう意味だろう。わたしは椅子に座りながらそのことをちょっと考え、わからなかったのでキュルケに聞いた。
「キュルケ、やっぱりレイジね、ってどう言う意味?」
キュルケはわたしの質問にちょっと驚きつつも答えをくれた。
「そうね、レイジはなんかそういうことに対しての反応が、周りの男の子とは違うのよね。私の色気も全く通じないしね」
キュルケは最近さらに大きくなった胸を寄せて上げた。確かにキュルケのそんな行動を見た男の子達は目をそらしたり、顔を赤くしてしまう。わたしも少し羨ましいと思っている位の発育の良さだ。男の子なら気になるのも当然なのかもしれない。
「確かに、不思議だよね~」
「フィーはいつものんびりしているわよね。あなたも私と違った方向でモテるのよ?」
理解しているの? と言いたげなキュルケ。けれど、わたしにはそんな恋愛ごとは初耳だった。
「え? そうなの?」
「そうよ」
キュルケはわたしに何か言いたげな表情になる。
「ん~、けどわたしはレイちゃんよりいい人なんて見つけられないだろうから、その子達には諦めてもらうしかないよ」
わたしは苦笑する。
「……レイジよりもいい人か。性格はちょっとバカなところはあるけど、しっかりものには変わりないだろうし、なによりも強いのよね」
守って貰うなんて素敵じゃない。とキュルケは最後に付け足した。
「わたしもトライアングルだけど、レイちゃんはスクエアだからね」
「ちょっと待ちなさいな、フィー」
キュルケは目を閉じて眉間を指で揉む。
「どうしたの?」
何が言いたいのだろうか。
「スクエアですって? いつなったのよ!!」
キュルケの予想以上の圧力にわたしはたじろいでしまった。
「え、えええーと。あの反乱のときになったって言ってたよ」
「反乱? 帝都で起こったあれ?」
「そうそう」
キュルケは少々落ち着きを取り戻す。
「じゃあレイジは参加していたの? 殲滅軍に?」
「らしいよ」
わたしもお父様に聞いただけで、レイちゃんには直接聞いていなかったけど、レイちゃんがリッターを叙勲したので、間違いはないだろうと思っていた。
「なーるほどねぇ。まぁレイジだったら一も二もなく参加しそうなことは確かね」
キュルケはレイちゃんを何だと思っているのだろうか……。確かにどこか戦いを好む傾向があるけど。……こう思うと確かにレイちゃんならば真っ先に参加しそうだ。けれど、そのときはわたしたちを守るようにお父様から言われていたらしいので、わたしたちのところにとどまったということなのかな。
「そうかもね、それで、そのときにいっぱい活躍したから騎士になったってことも聞いたよ」
レイちゃんにはキュルケになら言っていいと言われていたので、わたしはレイちゃんが騎士に叙されたことをキュルケに伝えた。
「……騎士? それって閣下に認められてなる騎士のこと?」
キュルケは驚きの連続に目を白黒させている。
「そうだけど?」
「ってことは、そのとき話題になった騎士に叙された謎の人物。確か二つ名は公開されていたわね。……「雷鑓」はレイジだったわけ!?」
事態の全容が見えキュルケは再度驚きの表情を濃くしている。
「うん」
わたしは笑顔で頷く。
「はぁ~。なるほどね。お父様に聞いても教えてくれないから、誰かと思えば身近な人物だったわけね」
また表情を変えるキュルケ。
「そういえば、今日はまたお父様の用事で?」
「そういうこと、まったく困っちゃうわ。お父様たちはまた家を空けるって言うし、帝都よりこっちに来たほうの気が楽なのよね」
キュルケはゲンナリとした表情で言う。ジグソーパズルをするだけでは確かにつまらない。
「そうなんだ、大変だね」
本当にたいへんだ。それに比べてわたしのお父様は、たまに仕事で屋敷を開けるけど、お母様がいるし、サラさんだっているからそんなことはないな。三人ともいなかったとしてもレイちゃんがいれば、お留守番できるんだけどね。
「全くだわ。フィー今日は何をする予定なのかしら」
と聞かれても特に考えていなかったので正直に答える。
「ん~。特に考えてなかったけど、キュルケは何がしたいの?」
「そうね。レイジじゃあないけど、魔法の練習でもしようかしら、来年には魔法学院に行かなきゃならないし」
そういえばキュルケはもうそろそろ15になる。来年にはヴィンドボナ近郊にある魔法学院に行くことになる。わたしもレイちゃんと一緒に行くことになるけれど、一年遅いのでキュルケは先輩ってことになるかぁ。
「キュルケは学院でなにするの? 男漁り?」
「ちょっとフィー、どういうことよ」
「え? レイちゃんが言ってたよ。どうせキュルケは学院に行ったって男漁りしに行くだけだぞって」
「なんてこと言ってくれるのよレイジ」
いかにも心外だという感じだが、少なからずその気はあるようだ。いつもと変わらないなあ。
「なにがおかしいのよフィー」
わたしはくすくすと笑ってしまったようだ。
「別にわ、笑ってないよ?」
語尾が疑問になってしまった。
「なんで疑問になるのよ。というより、やっぱり笑ってたんじゃない」
キュルケは半眼で見てくる。よくレイちゃんに言い負かされた時に向けている目だ。
「それより、魔法の練習でしょ」
わたしはこの話をここで切り上げレイちゃんが使っていた――今も私が使っている広場へと歩き出した。
夜、わたしの部屋でキュルケと乙女の座談会を開いた。部屋に来るときにイリスもいたので一緒に机を囲んでいる。
「結局レイジはなんで家出なんてしたのよ」
「家出じゃないよ。わたしは聞かされてないからよくわかんないけど」
「レイジ様はどうやら自分の不甲斐なさを嫌っていたご様子。なので、自分を鍛えるために家を一時的に出たと聞いております」
イリスが訳知り顔でわたしたちに説明する。
「誰に聞いたのイリス」
「そうよ」
「使用人の内輪で聞きました」
それは信用に足るものなのだろうかと思ってしまう。
「けどレイジって自分で鍛えてたわよね。かなり」
確かにレイちゃんは他の男の子達とは比べられないほど体や魔法を鍛えていた。
「そうだよね」
「あれより鍛えるってどんだけよ」
キュルケは半笑いで遠い目をした。
「どこかにいいお師匠でも見つけたのかな」
一体どんな人だろう。
「使用人のあいだではラ・ヴァリエール邸に現在滞在しているとのこと」
ヴァリエールってたしかトリステインの名門のところだよね。そういえば一回レイちゃんとキュルケも行ったんだった。レイちゃんの手紙には一言もヴァリエールなんて書いてなかったのに。一体どこでその情報を仕入れてくるんだろう。
「ヴァリエール!? またまた面倒なところにいるわね」
キュルケは仇敵ともいえるヴァリエールと聞いて驚いた。自分が行っていたことは忘れたんだろうか。
「それも使用人内での話なの?」
「そうでございます」
「どういう使用人よ。どこかの機関か何かなの?」
キュルケも情報収集能力が高い使用人たちに呆れ顔。
「お褒めいただき光栄です」
褒めてない。
「褒めてないわよ」
「けどレイちゃん酷いんだよ。どこにもいかないって言ったのに、直ぐに旅に出るとか言うんだもん」
「レイジはワルよね~。多分どこっていうのは、永遠の別れって意味でとったのかもしれないわね」
確かに今思えばそんな感じだったかもしれない。レイちゃんはフィルお姉ちゃんのことをずっと引きずってたし……。
「けどレイちゃんがどんどん遠くに行っちゃうような感じがしたのも事実なの」
あのときの言葉はわたしの感じたことを素直に言ったもの。どこか遠くへ消えていってしまう。わたしにはそんなことは耐えられない。ずっと横にいたレイちゃんから離れるなんてできない。そう思うとついつい俯いてしまう。
「……白毛精霊勲章、騎士、そしてスクエア。そして突然の旅。確かに離れていってしまいそうよね」
キュルケはさらにけど、とつなげた。
「けど、レイジは多分あなたの下に帰ってくるわフィー。だってレイジったらフィーのことしか考えてないってくらい私に話すのよ。あなたのことを聞いてないことまで全部。それがもう鬱陶しいけど羨ましいのよね。それくらいあなたを大事にしてるのよ。だから大丈夫あなたは待ってればいいのよ。男の帰りを待つのが女の勤めでしょ?」
キュルケが励ましてくれる。本当にそうなんだろうか。わたしはただ待つだけでいいんだろうか。
「そうでございますティナ様。レイジ様の行動理念は大切なものを守るということです。レイジ様の一番大切な者それはあなたです。ティナ様。ですからレイジ様はからなず帰ってきますよ。ただ何もしないなんてことはよくはありませんがね」
今までと同じようにすればいい。そういうことなのだろうか。わたしはただ待つだけでいいのだろうか。答えは否だ。ただ待つだけではダメだ。わたしも成長しなければいけない。レイちゃんが帰ってくるのを信じるけど、わたしも一人で立てるようになろう。そうすればきっとレイちゃんが褒めてくれるに違いない。
顔を上げたときわたしはきっと笑顔だっただろう。