ゼロの使い魔で転生記   作:鴉鷺

42 / 49
第四十一話 アルビオン漫遊

 レイジはカトレアの病気を秘薬で治療した翌日。当初の目的通り諸国漫遊を実行に移すことにした。結局レイジは受け取った婚約指輪を未だに手につけておらず、箱の中にしまったままである。

 カトレア手を出していないのはヘタレであるが故か、まだレイジとしてはその段階に至ってない故か。

 答えは後者よりであり、レイジの目的には、言ってしまえば現段階では必要のない存在なのだ。現在のレイジ自身の至上命題は知識を付けることにある。これから未来でゲルマニアの伯爵として、激動の時代に必要な知識だ。結局情報は一番の武器になりうるということである。

 持ち物は杖である一対の短剣と、少々の食料と幾ばくかの金銭だけだ。そして「烈風」の仮面も忘れない。貴族の証のマントは羽織らない。

 レイジはこの旅の相棒であるイリアスを撫でる。イリアスもすっかりレイジに懐いており、レイジに撫でられると小さな嘶く。

 

「この一年と半年、お世話になりました。といってもまた会う機会は大いにあるでしょうけど」

 

 レイジは苦笑しつつ一時の別れの挨拶をする。

 

「いってらっしゃい」

 

 カトレアは笑顔でレイジを送り出す。病気は本当にどこかにいったようで、カトレアの体調は非常に良く、魔法も行使しても体に負担はないようだった。

 

「いつでも帰ってきなさい。ここはもう君の家なのだからな」

 

「自身の力を過信してはいけませんよ」

 

「……元気でいなさいよ」

 

 順に公爵、夫人、ルイズが挨拶をする。いまだルイズはカトレアを取られたとヤキモチを焼いている。レイジはそんなルイズを微笑ましく思いつつも再度別れの言葉を発した。

 

「では、行ってきます」

 

 レイジはその言葉とともに馬に飛び乗りイリアスに駆け出させた。

 ヴァリエール一家はその姿が見えなくなるまで見ていた。

 

「しかし、いい顔つきになった」

 

「もともと面構えは子供とは思えませんでしたからね」

 

 公爵と公爵夫人は初めてレイジとあった時を思い出していた。あの時ザクセス伯爵に言われて、興味本位で杖を交えた公爵にとっては、感慨深いことが多いのかもしれない。

 一方のカリーヌも初めての弟子として鍛え上げたのだ。思い出が少ないわけがない。

 

「行ってしまったわね」

 

 カトレアは少し寂しげに振り返らないレイジの背を見つめてポツリと零す。

 

「……ちいねえさまはレイジをいつから? それに離れたくないのなら引き止めればいいと思うの」

 

 ルイズは自分の慕った姉が誰かに取られることは未だに受け入れがたいことだったが、気になったことを聞いた。ルイズにとっては、レイジだけがカトレアに恋愛感情があるのならば、まぁ納得の範疇だ。なにせ自慢の姉なのだから。しかしどちらかというとカトレアの方がレイジを好いているをルイズには映った。

 

「いつだったかしら、わからないわ。人を好きになるのは突然じゃあないの。彼と共に過ごすその過程の中の、いつのまにか好きになっていたのね。それに彼は私が引き止めたって旅に出てしまうわ」

 

 恋の始まりはきっかけがあればいつの間にか訪れる。

 ルイズは慕う姉の言葉の意味を頭の中で考えていた。なぜこんな魅力的な姉の頼みを振り切って行ってしまうのかを。

 

 

 

 レイジは当初は、始めはトリステインを漫遊でもしようかと思っていたのだが、秘薬の材料を集める過程でほぼ各地を回っていたことに気づいて、アルビオンに目的地を変えた。

 

「天空の大陸か、いったいどんな感じなんだか」

 

 レイジがアルビオン行きのフネに乗るために、一路ラ・ロシェールへ向かっていた。

ラ・ロシェールはスクエアメイジが岩より切り出した家々が有名な場所だ。古代の世界樹を切り抜いて作られた立体的な桟橋に多くのフネが停留できるようになっている。レイジは明朝の出港の手続きを済ませて、それに備えるために宿屋の部屋にて眠りについた。

 翌朝。快晴風向きは追い風、と非常によい天候となってレイジは胸を躍らせていた。天空の大陸をこの目で初めて見るのだ。心が踊らないことがあろうか。

 レイジはイリアスと共に乗船する。勿論人と馬の乗る場所は違うが。レイジは出港してから船尾で空が流れていくのを見ていた。風石とは凄いものだと感心を新たにしつつ眼下に広がる自然をなんとはなしに眺める。久しぶりに一人の落ち着いた時間だ。そしてこの怒涛の数ヶ月を振り返ってから、故郷に残した大事な妹のことを考えた。毎月手紙を送ってるのだが、それでもこうして考えると顔が悪くなる。

 

「好きなおとこのひと……ねぇ」

 

 レイジはフィーネの別れの言葉を思い出して、ニヘラっと笑う。ヴァリエールの人々には見せなかっただらし無い顔だ。

 結局レイジはそのままアルビオンの港町ロサイスへと到着した。そんなことを船尾でしていたのだから下からアルビオンの大陸見る第一の機会を逃してしまった。レイジは肩を落とし、帰りに見るかと気を新たにした。

 レイジは初めにロサイスより北に二日馬でいった場所に、アルビオンの王都であるロンディニウムに向かうことにした。王城はハヴィランド宮殿であり、王都の中心に位置している。ロンディニウムだが、トリスタニアと少々似ているが、レンガの色使いなどがおとなしめなのが特徴だろう。アルビオンはトリステインほど見栄っ張りではないのかもしれない。

 

「ここが天空の城か……なっつかしいなぁ」

 

 レイジは自分で言って何かを懐かしみつつ、ブラブラと宿屋を拠点としながら一週間ほど王都をぶらついた。やはり王都というだけあって貴族の数が多い。

 国王、と言っても現在その地位についている者はいない。前国王のジェームズ一世が国王の座を降りた後は息子のウェールズ・テューダー王子に渡る予定だ。しかしまだウェールズは子供ゆえ戴冠をしていない、というのがこの国の現状である。そのため王権派に変わる新たな勢力が生まれるのではないかとは批評家たちの間ではもっぱらの噂だ。

レイジも薄らとした記憶でアルビオンについて思い出していた。

 そう、確かアルビオンは滅びの道を歩む。

 レイジは時代の奔流は止めることができないかもしれないと感じていた。いくら強力な魔法を使ったところで、やはり数というものには勝てない。レイジは一週間経った朝に王城に立つ旗を見て思う。

 それも数秒のこと、レイジは次の目的地、サウスゴータ地方のシティオブサウスゴータへと馬で駆けていく。

 レイジは数日かけ、幾らかの街に止まりつつもシティオブサウスゴータへと着た。シティオブサウスゴータは人口4万を数えるアルビオン有数の大都市である。円形状の城壁と内面に作られた五芒星形の大通りが特徴的で、始祖ブリミルが初めにアルビオンに降りた土地として有名だ。

 シティオブサウスゴータは王都と何ら遜色ないほどの大都市である。ここの家々も王都と同じような配色のレンガで作られたものが散見された。ここサウスゴータは巨大な土地であるが故に、領主であるモード大公はあまり政治に参加せずに議会に任せきりだったという。そしてモード大公は、理由は定かではないが国家反逆の罪でジェームズ一世に処刑されている。その後は結局変わらずに政治は議会が行っている状態である。レイジは数日ゆっくり来たといっても、長旅で疲れを一時癒すために、かなりの時間この様々な施設が揃ったシティオブサウスゴータで過ごした。ついでに旅でさらに北へ進むと大きな都市がほぼなくなるため、食料を買い込む。

 レイジはサウスゴータから北へ行く。何日かの旅路の後にアルビオン北部の高地地帯へとレイジは来た。この高地地帯にはトロール鬼が多数棲息していることで有名で、街から離れた場所には行かないという取り決めもある。その高地地帯の入口の町、インバスへとレイジは足を踏み入れた。その町はシティオブサウスゴータに比べるとひどく寂れている。アルビオンでもほぼ一番北といっていいほどの極地だ。人は少ないだろう。何よりも危険な鬼が多数多様に棲息している。好き好んでこんな場所に住まう人の気がしれないとレイジは人ごととして考えた。しかしそのトロール鬼は殺戮を好むという厄介な習性を持つ。何故か人間の戦いに参加するといったお茶目さんまでいるらしい。レイジは前段階で仕入れた知識と町の景観を見比べ、宿屋を探すことにした。寂れた小さな町といっても街道沿いにある町なので、宿屋は比較的簡単に見つかった。レイジはその日も日が暮れていたこともあり、宿屋で食事を頂いてからベッドの上で微睡んでいた。

 

「鬼が出たわ!!」

 

 町の人が叫ぶ。レイジはその声で微睡みから一息に覚醒した。

 

「どうしたんだ?」

 

 レイジは未だ酒場の状態のカウンターで、接客している宿屋の店主に事情を聞いた。

 

「ん? ああ、どうせトロール鬼だろう。よく出るんだよ。この辺ではね」

 

 店主は落ち着き払った様子でそう答えを返す。周りを見ると他の酔っぱらいもそこまで騒いではいない。

 

「いつもこんな感じなのか?」

 

「ああ、そうさ。常駐しているメイジの方が退治しなさるからな」

 

 レイジはその内容に一応の納得をした。

 

「ふーん」

 

 人は環境になれるというが、命の危機だというのにのんきなんだな、とはレイジが素直に思ったことだ。そんなことを思っていたからだろうか、宿屋の扉付近が派手に吹き飛ぶようにして壊れた。それを見てレイジは持っていた仮面を付けつつ、店主にもう一度質問する。

 

「あれもいつものことなのか?」

 

「いや、っかしいなぁ。メイジの方はどうなさったんだ」

 

 店主は混乱してなんの打開策にもならないことを口走る。その直後酔っぱらいも素面のものもすべてが悲鳴を上げる。前門のトロール鬼、後門の行き止まり。

 

「メイジはいつも何人いるんだよ。あとランクは」

 

「え? ああ、一人だ。ランクは……トライアングルだったはずだ」

 

 レイジはその言葉を聞くと納得した。宿の外では複数のトロールの呻きが聞こえる。トライアングルメイジ一人では厳しいかもしれない。

 

「オレはこういう星の下に生まれたのかもしれないなぁ」

 

 レイジは諦観の念と共に腰の短剣を抜き放ち、人の波をかき分けて、宿に押し入ってきたトロールの首を両断した。

結局レイジは偏在を使って一気にトロールを斬殺した。偏在がもどるとメイジらしい人物の死体を見たとのことだ。

 

「こんな場所に常駐メイジ一人とか気がおかしいな」

 

「せめて三人だろ。スリーマンセルこそ至高」

 

「一人じゃ今回みたいなことは対処できない。けどこれまでは、ここまで多くのトロールが襲ってこなかったのも事実だな」

 

 素体のレイジは物事の収束後に町の人に聞いたことを交えて意見を話す。

 

「なにか、あるんじゃないか? あの高地」

 

「まぁそう考えるのが妥当か」

 

「お? ならパパッとズバッとやっちゃいますぅ?」

 

 レイジの偏在三人は話し合う。その光景はかなりシュールなものだ。しかも三人とも仮面をつけている。

 

「けど深入りしすぎはどうなんだ」

 

「オレの旅の目的は世界を知ることだぞ。一々各地で勇者の真似事なんてしてられないぞ」

 

「え~、いいじゃねぇかよ。トロールだかトトロだか知らねぇが、どうせ今回もブレイド一本で終わっちまうさ」

 

 レイジの偏在ひとりが慎重に物事を見るべきだと訴え、もうひとりが、それに若干賛同する。最後のひとりは高地へ突撃案出す。

 三人よれば文殊の知恵とは言うが、実際は同じ人物ゆえに一人なのだ。

 結局偏在のレイジは、素体のレイジの意見を尊重することとなり、疑問を残しつつも領主に常駐人数を増やすように頼んでもらうことで合意した。

 レイジは翌朝に領主の元へ手紙を出すよう、町長に話をした。そのメイジが来るまで自分がこの町を守るというサービスも買って出た。

 結局あの晩以来トロール鬼が現れることはなかった。代わりにはぐれオグル鬼が一体だけ町の近くの街道を横切っていったと、偏在のレイジは素体に対して言った。レイジは自分の偏在の表情を見て、横切ったオグル鬼を殺ったことを悟り、ため息を吐いた。

 レイジが警邏の任を自主的に行ったのは5日ほどだ。あの出来事から5日後に来たメイジは2人という数字だった。それぞれランクはトラングルとのことで、片田舎の領主はかなりの絞り方をして捻出した人材だろう、とレイジは思った。レイジは警邏の任をといてから次の日には再度シティオブサウスゴータへと相棒のイリアスと向かった。

 帰りのシティオブサウスゴータでまたもレイジは小金稼ぎをしつつも、もう一度大都市を見て回った。

 するとレイジは町の賑わいが、前よりも大きなものだと気づいて、理由を考える。そして始祖の降誕祭が間近に迫っていることを悟った。確かに最近めっきり寒くなったと思ったところで、空からしんしんと雪が降って来る。レイジはなんてタイミングだと思う。

レイジは始祖降誕祭をサウスゴータで迎えることとなった。その祭りも終わり、レイジは王都ロンディニウムへと行きと変わらない日程で踏破し、港町ロサイスへと戻ってきた。ロサイスは初めに来た時とは違った景色を見せている。そのロサイスで一番ラ・ロシェールに近づく時まで待つ。アルビオンからラ・ロシェールへ行くのに近づくのを待つ必要はないが、レイジはなんとなく待った。

 レイジはアルビオン大陸から離れていく船の船尾で、アルビオンが「白の国」と呼ばれる理由をはっきり理解した。

 

「確かにありゃ真っ白だな」

 

 レイジはそんなことを呟きつつも、アルビオンで見てきた様々なことを、紙にまとめるため船室へと戻っていった。

 大陸を下から包む雲は、それ自体が大陸を浮かせているのではないかというほどに大きく、キレイに光を反射していた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。