ゼロの使い魔で転生記 作:鴉鷺
季節はそろそろ冬に差し掛かろうという日。レイジ・フォン・ザクセスは産まれ育った家へと帰ってきた。彼がこのザクセス邸を出てから何日がたっただろうか。
現在彼はこの家を出る時とは、外見も中身も見違えるように成長したことは確かだ。表情は陰鬱とし希望を失っていた目が、光を取り戻し前をしかと捉えている。
外見面では身長も170サントを優に超え、かなりいい体格になっている。魔法の腕だってそこらのメイジが束になったとしても敵いはしないだろう。そして何より、各国の各地の民の声、貴族の治め方などと見聞きしたことによって、自身の領地になるだろうフォン・ザクセスを豊かにする方法を考えることができた。いい部分は取り入れ悪い部分は徹底的に排除する。
国とは人なのだ。ならば領とはまた人なのだ。何事も人民なくして政治はできない。
「フィー、久しぶりだな。もうすっかり美人になってるな」
レイジは帰って来て初めにフィーネの元へと向かった。一番心配をかけたのは彼女なのだから。手紙を毎月送っていたとしても心配なことに変わりはない。
「レ、レイちゃん!!」
美人と評されたフィーネだが、実際は未だに可愛いと言ったほうがしっくりくる。そんなフィーネはレイジの帰りを聞かされていなかったのか、一瞬驚いたあと彼に飛びついた。彼の外見は変わっているがそれでも面影は濃い。
「おいおい、フィーの甘えん坊はなおってないのか?」
レイジは苦笑しつつもしっかりと受け止め、抱きしめる。
「私はずっと甘えん坊だよ」
フィーネの顔はちょうどレイジの胸のあたりに位置しており、幸せそうに抱きついている。
「感動の再会のところ悪いんだけど」
レイジは唐突に入ってきた第三者の方を見た。
「なんでキュルケがいるんだよ。夏季休業はもう終わってるぞ」
キュルケが扉のところに立っていた。ヴィンドボナ魔法学院はトリステイン魔法学院と同じ方式をとっている。そのため夏季休業が存在するのだが、現在は冬に差し掛かる月だ。なのでキュルケは本来ならば、学院にいるはずである。
「ちょっと事情があったのよ」
肩をすくめてみせるキュルケ。
「あのね、キュルケったら5股かけたの。それが問題になったんだって」
フィーネはレイジに抱きついたままキュルケのちょっとした事情を話した。
「なんだそりゃ、どんだけ股にかける気だよ。お前は世紀の大泥棒かよ」
「そうね、あえて言うなら恋泥棒ね」
キュルケは全く反省していない様子で、また懲りてもいないようだ。
「それよりレイジ、あなたかなりいい男になってるわね。私と熱い夜なんて過ごさない?」
キュルケは深いV字からのぞく、豊満な胸をことさら強調してみせ、レイジに流し目をした。
「熱帯夜はこの時期にならないぞ」
レイジはキュルケの意図を察しつつも、すっとぼけた返答をした。
「つまらないわね、この年の多感な男どもは簡単に色めき立つっていうのに、変わらないわね」
そういって笑顔を見せた。学院で同じ手に何人の哀れな男達が犠牲になっただろうか、とレイジは考えたが途中でそれを打ち切った。
「胸程度で興奮するのはまだまだガキってこった」
御年35歳の少年はしたり顔で言い切った。
「レイちゃんは胸だけじゃ興奮しないの?」
純粋なフィーネはレイジに質問する。キュルケに男なんて胸をちらりと見せれば落ちると言われていたのだが、本丸であるレイジに聞かないのであればその知識は無意味だと思ったからだ。
「え? そうだな、唐突に見せられても変な奴だと思うだけかな」
レイジとしては唐突に見せられたら、見せてきた相手を痴女扱いする。貞操観念の薄い輩は総じて軽薄だという持論からだ。と言っても相手の性格やこれまでの経緯などから理由が類推できれば、そんなことは思わないのだが。この場合キュルケは前々からこんな感じの性格であるというが分かっており、相手をからかうためだけに行っているのがわかっている。
「流石レイジね。可愛げの欠片もないわ」
「悪かったな。そうだ、オレは父さんのところに帰ったという報告に行くから」
レイジはそう言って名残惜しそうなフィーネに苦笑いしつつも、彼の父の執務室へと向かった。
「父さん、今帰りました」
レイジは執務室の戸を開けて第一声にそう発した。
「そうか、無事帰ってきてくれて私は嬉しいぞ」
グスタフは仕事を中断して、息子の成長した姿をまじまじと見た。
「ほう、顔から影が消えたな」
出立のときはレイジの顔に濃い影があったのだが、それが消えている。『烈風』との修行に明け暮れるうちに、鬱屈した気持ちを精算できたのだろう。レイジは過去を振り返るだけでは成長できないのだとわかったのだ。
「そうでしょうか?」
レイジとしては自身のことであるが、出発時にそこまで影が差していたとは知らなかった。
「そうさ、だが過去を見続けてはいけないが、時には顧みることも大事だ。今の自分は過去の自分の積み重ねだ。決して過去の自分を否定してはいけない」
どうやらグスタフはレイジの悩みに気づいていたらしい。レイジはフィルを守れなかった自身を、ずっと責めていたのだ。だが、この数年で幾百もの経験をして、過去を今一度過去と出来たのだ。思えば各地でほぼ無償の人助けをしていたのもその罪滅ぼし、気を紛らわそうとしていたのかもしれない。
「分かりました。自分は過去を、今後の自身の糧とします」
「うむ」
グスタフは深く頷いた。
「ところで父さん。婚約の件なのですが」
グスタフは露骨な反応を見せた。一瞬目が泳いだのだ。
「ん? ああカトレア嬢のことか」
「そうです。何故オレに許可なく婚約を受けたんですか」
レイジは未だ納得いっていない。確かにカトレアは器量がよく、結婚するのは吝かではないのだが、レイジにとっては婚約などただの枷だ。
「ヴァリエール公爵からの打診だったんだよ。さらに閣下も一枚かんでいる」
「閣下がですか……?」
「そうだ。閣下は我ゲルマニアに始祖の血を入れようと画策していることは知っているだろう?」
確かにアルブレヒト3世は、グスタフが言うようにゲルマニアの立場向上のために始祖の血を求めている。一番手っ取り早いのが王族どうしの婚姻だ。しかし、未だトリステインの王女は子供だ。翻ってアルブレヒト3世は40前の、言ってしまえばオヤジである。と言っても何年か経てばアンリエッタも立派な女性となるのだが。しかしそれにはゲルマニアが、トリステインに政治的な譲歩を引き出されることは確実だ。いくら国力がゲルマニアの方が上だからといって、始祖の血が入っていないだけで格が下になってしまう。それほどまでに始祖とは、ハルケギニアの人々にとって強大で崇高な者なのだ。
「……旧くから代々続く公爵家。なるほど、確かに始祖の血が入りますね」
レイジは不本意ながら一応納得した。
「しかし、アンリエッタ姫と婚姻を結ぶのでしょう?」
レイジはアルブレヒトがエラく始祖の血を欲していることは知っている。だから、軍事同盟か何かを結ぶ代わりに、アンリエッタ姫を妻にすると思っていたのだ。レイジはトリステインとゲルマニアの戦力を鑑みて出した答えだ。今やゲルマニアの国力は圧倒的であり、ガリアに並ぶほどに成長している。
実際のところアルブレヒト3世は狙っている、というかなり確証がある噂程度にしか過ぎない。しかし、アルブレヒト3世も世継ぎを欲する年齢だ。近いうちに計画を実行に移すのだろう。
「ああ、そのつもりらしい。まぁレイジ、一種の保険だな。私としては、色恋は自由にして欲しいんだが、閣下の頼みとあらば勝手が違う」
「なるほど、保険ですか」
レイジはここで考える。ただの伯爵家に始祖の血を入れる意味は?
いや、そもそもアンリエッタをその手にするのならば、この婚約は閣下的にはかなりどうでもいいことになる。逆にアンリエッタとの婚姻が成立しなければ、この婚約は重要なものとなるはずだ。しかしおかしいことが一つある。伯爵家に始祖の血を入れても意味だろう。
ここまでレイジは考え、ため息をついた。
「養子には行きませんからね」
レイジはそう言い残してグスタフの執務室を出ていった。グスタフは面食らったように唖然とした。息子の頭の回転の速さに驚嘆した。そして、レイジと瓜二つなため息をついたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「キュルケはトリステインの方に留学なのか?」
レイジは父との再会を終えて、またフィーネたちがいる部屋へと帰ってきた。母であるサラは現在不在とのことだ。フィーネの母ユリアもまたしかり。
「そういうことになるわね。魔法学院の卒業と言う肩書きはやっぱり欲しいものね」
そもそも貴族の子女は、須らく魔法学院を卒業しなければならない。よってキュルケはガリアより近い、トリステイン魔法学院へ行くとのことだ。
それゆえか、フィーネもキュルケに誘われて同じ所に行く。フィーネがトリステインに行くのならばレイジに選択の余地はない。彼もまた彼女たちと同じ所に行く気なのだ。
「レイちゃんも行くでしょ?」
「フィーも行くんだろう。なら行く他ない」
「楽しみね。どんな男が待ってるのかしら」
「好きだなお前も……」
レイジはちょっと呆れてしまう。問題を起こした行動をまた行う気なのだから、呆れない方がおかしい。
「情熱は冷めないわ!!」
「そうかい。迷惑はかけるなよ」
レイジはため息を大きく吐いた。表情は呆れているが、レイジは旅の途中で見た魔法学院、物語の舞台となる魔法学院に心の中では胸躍らせていた。
珍しく?かなり短くなってしまった。
次回からすぐに終わる一年時編です。