死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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第一話は出来る限り原作寄せです。




第1話:遊戯の時間

 

 

――カツ、カツ、カツ。

 

 古い校舎の中を、規則正しい足音を鳴らして歩く人間が一人。

 視点は高く、廊下を見下ろす形となる。

 一歩ごとにぎしぎしと鳴るこの校舎は、なるほど手入れが行き届いていない。

 壊れこそしないものの、教育設備としてこれほど杜撰、冷遇されているものもあるまい。

 

「ヌルフフフ」

 

 不気味な笑い声をあげるシルエット。

 朝の学校に、不穏な気配が染み渡る。

 

 潮田渚は、教室で息を呑む。

 3-Eと書かれたプラカードがゆれる、小さな教室。

 

 ガラガラガラ、と扉が引かれ、「彼」は教室に入ってきた。

 渚に限らず、クラス全員が息を呑む。

 それだけみんな、目の前のその存在に気圧されているのだ。

 

――バン。

 

 出席簿が教卓に置かれる。

 

「――ええーそれでは、ホームルームをはじめます」

 

 アカデミックドレスに、三日月をあしらった大きなネクタイ。

 それを着用する「彼」は、黒髪の、長身の、整った容姿をした男性だった。

 

「日直の人は号令を」

 

 にこ、と微笑む彼に、渚は震え声で「起立!」と呼びかけた。

 

――ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャッ!!!!!!

 

 立ち上がると同時に、生徒たちは各々が武器を構えていた。拳銃や機関銃である。銃刀法どこいった、と言わんばかりに、男子も、女子も、全員が一斉に射撃できるようにセッティングして、彼の方へと銃を向けていた。

 

「気を付けッ」

 

 そんな現状であっても、生徒たちに向けて少しだけ両手を上げながら、彼は一切余裕を崩さない。

 

「れ――」

 

 礼と渚が言い終わる前に、射撃がフライング気味に開始された。

 ズバババ、と銃撃音が響く。発射される弾丸は、BB弾の雨あられだ。決して実銃ほどの威力も速度も出て居ない。しかし成人男性でも、しっかりと狙いを付けられた遠距離射撃を避けるのは、なかなか困難極まるだろう。

 

 しかし、教卓の彼はにやりと微笑み、アカデミックドレスを翻して空中を舞った。

 

 突然の動きに茫然とする生徒たちをさしおいて、彼はどこからか取り出した、黄色い、ゴム製の人形(蛸のような笑顔のキャラクター)を左手に一つ、ダーツのごとく投擲。

 一瞬にしてその足が銃口を塞ぎ、無力化をさせる。

 なおも彼に向けて飛び交う弾丸を、まるでワイヤーアクションのごとく回避しながら、彼はにこやかな顔のまま続けた。

 

「おはようございます。発砲したままで結構ですので、出欠をとります。

 磯貝君――」

 

 起用に出席簿を落とさないようにしながら、彼は名前を読みあげる。

 生徒の返事が弾丸飛び交う教室に響く。

 

「すみませんが銃声の中なので、大きな声でお願いします」

 

 当たり前である。

 きちんと大声を返す生徒にふっと微笑みながら、彼は出欠を取り続ける。

 

 玉は一度たりとも、教師のローブに接触すらしていない。

 あれほどひらひらした長いものであるのに、何故当らないのか。

 やがて生徒のうちで弾切れ、銃弾の装填し直しが始まる。もっともバラバラに補給する事で、弾丸の雨が途切れる事はない。しかしそんな隙を見逃さず、男は黄色いタコ人形で、無双し続ける。

 

 やがて名前が呼び終わる頃には、皆へとへとになって椅子に座っていたり、床に腰をついていた。

 

 

「――はい、遅刻なしと。みなさん元気でいいですねぇ。暗殺は健康第一ですよ、先生とても嬉しいです♪」

 

 男性はにこにこ、上機嫌そうに微笑む。

 何ごともなかったかのように教卓に立つ男性教師に、疲弊する生徒達。

 

「早すぎだし……」

「一斉射撃で駄目なのかよ」

「てか何だよこの変なゴム人形……、と、取れない!」

「キモい」

 

 彼は何故かしゅん、となった。どうも想定外の反撃だったらしい。

 と、そんな彼の頭に、ハリセン(!)が振り下ろされた。

 

「何やってるんですか、『吉良八(きらや)先生』!」

「ゆ、雪村さ――雪村先生!? 今日は午後からという話では、な、何故こんな早くからッ」

 

 今までの超然とした様子がどこへやら。

 突如現れた女性教師を目の前に、生徒たちの担任たる彼は悲鳴じみた声を上げた。

 

 

「一昨日から何かみんなの様子がおかしかったので、カマをかけたんですよ。

 まったく、朝一番からこんなこと、やっちゃ駄目って言いませんでした!」

「わかりましたから雪村先生、どうか、どうかご容赦を――ぎゃふん!?」

 

 ぷりぷりと起こりながら、彼の顔にハリセンで往復ビンタをする彼女。このクラスの『副担任』たる女性、雪村あぐり だ。ショートカットに動きやすそうな格好、シャツに描かれた「ドス鯉」という大きな筆字が、妙なインパクトを齎す。

 

 そんな彼女だが、言ってることだけ抜き取るとこちらの方が結構まともであるが、やってることはぱっと見、どっちもどっちであった。

 

(((((うわぁ……)))))

 

 何とも言えない顔で、そんな二人の様子を見る生徒たち。「今時マジでギャフンとか言っちゃうのか」とか、「朝一番じゃなければいいのかよ」みたいな空気が教室に漂う。

 

「……はい、それでは吉良八先生は少しお疲れのようなので、一時間目は私がやります」

「……あ、あの、雪村先生? 私別に――」

「駄目です」

「あ、ハイ」

 

 この教室において、生徒達の上に立つのは間違いなく彼だ。

 そしてその彼を見事に御する彼女こそ、この教室、真の頂点である。

 進級後しばらくたって、この3-Eの生徒たちが理解した一つの真理であった。

 

 元気なく地面でうずくまり、いじけたようなポーズをとる担任教師。そんな彼に、女子生徒の質問が行く。

 

「……で、何なのこれ、吉良八先生」

「先生の前世です」

 

 意味が分からない。

 

「愛される容姿でしょう?」

 

 困ったように笑う彼に、生徒達の意見は(駄目な方向に)一致をみた。

 

「じゃあ、一時間目が始まる前に銃と玉を片付けましょう」

「「「「ええ~」」」」

「文句言わない! その分少し早めに休憩するから、頑張って」

「「「「おっしゃー!」」」」

「ヌルフフフ。流石ですね雪村先生は」

「何他人事みたいに言ってるんですか吉良八先生?」

「はい?」

 

(僕等は、殺し屋。僕等のターゲットは先生、ということになっている)

 

 散らばった弾丸を片付けながら、渚は今まであったことを思い返す。

 先生は「残念残念、数に頼りすぎては個人個人の思考が疎かになりますよ、ヌルフフフ」と相変わらず独特な笑いしていた。

 

「もっと工夫しましょう、でないと――最強の『殺し屋』たる先生は、倒せませんよぅ? 」

 

 生徒と一緒に掃除をしながら、担任たる彼は得意げにそう言った。本来なら教卓でにやにや生徒たちを見回しながら言う台詞のはずだが、現在そこにはあぐりがいる。要するにペナルティなのだろう。

 

 ちなみにそんな彼、吉良八 湖録(きらや ころく)は常々そんなことを言うが、みんな大して本気にしていない。

 確かに運動神経はずば抜けてるし、勉強を教えるのは上手だし、結構凄い人なんだろうとは思われているが、雪村あぐりに尻に敷かれている様は、誰がどう見ても自称たる「最強の殺し屋」と、結びつくわけはなかった。

 

「いや、っていうかさ。本気で前に言った事、守ってくれんのかよ!」

「いやそれ以前にコレ、当たっててもわかんないでしょ。ただのBB弾だし」

 

 渚の前後の席、前原陽斗と杉野友人が不満を漏らすが、吉良八はさして気にした様子はない。

 では実演しましょうか、と言って、弾丸をいくつか混めて拾い、自分の手首に向けた。

 一度自分の首に指をさして、彼は話す。

 

「言ったでしょう? これは防衛省のとある人と先生が共同で開発した『訓練装置』だと」

「まずそこから意味がわからないんですけど~」

「このチョーカーをつけている人間を、この銃で射撃すると――」

 

――ドウウウウゥンッ!

 

 今まで教室で響いていた銃撃音の中で、最も重い音が響いた。

 しんと静まり返る教室に、手をひらひらさせて吉良八は解説を続ける。

 

「……先生耳が良いので、こういう音はちょっと苦手です。

 ともかく当ればこのように、クラスの誰もが聞いてもわかるようになっています。また銃の側面にあるディスプレイに、狙撃成功の文字が出て居るでしょう?

 このダメージを蓄積すると、最終的には出血音みたいなものが出ます。皆さんが狙うべきは、その音ですね。

 ですが、これらは当然特殊な装置ですので、体はともかく目等に入ったら大変危険です。先生と『遊ぶ』目的以外では使用は、決してしないよう禁止します。いいですね?」

 

 息を呑む生徒たち。改めて彼の特殊さが際立ったともいえる。

 そんな周囲を見回して、吉良八は唇をつり上げて、ニタニタと嫌な笑いを浮かべた。顔が美形な分勿体ない。

 

「まあ、勝てるといいですねぇ卒業式前に」

 

 ヌルフフフ、と笑いながら、そそくさと片付けを促す吉良八先生。

 渚は何とも言えない顔で、教室中を見渡す。

 

 そんな一瞬――吉良八を見つめる雪村あぐりの、寂しそうな微笑を見た。

 

(椚ヶ丘中学校3ーEは……「暗殺教室」)

 

 始業のベルが、今日も鳴る。

 

 

 

   ※

 

 

 

 授業は、昼前。

 教卓では担任が、白いチョークで手馴れたような英文を書いていた。

 英文にはそれぞれ色のチョークでラインが引かれており、それぞれ四つある。

 

「――はい、ここで問題です。磯貝くん、この四つの先生人形のうち、仲間はずれは?」

「え、えっと……」

(((((カラバリあったのかよ)))))

 

 青、白、桃、緑のタコ(?)人形を取り出し、吉良八は問題を出す。

「青?」という不安げな答えに、にこにこ笑って彼は大きな丸を両手で作った。

 

「正解! 青の例文だけ、"How to"の用法が少しばかり違います。では一番上の文章『Can you tell me how to use this knife?』から和訳していきましょうか。まず――」

 

 吉良八が文章の解説をする最中、潮田渚に声がかけられる。となりの席の『茅野あかり』だ。黒髪の短いツインテールに、メガネをかけている。一見引っ込み思案そうな印象を受けるが、実際そうでもないのは進級時に明らかになっていた。

 

「(三日月、昼間だけど見えるよね)」

「(うん……)」

 

 彼女の指し示す先は、大きく抉れた月があった。

 彼等がちょうど「二年生」の中ごろか。月が巨大な爆発と共に、おおよそ七割が消え去り三日月型になってしまった。詳しいことは何一つ不明で、現在原因究明中とニュースでは言っている。

 

「(先生のネクタイも三日月だよね。何か関係あるのかな? 防衛省の人がどうのこうの言ってたし)」

「(流石にそれは……)」

「(だよね~)」

 

 にこにこ笑う彼女に、渚は苦笑いを返した。あの日は本当に突然だったと、彼は記憶している。何の脈絡もなく、突然月がああなってしまった。おかげで地球の自転がどうのこうのと、偉い学者さんとか科学者たちが騒いで居るらしい。

 適当にニュースをチェックしている渚でさえ、小さい頃に見ていた科学番組とかに出てくる先生が大慌てでニューススタジオをかけ回っていたことは、インパクトがそれなりに大きい。

 

「――とこの様に、『ネズミが月を(かじ)った結果、ビスケットのように粉々になってしまった』という文章を導きだせるわけです」

 

 考えていたこととシンクロしたためか、びくっとなる渚。にこやかな視線だけで「どうかしましたか? わからないところありますか?」と聞いてくる吉良八。

 

(……いやいや、まさかね)

 

 少し慌てながら首を左右にふると、彼は頷いて解説を続け――。

 ぺしん、とチョークで弾丸が一つ叩き落される。

 

「……中村さん、暗殺は授業の妨げにならないようにと言ったはずですよ?」

「すみませ~ん」

「集中してない証拠ですねぇ。罰として、雪村先生に付きっきりで教えてもらいなさい」

「ええ!?」

「あはは」

 

 苦笑いこそ浮かべるも、椅子を持って来て中村莉桜の真隣に座り、雪村先生は特に反対もなくじぃっとノートを見て、レクチャーしていた。間近で先生に色々やられて、非情にやり辛そう。確かに罰になっているといえる。

 

(……そもそも先生の登場からして大きな事件だったよなぁ)

 

 渚が思い出すのは、吉良八が最初に教室に来た時のこと。

 

『はじめまして。私の教え子が月をやった犯人です』

(((((……は? いや、嘘でしょ)))))

 

 不謹慎な第一声と共に、彼はクラスに頭を下げた。『来年には地球もやられてしまいます。大変ですねぇ……』と軽く続けるかの教師。硬直したクラスに対して、何一つフォローするつもりはなかったらしい。

 更に続いた言葉で、生徒たちの混乱は極致に至った。

 

『君達の担任になりました吉良八湖録です、どうぞよろしく』

(((((まず三つ四つツッコませろッ!)))))

 

 ちなみにこの時点で、例のキャラクターのぬいぐるみが八体、それぞれ左右の指と指の間に挟まれていた。

 新学期、進級してわずかな期間。まだ大して仲良くなっていないクラスの意見が、初めて「ほとんど」一致した瞬間だった。

 

『ええっと……、まず何から話したらいいかしら』

『雪村先生、これどういうこと?』

 

 当時、担任教師「だった」雪村あぐりに、倉橋陽菜乃が困惑しながら聞く。

 色々と説明が続いたが、彼女の話を端的にまとめると、次のようになる。

 

『要するに、先生はここの理事長にケンカ売って、みなさんの担任になりに来たと言うことです。二月から担当だった雪村先生は、今年は私の準備が終わるまでは仮担任だったわけですね、ヌルフフフ』

『えっと……、何すか? その訳わかんない理由』

『事実ですから。まあせっかく先生を「やる」のなら、自分が「楽しく」できそうなことをやるのが一番でしょう。ねぇ、雪村先生?』

 

 あはは、と少し困ったように笑うあぐり。ちなみに渚の横で、茅野も同様の笑みを浮かべていた。

 

『さて、みなさんの話は雪村先生からたっぷりしっぽり聞いて来ましたよ~? 今日皆さんの顔を見て確信しました。みなさんこう思ってるんじゃありませんか? 「どうせ自分なんて」。あるいは「所詮エンドのE組だから」とか。所詮何をやってもクズだの何だの言われるのだから、努力とか勉強なんて意味ないと』

 

 これを聞いた瞬間、大半の生徒たちが「ああ~何か元気付けるようなことを言うんだろうな~」とやる気をなくす。この学校の3-Eは、エンドのE組。早い話、問題児や教師が放棄した生徒たちが集められるクラスだ。

 少なからずE組の生徒は、ドロップアウトもいれば見捨てられた生徒もおり、こういった綺麗事は、他の同年代に比べて更に嫌がっている部分があった。

 だが、次の一言で事態は一変する。

 

『いいじゃないですか、そんなに勉強がいやなら、学校来て遊んでも。家に帰れば親の目もありますし、なにより友達居ますからねぇ』

『『『『『ええええええッ!?』』』』』

 

 たまに有名塾講師などが常識の反対の事を言って授業をして、メディアの注目を引いたりすることはあるが、幾らなんでも担任の言葉ではない。隣でにっこりしつつも、あぐりとて大層苦笑していた。

 ただし、と当たり前のように吉良八の言葉が続いた。

 

『だったら先生も一緒に遊びましょう。題して――「暗殺教室」です』

 

 ヌルフフフ、と妙な声と共に微笑んだ吉良八。

 かくして、3-Eは暗殺教室となった。

 

 暗殺教室、といっても実際に殺すわけではない。

 「生物兵器を殺すわけじゃないので、殺人罪が適応されてしまいますからねぇ」とのことだが、その切りかえしの意味を生徒たちがわかるわけはない。

 三日前までに先生がゲームとルールをいくつか指定し、それぞれのルールで先生を打倒すること。

 時にそれは実戦、殺し合いを想定したような動きを大きく取り入れる。

 もし先生を倒せれば、倒した生徒は一年間自習。最悪授業を受けなくてもいい。

 そしてゲームは、常に学校で行われること。

 

 生徒たちと吉良八先生が取り交わした、一つのゲームということだ。

 

『ルールなしで戦ったら、間違いなく君達は私に勝てませんよ? なにせ私は――元「最強の殺し屋」ですし』

 

 ヌルフフフと笑う彼の動きは、その自称に違わず恐ろしいものであった。捕らえるどころか、追いかけていた全員が教室に帰ってくると、例のぬいぐるみと一緒にスポーツドリンクが置いてあったり。あるいは染めていた髪がいつのまにか彼の手によって綺麗な七三分けにされていたり。

 

『先生を倒すにはどうしたら良いか、ですか。そうですねぇ……。一流の殺し屋みたいに、なるしかありませんねぇ。大丈夫、先生の授業を受ければ、みなさん素晴らしい殺し屋になれますよ?』

(((((いいのか、それで))))

 

 皆さん胸を張れる暗殺をしましょう。

 こうして日数が経過し、今日に至る。

 

 生徒たちは、未だ誰一人担任を打倒しえていない。

 

 

 

   ※

 

 

 

 お昼のチャイムが鳴り響き、授業は一旦お開き。

 

「雪村先生、今日はちょっと四川風にしてみたんですよ。一緒にどうですか?」

「わぁすごい。私、食べてみたいです」

「ただし食事中、会話は全部中国語です」

「えっと……」

「何事もチャレンジですよ?」

「わ、わからなかったら教えてください……」

「はい勿論。ああそうだ、君達の中にもチャレンジしたい子が居たら、職員室まで来て下さい? 味は保障しますよ、ヌルフフフ」

「あ、じゃあみんな、ちゃんと食べるのよ~」

 

 そんな風に仲よさげに退室する二人だが、それに対する感想は「ラブラブね」というものと「先生が先生に教えてらぁ」というものの二つが大半を占めていた。

 

「いやでも、やっぱり男だったんだよなぁ。今さらながら思うと、四月頭頃って、雪村先生けっこう浮かれてたじゃん?」

「いやいや男っていったって、あんな漫画みたいなの居てたまるかよ。アイツこの間、校庭の整備しながらテストの採点してたんだぜ?」

「マジぃ!? どうやってんのよッ」

「そのうちプールとか走るぞ、水の上走るぞ」

「オレ、あのタコみたいなののイラスト付きで返ってきた」

「ていうかアイツ、雪村先生より教えるの上手くない?」

「おい、本人いないからいいけど言ってやんなよ」

「でもわかる~。放課後に数学の勉強教わって、なんだか計算早くなったも~ん」ちなみにその時ゴムナイフをかまえて振り下ろし、軽く腕を決められながら教わっていたりする。

 

「何者なんだろ、あいつ」

 

 その言葉には、誰一人反応がない。

 

「……まあでも、所詮勝ってもあんま意味ないんだよなぁ。結局E組だし」

 

 誰かが言ったその自嘲した言葉に、クラス全体が暗い笑みに包まれる。事情を勘案すれば仕方ないかもしれない。彼等自身、学校全体からは「負け組」扱い、カースト最底辺として扱われているわけである。

 吉良八が提示した条件であっても、勝利できなければ意味はないのだ。

 

(そうだ。先生に言わせれば「殺し屋の卵」な僕達だけど、所詮それを除けば只の中学生)

 

「おい渚、ちょっと付き合えよ。一緒に作戦考えようぜ?」

 

 寺坂竜馬、村松拓也、吉田大成。柄の悪い三人につれられて、渚は校庭へ。

 以前彼等から言われた、「吉良八先生」の弱点メモをできてるか聞かれた。

 

「い、一応。えっと、まず絶対的に、雪村先生には勝てない」

「「「そりゃみんな知ってるだろ」」」

「いや、それがさ。たぶんなんだけど、吉良八先生は――」

「って、いやそうじゃねぇ……。別にオレたちは知らなくてもいいんだよ。ほら」

 

 渚に耳打ちすると、寺坂は「秘策」の入った小袋を彼に手渡した。

 刈上げをがりがりし「しくじんなよ?」と笑いながら声をかける。

 

「……」

 

『渚のヤツ、E組行きだってよ?』

 

 渚の脳裏には、過去の記憶がフラッシュバックする。周囲がどんどん自分から離れていき、やがて一人ぼっちになるイメージが重なる。

 

「……? あれ、先生」

「おや渚君。どうしました」

「先生こそ、その……? えっと、本当どうしました?」

 

 吉良八は帽子がずれ、ネクタイがよれよれで、顔面はハリセン痕がいくつも残っており、疲れたように微笑んでいた。表情だけはにこやかだったが、どこか哀愁を誘う。

 

「いえね。その、食事中につい雪村先生を『お手入れ』したら、『これじゃお昼になりません!』と怒られちゃいましてね……。抵抗した結果です」

「えっと」

(どんな手入れしたんだろう)

 

 いや、それよりなぜ雪村先生ばかり、いつもこの先生に勝てるのだろう。もっとも渚は、例の弱点メモで何となく理由に心当たりはあったが。

 

「質問していいですか? 先生」

「ヌル? ふふ、答えら得る範囲ででしたら」

「先生にとって、雪村先生はどんな相手なんですか?」

「ストレートに来ましたねぇ……。う~ん、大事な人に違いはありませんが……」

(そこは認めちゃうんだ)

 

 吉良八湖録は一見すると、生徒たちへの対応と雪村あぐりへの対応に差はないように見える。ゆえに生徒たちからはあぐりがある意味最も恐れられているわけだが(それ以上にみんな仲良しではあるが)、問題はそこではない。

 

 おそらくこの先生は、あぐり相手の時だけ手を抜いているのだ。

 いや、抜いているわけじゃないのかもしれない。ひょっとしたら無意識で、彼女には敵わないのかもしれない。

 

 だからこそ、弱点を探るという意味でも、渚はそのことを追究した。

 

 吉良八は、しばらく悩んだ後、少し照れくさそうにこう答えた。

 

「あまり昔の話をするのは恥ずかしいのですが、渚君なら良いでしょう。口は硬い方でしたしね。『前』も」

「?」

「いえいえ。何でもありませんよ。これから言うのは、ちょっと内緒にしてください」

 

 何だ何だ? と渚は彼の顔を見る。

 

「雪村先生は――先生にとって、先生みたいな人だったんですよね」

「先生にとっての?」

「そう。私が今、こうして君達の担任をしている直接の理由は、間違いなく雪村先生ですよ?」

 

 彼女からは、先生として一番大事な事を教わりました。

 

「まあ本人は覚えていない……というよりも、知らなくて当たり前なのですが。私もまだまだ未熟ですしねぇ」

 

 渚は、ふと不思議な感覚に囚われた。この完璧超人みたいな人が未だ未熟であると言った事に。

 ふふ、と微笑むと、彼は渚の頭をぽんぽんと撫でた。

 

「誰もが欠けているものがあり、誰もが持っているものがある。先生はちょっと人より多く持って居ますけど、ただそれだけのことですよ。言うなれば、それだけ多く持っていれば、それだけ多くの人と繋がっていると言う事でもありますね」

 

 渚は、はっとした顔をする。

 では授業に遅れないようにと、吉良八に声をかけられてもどこか遠い目をしている。立ち去る彼の背中をちらりと見て、渚は呟いた。

 

「先生は、色々な人と繋がったから、多くのものを持っている」

 

「……だったら分からないよね。色々な人ともう、繋がれない僕らのことなんて」

 必要とされず、認識すらされない人間の気持ちなんて。

 

 かつての担任教師の苛立ちが目に浮かぶ。自分の評価がお前のせいで下がったと、延々と渚を攻める言葉。

 後暗い感情が渦巻き、そして、一つの、方向性も何もない目的が完成する。

 

「……だったら、勝てるかもしれない」

 

 ――先生にだって、僕は見えて居ないのかもしれないから。

 

 不意に浮かべた渚の微笑みは、日中だと言うのにかげり、黒い色をしたものだった。

 

 

 

   ※

 

 

 

「テーマにそって短歌を作ってみましょう。最後の七文字を『触手なりけり』で〆てください」

「「「「はぁ?」」」」」

「先生、字あまりです」

「良いところに気付きましたねぇ竹林君。今回はまともな初台詞ですね」

「はい?」

「先生! 触手は先生の趣味でありますか!」

「岡島君、口調がおかしくなっていますよ? まあ詳しく話したいというならば、後でというなら先生も別にやぶさかでは……雪村先生、そっとハリセンを抜くのは止めてください。さ、授業を続けますよ~」

「あの、本当に触手なりけり、で?」

「はい。出来たら先生のところに持って来てください? チェックするのは、文法の正しさと触手をどれだけ美しく表現できたか。例としては――」

 

 授業は続く。そこはかとなく独特な空気で。

 ちなみに教室の奥で、学校に来た時のすっきりした格好から、控え目にオシャレした感じの格好になっているあぐり。かのTシャツはどこへと消えたのか、地味に少し胸元を(上から見た場合)強調する格好になっており、ヌルフフフ、と吉良八は少し鼻の下を伸ばしていた。

 

 出来たものから今日は帰ってよし! とは言うが、いきなり素人がそうぽんぽんと文章を思い付けるわけもなく。

 第一、触手を美しく、のあたりに先生の色眼鏡がありそうで、あまりやる気になって居ないクラスだった。

 

「先生、しつもーん!」

「……はい、何でしょうか茅野さん」

「先生の名前、変わってると思うんだけどさあ? あれってどういう意味なの?」

「意味、ですか?」

 

 そういえば、湖録(ころく)って全然文字のイメージが出来ないな、みたいな会話が交わされる。みな一様に、触手なりけりから意識をそらしたいらしい。

 

「どちらかというと、字ではなく音で選んだみたいですね」

「音?」

「はい。何だか犬とかみたいですけど、先生、結構気に入ってますよ? さ、ではその疑問を出す調子で、作ってみてください」

 

 ヌルフフフ、と笑いながら彼は再び生徒達を見回し、鼻の下を伸ばした。

 ちらりと背後を確認する渚。あぐりが吉良八がどこを見てるのかを察し、赤くなりながら身を庇うようにそらした。前を見れば、残念そうに肩を落す吉良八先生。

 正直すぎである。

 

(でも、今ならいける)

 

 立ち上がる渚。背後で寺坂がにやりと笑った気がするが、そんなことは無視して前進。

 茅野が、渚が持つ配られた用紙の裏に模造ナイフを隠していることに気付くが、何も言わない。

 

「おや渚君。出来ましたか?」

 

 微笑む先生に、渚は思う。

 

(先生は、雪村先生といる間はすごくリラックスしている)

(さっきの鼻の下を伸ばした顔もそうだ。だから茅野の質問へも反応が一瞬遅れた)

 

(この人は、変わってるけどいい人なんだろう。でも――だから、僕らはより思ってしまう)

(どこかで見返さなきゃいけない。やれば出来ると、親や友達や先生たちに)

(そして何より――僕自身と、周りのみんなとに)

 

 やれば、できる。

 呪いのようにその言葉を思い返し、渚は振りかぶって模造ナイフを振り下ろした。

 

 当たり前のようにそれを指先で受け止め、ひねり、奪い取る吉良八。

 

「言ったでしょう? もっと工夫を――」

 

(――でもだけど、それで何が変わるっていうんだ)

(認めさせなきゃ)

(だからどんな手を使っても――まずこの先生に)

(「僕等」みたいな、繋がれない人達のことを)

 

「ニュ?」

 

 突如、吉良八の胸に倒れこむ渚。その両腕は当たり前のように開かれ、抱擁した。

 その首には、緑色をしたパイナップルのような装置が取り付けられており――。

 

「ヌニャ!?」

「湖ろ――先生!!?」

 

 あぐりの叫び、吉良八の言葉と同時に、寺坂がスイッチを押し――次の瞬間に起こった事は、三つ。

 

 まず一つ、窓ガラスが一部大破。

 二つ、校庭で爆発が起きる。

 

 どちらも吉良八が引き起こしたものだ。超人的な速度で腕を動かしゴムナイフでグレネードもどきを弾き飛ばし、それが窓ガラスに接触するより先に投擲。そうとしか説明使用のない現象だった。

 

 二つ目の段階で教室は唖然としていたが、しかし三つ目はもっと恐ろしいものだ。

 

 スイッチを押した格好で茫然としている寺坂と、ガッツポーズをとろうとしていた残りの二人に、たいそう面白い物でも見るように、吉良八がいい笑顔を浮かべたことだ。

 

「な、渚!? 大丈夫!」

「え、えっと……、何とか」

 

 爆発の余波で跳ね飛ばされたかに見えた渚だったが、実際の所服に焦げ痕一つ残って居ない。

 茅野が渚の背に手をやり、抱き起こす。たまたま席が近かったから動きやすかったのか、他の周囲は未だ、眼の前で一気に起こった事態で混乱しているところのようだ。

 

「大丈夫でしたか? 渚君」

「え、ええ……」

 

 当たり前のように手を差し伸べてくる吉良八に、渚は戸惑いながら手をとった。

 

「雪村先生。私にここはお任せを。

 さて、寺坂。吉田。村松。首謀者は――やっぱり君等三人ですね? 渚君に自爆をさせようとしたのは」

 

 そして、吉良八は満面の笑みを三人に向ける。

 どうしたことだろう。その笑顔はいつも以上に優しげであるはずなのに――細められた目に宿るそれは、全く持って笑って居ない。ド怒りだ。

 

「い、いや――」「渚が勝手に――」

 

「では、少し先生の気分も味わってみましょうか」

 

 不意に、一瞬で。

 あまりに素早かったからか、あまりに意表を突かれたからか。

 気が付いたら、吉良八は三人の背後に回り、チョーカーを首に付けていた。

 

「生憎、生徒たちも怒りはするでしょうし、断罪させるのも駄目だとは思うので、ここは先生がやりましょう。

 ちなみに――あの妙に大きくて痛々しい音は、銃じゃなくチョーカーから出ます」

 

 手に持っていた予備のチョーカーが鳴り響く。教室中が最初から静かだったせいか、その音はより鮮明に、鼓膜を突き破るほど肉薄して聞こえた、きがした。

 

 ざわり、と三人の顔が歪む。すっと銃を構える先生に――あまりに「相手に気取られず」「狙撃するのは慣れてますよ」という動きに、腰をぬかしかけたようだ。

 

「先生はマッハ20とは言いませんが、プロですので、それなりに早く動けます」

 

 何のプロだ、と聞く生徒はいない。

 何か、聞けば自分達が重大な何かに足を踏み入れてしまいそうで。

 

「大丈夫。決して君達に危害は加えません」

 

 にこりと笑うと、彼は銃に安全装置をかけ、くるくると回転させる。

 

「ですが、加えないだけです」

 忘れてはいけませんが、ゲームは「脱落」できませんよ?

 

 その言葉に含まれた意味に、生徒たちは一瞬理解が遅れる。

 

「今後もし、今のような手段で仕留めにきたなら――もっとハードなルールを用意しましょう」

 

 この瞬間、渚たちは悟った。自分達に逃げ場はないのだと。世界中又にかけて逃げても、所詮只の時間かせぎにしかならない。どうしても逃げたいのなら、この男を打倒するしかないのだと。

 

「な、何なんだよてめぇ! 迷惑なんだよ、いきなり来て遊ぼうとかいいやがって、暗殺教室とかッ! 迷惑なヤツを迷惑に倒して何が悪いんだよッ」

「いえ、方法自体は咎めませんよ。特に渚君の、肉薄までの体運びは満点です。あまりの自然さに、先生は見事に不意をつかれました」

 

 でもッ!

 

「君達三人は渚君を。渚君は自分を大事にしていません。そんな人間に殺せる資格などありません。自分を、仲間を大事にできないなら、そもそも勝てるはずもないのです。繋がりを持つというのは、そういうことです」

 

 人に笑顔で胸をはれる、自分に恥ずかしくない暗殺をしましょう。

 

「君達全員、それが出来る可能性を秘めた有能な暗殺者の卵です。先生は、君達に倒されるのを楽しみにしてますよ?」

 

 状況は、あまりに殺伐としている。ゲーム感覚であるとはいえ、教師と生徒たちが殺し合いをしているのだ。

 片方はターゲット。片方は暗殺者側として。

 

(でも、なんだか普通に嬉しい、気がする)

 

 茅野に礼を言って、席に戻る渚。渋々席につく三人たちを見た後、先生の方を見る。

 相変わらず先生は、にっこりと微笑んで居るだけ。

 

(だけれど――どこか寂しそうな目に見えるのは、気のせいかな)

 

 少しだけそう思いつつ、渚は彼と目を合わせる。

 

 

『――先生、ごめんなさい』

『――オレを、殺してください』

 

 

 わずかに吉良八は以前のことを思い出し、含み笑いを浮かべる。

 

「ヌルフフフ。窓は明日には張り替えて起きましょう。今日ばかりは我慢してください」

「えっと、はい……」

「それは結構。……ああ、それから渚君?

 先生は、君達に全然倒されるつもりはありません。最後の最後まで君達に勉強を教えて、暗殺を教えて学校を卒業させるつもりです」

(((((暗殺教えるの!?)))))

「では問題です。そんな生活が嫌なら君達は、どうしますか?」

 

 渚は、しばらく押し黙る。

 

(……だったら僕は、いや、「僕ら」は)

 

「……卒業するより前に、先生を倒します」

 

 不敵に微笑む渚に、吉良八は満面の笑みで答えた。

 

「ええ、結構ですよ?」

 

 にこにこと笑いながらも、彼は窓ガラスの破片を塵取と小さな箒で回収していた。片付け終わると、さらっと机の上に乗せ、そして一言。

 

「さ、短歌を作りましょう。終わるまで今日は帰しませんよ~?」

「「「「「いや、今更そこまで戻るの!?」」」」」

 

 クラス全体が、さっきまでのやや抜けた空気に戻る。

 がやがやと会話が走り、どうしたら作れるかという話し合いが各所で開始。もっとも数分後には雑談となるのだろうが、今だけは彼等は真面目に取り組んでいる。

 えへんと胸を張って、子供じみた仕草をする吉良八に、茅野がぼそりと呟いた。

 

「ころせんせー、こういうところがいいよねー」

「……殺先生?」渚が反応する。

「ん? だってほら、湖録先生でしょ? だからころせんせー。実際にたぶん、私達が束になてかかっても殺せないわけだし」

「そう言われると、案外あってるのかな……?」

 

 そんな会話を交わしていると、誰も出て来ないのか「ころせんせー」がちらりと聞く。

 

「……ところで渚君、本当に和歌はできていなかったんですか? さっき」

「えっと……」

 

 別に答えに困るような話でもないのだが、渚は少しだけ、回答に躊躇した。

 

 

 




あ、あぐりさんのターンはまだまだこれからやで・・・!
ともかく、まずはこれまで。今後はちょっと原作と違う展開になっていくと思います。

※6/14 少しだけルール変更
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