死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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前回と今回のサブタイ。合わせて優劣がつくという意味合いです。


第18話:上と下の時間

 

 

 

「――映画なんかで、接近されたスナイパーが格闘技術を使っている場合あるな。結構格好良いだろ」

「そうですね」「アレやべーっしょ! カポエラとか!」

「まああって確かに損はないんだが、ロングレンジの狙撃班という意味では、少々難しいところだな。場合によっては、見つかった時点で逆に終わりという場合もある。

 そういう意味じゃ、あれはミドルレンジを中心とした狙撃手をメインとして考えてるんだろうな」

 

 だが、それとは別にあると生存率が上がる技術がある。

 レッドことレッドアイは、生徒たちに話を続ける。

 

「それは、機動力だ」

「……格闘と何が違うんですか?」

「良い質問だ、リュウノスケ。

 動けると言う点では違いは判り辛いが、じゃあ例えばだ。走りながら全く同じ場所に、ロングレンジで狙撃を成功させるスナイパーが居たとする。何が厄介だ?」

「それは……、ああ、なるほど」

「固定砲台なんてのは、ある程度予測が立てられるもんだ。だが移動砲台で正確に狙撃してくる相手となれば、厄介度合いが違ってくる。周囲を観察して、適宜動かれると、背後からの襲撃も避けられるだろう。トラップ系の授業なんかは、受けたか? なら話が早いな。

 そして――」

 

 

 

 

 一通り、ショートレンジ、ミドルレンジ、ロングレンジと生徒たちへのレクチャーや解説、指導などを終えた後。

 職員室に急遽設置されたパイプ椅子と机の上で、レッドアイはぐでっとだらけた。

 

「これも経験と思って引き受けては見たが、案外大変なもんだなぁ……。人数全員のそれを記憶しておくのが、案外と骨が折れる」

「お疲れ様です」

 

 と、レッドアイの目の前にお茶が置かれる。

 お盆を胸に抱える彼女は、雪村あぐりだ。

 

「おお、アンタか。確か修学旅行の時、コロセンセーを迎えにきていたな」

「雪村あぐり、です。今は……、吉良八さんの助手のような感じですね」

 

 副担任だけど、あんまりお仕事まわってきませんし、とあぐり。

 

「で、コロセンセーはどうしたんだ?」

「教室で授業中です。烏間先生もお手伝いですね。今日は確か、内閣府の役職だったかな……」

「イリーナや旦那もたぶんそっちか。……にしても、何でミスター烏間が?」

「烏間さんは、本職は『とある』省庁勤めですので」

 

 本当にここ、日本の中学校か?

 

 レッドアイの素朴な疑問に、あぐりは困ったような微笑を返すばかり。

 

 湯飲みを傾け「緑のティーは、青汁ほどじゃないな」と言ってから、レッドアイはあぐりに聞いた。

 

「アンタから見て、イリーナはロヴロの旦那に勝てると思うか?」

「……勝ってほしい、ですね。たぶん今頃、教室でまた色仕掛けとかしてそうですけど」

 

 正直に言って、私はそういう良し悪しはよく判らないんですけど、と前置きをしてから。

 

「でも、吉良八さんがいつもの調子で出した課題ということならば、気付きこそ必要ですけど、一人で解けない問題ではないはずです」

「……信頼してんだな。眩しいぜ」

 

 いやー、と照れながら、頭を搔くあぐり。

 

「……そういえば、旦那からは『細君』とか言われてたか? あ……、なるほどな」

「にゃ!? な、何を察したんでしょうか?!」

 

 慌てるあぐりに、レッドアイは真剣な顔をして聞いてみた。単純に、彼としても興味が涌いたのだ。現状、家庭を持つという考えはあまりない彼だが、だからこそ「大いなる先達」たるころせんせーの、そういった事情を参考に出来ないかと。

 

「俺が言うのもアレだが、『ころせんせーと一緒に行く道』は、きっと険しいと思う。この手の商売をやってれば恨みを買うのだって日常茶飯事だ、時には仲間、友人、教え子にさえ裏切られる事もあるだろう。

 だからこそユキムラ。アンタに聞きたい。興味本位のことだから、答えてくれなくても良いが……。

 そんな運命にあってなお、アンタは奴の隣に居たいか? それこそ――ちょっとした流れ弾に当って死ぬような、容赦と無縁な状況であっても」

「……あまり惚気たくはないんですが」

 

 今更どの口が言うのか、という感じだが、あぐりは右手を胸元で握り、キッ、と自信の溢れた笑顔で答えた。

 

「あの人と『最も長く時間を共有した』人からも、同じようなことを聞かれました。だから、その時と同じ答えを返します」

「?」

 

「――あの人にだったら、私は殺されても構わない。それくらい、身も心も委ねられます」

 そしてたぶん、あの人も同じ答えを返してくれると確信してます。

 

「だからこそ、私は、あの人と一緒に『教師』を続けていきたい、続けてもらいたいと思ってます」

 

 何一つ気負う事のない、端的な回答。

 笑い飛ばしてしまいたいくらいチープな言葉に聞こえるが、しかしレッドアイはころせんせーの、「死神」の恐ろしさについて知っている。

 

 業界の中でもまだまだ経験は浅い方の彼だが、そんな彼でさえ恐れを抱く程に噂を聞く死神。

 

 そんな彼に対して、微笑みながらも「一切妥協のない」目でこちらを見つめ返す姿は、なるほど、これが覚悟だと認識せざるを得ない。

 

 参考になったと言いながら、レッドアイは自分のライフルの手入れを始めた。

 

「……ああ、そうだ。俺が帰った後に伝えておいてくれ。今伝えると、変な風になるかもしれないから」

「はい?」

「ここに一人、変わった奴がいたな。ショートレンジ、ミドルレンジ、ロングレンジ全部の話をメモにとっていた生徒だ」

 

 言われてあぐりの脳裏には、メモとペンを構えたとある小さな男子生徒の姿が思い浮かぶ。

 そんな少年に対して、レッドアイは注意しろと続けた。

 

「気のせいなら良いんだが、目に浮かんだ『色』が、少し気がかりでな」

「色?」

「色々あって俺のキャリアは、中東部での活躍が長いんだが……。その時に一緒に仕事をしていた奴等と、似たような目をしている」

 

 例えるなら、決壊直前のダムのような。

 今か今かと、内に封じ込められた「何か」が暴発するのを、無理やり押さえているような。

 

「理由があって爆発しないでいるのかもしれないが、ああいうのは爆発の仕方を間違えると、取り返しが付かないからな。一緒に仕事していた奴も、相手の基地に特攻をかけて、自分の命と引き換えに皆殺しにしたくらいだ」

「……わかりました」

 

 スマホのアプリを開き、「あの子に後で確認とっておこうかしら」と言いながら、あぐりは何やらメッセージ欄に打ちこんだ。

 

 

 

   ※

 

 

 

「「にゅいー ……」」

 

 昼休みの職員室にて、ころせんせーとあぐりとは、共に同じような台詞で一息ついてた。

 どういうわけか珍しくチューブ飲料食の二人。共にキャップを開け、ぐいっと飲み干し、ぐでっと目を細めて椅子の背もたれに身を預けていた。

 

「俺より疲れているなぁ、コロセンセー」

「いえいえ、レッドアイさんのお陰ですよ、これ。……まさか一発くらいしか当てられないだろうと思っていたのが、五発も喰らってしまうとは」

 

 ほう、と烏間がパソコンから顔を上げ、レッドアイの方を見る。

 

「基礎的な部分はそこまで成長していないのですが、狙撃するための思考や目標が洗練された感じがしますねぇ。それでもカルマ君の一発さえなければ、五発も被弾はしなかったはずなのですが」

 

 本日の暗殺教室のルールは「休憩時間中にゼロ距離射撃」。

 一定距離以上に生徒達を近付けさせないよう、それ以上きたら手首を掴み取るくらいのことをしていたころせんせーだったが、まさか自然な動作で陽動に出られるとは思ってもいなかった。

 

「渚君を囮に使うのは、『現時点では』手として上手い方法ではあるんでしょうがねぇ。せんせー、うっかり警戒を解いてしまってました」

「カルマ君の接近には気付けたんじゃないか?」

「逆です、逆。渚君が近づいてきて、飛び着いてきて、カルマ君の射程距離まで押されました。

 倒れて撃たれたタイミングで、他の生徒たちが一斉に、示し合わせたように連携して囲い込まれた時は、正直終わりだと思いましたよ」

「どうやって逃げたのよ、アンタ」

「窓から」

「吉良八先生、それはどうなのかしら……」

 

 一応は1階しかない建物であるとはいえ、遊びが高じれば怪我の元である。

 

 そこは気を付けてますが、油断していたと言えば油断していたんですがね、ところせんせーは肩を竦めた。

 対するレッドアイも、また同様に肩を竦める。

 

「いや、そういうのは基礎あってのことだ。筋が良いのも居たしな。あの、あんまり喋らない奴とか、前髪で顔が隠れている奴とかな。

 正直人に教えるのなんて初体験だったし、もし上手く機能したというのなら、平常時から教えている面子の腕が良いんだろう。結局、午後に別な仕事が入ってるし、そんなに長く見れるわけでもないからな」

「そうか」

 

 特に誇るでもなく、淡々と烏間はパソコンの打ち込みにとりかかる。

 背後からイリーナが覗こうとするを、それとなく雑談で足止めするこそせんせー。

 

 なお、画面上にあったのは「拳銃の先端から触手の生えた」独特な装置の、英文で書かれた取り扱い説明書のようなものだった。

 

 それに集中している烏間。だがしかし、周囲への警戒は全く怠っていない。

 

 ロヴロは職員室の入り口から、そんな彼の様子をちらりと観察していた。

 

(身のこなし、身体能力。どれをとっても明らかに平均は抜けている)

 

 例えるならば、猟犬のそれのように。

 烏間の纏う空気は、まるで獲物を待ち受けているかのようでもあった。

 

(そんな手練(てだれ)が警戒をしている時、複雑な小細工はむしろ不要)

 

 この場合求められるべきは、卓越した技精度とスピード。

 ころせんせーならばそこに「意外性」などを付け加えるかもしれないが、あくまでロヴロは自分に今できる範囲で作戦を立てる。

 

(イリーナに欠けているのは、そういった根本的な戦闘技術だ。コロセンセー風に言えば「第二の刃」か。おそらくコロセンセーを、万が一にでも打倒する相手がいるとしたら、その能力は不可欠なものだろう。

 そう育てたことを、自身が一番分かっているはずだがな。

 しかし、烏間……。あの反応速度ならば、本来の意味でも正面も危ういかもしれない。ならば――)

 

 ――バンッ!

 

 勢い良く扉を開けると同時に、烏間めがけてロヴロが部屋に駆け入る。

 イリーナやあぐりは目を剥き、ころせんせーは大して驚きもしていない。

 

 烏間はといえば一瞬驚きはしたものの、ロヴロの予想通りと言うべきか瞬間的に武器の動きがどうなるかを予想して動いている。

 

 そんなタイミングで、ロヴロは、手からナイフを離し――。

 

 

 烏間の視線がそちらに一瞬動いたタイミングで、拍手を一発、彼に向けて放った。

 

 

 一瞬の行動。時間にすれば0.5秒ほどか。

 その予想外の一撃を受けやや仰け反り、怯む烏間。チャンスとばかりに、落下したナイフを烏間の胴体めがけて「蹴り上げる」ロヴロ。

 

 常人ならば、これで決着がついていた。

 そう、相手が常人であったならば。

 

「ふんッ!」

 

 烏間は怯んだのも0.2秒足らずか。速攻で復帰し、肘を打って床へと叩き付けた。

 攻防が終了した時点で、ようやく1秒ほどか。

 

 一瞬すぎて、素人目にはまるで意味がわからない。

 わずかに動作だけを目で追っていたあぐりは、隣の席の彼に聞いた。

 

「――あれは、」「猫騙しですね。上手い事決まりましたが、何分相手が悪かった」

 

 見覚えがある、といった目でころせんせーを見るあぐり。対するころせんせーは、自身が使うそれとは違った名前を挙げた。

 

「生憎と、こちらは『スタングレネード』の雨あられを数年間浴び続けたものでな。この程度では大してダメージもない」

 

 すぐさま距離を開け、手を引くロヴロ。と、ナイフの柄にくくりつけて合ったワイヤーが引かれ、彼の手元にナイフが行く。

 それと同時に烏間は、モーター音と共に巻きとられる途中のワイヤーを「素手で」つかみとり、ロヴロ本体を「強引に」引っ張った。

 

「ッ!」

「熟練とは言え年老いて引退した殺し屋が――先日まで『精鋭部隊』に居た人間相手に、そう簡単には勝てないだろう」

 

 左腕を肘の下に巻きこみ、背を向ける形で腕を拘束する烏間。おそらくその回転の勢いに任せて、彼は右肘をロヴロの右側こめかみスレスレの位置までぶん回していた。

 

 強い。 

 イリーナ、ロヴロ、レッドアイの三人が彼のポテンシャルに驚愕する。

 

「今度の休日は開けておけよ、吉良八」

 

 そう言って彼は職員室を出る。おそらく某ファーストフード店で昼食を買ってくるつもりなのだろう。

 

 元々彼のことを知っていた残りの二人は、顔を見合わせて「どうしましょう」という表情をしながら。

 お互い「規則性を持った」テンポで、軽く足を踏み鳴らしていた。

 

 

 

 

 

「どーすりゃいいのよ、これ……」

 

 師匠ロヴロは言った。「相手の戦力を見誤った」と。今日中には(ころ)せず、またイリーナとて殺せるはずはないと。

 おそらく引き分けだと断言する彼に、ころせんせーは不気味に微笑みながら言った。

 

「あれこれ予想する前に、イリーナ先生のことも『見て』あげてください。

 経験の有無は確かに重要ですが、殺し屋とは決してそればかりではない。

 結局のところ――土壇場で『必殺』できた者こそ、優れた殺し屋なのですから」

 

 好きにしろと言って退出したイリーナの師匠。

 もっとも彼女の背を押したころせんせーは、レッドアイ共々どっかへ行ってしまったのだが。

 

「……あぐり、どう思う? アンタもあの男と同じ様に考えてるわけ?」

「うーん、断言はできないかしら……。『そっちの業界』のことなんて、近くに人は居ても結局、触れてきた世界ではないから」

 

 愚痴るイリーナに苦笑いを浮かべつつ、あぐりは彼女の手前にも緑茶を置いた。

 

「必要な条件は、烏間さんにナイフを当てるってことだった?」

「条件は確か、それで良かったはず……。って、前からちょいちょい思ってたけど、烏間とアンタらって、元々知り合いよね。どういう理由があって、一介の中学教師が、殺し屋とか防衛省の軍人とかと知り合いになったのよ」

「一応は自衛官って言ったほうが正しいんだけど……。んー、どうなのかしらね」

 

 お茶を濁す事もなく、あぐりはそっとその質問に対する回答を拒否した。

 でも、とあぐりは口を開く。

 

「イリーナ先生がここに来て、何をどう頑張ったかってことを、私達はみんな知ってます。

 授業の参考にと、私や吉良八さん、烏間先生の授業をちょくちょく見学したり、律さんに聞いて話の種とか薀蓄とか、あとは模擬授業みたいな練習をやったり」

「そ、それは……」

 

 思わず赤くなり、顔を背けるイリーナ。嗚呼、生徒達と仲良くなったのは、何も彼女が自分の基礎力をばかり発揮したためにあらず。

 

 必要なことに対してアプローチし努力して来たことを、「友人」たるあぐりはきちんと見ていたのだ。

 

「……まあ、律さんにたまーに変な事頼んだりしてたのは、見なかったことにするけど」

「……は? へ、ちょっと待ってあぐり、アンタ何を――」

「昨日発注した勝負下着だって、律さんに『今年の流行』と傾向分析からの、肉食系男子とか堅物系男子が好きそうな――」

「や、止めなさいよ! アンタ、段々吉良八みたいになってきてるじゃない!」

「にゅあ! そ、そんなわけないから!」

 

 女同士、何やら譲れないボーダーラインで戦っている二人。取っ組み合いのキャットファイトにはならないが、何やら低レベルな「ばーか」だの「ブス」だの罵り合いを繰り返す。

 

 だが、ぜいぜいと肩で息をするタイミングで、イリーナは腹を押さえて笑った。

 

「……何かありがと、あぐり。ちょっと肩の力抜けたわ。なんか、肩肘張ってるのが馬鹿馬鹿しくなってきたわ」

 

 作戦考えるわと、胸の谷間から渚のものよりもっと小さなメモ帳を取り出して、彼女はそれに記入したことを振り返る。

 

「頑張ってください、イリーナ先生。烏間先生に、お師匠さんに。何より生徒たちに、その頑張りを見せ付けちゃいましょうよ」

 

 あぐりはそれを見て、両手を握り小声でエールを送った。

 

 

 

   ※

 

 

 

「菅谷君、菅谷君、この間頼んでたの、塗り(ヽヽ)終わった?」

「あー、これな」

「きゃー! 可愛い! 超可愛い!」

「茅野、一体何を――って、ちょっと! それどうしたのさ!」

 

 昼食の時間。グループごとに適当にまとまって会話をしている中、杉野やカルマと一緒に食べていた渚は、背後で交わされる茅野と菅谷のそれに、妙な予感を覚えて振り返った。

 

 そしたら案の定である。

 ハイテンションに茅野が抱きしめるそれは、「中学一年生時代」の渚の形を、フィギアサイズに縮小したようなそれだった。

 

 形、色、何より「女子かな?」と思わず突っ込みを入れたくなる程のそれら全てが、ほぼ完璧な形で継承された立体モデル。

 着色は菅谷にしても、一体誰がこんな細かい成形も含めてモデリングを行ったか――。

 

「って、さては律?」

『はい、茅野さんからのリクエストにお答えしました♪』

 

 アンドロイドハードは現在本体の裏側にある場所で充電中なため、筐体に表示された律が「きらっ☆」と言わんばかりにポージングして、渚の質問に答えた。

 要するに、渚のそのモデルは彼の写真をもとに、律が計算して3Dプリントしたものなのだろう。

 

「茅野ちゃ~ん、見せて~」

「うわ、すご……。完全に渚、女の子じゃん」

「中村さん、その変な笑顔止めてよ……」

 

 ケースの中に入ったその珍妙な出来のものに、他の生徒たちも釣られて集ってくる。

 だが、茅野はすぐさまケースをバッグに仕舞い、腕を組んでこう言った。

 

「一人ずつプリン進呈につき、それぞれ拝み倒す権利をやろうぞ」

(((((何キャラ!?)))))

 

 ふんぞり返る茅野に困惑し、わらわらと分散していく。

 多少なりとも茅野が渚に気遣った結果なのかもしれないが、元凶が本人なので単なる尻拭いとも言えた。

 

 着席して食事に戻る渚たち。とホットドッグを食べていたカルマが、窓向こうに注視して一言。

 

「見てみ、渚君、茅野ちゃん。あそこあそこ」

「ん?」「お?」

 

 校舎裏にある木の一つの下で、烏間がハンバーガーを食べている。よく見かける光景だが、食生活は色々大丈夫なのだろうか。

 

「で、それに近づいて行く女が一人。殺す気(やるき)だねぇビッチ先生」

 

 向こうで展開されている光景は、窓が閉まっていることもあって音は聞こえない。

 だが、冷静な表情でナイフを握るイリーナは、平常時の彼女よりも幾分「殺し屋」らしい印象を受ける。

 

 上着を脱ぎ捨てて、(しな)を作りながら烏間の周囲を歩き回る彼女。

 

「また色仕掛けね……。繰り返しギャグは三度まで」

「あ、不破さん……」

「懲りないなぁ、あの人も」

「木村ちゃん、烏間先生あの状態で大丈夫かなぁ」

「大丈夫じゃないの? ビッチ先生だし。いや、まあそれじゃ駄目なんだけど」

 

 中村が言うように、イリーナ相手だからこそ烏間も余裕があるように見える。手加減などなかったとしても、どちらにしてもイリーナには不利という訳だ。

 

 だが、木の方に走ったイリーナの動きに合わせて、上に引き上げられた上着に足を捕られたことで事態は一変する。

 

「うお、烏間先生の上をとった!?」

「やるじゃんビッチ先生」

 

「茅野、今、ワイヤーみたいなの見えなかった?」

「ふぇ? あー、確かに何かひっかけてあるみたいだけど……」

「渚君、それ正解」

 

 仕組みとしては単純なもの。昨日ロヴロがイリーナにしたことの応用版と考えれば良いか。

 あらかじめワイヤーを木の上に仕掛けておき、脱いだ上着をそこに括り付ける。

 

 後は位置を調節した上で一気に引っ張り上げれば、吊るされた男の完成となるわけである。 

 

「ビッチ先生もビッチ先生で、きちんと成長してるってねぇ」

 

 カルマのその一言と、ほぼ同時に。

 

「彼女もまた、挑戦と克服をしようと繰り返しているわけです」

 

 ころせんせーが、校門近くからロヴロに解説していた。

 ロヴロの手には、イリーナが平日に使っていた「訓練道具」が入れられている。師匠たる彼からすれば、それらの道具こそが今の彼女の一撃に繋がっていると理解できるだろう。

 

「見知った相手だからこその油断を計算に入れた、三度仕掛けた色仕掛けによるカモフラージュ。

 何度も練習を重ね、今までの彼女では身に付けていなかったトラップの技術。

 起動までの思い切りの良さは普段通りですがね」

 

 こじつけるのなら、相手の立場にたってどう理解されるか、考えて表現する正しい国語力。

 烏間が授業で教えた、トラップの設置や身分け方を参考にした設置法方。

 

 どれもこの暗殺教室で得られるものでもあり、同時に研鑽を重ねなければ身に付かないものでもある。

 

「彼女は、私を倒す為に必要な技術を自分なりに考えて挑んでいます。それこそ以前伺ったように、十カ国語の修得や、教師生活と同様に。

 『努力して打ち勝てる相性が悪いものは、逃げずに正面から克服する』。

 ある意味、彼女らしい姿勢であると思います」

 

 振り下ろされたイリーナのナイフを、寸前で押さえ込む烏間。

 流石に困惑しており、冷や汗を垂らしていた。

 

 生徒側には、そこでどういったやりとりが交わされているのかは見えないし、わからない。

 

 だが、ロヴロやころせんせークラスともなれば、読唇術くらい使えるわけで。

 

「……決着ですかね、一応」

「……締まらないと言えば締まらないがな」

 

 「()りたいの」と上目遣いに頼み、相手から盛大にツッコまれたものの。なんだかんだで彼女の諦めの悪さに、ついには烏間はナイフの接触を許した。

 

 ちらり、と彼がころせんせーの方を見るが。

 

「どうせ夏休みになったら、合宿と称して訓練場に一週間は缶詰されるんでしょうねぇ……」

『――ミスター、自業自得です』

「ヌルフフフ……」

 

 不気味な笑いにも覇気がないが、ともかく。

 

「苦手なものでも一途に挑んで克服する。

 彼女自身その姿勢を貫き続けることで成長しますし――同時に、その姿を見た生徒たちも、『挑戦』というものを理解できます」

「……なるほど。

 コロセンセー。君が言った『優れた殺し屋』とは、暗殺教室(ここ)において優れた、という意味か」

 

 自身も成長し、また生徒達の模範となる。

 ころせんせーが彼女の残留を求めたのは、彼なりに理由があってのこと。

 ある意味で二人の掌の上と言えなくもないが、根底には悪意より善意の方が勝ってはいた。

 

 一定の納得をしたロヴロ。

 職員室から走ってきたあぐりに抱きつかれ、どぎまぎするイリーナを見て、ふっと目を閉じ笑った。

 

「おやおや。皆さんあんまり窓に張り付くと、外れちゃうんですけどねぇ」

 

 ころせんせーはころせんせーで、イリーナ勝利にわく教室の方をちらりと心配。窓にびっしり張り付く生徒たちだが、そこまで建て付けが頑丈ではないE組校舎である。

 

 当たり前のように、あぐりがイリーナから離れて窓際で注意を促す。

 

 道具を片付けて、イリーナはこちらの方に歩いて来る。

 

師匠(せんせい)……」

 

 不安の宿る表情に、ロヴロは肩を叩いた。

 

「今回のお前の勝因は、何だったか分かるか」

「?」

「諦めの悪さだ」

 

 最終的に折れたのは烏間だが、その理由がまさにそれだ。

 だが、実戦で今回のようなそれを使うことはできない。当たり前だ、殺させろと懇願して死を選ぶような奴は、そもそも依頼されてまで殺される人間ではない場合が多い。

 

 だがそれでも。

 イリーナのその部分こそが、彼女が研鑽を続ける根本的な部分なのだろう。

 

「精々、その諦めの悪さを最大限に生かしていけ。さあ――待ってるんだろう、彼等が」

「――は、はい! もちろんです先生!」

 

 立ち去るロヴロの背中に「やったわー、オーホホホホ!」などと幼児のように叫び倒すイリーナ。

 その背を見て、生徒たちは安心したように息を漏らした。

 

(イリーナ・イェラビッチ。職業は殺し屋)

(卑猥で高慢。でも根は真っ直ぐで――)

 

(そんなビッチ先生は、僕等E組の英語教師だ)

 

 

「やったじゃんビッチ先生!」

「見直したぜ!」

「トラップ格好良かったよ!」

「もっとスピード勝負すれば決まってたかもしれないのに」

「ゆったり食べたほうが消化には良いわよ」

「烏間先生も胸には勝てなかった……?」

「ちょっと~! 変な風表被害~!」

「巨乳使ってないじゃん! 巨乳なんていらないんだよ!?」

「茅野っち、もうそれ只の巨乳叩きだから!」

「ケッ」

「あら、松村の家のラーメン無料券くらい、挙げても良いんじゃない?」

「お疲れ様です」

「我等がビッチ、再臨」

「そこは帰還で良いんじゃない?」

「まあともかく、コンゴトモヨロシクね、ビッチ先生!」

「「「「「ヨロシク、ビッチ先生!」」」」」

「……アンタら、こういう時くらい名前で呼びなさいよおおおおおおおおおッ!」

「イリーナ先生、どうどう」

「馬か! 私は馬かあぐり!」

「ヌルフフフフフ」

「吉良八、今晩夕飯奢れ」

「ニュ……って、まあファーストフードくらいでしたら、」

「今日は呑むぞ」

「ニュや!?」

 

 生徒や同僚たちに囲まれながら、ハイテンションに怒鳴り散らすイリーナ。

 彼女がロヴロのミッションを達成するまで先は長いだろうが――。

 

 それでも今この時において。彼女の意識からは、そのことはほとんど抜けていた。

 

 

 

   ※

 

 

 

『――ミスター。ファーザーからのメールです』

「ヌルフフフ。えっと……、ニュ、グアム?」

 

 

 




※ほとんど映画編の答えです
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