死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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第21話:勝利の時間・2時間目

「な、何とか間に合った……」

「ヌルフ? シロさん如何いたしました」

「いやここに来る途中、イトナが起した問題の対応に負われていてね。……何も爆発させることはなかったろ、イトナ」

(((((爆発!?)))))

「ちゃんと空中に投げた(ヽヽヽ)

「そう言う問題じゃなくてだな……。まあいい」

 

 少々慌てて放課後に再度やって来たシロ。こころなしか朝より頭巾がずれている気がしないでもないが、さもありなん、忙しいのだろう。主にイトナのために。

 詳細はあまり開かされてはいないが、保護者、介添人を名乗るだけあって、色々問題をおこしていそうな彼の後始末をしているらしい。

 

 ともかく、机で簡単なリングを作り、教室中央にスペースを確保。

 勿体付けたように、独特なポーズをとってから、ブレザーを投げるイトナ。

 

 赤いマフラーが靡く。関節のプロテクターが目立つ。

 

 そして指抜きグローブが妙に格好良く見えるのは、なかなかにファンキーな出で立ちだからだろうか。

 

「……格好もそうだけど、何でわざわざリング?」

「まるで試合だが、教室内でやるという点に意味があるのだろう。……ここまで事前準備してきた相手は初めてだな」

 

 イリーナと烏間もちゃっかりその場についている。リングの外側から二人の様子を伺って、色々と話しあって入るが、結局の所相手の意図がつかめていないらしい。

 

「加えて相手の実力にもよるが、こと”戦闘”という意味では奴は少々弱い」

「どういうこと?」

 

「ただの戦い方じゃ飽きてるでしょ、ころせんせー。ここは一つルールを決めないかい?

 リングの外に足がついたら、その時点で敗北。ちゃんと『13回』攻撃を受けてもらうけど、どうかな?」

 

(あの保護者、ころせんせーのHPを何で知って……? それに、このルールは――)

「何だそりゃ。負けたって誰が守るんだそんなルール」

「いや、杉野。皆の前で決めたルールを破れば先生としての信用が落ちる。

 ころせんせーには意外と効くよ、こういう縛りは」

 

 カルマの言葉に、渚も同様。そしてまた、シロについての疑念が深まる。

 

 明らかに、明らかにころせんせーについて知っている情報が多い。

 それはすなわち、ころせんせーの過去に関わる「誰か」なのではないかと、彼に推測させるくらいに。

 

「良いでしょう。そのルール、受けますよ? 但しイトナ君。観客に危害を加えた場合も負けですよ?」

「わかった」

 

 首肯するイトナ。

 と、シロはイトナの後ろの方の机に腰を下ろす。偉そうに両手を組んで足を組んで。

 

「あー、ころせんせー。セコンドくらいは認めてくれ。何かと後が怖いのでね」

「ええ。直接介入しない範囲ででしたら――」

「なら、私もセコンドに入ります」

「ん?」「ニュル?」

 

 ころせんせーが背後を振り返れば、その位置にはちゃっかりあぐりが座る。どうしてか上から白衣を纏い、その表情は真剣である。

 

「雪村先生?」「へぇ、セコンド入りねぇ」

「セコンドなら声を掛けるくらい、大丈夫ですよね? 『シロさん』」

「……あ、ええ、そうだな」

 

 いまいち何故わざわざ確認をとるのか理解できてない渚たち。それを置いて、シロはあぐりの質問に答えてから、咳払い。

 一方イトナはといえば、彼女をじっと注視してから、ころせんせーに向かい一言。

 

「地味だが良い趣味してる」

「ヌルフフフ。それはどうも」

 

 さっと反射的に胸元を隠すあぐり。これにはクラス中微妙な笑いを浮かべた。

 

「では、合図で始めようか」

 

 全員が固唾を呑んで見守る中、イトナはナイフを手に取り。ふっと自分の上方に投げる。

 

「暗殺――」

 

 シロの手が持ち上がり、周囲の視線が――ころせんせーやあぐりを除いた視線が、その手に集中する。

 

「――開始!」

 

 

 

 

――――ドゥン!

 

 

 

 

 一発、被弾した音が鳴る。機械の構造上、チョーカーから鳴る音は一種類。

 

(僕等の目は、只一箇所に釘付けになった)

(訓練ナイフを構え、たぶん律以外「初めて」防御姿勢に入ったころせんせーにではなく)

 

「……準備はともかく、案外上手くはいきませんねぇ」

「そうか」

 

 イトナは右手の指を突き出して、ころせんせーの方へ向けている。

 それだけで攻撃が通ったのには理由がある。

 

「やはり、『今回も』こう来ましたか」

 

 イトナの――その頭部から、真っ白な、数本の「触手」としか呼べない何かが生えていたからだ。

 

 その触手の一本が、訓練ナイフを持ち、ころせんせーに斬りかかった。

 眼では追えていたが身体が反応しきれないころせんせー。結果的に胴体への一撃は免れたが、自分の左腕に攻撃一発。繰り出される二撃目は、ナイフでなんとか凌ぎきった。

 

 後で律から解説されることになるその状況を、生徒達は認識できていない。

 

 ころせんせーの元を離れる触手。

 それらの動きは無駄なく周囲を伺い、うねうね蠢いたりはしていない。完全に統率されている、「身体」の動作だった。

 

「イトナ君の髪……、何だ? 触手!?」

「……そーゆーことね。あれ意味わかんないけど、そりゃ雨の中濡れないわけだわ」

 

 俊敏に動く触手を見て、自分の疑問の回答を得るカルマ。おそらくあの機械制御でもされてるように、緻密に動く触手で全部弾いて来たのだろう。

 

「……そのアプローチは『色々』駄目だと、何故まだ分かっていないんだ、君は」

 

 渚がびくり、ところせんせーの方を見る。

 彼の表情は、見えない。いや見えるのだが、あまりに怖くて頭が「なかなか」認識しない。

 

「――その『触手』は、そうやって使うものじゃないと!」

 

 眉間に皺を止せ、睨み付ける眼光からは赤い光でも出ているような錯覚すら覚える。

 ころせんせーは心底頭に来ているらしかった。

 

「君だってそうだろう。そうでもしなければ、アレ(ヽヽ)とは渡り合えない」

 

 対するシロは、睨まれこそすれ怯む事もない。

 ころせんせーの視線を真正面から受け、逆にそのまま見つめ返すばかり。

 

「だがこの可能性について、最初から気付いていたような部分は褒めるべきかな?

 両親も違う。育ちも違う。人種も、環境とて大きく違う。

 だがこの子は、間違いなく君と()の弟だ」

 

 ――しかし、怖い顔をするねぇ「二人とも」。

 

 シロのその言葉に違和感を覚え、渚はころせんせーの後ろを見る。

 

 あぐりだ。両手の拳を握り、膝の上に置き、今にも何か大声で怒鳴りそうな、そんな剣幕である。

 かなり珍しい表情だと言えた。 

 

「……どうやらこの場で、私はイトナ君に『絶対』勝利しなくてはならないようだ」

「無理だよ。彼は『君等』から得られたデータを元に、完全制御機構を用いている。

 それが何を意味するかは――わかるね?」

「何? ――にゅやッ!?」

 

 突如ポーズを決めた後、ベルトのバックルを両手で叩くイトナ。

 と同時に、バックルの中央のレンズから紫の光が放たれる。

 

「プレジャーフラッシュ!」

 

 その光を受けると、たちまちころせんせーは「動きが遅く」なった。

 

「せっかくだから、皆にも教えてあげなさい、イトナ」

「特定の周波数の光を浴びると、兄さんの体の『ある器官』が周期的にダイラタント挙動を起し、全身の動作が著しく遅れる」

 

 反射的にメモをする渚であったが、しかしその表情は優れない。

 

「完成品に遠く及ばなかった君だが、実践でこのバックルも充分効果を発揮できることがわかった。近々、防衛省側にも提供するとしよう」

 

 何か呟きつつ、スマホにメモを取るシロ。生徒達にその言っている意味はわからないが、状況が追い詰められていることくらいは理解できる。

 文字通り目にも止まらぬ速度で、イトナの触手が繰り出される。

 

「全部知ってるんだ。兄さん『たち』の弱点は――」

 

 何度か銃撃音が響く。煙が立つ直前、それこそ残像が残る早さで触手の猛攻を避けきったころせんせーだったが、それでも流石に、この手数は避けきれまい。

 

「やったか!?」「いや……、上だ」

 

 村松と寺坂のやりとりの通り、視界が晴れた瞬間、その場にはインバネスのみが落ちている。

 上方を見れば、天井にどうやってるのかさっぱり分からないが、張り付いて苦い顔をしているころせんせー。ワイシャツ姿が珍しい。真下から見上げる律本体も、息を切らす彼に心底意外そうな顔をしていた。

 

「上手くかわしたな。でも、兄さんにとって『これ』が何なのか、俺も本能的にわかる」

 

 そう言いながらナイフをくるくる回し、もう一本取り出して投げるイトナ。

 それをかわすころせんせーだが、わずかに、普段よりも動作が遅く見える。

 

「これは『毒』のようなものだ。ダメージを受けた直後、一般人は別にして俺達はかなり体力を持っていかれる。

 よってスピードは普段より低下!」

 

 ――ドゥン、ドゥゥンッ!

 

「加えて俺のさっきの連続攻撃。あれを避ける際にリミッターを外したはずだが、それもまた体力を大きく持って行かれる要因のはずだ」

 

 余裕を持って生徒達と立ち回りを演じていたころせんせーが、嗚呼、どうしたことか。

 

 攻撃の蓄積率が上がれば上がる程、ころせんせーの身体能力は落ちる、らしい。

 

 渚は、今までの疑問に一つ回答を得ることが出来たものの、しかしやはり表情は、そんなことよりころせんせーが防戦一方という事実に集約されていた。

 

「この時点で、シロの計算が正しければ能力は互角。加えて俺達のスペックは、精神状態に大きく左右される」

 

 ころせんせーが「テンパるのが意外と早い」がここに生きる。

 動揺した直後の場合、普段より能力が落ちていたのだ。

 

「”奴”を相手にするためにはより緻密に計算しなければならないが、俺でも通じることが証明された」

 

「おいおい」「これマジで勝っちゃうんじゃないの?」

 

 現時点でどちらが優勢か。第三者視点で見てもそれは明らか。

 確かにこれなら、勇者、英雄を自称する理由もわかる。能力的にはむしろ怪人の域だが、それを「完全に制御している」ように動かしているならば、話が違ってくる。

 

 繰り返して語る何かについては理解できなくとも、そのスペックは尋常ならざる。

 

「イトナ、トルネード」

「プレジャーフラッシュ!」

 

 加えて保護者のアドバイスに応じて、時折戦法を切り替える。

 硬直したころせんせーに向けて触手を螺旋状に編み、天井に吸着させ、そのまま回転して落下。

 

 足には触手一本とナイフが装着されており、その一撃が胴体の中心、胸骨目掛けて落下。流石に動いたころせんせーの体を掠める。

 

 鳴り響く被弾の音。

 足を押さえて一歩体を引くころせんせー。どうやら一発ダメージを負ったらしい。

 

 ここまでくると、ころせんせーの動作が徐々に落ちていることが生徒たちにも理解できるようになってくる。同時にイトナの速度にも慣れ始め、攻防の有様を段々理解できるように。

 

「さて、大丈夫かな? ころせんせー。

 いくら回復するとは言っても、半日はかかるんじゃなかったっけ。残念だねぇ、外なら『ユームB-54』くらい使えたかもしれないのに」

 

 さっと、ナイフを二つ構えるころせんせー。どうやらさっきの一撃で、イトナの獲物を奪ったらしい。転んでも只では起きないという動きを地で実行しているが、いかんせんこの場合、自力が大きく違った。

 

「安心したが油断はしない。兄さんが俺より弱くても、英雄は勝って兜の緒を締める。

 責任重大だ」

 

「渚ぁ……」

(ころせんせーが追い詰められている……、ここで倒せば、僕等の自由は約束されるんだ!)

(なのに――)

 

 茅野が心配そうに渚を見る。ふと、渚の手元には、訓練用ナイフが一本。

 

「……なんでこんな、悔しいんだろう」

 

 多くの生徒達が現状に、何かしら思う所はあるはずだ。だがその中で、とりわけ渚のそれは顕著である。

 最も長く、最も多く先生達を、生徒達を、観察し記録してきた彼だからこそ、その感覚は暴力的な程に感じられた。

 

(後出しジャンケンのように、次々出てきたころせんせーの弱点)

(本当ならそれは、僕らがここで見つけていくべきものだった……見つけていきたかった)

 

「どうしても、僕等で勝ちたかったのかな」

「……」

 

 そっと一歩渚に近づく茅野。一瞬手を取るか、取るまいかで悩んだような素振りがあったりもする。

 

「さあ、イトナ。トドメを――」

「いや」

 

 だが、緊張感に包まれた空気を壊したのは、作り出した当の本人だった。

 

「ど、どうしたんだ?」

「腹が減った。甘味」

「「「「「あれだけ食べてまだ食うの!?」」」」」

 

 流石にクラス中から突っ込みが入った。

 シリアスだった状況が一変する。烏間たちも軽く白目向いて、あぐりもこれには苦笑い。

 

「あー、そうか制御の度にカロリーの消費量が……。運用効率も今後は視野に入れる必要有りか。

 すみません、ころせんせー。少しインターバルをもらえないかな?」

「ヌルフフフ……、べ、別に構いません」

「かたじけない。さて、甘味の持ち合わせがあったか……」

 

 服の懐を探り出すシロ。触手をしまいこみ、そちらに足を進めるイトナ。

 ころせんせーの方にあぐりが駆け出す。

 

「流石に今回は追い詰められてますね、吉良八さん」

 

 そんな彼の背中を「特定の規則に基づいて」軽く叩くあぐり。

 流石に、渚も違和感に気付いた。今までも時折、ころせんせーとあぐりとの間ではこうした、ある種の規則的な方法に基づいたことをお互いにやり合っている。

 

 だが、その回答について考える前に、ころせんせーは彼女の頭に手をやり、わしゃわしゃとした。

 

「ヌルフフフ。まあ、頑張るだけですかねぇ。アレの危険性は、ご存知でしょう?」

「教えてもらいましたから。……でも同時に、勝てますか? ころせんせー(ヽヽヽヽヽヽ)

「「「「「!」」」」」

 

 おそらく、初めてあぐりが彼をそう呼んだ瞬間である。

 ころせんせーの方もころせんせーの方で、一瞬呆けたような顔をした。 

 

 しかし数秒後。

 

「ぬ、ぬる……」

「あ、あれ? ――きゃッ!」

「ヌルハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――ッ!」

「「「「「!?」」」」」

 

 大笑いしながら立ち上がり、あぐりをぎゅっと抱きしめるころせんせー。

 これにはクラス中、目ん玉飛び出てぎょっとする。

 

 もっともイリーナの横で烏間は苦笑いだったが。

 

「これじゃ、格好悪いところ見せられないじゃないですか。

 ――ええ、勝ちましょうとも」

 

 そう言って、赤くなりわたわたしているあぐりをセコンドに返して、足元に落ちていたアカデミックローブを身に纏う。ネクタイを外に出し、三日月模様が見えるように。

 

 

 それと同時に、ころせんせーは懐から「何かの装置」を取り出した。

 

(あれは……?)

 

 円形の、ボルト止めのような何か。表面に基盤模様が走る。

 それを後頭部にくっつけ、「回転させる」と、どうしてかその位置から落ちない。

 

「では、行きましょうか」

『――ミスター。了解しました』

(あれ、今の声)

 

 聞き覚えのあるような無いような声が聞こえたが、渚が追求する暇などあるわけもない。

 

 球体状の棒キャンディーを噛み砕き、イトナはころせんせーに向き直った。

 

「さあ兄さん。次のラッシュに耐えられるか?」

「一つ認めましょう。ここまで追い込まれたのは、間違いなく君が初めてです。愚直な試合形式に見せかけて計算され尽くされている。

 言うべき事、聞くべき事もなくはないですが、まず一つだけ」

「何だ?」

「イトナ君。君が勇者だというなら、先生は師匠です。つまり何が言いたいかと言いますと――」

 

 にっこり微笑みながら、ころせんせーはサムズアップ。

 

「――師匠に勝てる弟子などいない! 的なことです」

「弟子は師匠を超えるものだ」

「師匠が認めた超え方で、ね?」

「……何が言いたいんだ、兄さん」

 

 先ほどまであれほど息が上がっていたのに、どうしてか今は余裕すらあるように見える。

 強がりや、インターバルで回復したということはないだろうが、だがどうしてかその態度に、イトナは疑問が残った。

 

「まだ勝てるつもりかい? 負けダコの遠吠えだねぇ」

(((((何でタコ?)))))

 

 シロはシロで勝てるつもりでいるらしい。だが現状に対しては、よっぽどイトナの方が計算が出来ていると言わざるを得ない。

 

「シロさん。二つほど計算に入れ忘れていることがありますよ?」

「無いねぇ。私の計画性は完璧だから」

「その驕りが『アレ』を招いたと、毎日見てるのに気付きませんか」

「……やれ」

 

 飄々とした態度を最後の一言だけ崩すシロ。

 彼の一言に合わせて、イトナが飛ぶ。触手が縦横無尽に、攻撃を仕掛け――。

 

 ――だが嗚呼、何ということか!

 

「受け、きれてる!?」「何で、さっきまで負けてたのに!」「人間技!!?」

 

 

 ころせんせーはと言えば、イトナの触手の動きを、時に物理的に殴ったり、蹴り飛ばしたり、踵落ししたりしながら、かわしきっていた。

 

「一つは触手を使う場合、律さんほどの学習反映スペックがなければ、『私達』を捕らえる事は難しいということ」

「――チッ」

 

 楽々一歩後退して、一斉攻撃を避けきるころせんせー。

 その動きは、鮮やかさは、初期の頃にあった教室内の銃撃に対する動きを思い起させる。ノーワイヤーアクロバティックアクションだ。

 

 そして、イトナの触手に異変が訪れる。

 どろりと溶けたそれを見て、明らかにイトナは狼狽。

 

「!」

「おや、落し物を踏んづけてしまったようですねぇ」

 

 イトナが攻撃した床。破損したその場所からは、訓練用のナイフが、ひょっこりと姿を見せていた。

 

「……あ、いつの間に!!」

 

 ころせんせーの両手には、相変わらずナイフが握られている。

 必然的に床に落ちていると計算が合わないが、何のことはない。さっくり渚のそれを仕込んどいたのだろう。少なからず本人に気付かれないよう奪った時点で、充分人間技とかじゃない。

 

「私にとっての弱点ということは、君にとっても弱点ということです」

「く……ッ、だが、触手は――」

「加えて、触手の再生には多少時間がかかり、体力を大きく取らる。また――」

 

 ――パン!

 

 倒れるイトナの目の前で、唐突に、いつの間にかあぐりから奪っていたハリセンを、床に叩き付けるころせんせー。

 

 全く予想外の挙動。そして、意識が一瞬遠退くイトナ。

 ばさり、とアカデミックドレスを使って、イトナを丸め込み、ころせんせーはそのまま持ち上げた。

 

「武器を失い動揺して、スペックが低下するのも同じです。でもねぇ、先生の方が――『付き合い』が長い分、ちょっとだけ老獪です!」

 

 そのままイトナを投げ捨てようとするころせんせー。

 何時の間にやらその意図を察して、窓を空けていたあぐり。

 

 そこ目掛けて、ドレスごとイトナをころせんせーは放り捨てた。

 

『――ミスター、宜しいので?』

「あれも『脱皮』出来ない分に合わせて強く作ってありますから、これくらいなら無問題でしょう」

 

 左胸ポケットに何やら話しかけながら、ころせんせーは一歩前進。

 

「ダメージはほとんどない筈ですが――君の足は、リングの外についている。つまり、先生の勝ちですね」

「……ッ」

 

 茫然とした顔でころせんせーを見るイトナと、ヌルフフフと舐め腐った笑顔を浮かべるころせんせー。

 

「ルールに照らし合わせるなら、君の触手はもう無くなることとなる。

 それじゃ流石に私を倒せ(やれ)ませんねぇ」

「……この、力を……?」

「それが嫌だというなら、正式に学校に通いなさい。性能計算でそう簡単に計れ無いもの。経験の差です。

 君らより多少は長く生きて、少しだけ知識も多い。

 私が教師をしているのは、それを君達に伝えるためです」

「なら……、ここで、盗めというのか? 俺に、経験を」

「でなければ、勝てませんよ?」

「――ッ」

 

 再生した触手が、真っ黒に染まってうねる。

 その不穏さに教室中が一瞬身構えたが、次の瞬間。

 

「が……、があああああああああああああ――ッ!」

「にゅや?!」

 

 マフラーの裏側で、何かがスパークするような音が鳴り響く。

 

 首元のそれを外し、転げ回るイトナ。その下にあったものは、首輪のようなものだった。赤とゴールドに彩られ、中央部分には青い光を放つ球体。

 

「……なるほど、スターク社の方に手を回しましたか。確かに制御は得意そうですねぇ」

「理解が早すぎて気持ち悪いが、まあ、そういうことだね。

 言ったろ? 彼は『勇者』を目指してる。

 無辜の民間人を殺したりしたら、それこそ自殺ものだからねぇ」

 

 しばらく時間が経った後、イトナは上半身だけを起す。

 

「……俺は、勉強とか嫌いだッ!」

 

 ナイフ投げつけながら言わなくても良いですよ、と足で蹴り上げて天井にぶつけてかわすころせんせー。

 

「兄さんは自分を師匠だと言ったが、絶対違う」

「ヌルフ?」

「はぁ。やれやれ、帰るよイトナ。

 済みませんころせんせー。このまま放置しておくと、そのうちここ全部を『粉々にしかねない』。そうすると保護者としては、お財布事情的に対応することができませんから、しばらく休ませてくれないかな。

 その間の勉強は、こちらで見ようかと思いますので。テストも受けに来させましょう」

「こら、何勝手に話を――」

 

 がつん、とシロが外に出て、イトナの頭にげんこつを落す。

 これには、クラス中が目を点にする。命がいくつあっても足りゃしない。そんなことを飄々と行うそれは、何と言うか、自称通り保護者らしい動きでもあった。

 

「爆発力があるのは良いが、計算外のことが多かった場合、どうするか忘れたか?

 君は『1号』なんだ。慎重にして当たり前だ」

「なら殴るなッ」驚くべき事に、涙目である。

「多少は聞き分けを持ちなさい」

 

 ぶーたれるイトナを肩に担いで、ころせんせーに頭を下げるシロ。

 

「待ちなさい、シロさん。『その方法』では結局は無理が生じます。それに彼はこちらの生徒。

 きちんと共同生活をして、卒業するまで面倒見ます」

「まだその段階にはないと思うんだけれどねぇ。

 ああ、でもなら、その時は『君が』どうにかすれば良いだろ。あの時(ヽヽヽ)のようにね」

「……ッ」

 

 あぐりが何事か言おうとして、しかし躊躇する。

 

「力ずくで止めてみるかい?」

「無駄でしょうね」

「察しが良いね。そう、これは『対触手生物用防御繊維』。常人並の腕力なら、勝てはしなくても負けもしないさ」

 

 余裕を持って、シロは背後を振り返る。

 

「何、状況を見てまた復学させるよ。……後は、まあ、どれくらい予算が下りるかによるけど」

「……何だか、思ったより軽いですねぇ」

「別に?

 勘違いしていそうだから言うけれど、『奴』と違ってそこまで『君』には、あまり恨みは持ってないのさ。例え過去の事がどうであれ、ね」

 

 ちらりとシロとあぐりの視線が交わるが、両者ともに何かを言うことはない。

 

「ただ――三月まで時間はないからね」

 

 その意味深な言葉を、何故か渚はメモを取り出して、記入した。

 

「責任持って私が準備するよ。君等は君らで頑張れば良いさ。こちらもこちらで頑張ろうじゃないか。全ては世界と、名誉のために」

 

 

 

 

 教室が見えなくなる頃、イトナが愚痴る。

 

「……負けた」

「焦ることはない。君はまだ成長期だ。それに”C”の性格上、必ず最後はころせんせーの元に来るはずだ。

 しかも……フフッ面白い。

 降ったり止んだり、今日の空模様のような教室だ」

 

 雨に打たれながら笑うシロに、イトナはジト目をしながら、触手を展開して傘代わりに弾いていた。

 

 

 

   ※

 

 

 

「烏間さん、これ、今日は大分派手にやりましたねぇ。”顧問”ですか」

「奴ではない。

 後、保障は完全に向こう持ちだ。……さっきLINEで散々愚痴っていた」

「それはまた……」

 

 鵜飼や鶴田など、部下達と共にイトナの破壊した教室の補修をかける烏間。

 手慣れた動きで足場を組んで、資材を取りに向かう鵜飼。園川が車を回し、必要資材を取りに往復していた。

 

「あはは……。えっと、僕はどうしたら」

 

 声をかけてくる用務員の青年。年若くおっとりした容姿ながら、教室の惨状を目の当たりにしてもテンションを崩さないあたり、理事長の人選が極まってると見るべきか。どちらにせよ口止め料込みで多めに給料が支払われているはずではあるが。

 

 足場に釘を打つ鶴田のサポートを命じつつ、烏間は鵜飼の書いた設計工数をチェックする。

 

「烏間先生!」

「……君達か。ど、どうした? 大人数で」

 

 背後から声をかけられ、わずかに動揺する烏間。教室の補修をしている面子のことを聞かれ「知り合いと用務員とだ」と微妙に濁して説明する。

 疑問を促す彼に、生徒達を代表して、磯貝が口を開いた。

 

「あの……、もっと教えてくれませんか? 暗殺の技術を」

「……? 今以上にか。只でさえ学生の本分から外れているのに」

 

 確認を取る烏間に、3-Eの生徒たちは、ころせんせーが言った言葉を回想する。

 

『実は先生……、とある組織に造られた、改造人間(サイボーグ)なんです!!』

 

 その告白には「まあ予想していたけど」みたいな反応のクラス。イトナが彼の後に作られたから弟である、等などそれなりに察し良く、あぐりところせんせーとを驚かせた生徒達だったが。

 

『知りたいのはその先だよ。どうしてさっき怒ったの? イトナ君の触手を見て』

『……』

 

 生徒達が求める回答。それ即ち暗殺教室を開いた理由であり、この場に来た彼は何を思いここに居るのか。

 流石にどういった理由から改造人間になったか、というところまでは怖くて踏み出せなかったようだが、しかしころせんせーは、含みのある笑顔を浮かべる。

 

『……残念ですが、今それを知ったところで無意味です。

 前にも言いましたが、来年の三月には惑星が全部塵となってますからねぇ』

《《《《《!?》》》》》

 

 彼が始めて暗殺教室に来た時のことを思い出す生徒達。その時は軽く流していたが、今までのことを振り返った上で、改めて考えると、それは「つまらない冗談」ではなく、疑念を抱く程度には信憑性のある言葉に聞こえた。

 

 矢田と前原が、磯貝に続く。

 

「今までさ。結局どうにもならないんだろってどこか他人事みたいに思ってたんだけど」

「うん。今回イトナのアレを見て、思ったんだ」

 

 あくまでギャグキャラで通そうと終始振舞ってはいたが、生徒たちにも流石に伝わりはする。

 

「『暗殺教室』なんてことをやってるあの先生は、きっと遊びだけじゃない。何かもっと別の、大きな理由があるんじゃないかって」

 

 それを察する事を、誰よりころせんせー本人が避けていたのだとしても。

 それでも、生徒達の心は揺らがない。

 

「だったら……、何だろう。終わった後でいくらでも知れるって先生は言ってたけど、そうじゃないんだ」

「それじゃたぶん、俺達が頑張っていることと、先生が頑張ってもらいたいこととじゃ何か違うと思うんだ」

 

 だからこそ。

 

「やれる限りやらなきゃいけない。……いや、やりたいんだって、思ったんです」

 

 片岡まで繋がった言葉を、磯貝が集約する。

 

「だから――先生に勝って、自分達で答えを見つけ出したい。そう思います」

(……良い目だ)

 

 意識が少し変わった生徒たち。それは必ずしも彼等の担任が意図したものではなかったとしても、烏間は思う。成長とは、子が親元から少しずつ巣立っていくことではないかと。

 

「……なら希望者は、放課後に追加で訓練を行おう。授業もより厳しくしていこうと思う」

「「「「「はいッ!」」」」」

 

 生徒たちの唱和に、烏間はニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。

 

「では早速新設した、垂直20mロープ昇降!」

「「「「「厳しいッ」」」」」

 

(僕等は殺し屋。銃とナイフで答えを探し)

(標的は先生。自分を使い僕等に問う)

 

 烏間の「始めッ!」という叫びが飛ぶ。

 教室の方を振り返りながら、渚は思う。

 

 その職員室の窓際。椅子の上でぐだっとしているシルエットに、白衣を着た彼女がせかせか世話をしている姿が、見えてるような、見えてないような。

 

(椚ヶ丘中学3-Eは、暗殺教室)

 

 雨も上がり、始業のベルは明日も鳴る。

 

 

  

 




今思い返すと、これはこれで打ち切りエンドっぽいなーと思ったり・・・ まあ続きますが。

本編は1、2話インターバルやった後になるかと思います。
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