死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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第23話:球技大会の時間・2時間目

 

 

 

 

「やー、すごく惜しかった! サドンデスまで行ったんだけどねぇ」

「だね! 良いよ良いよ、次リベンジ、リベンジ!」

 

 体育館から出て行く女子チーム。中村の感想に片岡が励ましのようなコメントを出す。

 そんな彼女たちの背後、体育館からはそれなりに熱の篭った拍手が送られていた。

 

「ごめんねー、私がもうちょっと粘れたら……」

「無理はだーめ、茅野さん」

 

 そう呟く茅野あかりは、現在あぐりの背に背負われていた。足がガクガク言っており、動くに動けないと言った有様である。

 

「そんなことないって。むしろ大健闘だったし!」

「気にすんなって!」

「ううー、でもアレは卑怯だよぉ……」

 

 唸る茅野に、E組の女子たちはこぞって微妙な顔で頷いた。

 

 

 試合も後半。もっともハイスピードに点が入るか入らないかが繰り返されていたため、そこに至る速度はかなり早い。

 コールドゲームされることもなく、気が付けばサドンデス。

 

 女子全体は、主にフォアードの原が、茅野、片岡、岡野のバックにつきバランスを取っていた。

 狭間が相手チームのメンバーの動揺を誘ったり、スナイピングの要領でアクロバットにロングシュートを決める速水や、「お前は次に『何故この位置に責めてくるとわかった!』と言う」などコメントを残す不破など色々あったりしたものの、大接戦と言えば大接戦。

 E組だの何だの関係なく盛り上がる会場。

 

 そんなタイミングで、女バスのコーチはタイムをし、「彼女」を戦場に投入した。

 

「あれ、直接?」

 

 その場に現れたのは、本来ならマネージャーであるはずの獅堂鳴子。

 双子の妹の獅堂響子と並ぶと、先ほどまでとはまるで違った威圧感がある。

 

 そして再開される試合。岡野に回ったボールを、シャドーランのごとく音もなく追跡する響子。

 

「でも、これくらいなら抜け――! 

 あ、やられたッ」

 

 ところが、気が付けば彼女のドリブルしていたボールは消え、獅堂妹は彼女の元を離れた。

 

 その状況を外側から観察すれば、かなり衝撃的な絵面に違い無い。

 

「何、あれ。パントマイム?」

「……最近あんまり使いませんけど、あの二人はあれが本来の戦い方でしたね」

 

 その時、双子の動きは完全に岡野ひなたの視線に合わせて、誤差なく「重なって」動いていた。

 それゆえ追跡者が二人いたことに、一瞬彼女は気付けない。

 

 それゆえフェイントをかけようと一瞬立ち止まり、妹を誘導した瞬間、背後に迫っていた姉がボールを弾き落すといった具合だ。

 

 そしてボールを取ってからも、その影のようなシンクロモーションは続く。

 接近してくる相手を前に、すかさず足を止めて手前のシャドーがブロック。かと思えば、時にボールをパスし合って他を寄せ付けない。

 

 隙間を縫うように鷲ノ眼が妨害に入ったりなど、徐々に追い詰められて行くE組。拮抗状態を、カンフル剤の投入で自分の方に追い風を吹かせられたわけだ。

 いくら大会時ほど本気でないとしても、ここまで真面目に相手されること自体、やはり異例と言えるだろう。

 

 そしてラスト一球のタイミング。

 

 茅野が岡野の上を跳び(!)ボールを受け取ると、そのままダムダムとドリブルをし、ミドルシュートの構え。

 すかさずそれの手前に現れる、獅子二人。

 

 オーラのイメージで言うなら、茅野はそのタイミングで二段ジャンプを超え、三段ジャンプをした。

 プリンの外郭を打ち破り、一撃で首でも切り落とせそうなウサギの登場である。身長差によるブランクは、これで埋まったと言えた。

 

 ところがそれに対して獅子側がとった行動は、言うなれば時間差ブロックであった。

 

 縦列に並んだ彼女たちが、時間を置いて出現する。

 他の選手などとは違い、かなり密着した距離でそれを行う二人。一歩間違えればお互いがぶつかってしまうところだが、上手く回避出来る辺りは流石双子か。

 

 そして妹が落ちた瞬間、茅野がボールを投げようとしたタイミングで姉が現れ。

 

 まさに状況は、一騎打ち。

 

 そして、茅野のシュートは獅堂の手に弾かれ――。

 

 

 

 むにゅん。

 

 

 

 そんな擬音が、その光景を見ていた人間には聞こえたそうな。

 

「な、なああああッ!」

 

 茅野のシュートに失敗した手が、獅堂の胸にタッチ。

 状況的に、本来ならタッチしないはずなのだが、いかんせん両者の距離が近すぎたのと、相手の胸囲が胸囲だったために、不慮の事故が発生。

 

 しかし、審判がそれでもE組相手に不利な判断を下すには下すので。

 

 結果的にテクニカルファウルをとられ、それが切っ掛けでE組の敗北に繋がったのだった。

 

「あの勝ち誇った顔……、ますます巨乳嫌いになるよぉ……。怒りと殺意で目が真っ赤になるくらいに」

「茅野っちの巨乳に対する憎悪が増強!?」

「「あはは……」」

 

 他の女子達が笑い合う中、あぐりと矢田が揃って何とも言えない顔。

 胸の大きさが物理的に戦力の決定的な差となってしまった今、この話題はある意味デリケートである。具体的には自分達に標的を向けられかねない的な意味で。

 

「さて、男子はどうなってるかな」

「どーせまた変な事やってんでしょ?」

 

 イリーナの言葉は、実際ある程度は正しいわけだが、その状況が丁度このタイミングの前後で一変する。

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

「理事長、先生……ッ」

「やあ、精が出るね」

 

 爽やかに微笑みながら、野球場に入ってくるは学園長、浅野學峯。学校のマスコットキャラ「くぬどん」のロゴがあしらわれた、ちょっと微妙なデザインのユニフォームが、表情、立ち振るまいとミスマッチで色々と。ちょっと筆舌に尽くしがたい絵面だった。

 

「一回表からラスボス登場かよ」

「なんで学校のお土産物コーナーで売ってるアレ?」

『――い、今入った情報によりますと、顧問の寺井先生は本日急病で、選手達も心配して試合どころではなかったとのこと。

 そこで急きょ、理事長が指揮を執られるとのことです』

 

 放送の声に、会場が盛り上がる。やはり期待はE組よりクラブに集るのは必然か。

 

「寺井先生には少々悪いけれど、一旦空気をリセットさせてもらったよ」

 

 さらっとそんなことを、顔色一つ変えずに言ってのける理事長は果たして何なのだろうか。

 感謝の言葉を述べる進藤に、理事長は指を立てながら話しかけた。

 

「今回の現状は、必ずしも彼等がE組だから、侮っていたせいというだけではないよ」

「……? それはどういう――」

「例えば杉野君。部活動に出られなくはなったが、市のクラブチームに入団したんだそうだ。向こうのコーチに確認したところ、守備、打撃、マウンド捌き等々。

 私の予想だけど、技術面だけなら、おそらくこのチームでもトップになれるだろう。

 それだけ彼も、彼なりに努力しているということだね。本気で野球が好き、ということだろう。とても『良い』ことだね」

 

 理事長の言葉に、クラブ全員が顔を落す。思い出したのだ。見下し、馬鹿にしていた杉野が、実際には自分たちが思っている以上に真剣に打ち込んでいるだろうことを。かつての練習風景や、試合の時の彼の姿を忘れているメンバーは、この場には居ないだろう。

 

 そんな彼等に、理事長は笑い掛けた。

 ユニフォームのくぬどんも楽しそうに笑っている。

 

「だが、例えそうであっても君達の『良い』が、彼のそれに負けているということはない。

 小さいな努力は誰でもしている。大きな努力も、出来る者はしている。

 そして、そんな中で選ばれた者である君達は、強者として、これからの人生で何千何万とそういった相手と対峙し、時に潰し、踏み越して行かなければならない」

 

 理事長の激励に、生徒達が露骨にやる気を取り戻す。なにせ、あの浅野學峯から激励されたのだ。テンションが上がらないほうがどうかしてると言えた。

 

「円陣を組んで、話し合いなさい。どうやって勝ちたいかを。どうやって勝つべきかを。

 そしたら私は――君達に、そのための手順を教えよう」

 

 

 

『――試合再開です! 理事長先生が指示を終え、今下がりました!

 さぁここからどのように……?』

「うぇ!?」

 

 前原がバッターボックスでぎょっとする。

 

 その守備配置は極端な内野守備。

 全員が結集しているその配置は、E組の動きを読んだ上であろう。

 

 その上で数人があらぬ方向にダッシュの構えを見せており、咄嗟のトラブルにも対応できるように準備は万全といったところか。

 

 だがそれ以上に、この配置はバッターの気が散って仕様が無い。

 

「さっきの妙に足が速かったキャッチャーが、外側向いてら」

「っていうか、完全にバントしかやらないって見抜かれてるなぁ」

「つっても駄目だろ、あんな至近距離で!」

 

 岡島の言葉に、竹林がメガネを上げて一言。

 

「ルール上はフェアゾーンのどこを守っても、一応は自由だ。相手もヒットや、さっきの杉野みたいなのに対してはリスクを負っている」

「でも、色々フェアプレイ精神に反してはいませんか?」きら☆ とポーズを決める律。

「当然そこは審判の裁量だ。駄目だと判断すれば終わりだろうけど……、あっちは向こう側だ」

 

 その一言が、この状況の全てを表しているとも言えた。

 所謂アウェイと言う奴である。スポーツマンならある程度は慣れがあるだろうが、いかんせん慣れないスポーツではその微妙な差が結果を左右する。

 

 しかもその状況で繰り出されるは剛速球。

 

 前原の失敗は、ある意味必然と言えた。

 

 次の打者に対して、吉良八監督はさっと顔を覆った。

 

「ニュル……、以前よりもある意味、完璧な形でフォローアップされてますねぇ。ある意味因果応報ですが」

(なんか訳のわかんない事言ってる!?)

 

 そしてツーアウト。

 

 当然のようにそのままスリーアウトに向かうかと思う時、すっと、渚は手を挙げた。

 

 

「あの、次、磯貝君、代わってもらえる?」

「どうしたんだ、渚?」

「ちょっと確認したいことがあって」

 

 誰が向かってもこの状況を変えられはしないだろうことが予想される現状、渚の一言を磯貝は無視しなかった。

 

 ころせんせーはころせんせーで含み笑いをヌフフフ浮かべながら、背中を押す。

 

 バッターボックスで、渚は進藤の投球フォームと、急速と、そして球の回転の仕方を見ていた。

 

(……ん、やっぱり「伸びる」な)

 

 地味にE組では渚と杉野だけが気付いていたが、進藤は微妙に球種をころころ変えていた。プレッシャー戦略も含めて、手元で変化をつける辺り余念が無い。もっとも急速と威力に持っていかれて、ほとんど変化を起せない程度のレベルではあったが。

 

(だとすると――)

「――ストライクツー!」

 

 渚は実際問題、打つ、打たないという視点でこの場に立ってはいなかった。

 

 ただ彼は――じっと、進藤の動きを見つめる。

 アドレナリンが出まくって、興奮状態の彼は、その、デッドボールすら恐れない集中に気付かない。

 

 まるでスコープ越しに、暗殺者がターゲットの特徴を観察しているような――。

 

「――ストライクスリー、バッターアウト!」

『――あっという間にスリーアウト! ピッチャー進藤君、完全に復調です!』

 

 バッターボックスから降りてくる渚に、カルマがこっそり耳打ち。

 

「渚君、なーに見て来たの?」

「んん、ちょっと気になったことがあったから……、あ、杉野!」

 

 今度は杉野の方に駆けより、何かを耳打ち。「本当にそんなことで出来るのか?」という彼に、渚は「たぶん、引っ張られると思うから」と第三者が聞けば、よく分からないことを言った。

 

「ヌルフフフ。なにやら面白い企みの予感ですねぇ」

「あ、監督。実は――」

 

 

 

 一方野球部ベンチでは。

 

「その調子だ進藤君。変化を付ける付けないは任せるが、基本的にはストレート。速度と威力を優先して、大きく威圧するよう投げなさい。杉野君以外に君の左肩を外野まで運べる生徒はいない」

「はい!」

「君達は言った。『この状況で何が何でも負けられない』と。ならば君達がするべきは、野球ではなく制圧作業だ。存分に自分達の強みを出しなさい」

「「「「「おぅッ!」」」」」

 

 

 

 

「なかなか難しい状況ねぇ」

「渚、何やったんだろ」

 

 あぐりが、そんな球場の様子を観察しながら一言。女子メンバーも少し前にグラウンド外側に合流し、状況の推移を見守っていた。

 そんな背後から、ちらりと聞き覚えのある男性の声。

 

「……あの理事長もまた、教育者としては名手だ」

「あ、烏間先生。『会議』終わったんですか?」

「結局進展もなかったから、鶴田に議事録を任せてこっちに来た。しかし……」

 

 急いで来たのか、汗を拭う烏間。一歩前に出て、両チームのベンチを確認。

 

(生徒の顔と能力を覚えており、何より教える事と、やる気を引き出すのが抜群に上手い。

 やり方がよく似通っているのに、どうしてこうも違うものか……)

 

 烏間の脳裏には、理事長ではないまた別な誰かのことが過ぎりはしたが、それを振り払って状況の観察に戻った。

 

「同調か、排他か。……この二人の采配対決、興味があるな」

 

 なお、そんな彼の横でイリーナが「球と棒でINしないとOUTなのね!」とずっと読んでいたルールブックで、理解したんだか理解してないんだかわからないことをのたまっていたりもした。

 

 

 

 

「打たすなよ、杉野。ボール返されたら俺等フォローできる自信ねーぞ!」

 

 菅谷の言葉に「わかってらい」と苦笑いしながらも、続けざまに変化球で落す杉野。

 確実にツーアウトを確保しているその投球は、適確にストレートとカーブやスライダーを使い分けていた。

 

 この調子で次も押さえる調子で行ける訳だが、一方相手側ベンチでは。

 

「見るべき箇所は、ストライクゾーンだ。そこだけで良い。そこだけ誰よりも早く捉えられれば、君の一撃は更に良くなる。後は丁寧にね」

「丁寧に」

「君なら出来る。さあ、短期決戦の時間だ。繰り返そう、俺は強い」

「俺は強い」

「腕を大きく振って投げる」

「腕を大きく振って投げる」

「力でねじ伏せる」

「力でねじ伏せ――」

 

 甲斐甲斐しく絶賛改造中な進藤。

 

 そんな状況で、ころせんせーはカルマに「タコせんせー人形」で指示を飛ばした。

 

『――二回の表! やはり鉄壁のバントシフト!』

 

 と、打席の手前で動かないカルマ。

 審判に促されると、一瞬にやりと笑い、理事長の方を向いた。

 

「ねぇ、これズルくないのー?

 こんだけ邪魔な位置で守ってるのにさ。審判の先生も見て見ぬ振りだもの。スポーツマン的にこれってどーなの? お前等もそう思う?」

 

 反応が微妙な観客。

 

「あー、そっか。君達、馬鹿だから守備位置とか理解してないんだね☆」

 

 そんな観客に対して、一気に怒りを集中させる適確な挑発であった。

 てへペロが地味に良い味出してる。

 

「小せー事でガタガタ言うなE組!」「お遊びにクレーム付けてんじゃねーよ!」「まともにやったらお前等絶対に勝てないくせに!」「しかし、英雄はそんな逆境の中でこそ生まれる」「「いやお前誰だよ!?」」

 

 ギャラリーの中にさらっと混じっている、「くぬどん」のロゴが入った白いキャップをつけた、身長の小さな生徒が居たりして、E組全体が一瞬ぎょっとしたりもしたが、それはさておき。

 

『――二回の表! E組はなす術なくスリーアウト!』

 

 予想されていた展開である。続く二回のウラ、進藤がここでも火を吹く。さらっとツーベースへ向かうそれは、獣のような獰猛さで、まさに「強者」という風格だった。

 ちらり、と理事長が微笑みをころせんせーに向ける。

 

「……まあ、お互いある意味Win-Winではあるんですが、勝敗までは分かりませんよ?」

 

 こちらも主目的はそちらにはありませんし、とこちらも微笑み返すころせんせー。

 点差もあと一点に追いつかれ、野球部の攻撃を残すのみ。

 

「橋本君。今回は安定して行こう。お手本を教えてあげなさい」

「……なるほど、わかりました」

 

 そしてバッターボックスより放たれるは――。

 

『――あっとバント! 今度はE組が地獄を見る番だ!

 小技勝負なら、野球部の方が上! 先頭打者、橋本君の出塁率で逃した事の無いバント! 守備の弱さを付いて、完全に楽々セーフ!

 E組よ、これがバントだ!』

 

「映画のキャッチコピーかッ」

 

 速水がちらりと呟いたりしているが、状況としてはまさにそんなノリである。

 普通なら、野球部が素人相手にバントなど納得すまい。だが、逆に今まで散々苦しめられて来た分、大義名分は出来上がっているのだ。

 

 手本を見せて、逆襲してやるという。

 

 なおかつ、小技でも強いという印象を全体に与えられる。まさに強者らしい、制圧するための勝ち方だった。

 

 

『――あっという間にノーアウト満塁! 一回表のE組と全く同じ!

 最大の違いは――我が校が誇るスーパースター! 進藤君だあああああああッ!』

 

「蹴散らしてやろう、杉野」

 

 余裕がありながらも獰猛に微笑むそれは、強迫観念と同時に捕食者の顔だ。

 震える杉野は、武者震いか緊張か。

 

「ふふ。最終回のこれを演出するために、彼を一回表から調整した。

 最後を飾るのは小技ではなく、主役(ヒーロー)による圧倒的な一振り(フルスイング)だ」

 

 どう立ち向かう? 私の幻影(ヽヽヽヽ)さん。

 

 ベンチで呟く理事長のそれを聞いていたわけでもないだろうが、ころせんせーはタコせんせー人形で、さらっと指示を出した。

 

「……なるほどね。

 磯貝ー、カントクから指令」

「……マジっすか? いや、やるけど」

 

 片や楽しそうに笑い、片や苦笑いを浮かべながら、カルマと磯貝はバッターへと距離を詰める。

 

『――こ、これは! この前進守備は!』

「文句ないよね、審判に、理事長先生?」

 

 先ほどの状況を、そっくりそのまま返された状態である。

 対する理事長は、納得するよう頷いてから、挑戦するよう微笑んだ。

 

「ご自由に。ヒーローはその程度で心を乱さない」

「へぇー? 言質は取ったよ? じゃあ……」

 

 

「カルマ君……、いや、後で吉良八先生お説教しないと。多分大丈夫には準備してきたんだろうけど」

 

 さらっとカルマたちのとった行動の元凶を察知するあぐりと、それにぶるっと震えるころせんせー。

 

『――ち、近い!!!! ほぼゼロ距離守備じゃないか!』

 

 二人は要するに、バットのスイングするコースの上に陣取ったのだ。

 

 観客側から動揺の声が上がる。そしてそんな中の手前に入る田中と高田の真横で、キャップを指先でくいっと上げて、小さな謎の生徒が呟いた。

 

「そうか。避けられるのか。『ジョバンニもどき』も含めて、兄さんのクラスもまだまだ底が知れ無い。

 俺ほど勇者ではないがな」

「「だからお前誰だって!」」

 

 一方の理事長は、表情を消してころせんせーの方をちらりと見る。

 相手が余裕を持って頷いたのを確認して、彼は目が点になった進藤に一言。

 

「構わず振りなさい。当っても、打撃妨害はE組の方だ!」

(ま、マジかよッ!)

 

 直前まで上がってきた余裕は、一気に混乱の渦に。

 それでもまだ辛うじてペースを維持しているあたり、彼がれっきとしたスポーツマンである事実は揺らがない。

 

 だが、いかんせん相手が悪すぎた。

 

 意図的に大きく振れば怖気づくだろうと、混乱しながらもバットを、彼等の視線をかすめる位置で振る。

 だが、直撃コースに入った磯貝のみ動き、カルマはギリギリかすめない程度だったので、微動だにしなかった。

 

 ストライクコールを背後に、進藤は言葉が出ない。

 

 

「二人の度胸と動体視力は、E組でもトップクラス。特に、加えてイトナ君の触手投球を、自ら進んで間近で見続けたカルマ君です。

 マッハにもならないそれをかわす程度なら、バントより容易いですねぇ」

 

 ねるねるねーるな駄菓子を食べながら、ころせんせーはニヤニヤ笑う。

 そして仕上げとばかりに、タコせんせー人形を「渚の方に」向けた。

 

 渚がそれに頷いたタイミングで、カルマが更に追い込みをかける。

 

「遅い遅い。そんなの、お釣りが来るくらいだって」

 

 一歩前進し、視線を合わせながら。

 カルマは微笑んだまま、声音も変化させずに続ける。

 

「次はさ――頭ぶちまけるつもりで来いよ」

「ッ」

 

(ランナーも観客も、異様なこの光景に飲まれてる。

 そして当事者の進藤君は、理事長の言葉に身体が追いついていかなくなっていた)

 

 左手の親指を立てて、渚は杉野に、首を搔き切るようなモーション。

 杉野はそれを見て、肩をすくめてから「投球フォームを変えた」。

 

 それはまるで――。

 

『――おっと、これは、進藤君の構えか!?』

 

 有田投手の構えではないそれ。唐突に切り替わったそれに対して、相手の思考が一瞬麻痺する。

 

 杉野は、体を捻りながら、サイドスローの要領でオーバースローを投げた。

 

 

 球は、「上方向」に変化する。

 今まで全く使わなかった球種に、混乱している進藤は対応が遅れる。

 

(し、シンカーかこれッ!)

 

 ストライクツー。

 

 

 渚は、さきほどの親指を地面に向け、ぐっと、力強くサムズダウン。

 

 

 杉野は息を整えて、進藤の目を見据えた。

 

 そこにある感情は、先程までクラスメイトのミスに「気にすんな」と笑っていた彼のそれではない。

 

 

 例えるなら、背後で炎が上がっているような。

 そんな、燃える闘志が見て取れる。

 

 なのに構えは進藤のままというのが、どうにも不可思議ではあったが。

 

 

(どうしても、普段同じ動きを見慣れていると、そのイメージに引っ張られてしまう)

(僕等がころせんせーと戦ってる時、フェイントをどれくらいで入れたらいいかとか、考える時にまず思ったことだ)

 

 杉野の投球フォームは、今度こそ進藤のそれを同じである。

 一見すれば、ほぼ寸分違わず同一のもので。

 

(それこそ、自分が毎日やっている動きなら、その差は一目瞭然だ)

 

 やや大振り、先ほどまでの進藤の動作をわずかに含みながら、杉野は投球した。その速度は、進藤ほどの剛速球とはいかない。いかないが、だからこそ――。

 

(だから、例え最後の最後で変化が加えられたとしても――身体は、ストレートで反応する)

 

 混乱状態にあることも手伝って、進藤のバットは無軌道に振られる。

 対して、杉野の投球は、面白いように「落ちて」行った。

 

 今まで使ってなかった変化その2、フォークである。

 いや、構えやモーションはスプリットフィンガードに近いか。

 

 ぱす、というやや威力の抜けた音が鳴り、進藤はその場に腰を抜かした。

 

 

『――げ、ゲームセット……!

 なんと、何と、E組が野球部を押さえてしまったああああああああッ!』

 

「わおぅ!」「男子やるー!」

 

 E組女子の反応に対して、寺坂組の男子三人(ちゃっかり彼女等の後ろで観戦)は何とも嫌そうな顔。

 

 校舎の生徒たちは生徒たちで、つまらなそうに気落ちしていた。

 

「何E組くらいに負けてるんだよ、野球部……」「あの戦力差で負けるかよ普通……」

「あれくらやらねば、そもそも俺と渡り合うことすらあるまい。だが、なかなか悪く無いジャイアントキリングだった。最後が正攻法な辺り」

「「だからお前、ホント誰だって!」」

「こんな所に居たか」

「!」「「アンタ誰だよ!」」

「あ、待ちなさい! まだ調整が終わって――」

 

 白装束の男性に追い掛け回される、背の小さな生徒というのをちらりと見て、E組たちの空気が一瞬何とも言えないものに包まれる。

 

(……あの場で、イトナ君以外は知る良しも無いだろうなぁ。

 試合の裏での、二人の監督のぶつかり合いを)

 

「お疲れ様。君達も、まだまだ『絶対的な強者』ではなかったということだね」

 

 そんな一声を野球部にかけてから、理事長はあぐりにハリセンで叩かれているころせんせーの元へ。

 

「ヌルフ?」

「ころせんせーも、お疲れ様。

 では、次は期末で」

「……ええ。なかなかしまらなくて申し訳ありませんが」

 

 あぐりが「わ、私のせいですか!? 吉良八先生が悪いんですから!」と叫ぶのに一瞬微笑み、その場を立ち去る理事長。

 それを見ていると、渚の肩が叩かれた。

 

「渚渚ぁ、お疲れー!」

「あ、茅野。……膝どうしたの?」

「ちょ、ちょっと無理した……。明日には直ってるから、肩かーしてー」

 

 足が震える彼女に、断る理由も無いのでさっと腕を肩に回す渚。

 

 そして意味もなく「首を搔き切る動作」と「サムズダウン」をしながら笑う茅野。見辛かったろうに、どうやら渚の出していた指示をちゃっかり確認していたらしい。

 

(なんか、色々敵わないなぁ……)

 

 なんとなく、あぐりに負けているころせんせーを見つつ、渚はそんなことを思った。

 

 

 一方杉野は。

 

「進藤! ゴメンな。はちゃめちゃに野球やっちまって」

 

 しゃがみながら、茫然としていた進藤に声をかけていた。

 彼の言葉を聞きながら、段々と我を取り戻す進藤。

 

「でも、レギュラー抜けた時も言ったと思うけど、野球選手としてお前の方が上だってのは、わかってるからさ。

 お前がナンバーワンだし、これで勝てたなんて思ってねーよ。

 結局決め球だって、あの状況じゃなきゃ対応されていたろうし」

「……だったら、何でここまでして勝ちに来たんだ。

 結果を出して、俺より強いと言いたかったんじゃないのか?」

 

 んんー、と、わずかに困ったような顔をして、彼は言葉を選ぶ。

 選びながら、視線をE組の面々へと向けた。

 

「キャッチャーしてた渚はさ。俺の変化球練習にいつも付き合ってくれたし。

 お前の前に立ってたカルマや磯貝の反射神経とか、皆のバント上達っぷりは凄かったろ?」

「確かに、時間は殆どなかったが……」

「でもさ。形にならなきゃ、上手くそれが伝わらないし、実感出来ない。

 ……まー、要はさ」

 

 照れたように笑いながら、杉野は進藤に言った。

 

「ちょっと自慢したかったんだよな。昔の仲間に、今の俺の仲間のこと」

「……ふっ」

 

 少しだけ驚いたその表情を楽しそうにして、進藤は勇ましく笑う。

 杉野の手を取り立ち上がり、彼はそのまま続けた。

 

「最後のフォーク。あれはきっと、俺が本調子でも苦戦したかもしれない。良い球だった」

「そ、そうか?」

「だから、覚えとけよ杉野」

 

 杉野の額を小突いて、まるで挑戦でもするように彼は一言。

 

「――次に打つのは、高校だ!」

「応とも!」

 

 なんとなく手を構えると、進藤もそれに軽快に応じ。

 

 

 人の立ち去りつつある野球場に、ハイタッチの音が響いた。

 

 

 

 

 




渚「楽しそうだな、杉野」
菅「だな」
カ「スポ根ってカンジ? それはそうと、茅野ちゃん足どうしたの?」
茅「な、何でもないから」
前「あれ、あっちの方に女バスが」
茅「!?」
磯「程ほどにしとけよ前原」
茅「渚、早く行こッ」
渚「へ? あ、うん……」
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