(本来一人で受けるはずの試験なのに、色々な人と同じ舞台に立っているのを感じる)
(一緒になって戦う人。敵となって戦う人。応援したり野次を飛ばしたりする観客たち――)
配られるテスト用紙に向かいながら、渚は考える。
まるで闘技場で戦う闘士のようなものだと。奇しくもそれは渚に限らず、全員が抱く印象でもあった。
緊張感が走るE組。そして、不思議なことにそれは大半のA組の生徒たちにも
A組の教室で最初に監督として回っているころせんせーは、全員の顔を見合わせて微笑んだ。
(テストは良い。一夜で詰め込んだ知識などほとんど忘れてしまうでしょう)
(しかしそこではない。一つのルールのもと力を磨き、能力を広げ培った経験が、競ったその経験からこそ得るものが宝なのですから)
(時にそれは、あの子と私のように――)
中高一貫の進学校では、早いうちから高校の範囲を習い始めることも少なくない。椚ヶ丘中学では、英数理の三教科がそれだ。
だがもっとも、学校内でのその条件は皆同一である。
例えばA組であろうとも、E組であろうとも――。
時に会心の一撃があるかもしれない。だが結果を語るのは取りこぼしのない総合力!
この場において決定的な勝敗を競うべきは、つまるところ全体を纏め上げて勝利できる力にある。
不敵な笑みを浮かべる浅野学秀と、赤羽カルマ。絶対的な自信に裏打ちされた二人だが、その態度はどこか違う。
全ての死角を潰して相手を侮る自信と。
己の能力に対する余裕のある自信と。
暗殺にせよ賭けにせよ、すべての結果は正答数で決着する――。
しかしてその結果は、三日後に下ることとなる。
※
「さて皆さん、全教科の採点結果が届きました」
椚ヶ丘中学では、答案と共に学年順位も届けられる。すなわちテストの行方は一目瞭然だ。
緊張の走るクラス。中でも菅谷の表情が特に優れないが、それはさておき。窓に紙を張り、結果を書き記そうとする不和。ここに3以上の数が刻まれれば、A組に勝利したことになる。
教室の後ろで、あぐりがそんな生徒たちの様子を見て、茅野同様手を合わせていた。
生徒一人ひとりの手元にある紙袋。その中に一人ひとりのテストがまとめて入っている。おそらく発表会をスムーズにするため、いちいち作ったのだろう。
「では発表します」
手に持っていたファイルから英語の順位を取り出し、ころせんせーは微笑んだ。
「まずは英語から。E組一位――そして学年でも一位! 中村莉桜!」
「「「「「おおおおお!」」」」」
クラス中のテンションが一気に上がった。当の本人は「どぅやー」とご機嫌な様子で下敷きを使い仰いでいる。
「完璧です。硬い文章の翻訳からやわらかい文章の翻訳まで。ニュアンスを掴みなれているのは帰国子女の面目躍如といったところでしょうか。
しかしそれでもやる気にむらがあったのが心配でしたが」
「んふふ~♪ なんせ条件が条件だしねー。
約束守ってよね、ころせんせー」
「むろんです。渚くんも健闘でしたが、スペルミスを犯すクセが直ってませんね」
「あ~ ……」
「さて、細かい部分は後に回すとして、まずは全体の方から続けましょう。まだまだ権利は一回分、HP130の私に、10ポイントは一割にも満たないですよ、ヌルフフフ。
では次は国語――E組1位、神崎有希子!」
「「「「「おお!」」」」」
「しかぁし学年1位はA組、浅野学秀!」
とほほ、となりながらも、ファイルから自分の答案を取り出す神崎。
「中々惜しかったですが、十分大躍進です。特に古典の正当数はかなり上昇しましたね」
「はい……」
「やっぱ点とるなぁ浅野」「強すぎ」『ちなみに英語も、中村さんと1点差の2位です』「全教科相変わらず隙がないな」
五英傑と並べて呼ばれていても、浅野以外はどこかに隙がある。
それを押さえていかなければ、やはりトップは取れないのだとE組は再認識した。
「では続けて社会、E組一位は磯貝悠馬くん。
そして――学年一位も磯貝くん! おめでとう、浅野くんをよくぞ押さえました! マニアックな問題が続いた中でよくぞ獲れました」
「よっしゃ!」「「「「「おおおおおおおお――!」」」」」」
「次は理科」「奥田か」
緊張する奥田だが、そんな彼女にもころせんせーは声を張り上げて言う。
「理科の一位は奥田愛美――そして、ブラボゥ! 学年一位も奥田さんです!」
「「「「「おおおおおおおおお!」」」」」」
歓声が沸くE組。この時点で不破の書いている集計票は既に勝利を示していた。
この時点で既にA組との勝負にも勝利した。だが、そんな中で浮かない生徒が一人。
赤羽カルマである。
※
「おやおやお昼休みですが、カルマくん何をやってるんですか?」
ヌルフフフ、と例の笑みを浮かべながらころせんせーはカルマの元へやって来ていた。
校舎の裏にある樹に背中を預けながら、癇癪こそ起こさないようにしていたカルマである。
「寺坂くんに煽られもしなかったのは、武士の情けかこの間の借りか。どちらにせよ、ですねぇ」
「……」
「流石にA組は強い。五教科総合六位までは独占。E組の総合は竹林君、片岡さんの七位、イトナくんの八位、茅野さんの九位がそれに続きます。
当然の結果と言えば、当然でしょう。今回は、周囲も強敵だったと言えますからね。E組はもちろんのこと、A組とて負けず、劣らず勉強をした。浅野君に率いられてね。
テストの難易度も上がっているのですから――何もしなければ、自ずと結果は出てきます」
「……何が言いたいわけ?」
「『皆努力してる中何もしないで勝つ俺カッケー!』とか思ってたでしょう。
――――――恥ずかしいですねぇ~~。」
「!!?」
タコせんせーの髪留め(何故かコデマリの花が付けられてる)を無理やり頭につけられるカルマである。屈辱ゆえか羞恥ゆえか顔が赤いが、しかし言い返せずにいた。
「先生に対してダメージを与えられる権利を得たのは3名。暗殺においても賭けにおいても、今回君に活躍の場はなかった。どうしてなのか、分かりますね?」
「……ッ」
「さして言うなら、今の君は『錆びた刃を自慢げに掲げる只のガキ』です。暗殺者としては三流以下ですねぇ、ヌルフフフ」
やるべき時にやるべき事をやれなかった者は、その存在感を無くしていく。
言われた事実に納得はあったのだろうが、しかし反発も強いのだろう。ころせんせーの手を払いのけ、彼はかつかつと足早に歩いて行った。
そんな様子を、あぐりがひょっこりと現れて確認する。
「あの……、大丈夫ですか? カルマくん」
「おや、この場合は貴女が来るのですか」
「?」
「いえ、何でもありません。
ん、そうですねぇ。前向きに折ったので、立ち直りは早いでしょう。プライドも高いですからねぇ。
……挫折を知らないものは、えてして未熟です。本気でなくとも勝てるため、本当の勝負を知らず育つ危険がある。大きな才能は、負ける悔しさを早めに知れば大きく伸びます」
彼が望んでいたそれは、表面的なことはともかく、努力なくては成り立たないことでしょう。
ころせんせーの言葉に、あぐりが首を傾げてから確認した。
「それで、コデマリですか」
「ええ。ニアが、そういうの好きでしたから」
コデマリの花言葉は、優雅、品位、そして努力。
三つの要素を努力があるからこそ優雅たれるのだという、ころせんせーからのメッセージだった。
「主役はあくまで、彼らですから。
勝つも、負けるも、勝負も力の意味も。
学べるうちに学んでしまえるなら、それに越したことはありません。力については気を付けなければならないところなのですがねぇ」
「……吉良八先生」
「ヌルフ?」
「空気を出しながら私の腰に手を回すのは構いませんけど、烏間先生が見てます」
「にゅや!?」
飛び跳ねて後ろを振り返ったころせんせーに、背後で構えていた烏間は軽く頭を抱えていた。
平和ボケしましたねぇと、あぐりはしみじみ頷いた。
※
「さて、皆さんすばらしい成果でした。5教科プラス総合点の6つ中、とれたトップは三つです。
さっそくゲームスタートと行きましょうか。ヌルフフフ」
す、と両手を合わせて教卓に立つころせんせー。顔は明らかにナメくさっているが、しかし――。
「おい待てよタコ教師」
「ニュ? 寺坂君たち、どうしました?」
教卓の前に出てきたのは、寺坂組の四人である。
その中の、狭間がニヤリと笑って言った。
「ころせんせー言ったじゃない? 五教科だって」
「確かに言いましたが――」
「五教科とは言ったけど、
にゅや!? と驚くころせんせー。あぐりが内心で「(あえてその穴を残してても、やっぱり驚くのね)」と苦笑いを浮かべる中、寺坂組四人は、さっと、四枚の紙を提示する。
それは、四人それぞれの「家庭科」の100点満点であった。
「だぁれもどの教科とは言ってねぇしなぁ、あ?」
「クククッ。クラス全員でやれば良かった」
「ちょ、ちょっと待って家庭科なんて――」
「ふ、そういうことなら俺を忘れてもらっちゃ困るぜころせんせー」
「ちょ、岡島君、それは!!?」
す、と立ち上がったのは岡島大河である。徐に取り出したテストは、保健体育の100点満点。
これには流石に想定外だったのか、寺坂組のそれよりも明らかのころせんせーは気が動転していた。
「この間の、ころせんせーに見せてもら――」
「にゅや!? ちょっと待ってその話は――にゃふッ!!」
無言であぐりがハリセンを放り投げたあたり、今回はかなり真面目に怒って居るらしい。ニコニコ笑顔に闇が見える。
更に更に、律が追い討ち。
『ころせんせー、テスト結果を照合するなら、イトナさんも保健体育と、あと技術で満点なのですが』
「いやいやいやいや、触手で思考能力とか落ちてるはずですよねイトナ君!? 何で今回に限って!?
何で君達、そういうの
尋常じゃない慌てっぷりである。急な変化に対処できないころせんせーの弱点がかなり顕著に現れた形だ。
ころせんせー的には、何としても死守しなければならない。何せ本来予定していた分でも7回攻撃だ。それで落ちる性能が触手生物時代より大きくとも、その対策をしていたころせんせーだったが、仮にイトナや岡島らの保健を認めてしまうと、更にプラス2回だ。もうちょっとで身体能力が常人より凄いレベルまで落ちてしまう。
流石に想定外の事態に慌てふためくころせんせーだったが、
「『だけ』って酷いんじゃないの、ころせんせー。あの寺坂がこんなに頑張ったのを、その一言で切って捨てちゃうのなんてサ」
カルマの擁護に活気付く生徒達。叫ぶ寺坂は軽く流されている。
教室に「9本」コールが響き渡り、ひぃいいいいい!? と身を震わすころせんせーである。
「年貢の納め時ですよ、吉良八先生」
「雪村先生まで何でそっち側居るんですか!?」
そして、あぐりも一体岡島と何をやったのか、どんなモノを見て彼のテストの点数が上がったのか、コトと次第によっては更に恐ろしいことになりかねないようだった。
助け舟、という訳ではないが、そんな中で磯貝が手をあげる。
「あ、それところせんせー。
これは皆で相談したんですが、この暗殺、A組との賭けの戦利品を使いたいと思います」
「にゅ……、やはりそう来ましたか。まぁ予想はしていたので、認めます。細かくは後で話し合いとしますが」
ころせんせーの言葉に、教室中が再び湧いた。
※
「見事にしてやられてたんじゃない? あの男。……あんなのに時間かけてると思うと、ちょっと頭痛いわ」
「まぁ、俺は何とも言えないな。当たり前だが、本心では通常の五教科に力を入れてもらいたかったのだろう」
今頃はA組と交渉中か、と烏間とイリーナはE組の校舎から、下を見下ろしていた。
「だが、認めた以上はそれだけのメリットもあったということだろう」
「メリット?」
「詭弁すれすれだが、その努力は認めるだけの価値があると判断したんだろう。後半はともかく、家庭科については。受験に使わないとなれば、問題の出題傾向は担当教員に大きく左右されるだろう。アイツの授業しか受けて居ない以上、下手すれば5教科以上に満点を取るのは難しいだろう。
そこをあえて、予想外の一撃を与えるために対策を練ったんだ。
自由な発想と一撃のための集中力。どちらも、ここが目的とするだけの力を獲得するのに必要なものだ」
「ふぅん」
イリーナもその言葉には、決してまんざらでもなさそうに本校舎の方をちらりと見て。
「ところで、何で私達留守番なのかしら?」
「……お前の前回のアレを鑑みての処置だ。担任、副担任で十分だろう」
「わ、私の何がいけないっていうのよッ!」
「察しろ」
「ねぇ、せっかく二人っきりなんだから、真夏も近いことだし一緒に汗でもかかない?」
『雪村先生から、場合によっては報告するように指示を受けてます♪』
「ちょ、律!?」
その後、用務員の青年が機嫌が悪そうな二人に「まぁまぁ」と、ヒナギクの花を渡したのはちょっとした余談である。
一方の本校舎。終業式だが、A組との交渉を終え、普段以上に和気藹々としているクラスの中にカルマの姿があった。珍しいな、と磯貝に言われれば「逃げてるみたいになんのは癪だし」と半眼で肩をすくめた。
……そして後方、地味に目だって居るのは律とイトナだ。
律はアンドロイドボディではなく、例の代理さん。無論、その存在感は違和感まみれで(特に菅谷に)ダメージが入る。
イトナは片足で爪先立ちをし、もう片方の足でバランスをとっている。ぱっと見るとヨガっぽいポーズだった。表情は悟りでも開いているかのようで、モードは前回のまま固定されているらしい。
「(雪村先生!? にせ律さんが気になって集中できないですよ!!)」
「(こ、堪えて菅谷くん。
なお、小野津とは不破によってテスト直前に命名された、律の苗字である。
「(烏間先生の前の職場の上司の娘さんで、口も堅いらしいし。小野津さんのお陰で成績も上がったって評判らしいわよ?)」
「(そういうことじゃねぇッスよ!
俺ずっとテスト中隣で、気が散って仕方なかったッス!)」
E組中期末最下位の菅谷だが、しかし全校で見ればそれでも中位に名前がある。
(私だけの力だと、やっぱり弱かったかもしれないけれど……、よく、あの状況からこの子達を引き上げてくれました。私も、頑張らないと)
終業式は、つつがなく進む。アカデミックドレスなころせんせーが一瞬カメラにアイコンタクトをとったりする。奇しくもタイミングが理事長がカメラの映像を見た時と重なり、それを受けて理事長か肩をすくめた。
「E組をダシにしたいじり方も、いつもよりウケが悪いですね。構わないと言えば構わないが、悪い見本のはずの彼らがトップ争いをしたのだから、当然と言えば当然か」
理事長室で映像を見ながら、しかし浅野学峯はどこか楽しげでさえある。
「やはり劇的だ。E組が前を向いている。E組に対する危機感や屈辱は、なお一層奮起する材料となるだろう。
そして予想以上に、B、C、Dクラスへも学業意識が出てきたように見える」
このような状況であっても、なお一層、教育理念は正しく機能している。揺らぐことなく――。
ふふ、と微笑み、浅野学峯はやはり楽しげだ。
「さて、彼らが奮起するのなら、私も奮起できる場所を整備しなければならない。
夏休み中に――、準備しよう」
浮かべるその表情は、支配者然としたものではない、どこか普通の教育者といったような表情であり。
少なくともここ十数年、彼の妻以外は見た事のないはずの顔であった。
※
「はい、これ夏休みのしおりです」
「あれ、今回は薄い……?」
「いえ、全部電子データ化できなかったんで、全15冊分の分冊版です」
「「「「「逆に刷るのに時間かかるわ!!!」」」」」
クラス中の突っ込みの通り、分冊全てを積み上げればアコーディオン状態となるそれは、まさしく電子データ化するより刷った方が時間のかかるそれである。律が『後半までには電子化が終了する予定です♪』と言っているが、それでさえあまり意味はないような気がしないでもない(そもそも情報量が多すぎるので)。
そして何より、1人15冊というのが狂ってる。
「夏の誘惑は多いので、本当はこれでも足りないくらいです。
さて、これより夏休みに入る訳ですが、皆さんにはメインイベントがありますねぇ。本来は成績優秀クラス、つまりはA組に与えられる特典なのですが、トップ50に名を連ねるのはA組とE組のみ、総合こそ逃しましたが5教科中三つの1位がE組であった以上、君達だってもらう資格は十分あるはずです」
生徒たちの開いたパンフレットは、彼らがA組から賭けで奪った商品のそれである。
それをどこか懐かしいものを見るような目で見ながら、ころせんせーは提示した。
「夏休み・椚ヶ丘中学特別夏期講習――沖縄リゾート2泊3日!!
で、数日前に聞きましたが、君達の希望だと私に攻撃する権利をここで使わず、離島の合宿中に行使すると」
「はい! 例の契約上も、いつ行使するかまでは明言してなかったですし」
「9回の攻撃権利のみに満足せず、四方を先生の苦手な水で固められる環境をつくり、万全に、貪欲に狙ってくるその姿勢。
認めましょう。君達は侮れない生徒になってきた――」
ころせんせーのその言葉は、小さく、だが確実に生徒達に染み渡る。
今まで育つことのなかった自信が、徐々に形を帯び始めているのだった。
「親御さんに見せる通知表は、先ほど渡しました。
これは、私と雪村先生からの通知表です――はい!」
ば、ところせんせーが取り出したそれは、おしゃれな色をした封筒だった。各封筒、止めてある箇所に二重丸とタコせんせーの顔。一見して明らかに手紙のようだが――。
「一枚一枚、君達にメッセージを描いています。せっかくですから、中身は家に帰ってから確認してくださいね?」
放り投げたはずのそれが、ちゃんと一人ひとり寸分のずれもなく彼らの机の上に乗る。改めて彼らの担任の人外っぷりであるが、もはや生徒達は誰一人として突っ込みを入れる事はなかった。
配られた生徒たちは、寺坂組でさえ開けることなくそれを手に持ち、ころせんせーの話を聞いていた。
(教室一杯の二重丸に、一人ひとりへの言葉。どんな言葉かは分からないけど、ターゲットからもらった3ヶ月の嬉しい評価だ)
「1学期で培った基礎を十分に生かし、夏休みも沢山学び、遊び、そして沢山戦いましょう。ヌルフフフ」
暗殺教室(二週目)、基礎の一学期、これにて終了!
「はーい、みんな入って? いい、いくよ~?」
どこからともなくカメラを持ってきたあぐりが、生徒達に向けて構えて、写真を撮った。
果たして、浅野学秀は理事長室で追い討ちされていた。
『個人総合一のキープ、おめでとう浅野君』
『……嫌味ですか?』
『半分はね』
くぬどんまんじゅうを学秀の手に一つ持たせながら、理事長は珈琲を飲んでいた。
ぴくぴくとこめかみのあたりが動いてる息子に、優雅に父親たる彼は笑った。
『何やら聞くところによればE組と賭けをしていたそうじゃないか。
そしてそれに君は負けた……。あちらの担任から、賭けの内容について問い合わせも頂いてるから、許可は出しておいたよ。もう引き下がることは出来ないさ』
暗に庇うか、ということさえ匂わせる事もなく、理事長か簡単に今回の話を決着させた。
全校中に話が広まった以上は、この話が覆るコトはかなり難しい。
『前に私にこんなことを言っていたね。首輪をつけて飼ってやるとか。
――残念ながら夢のまた夢だねぇ。同い年との賭けにさえ勝てない未熟者が』
ぎりぎりと歯軋りが続く学秀。そんな彼に「余裕を持たねば禿げるよ、母さんの家系はそういう家だからね」と煽る。煽りに煽る。
その煽りの結果が、今の学秀の左腕の腕時計であった。でかでかとくぬどんが描かれたそれは、校則違反にならないものの、極端にダサい。
教室にて肝心なときに勝てないと攻められる他の五英傑たちを庇うこともなく、ただAクラスに煩いと。自分にリードを引かれるまで大人しくしていろと、浅野学秀は言う。
(――この借りは必ず返す。父より先にまずE組、お前達だ)
終業式後、怒りに燃えるそんな彼の姿を、「彼のスマホ」から、金色の髪をした、どこかの固定砲台のAIに良く似た姿をした少女が覗いていた。