死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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ようやく名簿の時間を手に入れた・・・!
まあ進行速度にあまり関わりありませんが。


第6話:方法の時間 

  

 

 

「あの、イリーナ先生」

「……?」

 

 生徒達と戯れるころせんせーの元へと行こうとした彼女を呼びとめたのは、雪村あぐりであった。ちなみに今日の格好は、午後の授業を考慮してか白衣姿である。

 下に着用しているブラウスの背中は例のごとく彼女のセンスが炸裂しているはずだが、隠れているためぱっと見は大人しめに見えた。

 

「煙草は止めた方がいいですよ? 体に障りますし、授業もありますし」

「授業……? 自習でもさせておけば良いでしょ。

 あとファーストネームで気安く呼ばないでくれるかしら。いくら形式上同僚でも」

 

 ころせんせーこと吉良八に見せた態度とは、大きく違う。

 眉間を暗くしながら煙を吐き出すその仕草は、こちらが素だろうと簡単に予想できるものだった。

 

「あの男の前以外で先生を演じるつもりもないし。

 あとせめて苗字で呼びなさい。イェラビッチ様とか、そういう風にね」

「……そういうの、逆に生徒たちの前で言わない方が良いと思いますよ?」

「は? どうしてよ」

「いえ、カルマ君とか辺りが中心に……。まあ忠告というか、少しでも頭に留めておいてください――」

 

 イリーナ先生。

 あぐりは、彼女の言葉を無視してファーストネームを呼ぶ。

 

 ぴくり、と眉が動くも、イリーナが咎めるより先にあぐりが言葉を続ける。

 

「……貴女がどういう立場の人なのか、なんとなくわかりました」

「わかった?」

「雰囲気というか……、結構身近にいるもので。貴女の同業者は」

「ふぅん? アンタも変な人生歩んでるのね、雪村」

「あぐり、で結構です。むしろ私達(ヽヽ)は最後までイリーナ先生と呼び続けますから」

「そう。……言ってる事よくわかんないけど、いいわ、あぐり。

 それで、何の用かしら」

 

 にやりと笑うイリーナ。

 少しだけばつが悪そうに、あぐりは頭を掻く。そして、指を一本立てた。

 

「本当なら少し縄張り主張するつもりだったんですけど、勘違いだったみたいですので……、気が変わりました。

 私と一つ、ゲームをしませんか?」

 

 あまりに予想外の言葉に、イリーナは不審げな顔をする。

 

「たぶんイリーナ先生は、これからあの人(ヽヽヽ)に挑戦するおつもりなんでしょうけど……。それに対する賭けです」

「賭け?」

「ええ。もし吉良八先生に挑んで、負けたとしたら――挑戦続けるのは構いませんけど、ちゃんと先生らしく授業をしてください」

「はぁ?」

 

 わけがわからない、とイリーナ。前提としてまず彼女は負ける気がしていないわけだが、それに加えて負けた後の話までされているのだから、聞いていて虫の居所が悪くなる。

 

 しかし、あぐりの目は真摯そのものだ。騙し易そうではあるが、そう提案してくる理由までがわからない。

 

「……逆に聞くけど、その賭けって私にメリットってあるわけ?」

「―― 1億円」

 

 ぴくり、とイリーナの表情が動く。

 

「もし貴女が成功して、彼が教師を続けられる程度に殺さないでくれたなら、それくらいあげますよ?

 支払いは私じゃないんですが」

「……そんな金、一体どこから出るのかしら」

「蛇の道は蛇、ということで」

 

 態度が何一つ変わらないあぐり。微笑む立ち姿は、平凡な女教師にしか見えない。

 しかし見方を変えれば、堂々としたその態度が彼女の言葉に言い知れぬ説得力を与える。

 

 言ってることはかなり滅茶苦茶であるが、しかし、イリーナの今回のターゲットは、彼女の師匠が「挑戦」してこい、と言って送り出した相手だ。

 事実、防衛省とつながりがあり、英語教師として赴任するのに何ら問題も発生させなかったほどだ。

 

 実際のところ、ターゲットたる彼は彼女の赴任には手をつけていないため、イリーナが彼を狙っている事に気付いてもいないだろう。

 

 むしろその上で、相手のバックについているはずの防衛省が自分のような相手に手を貸しているあたり、相手の意図が透けてみえる。

 

 最初から、イリーナの暗殺が失敗するという前提で組まれているのではないかと。

 

(……舐められてるわね)

 

 煙草を携帯灰皿に入れながらも、イリーナは舌打ちをする。

 事実その通りであり、先ほど話し合っていた烏間も断定するほどである。

 

 そういう意味では、今回あぐりが提案して来たこの話は、むしろ唯一彼女の暗殺が「成功」するかもしれない、という可能性を提示しているものに近い。

 

 気に入らないが、今回の仕事においては一番マシ(ヽヽ)なのが、あぐりの賭けであるとも言えた。

 

「……いいわ。やってやろうじゃない」

「ありがとうございます」

 

 にこり、と微笑むあぐり。

 ころせんせーのそれとは異なる種類であるが、しかし滲んだ感謝は真っ直ぐなものだった。

 

 両者に共通するそれは、おそらく「相手や生徒を想う心」だろう。

 

 イリーナには、いまいち理解できない感覚である。

 だが差し出された手を、握り返しても良いかというくらいには、不機嫌さは晴れた。

 

「……あ、せっかくですから、お近づきの印にこれを」

「……何よ、これ」

「実家の方で今販売している、『タコせんせー』ってキャラクターのグッズです。よかったら――」

「ダッサ……。人気あんの、これ」

「結構売れてるんですよ? 今年中には都内にあるお店の雑貨ステーショナリーコーナーとかでも売りますし」

「こんなのが!? Are you sane that you talk about that!!?

I cannot understand Japanese seriously……」

 

 ただ、彼女から手渡された「タコせんせースマホケース」(殺せんせーの顔がついたスマホカバー、ちなみにピンク色)のセンスだけは、正直意味がわからなかった。

 

 

 

   ※

 

 

 

 午後、英語の授業。

 堂々と尊大な態度を隠さず、イリーナは3-Eに向かって言い放った。

 

「教師なんてするつもりもないから。私の事は、イェラビッチお姉様とでも呼びなさい?」

 

 唐突な豹変に、教室中の反応が遅れる。

 だがしかし、当たり前のように3-Eはお行儀が良いクラスではなかった。

 

「……で、どーすんの? 雌犬(ビッチ)ねえさん」「略すな!」

 

 カルマの呼び名に反射的に突っ込みを入れたイリーナ。侮辱されたのだから当然の反応。

 がしかし、

 

「ビッチねえさんどーすんのさ?」「ビッチねえさん、授業してくれよー?」「そうだよビッチねえさん」「一応ここじゃ先生なんだろビッチねえさ――」

「ビッチビッチ五月蝿いわねッ!!!!」

「つまり、貴女が僕等のビッチと――」「おぉ、ビッチ様ぁ!!」

「しばくわよガキ共ッ!」

 

 磯貝、前原、中村、菅谷と続けざまに連呼され、流石にダメージを受けたようだ。

 自尊心にぐさぐさ刺さる刺さる。

 トドメの竹林と岡島に、思わずチョークを投げた(ちなみに前者はカルマがテキトーに投げた消しゴムで防がれる)。

 

 面白いぐらいにペースが乱れるイリーナ。

 ふざける子供に、容赦の二文字は存在しない。

 

 嗚呼これか、と彼女は思わずあぐりの言葉を思い出す。

 急に、棘のある応対をしたことが何だか悔やまれた。

 

「ころせんせーを殺しに来た殺し屋、ねぇ……。なんだかぞっとしない話じゃん。

 でもさ、クラス総がかりで未だ倒せ(ころせ)ないモンスター先生。ビッチねえさん一人でやれるわけ?」

 

 ころせんせーの自称がどこまで本気なのか、3-Eクラスは未だ半信半疑だ。

 だがそうであるにしても、イリーナの作戦には多少興味があるのだろう。

 

 やや小馬鹿にしながらも、カルマは彼女の言葉を待つ。

 

「ガキが。大人には大人の、もっとクレバーなやり方があんのよ」

 

 対するビッチねえさんも、上から目線では負けていない。

 渚を指名して立たせると、カツカツと歩み寄り――!

 

 ――ズキュウウゥン!

 

 不破優月の脳裏に、吐き気を催す邪悪が投影された。別にシビれも憧れもしないが。

 簡単に言うと、渚の唇がイリーナによって奪われたのだ。

 

「おおおッ!」「へぇ」「うわ……」「おー」

「な、な~~~ッ!!?」

 

 複数の生徒が、特に隣の席の茅野が過剰に反応する。

 だが、それで終わらないのがプロのクオリティ。

 

 わずか五秒ほどで、渚の口内は大人気ない強引さに三十回強蹂躙された。

 

 抱きしめられる渚。力なく青い顔をしている。耳下で何やら囁くと、イリーナはテキトーに離して(一応)座席に座らせた。

 

「いい? 有力な情報とか持っている子は話しに来なさい? 女子には女子用にオトコも用意してあげるし」

 

 突然の暴挙に、教室はそれなりに衝撃を受ける。

 グラウンドの方を指差すイリーナ。そちらの方には、三人ほどの明らかに大掛かりな荷物を装備した男達が歩いてくる。

 

(……た、たぶん彼等もプロだ)

 

 状況と、それからどこか「本能的」に、渚は彼等の正体を看破した。

 

「いい? 技術も人脈もあるのがプロの仕事よ。実力ってのは、こういう繋がりのことを言うの。

 ガキは外野で大人しく拝んでなさい。

 あそうそう、少しでも私の仕事(あんさつ)を邪魔したら――殺すわよ?」

 

 不意に取り出された金色のピストル。それを構える彼女には、確かにプロの殺し屋を自称するだけの説得力が溢れていた。

 

(……気絶するほど上手いキス。従えて来た屈強な男達。

 そして何より、殺すと言う言葉の重み)

 

 少なくとも、彼女がプロの殺し屋であることは、もはや疑いようもない事実だった。

 

(でも、同時にクラスの大半が感じた)

 

 この先生は――嫌いだ。

 不穏な空気が、教室に立ちこめる。

 

 それに気付かず、イリーナは窓を開けて男達と相談を始めた。

 

 もっとも、そんな空気ごときで一切へこたれない生徒は居るわけだが。主にカルマだが。

 

「で結局授業どーすんの? ビッチえねさ――」

「だからしつっこいわね! ちょっと待ってなさいッ」

 

 男達との会話を思わず一時中断して、黒板の手前に走る。

 チョークでガリガリと書き出す彼女に、おお、と渚たちは唸った。

 

「まず、正確な発音と言語体系を把握ッ! BとVの区別も付かないで将来会話できると思うな、グローバル社会なめんなッ!」

 

 悲痛な叫びである。荒々しく書かれた「-Vic」と「bitch」。それぞれに付随する意訳まで、雑ではあるが一応書かれていた。

 

「vの発音は正しく下唇を軽く噛むこと! 良い? ブ、イ、じゃなくて、ヴ、イ。ほら実践!」

(((((その気になれば授業、普通に出来そうじゃん)))))

 

 クラス中の内心の突っ込みはあったが、とりあえず実行するくらいには「暗殺教室」の環境にならされている3-Eであった。

 

「そうそう♪ そのまま過ごしてれば静かで良いわ。私、これから仕事だから」

(((((何なんだこの授業ッ!)))))

 

 ヘイトは溜まる一方である。

  

 

 

   ※

 

 

 

「怪しい三人組を昨日、呼び込んだそうだな。そういう話は通達されてなかったぞ」

「ああ。腕利きのプロたちよ。口は硬いし、今じゃ私に無償で手足になってくれる。

 仕込みは終わったし、もう殺るわ。渚から、弱点も色々聞いたし」

「そうか。まあ、精々頑張れ」

「……やっぱり、アンタらはそういうスタンスよねぇ。言っておくけど、プロを舐めないで頂戴」

「変な事は言った覚えはない。精々とは、英語で言えば Strenuous だ」

 

 翌日の早朝。

 校舎裏にて、イリーナと烏間との会話である。

 

 やけに自身満々なイリーナに一応烏間はエールを送ったが、どうやら何か癪に障るらしい。

 烏間的には「やれるだけやってみればいい」というスタンスなのだが、どうやらその上から目線というか、結果を予期した上での言葉が気に喰わないのだろう。

 

 烏間の前から立ち去る彼女。その背中は、振る舞いほど大きなものには見えない。

 まあなるようにしかならないだろう。そう考えて、烏間は授業の準備に取り掛かる。

 

 ぞろぞろとジャージ姿の生徒たちが集る。全員が授業に取り組むわけではないが、それでもどうであれ烏間の教え方に変わりはない。

 

「「「「「おはようございます、烏間先生」」」」」

「おはよう。今日はまず最初に射的。終わり次第球技をしていきたいと思う。じゃあ、脇を締めて――」

 

 烏間の指導は、やはりというべきか中学生に教え込むレベルではない。

 使用する武器がBB弾銃だということも忘れるほどに、説明は実銃を想定した扱い方だ。

 

(やっぱり、特殊部隊上がりってのが気になるな)

 

 考えながらも、渚は前原たちの狙撃を見て、メモを取る。「あっちゃー、もうちょっと左上にしないとかぁ」というような小言さえ、簡単にまとめて記述していた。

 

「……お? おいおいマジかよ!」

 

 三村航輝が唸る。そちらを見れば、ころせんせーがビッチねえさんの後を、デレデレしながらついていくところだった。

 

「なんかガッカリだなー。ころせんせー、あんな見え見えのに引っかかって」

「……烏間先生。私達、あの人のこと好きになれません」

 

 生徒らの言葉に、烏間は目を閉じる。

 

「すまないな。だがわずか一日で準備を整える手際。殺し屋として一流なのは確かだろう」

「……本当に殺し屋なんですね。結構普通そうなのに」

「そんなものだ。殺し屋だろうが何だろうが、『普通』は人間だ。マッハ20で動く、複数の触手を持つ生物などそうは居ない」

(((((何で例えがそう、具体的なんだろう)))))

 

 とか何とか言っていると、ふと、あぐりがきょろきょろと周囲を見回しながら歩いて来るではないか! 昨日に引き続き、今日も白衣姿である。

 

「ゆ、雪村先生?」 

「あ、みんな。吉良八先生知らない?」

「奴なら今、イェラビッチに引きずり込まれたところだ」

 

 あー、とあぐりは苦笑いした。

 

「じゃあ、ひょっとしたら準備してきたの、無駄にならなかったかー ……」

「準備?」

 

 頭を傾げる渚に、あぐりは手持ちのバッグから何かを取り出す。

 

 それは、半纏だった。

 まっ黄色で、裏にニコちゃんマークじみた笑顔の描いてある。

 

「……せんせー、それって『タコせんせーはんてん』とか言い出さない?」

「おー、よく分かったね倉橋さん」

(((((一体何に使うつもりで持ってきたんだろう……)))))

 

 生徒ら大半の疑問に対して、果たして、倉庫から悲鳴が上がる。

 いや、悲鳴というよりは……。

 

 少なくとも、聞いていたあぐりが半眼になって倉庫を見つめるくらいには、必要以上にアレな喘ぎ声であったことに違いはあるまい。

 

 ここで「行って見ようぜ!」と言える勇者は前原陽斗か。何だかんだで岡島大河よりは、前原の方が色々と経験豊富なことも手伝ってだろう。

 

 渚たちが到着すると、倉庫の入り口を開けてころせんせーが出てきた。

 めちゃめちゃ良い笑顔である。

 まるで

 世界中が平和になった知らせでも受けたような、爽快感すら感じさせる笑みだ。

 

 口元が、だらしなくニタニタしてさえいなければ。

 

 「おっぱいはッ!?」と確認を取る岡島に、「女の人に対してその呼び方はないでしょ!」とあぐりのハリセンが落された。

 

「いやぁ、もう少し『楽しみたかった』ところですが、皆さんとの授業の方が楽しみですから。

 あ、雪村先生。おはようござ――ヌニャ!」

 

 スパァン! と炸裂するあぐりのハリセン。流石にちょっと怒り顔である。

 

「な、中で一体何が――ッ!」

 

 渚たちは、煙漂う校舎の入り口から出てきた、ビッチねえさんに驚愕した。

 

 端的に言うと、ブルマである。というか体操服である。

 胸には「イリ――――ナ」というように、テキトーに書かれたゼッケン。

 髪は後ろで纏められ、頭には赤いハチマキ。

 

「び、ビッチねえさんが健康的でレトロな服にされてる!!?」

 

 突っ込みに大して、反応する余裕すらないイリーナ。ぜいぜい頬を上気させながら、ゆらゆら揺れていた。

 

「ま、まさか、一分足らずであんなことを――うぅ」

(((((どんなことだ!?)))))

 

 どさり、と倒れる彼女に、一同が同時に思った。

 渚の視線に対して、ころせんせーは見たこともないような無表情で返した。

 

「さてねぇ。大人には大人の手入れがありますから」

「悪い大人の顔だ!」

 

 ちなみに倉庫の中で倒れている男衆三人が、こぞってころせんせーに尊敬の念を向けた顔をしていたことは、完全に余談であった。

 

「さあ、授業はまだ終わってないでしょう。烏間先生のところに戻りましょうか!」

「「「「「はーい」」」」」

 

 ヌルフフフフと笑いながら生徒を誘導するころせんせーたち。

 倒れ伏すイリーナは、恥辱(健全レベル)と屈辱に肩を震わせていた。

 

「許せない……、こんな、こんな訳の分からない無様な失敗初めてだわッ」

 

 ハチマキを解きながら、彼女は思い返す。

 

 色仕掛けで倉庫へ誘導し、実銃の雨あられにさらせば確実と考えた。

 しかし実際のところ、全く恐ろしい事に三人分の自動連射の弾幕をものともせず、しかも彼等の目の前で「手入れ」までされる始末。色々な意味で、もうあの三人をあのターゲットに差し向ける事はできないだろう。

 

 完全に三人の心をがっしり掴み、尊敬の念すら(色々な意味で)集めている。

 

「この屈辱、プロとして絶対返して――!」

 

 と、ふわりと肩にやわらかな感触。

 黄色い布地は薄手ではあるが、どこか着用者を安心させる大きめの作りとなっている。

 

「大丈夫ですか? イリーナ先生。色々されたと思いますけど」

 

 困ったように微笑みながら、雪村あぐりは彼女に半纏をかけてあげていた。

 明らかに気遣いである。衣服の種類こそ残念なセンスであるが、おおこれぞジャパニーズカインドマインド。

 

 イリーナは数秒硬直した後、両目に涙を溜め。

 

「貴女は女神か、あぐりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!」

「へ? あの、イリーナ先生!?」

 

 とにかく、あぐりの足に縋り付いて泣いた。

 まあ、色々と仕方あるまい。

 

 

 

   ※

 

 

 

「いやぁ、ごめんね? 手伝ってもらっちゃって」

「人数分の器具を一度に運ぶのは、先生二人でも限界があるでしょ?」

「ヌルフフフ、お陰で一回で済みますねぇ。流石クラス委員のお二人。頼りにしてますよ?」

「ま、先生がマッハで往復できたら一回で住むんだろうけどさ」

 

 ちなみに以前、ころせんせーが杉野友人に言った700マイルであるが、時速換算にするとマッハ1の約90パーセントほどだったりする。

 それはともかく。ころせんせーと雪村あぐりは、クラス委員の片岡メグと磯貝悠馬に器具運搬を手伝ってもらっていた。

 

「こういうことは、手伝ってくれる気持ちが嬉しいものだから」

「そういうことですね、ヌルフフ……」

「……ころせんせー、どうしたの?」

「ヌルフ……」

 

 ちなみにころせんせー、左頬が妙に赤い。まるで何かやわらかなもので長時間ぶたれたみたいな。

 その原因となった場所に二人とも駆けつけはしなかったので、詳細は後で知る事になるだろう。

 

 もっともあぐりが「ふん」とツーンとした態度をとったので、犯人は一瞬でわかるわけだが。

 

 理科室に到着して扉を開けると、生徒が数人飛びかかる。

 しかし当たり前のようにそれをアクロバットに滑空して避け、ころせんせーは道具を配り始めた。

 

「こら、荷物運搬は危ないから、置き終わるまで待ちなさい!」

 

 ちなみに本日のルールは「午前中に当てる」こと。若干テキトーさが強い。

 そして生徒の作戦も、段々なり振り構わなくなってきていた。

 

 あぐりたちの持っていた道具も設置し終えた後、ころせんせーはにこにこと微笑んだ。

 

「三人分のナイフ、避けながら、準備、終わらせやがった……」

「前原君。私だから問題ありませんが、友人間で重い荷物を持っている相手なら、ふざけて襲いかからないでくださいね? 大惨事しか待ってません」

「当たり前じゃん……」

「大丈夫か?」

「い、磯貝ぃ……」

 

 やはりこれくらいの不意打ちでは駄目だ。カルマがニヤニヤ笑って、ころせんせーの動きを観察していた。

 

「さあ、授業を始めましょう!」

 

 

 

「とりあえず、彼等にちゃんと謝るんだ。話はそれからだ。このままここで暗殺を続けたいのならな」

 

 職員室に戻るなり、パソコンを操作しながらな烏間の一言である。

 

「……どういうことよ」

「雪村先生から言われなかったか? このまま授業せず自習を続けたら、数回もせず学級崩壊状態だろうに。

 先天的な超能力者でも、エゴの反動としてペナルティを負うくらい常識的な考えだ」

「後半全然何言ってるかわかんないんだけど……」

 

 あぐりに散々慰められて(といっても愚痴を聞かせ続けただけだが)、ようやく立ち直ったらしいイリーナ。

 色々と余裕がなくなっているのか、思わず机を叩き、叫んだ。

 

「……でも、私教師の経験なんてないのよ! 本職だけに集中させてよ――」

「……仕方ないな。付いて来い」

 

 イリーナを促し、烏間は廊下を歩く。

 向かう校舎の奥は、現在E組が授業中だ。

 

 なお、きちんと給料日直後なので駄菓子没収という暴挙には打って出ない。

 

「あ、あの、先生……」

 

 と、奥田愛美が小さな声で立ち上がる。メガネにお下げ、どこか気の弱そうな反応だ。

 ころせんせーに促されると、彼女は両手に持っていたメスフラスコ三本を突き出した。

 

「――あの、毒です飲んでくださいッ!」

(((((ストレートに行ったな!!)))))

 

 不安そうに見上げる彼女に、ころせんせーとあぐりは顔を見合わせた。

 

「……奥田さん、先生一応人間ですから、飲んだらたぶん死んでしまいます」

「だ、駄目ですか……?」

「……では、ルールをちょっと変えましょう。

 先生が、奥田さんのこれらの毒物の正体を当てます。正解ならせんせーの勝ち、失敗ならせんせーの負けで、それぞれの回数分のダメージを負いましょう」

 

 確かにそのルールなら、ゲームとして成立するだろう。

 

 ちなみに烏間とイリーナは、そろって仲良く白目剥いている。

 

 ころせんせーは瓶を一つ一つ開け、手で香りを嗅ぐ仕草。

 

「……この香り、水酸化ナトリウムですねぇ」

「酢酸タリウムですね」

「……奥田さん、王水まで一人で作っちゃうのは、せんせー感心しませんよ?」

 

「せ、正解です……」

 

 当たり前のように全てを当てるころせんせー。

 やっぱりか、みたいな空気が流れ始めているが、そんなもの流れている時点でおかしい。 

 

 当てられてしまったことに落ち込む彼女に、ころせんせーは微笑んだ。

 

「生徒独りで毒を作るのは、安全管理上見過ごせませんよ。作業中の死亡事故なんてざらです。いくら好きだからといっても、甘く見てはいけません」

「はい、済みませんでした……」

「じゃあ、そうですねぇ。今日は特別授業としましょうか」

「へ?」

「先生実は、こんな資格も持っていましてねぇ……」

 

 ささっと懐から取り出したパッド端末。操作して表示された写真は、ニヤニヤ笑いながらピースを決めるころせんせーと、彼が手に持つ「毒物劇物取扱責任者」の合格証だった。

 

「時間もまだありますし、今日はこのまま君と一緒に毒物を作って見ましょうか」

「あ、はい!」

「雪村先生、カーテンを閉めてください」

「……わかりましたから、無茶はしないでくださいね」

 

 トントン、と足元で『規則的に踏み鳴らす』と、ころせんせーは中央の机で準備に取りかかる。

 

「ターゲットと一緒に毒薬作るって……」

「あはは……」

 

 茅野も渚も、また微妙な表情だ。

 別に飲ませるものを作るわけでもないだろうに、渚は律儀にもメモに「奥田さん」のページを準備した。

 

 生徒たちや烏間、イリーナの見守る中、ころせんせーの特別授業が始まる。

 せんせーの指示に従い、薬物をビーカーに入れていく奥田。水を中心に薬物を化合していく。

 

 作りながらも、せんせーはトークを絶やさない。

 

「君は、理科の成績は良いんですけどねぇ」

「でも、それ以外はさっぱりで。言葉の良し悪しとか、複雑な感情表現とか、何が正解か曖昧で……。

 だけど数式や化学式は、絶対に正解が決まってるから。他のことは、必要ないです」

「ヌルフフフ……」

 

 しばらく経たないうちに完成する液体。せんせーは、すぐさまコルクでそれに詮をした。

 

「さて、奥田さん。君に今作ってもらったこれ、何だかわかりますか?」

「えっと……、たぶん、シアン化カリウムですか?」

「はい正解です。皆さんには、青酸カリと言った方がわかりやすいでしょうか」

 

「「「「「青酸カリ!?」」」」」

「青酸カリ!!!」

 

 飛び退く周囲の生徒達と、ガタと突如、立ち上がる不破。

 喜色が浮かんでいる顔は、一体何に琴線が触れたというのだろう。

 

 目の前で完成した、たぶん日本一ポピュラーな毒物の一種。

 渚たちは、一歩遠ざかる。

 

「さて奥田さん。問題です」

 

 ころせんせーは、にこりと微笑みながら、

 

「――これを私が、誰かに投げつけると言ったら、君はどうします?」

「へ?」

 

 突然の質問に、彼女は目を見開いて、硬直した。

 

「現在蓋をしているので、そこまで害はないといえます。ですが開封されれば、当然危険ですね。危ないですし、かかれば被害を負います。水に溶けている時点で既に相当なアルカリ性を示しているわけですからねぇ。しかも量が量ですし、無傷ではいられないでしょう。

 さて、どうします?」

「ど、どうしますって言われても――」

 

 止める、と断言できないのが痛い。

 ころせんせーがその気になれば、生徒たちの反抗など雀の涙に等しい。

 もしそんなことをされれば、彼等に太刀打ちが出来るわけはないのだ。

 

 にこりと微笑みながら、せんせーは続けた。

 

「無論、せんせーにそんな危険思想はありません。でも、そういうことをする人間も居ないわけではありません。天使のような顔をして悪魔が近寄ってくることなんて、日常茶飯事です」

「はい……」

「だからこそ、そういった『騙す』ことにも、『騙されない』ためにも、国語力というのは必要なものですよ?」

 

 はっ、とした顔で、奥田はころせんせーの顔を見る。

 渚はメモを開始した。

 

「どんなに優れた毒を作れても、何も考えずに作り手渡せば、利用されて終わりです。先ほど渡されたこの三つとて、同様ですねぇ」

 

 それぞれの蓋を開け、ころせんせーはてきぱきと色々な瓶から物を取り出し、中に注ぎ込む。

 

「そうですね……、渚君。君がせんせーに毒を盛るならどうしますか?」

「へ? う~ん……。せんせーが好きなジュースのペットボトルに注いで入れて、疲れてそうな時に渡す、かな」

 

 注目されて、戸惑いながらも渚は答えた。

 

「人を騙すには、相手の気持ちを知る必要がある。

 そして受け取ってもらえるよう、言葉にも工夫をする必要がある。

 上手に毒を盛るために、必要な方法(もの)が『国語』です」

 

 青酸カリと王水を除き、中和が終わったろう液体たちを廃棄するころせんせー。

 王水はといえば、大量の水を流しながら少し、少しずつ流す。

 

「君の理科の才能は、将来みんなの役に立てられることでしょう。それをより多くの人にわかりやすく伝え、使ってもらうために。毒をわたす国語力(ほうほう)も鍛えてください?」

「――は、はい!」

 

 晴れやかな笑顔を浮かべる奥田に、教室が何とも言えない笑顔に包まれる。

 カルマがははと笑い、一言。

 

「やっぱりみんな、暗殺以前の問題だよね」

 

 

 

「……何よ、あれ」

「わかるか? 水曜6時間目のテスト同様だが――奴は、生徒に合わせて『問題を作っている』」

「……」

 

 烏間は、言葉を失うイリーナに続ける。

 苦手や得意に合わせて、クラス全員の全ての問題を作り分けている。

 それを中心にまた、生徒たちの問題解決にも手をかける。彼流に言うなら「手入れ」しているわけだ。

 

「――奴の教師の仕事っぷりは、まだ一年もやって居ないにも拘らず完璧に近い。

 わかるな? 生徒と教師。アサシンとターゲット。あくまでも『命のやりとりをしない』範囲でだが、この奇妙な場所では、誰しもが二つの立場を両立させている。

 お前がプロであることを強調するならば……、見下した目で生徒を見るな。

 彼等と我々は、ある意味では『対等』だ」

 

 立ち去る烏間に、イリーナは言葉を発さなかった。

 ただ――強く唇を閉ざし、じっと自分の手を見つめ。

 

「……あぐりが言ってたのは、こういうことかしら」

 

 少しだけ泣きそうな目をして、小さく笑った。

 

 

 

   ※

 

 

 

 さて、後日英語の授業。

 

「ヌルフフフ、すっかり馴染みましたねぇ」

「まぁ、一応な」

「いえいえ助かりましたよ? 私がやっても、単なる嫌味になってしまいますし」

「だからといって、俺とてそういうのはよく分からん」

「やはり烏間先生は、結構無自覚みたいですねぇ。

 ……それにしても、完全にいじられキャラですね」

 

 教室内で「ビッチ先生」「ビッチ先生」連呼されることに、ブチ切れるイリーナの姿がそこにはあった。

 

「まあ、無視されるよりは大分マシだろう。一応謝ったみたいだしな」

「ヌルフフフフフフフ」

 

 要するに、イリーナは普通に授業するようになったのだ。

 まあ普通というには、英語の例文に取り出したものが「ベッドの上での君はすごい」だの何だのである時点で充分アレだが。

 

「なめてんじゃないわよ、このクソガキ共ッ!」

 

 しかしそれでも、生徒達にブーイングされるよりも先に、彼等と馴染むことが出来たのは事実。

 そんな様を見つめながら、ころせんせーはパッド端末を開く。

 

「一昨日ロヴロさん(ヽヽ)に確認したところ、今回のこれは私の依頼という以外に、彼女自身の技能増強も兼ねてのことだそうで」

「技能?」

「何だかんだで、彼女も一点突破型ですからねぇ。潜入と色仕掛けだけ(ヽヽ)では、首脳規模の暗殺など実行できません。まだまだ修行中ということですね」

「……嫌に実感のこもった発言だな」

「事実ですから。知ってるでしょう? 烏間先生は」

 

 にたり、と笑うころせんせーに、烏間は何とも言えない表情になる。

 

「さて、ではあぐりさんと、問題作りの続きをしましょうかねぇ。多少時間がとれるようになって、以前よりもスケジュールが楽になりました」

 

 ヌルフフフと笑いながら廊下を歩くころせんせーに、烏間は少しだけため息をついた。

 

 

 

 そんな光景を、教室中の騒ぎと「並行して」渚は観察していた。

 会話までは聞こえない。だが、二人が色々と相談しあっていたことは間違いない。

 

(正確なところはよくわからないけど、たぶん今回も、ころせんせーたちが動いたんだろう)

(猛毒を持った生徒でも、銃弾を隠し持った美女でも、みんな只の生徒や女性にされてしまう)

 

 生徒の笑いと、教師の絶叫が響く教室の中。

 

(……まだまだカルマ君を除いて、せんせーを打倒に迫れる生徒はいないみたいだ)

 

 渚もその流れの中に溶け込み、一緒に大声で笑った。

 

 

 なおその隣で、イリーナが机を叩くたびに揺れる巨乳に、涙目を浮かべながら「うがー!」と叫んでいる茅野が居るのは、完全に余談である。

 

 

 

 




わかりにくい烏間先生のアドリブ台詞。
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