1945年 呉鎮守府
桜の季節は過ぎ去り、四度目の夏がやって来た。
南の国ほどではないにしろ、その海と空は青く晴れ渡り、巨大な入道雲がゆっくりと過ぎ去っていく。
波はキラキラと鬱陶しいくらいに煌めいていた。
軍港を見渡せる、岬から突き出た防波堤に何人かの少女が座っている。
そこから見える鎮守府は、かつての活気を失ったように見えなくもないが、そこにはまだ何隻もの艦艇が浮かび、穏やかに時を過ごしていた。
もう出撃することもなく、ただ、ゆっくりと。
しかし、それでもまだ戦争は終わっていなかった。
穏やかな時間と相反するように、敵の脅威は日々この場所にも迫っていたのである。
「ん……」
逆光の中の少女が釣竿をひく、しかし海中から引き揚げられた釣り針にはなにもかかっていなかった。
「……」
餌をつけ直し、再び投げる。
さっきからこの繰り返しだった。
「日向~……釣れた?」
後ろから伊勢の声がする。彼女は竿を固定したまま、自分は防波堤のコンクリートの上にあおむけに寝そべっていた。
まるでやる気を感じられない。
「見たら分かるだろう……」
「ん~……知ってる」
伊勢と日向の間におかれたバケツには、半分干あがって蒸発した海水が入っているのみである。
「でも、さっきちょっとぴくっと浮が動きましたよ。そのうちきっと……皆さん全員の晩御飯分にはならないかもしれないですけど……」
防波堤の少し離れた所に竿を下ろしているのは榛名だった。
日傘をさしながらも、その顔には汗がじんわりと浮かんでいる。
「あ、あ~いいのよ榛名さん。こいつの我がままでやってるだけなんだから。食材調達なんて最初から期待してませんし」
「我がままとはなんだ……この前は大漁だったぞ」
伊勢型姉妹はいつもの減らず口を互いに交わし合う。
というか、こういう感じでないと会話できないようだった。
「いや、だから今日は天気も良いし、こんな蒸し暑い時間に魚も出てこないでしょ、って言ったじゃん。時間が悪い!」
「……だが、他にすることもない……鎮守府にいても退屈なだけだ」
「こんな直射日光の中にいるよりはましだって~、日向日焼けしちゃうよ、夏休みの小学生みたいになっちゃうよ?」
「お前も私も、いまさら外見を気にするようなタマか?」
「その発言は女の子的にどうなのさ……日向」
その言い合いに、榛名が笑い声を洩らす。
「ふっ……ふふふ……す、すいません」
「どうした?」
「いえ、お二人の会話が面白くて」
その榛名の言葉に伊勢と日向は顔を見合わせる。なにがおもしろいのかさっぱり分からないようだった。榛名特有の謎のツボがあったのかもしれない。
「……榛名さん、別に無理に付き合ってくれなくてもいいのよ?本当にただの暇つぶしなんだから」
伊勢はすこし心配なようだった。榛名のお嬢様風の見た目と性格から、釣りが好きだとは到底思えないからだったが。
「あ、いえ、私釣りは好きですから……私もやりたくて来てるんです」
「そう?」
そういうなら、もはや伊勢に止める言葉は無かった。
「ここからクレーンが見えるじゃないですか……私、クレーンってなんだか好きなんです。それに釣りってちょっとクレーンに似てますし」
その意味不明な発言に伊勢と日向はまたしても顔を見合わせる。だが、まあ、榛名のちょっと天然っぽいところはすでに知っていた。
北号作戦以降、ずっとここで一緒だったのである。
「へ、へ~……クレーンかぁ……」
「そうなんです、今まではただ荷物を積み込んでくれるだけの物だと思ってたんですけど。こうやってゆっくりと眺める時間を頂いて……改めてすごいなぁと思って」
「ふ~ん……」
「最近あまりお仕事がなさそうなのが残念ですけど……」
まあ、確かに最近はやることもなくただぼんやりと港を見るだけのことは多いので。必然的に港湾施設は良く観察することになるが……。
榛名の思考には着いていけない部分があった。
「……」
なんと返せばいいのかわからなくて、三人は再び黙りこむ。
その後しばらくまったく釣れる気配も無かったので、伊勢の小言もようやく届いたのか、日向はおもむろに立ち上がり。
「帰るか……」
と言ったので伊勢と榛名も帰る支度をした。
毎日がこんな感じで、まるで本当の夏休みのように時間は無為に過ぎて行った。
こんなのでいいのかと思いつつも、でも、こんな穏やかな時間がずっと続いて欲しかった。
出撃も、訓練も、何もない世界。
しかし、楽しい夏休みはいつかは必ず終わってしまうのだ。どれだけ望んでも、その終わりは必ずやってくるのだ。
その破滅の足音が、徐々に近づいてきていたのは、誰もが感じていたことだった。
それにおびえながらも、皆最後の休息をかみしめていた。
この時期、鎮守府にいた艦娘はそのほとんどが姉妹艦を失っていた。
榛名をはじめ、利根、青葉、北上、そして未だ出撃したことも無い天城、葛城。
その中で姉妹揃って無傷で健在だということがどれほど奇跡のようなことか。それを伊勢と日向はかみしめていた。
負い目すら感じていたのかもしれない。
なぜ彼女たちは沈み、自分が生き残ったのか。そう、自問自答する時間だけは無駄に沢山あった。
墨をぶちまけたような黒い空、タールのように黒い海、なのに空には無数の飛行機が飛んでいた。逆光のなか、無数の黒い十字架が、死体に群がる蝿のように上空を覆い尽くしている。
海面は、まるで海中から巨大な怪物が現れ、のたくりまわっているかのように荒れている。
何十メートルもの大波と、そこに突き立つ白い水の墓標。
その中で翻弄される艦娘達はいずれも血まみれで、グロテスクに四肢がもがれ、艤装は奇妙な形で歪み、その顔から生気は抜けていた。
突如飛来した砲弾の豪雨に扶桑と山城が爆発し、四散し、海中に没する。
「やめろっ!」
その砲撃の主は、艦娘ではなかった。そのシルエットは艦娘に似ていたが、黒い、のっぺりとして、それでいて無骨な無機質さを感じる、この世の物ではない異形の姿。
その目は、復讐と怨念に燃えるかのように青白く光っていた。
直感でわかる、やつらは深海より蘇った、死の使い。
「く、来るな!!」
そいつらを撃とうとするが、砲塔の回転がとても遅い、照準が一向に定まらない。
武蔵が敵のドス黒い艦載機に捕まり、猛烈な爆撃を受けているのが見える。その爆発があまりにも強すぎて、爆炎が甲板からはみ出すほどに燃え上り、周囲の海を照らしだす。
全てがとけるような、太陽のような光。
「うわぁあああ!!」
深海の亡霊が口を開く。
「ナンデ……オトリ……オマエガ……オトリ」
「違う!違う!そんな!私達は精一杯やった!」
武蔵を爆殺した艦載機達の戻る先には。
空母の姿の、黒い亡霊。
悪霊の空母が、まるで親しい仲間だったかのようにこちらにしゃべりかけてくる。
「マモッテ……クレル?」
「私は!守りたかった!守りたかったのに……」
「ウソ……ダ」
空母の亡霊が今度は艦載機をこちらに放つ。蜂の大群のような無数のそれが襲いかかって来た。
「うわぁああああああああ!!」
気が付くと、自分の腕に小さな娘を抱えている。瑞鳳だ。あの場面が克明に蘇る。
その下半身がちぎれ落ちて行く生々しい重みの感触が、手に伝わる。
「……!」
飛び散った血が、体を濡らしていく。
「……ぁああああ」
閉じていたはずの瑞鳳の眼が開き、そこからも血のように赤い光が漏れた。
「ナンデ……オマエダケ……イキテル?」
「……いや……」
「ヤクタタズノ……ガラクタガ……ナゼ」
「あぁああぁぁああぁ……」
今度は、おそらく鎮守府の湾内だった、周囲は以前不気味に暗いままだが、なんとなくそう思った。
防波堤。自分の後ろに、誰かが立っている。
その影が見える。
振り返ると、そこにいるのは榛名だった。
その表情だけが上手く見えない。
「……」
「……榛名……さん?」
「ずるいですよ……貴方達だけ……」
「……?」
榛名からはいつものような柔らかな雰囲気が感じられない。不気味な気配だけが漂う。
「いつも、見せつけてきて……なんで貴方達だけ……」
「榛名さん……」
「私に見せつけて……楽しんでるんでしょう?私がどれだけ苦しんでるか……」
「そんな……」
「みんな沈んでるのに……なんで貴方達姉妹だけ無事で……そんなのずるい」
榛名の顔の、目の部分から赤い血が流れ落ちる。
「オマエモ……シズメ……!」
「ああ……ああぁ」
その姿が崩れていく。腐った死体のように。ずるりと肉が削げ落ち、そのなかから冷たい鉄でできたようなあの亡霊が生まれる。
それが、殺意を持って迫ってくる。
その黒い砲口がこちらを照準する。
「シズメ……シズメ……」
「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
伊勢は目を覚ました。
どうやらそこは鎮守府の自分の部屋の寝台の上のようだった。
汗で体中がぐっしょり濡れているのが分かる。
「大丈夫か……?」
同室の日向が、一人窓のそばの椅子に座って外を眺めていたのか、そのような姿勢でこちらに声をかけてくれる。
「……うなされてた?」
先ほどのが夢であったことに安堵を覚えつつ、伊勢は心を落ち着かせる。
日向は、開いた窓から流れてくる新鮮な夜風に心地よさそうに肌を晒していた。
「……悲惨な戦場を経験した兵士がよくかかる病気だ」
シェルショックやPTSDと呼ばれるやつだ。そこまで酷いという意識は無かったが。ここ最近このような悪夢はよく見るようになっていた。
「艦娘が、そんな……ざまあないね……」
「だれだってそうなる……恥ずかしいことじゃない」
そう言う日向がいつになくやさしいので、伊勢も訝しげになる。
こんな夜更けに日向が起きているのも、よく考えればおかしなことだった。
「日向も寝れないんでしょ……」
伊勢がそう言うと、日向はバツが悪そうに顔を窓の外に向けた。
「……まあ、そうなるな」
一瞬の沈黙、そして。
「日向……こっち来なよ……」
伊勢は自分のベッドをポンポンと叩く。
「何を言っているんだ……」
日向は呆れた顔になった。
「眠れないなら一緒に寝てあげるって言ってるの」
「私は別に……」
「早く来る!」
しばらく躊躇していたが、伊勢がしつこく言うので、ようやく妹は姉のベッドにしぶしぶ入り込んだ。
こんなのは久しぶりだった。
「なんだこれは……」
「うわ、せま」
二人とも困惑するが、やがてすこし落ち着く。
「むしろ寝れん……」
「可愛くないな~もう」
むずがゆくもあったが、不思議と安心する。
榛名にはこんなことを出来る姉妹はもういない。そう思うと、これがどれほどありがたいことか痛いほど分かった。
いや、分かったつもりなだけだろう。姉妹を失った痛みは実際に体験しない限り分からない。
その痛みを味合わずに済むということはありがたくもあり、申し訳なくもあった。
生き残ってしまったがゆえに、今こうやって苦しんでいる。
こうやって、もうなにも出来ずに、うごく燃料すらなく、ただいつか来る終わりに恐怖するだけの余生。
あのレイテで沈んでいたほうが、むしろそれで全部終われたんじゃないのか。そのほうが楽だったんじゃないのか。
生きるも死ぬも苦しみだ。
でも、それでも、今ここに姉妹揃っているということに。ただ感謝したい。
それだけは思う。
「夢の中にさ、日向だけは出てこなかったよ」
「ふぅん、そうか……」
こんな全く可愛くない反応も、いとおしく思える。
「日向、私さ……」
そこで言葉を途切れさせてしまう。
「なんだ?」
「いや、なんでもない」
この思いは、言わずとも伝わると、そう思った。
「そうか」
もう動けない以上。私達は死ぬ時も一緒だ。
もう、二度と離れ離れになることもない。
それが何よりありがたかった。
1945年7月24日
そして、終わりは唐突にやって来た。
「なんじゃあれは……」
利根が、遠く、沖のほうを指差す。湾内から見えるその青い空に、いくつもの黒い点が見えた。
それは見間違うはずがない。
悪夢のような、死神の群れ。
アメリカの機動部隊の放った艦載機だ。それも、空を覆い尽くすようなとてつもない数だった。
4年前に日本がアメリカ海軍の重要拠点、パールハーバー基地を襲ったように、今度はやつらがこの日本海軍の重要拠点である呉を破壊しようとやって来た。
かつての南雲機動部隊の何倍もの艦載機でもって。全てを徹底的に灰燼に帰そうとでもするように。
「敵航空機……数は……数百単位です、数えきれません!」
大淀も、絶望したようにそれを見上げるしかなかった。
「これが、最後の取材ですかね……」
青葉は、愛用のカメラを空に向ける。
「……」
北上は、ポケットに手を入れたままただ黙って立ちつくしていた。
「お姉さま……」
榛名は、祈るように空を見上げていた。
「日向」
「ああ、最後の戦いだ、幸い砲塔はまだ動く、動けずともそれで十分だ」
戦艦に、戦う船に安息など無い。
浮き砲台としてのこれまでの時間は、所詮まやかしだった。
でも、最後にそんな時間を過ごせて、よかったのかもしれない。
考える時間だけは、いくらでもあったからだ。
そして、こんなガラクタにもきちんと止めを刺しに来てくれる敵に、感謝したかった。まだ自分たちを兵器だと思ってくれて有難うと、最後の散り場所を与えてくれて有難うと。
そう言う代わりに、自分達は対空砲火をやつらにくれてやることしか出来ない。
戦争は終わる。
これからの時代に、戦艦はいらない。
もし生き残ったとしても、邪魔なだけだろう。
私達はいい加減にここから去っていかなければいけない存在なのだ。
雨のような爆撃が鎮守府全体を襲う。
湾内の島影に隠れた艦娘達に、次次と攻撃隊が飛びかかって来た。必死の対空砲火も、まともな回避行動をとれない上に、このあまりの物量の前にはいかんともしがたい。
何発もの直撃を受け、体中がボロボロになりながらも、まだ主砲を構え応戦する彼女たち。それもやがて一人また一人と沈んでいった。
肉が削げ落ち、骨が砕かれ、血が枯れるほど流れ落ち、服は焼け焦げ、黒く肌にこびりつき、艤装は割れ、弾け、その破片が体に突き刺さった。
浅い海底に底をついたまま、完全に沈むことも出来ずに力尽きて行く。
「伊勢……生きているか?」
大破し、仰向けになり、海面に半ば沈みこみながら、日向は姉に尋ねる。
「ん?生きてるよ」
「……そうか」
港の海底に着底しながらも、伊勢はそれなりに元気そうで安心する。
体中傷だらけで声も辛そうだったが、大丈夫なようだった。
「もうちょっと嬉しがりなさいよ~」
「……」
「ん?おとなしいじゃん、どうしたのさ」
「……ばか」
日向の小さく呟いたその声は、涙の湿り気を帯びているようだった。
「な、なに泣いてんのよ」
波が体に当たるチャプチャプという音を聞きながら、伊勢も胸に込み上げてくるものがあった。
「泣いてなどいないぞ……あの、榛名は大丈夫か?」
「え?ああ、榛名さんも相当やられてたけど、向こうで着底してたよ」
「そうか……辛いだろうな……」
こんなになっても、まだ姉妹の元に、海底に沈むことすら出来ないなんて、それは悲しいことだ。
「そうだね」
そうやってしばらく、二人は仰向けに浮かびながら、空を見上げる。
「結局、こんな感じで中途半端に終わるんだね……」
完全に破壊されて死ぬことを覚悟していただけに、大破着底などと言う沈んだとも沈んでないとも言えるこのような状況は何とも締まりがなかった。
「……こういう程度が私達らしいのかもしれん」
「ふっ、そうだね。日向もやっと伊勢型の本分ってのを分かって来たじゃん」
「……伊勢型などとお前の名前でまとめられるのは癪に触るが、まあいい」
そう言う日向の顔は、言葉とは裏腹に微笑んでいた。
「これが姉の特権なんです~、悔しかったら先に生まれてこい」
空襲の後でも、空は相変わらず青いままだった。
空は穏やかで、海は静かだった。
こんな世界で争っている自分達が、いかに馬鹿らしいか、よく分かる。
「伊勢……お前の妹であったこと、誇りに思う」
「な、なに言ってんのさ、いきなり」
「今度生まれてくる時も、お前の妹でいたい」
こうやって、最後の瞬間まで一緒に入れたこと、その奇跡を。
「もう……恥ずかしいじゃん」
感謝したかった。
「ありがとう」
全くもってらしくない、そんなことを言うもんだから。自分が言いたかったことを先にこいつが言うもんだから。
ああ、もうどうすればいいのよ。むずがゆい……。
「……こちらこそ……ありがと」
24日と4日後の28日の二度にわたる空襲、合わせて2000機近くにもなる航空機が呉を襲った。
アメリカが、もはやまともに動けない艦娘達に脅威を感じていたという可能性は低い。
この空襲は、戦略的にほとんど意味の無くなったとはいえ、未だに海軍の象徴である鎮守府と艦娘を攻撃することで心象的ダメージを与え、日本の降伏を早める、というのがもっぱらの目的だったのだろう。
アメリカが一番恐れたのは日本の本土侵攻であった。
もはや日本にまともな抵抗をするだけの戦力は残っていないだろうが、それでも日本の本土での作戦であれば、血みどろの激しい戦闘が繰り広げられるのは必至だった。
あまつさえ、日本は一億総玉砕などと言い、女性や子供にまで戦闘訓練を行っていたのだ。竹槍レベルの原始的な武器を持ったそれらが、アメリカの最新の兵器に勝るとは思わないが。一億などと言う数でもって突撃されれば、仮に撃退できたとしてもアメリカの兵士にも多くの犠牲が出るのは必須だろうし。それと同時に兵士一人一人が受ける精神的動揺も計り知れないだろう。
沖縄ですら、敵味方双方に目も当てられないような悲惨な戦闘が繰り広げられたのだ。
本土侵攻など、考えたくもない悪夢だったのだろう。
それゆえに、効果的な空襲によって、何とか早期の降伏を促しそうとしたのである。
しかし、それでも日本は降伏するそぶりを見せなかった。
軍は未だに本土決戦を主張し続けたのである。
それは、国民全体を死に晒してでも国体を守ろうとする、本末転倒な狂喜の思想から来る、最後の抵抗だった。
そしてアメリカは次の決断を下す。
8月6日、そして8月9日に、広島と長崎に原子爆弾が落とされ、多くの人がその犠牲となった。
それはもはや軍の施設を狙ったものではなく、町そのものを破壊しようとした無差別爆撃だった。
この戦争における日米双方の、いや欧州や世界全体を包み込んだ憎悪は原子爆弾と言う究極の、悪魔の兵器を作り出し。その全人類さえ絶滅させる力を秘めた光が、ついに人の上空にて炸裂したのである。
現実世界に、一瞬にして地獄を出現させる、もはや魔法のような力。
それは、決して人が手に入れるべき力ではなかった。人には過ぎたる力だった。
戦争が作り出した、果てしない罪そのものの結晶。
純粋な悪。
その地獄の光は、呉にも届いた。
そして8月15日、日本は戦争に敗れ降伏した。
2009年、そして2011年にひゅうが型護衛艦の「ひゅうが」と「いせ」が就役する。
奇しくも姉妹の順序は反転することにはなったが、それもまた巡り合わせだった。
その船体はまるで空母のような全通甲板を持つ、ヘリコプター搭載護衛艦である。時代を経て、姉妹はようやくまともな甲板と搭載機を手に入れたのだった。
二人はその搭載ヘリや巨大な格納スペースから災害救助にも有効に尽力出来るため、実際いくつかの現場にも派遣された。
そして2013年11月。フィリピン、レイテ島を襲った大型の台風の災害救助にいせが派遣されることになった。
かつて「アイシャルリターン」を誓った伊勢が、奇しくもこのような形で、あのレイテ湾入りを果たしたのである。
しかしそれは戦争によるものではなく、慈善活動と言う平和な形で実現した。
そのレイテ島には、かつての敵アメリカの艦艇も入港し、いせは共に救助活動を行ったのである。
大戦中、最も幸運だった戦艦姉妹は、こうやって姿や形を変え、その運命を受け継いでいる。
ありがとうございます
次回は扶桑型の話になります