艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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日米開戦当初の戦艦達の話




扶桑型
(11)できそこないの戦艦


 

 

1941年12月8日 豊後水道

 

 

 日本と米英との開戦が成ったその日、瀬戸内海の柱島に集結した連合艦隊主力は、にわかに活気付いていた。

 真珠湾奇襲成功の報を受け、さらにその後の驚くべき戦果を知らされ、長門以下主力の戦艦達は沸きに沸いていたのである。

 そしてその艦隊はすぐさま太平洋へと出航した。

 帰ってくる真珠湾組の撤収を援護するための行動であったが。驚異的な戦果をあげた赤城達機動部隊をいち早くお出迎えしたいという気持ちもあったのだろう。

 比叡、霧島は機動部隊に随伴しており。金剛、榛名はマレーシア等の南方進出を援護するためにその方面に出動していたが。

 それ以外の長門、陸奥、扶桑、山城、伊勢、日向の6隻が、今まさに瀬戸内海から豊後水道を抜け、太平洋に出ようとしていた。

 

「すごいわ……扶桑姉さま」

「ええ……まだ信じられないわ~」

 真珠湾の正確な戦果を改めて聞くが、それは本当に信じられないようなものだった。

「戦艦5隻撃沈、3隻大破、その他、巡洋艦、駆逐艦にも被害多数ですって」

 しかもさらに敵航空機や陸上施設にも被害は及んでいるということだった。奇襲とはいえ、これが数時間の戦闘で行われた戦果だとは到底思えなかったのである。

 扶桑も山城も、作戦の詳細は極秘事項であったため教えられていなかっただけに驚きばかりで。今はまだその現実を受け入れられないでいたほどだった。

「赤城達め……やってくれたな。あいつら、私達の分の相手は残してくれるのだろうな?」

 これによって真珠湾のアメリカ戦艦はほぼ全てが行動不能に陥ったのである。長門が不敵に微笑みながら心配するのも、もっともなことだった。

「あらあら、今からずいぶんと強気ねえ」

 陸奥も興奮しているのかどことなく嬉しそうな声色だった。

「メリーランドやウエストバージニアもやられたと聞くぞ、あいつらと殴り合うのが夢だったのだが」

 メリーランドとウエストバージニアは、長門と陸奥と同じく、かつてビッグセブンと呼ばれた仲間だった。

 沈められたアメリカの戦艦は旧式のものが多かったが。メリーランド級はその中でも新しいほうの戦艦だった。

 ちょうど日本における金剛型から長門型までの世代と同じぐらいの戦艦達が被害を受けたのである。それだけにこの艦隊の長門以下の戦艦達も他人事ではないという気持ちもあったのだ。

 艦隊の要であり、主力であると思われていた戦艦がこうも易々と撃破されるという事実は、敵だけでなくこちらにも当てはまる。

 奇襲をかけてきたのが向こうのほうだったら、逆にこちらがやられていたという可能性も無くは無いのだし。むしろこれからの戦争でそんなことになりかねない状況はいくらでも考えられた。

 

「山城……浮かれすぎちゃだめよ」

 扶桑はその恐怖から、自らを戒めるように妹の山城に注意を促す。

 彼女にとって何より怖いのは山城を失うことだった。

「え?ええ、姉さま」

 周りの勝利ムードの中で、扶桑のトーンの低い声は少し異質に感じた。

 その山城の奇異なものを見るような目に、扶桑は頭を振る。いくらなんでもこんな内海で気を張りすぎだと思った。

「あ、その……勝って兜の緒を締めろって言うじゃない?」

「ええ、そうですね」

 

 扶桑は気を取り直すように周囲を見渡す。九州と四国に挟まれたこの狭い水道には島々が点在している。

 その中で一つ、見慣れない島影があった。いや、あれは島ではないのか。

「何かしらあれ?」

「へ?」

 扶桑が指差した先に、見慣れないものが見える。

 それは、島ではなく山のように大きな戦艦だった。

「なんだあれは……」

「どうしたのさ日向?」

 日向と伊勢も、その謎の艦影に気が付いたようだった。

 しかし、あんな艦娘がいるなど、聞いたことがない。まさか敵の奇襲なのか。

 イギリスはシンガポールに東洋艦隊を派遣し、その中に最新鋭戦艦がいると聞いたが、よもやそれがこんなところまで来たとでも言うのだろうか。

 緊張が走った一瞬だった。

「来たか……」

 だが長門は慌てた様子も無くそれを見ている。

「慌てなくていいわよ、扶桑さんと伊勢さん姉妹はまだ知らなかったわね」

 陸奥がそうなだめるが、扶桑達は何が何だか分からない。

「まだ就役前だがもういいだろう……やつが大和だ」

 極秘に建造されている戦艦がいる、という噂は聞いていた。だが、それが本当だったとは。

「ごめんなさい、あの子は最重要機密だから。ずっと秘密にしていたんだけど」

 どうやら長門と陸奥だけは知っていたらしい。

「最強の戦艦だ、私はもちろん、世界のいかなる最新戦艦でさえあいつには勝てないだろう」

 そう言う長門の顔は、嫉妬しているようでもあり誇らしげでもあった。

 

 その大和がみるみる近づいてくる。近くで見るとさらに大きかった。そして目を見張るのはその主砲の大きさと砲門の数。

 長門が言った、どの戦艦も彼女には勝てないというのが決して誇張ではないというのが見た目だけで分かる。

 優美であり荘厳であり勇壮なその姿は、戦艦という兵器の極致を極めたような風格を誇っていた。

 この戦艦が味方だと言うのが何よりも安心感を与える。先ほどの真珠湾での戦果と、大和の雄姿だけで、この戦争にも間違いなく勝てる、という気概が湧きあがってくるようだった。

 かつての日露戦争のように、日本は勝つ、必ず勝つ。疑いは無い。

 すらっとしたスタイルで、長い髪をうしろでまとめたいかにも大和撫子といった彼女は、こちらの艦隊を見つめたまま不動の姿勢で敬礼をとる。

 その姿は見ているだけで惚れ惚れとした。

 長門以下の艦隊もそれに登舷礼で返し、横を過ぎて行く。

「なんて美しい船……」

 山城も、恍惚の表情で姉にそうつぶやいた。

 大和の姿はそのまま後方に遠のいていき、艦隊は水道を抜けて太平洋に出る。彼女は就役前なのでさすがにこの作戦には付いていけないのだろう。

 

 しかし、扶桑はわずかに複雑な気持ちもあった。

 扶桑の名は、古く中国の伝説から来た日本の異称であり、かつて初の国産超弩級戦艦として建造され、日本を背負うべく期待され付けられた名前ではあったが。大和もまた日本の異称と言っていいものであった。

 共に日本の名を背負った艦娘として、いろいろと感じないことがないとも言えない。

 扶桑は就役当初から欠陥が指摘され、いつもふがいなさでいっぱいだったが。あの大和は間違いなく世界水準を大きく超えた存在だろう。

 それに対する嫉妬という意味ではないが。扶桑自身、申し訳ないという気持ちが募るばかりだった。

 だからこそ、大和には活躍して欲しいと思うのでもあるが。

「姉さま、どうしました?」

 考え込んでぼーっとしていたのか、山城が後ろから声をかけてくれてようやく意識がしっかりする。

「ああ、なんでもないの。浮かれるなって言っておいて自分で浮かれてたわ」

 てへっとした姉に対して、山城は自然と笑みがこぼれる。

「変な姉さま」

 

 大和の艦影はすでに水平線に霞み、島の間に分からなくなった。

 連合艦隊主力はいまや太平洋に躍り出ていた。

 あくまでも自信満々に、その進軍は堂々としたものだった。

 未来の運命も知らずに。

 

 結局のところ、真珠湾を襲った南雲機動部隊は敵の追撃を受けることもなかったので、長門達の艦隊は途中で引き返し日本に戻った。

 真珠湾での戦果は多大であり、アメリカに痛烈な衝撃を与え、日本を大いに勢いづけることにはなったが。その内容は長い目で見ればとても満足できるものではなかったのである。

 撃破した戦艦はすべてワシントン軍縮条約以前の旧式戦艦であり。最終的に復帰不可能と判断された二隻以外はすべて引き揚げられ、修理され、近代化改修を受けて以前より強力な戦力となり。後に戦線に舞い戻っている。

 また、アメリカは開戦当時、すでに新たな戦艦を順次建造していた。

 ノースカロライナ級2隻が1941年に既に竣工しており、またサウスダコタ級4隻が1942年に竣工予定だった。

 その新戦艦の物量に対して日本は大和型の建造により、数ではなく質で勝ろうとしたのだ。

 最終的に大和型の火力と排水量を越える戦艦をアメリカは建造しなかったが。1943年から1944年にかけて大和型に迫る力を持ったアイオワ級の4隻を竣工している。

 それは質の優越をもってしてもどうしようもない戦力の差だった。

 

 だが、それ以上に痛恨の極みだったのが真珠湾攻撃時に、同地に不在だったアメリカの空母を撃ち漏らしたことである。

 その悪い影響は、ミッドウェーの大敗北まで引きずられ、日本海軍の敗北を決定づけることになった。

 太平洋戦争を通じて日本の戦艦が大した戦果をあげられなかったことが物語るように、結局真珠湾で撃破した戦力というのは戦争の趨勢を決めるほどの重要性はなかったのである。

 

 さらに悪いことに、奇襲によりアメリカ本国の領土で多数の戦艦を沈めたという衝撃は、アメリカ国民を意気消沈させるよりもむしろその怒りを爆発させた。

 それまで欧州の戦線に対して中立を強く支持してきた国民は、枢軸国である日本の攻撃により一挙に世界大戦への全面参戦を支持するようになった。

 元々欧州に戦力を派遣したかったが、それを世論に阻まれていたルーズヴェルト大統領はここぞとばかりにその機運を利用したのである。

 世界最強の国が、ついにその全力を挙げて枢軸国を叩きつぶそうと立ちあがった瞬間であった。

 それは正義の名のもとに、という名目ではあったが。しかしその裏にはアメリカなりの世界戦略と、深い憎悪が渦巻いていたのである。

 

 その本当の恐怖を、日本の艦娘たちはまだ知らなかった。

 扶桑と山城は、後にその真珠湾での激しい怨念の報復をその身に受けることになろうとは予想すらしなかったのである。

 

 

1942年1月1日

 

 

 鎮守府は新年の清々しい寒さに包まれていた。

 穏やかな朝日の中にも、気持の良い緊張が人々の往来から感じられる。久しぶりの戦時という感覚が、もはや隅々にまで浸透しているかのようだった。

 窓には霜が付き白く濁り、それが室内の暖房により結露となって滴っていく。

 扶桑と山城に割り当てられた部屋だけは、そんななかでも柔らかな温かい空気に満ちていた。

 

「姉さま、お餅は何個食べます?」

「え~っとぉ……三……いえ、二個でいいわ」

 二人の姉妹が、新年の朝食の準備をしている。

「うふふ、三個入れておきますね」

「え~!最近少し太ったかなって心配なのよ。それに本格的に戦争だって始まったんだし。もっと引き締めないと」

 扶桑は作っておいたおせちの御重をこたつ机に並べつつ、ぶーぶーと言うが、そこに戦艦としての迫力は無かった。

 

「腹が減っては戦は出来ません……はい、お雑煮出来ましたよ」

「も~」

 卓の上には正月料理が並び、二人はこたつに入り込んで、頂きますをした。

「おいしぃ~、頑張って作った甲斐があったわね」

「ええ、あ!姉さま、この伊勢エビもぜひ食べてくださいね」

「このエビ、おおきいわねぇ」

「はい、伊勢エビを食べて伊勢達にも負けないようにしましょう!」

 扶桑はそう言われると、大きくて真っ赤なエビと格闘するように箸を使って食べ始めた。

「ところで山城は初夢は何か見たの?縁起の良いものとかなかった?」

「……あるわけないじゃないですかぁ~、私ですよ?……出撃しようとして故障して動けなくなる夢は見ましたけど、それで艦隊のみんなに置いていかれるんです」

「そ、それは~……い、嫌な夢っていうのは逆に良いことがあるものよ?」

「……そうでしょうか……ふふふ」

 山城はこんな感じで唐突にテンションが下がるので姉としても困ったものだったが、これもいつものことであった。

「それにしてもおもちおいしいわ~三個頼んで正解だったかも!」

 それを聞くと山城の顔も少し明るくなる。

「今年は白みそを使って京都風にしてみたんです。あ、この筍と黒豆も京都産なんですよ」

「そうなの、珍しいお雑煮だと思ったわ、ほんとにおいしい」

 山城は横須賀海軍工廠生まれなのだが、山城という名前の由来の地名は京都なのでなんとなくこだわりがあるらしい。

 扶桑の名前は、他の戦艦のように特定の地方を意味したものではないので、そういった第二の故郷みたいなものがあるのは羨ましい。大和でさえ、旧大和国という奈良県一帯のことを指しているのに、自分だけ旧国名ではないからだ。

 まあ、日本そのものを名前の由来としているということはものすごく名誉なことであったのだが。

 

 そんなこんなで新年初めての朝食は終わった。

 こたつに包まりながらだらしなく横になった二人、山城はそのまま抱きつくように姉に寄り添った。

「姉さま柔らか~い」

「ちょっと山城、やめて、くすぐったい」

「いいじゃないですか~」

 そう言いながら山城はもちもちした脇腹をつつく、確かに姉さまは少し太ったかもしれない。

 二人はそのまましばらく、温かい室内で怠惰をむさぼった。

 

「私達、こんなのでいいのかしら……?」

 扶桑が横になりながらぽつりとつぶやく。

「……まあ、お正月ですし」

「……でもぉ」

 

 今も、南方の戦線では激しい戦いが繰り広げられているのだ。

 金剛達や、空母機動部隊、巡洋艦、駆逐艦は日本軍の進撃を支援するために昼夜問わず全力で働いているはずだった。

 これまでの戦いで既に沈められた艦娘だっている。

 扶桑達も内地で訓練に明け暮れてはいたが、それでもなんとなく申し訳ない思いがしていたのだ。

 

 開戦から数日で戦艦達が気付かされたのは、自分達の活躍できる場所と言うのは非常に限定されているということだった。

 マレー沖海戦でのプリンスオブウェールズの撃沈は、戦艦といえども敵の制空権内ではむざむざと沈められるということを知らしめた。

 それは、空母機動部隊か陸上基地航空隊の援護出来る、決められた範囲でしか戦艦はまともには動けないということを意味している。

 その事実によって戦艦の使いどころというのは一気に狭まったのだった。

 現在金剛型以外の戦艦は、ほとんどが日本内地での待機を命ぜられていた。

 

「このまま、私達の出番なんかないまま、戦争は終わるんじゃないですかね」

 山城はそんな悲観的なことを言う。とはいえ、その戦争の終結というのは日本の勝利でという意味ではあったが。

「そうねぇ……こちらには大和さんや長門さんや金剛さんがいるのに、私達に出番なんて回ってこないかもしれないわね……せめて伊勢、日向には負けたくないけど……」

 それはそれで良いことなのかもしれない。

 本来なら扶桑達はもう一線を引いて除籍されてたり予備艦にでもなっていたかもしれないのだ。

 ワシントン条約のおかげで生き残らされているだけのような存在なら、このまま後方で戦場に出ることもなく温存されるのが普通なのだ。

 それが欠陥戦艦の運命なのだろう。

 自分達のような出来そこないの戦艦が、日本に決められた数少ない戦艦保有数を圧迫し、そのせいで本来生まれるはずだった優秀な加賀型戦艦などを廃艦に追いやってしまったということは、扶桑と山城にとってはとてつもなく心苦しいことだった。

 解体されることもなく、大規模な近代化改修によってせめてもう少し強力な戦艦になることも出来ずに、ただ飯を食うだけの迷惑な客。

 それが自分達扶桑姉妹だと思っていた。それを常に申し訳なく思っていた。

 そんな戦艦が戦場に出て行っても迷惑をかけるだけだろう。

 それならば内地でひたすらに練習に従事するのがせめてもの報いだ。

 

「でも、どっちにしろ日本は勝ちますよ」

「そうね、空母のみなさんや大和さん、長門さんがやってくれるわ」

 後に、その空母機動部隊が大打撃を受けやがて崩壊し、大和も長門も活躍できぬまま日本は完全なる敗北を喫することになろうとは、いくら不幸の戦艦姉妹と呼ばれたこの二人にも考えつかず、夢に出ることすらなかった。

 

 

 

 

 




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