艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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前回の直後からの、スリガオ海峡海戦の話です

残酷な表現、鬱展開注意です



(13)スリガオに降る雨

1944年10月25日 スリガオ海峡北出口

 

 

「やつらは、来るのかしら……」

 巨大な二つの影が夜の海に浮かぶ。

「来るわ……必ずね」

 それは二人の戦艦だった。

「あいつらがいくら馬鹿でも、この布陣に突っ込んでくるほどかしら?」

 その戦艦の周囲、スリガオ海峡の北の海域には無数のアメリカ艦娘が包囲陣を敷き、やってくる日本の西村艦隊を待ち受けていた。

「ええ、必ず来る」

 艦隊の中心にいる二隻の内の片方は、頑なに言い続ける。

 貴婦人のような美しさを持った、アメリカの戦艦メリーランドとウェストバージニア。

 二人は共にビッグセブンと呼ばれ、そして1941年の真珠湾攻撃では共に日本の攻撃を受け損傷を被っていた。

 彼女達の日本に対する憎しみは深い。

 

 メリーランドはその真珠湾攻撃を思い出す。

 彼女自身は幸運にも港の内側にいたため、数発の爆弾を受けただけでそれほどの損傷は受けなかった。

 だが、空襲後に見た湾内の惨状は今でも目の裏に焼き付いて離れない。

 血のように赤い炎と、まるで入道雲のように空を覆い尽くすほどのドス黒い煙。

 波間に横たわる数々の艦娘。そして大破着底した姉妹艦ウェストバージニア。

 住み慣れた我が家のようだったパールハーバーが、一瞬にして地獄に変わったあの日。

 メリーランドはそれを茫然と眺めていることしか出来なかった。

 

 それから長い間修理と改修を受け、ようやく戦場に出たのだ。

「来るわ、絶対に来る」

 あの時の憎しみを今ぶつけなければいつ晴らすことが出来ると言うのか。

「そのバカみたいな自信はどこから来るのかしら……。慢心は禁物よ、もう痛い目をみるのは嫌だわ」

 頑固なメリーランドを、妹のウェストバージニアは呆れたように見つめる。しかし、恨みの度合いで言えば、より痛い目を見ている妹の方が強いはずだった。

「分かってるわ、だから万全の態勢で、一切の隙も無い陣形を組んでるんじゃない」

「はいはい、分かりました」

「この手で日本の戦艦を捻りつぶせる日をどれほど待ったか……」

 メリーランドの顔は、もはやあまりの喜びで微笑みを隠せないでいた。

「あら、それなら私も負けるつもりはないわ。どちらが多くの直撃を当てられるか、賭けましょうか?」

 妹の方も、その表情の下に押し込めた黒い感情を隠しきれない。

「乗ったわ」

 姉が即座に返す。

 その時、姉妹の賭けに、もう一人の戦艦が乗ってきた。

「アタシも混ぜなよ、有り金全部出しても良い」

 青い軍服に、ウェーブのかかった赤毛が映える、割と小柄な少女だがその背負った艤装は重厚であり、いかにもな屈強さを纏っている。

 戦艦ペンシルベニアだった。

 日本における金剛型とほぼ同じ世代の老朽艦だったが、彼女もまた真珠湾で手痛い損害を受け、その後の修理と近代化改修によりこのように復帰している。

 さらにペンシルベニアの妹のアリゾナは、真珠湾で受けた傷が結局治らず、廃艦処分となっていた。

 アリゾナは今でもパールハーバーに沈んでいる。

 日本に対する恨みで言えば、メリーランド姉妹にもなんら劣ることは無いか、それ以上だった。

「ふん、旧式が勝てると思ってるの?ダサい装備しか積んでないくせに」

 兵装も装備も旧式の彼女に対してに対してメリーランドが凄む。

「あぁん!アタシに持っていかれるのがそんなに怖いか!?」

「違うわ、どうせ勝てない賭けで無駄に金を捨てる、退役間近のあなたの老後資金を心配しているのよ」

「言ってくれるねぇ……」

 ペンシルベニアも怒気を隠すことも無く周りに発散している。

 戦闘を前にしてどの戦艦も極度に興奮しているようだった。

「まあまあ姉さん、良いカモなら黙って賭けに入れましょうよ、私も今持ってる金全部を賭けるわ」

 ウェストバージニアはそんなピリピリした空気にうんざりといった感じで言う。

「いいわ私も全部賭ける!ジャップをボコボコに叩きつぶして、しかも馬鹿な仲間から金までもらえるなんて最高じゃない!アハハ!本当に楽しそう!アハハハ」

 三人の戦艦はお互いの顔を見比べると、不気味な笑みを浮かべ合う。

「へへへ……楽しそうだってのは同意だねぇ……アリゾナ、勝った金であんたの墓にとびっきり上等のテキーラを供えてやるよ」

 

 この包囲陣には他にテネシー、カリフォルニア、ミシシッピの三隻の戦艦がいたが。計六隻の戦艦の中で、真珠湾攻撃を経験していないのはミシシッピだけだった。

 怒りの戦艦部隊の周囲には、さらに膨大な数の巡洋艦と駆逐艦、そして魚雷艇がコの字に並び、スリガオ海峡の出口に完全に蓋をするように厚い陣形を組んでいる。

 その巡洋艦の中には重巡ポートランドやミネアポリスなど、ソロモン諸島などで日本と死闘を繰り広げた歴戦の艦娘も多数いた。

 日本に恨みのあるのは戦艦だけではない、そんな彼女達の士気は極めて旺盛だ。

 さらに、最新のレーダーにより、海峡を進んでくる敵の様子は手に取る様に分かる。

 ネズミ一匹通さない、まさに完全な布陣だ。

 こんな所に突っ込んでくるなど狂気の沙汰ではないと、アメリカの駆逐艦娘達は思っていたし、敵は引き返すものだと括っていた。

 しかし、ある者はバンザイアタックなるものの噂を聞いており、それを日本海軍の艦娘もやってくるのではないかと恐れていた。

 死ぬと分かっていて突撃するなんておかしいとしか思えない。

 その思考が理解できないだけに余計に恐怖を感じた。

 だが、戦艦達は、まさにそれをよだれが出るほど待ちわびていたし、必ず特攻を仕掛けてくると信じていたのだ。

 

「レーダーに感あり!敵の艦隊が海峡に侵入してきました!」

 メリーランド達に報告が入る。

「遅かったわねぇ……いらっしゃい」

「本当に馬鹿だったとはね……ありがたい」

 姉妹は共に、あまりの喜びに一瞬体を震わせた。

 

 

同時刻 スリガオ海峡中間

 

 

 満潮、朝雲、山雲、時雨、山城、扶桑、最上の単縦陣が狭いスリガオ海峡を通過していく。

 敵はそれを殲滅しようと待ち構え。こちらはそれを知っていてもなお進撃を続ける。

 それは、半ば合理性を捨てた、精神的な世界だった。それ故に、ただただ悲壮だった。

 

「雑魚が来たわね!」

 海峡の陸の影から無数の小さな船が飛び出てくる。

 駆逐艦よりも遥かに高速なそれはPTボートと呼ばれる哨戒魚雷艇だった。

 敵の妖精の操縦する魚雷艇がこちらを囲み、魚雷で殲滅しようとするが、いくら速いとはいえ対処できないほどではなかった。

「山雲!右を頼むわよ!」

「了解~!」

 駆逐艦の砲撃に、敵は逆に掻き回され、ちりじりになり、効果的な突撃は出来ないでいる。

 それでも魚雷艇の放つ魚雷はとてつもない数だったが、それはこちらには全く当たらなかった。

 

「舐めんじゃないわよ!やる気なら艦娘を出してきなさいっての!!」

「そうねぇ……あ!お待ちかねのが来たみたいよ!!」

「あら~あれがアメリカの駆逐艦かしら~、こわいわ~」

「みんな気をつけて!近づけちゃだめだ」

 魚雷艇が諦めて去っていくと同時に、今度は敵駆逐艦が、海峡の両側からこちらを挟み込むように躍り出てくる。

 魚雷艇ではない、今度は自分達と同じ艦娘を相手とし、艦隊の緊張は増した。

「山城!大丈夫?砲戦よ!」

 この狭い海域ではすぐに敵に接近されてしまう。

 駆逐艦とはいえ接近されて魚雷を撃たれたら、戦艦である扶桑達もたまったものではなかった。

 しかし扶桑の心配の声は、山城の主砲の斉射の轟音に掻き消される。

「てぇーーーーー!!」

 

 探照灯を使った照射砲撃とはいえ、山城の砲弾は駆逐艦には当たらない、至近弾にもならなかった。

 夜戦において敵駆逐艦を狙い撃つのは極めて難しいことではあったが。この海峡に到達するまでの空襲において山城の電探が故障し使い物にならなかったということも原因ではあった。

 とはいえ、同じく電探を装備している最上が、この闇夜の中でもそれを上手く使いこなせていないところを見ると、やはり日本のレーダーなどその程度の物なのかもしれない。

 逆にアメリカ側は高性能のレーダーによって正確にこちらの位置を把握しているようだった。

 

「くっ!抑えきれないっていうの!!」

 満潮が苦悶の声を上げる。

「これだけ狭かったら~動けないわ~」

「山雲!……うわっダメだわ!抜かれた!」

 朝雲と山雲も、敵を抑えきれないでいる。前衛の駆逐艦を抜けた敵が、こちらに肉薄してきた。

「見つけたよ……ここは譲れない!」

 接近する敵に時雨が立ち塞がる。しかし、両側から襲いかかる敵を一人で止めきれるはずもない。

 暗闇に紛れる複数の駆逐艦。小柄なシルエットの彼女達が、戦艦に精一杯接近しここぞとばかりに必殺の魚雷を発射する。

 それが白い雷跡となって両側から交差するように殺到した。

 そのうえ海峡が狭すぎて戦艦では旋回して避ける行動をとることすら出来ない。

「当たらないわ!主砲!てぇーーーーーー!!!」

 コースが外れていたのか、山城にはその魚雷は当たらない。それに安堵すると同時に、再び主砲を撃ち放った。

 しかし、それも当たらない。

「こっちも直撃は無しか……全艦、突撃を続けて!こちらも敵に近付いて撃たないと!」

 山城は初めての実戦に焦っていた。敵に対する砲撃と前方の味方駆逐艦達に全神経を集中していた。

 扶桑姉さまに関しては、大丈夫だろうという気持ちがどこかにあったのだろう。後ろにいる姉をかえりみている暇は無かった。

 

 このときの雷撃は、山城を狙ったものではなく、後ろの扶桑を狙ったものだった。

 複数の魚雷が直撃した扶桑は、深刻なダメージを受け、もはや航行不能に陥っていた。

 そうして落伍していく扶桑に、山城は気付かない。

 今でも後ろで戦っているものだとばかり思っていたのだ。

 

「山城……」

 速度の出なくなった扶桑は艦隊においていかれる。すぐ前方にいた山城の背中はどんどん遠くに進んでしまった。

 妹が行く……それを黙って見ているしか出来ないのか。

 何を犠牲にしても守りたいと思っていた。最後まであの子のそばに付いていてあげたいと思っていた。なのに、もう、それも無理なのか。

 このまま行かせたら、山城もきっと……。

 魚雷によって開いた穴から大量の海水が入ってくる。自分は沈むのだろう。

 この程度の攻撃でこんなことになるなんて、やはり自分は欠陥戦艦だったのだ。

 それが悔しかった。

「やま……しろ……」

 こんなことなら、この無謀な突撃を止めるよう言うべきだった。

 なんで私は……。

 

 弾薬庫が突然爆発し、艤装が弾ける。

 猛烈な火が、扶桑の船体全体を覆った。

 その赤々とした閃光が、篝火のように辺りの海面を白く照らしだす。そこに黒く浮かぶ扶桑のシルエット。

 未だ高く聳える艦橋。

 それは火炎に焼かれ、溶けて崩れそうになりながらも、美しくもあった。

「やま……シロ……イカ、ナイデ……」

 扶桑型は、やはり戦艦として劣っていた。

 本来この戦争に出てくるべきではなかった。

 だが、扶桑が悪いのではない。古きものは新しきものには勝てない。それは摂理だ。

 最新鋭と呼ばれる大和ですら、もはや時代遅れとなってしまっている。

 今現在最も活躍している空母や、航空機ですら、いつかは時代遅れの鉄くずと化すのだろう。

 それが兵器というものであり。

 そんなものを使わなければいけないのが戦争なのだ。

 なんて愚かなのだろう。扶桑の思考は、やがて怨念にのみ込まれていく。

 いつかみんなゴミとなるのに、そんなものを求めて、こんなことを永遠に続けるのか。

「……オイテイカナイデ……カエッテ……キテ……」

 もはや燃えるだけの鉄の塊となったそれは、それでもまだ浮かんでいた。

「イッショニ……シズミマショウ……」

 

 

「完全に囲まれてる!姉さま大丈夫ですか!撃ち続けてください!!」

 山城や他の艦娘は、それでもまだ戦っていた。

 先ほどの敵駆逐艦の後方から、さらに多数の駆逐艦が増援として襲いかかってくる。

 敵は圧倒的物量でもってこちらを押しつぶそうとしているようだった。

「駆逐艦程度にやられるわけには……!」

 山城の主砲、副砲の射撃は、しかし水上を疾走する駆逐艦には当たらない。いたずらに水柱が上がり、それが逆に敵の隠れ蓑になった。

 周囲に展開された煙幕の中から、急に敵が突進してくる。山城が探照灯を照射すると、その姿が露わになった。

 こちらの駆逐艦と同じ、小さな少女だ。セーラー服を着て、金髪の髪をなびかせている、その青い目がサーチライトの光を反射してきらめいた。

 それが、戦闘の恐怖と興奮に顔をこわばらせながら、勇敢にもこちらに迫ってくる。

「敵!魚雷発射!!」

 最上が叫んだ。何隻もの敵駆逐艦が、至近からこちらに向かって魚雷を発射してきた。

 魚雷艇とは脅威度の違う、正確な雷撃の直線軌道が山城達の単縦陣を捉えた。

 ドウッ!ドウッ!!といくつもの水柱が艦隊の中に立ち上る。

 雷跡は山城よりも前方に向かっていた。つまり、被害を受けたのは前衛の駆逐艦だ。

 死を意味する魚雷の爆発。その水柱が治まると、あまりにも酷く、無慈悲な被害のほどが分かった。

 

 時雨が立っている、雷撃の衝撃で茫然としているが、彼女は無傷のようだ。

 しかし、その向こうには。

 先頭にいた満潮が力なく海面に崩れ落ちている。朝雲はまだ立っていたが、体の左側面を抉り取られたかのように、左腕は無くなり、顔の左側も血に濡れもはやどうなっているのか分からなかった。

 そして、その後ろにいたはずの山雲はいない。

「っ……山雲?……山雲、どこ?」

 朝雲の被害も甚大であったが、それでも痛みをこらえて山雲を探している。

 その、先ほどまで山雲のいた海面に、彼女の薄緑色のリボンが浮かんでいるだけだった。

「そんな……どこにいったのよ?冗談はやめて!」

 山雲は轟沈していた。時雨はその様子を見ていたのだろうが、何も言えないようだった。朝雲だけが取り乱したように叫ぶ。

 その横を、もはや力尽きて生死すら判別不能な満潮が流れていった。

「嫌……嫌よ……いやあああああああああああああああ!!」

 

 味方駆逐艦達が壊滅していく中。敵はさらに容赦なくこちらに魚雷を撃ってくる。

 もはや山城を守る前衛はいなかった。

「やだ……魚雷!?」

 幾条もの白い線が、黒い海面から透き通って見える。

 副砲でそれを爆発させようとするが、そうそう当たるものではなかった。

 山城の船体が、ついに白い水しぶきに包まれる

 鈍い衝撃と、一瞬後に全身が痺れるような激しい痛みが襲う。視界がぼやけ、悶えるように呻く。

「ぐっ……ガハッ……!!」

 魚雷が直撃したのだ。

「被害は……姉さまは……?」

 この程度で沈むわけには……。機関に影響が出たのか、速度が出ないように感じるが、戦闘に支障があるほどではないようだった。

 まだ、戦える。

 魚雷は山城より後方には向かってなかったはずだ、扶桑姉さまもまだ健在のはず。

 未だぬぐい去れぬ痛みの中で、山城は全艦に向かって叫んだ。

「私は、魚雷を受けましたが……各艦は私を顧みず前進して……敵を殲滅してっ!!」

 しかし、その号令をまともに聞いていたのは最上くらいだった。時雨はすくみあがり、朝雲はもはや冷静な判断力を失っている。

 それでも、各艦は前進を続けていた、惰性のように、ただ海流に流されるように。

 

 雷撃を終えた敵駆逐艦達が反転して後退していく。

 魚雷艇と駆逐艦の雷撃の後に来るものと言ったら、順当にいけば今度は巡洋艦だろうか。

「山城さん!!」

 最上の指差した先。駆逐艦よりも明らかに大きなシルエットがいくつも立ち並んでいる。まさにアメリカの重巡洋艦や軽巡洋艦だろう。

 その影が一瞬光に照らされ激しく発光する。砲撃だ。

 最上と山城の周囲にいくつもの水柱が立つ。初弾とは思えないほどの正確さだった。

「来たわね……姉さま!砲戦、用意です!」

 山城はそこで初めて後ろを振り向いたが、そこには当然扶桑はいない。

「姉さま……?」

 先ほどの朝雲の様子が頭に浮かぶ。本当に悪い冗談だと思いたかった。どれだけ探しても姉の気配すら無かった。

 そんなことに構わず、敵巡洋艦の砲撃は容赦なく続いている。

「山城さん!!」

 最上が主砲で応戦しながら叫んだ。その声に再び前を向き直した山城も、主砲を前方に向け敵を補足しようとするが。

 その時前にいた時雨が、まだ茫然と立ちつくしたまま空を見上げて、そして小さくつぶやいた。

「雨が……降る……」

 

 闇夜とは言え、晴れた空に突如雷鳴のような轟音が響き渡り、本当に猛烈な雨が降ってくる。

 鉄の、弾丸の雨。

「そんな……!」

 艦隊の周囲に、先ほどまでとは高さと勢いの違う巨大な水柱が無数に爆発する。

 この火力は明らかに巡洋艦ではない。

「戦艦!!」

 遠く前方、敵巡洋艦の背後に巨大な砲塔を持った影が見えた。それは六隻の戦艦。

 メリーランドやウェストバージニアを始めとする戦艦部隊だった。

 彼女達の放った砲弾は虹のように美しい放物線を描いてこちらに飛来してくる。

 海そのものが大爆発を起こしたかのように、巨大な飛沫が艦隊全体を包み込み、中でも山城の周辺にその着弾は集中した。

 それは秋の心地よい時雨とは違う。スコールのような密度の、恐ろしいまでの砲撃の嵐。こちらを確実に沈めようとする意志がありありと分かる。

 今、スリガオ海峡には憎悪にまみれた黒い雨が降りしきっていた。

「そんな……!姉さま……!!」

 山城は応戦することも出来なかった。

 いくつもの砲弾が艤装を貫き、体を抉り、穿ち、爆発し、焼き払い、肉と骨を砕いた。

 恨みのこもったその一発一発が、致命傷となりかねない凶弾。

 

 憎しみに燃えて撃ちまくるメリーランド達はもちろん。巡洋艦達の砲弾もそれ以上に膨大だった。

 絶え間ない砲撃、海面は常にその水しぶきに覆われ、それが霧のように辺りに立ち込めた。

 

「姉さま……」

 その白の世界で山城は思う。姉がどこに行ったのは分からないが、少なくともここにいなくて良かったと。

 姉さまがどこかで戦ってくれているのなら、いや、どこかに退避してくれているのなら、それでいい。

 

「ぐあっ……!!」

 またしても砲撃に体を貫かれる。爆発が全身を強打したが、もはや痛みも微かにしか感じないほど体は麻痺していた。

 しかし、これはあまりにも酷いじゃないか。

 水柱の隙間から隣にいる最上が垣間見えたが、彼女もまた敵の砲弾に爆発炎上していた。

 時雨と朝雲は至近弾を受けながらも、これ以上の前進はたまったものではないと反転して退避しつつある。それだけが救いだった。

 

 これが、戦闘。

 これが、痛み。

 これが私の望んだ艦隊決戦だというのか。こんなのはただの一方的な殺戮ではないのか。これは戦闘ではない。

 なんでこんなことになったのか。

 私は、いつもこんな貧乏くじばかり引いてしまう。

 

 たまらず直進していた進路を変え、前方の戦艦達を迂回してそれでもなおレイテ湾に突入しようと進む。

 弾が尽きたのか、それとももう撃つまでも無いと思われたのか、敵戦艦の砲撃は緩んだ。

 だが、それで見逃してくれるわけはない。

 満身創痍となり速度の落ちた山城の背後から、同行するように敵駆逐艦が迫ってくる。魚雷で止めを刺そうというのだろう。

 こちらも生き残った砲塔で必死に応戦するが、それも最後の悪あがきだ。

 

「姉さま……どこに……」

 薄れゆく意識の中、血に赤く染まった視界の中で思う。

 なんで自分はこんな戦場を望んでしまったのだろう。突撃命令を出したのは自分だ。ついさっきまでの自分の思考が、今は全く理解できない。

 こんなことなら、すべてから逃げ出して、内地で姉さまとゆっくりと余生を過ごせば良かったのだ。

 欠陥戦艦や、艦隊にいるほうが珍しいなどと陰口を言われるのは慣れたものだった。ずっとそうしてきたのだし、これからもそうすればよかったのに。

「……ああ」

 自分なんかが、立場もわきまえずに戦場を望んだばかりに。結局こんなことになってしまうのだ。

「……」

 でも、どれだけ考えても、やっぱりこうなるんだろうなと思う。

 これが運命だったのだ。

 私は、何度この選択を繰り返しても必ずこの無謀な突撃を選んだだろう。

 悲しいことに、それが戦艦なのだ。

 

 駆逐艦がすぐ横を走ってくる。その表情は、戦艦を狩ることが出来る喜びではなく、恐れ多いといったような苦悶を表していた。

 燃え盛る山城の姿がよほど不気味なのだろう。

 それでも魚雷が発射され、それがまっすぐにこちらにやってきた。

 こんな無駄な死に方をするのは自分だけでいいと思った。大和や伊勢は、どうか途中で引き返す勇気を持ってほしいと思った。

 このレイテを巡っての巨大な海戦で沈む戦艦は自分だけでいい。

 一番使えない戦艦が、一番に沈むべきだ。

 それが唯一扶桑型戦艦が役に立つ所なのかもしれない。

 どうか自分達の犠牲によって他の艦娘達が目を覚まし、無謀な突入を止めてくれるようにと。

 至近で放たれた魚雷の数発が過たず山城の船体にぶち当たり爆発する。

 その、以前から脆弱性の指摘されていた装甲は引き裂かれ、それがとどめとなる。

「ああ……不幸だわ……」

 本当に不幸だ。

 なぜ私一人があんなに恨みのこもった砲撃を受けないといけないのか。

 こうなると分かっていて、なんで戦闘に逸ってしまったのか。

 せめて、もう少し運があれば……。

「……フコウ……ダワ」

 

 山城の体は、急速に海に沈み込んでいった。

 もう二度と浮かび上がってくることのない深淵に。

 アメリカ戦艦の怨念のこもった砲弾は、今度は彼女の体に溶け込み、馴染んでいった。

「ネエサマ……ソンナトコロニ……イタ……」

 これが不幸の戦艦と呼ばれた艦娘の最後だった。

 

 

スリガオ海峡入口

 

 

 早朝の、相変わらずの暗闇。

 数時間前の西村艦隊と同じように、今度は那智を旗艦とした志摩艦隊がこの場所に到達していた。

 那智、足柄、阿武隈、曙、潮、霞、不知火からなる艦隊は、この海域が不気味に放つ、よく分からない嫌な気配に圧倒されていた。

 元々指揮系統の全く違う二つの艦隊は連絡や連携をとることもほとんど出来ず。先にスリガオ海峡に突入したであろう山城達がどうなったのか、全く分かっていなかった。

 恐る恐るも海峡内に侵入していく那智達の前方から、一隻の艦娘がやってくる。

 皆警戒した。ここまで来る途中で魚雷艇の攻撃を受けてきたからだ。

 阿武隈はその雷撃で損傷を受けていた。

 

「誰……?」

 

 前方のその小さなシルエットから、震えたか細い声が聞こえてくる。

 日本語だということに、艦隊は安堵した。

「我は那智だ、志摩艦隊、ただいま援軍に推参した」

 那智がそう答える。

 しかし、その前方の影の反応は薄い。

「あなたは……誰なの?」

 那智の隣にいる足柄が問いかける。

「僕?……僕は白露型二番艦……時雨だよ」

 相変わらず震えた声が返ってくる。徐々に距離が近づいたからか、そのシルエットは確かに時雨のそれだと判別できた。

「時雨ちゃん!?」

 足柄が走りだし、時雨のそばに寄り添う。

 損傷を受けているようだったが軽微なようだ。舵を故障している他はそこまで致命的でもない。

 しかし、その表情からは精気を感じられなかった。

 瞳からも光が失われている。

「時雨ちゃん大丈夫?何があったの?」

 足柄は状況が飲み込めないまま困惑したように聞いた。

「僕は大丈夫さ……だけど……みんなは……」

 

 時雨がポツポツとそう呟いているそばで、那智は自分の目で確かめようと前進していた。

 そして、海峡中央に燃え盛る残骸を発見する。

「あれはアメリカの戦艦か?……山城達め、やるじゃないか!」

 那智は扶桑の残骸を敵と勘違いする。それほどに原型をとどめていなかった。

 海上にぽっかりと浮かび上がる火達磨のさらに後方から、これまた炎上する艦娘がノロノロと流れてきていた。

「また来たぞ!あっちは巡洋艦クラスか……すごい戦果だ!くそっ、乗り遅れたことをこれほど後悔することになるとはな」

 那智は悔しそうにしながらも、その声は喜びに満ちていた。

「ちょっと那智!待ちなさい」

 足柄は時雨に寄り添いながら、那智を制止しようとするが、姉は興奮しているのか聞こうとしない。

「あいつ、まだ生きているな?どんな奴か見てからとどめを刺してやろう」

 那智はそう言いながら最上に近づいた。

 そして、ようやくその正体に気付く。

「……こ、こいつ!最上か!?」

 その驚きに、前につんのめり、そのまま倒れ込むように最上と衝突する。

「ぐあっ!!」

 衝突の反動で海面に尻もちをつき、そしてようやく冷静に状況が掴める。

 これは山城達が撃破した敵ではない。むしろ、やられたのは西村艦隊のほうだ。なぜ自分はそんな当たり前の結果に気付かなかったのか。

 最上が敵にやられ、時雨も必死の思いで撤退してきた。

 だとしたら、あの燃え盛る戦艦は……扶桑か山城だ。

「馬鹿な……うう……うわああああああっ!!」

 燃える最上と扶桑を前にして、那智は滑稽なほどに、恐怖に叫んでしまっていた。

 

 結局、満潮はあの後間もなく沈み。朝雲も酷い損傷の中狂ったように逃げたが、敵巡洋艦に追撃され、沈められた。

 最上も、志摩艦隊の曙に雷撃処分されることになる。

 西村艦隊の中で生き残ったのは時雨だけだった。

 那智達、志摩艦隊もその惨状を想像し、これ以上の突撃は無駄死にするだけだろうと判断して撤退することになった。

 これが、正常な判断だ。

 数時間後、レイテ湾を前にした大和達、栗田艦隊も最終的に反転し撤退することになる。

 そうしていなかったら、彼女たちもまた扶桑や山城のように壮絶な最期を迎えただけだったろう。

 

「ぼく……行かないと」

「どこに行くって言うのよ、一緒に撤退しましょう?」

 撤退を開始した志摩艦隊の中で、時雨は渋る様にそんなことを言って足柄を困らせる。

「スピードが出ないし、みんなに迷惑かけるから……それに、僕はこの艦隊じゃないし」

 この世の地獄を見て、精神を極限まですり減らしながらも、まだ周りを気遣う時雨を、足柄は泣きそうになりながらきつく抱きしめた。

「そんなのいいのよ、気にしなくていいの……」

「でも……」

「時雨ちゃん……もういいの……」

 時雨の酷く乾いた暗い瞳が、まだ夜明け前の水平線を虚ろに見つめる。

 そして何かに耳を澄ませるようにしながら、つぶやく。

「さっきから……雨が……止まないんだ……」

 

 

 地獄のスリガオ海峡から奇跡的に生還したことから、呉の雪風、佐世保の時雨とまでその幸運を称えられるようになった時雨。

 その時雨も、数ヶ月後。マレー半島沖で船団の護衛任務に従事している中で潜水艦の雷撃を受け、轟沈した。

 時雨が最後に守ろうとした船団はなんとかシンガポールに着くことが出来たが。そこに停泊していた足柄は、時雨沈没の報を受けると、その場に泣き崩れた。

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます

メリーランド達の賭けの結果に関してはまた後ほどの話で言及します

扶桑型の話はこれで終わりです、次回は大和型の話になります
またよろしければ次回も読んでいただけますと幸いです
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