艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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大和改二のソックスに書かれた非理法権天という文字の由来の話です

旗艦引き継ぎ式は完全に創作です(一応、バトルシップガールという漫画に影響を受けて考えたシーンです)


大和型
(14)連合艦隊旗艦


 

 

1942年2月12月 呉鎮守府

 

 

 鎮守府に併設された海軍の大講堂において、この日厳かにある式典が行われていた。

 いつも薄暗い壁には紅白の幕が張られ、煌びやかな中にも厳粛なる空気に満たされた講堂内には何人かの艦娘が控えている。

 その中央、演壇には主役となる二人の戦艦がいた。

 壇の上にいるのは長門。

 いつもの戦闘的な艤装と服装は外し。巫女服のような装束を身にまとっている。

 古風な化粧をし、口紅と白粉をしたその顔は、凛々しい戦艦のそれではなく、日本人形かと思うほどに美しかった。

 艶美といってもいいほどの気配を漂わせている。

 その、演壇の前にいて恭しくかしづいているのは、その長門よりもさらに壮麗な、強い存在感を放つ艦娘だった。

 戦艦大和。

 長い髪を下ろし、長門同様に装束を着、化粧をしたその姿はまるで女神か天女かなにかのように麗しかった。

 

 長門が大和に対して仰々しい動作で一抱えの布のようなものを渡す。

 それは連合艦隊の旗艦であることを示す、大将旗だった。

 旭日を表す、眩しいほどの紅白の旗を、大和はしっかりと受け取った。

 この日、連合艦隊の旗艦は長門から、就役早々の大和に移ったのである。

「軍艦大和!」

 長門が抑揚のない、それでいて力のこもった声を発する。

「勅令をもって貴艦を連合艦隊旗艦に命ずる」

 その声は講堂内に響き渡った。

「拝命仕る」

 長門とは違う、凛とした大和の声がそれに答える。

「これより貴艦は連合艦隊旗艦となった、おりしも今は戦時である。旗艦として常に戦場の最前線に立ち後背を率い、粉骨砕身して良く戦い、勇猛果敢に敵を殲滅し、その命を持って国を守らんことを願う」

 役目を終えた元旗艦の短い訓示でもって、その式典は終わった。

 なんと言うことは無い式ではあったが。連合国との開戦より二カ月、未だ快進撃を続けているこの時期に、このような意義深き旗艦引き継ぎ式を行えたことは素晴らしいことだった。

 参列した艦娘達も、皆それぞれに我がことのようにそれを喜び、またこれからの戦いに臨む決意を強くする。

 

 式が終わり、退場しようとする大和を長門が引きとめた。

「堅苦しいのはここまでにしようじゃないか。ここからは余興の時間だ」

「はい?」

 式の終了後のことを何も聞いていなかった大和は、その言葉に驚く。

「引き継ぐのは旗だけじゃない」

 そう言うと長門はひと振りの日本刀と、扇を渡した。

「これは……?」

「代々連合艦隊旗艦が受け継いできたものだ」

 それは初代連合艦隊旗艦、防護巡洋艦松島が愛用していた刀と扇らしい。刀の方は黒い鞘に金の菊の紋が施されている。

 大和や長門、軍艦と呼ばれる艦の艦首に付けられる、天皇陛下から賜った御印。それと同じ菊の紋章だ。

「……!?」

 こんなものをいきなり渡されて大和は困っていた、それを見て長門は微笑む。

「どれ、ここでひとつ舞でも踊ってもらうか。これも代々旗艦の伝統だ」

「踊るんですか?ここで?今?」

「ああ、もちろんだ」

 大和はさらに目を白黒させる。これではもはや新参者がやらされる、隠し芸ではないかとも思った。長門の顔がいたずらっぽく笑っていることからもなおそう思う。

 しかし、拒否権はなさそうな空気だった。

 お堅いと思っていた連合艦隊旗艦にも、意外とそういったおちゃらけた伝統があるらしい。

「何の舞でもいいんですか?」

「構わんぞ、詩が必要なら私が吟じよう、演奏は妖精達がやってくれる」

 式場には式典専門の妖精達も楽器をもって控えていた、それはいいのだが、長門の詩吟とは……これはむしろプレッシャーだった。

 大和は必死に考えながら、扇を見つめ、それを少し開いてみる。

 海軍らしい紅白の旭日の模様の描かれた面と、その裏には達筆な文字である五つの漢字が書かれていた。

 それを見て大和は思いつく。

「では、大楠公で」

 それを聞いて、長門も知っていたと言わんばかりに頷いた。

「よし、いいだろう」

 

 大和は腰に刀を差し、扇を構えると、ゆっくりとした動作で進み、講堂の少し高くなった壇に登った。

 そして周りを見回す。

 長門や陸奥のほか、現役の戦艦伊勢姉妹と扶桑姉妹がいる。残念なことに金剛達は前線に出ていていなかったが、代わりではないが、たまたま前線から戻ってきていた翔鶴と瑞鶴が参列している。

 そして、一番奥には未だ就役前だが特別に参加が許された妹、武蔵がいた。

 一瞬の緊張、その後に、長門が大楠公の詩を吟じ始める。

 それに突き動かされるように大和も舞を始めた。

 おおらかに、力強く、優美に、流れるように。

 扇を素早く構え、ぱっと開く、そこにはこう書かれていた。

 非理法権天。

 

 1336年、南北朝時代、大楠公こと楠正成は後醍醐天皇に使え、後に室町幕府を開く足利尊氏と戦った。

 楠正成は圧倒的な劣勢の中において、最後まで天皇に忠誠を尽くし、湊川の戦いでは絶対に勝てない戦場に赴き、案の定敗北した後に自害する。

 その生きざまは明治維新以降、幕府が倒され再び天皇中心の統治が進むにつれて評価され、英雄として祀られることになった。

 楠正成はその忠誠から、後醍醐天皇より元々皇室の紋章である菊の紋を賜るが、それはあまりにも恐れ多いとして菊の紋の下半分に水の流れを加え、菊水の紋としてこれを掲げた。

 その天皇にどこまでも忠義を尽くした正成が口にしたとされるのが「非理法権天」という言葉だった。

 これは要約すれば、どのようなものも天の道には敵わないという意味であり。明治以降、特に軍国主義が進むに中で天皇の前にはなにも逆らえないという解釈がされ、その意味合いが強くなる。

 とはいえ、後にこの言葉は楠正成のものではないということが明らかになる。

 要するに英雄を祀り上げ、天皇集権の為のプロパガンダとして大いに利用された言葉であった。

 しかし、どれだけ利用されようとも楠正成本人が英雄であることに変わりは無いのではあるが。

 

 

赤坂の城 千窟の屯 妖雲漠漠 天を捲いて臻る

夢は新たなり 笠置山頭の曉 花は散り香は薫る 芳野の春

涙を呑んで兒に別る 櫻井の驛 笑って死に就く 湊川の津

南風競わず 地に塗ると雖も 偉績長えに傳う 忠烈の神

 

 

 足利尊氏の大軍の到来を予感させる不穏な空の下、正成はそれでも後醍醐天皇への深い忠誠から出陣することを決意する。

 その途中、桜井の駅において、生還の望みのない戦を見越した正成は息子の正行を故郷に帰すことにする。

 涙をのんで息子と決別し、自らは笑って戦場に赴く正成。

 湊川の戦いで正成は破れ去ったが、それでも忠義をつくした彼の偉業は永遠に語り継がれるだろう。

 

 大まかに訳するとこのような内容になる。

 

 詩を詠みながら、長門の脳裏には様々な思いが浮かんでいた。

 あの扇の文字を見たら、この大楠公以外には踊れない。自分も旗艦に任命された時、好きに舞えと言われ、結局これと同じ舞を踊らされたからだ。

 この伝統に関しては、先輩方も意地悪なことをすると思った。

 そして、大先輩達のことを思う。

 

 初代旗艦松島が活躍したのは、日清戦争の時だった。

 この時の黄海海戦において、清国は巨大な戦艦二隻を従えていたが日本にはそのような戦力はなかった。

 巡洋艦のみの劣勢な戦力において日本は見事に勝利を収め。その後日清戦争全体としても勝利する。まさに日本海軍の栄光の始まりと言ってもいい戦い。その中で艦隊の先頭に立って活躍したのが松島だったが、それだけに多くの直撃弾を受け、傷つきはした。

 後に日露戦争にも参加した松島だったが、戦争後、遠洋航海中に爆発事故を起こし沈没する。

 

 代は変わって、日露戦争において旗艦であったことで有名な三笠もまた、日本海海戦では先頭に立って果敢に戦い、多くの傷を負った。

 彼女もまた戦争終結直後に爆発事故を起こし沈没しかかっている。幸い三笠は湾内で沈んだため引き上げられ、復帰できたが、運が悪いことは否めない。

 

 このように連合艦隊旗艦というのは、戦時にあっては艦隊の最先端に立ち、一身に敵の攻撃を受ける役目を持ち。しかも爆沈というジンクスからしても決して幸運とは言えないものを持っている。

 それでも、いやだからこそ、名誉なものだった。

 今の海戦において戦艦が先頭に突出することはほとんどないだろうが、それでもその名の持つ重圧は大きい。

 出来ればその重荷を背負うのは自分でありたいと長門は願っていたが。結局自分が旗艦である間に戦闘に出ることは無かった。

 その寂しさと悔しさはもちろんだが。それと同時に、大和のことが心配でもあった。

 この戦争はこれまでの戦争とはわけが違う。数回の海戦で終わるものではないだろう。

 彼女はいったいどれだけの責任を背負い、どのような戦いをし、どのようにその最後を迎えるのか。

 松島のように海底に沈むのか。

 三笠のように記念艦として永遠に残されるのか。

 最後はどちらか一つだろう。

 しかし、沈むとしても、それは不慮の事故なのか、それとも……敵に屠られるのか。

 

 いや、杞憂だ。

 長門は不意に覚えた胸の不安を消し去る様に、詠う声を強める。

 今日本は勝利を続けている。今後、戦争の趨勢を決める大規模な艦隊決戦が起こったとしても、この勢いで勝てるだろうという自信があった。

 アメリカやイギリスは未だ大和に匹敵する戦艦を作れていない。新しい期待の戦力である空母機動部隊においても日本が優勢だ。

 負けるわけがないのだ。

 不安なのは、おそらく大楠公を吟じているからだろう。

 足利尊氏の大軍勢を前に、無謀な出撃をしなければいけなかった正成のことを思って、そのようなことを思ってしまったのだろう。

 今の日本海軍とその状況は、全くもって逆ではないか。

 

 大和は、刀を抜き、扇を振り、舞を踊りながらも。不思議な感覚にとらわれていた。

 頭に思い浮かぶのは桜井の決別。

 楠正成が絶望的な湊川の戦いを前にして、桜井の駅において息子の正行を故郷に送り返した場面だった。

 あくまでも戦に付いていこうとする息子を、泣く泣く引き離す、父と子の今生の別れ。

 この場面に、なぜだか今まで以上に心が動かされる。

 まるでこのシーンを以前どこかで見たかのように。

 いや、もしかしたらこれから見ることになるのか。

 目じりから溢れようとする涙を、なんとか留めようとしなければいけないほどに泣きそうになる。

 涙を零さないように、つっと上を見上げると講堂の天井付近の窓から柔らかな光が入ってきているのが見えた。

 それが、桜の花びらのように舞い散る。

 なぜだろう……。

 今は二月であり、まだ桜の季節ではない。

 桜井の決別も、名前とは裏腹に五月の時期の話だ。

 

 それなのに、この季節外れの桜吹雪はなんなのだろう。

 

 この時の不思議な体験が。後の天一号作戦を未来視したものだったと気付くには、もう少し時間が必要だった。

 しかし、その絶望へと落ちて行く運命の足音はすぐそこまで来ていたのである。

 

 大和は舞を終わる。

 しばらくの残心。

 驚くほどの鬼気迫る演技だった。

 その場に居合わせた全ての艦娘は、その舞に心を震わせていた。

 演じる方も見る方も、余興程度だと思っていただけに、その衝撃は大きかった。

 

 

1942年6月5日 ミッドウェー島沖

 

 

「ほう……また沈みましたか」

 

 大和が連合艦隊旗艦になった後も、日本海軍は勝利を続け、その勢いは今や絶頂期に及んでいた。

 しかし、日本が最終的な勝利を得るには、このままただひたすらに勝利し続けるしかない。少しでも手を緩めればアメリカは新しい戦力を投入し、物量でもって日本を押し切るだろう。

 持久戦にだけは絶対にもっていってはいけなかった。

 その中で、日本は真珠湾攻撃に続いて、再びハワイ攻略を画策する。短期間で決定的な戦果を得るには太平洋における敵の大基地を叩くことが必要だった。

 そして、ハワイと日本の中間地点にあるミッドウェー島の攻略が決まった。

 綿密な計画を立て、満を持した状態で大和はついに初陣に赴くことになる。

 ほぼ全軍をあげた侵攻作戦は、勝利を約束されたようなものだった。

 全ての艦娘が意気揚々と出撃し、その目にはミッドウェーなどという小さな島ではなく、その先のハワイという激戦地、さらに先のアメリカ本土を見据えていた。

 真珠湾やアメリカ西海岸には敵の戦艦も待ち構えているだろう、そうなれば大海戦が起こるかもしれない。しかし、そうなったとしても、日清や日露戦争の時のようにこちらは勝てるという強い自信があった。

 少なくとも、その前哨戦で負けることなど、考えもしなかった。

 

「赤城、加賀、蒼龍、飛龍、全て戦闘不能……」

 大和を中心とした本隊には先ほどから悲痛な通信が入ってくる。

 本隊の艦娘は誰もが顔面を蒼白にしたり、あるいは泣いたり、怒ったりしていたが。その中で大和だけがむっつりと目を閉じ、海面に立っていた。

「そんな……馬鹿な……」

 後方から息を切らしつつ現れた長門が、戦況を聞くや、急に血のけのない顔になったうえでそうつぶやく。

 艦隊の周辺は濃霧に包まれており、先ほどまで長門はその濃霧にまかれ、艦隊から落伍して行方不明になっていたのだ。

 それが、ようやく合流したと思ったらこの状況である。

 額には、汗がじわりと浮かんでいる。

「夜戦だ……夜戦を仕掛けるんだ……!」

 長門が語気を荒げてそう言いだす。

 前衛の南雲機動部隊の空母は全滅したが、随伴の艦娘はまだ健在だ。

 榛名、霧島の高速戦艦の他。利根、筑摩もいるし、長良率いる水雷戦隊もいる。後方の艦隊から戦力を送り込むことも可能だ。

 夜戦に持ち込めばまだ敵空母に反撃を加えることも可能だろう。

「……」

 しかし、大和は黙って動かない。

「おい、大和、夜戦を仕掛けよう。このまま帰れば、空母を失った我々は……」

 空母を失ったままでは……その先を続けることは恐ろしかった。

「長門、待って……焦ったらさらに酷いことになるわ」

 焦る長門を、大和の隣にいた陸奥がなだめようとする。

「しかし……」

 

 確かに、このまま撤退すればこちらは今後の戦争を、空母の劣勢という不利な状況で戦わなければいけないことになるかもしれない。

 敵機動部隊が目の前にいるこの好機に、夜戦でもってそれを撃滅するのは絶対に必要なことだった。

 しかし、夜戦と言っても、レーダーもない状態で逃げる敵空母を追いかけ、この海域を右往左往するのは危険だった。接敵出来る可能性は恐らくかなり薄いだろう。

 それに向こうには複数の空母と、ミッドウェーの飛行場がある。制空権の無い状態で敵を追撃するのはさらに無謀だ。

 夜の間に敵を見つけられずに結局日が昇ってしまえば、その先にあるのは敵の航空機に囲まれるという地獄だろう。

 ここで夜戦に戦力を向けるのは、博打というのも酷いほどの賭けだった。

 いたずらに犠牲を増やすだけだ。

「夜のうちに飛行場を砲撃すればいい!敵空母もこれまでの戦闘で疲弊しているはずだ!それにこちらにもまだ軽空母もいる!!」

 長門はそれでもなお叫ぶ。

 その意見は魅力的だったが、大和の決断にはあまりに重い責任が覆いかぶさっていたのだ。

「……」

 引けば、後に待つのは苦しい展開だけだ。

 ならば厳しい賭けに出てでも、ここでなんとしても敵を倒さなければいけないのでは。

「大和……」

 大和の脳裏でしばらく葛藤が続いたが、やがて結論が出た。

「攻略作戦は中止、再起を期して、ここは一旦引きましょう」

 それは妥当な判断だった。

 長門もそれは分かっていたのか、もはや何も言わなかった。黙ったまま、指示に従う。

 大艦隊が、一気に反転し、日本に戻る進路をとる。

 

 こうして大和の初陣は、海戦史に残る大敗北で穢された。

 それ以降日本海軍は劣勢に立たされ、やがて敗北への階段を転げ落ちていく。一度負ければ、後はそれだけだった。

 しかし、それはいずれ必ず訪れるものだったのである。

 それが早く訪れたのか、それとも開戦後半年もたってようやく訪れたのかは分からないが。この戦争に日本が勝てる可能性は極めて低かった。

 唯一の希望である早期講和も。日本がどれだけ大打撃をアメリカに食らわせたとしても、彼らは乗ってこなかったであろう。

 日本が、国土がボロボロになるまで講和も降伏もしなかったように、アメリカにもまたプライドがあったからだ。

 

 

 1943年2月11日、大和の連合艦隊旗艦就任からまる一年を翌日に控えた日。その大将旗は妹の武蔵に引き継がれた。

 後に就役した武蔵の方が旗艦設備が整っていたというのが理由だったが。大和が連合艦隊旗艦であった時期は一周年にあとわずか満たなかった。

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます

次回は武蔵、信濃、そしてトラック泊地での話になります
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