艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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武蔵の横須賀滞在と中部太平洋における大反攻作戦、Z作戦の話です


(15)武蔵の帰投

 

 

1943年6月 横須賀海軍工廠

 

 

 いくつもの工廠が立ち並ぶ港、その中でも一段と巨大な船渠、第六ドック。

 そのドッグ内を一人の背の高い戦艦が闊歩していた。

 大股で、ゆっくりとしながらも進む速度は速い。

 支給された戦闘服を着崩し、そこから露出する艶めかしい肌は、南国の日差しで焼かれたのか、褐色の色をしてわずかに光沢があった。

 白い髪を束ね、射抜くような鋭い眼光に眼鏡をかけている。

 戦艦武蔵だった。

 

 1943年4月。

 ガダルカナル島が完全にアメリカの支配下に入り、以降戦局の思わしくないことにつけて。連合艦隊司令長官の山本五十六は、前線を鼓舞するために自らラバウル基地に赴き。そこからさらにショートランドやブーゲンビルの各最前線基地を訪問しようとした。

 4月18日。ラバウルからブーゲンビル島ブイン基地に向かって、山本五十六を乗せた一式陸上攻撃機と護衛の零戦は飛び立つ。

 しかし、その行動計画を発信した暗号電文をアメリカに解読されており、一行はアメリカの戦闘機による襲撃を受け、司令長官の乗機は撃墜された。

 海軍の最高司令官が敵に討ち取られるという最悪の事件が起こったのである。

 そして、その暗号電文を危機感も薄く送ったのは、当時連合艦隊旗艦であり、山本の乗艦である武蔵だった。

 

 山本の遺体はその後武蔵の元に戻り、共に日本に帰ることになる。

 6月5日、東京日比谷公園にて、平民としては初となる国葬が行われ。武蔵はそれを東京湾で見守った。

 その後、補給などを受けるためにしばらく横須賀に留まることになったのである。

 

「姉さま~~!!」

 ドックの向こうから、幼い少女が駆けてくる。

 美しいつやつやした黒髪を縛り、紅白の道着のようなものを着ていた。

「おう!」

 武蔵は手を大きく広げその子を迎え入れるようにすこししゃがむ。その包容力のある胸に、少女が飛び込んだ。

「姉さま~!えへへ」

「元気だったか?信濃」

「元気でしたよ!武蔵姉さま」

 その子は大和型戦艦の三番艦として計画された、110号艦。艦名はまだ正式には付けられていなかったが、内々には信濃と呼ばれていた。

「そうか、それはよかった」

 武蔵はまだまだ未完成の妹の頭をくしゃくしゃに撫でる。信濃も、まんざらではないようにそれを喜んだ。

「大和姉さまは?」

「大和か?あいつは確か今呉にいるはずだ」

 この時、大和も母港である呉で改修を受けていたのだが、横須賀まで来ることは無かった。

「そうなんだ……」

「私だけじゃ不満か?」

「そんなことないですよ、武蔵姉さまかっこよくて素敵です」

「そうか、お前も早く戦艦として完成できるといいな」

 

 信濃の建造は一時中断し再開の目途も立っていなかった。

 建造の中途半端な時期に米英との開戦が決まり、航空機などの他の兵器の生産を優先されたからである。

 膨大な資材を必要とする戦艦の建造を続ける余裕は日本にはなかった。

 信濃と同時に建造されていた大和型四番艦111号艦が既に解体されていたこともあり、また戦略上の戦艦の必要性の低下も重なって、信濃の戦艦としての完成は絶望的ではあったのだが。姉としてはなんとか最後まで希望を持ちたかった。

「ううん……戦艦はもういいんです」

 しかし、信濃は少し表情を曇らせつつそう言う。

「もういいって……どういうことだ」

「私、空母になることが決まったんです」

「空母……?」

 未完成のまま、巨大なドックを占領していた信濃は、船体自体はある程度完成しており解体されるにはもったいなさ過ぎた。

 折しもミッドウェーの敗北を受け、空母の増産を計画していた軍は信濃を航空母艦として完成させることを決定する。

 赤城や加賀でやって出来たことを、信濃で出来ないことはないということであった。

 

「はい、世界一大きい空母だって、聞きました」

 武蔵は予想していなかったことに驚き、なんと言えばいいのか分からなかった。喜んだらいいものか、どうなのか。

 だが、その意味をゆっくりとかみしめると、良いことなのではないかと思える。

「そうか……ほう……それはすごいな!」

 戦艦より空母の方が活躍できるというのは、武蔵が身をもって実感していたことだった。

 彼女は南方においても常に後方にいるだけで、連合艦隊旗艦になって後も戦闘に加わることは無かった。

 翔鶴や瑞鶴などの正規空母や、その他の空母に比べてすら、その戦歴の差は遥かに開いていたのである。

 空母の活躍を羨ましいと思わないわけがなかった。

「姉さま、喜んでくれます?」

 信濃は姉達と違う艦種になることに疎外感でも感じているのか、期待に応えられずに申し訳ないとでも思っているのか。なんとなくおずおずとしている。

 なので武蔵は笑顔で返した。

「もちろんだ!私の妹が空母になれるなど、願ってもいない名誉だ」

「本当?」

「ああ!やったなぁ……いやぁ、姉さんはお前が解体されるんじゃないかってずっと不安だったし、今更戦艦になっても出番はないからな。……でも空母になれるなら将来安泰だ」

「本当に本当?」

「嘘ついてどうする」

 信濃は、心から嬉しそうな武蔵を見て笑顔になった。

「やった~!」

 そして武蔵にひしと抱きつく。

 

 しかし、武蔵はその時、ふいに不安が襲った。

 ミッドウェーの敗北の時、自分はまだ就役直前だったがそれでも話には聞いていたのだ。

 空母は今、最も優先して狙われる戦略目標だった。

 それに空母の弱点は戦艦と比べても打たれ弱いことだった。加賀や赤城は元戦艦でありながらも装甲は減らされている。

 一発の被弾でも、格納庫内の様々な可燃物に引火して爆沈してしまう危険性が極めて高かった。

 浮沈艦の極みとも言える、重装甲の武蔵や大和からしたら、その生存性は大きく落ちることになるかもしれない。

 活躍するというのは、それだけ沈む可能性も大きくなるということだ。

 

 だが、それも名誉なのだろう。

「姉さん達は、お前が前線にやってくることを待っているぞ」

「はい!」

「安心しろ、その時お前の護衛は大和と私が勤めるだろう。最強の機動部隊を組もうじゃないか」

「はい!」

 信濃が脆弱であれば、自分達が守ればいい。幸い最高速度も同じくらいだろう。随伴にはぴったりのはずだった。

 世界最大の大型空母によるエアカバーの元、世界最大の戦艦二隻による突撃。

 この三隻の組み合わせによって、初めて自分達は本当の意義を持つのかもしれない。

「それまではしっかり食って、しっかり遊んで、しっかり寝ろ」

「はい!」

「いつも元気で良い子にして、良い空母になれ」

「はいっ!!」

 信濃の空母としての完成までにはまだ少なくとも二年はかかるだろう、それまで自分は生きていなければいけない。

 戦局を維持しなければいけない。

 この子は最後の希望だ。

「よし!」

 

 その後、武蔵は信濃とひと時の姉妹の時間を持ち。そしてまたトラック島へと戻ることになった。

 大和もそれに少し遅れて呉からトラック島に向けて出発し、八月には再びトラック泊地に大和と武蔵が並ぶことになった。

 

 

1943年10月17日 トラック泊地

 

 

 1943年は比較的に大規模な海戦のない時期であった。ミッドウェーの弔い合戦となった南太平洋海戦以降、空母同士の戦闘は起きておらず。ガダルカナルを巡って争ったソロモン海戦以降、戦艦の戦闘もなかった。

 しかし、なにも無い平穏な時期だったというわけではない。

 アメリカは日本への反攻作戦として、ソロモン諸島よりニューギニアなど島伝いに西へと進撃する道と。ハワイから、マーシャル諸島やトラック泊地といった中部太平洋へと進撃する道の二本槍でもって作戦を開始し、最終的にフィリピンで侵攻の手を合流させる計画を立てていた。

 また北はアリューシャン列島も、アメリカの反撃により奪還されていった。

 続々と増えていくアメリカの空母によって、徐々にそれらの日本の占領地が脅かされつつあったのである。

 とはいえ、やはり出番のなかった大和と武蔵はトラック泊地に留まったまま、特に何もすることがない日々を過ごしていた。

 大和ホテルや武蔵御殿などと呼ばれるのもこの時期である。

 ただ、やることが無かったのは戦艦だけでなく、瑞鶴などの空母も、同じ泊地で暇を弄ぶようになっていたのだ。

 

 そろそろなんとかしなければ、そう思っていた時に、そのチャンスは到来した。

 トラック泊地から訓練に出ていた瑞鶴、翔鶴を中心とした艦隊の進路上、ギルバート諸島のマキン、タラワ島にアメリカの機動部隊が空襲を仕掛けたのだ。

 それを迎撃するために周辺海域で待ち受けた瑞鶴達だったが、結局敵機動部隊と接敵することは出来なかった。

 しかたなくトラック島に帰還した瑞鶴達であったが、そのすぐ後にマーシャル諸島の北にあるウェーク島をアメリカの大規模な機動部隊が襲いかかった。

 そのウェーク島の空襲後も、牽制だけで敵はハワイに引き返していき、日本はそれを迎撃出来なかった。

 だが、アメリカの暗号通信をある程度解析していたトラック泊地では、アメリカ機動部隊がマーシャル諸島周辺へ再度侵攻してくることが予想されたのだ。

 

 これ以上好き勝手はさせない。

 マーシャル諸島にやってくる敵を迎撃するために、日本はトラック泊地の主力艦隊を出撃させることを決めた。

 今や勢いを得て、鼻高々に小癪な空襲を繰り返すアメリカ機動部隊を叩きつぶそうというのである。

 それは奇しくもミッドウェー海戦のまったく反対の状況であった。

 勢いに乗り慢心した日本の空母機動部隊は、暗号を解読され待ち伏せされたことによってミッドウェーで大敗北を喫したのである。

 それを今度はこちらがやり返してやろうとでも言わんばかりのこの作戦だった。

 だが、一度成功した作戦、しかも相手が仕掛けてきた作戦を再度実行した所で、再び成功するのかどうかは怪しいところだった。

 この作戦はZ作戦と呼称され。MI作戦以来の大海戦が予想された。

 

「全艦抜錨!いざ……出撃するぞ!」

 連合艦隊旗艦、武蔵の号令により、トラック泊地に集まった主力艦隊が出撃していく。

 瑞鶴、翔鶴、瑞鳳を中心に重厚な輪形陣が組まれる。

 武蔵、大和、長門、扶桑、金剛、榛名の戦艦五隻に、利根型、妙高型、高雄型の重巡、さらに阿賀野と能代に率いられた駆逐艦が続く。

 まさに大艦隊だった。

 大和や武蔵の顔も、久々の出撃に意気揚々としている。

 大和はミッドウェーの時も結局戦闘には参加していなかったし、武蔵に至ってはこのような大決戦に出撃することすら初めてだった。

 なんとしても戦果をあげたいと望んでいたのである。

 

「やはり気持ちが良いな!」

 まだ朝のさわやかな空気を顔に受けて進みつつ、武蔵は本当に気持ちのよさそうな声で言う。

「そうね、やっぱり外はいいなぁ」

 隣の大和も、固く凝った体をほぐすようにストレッチをしつつ海を快走する。

「いい加減、本格的な艦隊戦をさせてもらわなければ、このみなぎる力を弄ぶばかりだ」

「ええ、ずっと停泊してるだけだと艤装にフジツボや錆がついちゃうしね」

 大胆に肌を露出させた武蔵と、こんな太平洋の真ん中でも傘をさして美白に気を使う大和の性格は対照的なほどに大きく違う。

「信濃にも、はやくこの壮大な海と空を見せてやりたい」

 武蔵が水平線に浮かぶ巨大な入道雲を仰ぎ見ながら呟いた。

「ええ……」

 

 水平線に出現する燃えるような日の出、真昼の強烈な太陽、どこまでも深い空の色とそれを反射したかのような青い青い海。全てが燃え盛るような夕日。光一つない真夜中と、そこに時たま浮かび上がる夜光虫のイルミネーション。

 大しけの時の、この世の終わりのような暴風雨と巨大な波。

 美しい南国の島々。

 トラック島ののんびりとした日々。

 就役からわずかの期間に、自分達は様々な海を冒険し、見てきた。

 戦争中とはいえ、それは胸の躍る時間だった。

 未だ横須賀の工廠から出られない信濃にも早く同じ景色を見せてやりたい。

 それは姉妹共々の願いだった。

 

「あ、イルカだわ」

 大和と武蔵の間をイルカの群れが並走する。

 海面に手を差し伸べてそれに触れようとするが、イルカは軽くジャンプして逃げてしまった。

 そのはねた水飛沫が大和にばしゃっとかかる。

「ははっ!遠足じゃないんだぞ」

「も~~、可愛くないイルカね!笑わないでよ」

「なに、この天気だ、すぐに乾く」

 武蔵の少々のことは気にしない性格が羨ましいようであり、そうでないとも思う。

 イルカの群れは、移動していき、円形の陣の真ん中。空母のほうに向かった。

 海上を滑るように進む瑞鶴、翔鶴、瑞鳳も、久々の出撃に喜んでいるのか、いつも以上に軽々とした心地よい走りを見せていた。

 それもそのはず、彼女達の背負う矢筒には矢が入っていない。

 しかし、艦載機無しで出撃するというわけではなかった。

 

「瑞鶴、来たわ」

「りょーかい!翔鶴姉」

 いつも仲のいい翔鶴型姉妹が、遠く後方の空を見上げる。

「あの子たちも良いけど、そろそろ新鋭機が欲しいわよね~」

 姉妹の隣にいる瑞鳳も同じ方向を見つめていた。

「新型ですか?そろそろ来るって話ですけど……」

 翔鶴がそれに返し。

「それずっと前から言われてない?まったく、いつになるのかしら」

 瑞鶴がさらに蒸し返す。

 後方、艦隊がやってきた方向の空に、黒い粒の大編隊が見える。

 零戦、九九艦爆、九七艦攻、もはや旧式になりつつある慣れ親しんだいつもの子達だ。

 トラック島の飛行場を、艦隊から遅れて発進してきた艦載機達だった。

 空母停泊中の発着艦は基本的には出来ない。そのため、泊地に長期停泊中は艦載機を陸上の基地に下ろし、急な敵襲にもすぐに飛行場から発進して対応できるようにする。

 停泊中の着艦が出来ないことから、空母が航行を始めたこのタイミングでようやく帰って来れるようになったのだ。

 艦載機達は母親を探すひな鳥ように空母の上空に集まると旋回を始め、順次着艦態勢に入る。

「お帰りなさい」

 空母達が飛行甲板を構えると、次々と着艦していった。

 百数十機の艦載機が、本来の居場所に収容されていく。

 これでようやく敵の機動部隊を叩く牙が揃ったわけだった。

 

 その様子を陣形陣の外縁から眺めていた武蔵は、戦闘の態勢が整ったことにさらに気合いを入れ直した。

「よし、いつでも来い」

 前方を見つめて、気迫を口にする。

 それは、なんとしても接敵したいという祈りのような思いもこもっていた。

 敵に会うまでは、泊地には帰らないぞ、と。

 そう、強く念じた。

 

 




読んでいただきありがとうございます

次回はこの作戦の続きとなります
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