艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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前回の続きです


(16)転進

 

 

1943年10月24日 ウェーク島沖

 

 

 不吉な、まるで断末魔のような身の竦む音を響かせ、空気を切り裂くように上空から襲いかかる急降下爆撃機。

 その直下にいるのは二隻の巨大な戦艦。大和と武蔵だった。

 しかし、二人は茫然と立ったまま、対空砲火を浴びせようとはしない、機銃すら沈黙を守っている。

 爆撃機は一気に直上に迫り、そしてついにその抱えた爆弾を投下しようとした。

 緊張に凍りつくような刹那。

 が、しかし、急降下爆撃機は何も落とさずにそのまま上昇していく。

 後に続く数機も、同様の行動をとった。

 大和達を冷やかす様にその上空を弧の字に飛んでいく、それだけだ。

 投弾装置の故障ではない、もともと爆弾を積んでいなかったのだ。

「ふん、ぬるい急降下だな、実戦なら全機撃ち落としているところだ」

「武蔵……それはさすがに無理じゃあ……」

 大和達を攻撃しようとした艦爆達は再び上空に集まると、瑞鶴の元に戻っていく。

 今のは彼女の九九艦爆の爆撃訓練だった。

 

 マーシャル諸島周辺で敵を待ち伏せた艦隊だったが、いつまでたっても敵は現れなかった。

 その間に真珠湾を偵察していた潜水艦から、アメリカの艦隊が未だパールハーバーに停泊しているという報告を受け、艦隊は一気に気落ちしてしまうことになる。

 敵の再度侵攻の暗号は誤りだったのかとも思われたが。敵はウェーク島に来るのではないかという最後の望みをかけて、今度は艦隊を北に向け、このウェーク島にやって来たのだった。

 しかし、ここでも待てども待てども敵は現れず。瑞鶴が艦爆を偵察機として出したが、結局アメリカの機動部隊は発見できなかった。

 

「くそ……」

 悔しそうにハワイの方向を睨みつける武蔵。

 それに寄り添うように大和が近寄った。

「帰りましょう……敵は来ないわ」

「しかし……くそう!」

 武蔵は怒りと不甲斐なさに震えていた。

 その怒気のまま、海面を力強く足で叩きつけるが、海水は手ごたえも無く、しぶきを上げるだけだった。

 連合艦隊旗艦として意気揚々と出撃した結果がこれか、と。

「私はここだ……私はここだぞ!!かかってこい!」

 いもしない敵艦隊に向け、やるせない思いをぶつける武蔵。

 その肩に大和が優しく手を添える。

 

 そのまま艦隊は反転し、数日後に再びトラック泊地へと戻った。

 大艦隊の出撃により、貴重な燃料を大量に消費しただけでこの作戦は失敗に終わる。

 これは後に連合艦隊の大散歩として揶揄され、笑い話の種になった。

 しかし、その後もアメリカの艦隊はマーシャル諸島に来なかったのかというとそうではなく。

 次の月、11月にはマーシャル諸島の南にあるギルバート諸島に敵の機動部隊が現れ、マキン、タラワ島などの島々が攻略される。

 さらに次の年にはマーシャル諸島にも機動部隊が襲来し、次々と島が攻略されていった。

 その中で2月17日と18日にかけて、ついに日本海軍の中部太平洋における一大拠点として名をはせたトラック島基地が敵機動部隊の空襲を受け、壊滅的打撃を受けた。

 それ以前に日本はトラック泊地の危機を察知し、大和以下主力艦艇は退避していたのだが。泊地に残っていた数隻の艦艇が手痛い被害を受け、トラック島も占領こそされなかったが、その後泊地として復旧することは無かった。

 

 この侵攻作戦時のアメリカの空母機動部隊はだいたいのところ、新型のエセックス級空母4隻と歴戦のエンタープライズ、サラトガを合わせた大型正規空母6、そしてこれも新型のインデペンデンス級軽空母5。

 そして戦艦はノースカロライナとサウスダコタ級三隻に加えて、就役してすぐの最新鋭戦艦アイオワとその妹のニュージャージーが参加していた。

 空母、戦艦、共に新型を多数含み、ミッドウェーまでの顔ぶれからしたらそのほとんどが刷新されていた。

 特に空母合計11隻というのは恐ろしい数であり。仮にZ作戦時にこれと遭遇していたとしても、おそらく日本は敗北していただろうと思われる。

 現に、トラック泊地の日本艦隊はこれに対して再び反撃に出るのではなく、退却を選んでいるのだ。

 

 そのトラック島撤退より少し前、Z作戦の失敗の後。その数カ月の間に大和は一度日本に戻り横須賀に向かっていた。

 

 

1943年12月 横須賀海軍工廠

 

 

「信濃?」

 ドックの通路に立つ大和が、優しく呼びかける。

 別の方向を向いていた信濃がこちらのほうを振り返って、それから驚いたように目を見開き、そしてそのまま笑顔になる。

「大和姉さま!!」

 弓道着を着た少女が走りだし、飛び込むように大和の胸に抱きついた。

「信濃……大きくなったわね」

「姉さま!!やっと会えました!」

 久しぶりの再会に、互いを確かめ合うように、強く抱き合う。

 大和からすれば、このような空母の弓道着を着ている信濃は初めてだったので、成長期らしい彼女の身体の変化もあり、今までの幼いだけの妹のイメージとは違った。

「良い子にしてた?……工廠の人に迷惑かけてない?」

「はい!信濃、良い子でしたよ!武蔵姉さまにも言われてましたし」

「武蔵が?本当?」

 笑顔で互いを見つめあう。

 その時、信濃の来た方向から、もう一人の艦娘がやってくるのが見えた。

 小柄だが空母らしい、着物を着た大和撫子といった感じのその人は、大和も良く知っている艦娘だった。

「信濃ちゃん、本当に良い子にしてましたよ」

「鳳翔さん!?」

 大和と信濃の前に鳳翔が立っていた。

「大和さんも、お久しぶりです。ご壮健なようで、私も安心しました」

「こちらこそ!お久しぶりです鳳翔さん」

 

 鳳翔と大和が会うのは、おそらくMI作戦以来だろう。

 あの時は大和達本隊の護衛空母として鳳翔がそばに付いていてくれたのだ。

 作戦以降は鳳翔は内地で練習空母として働いているという聞いていたが、話を聞くと今はちょうど信濃の稽古をつけてくれていたらしい。

 MI以前からの大和と鳳翔の関係と言えば、極秘建造を徹底されていた大和の艤装中に、その船体が外から見えないようにと鳳翔が隣に停泊して壁になって隠してくれていた、という時期があったのだ。

 以来、艦娘として大先輩ということもあるが、大和は彼女に頭が上がらない。

 そんな関係の三人は、ドックのへりに座ってしばらく積もる話をすることにした。

 

「でも、私も内地ばかりで申し訳ないです……。せっかく空母として生まれたのに……たいして役に立てなくて。他の空母はみんな前線で頑張っているのに」

 鳳翔は本当に申し訳そうな顔でそんなことを言う。

 彼女は日本の空母のプロトタイプ的な存在であり、それ故に決して実戦向けとは言えない性能なので、前線に出るよりは内地で練習艦になっているほうが合っている。

 艦載機のパイロットとして一番重要な、空母からの発着艦という行程を訓練するには、やはり実際の空母でやるのが一番効果的なので。そう言う意味で後方でパイロットを養成して前線に送りだすというのは極めて重要な仕事なのだが。

 鳳翔自身としては安全な場所で待機しているのは申し訳なく思ってしまうらしい。

 空母としての後輩でもある赤城や加賀や蒼龍、飛龍が、自分も参加していた作戦で沈んだということを、やはり今でも深く引きずっているのだろう。

 そしてそれ以外の空母も前線に出て傷つき、沈んでいっている。

 自分がもっと戦えたら、と思わずにはいられないのだ。

 

「内地での訓練も、ものすごく重要なことですよ。前線に出ていたって……何も出来ないことはありますし……」

 大和は言いながら、実際自分達のていたらくを恥ずかしく思う。

 トラック泊地にいながら、何も出来ずに燃料ばかり消費する自分達より、実質的には鳳翔のほうがよっぽど貢献しているのではないかとも思う。

「そう言っていただけると……ありがたいですね」

 その大和の気持ちを分かってか、分からずか、彼女は優しく微笑む。

「姉さま!前線はどうなんですか!トラック泊地は、今どんな作戦をしているんですか!?」

 さらにそういう分別の無い無邪気な信濃が、姉に聞く。

「え?トラック泊地のこと……えっと~」

 敵の行動に惑わされて、大散歩をしてしまったなどとは言いにくかった。

 かといってここ最近は他に大きな作戦をやろうとしたこともない。

 無垢なだけに、非常に答えにくい質問だった。

「信濃ちゃん、だめですよ。前線のことは機密事項ですから、無暗に聞いちゃいけません」

 鳳翔が助け船を出してくれる。

「え~……そうなんですか、せっかく姉さまからいろいろ戦闘のこと聞けると思ったのに~」

 信濃は不満そうだ。

「ごめんね、信濃。そういうことはあまりしゃべれないの……」

「は~い……分かりました。信濃良い子なのでこれ以上訊きません」

 聞き分けの良い子で助かる。

「信濃ちゃんも、早く竣工して、早く訓練終えれば前線に行けますよ。その時まで楽しみにしてましょうね」

 鳳翔がそう言いながら頭を撫でると、さらに素直に「は~い!」と嬉しそうに言っている。どうやらこの先生にかなり教育されているようだ。

「でもでも!日本は勝ち続けてるんですよね!ミッドウェーでも、ソロモン諸島でも、すごい海戦をしたって!信濃が就役するまでに戦争が終わってるなんてことないですよね?」

「そ、それは……」

 それでも信濃はさらに目を輝かせてそんなことを尋ねてくる。

 

 大本営発表では、ミッドウェーで四隻の空母を失ったことは伏せられていた。

 ミッドウェーでの本来の戦果はヨークタウン一隻を最終的に撃沈しただけだったが。発表では敵空母二隻撃沈、そして我が方の空母一隻撃沈、一隻大破としている。

 あの大敗北が、まるで苦戦しつつも勝利しているように思える。

 また比叡と霧島の沈んだ第三次ソロモン海戦でも、我が方の戦艦一隻沈没、一隻大破と発表しており、敵の被害も大きく報道された。

 そしてガダルカナル島の敗北と撤退は「転進」と表現され。日本軍が劣勢に立たされていっていることは隠されていた。

 これらは元々の連合艦隊の戦果見積もりが不正確で、多めに計上されていたということもあるが。それ以外の大本営発表でも、架空のアメリカ空母や戦艦を多数撃沈しているという報道がなされるなど、内地の国民は現実とは大きく違った戦況しか知らされていなかったのである。

 そしてその発表は年を追うごとに実際の戦果とは乖離していき、それを信じた大部分の国民は日本がもはや劣勢になり、窮地に立たされつつあるとは思いもしなかったのである。

 

 信濃も同様にそんなことは知りもしなかった。日本はミッドウェー以前と変わりなく、多少の苦戦はあっても、今も快進撃を続けていると信じてやまなかったのである。

「大和姉さまと武蔵姉さまも、きっと何隻も敵の戦艦を倒してるんですよね!あ、言わなくてもいいですよ、本当は聞いちゃいけないことですから」

「えっと……その……」

「がんばってくださいね!姉さま!」

 対空射撃や潜水艦との遭遇以外、ほとんど実戦らしい実戦はまだ経験すらしていないなどとは、到底言えない状況だった。

 非常にいたたまれない気持ちになる。

「そうねぇ……が、がんばるわ」

 なんとかそう言うのが精いっぱいだった。

「信濃ちゃん、そういえばとっておきのお菓子があるから、酒保まで取ってきてくれる?何にもないのもあれですし、お茶にでもしましょう」

 鳳翔がこれ以上この話題を続けるのは良くないと判断したのか、そう提案する。

「はい!酒保のあの戸棚ですね」

 そういって信濃は走っていった。

 大和と鳳翔は二人になる。

 すると鳳翔の顔からも、微笑みが消え、不安そうな表情になった。

「やはり戦況は、良くないんですね?」

 彼女も今は信濃と同程度の情報しかもらっていないはずだが。ミッドウェーを見ているからか、戦況の悪化をある程度予想しているようだった。

「ええ、自分が前線に出ているというのに、恥ずかしながら……」

「そんな、大和さんのせいではありませんよ」

「……トラックも、もう危ないかと思います」

 その大和の呟きに、さすがの鳳翔も驚いたようだった。

「トラック泊地が……?」

 

 ギルバート諸島へのアメリカの大艦隊の襲撃から考えれば、次にマーシャル諸島、そしてその後ろのトラック島も危険だというのは明白だった。

 大和がわざわざ横須賀までやってきたのも、陸軍の部隊と軍需品をトラック島まで持ち帰るためである。

 なぜ今そんな輸送作戦をするのかという理由は大和も聞かされていなかったが。トラック島への敵襲来を見越して、事前に防衛戦力を整えるためだという可能性も考えられなくはない。

 

「信濃が就役するまで、持ちこたえられるかどうか……」

 大和はたまらず弱音を吐いてしまっていた。

 それはおそらく相手が鳳翔だからだろう、誰よりも優しい、お母さんのような人だからこそ、自然とそんなことを言ってしまった。

 本当はそんな弱みを見せてはいけないのに、優しい鳳翔の心労を増やしを苦しめるだけなのに。

「大和さん……」

「この戦争に……勝てる道が、私には……見えないんです」

 しかし一回崩れた自制心は、どんどんと崩壊していく。弱音がどんどんと出てくる。

「……」

「私は……私はどうすれば……このままじゃ信濃も……」

 怖かった、本当はずっと怖かった。まだ見ぬ本当の敵と戦うのが。そして、それに負けるのが怖かった。

 ミッドウェーのようなことは、もう二度と経験したくなかった。

 武蔵は戦いたがっているけど、本当は自分は戦闘なんてしたくなかった。Z作戦の時も、敵か現れなくて安堵している自分がいた。

 自分は臆病だ。

 わかってる、わかってるけど。

「大和さん」

 その瞬間、なにか暖かいものに包まれる。

 その、大きな体を、ちいさな体が抱きしめようとしてくれる。

 自分がまだ艤装中だったあの時みたいに。

「ごめんなさい……わたし……うぇぇ……うぅ」

 大和はそれがあまりにも懐かしくて心地よすぎて、思わず嗚咽がこぼれてしまった。

「いいんですよ、いいんです」

「わたし……うえぇええええん……えぇん」

「辛い時は、泣いたっていいんですよ、あなたは女の子なんですから」

 先ほどまでは泣くなんて思っても見なかっただけに、急にこんなことになってしまう自分に驚いたほどだったが。この人にそう言われると、涙が止まらなかった。

「えええええ~~~ん……うえぇ……」

「はいはい……怖かったですね……ここは安全な日本ですし、私がいますからね……もう大丈夫ですから」

 

 そして、しばらくのあいだ大和は泣いてしまっていた。

 連合艦隊旗艦すら務めた、日本が誇る最新鋭の戦艦。世界最大の戦艦が。小さな空母を前に、泣き崩れていた。

「大和姉さまどうしたの……?どこか痛いの?……戦闘の怪我?」

 酒保からお菓子とお茶一式を持ってきた信濃に醜態を見られても、その嗚咽は止まらなかった。

 

 

 横須賀からトラック島に戻る途中、潜水艦に襲撃され、魚雷が命中するという事件が起きたが。潜水艦の雷撃に対して、損傷と浸水はあったものの、大和はほとんど動揺せずという頑強さを示した。

 その後、輸送作戦を成し遂げ、トラック島に帰還した大和だったが、魚雷で受けた傷の修理のためにまた日本に戻ることになった。

 残った武蔵達主力艦隊も、アメリカの機動部隊接近のために、まもなくトラック島から撤退せざるを得なくなる。

 トラック島が空襲を受け壊滅し。連合艦隊はさらに西へと後退を余儀なくされていった。

 芳しくない退潮の流れを押しとどめるために決行した、大反攻作戦であるマリアナ沖海戦。これにも大敗北を喫した連合艦隊はもはや修復不可能な傷を受け、そして流れはさらに運命のレイテへと向かっていく。

 その間も、やはり大和と武蔵の活躍は無く。失意の中で、ただひたすらに後退の日々過ごすだけであった。

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます

次回はレイテ沖海戦あたりの話になります
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