艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

17 / 34
レイテ沖海戦、シブヤン海までの話です

これまでの話といろいろと被る部分があります、今回は扶桑型の12話と被っています



(17)犠牲

 

 

1944年10月 リンガ泊地

 

 

 泊地の島に建てられた陸上施設の一室。

 作戦会議室ではもう長いこと次の作戦についての話し合いが行われていた。

 昼過ぎに始まった会議も、外はもう日が落ち完全に暗闇になっている。それほど広くも無い室内は、何人かの艦娘が座ったまま、空気は淀み、みなの疲れたような顔だけがオレンジ色のランプに照らされていた。

 窓の外から聞こえてくる虫や、鳥や、良く分からない獣の声も、うっとおしい熱帯雨林を思わせるものでしかなく、もううんざりするほど聞き慣れていたものだった。

 

 話は、この作戦にどの空母を出すかというところに至っている。

「やはり、台湾で失った航空隊が痛いですね……」

 連合艦隊旗艦である大淀は、会議の議長をしているが、その顔は冷静でありながら言葉は重々しかった。

「雲龍や天城は……残念だけど無理ね……」

 愛宕も、いつになく沈痛な面持ちで席に着いている。

 他に会議に列席しているのは大和、武蔵、長門、伊勢、扶桑、金剛、瑞鶴、妙高だった。

 作戦の中心者だけがこうやって集められている。

「葛城って子も、竣工はしたみたいだけど……まあ、どうしようもないわね」

 瑞鶴が言う。雲龍型三番艦である葛城はこの作戦に合わせて竣工が急がれたが。錬度が足りていないのはもちろん、それ以前に搭載する艦載機が無かった。

 載せるものが無い以上、雲龍、天城、葛城の三人をこの作戦に連れていくことは出来ない。

「信濃って子は?その子もこの作戦に合わせてくるって聞いてたけど」

 さらに瑞鶴は信濃の姉分である大和と武蔵のほうを見ながら問いかける。

 それを受けて、大和が答えた。

「急いではいるみたいだけど……まだ完成すらしていないですね」

「そう、ならそんなに急がなくても、ゆっくり完成させた方がいいんじゃない?手抜き工事なんかされたら妹さんもたまったもんじゃないわ」

 瑞鶴が最初から期待していなかったようにそう言うのを、大和はおとなしく頷き返すことしか出来なかった。

「そうですね……」

 

 捷一号作戦。

 マリアナ沖海戦で敗北した日本は、その後フィリピンに向かってくるアメリカを食い止めるため、さらなる反攻作戦を計画した。

 後にレイテ沖海戦と呼ばれる作戦。

 陸軍と海軍が協力し、航空機により敵を攻撃しつつ、フィリピンに上陸しようとする敵輸送部隊を水上打撃艦隊で撃滅するという水際の作戦である。

 そのために日本に残った戦艦や空母が全力投入される予定であった。

 文字通り、連合艦隊に残された最後の反攻である。

 さらに作戦に合わせて、雲龍や天城、葛城といった新造空母の投入も考えられたが。燃料不足から訓練などを行うことも出来ず、彼女達の錬度は未だ極めて低いままだった。

 そのうえ、10月半ばにアメリカの機動部隊は、陽動作戦として突如台湾に襲撃をかけてきたのだ。

 その迎撃として出撃した日本の貴重な航空機も、多くは未帰還となり、マリアナ以降に補充された航空部隊もそれで激減してしまった。

 捷一号作戦で使われるはずだった航空機が作戦前に大量に失われたために、特に空母機動部隊においては大幅な計画修正がされなければいけないことになったのである。

 瑞鶴を始めとする空母はまだ多数いたが、それに乗せる艦載機がほとんど皆無という状態だった。

 なんとも致命的な状況である。

 

「と言いマスが、まず空母を出撃させる必要性はありマスか?エアクラフトもないのに出撃しても意味がないデス」

 どの空母を出すのかという話し合いの中で、金剛が素朴な疑問を発する。

 その問いは確かにその通りだった。

 最終決戦なのだから、当然空母も出なければというイメージだったが、十分な艦載機が無いのなら、出撃しないほうがましだ。

 今からでも100機程度の艦載機は集まるだろうが、それは皆訓練もろくに済んでいない頼りないものがほとんどだろう。

 マリアナ沖海戦では錬度の低い航空隊を出して、七面鳥のように次々と敵に撃墜されていったのだ。それをまた性懲りも無く繰り返すのはあまりにも愚かだった。

 決戦とはいえ、空母の出撃は今回は見送るべきだろう、と考えるのはいたって自然なことだった。

 しかし、さっきからずっと目を閉じて黙って会議を聞いていた武蔵が、ふいにその答えを明かそうとする。

 カッと目を開くと、それほど大きくも無いが良く通る声を発した

「空母には、囮になってもらう」

 その内容に、列席している艦娘達の半分は驚きを隠せない。

 もう半分、驚きはせずとも、苦い顔をしている残りの者は、会議前にその囮作戦のことを聞いていた者たちだ。

 作戦立案の中心となった大淀、大和、武蔵、愛宕はそのことを知っていたが、他は知らない。

「空母を……デコイ?」

 そんなことを聞いていなかった金剛は目を見開いたまま、尋ねた。

「そうだ……現状で空母を活かすにはそれしかない。また、水上打撃部隊が空襲を避けて目的地までたどり着くにも、囮が必要だ」

 武蔵が低い声で説明する。

「アンビリーバボー……」

 金剛はそう言って茫然としているが、確かに作戦として筋は通っていた。

 水上打撃部隊を安全に進撃させるには、誰かが囮になって敵機動部隊を引きつけなければいけない。

 そしてその囮に最適なのは、空母だ。

 アメリカも、日本の空母が出てくれば、戦艦部隊を放っておいてでもそちらに戦力を向けるはずだった。

 ただ、今まで一番守らなければいけない存在だった貴重な空母、戦艦などよりも遥かに重要度の高かった空母を、囮として出さないといけないというのは、非常に辛い決断だった。

 開戦以来、ほとんど出番のなかった戦艦のために、これまで死力を尽くして戦ってきた空母が犠牲になる。

 それは、何とも言えない、気持ちの良くないことだった。

 そのような戦略的な錯誤が起きるほど、連合艦隊は追い詰められているということでもある。

「そして、その囮になってもらう空母だが……」

「まあ、私よね」

 武蔵が言おうとしたところを、瑞鶴が先に名乗り出る。

「正規空母がいないと話にならない感じでしょ」

「頼めるか?瑞鶴」

「逆にこんなところで後方待機なんて言われたら、冗談じゃないわ」

 開戦当初から残る最後の正規空母、幸運の空母のその決意の前に、他の艦娘達は皆、申し訳ないという思いしか抱けなかった。

 しかし、確かに大型正規空母がいなければ、囮としてきちんと機能することは無いだろう。

 それはどうしようもないことだった。

「わかった……機動部隊の護衛には、伊勢、日向についてもらう、そちらも頼む」

 さらに武蔵がそう付け加えると、伊勢はすこし緊張して頷く。

「私達なんかでいいの?まあ、任されたのなら全力で守るわ」

 空母の護衛は、艦載機を持たない第四航空戦隊。伊勢と日向にまかされることになった。

 

 結局、瑞鶴、瑞鳳、千歳、千代田の四隻の空母が囮として出撃することになり隼鷹、龍鳳は後方待機が決まった。

 その四隻が、アメリカの十一隻もの空母機動部隊の攻撃を一身に受けなければいけない。しかも、十分な艦載機も無しに。

 それは、生還を望めない出撃だった。

 しかし、生還を望めないのは空母だけでなく、その他の艦艇全てに言えることでもあった。

 敵の戦力は圧倒的である。数だけでなく、その装備も、艦載機の錬度も、日本を圧倒していた。

 その敵に対して突撃したところで、結局どうなるのか。

 囮が成功し、水上打撃部隊が敵の輸送船団を撃滅できたとしても、アメリカには多数の空母と戦艦がいるのだ。

 長い距離を進撃した揚句に、弾薬と燃料の無くなったところを、最終的に叩きつぶされるのが良いところだ。

 敵の上陸をなんとしても阻止する。というところまでは明確だが、その後どうやって無事に撤退する。という部分に関してはあやふやだった。

 むしろ、敢えてみんな目をそらしていた。

 それになにより、この作戦が大成功したとして、その後どうなるのか。

 アメリカは一度撤退したとしても、すぐにまた陣容を整えて再度侵攻してくるだけだろう。

 この戦争に日本が勝利できる望みはもう無い。

 このままおとなしく負けを認めるよりは、最後に一撃を加えて少しでも有利な形で講和を結ぶという考えもなくはないが、そのような交渉が出来る余地が、アメリカはおろか、日本側にさえ、果たしてあるのかどうか。

 

 結局のところ、この作戦に戦局をどうにかしようとする意味はほとんどないだろう。

 確かに、今ここでアメリカのフィリピン占領を止めなければ、日本本土と南方の資源産出地帯は分断される。

 日本本土に逃げ込んだとしても、結局は燃料不足でなにも出来ないまま終わるだけだ。

 だから何があってもここで敵を食い止めないといけない。例え博打だとしても、やらなければそれで負けが確定するからだ。

 しかし、作戦が成功する確率は極めて低かった。

 勝利する確率などは度外視して、戦力が残っているから、やるのだ。

 まだ動ける船があるから、出すのだ。

 大和や武蔵といった、最強の戦艦。そしてほとんど温存されてきた他の戦艦。

 空母や巡洋艦、駆逐艦。

 それらが残っているから、例え勝つ望みがなくてもやるのだ。

 せっかくの戦艦を使わずに負けを認めるのはあまりにももったいないからやるのだ。

 兵器があるからこそ、戦争を行わずにはいられない。そこに合理性などは存在しない。

 日本に残った連合艦隊があるからこそ、アメリカも過剰なほどに戦力を増強し。日本は日本でそれに対抗するために無茶苦茶なあがきを続ける。

 日本が本当に壊滅的な打撃を受けるまで、その醜い争いは続けられるだろう。

 戦力がある以上、戦争は続く。

 どこかで妥協点を見つけるということは出来なかった。

 

「では、以上で作戦の概要は決まったな……何か質問はあるか?」

 瑞鶴を中心とした小沢機動部隊がフィリピン北方から陽動をかけ、敵機動部隊を引き付ける。

 その間に、愛宕を旗艦とし大和、武蔵、長門、金剛、榛名や、他重巡などを多数含む主力の栗田艦隊が、敵の上陸部隊がいるレイテ湾に回り込むルートをとる。

 さらに山城、扶桑の西村艦隊が別方向からレイテに向かうことで挟撃をかけ、それによって敵上陸部隊を撃滅する。

 栗田と西村の両艦隊による挟撃など、空母の囮作戦以外は、以前からだいたい決まっていた通りだった。

 その大まかな概要が決まったところで、武蔵は一旦会議を切り上げるために全員を見回す。

 誰もが黙っていた。長時間の会議に疲れ切っていたということもあるが、その作戦の厳しさに打ちひしがれていたということも大きい。

 誰も質問を発しないのでそのまま終わろうとした時。

 一人の艦娘が立ちあがって口を開いた。

「作戦については賛成します……しかし、ひとつ不安な要素があります」

 扶桑だった。会議中ほとんど黙って成り行きを見ていた彼女が、ここにきて言葉を発した。

「不安?なんのことだ」

 武蔵がそれを睨むように見つめるが、扶桑は物おじしていなかった。

「作戦では現存の戦艦全てが出撃することになっていますが、それはあまりにも危険ではないでしょうか。少しでも多くの戦力を投入するという趣旨は分かりますが、せめて一隻でも予備戦力を残しておくべきです」

 金剛型から大和型まで、残された九隻の戦艦全てがこの作戦に投入される予定だった。

 戦艦の全力投入などはMI作戦の時にも行われており、珍しいものではなかったが、それでも確かに突入部隊が全滅した場合は、日本に残る戦艦は皆無になる可能性もある。

 国の守護者たる戦艦がいなくなるというのは、戦略的というよりもむしろ精神的な意味で良くないことではあった。

「予備か……そのような余裕があると思うか?」

「余裕は確かにありません……しかし万が一の場合に予備戦力を残しておくこともまた重要です。そのために最も影響の少ない案ならあります」

「ほう?聞かせてくれるか」

 武蔵の鋭い目が、心まで見透かすように扶桑を射抜く。

 扶桑は唾を飲み込んで、胸を張って答えた。

「大和、武蔵、長門、金剛さん達主力からは、一隻も外せません。機動部隊を守る伊勢、日向も外せません。外せるとしたら私達の西村艦隊からです。戦力として最も期待できない私達扶桑型が一隻抜けても、それほど影響は出ないはずです」

「……うん、貴様自らが作戦から抜けたいと言うのか?」

 咎めるような武蔵の言葉を、扶桑は否定する。

「いえ、抜けるのであれは前線での活動経験のほとんどない山城のほうです。彼女こそ、来るべき本土決戦において、せめて残しておくべき戦力です」

「……なるほどな」

「是非、一考してください」

 扶桑はそう言うと恭しく頭を下げる。

 それで、武蔵も、他の艦娘も黙ってしまった。

 瑞鶴が自ら囮を名乗り出たことからすれば、正反対の臆病な発言だった。

 扶桑が今言ったことは自分勝手なことだ。それは分かるし、困ったことだとも思うのだが。そこに妹をなんとしてでも守りたいと言う思いが強く感じられるだけに、その気迫に押されてしまっていた。

 作戦に私情を挟むなど、あってはならないことだった。

 しかし、決死行とも言えるこの作戦において、扶桑は気持ちを抑えきれなかったのだろう。

 会議室にいる全ての艦娘が、姉妹を思う気持ちが痛いほど分かるだけに、それを咎められなかった。

 いつも優しくまじめな扶桑であるだけに、反論するものは一人もいなかった。

 武蔵は少し伏せた目を再び上げると、扶桑をさっきよりは少し優しく見つめる。

「考慮はしよう、しかし期待はするなよ」

「はい……」

 扶桑も、最初から期待はしていなかったのかもしれない。

 申し訳なさそうな顔で着席する。

「……他に、何かないか?……無かったらこれで会議は終了する」

 

 そして会議は終わり。皆はやっと解放されたといった様子で部屋を出て行った。

 議事録をまとめ終わった大淀も、「それではお先に」と言って資料を抱えつつ部屋を出て行く。

 示し合わせたわけではなかったが、残ったのは大和と武蔵だけだった。

 

「一番現実的に、真面目に今回の作戦を捉えているのは、扶桑だろう」

 武蔵がランプに照らされた壁のほうを見ながら、ひとり言のように唐突にしゃべりだす。

「え?」

 大和はその意味を測りかねた。

「まともにこの作戦を実施したら、誰も帰ってこられないということを、あいつは分かっている。私達を含めた他のみなは、そこから目をそらしているだけだ」

 確かに、それはそうだった。

 作戦の結末から、誰もが目をそらしていた。

 死んでもかまわないと、潔く決意したつもりになって、真面目に作戦の成否を考えていなかった。

 やれと言われたからやる、お国のためにやる。このまま温存されて朽ちて行くより、ここで華々しく散るためにやる。

 そして後に残された者たちのことは考えない。

 確かに、これから沖縄や本土が脅かされるという時期に、戦艦が全滅しているなどという状況は大問題だった。

 そういったことを、一番真摯に考えているのは、確かに扶桑だけだった。

「そうね……」

 大和には、何も言えなかった。

 本当にずるくて臆病なのは、私達のほうだ。

 二人の間を僅かな沈黙が流れ、その後武蔵が再び口を開く。

「大楠公か……懐かしいな」

「ん?」

 武蔵の言葉は、またしても唐突だった。

「楠公は、望みのない戦を前に息子を下がらせた。息子を残し、自分亡き後に天皇を守る様にことづけてな……。扶桑がやろうとしていることは、それと一緒だ」

 それは確かに、言われてみれば近いものがあるかもしれなかった。

「大楠公かぁ……」

 大和は、もはや二年以上も前のことになってしまった、あの日のことを思い返す。

 自分が連合艦隊旗艦を継いだ日、輝かしい記憶。

 あの時は、まさか自分達がこのような状況に陥れられるとは思いもしていなかった。

 大楠公を舞った、あの時間にもう一度戻れたら。

「だが、まだ湊川の戦いには早いぞ。この作戦、生還する余地はある。決して特攻ではない。私はこんなところでは沈まんさ」

 武蔵はすこし明るい声でそう言った。

「ええ、まだまだ暴れたりないものね……」

「ああ、せめて一回でも艦隊決戦をしなければ、沈んでも沈みきれん」

「本当に、そうね……」

「それに信濃もいる、あいつを護衛として守ってやらないといけない。この作戦が成功すれば、なんとかあいつが戦力になるだけの時間は稼げるだろう」

「信濃……元気かしら」

 大和も横須賀の妹のことを思う。彼女はもうかなり完成に近付いており、前に見た時よりも成長しているはずだった。

 確かにあの子が戦場に出る時に、隣にいるのは自分達以外にありえない。

 そのためには、この戦いを越えなければいけない。

 まだ、戦艦としてやり残したことがあまりにも多かった。もっと生きたかった。生きてこの作戦から帰りたいと思った。

 

「やってやるさ」

 武蔵は椅子に座ったまま、手を強く握りしめた。

 その拳が少し震えているのを、大和は見ないふりをした。

 

 

1944年10月24日 フィリピン・シブヤン海

 

 

 ついに捷一号作戦は発動された。

 敵味方合わせて数百という恐ろしい規模の艦隊が、様々な方面から出撃し、フィリピンを目指す。

 海戦史にも稀に見る最大規模の戦いが始まっていた。

 だが、戦力比は大きくアメリカ側に傾き、特に空母の数においては圧倒的な差があった。

 その時点で勝敗はほぼ決していたのだ。

 それでも日本の艦隊は天佑という奇跡を信じて、ただひたすらにレイテ湾を目指していく。

 

 大和、武蔵を擁する栗田艦隊も、ブルネイ泊地を出撃、複雑なフィリピンの島々の内部を回り込んでレイテ島に向かっていた。

 しかし、その幸先は良くなかった。

 パラワン水道を通過中に敵の潜水艦に発見され、雷撃によって旗艦の愛宕が沈むことになる。

 さらなる雷撃で摩耶が撃沈され、高雄も大きな損傷を受けて落伍していった。

 艦隊の旗艦が沈み、四隻いた高雄型重巡が鳥海を残し一気に三隻も減ったのだ。

 沈みゆく愛宕から旗艦を受け継いだ大和だったが。その次の日の朝、さらなる悲劇が艦隊を襲うことになる。

 

「来たな……」

 青い空の向こうから、敵がやってくる。

 同じ水上艦ではない、海中から襲いかかる潜水艦でもない。

 上空から、蝿のように群がる敵の艦載機だった。

 空を飛ぶものを最も効率よく屠れるのは、空を飛ぶものだ。元々航空機と戦うようには出来ていない艦娘達にとっては、恐怖の対象でしかなかった。

「全艦対空戦闘用意!!」

 艦隊の全ての艦娘が空を見上げ、その砲塔にも角度をつける。

「囮機動部隊は……機能していないのか……」

 武蔵が表情を変えずにそうつぶやく。

 瑞鶴達、囮がきちんと機能していればこんなところに敵の艦載機が襲ってくることはないはずだったが。そこまで上手くいくものでもない、期待するだけ酷な話だった。

「戦闘機の護衛も無い状態で……まずいわ!」

 冷静な武蔵に対して、大和は焦りを隠せない。

 予定されていた、フィリピン各地の陸上基地からの護衛の戦闘機も一向に現れる気配が無かった。

 こんな状態では、敵に撃ってくれと言っているようなものだ。

「ああ……まずいな」

 大和の焦燥に反して、武蔵はゆったりとしたまま、近づいてくる敵の方向を見ているだけだった。

「全艦!回避運動を……!」

 大和の指示を待つまでも無く、皆それぞれに回避運動の準備をしている。緊張と恐怖が艦隊を包んでいた。

 まっすぐと進んでいるのは、武蔵だけだ。

「武蔵!あなたも早く!」

 そう言われて初めて武蔵は大きく旋回を始める。

 しかし、その転針はあろうことか敵機が向かってくるの方向だった。

「武蔵!?」

「まあ、そう焦るな」

 武蔵はいまや艦隊の殿に、仁王立ちに立ちはだかっている。

 まるで、敵の全てを、己の一身で受け止めようとするように。

「何やってるの、武蔵?」

「ここは任せろ」

 空に映る敵の艦載機は、もはや機種がはっきりとわかるほど近づいていた。

「任せろって……」

「敵機は全てこの武蔵が引き受ける!」

「そんな勝手なことを!」

「大和型戦艦は、艦載機の攻撃程度では沈まん、それを見せてやろう」

 武蔵は不敵な笑みを浮かべてそう言うが。いくら不沈艦と言われているとはいえ、爆撃や雷撃を受け続けて沈まない船はいない。

 それは自分達が一番よくわかっていることだった。

「武蔵……」

「この艦隊に大和型は二隻いるが、旗艦であるお前が被弾するわけにはいかんだろう。私の出番だ」

「……」

 大和は、何も言えなかった。

 武蔵がやろうとしていることは蛮勇ではない、確かに理にかなった行為だ。

 敵の攻撃が避けられない以上、艦隊の被害を抑えるために最も耐久力のある戦艦がそれを一身に吸収する必要がある。

 それは大和型の役目だったが、旗艦である大和がそれをやるわけにはいかなかった。

 だからこそ武蔵がやるのだ。

 理解は出来るのだが、しかし心は付いていかない。

「ヘイ大和……あの子に任せるデス……」

 そんな大和に対して、横にいた金剛が優しく声をかける。

 大和個人で下すにはあまりにも酷な決断を、後押しするように。

「……」

「自分のシスターを信じるデス……」

「金剛さん……」

 金剛の声は、震えていた。

 妹を信じる。

 その言葉が金剛の口から出てきたことは、なによりも説得力を持っていた。

「オーライ、あの子は大丈夫です、ワタシなんかよりずっとタフネスですカラ」

 金剛だってこんなこと言いたくないに決まっていた、それでも作戦遂行に最善の手と考えてこんなことを言うのだ。

 彼女の捻りだした励ましに、大和は決断せざるを得なかった。

「信じることも、勇気デス」

「すいません……分かりました」

 敵機は刻一刻と接近してくる。もう攻撃態勢に入るころだろう。

 大和は再び武蔵のほうを、今度はまっすぐに見据え、こう言った。

「武蔵、艦隊の守護を、お願いします!」

「おうよ!!」

 ようやく旗艦の指示を得ると、武蔵は速力をあげて敵の方向に疾駆した。

 自らの威容を誇る様に、大仰な動作で。しかしそんなことをしなくとも、明るい灰色に塗装された彼女の巨体は、銀色の甲冑を着た騎士のように、ひと際目立っていた。

 先頭を行く急降下爆撃機、SB2Cヘルダイバーが相対する武蔵を認めると、獲物を狙う鷹のように突撃態勢に入ろうとする。

「ふんっ……遅いな、こちらから行くぞ!!」

 瞬間、武蔵の主砲、三基九門が一斉に火を吹き、真昼の空にまがまがしい黒い花火をまき散らした。

 三式弾の爆発である。

 それにより先頭の爆撃機が火を吹き黒煙を上げつつ、名前の通り奈落に落ちるようにカーブして海面に墜落した。

 後ろから続く編隊の爆撃機も、それにおびえるように爆撃をためらう。

「どうした!私はここだっ!!ここにいるぞっ!!」

 さらなる主砲の斉射で爆撃機を追い散らす。

 しかし、その時、別方向から雷撃機が迫っていた。

 武蔵の猛烈な弾幕をかいくぐる低空から、数機のTBFアヴェンジャー雷撃機が勇敢に突進をかけ、腹に大事に抱えた魚雷を投下する。

「やるな!」

 魚雷を投下して上昇をかける敵機の一つを、副砲による弾幕が捉える。爆発四散しながら海に散る雷撃機の下。海中を白い航跡がいくつも走った。

 回避行動も間に合わず、その中の一つが武蔵を捉え、船体に直撃する。

 水柱が武蔵の側面に上がるが、彼女自身は驚くほどに動揺することも無く、そのまま前進を続けていた。

 航空魚雷とはいえ、普通の艦娘なら致命傷を受けるものを、まるで最初から魚雷など当たっていないかのようだった。

「この程度か……そんな攻撃、蚊に刺されたような物だ」

 そのあまりの力と頑丈さを前に、敵機は慌てて引き返していくように反転していく。

 武蔵だけが腕を組んだまま、堂々と海上に一人立っていた。

 不沈艦というのも、言葉の通り真実なのではないかと信じてしまいたくなるほどに。その姿は勇壮だった。

 

 しかし、敵の攻撃は始まったばかりだったのだ。

 本当の恐怖はこれから始まる。

 十数隻のアメリカ空母から何回にも分けて送り込まれる攻撃隊は、こちらがが全て死に絶えるまで、もしくは光の無い夜になるまで止まることは無い。

 不幸なことに、今はまだ午前だった。

 闇夜という名の救いが訪れるには、まだまだ遠い。

 これから地獄のような時間が始まる。

 それを分かっていてなお、武蔵の顔は快活だった。

 

 




読んでいただきありがとうございます

次回はこの続きになります
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。