艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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前回の続きです

今回もまた以前の話と被る部分があります


(18)彷徨う艦隊

 

 

 その後昼から午後にかけ、アメリカ機動部隊の空襲は延々と、ほとんど途切れることも無く続けられた。

 永遠に続くかと思われた、六次に渡る数百機による艦載機の猛攻も、ついに終わる。

 その結果、被害は艦隊全体に及んだが、それでも驚くべきことに沈没する艦娘は一人もいなかった。

 一人、武蔵を除いて。

 武蔵に敵機の攻撃が集中したおかげで他の物たちは助かったが。彼女自身はもはやどうしようもないほど被弾し、浸水し、損傷していた。

 魚雷と爆弾がそれぞれ二十発近く直撃し、そして同じくらいの至近弾を受けていた。

 普通の戦艦であれば、その半分の被弾にも耐えられないで船体が折れ、沈んでいるだろう。

 しかし彼女は、浸水により喫水を下げつつもまだ浮かんでいた。

 未だかつてこのような数の直撃を受けてなお、これほどの時間浮かんでいた戦艦はいない。

 

「武蔵……!大丈夫?航行は可能なの?」

 真っ赤な夕焼けも日没とともに消え去りつつあった。

 深い、青みがかった紫色の空の下、武蔵のシルエットだけが動かぬ像のように波間に立っている。

 宵闇の薄明かりの中、大和が妹の元に近づいて行った。

「武蔵……!」

 先ほどまで燃えていた艤装も、今は鎮火している。しかしそれが逆に武蔵の命の燃え尽きたかのような印象を思い起こさせた。

 激しい爆撃と雷撃による痛ましい姿が、近づくにつれて良く分かる。

 主砲は砕かれ、ところどころ穴があき、船体はどこも焼け焦げ、側面にも雷撃による亀裂が多数出来ている。

 大和自身も多少被弾はしていたが、それとは比較にならない損傷に、胸が詰まる思いだった。

 そして、大和の声にも、武蔵は反応しない。意識が無いのかと思い体を支えるように手を添えると、やっと反応があった。

「ん……誰か……いるのか」

「私よ!大和よ」

 大きな声でそう言うが、武蔵の反応は鈍かった。

「誰か、助けに来てくれたのか……すまないな」

「聞こえてるの?私よ!」

「誰か知らんが……しかし……私はもう……」

 その反応は明らかにおかしい。

 肩を抱き寄せて顔を正面から見るが、それでも武蔵は大和を認識できないでいた。それもそのはず。

 武蔵の両目は爆撃で潰れ、血が滴るのみだった。耳も、もう鼓膜が破られたのか、何も聞こえないようだった。

「武蔵……」

「すまんが、目と耳をやられてな……何も見えないし、音も聞こえない。私はちゃんとしゃべれているか?」

 大和は肩をぽんぽんと叩き、聞こえていると合図した。

「そうか、聞こえているか……なら一つお願いしたい」

 武蔵は、そのような痛ましい姿になってなお、何かを伝えようとしている。

「大和に伝えてほしい……後のことを一切、任せると」

「武蔵……聞こえてるわ……私、今目の前で……」

「先に逝くことを……申し訳ないと……」

「そんな……そんな……あなたはまだ沈まないわ……」

「あと、信濃のことを……よろしく頼む……と」

「そんなの……ずるいわ……」

 武蔵の肩を掴む手が、強く締められる。

「ふふ……誰か知らんが、えらく強く掴んでくれるな……少し痛いぞ」

 そう言う声は、本当に息も絶え絶えで、もう立っていることすら辛いようだった。

 少し力を抜けば、そのまま海に沈んでいくような、そんな危うさも感じさせた。

 だからこそ、その手を離せない。

「ごめん……ごめんなさい……武蔵……あなただけこんなになって……」

「それと……そうだな、もし君が内地に帰ることになったら、信濃にも伝えてくれると嬉しい」

「……」

「大和姉さまを頼り、空母としてしっかりと戦えと、姉妹として仲良くやってくれと」

「……」

「そして、……ああ……大和は泣き虫で、いざという時頼りないから……そのときはお前が支えてやれ……と」

「……」

「……こんなものかな……?もっと色々なことを伝えてもらいたいとも思うが、どうも言葉が出てこない……」

「……」

「長くなりすぎても君に申し訳ないからな、これで良いだろう……」

「……」

「本当にすまないな……別に無理に伝えてもらわなくても良い、都合が合えばで結構だ」

「……」

「あぁ……もう、疲れた……少し休ませてもらえないか?」

「……武蔵」

 武蔵の体から魂が抜け出て行くように、急速にその命が霧散していき、死が近づいてきているのが分かった。

 大和は抱き締めるようにするが、魂まで逃さないようにすることは出来ない。

「最期に、付き合ってくれて……感謝する」

「私が曳航するわ……あなたをこんなところで沈ませない」

「もっと……戦いたかったなぁ……」

 武蔵の潰れた目から、涙の代わりに血が滴る。その姿はあまりにも痛々しすぎた。

 大和自身も、もはや気が遠くなりそうだった。

「まって……まって……まだ」

「だが……名前も分からなくてすまんが……君に看取ってもらえて……戦場で逝ける……それで十分だ……」

 武蔵の震える手がゆっくりと持ち上げられ、大和の頬にさわる。

 あの力強かった手が、今は力なく、固く冷たくなっている。感覚ももう無いように思えた。

「嫌……嫌よ……いっちゃ嫌」

「私は……幸せだ……」

 腕が弱々しく下げられる。

「うぇ……うぇええ……ぇええ」

 嗚咽が発作のように出てきて止まらない。

「やまと、が……聞い、たら……また……泣くんだろう……な……」

「むさしぃ……うぇええええ……ぇええええん」

「……」

 そこで、それ以上武蔵が言葉を発することはなかった。

 永遠に。

 

 大和の手をすり抜けるように沈んで行った武蔵は、少しの間仰向けに海面に漂ったあと、転覆してそのまま海の底に沈んでいった。

 辺りはもはや完全な闇に包まれていた。

 その中で、膝をついていつまでも妹の沈んだ海を見つめている大和の、震える黒い影だけが見える。

 しかし、やがて彼女は立ちあがる。

 作戦はまだ続いていた。

 大和は旗艦としてその指揮をとらなければいけない。

 例え何があっても、作戦を遂行しなければいけない。

 心を殺して。

 

 

 武蔵が沈み、空襲を避けるために計画通りの進路を逸れた栗田艦隊ではあったが。夜になり事態が治まると、大和の指揮の元再び前進を始めた。

 サンベルナルジノ海峡を越え、サマール島の太平洋側に出る艦隊。

 悲劇の夜が明けてまもなく、まだ朝も早い時間帯に、艦隊の前方に敵の艦影が見えた。

 それは、扁平な飛行甲板を持った空母部隊だった。

 

 1944年10月25日、朝7時。

 サマール沖にて、大和達、栗田艦隊はアメリカの護衛空母群タフィ3を発見し、これに砲雷撃戦を挑む。

 しかし、日本側は敵を、あくまでも支援部隊である護衛空母ではなく。敵の本隊、正規空母による空母機動部隊であると誤認していた。

 

「敵艦見ゆ!!正規空母多数!正規空母多数!」

「ワオ!イェスッ!!アンビリーバボー!!」

 榛名の報告に、金剛が歓喜する。

 艦隊の全ての艦娘が、発見した前方の空母に向かって殺到しつつあった。

 敵の空母にここまで接近するなど、今までにないことだった。

 まさに僥倖である。

 前日の、武蔵の沈んだ空襲に苦しめられてきたこと以前にも。開戦以来これまでのいくつもの戦闘で日本の艦娘達はアメリカの航空機の空襲に散々苦汁を飲んで来たのだ。

 艦載機に対して当たらない対空砲火を撃ちあげ。沈んでいく僚艦を横目で見つつ、その発進源である姿の全く見えない空母を恨み続けてきたのだ。

 その思いが、いざ敵空母を目の前に見て、弾けたのだった。

 戦艦から駆逐艦に至るまで、全ての艦娘が涎を垂らさんばかりに、目を爛々と輝かせて突撃していく。

 それは旗艦である大和も同様だった。

 皆、興奮し冷静さを失っていた。

 小型の貧弱な護衛空母を、憎き正規空母と見間違えたとしても、それは仕方のないことだったのかもしれない。

「大和!空母だ……敵の正規空母だぞ!!」

 後ろにいる長門が、あまりの興奮に声を震わせている。

「仇だ……武蔵の仇が、こうものこのこと現れるとは……天は我々を見捨てていなかったようだ!」

 主砲を敵の方向に旋回させながら、長門は続ける。

 その口元からは、笑みが隠しきれないでいた。

「そうか……それなら……やるしかないわね」

 大和も、水平線に見え隠れする敵を今一度確認する。

 あれが敵の機動部隊なら、昨日の空襲はまさにやつらから飛んできたものだろう。それがこうも無警戒に我が艦隊の接近を許すなど、長門の言うとおり天佑としか思えない。

 なんという幸運か。

「全主砲……砲撃用意!」

 こちらも主砲を旋回させつつ、敵影を捕捉する。

 あれが、武蔵を殺した敵なのか。

 そう思うと、心臓が不気味に高鳴った。血潮が血管を高速で流れて行く音が聞こえるようだ。

 機関が自然と高まってくる。

 主砲に、弾丸が込められるのが分かった次の瞬間。

「敵艦補足……全主砲……薙ぎ払え!!」

 猛烈な爆音と周囲全ての空気が震えるほどの衝撃波。

 大和は、初めてまともに敵艦に向けてその主砲を撃った。

 それは、深い恨みのこもった、弾丸だった。

 同日の早朝、スリガオ海峡で山城と最上を襲った弾丸。

 真珠湾での恨みをこめた戦艦メリーランド達の放った怨念の砲撃とまったくもって同様のものだった。

 戦闘は、双方に恨みを作り、その応酬を繰り返すのみだった。

 何度かの夾叉の後、大和の砲撃はようやく直撃を得たが、その強力すぎる砲弾は護衛空母の薄い甲板と装甲を易々と突き抜け、貫通して反対側の海面に突き刺さる。

 武蔵の仇をとるという思いは、たいして果たせなかった。

 

 しばらくの戦闘の後。ちりじりになった艦隊は再び集結した。

 戦果は護衛空母を一隻撃沈し、その他の空母にもいくつかの被害を与え、さらに駆逐艦などにも複数撃沈を含める損害を与えたが。代わりに、追撃に出たこちらの重巡も手痛い反撃を受けていた。

 相手が正規空母ならともかく、護衛空母であればとても割に合わない戦果である。

 集結した艦隊はこのままレイテ湾へ突撃するか、それとも撤退するかを迫られる。

 レイテ湾に突入すれば、敵の輸送船団を砲撃出来たとしても、おそらくこちらは全滅に近い損害を受けるだろう。

 しかし撤退すれば、これまでの作戦が全て無駄になってしまう。

 武蔵の死も、犬死となってしまう。

 

「帰りましょう……」

 大和は集まった艦娘の顔を見まわしつつ、そうつぶやく。

「貴様……何を言っているんだ……」

 艦隊旗艦の決断に、案の定長門が抗議する。

 それはそうだろう。

 ここで引けば、何のために作戦が発動されたのか、意味が分からない。

 だが、これ以上の作戦の続行は、さらなる悲劇しか生まない。

 山城、扶桑の西村艦隊は、明朝、スリガオ海峡にてほぼ全滅したという報告を受けていた。

 先ほど敵空母を撃退したとはいえ、艦隊の士気は今は沈静化されつつある。

 どの艦娘も疲労困憊し、燃料も弾薬も尽きかけ、傷によりまともに動けない者もいた。

 このまま連戦など、出来る状態ではなかった。

 さらに今現在も周囲には敵の機動部隊が多数遊弋していると思われている。

 瑞鶴達の囮作戦と、陸上基地からの護衛戦闘機が望めない以上、空襲はまだ続くだろうし、そうなればこちらの戦力は減っていく一方だった。

 レイテ湾までたどり着けても、そこに待つ敵の戦艦部隊とまともに戦う力が残されているかどうか。

 そしてそれに勝ったとしても、その後どうやって上陸部隊を攻撃し、艦隊を無事に撤退させるのか。

 いくら考えても大和には全滅以外考えられなかった。

 ちょうどこの時、エンガノ岬沖では囮の機動部隊が敵の猛烈な攻撃を受けつつあり、まさに囮としての役目を果たしつつあったのだが、その通信を大和が受け取ることは無かった。

 まさに瑞鶴達が命を賭して敵機動部隊を引き付けている間に、それを知らない大和はレイテ湾突入を諦め、撤退を開始する。

 

「旗艦命令です……全艦反転」

 そう命じる大和の声には、微塵の感情も読み取れない。

「……大和……武蔵の……扶桑、山城の……皆の……皆の犠牲は……なんだったんだ……」

 長門は、顔を赤くし、もはや涙を潤ませるほどに憤慨していた。

 拳が震えている。

「……」

 大和がそれに答えることはなかった。

 もう、何も考えたくなかった。

 ただ、こんなところから早く帰りたかったのかもしれない。

 武蔵は、艦隊を頼むと言ったのだ、信濃を頼むと言ったのだ。

 作戦が計画通り行かなくなった時点で、次に自分が優先するべきは艦隊を出来るだけ安全に帰還させることだった。

 作戦会議の時の扶桑の声が蘇る。

 戦艦の全滅だけは避けなければならないと。

 これから、本土決戦に向けて日本を守る戦艦はまだ必要なのだ。

 そう言ったあの扶桑が、もうこの世にはいないなどとはまだ信じられなかった。泊地に戻れば、またあのおっとりとした戦艦と、暗い性格の妹がいるものだと思った。

 伊勢や日向だって、どうなっているか分からない。

 ……これ以上誰かが沈むのは。嫌だった。

 それだけだった。

 

 この決断が正しかったかどうかは分からない。

 瑞鶴達の囮が機能していたとはいえ、レイテ湾に突入し、そこで西村艦隊を屠った戦艦部隊と戦闘し、輸送船団を攻撃し、その後戻って来た敵機動部隊の追撃を振り切りつつ撤退することはやはり絶望的な困難を伴うことだろう。

 艦隊をある程度残しつつ撤退するには、やはりここで反転するのが最後のチャンスだったのだ。

 大和の判断が臆病なだけのものだったということは、決して無い。

 とはいえ、ここで艦隊を残して撤退したところで、その後まともな反攻を出来るだけの戦力の余裕は無い。

 例え全滅してでも突撃し、少しでも敵に打撃を与えるべきだったという非情な考えも、また選択肢としてはあった。

 その選択肢は、後に呪いのように大和に付きまとい、最終的に彼女を沈めることになるのだが、この時点で予想できるものではなかった。

 

 反転して撤退行動に入った艦隊にも、追撃の空襲は襲い掛かり、そこでも手痛い被害を受けた。

 何隻かが沈み、大和自身も直撃弾を受ける。

 しかし、艦隊は満身創痍になりながらもなんとか形を残しつつ28日にようやくブルネイ泊地に帰還した。

 出撃した当初からすれば、かなりの顔が減っていた。

 あまりにも多くの物を失った。

 それらはもう二度と帰ってこない。

 全ての艦娘の脳裏には「敗北」の文字が浮かんでいた。それはこの多くの犠牲を伴った戦闘のことだけではない。

 もっともっと多くの犠牲のもとにここまで続けられてきたこの戦争の敗北、という意味も持っていた。

 これで、勝てる見込みはおろか、最後の一撃を加える望みも、全てが無くなった。

 誰もが疲れ果て、気力を失って、感情を閉ざした。

 

 大和の瞳からも、もう涙すら出てこなかった。

 

 それでも、戦争は終わらなかった。

 戦艦……空母。

 兵器が残っている限り、戦いは終わらない。

 作戦前となんら変わらない現実が、まだそこにはあった。

 

 

「大和……そんなに落ち込まないでクダサイ」

 なんとかたどり着いたブルネイ泊地で、金剛は大和を慰めようと、優しく声をかける。

 作戦は完全に失敗だった。

 大和にしてみればサマール島で反転したことも、今となっては後悔しかなかった。

 長門も、あれ以降大和と口もきかなければ、顔を合わそうともしない。それほどに怒っていた。

「金剛さん……」

「全てアナタの責任じゃありません、あの決断がミステイクだったとはワタシは思いませんヨ」

 金剛は、どんな絶望的な状況でも、いつでも笑顔だった。

「でも……」

「ニッポンのコトワザにこういうのがありマス『後悔後を絶たず』……」

 得意満面な金剛に、大和は思わず笑みになる。

「後悔先に絶たず……ですよ、意味が全然違います」

「ワッツ?何が違うデス?」

「金剛さん……冗談はやめてくださいよ……ふふ」

「ジョークじゃないデス!リアリーわかりません!」

「ふふ……」

 大和が微笑むと、金剛も分からないながら笑いだした。

「とにかく……アナタのおかげで、少なくともワタシのシスターは救われました、それは感謝してもしきれません」

「それは……」

 あの激戦の中、榛名は無事に帰還している。確かに結果としてはそうなったが……大和にはその感謝を受け取って良いのか分からなかった。

「長門だって、ここで生き残ったことを、いつか感謝してくれマスよ」

「そう、でしょうか……」

「なに暗いこと言ってるデス!絶対大丈夫ネー!」

 そう言って背中をポンと叩いてくれる彼女も、何日か後。

 日本へと帰る途上で潜水艦の雷撃を受け、帰らぬ人となった。

 同じ艦隊にいた大和は、その死に際も看取らなければいけなかった。

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます

次回は信濃の話になります
またよろしくお願いします
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