艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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加賀さんが語るさまざまな運命のいたずらの話


加賀型・天城型
(2)運命のいたずら


1941年12月8日ハワイ近海

 

 

 青い空を渡り鳥の群れのように、攻撃隊が帰投してくる。

 水平に差し出した飛行甲板に美しく危なげない軌道でランディングする艦載機。そこから降りてくる飛行士妖精達の報告する様々な戦果に、機動部隊は湧きに湧いていた。

 航空母艦加賀は周囲を見回す。

 蒼龍、飛龍、瑞鶴、翔鶴……そして赤城。その六隻の空母の周りに遊弋する護衛の艦娘達。

 複数の戦艦を含む敵艦多数を撃破、皆かつてない戦果に笑みを浮かべていた。

 それを成し遂げたのは自分たちなのだというこの気分の高揚に、普段は冷静沈着な加賀も、さすがに気持ちを抑えるのに苦労する。

 

 東の方向。

 肉眼では到底見えないが、ハワイオアフ島の敵基地では今も多くの戦艦が燃え盛り、あるいは港の海底に沈まんとしているだろう。

 そして振り返り、遥か遠く西の方向。

 日本では届いた作戦成功の電報により皆歓喜していることだろう。連合艦隊旗艦の長門をはじめとする戦艦達も、待機して報告を聞いているはずだ。

 何もできずに、ただ待っていただけだ。

 国内で待つ戦艦も、この機動部隊に着いてきた高速戦艦比叡と霧島も。ただ何もせずに見ていただけだった。

 あの子の言った通りになった……。

 加賀は、ひとり心の中で呟く。

 

 11月26日、択捉島を出撃した空母六隻による機動部隊は、冬の困難な北方航路を抜けハワイへと向かい。300機以上の航空機によってオアフ島真珠湾を奇襲。

 これによって大日本帝国はアメリカをはじめとする連合国に対して宣戦を布告し第二次世界大戦に参戦した。

 二波にわたる攻撃により真珠湾に停泊する戦艦八隻に重大な損害を与え、その他艦艇や、基地施設、航空機にも多大な被害を及ぼした。太平洋におけるアメリカの一大拠点ともいえる真珠湾に、一瞬にして壊滅的打撃を与えたのである。

 この作戦の成功は航空機および空母の有用性を大いに示し。その機動力と攻撃力の高さを世界に知らしめた。

 逆にこれまで最強の兵器と呼ばれた戦艦の時代の終わりを告げることにもなったのである。

 停泊中とはいえ、戦艦の装甲をもってしても航空機の火力の前に次々と沈んでいくという事実。

 そして、これほどの奇襲攻撃は戦艦には成し遂げられないであろうという事実。

 

 その戦艦時代の終わりを告げた加賀と赤城も、運命のいたずらか、奇しくも元々は戦艦として建造されようとしていた艦娘であった。

 

 

1922年日本

 

 

「廃艦……だと……」

「ええ……そう決まったそうよ」

 まだ艤装途中の二人の艦娘。加賀と土佐、二人の姉妹はまだ中学生ほどの幼い少女の姿ではあったが、戦艦としての誇りを背負っているためか、どこか風格を持っていた。

「馬鹿な……完成間近で……そんな」

 妹の土佐は、先ほど姉の持ってきた報告書の内容を聞き、激しく落胆していた。

「……」

「加賀よ……お前は悔しくないのか!」

 土佐がその美しい黒髪を震わせ、姉に問い詰める。とはいえ加賀の苦悶は、表情を見れば明らかなはずではあった。悔しくないわけがない。

「……決まったことよ」

 

 ワシントン海軍軍縮条約。

 第一次世界大戦以降、列強諸国による戦略兵器としての戦艦の建艦競争は激しさを増していた。その膨大な建造費と維持費は国家予算を大きく圧迫し、この果てしない軍拡を終わらせるためについにアメリカの主導で軍縮条約が結ばれることとなったのである。

 これはまた、海軍大国となった日本を牽制するという意味も持っていた。

 当時の日本は八八艦隊計画という、とてつもなく莫大な予算を使って8隻の戦艦8隻の巡洋戦艦を建造するという計画を立てていた。

 その第一号が長門型戦艦、そして加賀型戦艦と天城型巡洋戦艦がすでに起工されていたのだ。

 しかしワシントン条約により、新たな戦艦の建造の中止、そして日本の戦艦の保有数がアメリカ・イギリスの六割程度と制約されたため、長門、陸奥までの保有は許されたが、加賀型、天城型は無情にも廃艦が決定したのである。

 ただし空母の保有数に関しては別に設定されており、天城型二隻は空母へと艦種変更することで建造の続行が許されたのではあるが。重装甲で鈍足ゆえに空母への改造には向かない加賀型はやはりそのまま建造中止を余儀なくされたのだった。

 後に世界のビッグセブンと呼ばれ、日本海軍の象徴として国民に大いに愛された長門と陸奥。それよりもさらに強力な戦艦として開発されたのが加賀と土佐だった。その姉妹の背負った期待は並々ならぬものだったのである。

 それが進水式を終え、完成間近にしてこの無慈悲な決定である。

 

「分かっている……!分かっていることだが……!」

 土佐にはその決定が理解は出来ても、心はついていかなかった。涙をにじませた声で吐き捨て、その握りしめた拳で工廠の壁を叩きつける。

「米英めっ!」

 姉の加賀は、それを黙って見つめることしか出来なかった。

 

 

「空母……ですって。赤城さん知っていて?」

「こうくうぼかん……いえ、知りませんね」

 加賀と土佐がその辞令を受けていたころ。別の鎮守府の工廠においても、まだ建造途中の天城と赤城が違った辞令を受け取っていた。

 天城と赤城の姉妹は八八艦隊の最新鋭巡洋戦艦として完成されることは許されなかったが。代わりに空母へと艦種変更しての建造が言い渡されたのである。

 その辞令の書類を読みながら。見るからにおっとりした性格の姉、天城はまゆに皺を寄せている。

「航空機を運用するお仕事、ですって。良く分からないわ」

 当時日本はまだ空母を持っていなかったため、その存在も、どういった働きをするのかも、二人には知り得なかった。

 だが、それは二人に限ったことではなく、世界中が最近発明されたこのまったく新しい艦種の価値を測りかねていたのである。

「飛行機を運ぶ……?輸送艦とは違うのですか?」

 ワシントン条約により懸念された、最悪の事態である廃艦は免れたものの。その新しい辞令は二人の姉妹を困惑させた。

 赤城にとっては落胆といっても良いかもしれない。

 巡洋戦艦は海軍艦艇の中でも花形である、戦艦並みの火力と高速性能を持ち戦場を駆け巡る、戦艦と並ぶ最高位の艦種だ。

 当時まだ発展途上で大した性能も無かった航空機。それを運搬する船に変わるなど、一気に地に落ちたような思いだったのである。

 戦の最前線に出て華々しく活躍する騎士として生まれたはずが、ただの荷物持ちになれと言われたようなものだ。

「う~ん……飛行甲板というのが付くらしいけど」

 ただ、妹の赤城の失意に反して、姉の天城はどことなくのほほんとしている。まあ、それはいつものことであったのだが。

「主砲は、41センチ主砲はどうなるんです?」

 この当時、世界最大の主砲である41センチ砲を備える巡洋戦艦というのが天城型の特徴でもあったので、その有無は大いに気になったのだが。

「20センチ砲ならいいみたいだけど、それ以上は駄目みたいねぇ」

「そんな……」

「だってこの写真の空母、なんだかお弁当箱のような形をしているわ」

「ああ……こんなことって……」

 赤城が覗きこんだ参考写真には、初の全通甲板を持ったイギリスの空母アーガスと、現在日本で建造中の鳳翔の姿が写っている。

 どちらも美しい艦娘だったが、飛行甲板を背負い、弓を持っているだけだ。主砲を持たないその姿はどう考えても後方で輸送任務に終始する補助艦のそれだった。

「まあまあ赤城さん、そこまで落ち込まないで」

「うぅ……姉さんは悔しくないのですか?」

「びっくりはしたけど……でも艦娘として働けるのだから、どんな姿でも感謝しないと」

 それはそうだった。天城姉妹と違って加賀型は二人とも廃艦になってしまうのだ。それを思ったらまだましだとは思うのだが。

「それは、そうですけど……」

 それでもまだ納得できない顔をしている妹に、天城はやさしく微笑みかける。

「それに、私ちょっとほっとしてるのよ。後方での輸送任務だったらそこまで危なくないじゃない。赤城さんのこと思うとこっちのほうがお姉ちゃんは安心だわ」

 最前線で戦うことを旨として作られた巡洋戦艦とは思えないようなフワフワした発言だった。

「姉さん……」

「あなたが傷つくところなんて見たくないもの……」

 赤城としては嬉しくなくもないのだが。あまりにも姉バカな言動はどうかと思う。

「そういうこと、軍の方には言わないほうがいいですよ」

「わかってるわよ~」

 空母への改造は、あまりにも急な辞令でであったので赤城も動転したのだが。そうなってしまったものは仕方ないのだと思うしかなかった。

 姉の安心した顔を見ると、それもいいのではないかと感じる。

 未完の戦艦として、伝説となって終わる加賀型の二人と。補助艦としてでも生き続け、一生を地味な任務に徹することと。どちらが幸せなのかは分からないが。

 でも、どちらかを選べと言われれば、姉と共に生きるこの道を選ぶだろうと、赤城は思う。

 それが運命なら、それでいいのだと。

 

 しかし、運命とは予測できないからこそ運命なのである。

 

 

1923年9月横須賀海軍工廠

 

 

 大正12年9月1日。この日神奈川沖を震源地とした大地震が起きる。関東大震災と呼ばれる歴史に残る大災害である。

 首都を直撃し、関東全域に甚大な被害を発生させたこの地震は、横須賀の海軍工廠にも極めて大きな影響を与えた。

 建物の倒壊と、多くの死者が出る中。空母への改造を控えた天城もまた、その天災の犠牲者となったのである。

 

「姉さん!天城姉さん!」

「……赤城……さん」

 地震発生の直後、天城の待機する工廠のもとに駆け付けた赤城は、そこで衝撃的な惨状を見た。

 工廠はほとんど倒壊していた。その落ちてきた天井が、天城の胴体から下を押しつぶしていたのである。上半身は無事で意識もあるようだが、どう見ても危険な状態だった。

 赤城はなんとかその瓦礫を持ち上げようとしたが、一人ではどうしようもない。

「姉さん!しっかりして、大丈夫よ!助けを呼びましたから」

 救助は呼んだが。しかし、これはもはやクレーンかなにかの機械で持ち上げないかぎり撤去できない大きさの瓦礫に見えた。

 それに対して天城は、今にも息絶えそうなほどに青い顔をしている。

 天城の救助はさっきから一向に来る気配がない。いたるところで建物が崩れ落ち、工廠全体が混乱に包まれているのだ。組織的な救助活動など今すぐには出来ないのだろう。

「赤城……さん」

「どうしました?」

 天城は、苦痛に顔をゆがめながらも、それでも妹に対してやさしい笑顔を作ろうと頑張っている。

「ここは危険よ……あなたは、逃げて……」

「大丈夫です、もう崩れるような天井もありません、姉さんと一緒にいますから」

 そう言って姉の手を握るしか出来なかった。

「そう……」

 みるみる精気の抜けていく姉に対して、何かしてやらねばと必死に考える。

「姉さん、何か、何か私に出来ることありませんか?」

「そうねぇ……」

 天城が小さく囁く。

「ご飯が食べたいわ……白いごはん……」

 その回答に赤城は拍子抜けしたが。しかしもともと食べることの好きだった姉である。これで最後だとは思いたくなかったが、なんとかその願いは叶えてあげたい。

「分かりました!ご飯ですね!」

 瓦礫に挟まれた姉を一人残していくのは忍びなかったが、赤城は立ちあがると工廠の外へと走り出す。

 外はやはり混沌の渦のような惨状だった。軍の施設はいくつも崩壊し、火災が発生して黒い煙が立っているところもある。怪我をしている人、死んでいるのか横たわったまま動かない人、避難しようと混乱した人々、いたるところで非日常的な光景が繰り広げられている。

 その中で赤城はまっすぐに食堂へと走った。

 当然営業はしていない、閑散とした食堂には、椅子やテーブルや投げ出され割れた食器などが散乱していた。

 その奥のキッチンに、目的の炊いたご飯の入った桶を見つける。それも床に倒れ、中身の白米が床にぶちまけられていたが、割れていないお茶碗を見つけ出し、床に接していない綺麗な部分のご飯をそこによそうと、走ってまた天城のもとへと戻った。

 

「姉さん!」

 天城は戻って来た妹の声でなんとか意識を繋いだように、頭を少し動かす。

「姉さん!ごはんです!」

 赤城はもう泣きそうだった。

「あ……かぎ、さん……」

 ここまで来て赤城はお箸を持ってくることを忘れていた。しかしそんなことはどうでもいい、多少汚いが手づかみでご飯を姉の口元にやろうとする。

「姉さん、食べてください……」

「まあ……あかぎ……さん……ありが……とう」

「ねえ……姉さん……!」

 天城の容体はさっきよりもさらに悪化していたのは明らかだった。

 その、血の抜けた青白い唇に、白米をそっとあてがう。

「うれ……しい」

「ねえさん……うっ……うっ……」

 涙が止まらなかった。

「……おいしい……」

 天城は、そのまま意識を閉ざした。

 ごはんは、唇に触れただけで、その口の中に入ることは無かった。

 その日運命は、天災という姿を借りて、赤城の姉を奪っていったのだ。

 

 

1925年2月 高知

 

 

「まあ、いろいろとあったが、私はこれで良かったと思ってるよ」

「私は……なんと言えばいいか……」

 

 関東大震災により天城が修復不可能な損害を受け、その空母への改造計画はとん挫した。

 その代わりの空母に選ばれたのが、加賀である。

 結局のところ、空母として建造されるのは赤城と加賀になったのだ。

 とはいえ、土佐のほうは変わらず廃艦処分である。

 標的艦としてさまざまな実験を受けたのち、この土佐の名の由来となった旧土佐の国、高知県へと曳航され、そしてその沖合で沈没処分となる。

 加賀は、妹に最後の挨拶をするためにこの岬までやってきていた。姉妹は最後の時間を作ってもらい、こうしてこの海を望む場所で、今生の別れを告げ合う。

 その陰鬱な気持ちに反して空はどこまでも青く、水平線まで綺麗に見えた。

 

「なにをウジウジしている。お前は空母になれるのではないか」

 今から沈められるというのに、土佐はさわやかな笑顔だった。

「……ええ」

 廃艦を免れたとはいえ、あくまでも天城の代わりなのだ。天城に申し訳ないという気持ちもあったし、土佐はどっちにしろいってしまうのだ。手放しで喜べるような気持ちのいいものではなかった。

「まあ、気持ちは分かるが。しかしもっと誇りを持ってもらわんとな」

「……」

 誇り、といっても、加賀もまた空母という未知の艦種に戸惑っていた。戦艦からの変更であれば、やはりランクダウンの感が否めない。

「加賀よ、お前分かっておらんな?まったくもって自覚が足りん」

「……何のこと?」

「空母がどれほどのものか、ということだ」

 土佐はやれやれといったふうに肩を寄せ、姉に説明しだす。

「信じたくないが……いつかまた、世界を巻き込んだ戦争が起こるだろう」

 世界戦争は、先の大戦で永遠に終わったと言われていただけに、それは、予想だにしない予言だった。

「その戦争において、お前は長門や陸奥、そしてまだ見ぬ新型戦艦といった戦艦共より遥かに多くの敵を屠り、活躍するだろう」

「私が?」

 

 土佐はなかなか頭の回転の速い子だった。いつもこんな感じで突拍子もないことを言っては周りを困らせていたのだが、それは外れることもあったが当たることもあった。

 しかしそれはでたらめを言っているのではなく、土佐が勉強熱心であり、海外の書物などいろんな情報を得て、そのうえで述べているのだということを加賀は知っていた。

 だから妹の先見の明をある程度信頼していたのである。

 

「そうだ、これからは空の時代だ。航空機は日々進歩し続けている、今はまだまだだが、やがて航空機が戦争を支配する時代が来るだろう。そしてその母艦となり、自由自在に艦載機を扱う空母は、最も重要で、最も強力な艦船となる」

 岬には、海から吹く爽やかな風が流れ。その風に乗って何羽かのカモメが周囲を飛び交っている。土佐はそれを捕まえるかのように手を伸ばしながらそう言った。

 とはいえ、加賀には寝耳に水だった。航空兵器は第一次世界大戦からようやく使われだしたものだ。

 確かに戦闘における空の支配の有効性は皆の認めるところだが、それは偵察や支援爆撃といったあくまでも補助的なものにすぎない。重装甲の大艦から放たれる強力な砲弾の嵐に比べたら霞んでしまうものだった。

 主力戦艦による艦隊決戦を主眼とした海軍戦略の中で、空母がもっとも重要なものになるなど、にわかに信じられなかった。

「信られんといった顔だな?……しかし航空機がもっと改良発展された時のことを想像しろ」

 そう言われても加賀には想像のしようがない。

「圧倒的機動力でもって、火砲に匹敵する火力を人の手と目による正確さで投射出来る能力。これが実現すれば戦艦をはじめ今までの艦艇などすべて過去の物になる、……空母を除いてな」

 それはそうかもしれないが、今の時点では夢物語だ。

「……」

「それにな、ビッグセブンなどと呼ばれて有頂天になっておる長門や陸奥を見てみろ。やつらはもはや日本海軍のすべてを背負っているようなありさまだ。どんなに素晴らしい性能を持とうとも、それでは兵器としては失格だ」

「……?」

 長門と陸奥は今国民に大いに愛されている。自分達が完成していれば、加賀型戦艦はそれに代わってさらに愛されたのだろうという気持ちから、加賀は長門型に羨望に似た複雑な思いを抱いていたが、それが欠陥兵器とはどういうことか。

「兵器とは、必要な時にためらいもなく使いつぶされるべきものなのだ。そこに国民の士気が関わってはいけない。長門型はその背負った重責から後方に温存され、自ら容易には動けなくなるだろう。戦艦は……兵器という枠を超えてあまりにも大きくなりすぎたのだ」

 確かに、長門が海戦で沈めば国民の士気は大いに下がるだろう。それはもしかしたら日本の領土の一部を攻め落とされることより衝撃的なことかもしれない。戦艦一隻の浮沈によって戦況ががらりと変わることもあるのだ。

 しかしそれが決戦兵器というものではないのか。

「だが、戦艦という重荷から解放されたお前は、常に最前線に投入され、世界中の海を行き、最も戦果を挙げることになるだろう。その結果敵に沈められようとも、それが兵器の本分だ」

 その最後の言葉だけが、少し寂しそうだった。

「……そうね、あなたがそう言うなら。そうなのかもしれない」

 

 この妄想が、姉に対する最後の手向けの励ましとして大げさに盛られた話なのか、それとも本当に未来を予言したものなのかはわからなかったが。

 加賀には申し訳ない思いしかなかった。

 こんなに日本の将来のことを考えることが出来るこの妹こそが、私に変わって生き残るべきなのだ。

 土佐こそが、空母にふさわしい。

 この子こそが、未来の時代を生きていくべきだった。

 たとえ空母が戦艦を越える最強の艦種となったとしても、妹一人守れなくて何になるのか。

 

「そうだ、いつかそんな時代が必ず来るだろう。その時お前は存分に暴れまわればいい」

「……土佐」

 感情を上手く表現できない自分が、妹の最後に素直に気持ちを伝えられない自分が、ただもどかしかった。

 

「そろそろ行かねばならないようだ」

 岬から水平線のほうを見つめる土佐の顔は、加賀には見えなかった。

「土佐……あなたは……」

 もっと、いろんなことを話さなければと思うのだが、なにを話せばいいのか全く思いつかなかった。ただ、これで最後だという焦りだけが残る。

「加賀……お前は私の分まで戦果を挙げろ。……お前は私の誇りだ。お前の活躍を海の底で楽しみに見守っているぞ」

「私も……あなたが、誇りだった」

 そして一瞬の沈黙が訪れた後。

「なに……またすぐに会える。先に行ってまっているさ」

 その最後の預言を残して土佐は行ってしまった。

 曳航されていく土佐が水平線の向こうに消えるまで、加賀はそれを見送り続けた。

 加賀は確かにこの時、その運命を呪った。

 

 

1942年6月ミッドウェー島沖

 

 

 真珠湾攻撃の成功から破竹の勢いで快進撃を続けてきた日本海軍、特に赤城加賀を含む機動部隊は、土佐の予言通りに華々しい戦果を挙げてきた。

 そして開戦から半年、再びハワイを攻略しアメリカの戦意を喪失させ、戦争の早期終結を目指した大攻勢の最初の一歩として選ばれた作戦がミッドウェー島攻略作戦である。太平洋の中間、日本とハワイの間にあるこの島を攻略するために、赤城・加賀・蒼龍・飛龍の精鋭部隊が投入されたのだった。

 しかしその作戦を事前に察知していたアメリカは空母エンタープライズ・ホーネット・ヨークタウンをミッドウェー島沖に待ち伏せさせ、日本の空母機動部隊に襲いかかり、結果その四隻を殲滅した。

 太平洋戦争における分水嶺とも言うべき、日本の大敗北である。

 空母機動部隊の後方。初陣に臨む大和をはじめとする、日本のほぼすべてのの戦艦を含む攻略部隊の本隊は、結局その惨状を前に何もできずに撤退することしか出来なかった。

 

「赤城……さんは」

 加賀は敵艦爆の急降下爆撃を受け、激しく炎上していた。敵の爆弾は甲板上にあった艦載機の航空燃料に引火して大爆発を起こし、さらに格納庫内にある魚雷や爆弾も誘爆をはじめ、その火を消し止めることはもはや不可能だった。

 ただ燃え続ける鉄の棺桶となった加賀は、その熱さに悶えながら周囲を見回す。

 そこには加賀と同様に燃え盛かる蒼龍と僚艦の赤城がいた。無事な空母は飛龍だけのようだ。

「そんな……馬鹿な……」

 赤城の燃える姿を見て、加賀はようやくことの深刻さに気付いた。

 赤城の被弾はまだ軽微のようだったが、大丈夫だろうか、いや、彼女には生還してもらわないといけない。

「……くっ」

 私達は、最強の部隊だったのではなかったのか。敵などいないはずだった。

 このミッドウェーも、ただの前哨戦にすぎなかったはずだ……もっと、もっと先に、アメリカの喉元にまで私たちは行かなければいけなかったはずなのに。

 真っ青だった海と空が、今は赤く染まっている。

「……」

 私達が沈んだら、日本海軍はどうなる。日本は、この国はどうなる。駄目だ、負けてしまう運命しか見えない。

 こんなところで、こんな場所で……私は。

 格納庫内でまたしても誘爆が起き、その衝撃で加賀は腰から体を折るようにもがいた。

「がはっ!」

 そのまま、海面に足をつき、ようやく体を支える。

 

 この極限の状況で、もはや十数年も昔のことではあるが、加賀は土佐という妹のことを思い出していた。

 全部、土佐の言った通りだった。

 加賀は空母になり、日中戦争の始まりから常に最前線で戦い、多くの敵を沈めてきた。

 対して長門をはじめとする戦艦は、ほとんど戦果も無く後方に温存されている。今も、この惨状を通信によって知り、驚愕していることだろう。

 しかし、彼女たちにはこの戦況を変える力など無い、いつも、ただそこに浮いているだけだ。

 

「う……っ」

 火の手によって、加賀はもう目が見えていなかった。それでもその脳裏にはいくつかの艦影が映る。

 大和……、真珠湾攻撃の直後に就役し、このミッドウェーが彼女にとっての初めての出撃だった。日本の工業力の粋を集めて作った最新鋭にして最大級にして世界最強の戦艦。長門に代わって日本を背負って立つはずだった彼女の初陣を、このような大敗北で穢してしまうことが申し訳なかった。

 そして五航戦。先の珊瑚海海戦において、世界で初めての空母同士の航空戦を繰り広げた彼女達は、その傷を癒すために今回の作戦には参加していない。彼女達が無事なことだけが、最後の希望だった。

 加賀は自問する。私はおそらく彼女達が羨ましかったのだろう。最初から空母として生まれ、姉妹揃って何不自由のないあの子たちが。

 そしてこうも思う。あの子たちを妹として見たかったのかもしれないと。

 

 さらなる爆発が起きて加賀の意識が一瞬飛ぶ。

 もうどうあっても自分が生き残ることはないだろうと分かった。たかが数発の爆弾だ、その程度で沈むとは思ってもいなかったが、どうやら自分を過信していたらしい。

 これも、土佐の言った通りだ。

 自分は兵器として使われ、兵器として沈められる。

 死んだら、海の底であの子は待っていてくれるのだろうか。

 だけど、まだ。

 ……ただ一つ気がかりだったのが、赤城のことだった。

 結局のところ、土佐を失った悲しみを、赤城を守ることで満たしたかったのかもしれない。赤城は姉を失い、加賀は妹を失った。

 二人でそれを補い合うように。

 加賀はもう見えない目と耳とで赤城の気配を探ることを諦めた。脳裏には、あの懐かしい面影がありありと浮かぶ。

 艦娘として、多くの時間をあの人と一緒に過ごした、その記憶。

 もし、私が戦艦だったら。この程度の被弾で沈むことはあり得なかった。そうしたら、私は赤城さんを守れただろうか……。

 空母として戦艦を遥かに超える戦果を挙げたというのに、自分はまだあれに憧れているのだということに気づき、加賀は苦笑する。

 おそらく、それが戦艦というものなのだ。

 今後この戦争がどうなっていくのかは分からない。しかし、おそらく日本のどの戦艦も、私の挙げた戦果には届かないだろう。

 だとしても、後世の歴史により名前の残るのは大和をはじめとするあの子たちなのだ。

 たとえ、私の名前を皆が忘れてしまったとしても、大和の名前は長く語り継がれていくのだろう。

 最初から兵器に名前なんていらないのだ。

 形式番号しかなくても艦載機の子達は、みんな自由に飛び、自由に墜ちていくではないか。名前があれば、それを失った時に悲しくなるだけだ。

 そのほうが幸せなのに。

 海面で姿勢を維持できなくなった彼女は、そのまま倒れ込み、そして徐々に沈んでいく。

 それでも加賀はその名前を呟く。

「赤城さん……先に行って待っているわね……」

 そして暗い暗い海中に向かって。

「……土佐……やっと……」

 

 

 加賀が沈んでから数時間後。辺りはもはや日も沈み、海は一面暗黒の世界に変貌する。その中に、まだ火の手の収まる気配のない赤城が浮かび、周囲を赤く照らしていた。

 周りには護衛の駆逐艦が必死の消火作業にあたっているが、もはや焼け石に水だった。

 最後まで敵に抵抗していた飛龍も、今ではついに燃え上っている。

 南雲機動部隊の旗艦として、この最悪の惨状をどうとらえればいいのか。いくら考えても、もはや赤城にはどうしようもなかった。

 

 ああしていればよかった、こうしていればよかった、という後悔ばかりが頭の中を支配する。こちらの判断次第でこの結果は回避できていたはずだった。

 相手に運が向き、こちらに不運が重なったということもある、しかし……。

 慢心していた、それが一番の敗因だ。

 もっと索敵していれば……もっと早くに兵装転換していれば……。五航戦を、少なくとも瑞鶴を合流させていれば……。それ以前に真珠湾で敵空母を叩いていれば……。

 開戦なんてしなければ……。米英と対立なんてしなければ……。あの地震が起こらなければ……。

 私が……戦艦だったら。

 そうしたら比叡や山城や日向や陸奥のように、私は後方の本隊で姉妹仲良く無傷でいられただろう。

 だが、そんなことを考えてももうどうしようもなかった。

 加賀さんがいつも私を守ろうとしていたことは分かっていた。天城姉さんは私が傷つくことを恐れた。二人の思いは分かっていたはずなのに、なのに、こんなことになってしまった。

 

「みなさん。もう、結構です」

 赤城はホースで消化活動をしていた駆逐艦達に制止をかける。

 一番近くにいた舞風が、不安そうにこちらを見上げた。

 もう、ここまでだろう。

「雷撃処分を、お願いします……」

 その赤城の言葉に。舞風、そして僚艦の野分、嵐、萩風の顔が引きつった。

 こうなった以上、赤城が敵に鹵獲されるという最悪の事態だけは避けないといけない。つまり、味方の手によって沈めるということだ。

 艦娘とはいえ、まだ幼い駆逐艦にそのようなことをさせるのは忍びなかったが、いたしかたない。

 いつも明るく元気な舞風が、今は泣きそうな顔で、震えながら魚雷を構えるのが見える。

 かつて争いを嫌う姉のことを、艦娘として不謹慎だとなじったことがあったが。今になってようやく姉の気持ちが分かった気がする。

 こんなに悲惨なら……。

 私は、多くの敵を沈めてきた。その敵にも姉妹艦がいたのだ。

 私がやってきたことはいったいなんだったのか。

 

 自分には、真に先頭に立って日本を守ると言う強い決意があったはずだ。

 その硬い意思さえあれば敵に負けることなどないと思っていた。

 そして重大なことを見落としてしまってたことに、ついに気付く。

 敵もまた、強い復讐心に突き動かされていたのだ。

「それこそ……マンシン……ネ……」

 それは悲劇しか生まない、悲しい連鎖だった。

 

 不思議と雷撃の衝撃は感じなかった。赤城はいつの間にか海中に沈みこんでいく。夜の、月の光さえ差し込まない海の底へ。

 これは幻なのだろうか……。海底のほうから何かがやってくる。人の形をしたそれは幽霊のようにゆらゆらと漂いながら、青白い光をまとってこちらに近づいてくる。

 それが一瞬加賀に見えたような気がした、次の瞬間には天城のように、いや、鏡でみた自分自身にも見える。

 おそらくあれは海の亡霊なのだろう。この海で沈んだすべての船の思いの集合体なのかもしれない。

 そして、私も、また。

「ナンドデモ……クリカエス……」

 

 

「あなたが赤城さん?」

 鎮守府の食堂で夕食をとっていた赤城は、ふいに後ろから声をかけられる。

「ふぁ……ふぁい!赤城です!」

 咄嗟のことで口にごはんを入れながら、もごもごと返事をしてしまった。

 赤城の目の前には一人の見慣れない艦娘が立っていた。道着をきちんと着こなし、髪は短めのサイドテールにまとめている。その涼しげな瞳と、固い表情に反して、どこか温かみを感じる人。

「食事中にごめんなさい、私、航空母艦加賀と申します。本日付けであなたと組むように辞令を受けました」

 そのことについては赤城も話は聞いていた。

「ふぁ!どうも!よろしくお願いします。あかぎごふっ!ごふっ……」

 なんとごはんがのどに詰まりむせてしまう。

「食事中にごめんなさい、ゆっくり食べてください」

「いえ、こちらこそお見苦しいところを……」

 加賀のことはいろいろ聞いてはいたのだ。だから同じ航空戦隊を組むと聞いた時も嬉しかった。挨拶もきちんとしたかったのに……これでは第一印象最悪である。

「迷惑ついでにここ、いいかしら?」

 その加賀が赤城の向かいの席を指差すので、どうぞと薦める。

「にくじゃが、ですか……おいしそうですね。それに……たくさん」

 赤城の目の前の大きな鉢には肉じゃががこんもりと盛られていた。確かに、一人前の量ではないかもしれない。

 赤城がたくさん食べるようになったのは、多分あの日からだった。

 食べるのが好きだった姉の分まで。

「食べます?」

「いいかしら」

 まさか食べるとは思わなかっただけに加賀の反応に少し驚く。

 肉じゃが、好きなのだろうか。

 元戦艦ということもあって怖い人かもしれないと思っていたが、予想外にフレンドリィなのかもしれないと分かり、赤城は少し安心した。

 この人となら、やっていけるかもしれない。

「肉じゃが、お好きですか?」

「ええ、白いごはんの次に」

 そうやってわずかに微笑む加賀の顔は、これが初めてのはずなのにどこか懐かしさを感じるものだった。

 

 

 

 

 




一応補足ですが、加賀と土佐、赤城と天城はまったく別の工廠で建造されており隣同士だったということはありません
赤城も呉の工廠におり、関東大震災は経験していません
ただ、そうなると話が作りにくいのであえてこうしました、こういった脚色はこれから沢山ありますので注意……


次回は米英開戦直後に金剛、榛名が直面する英国の最新鋭戦艦との戦い、いわゆるマレー沖海戦の話になります
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