艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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前回の続きです


(21)沈む太陽

 

 

1945年4月7日 沖縄北方海域

 

 

 沖縄本島の北において多数の艦艇が遊弋していた。

 大和迎撃のための最終訓練にいそしむ、54任務部隊の艦娘達である。

 ニューメキシコ級ニューメキシコ、アイダホ。

 テネシー級テネシー。

 コロラド級コロラド、メリーランド、ウェストバージニア。

 この6隻の戦艦は旧式でありながら、近代化改修を受け、最新のレーダーを積んでおり、大和にも数で圧倒できると睨んでいた。

 しかもその戦艦部隊の周囲にはおびただしい数の随伴艦がいる。

 重巡洋艦サンフランシスコ、ミネアポリス、タスカルーザ、ポートランド。

 軽巡洋艦バーミングハム、モービル、ビロクシー。

 そして21隻もの駆逐艦である。

 大和と二水戦で構成される第二艦隊を遥かに超える勢力だった。

 各艦は、日本の最強の戦艦と艦隊決戦を行えるということで士気はかなり高まっており、すでに気持ちは臨戦態勢に入っていた。

 戦艦や巡洋艦が重厚な砲列を組み、その周りを駆逐艦が走り、包囲陣形を作り上げる。と思うと陣形を解体し、また別の方向に向けて艦隊を組み直した。

 そんな練習を繰り返しているが、どの艦娘も、その顔は上気して喜びに満ちていた。

 艦娘といえど、戦うために生まれた兵器であり、島の砲撃や特攻機から逃げ惑うよりは、おもいっきり敵の艦娘と海戦をしたいのだ。

 そしてこれは、最後の海戦のチャンスだった。

 

「ん?なんですか?」

 訓練の指揮をとっていたニューメキシコに、突然通信が入る。

 それは後方で待機しているはずのエセックスからだった。

「大和を発見?」

 エセックスは、自身の出した索敵機が九州の南部を西進する大和を発見したと報告してきた。

 しかしそのコースは沖縄ではなく、佐世保を始めとする九州の他の港に向かっている可能性もある、今後を予測できない微妙な進路だったのだ。

 せっかく外洋に出てきた大和をみすみす他の港に逃げ込ませるわけにはいかなかった。

 そのために、急遽機動部隊による大和攻撃の許可をとってきたのである。

『このまま大和がカムバックしたら、せっかくのチャンスが無駄になる。我々はこれより攻撃を行いたい、それともあんたら戦艦部隊が九州まで来てやるかい?』

 エセックスはそう言うが、仮に大和が逃げ帰るとして、戦艦部隊が今から大和のいる位置に向かってもまず間に合わないだろう。

「そんな……大和は沖縄には来ないのですか?」

 ニューメキシコは、誇り高い日本海軍の大和が逃げ帰るとは信じられない、というふうに聞き返す。

『それは分からない、可能性の問題だ、だがここでやつを逃せば大問題だぞ』

 その不安に、エセックスは付け込もうとする。

「しかし……」

『あたしらがやるのか……あんたらがやるのか……決めるのはあんただ』

 ニューメキシコは、決断を迫られた。

 おかしい点を言えば、後方待機のはずのエセックス達58任務部隊が、沖縄と九州の間の海域まで進出しているということがまず作戦計画に無いことだったが。

 その独断専行も、今となってはどうしようもなかった。

 大和の撤退に即応できるのなら、むしろ幸運だったのかもしれない。

「分かりました……あなた達がやってください」

『オーケイ!アイアイサー』

 了承だけとると、エセックスはすぐに通信を切る。

 その様子を横で見ていたメリーランド達は、大いに憤慨した。

「ちょっとまって!どういうことよ!!」

 メリーランドは頭を抱えてヒステリックに叫んでいる。

「というかまずなんで空母機動部隊が九州方面に北上してるのかしらねぇ……」

 ウェストバージニアも、胡散臭そうな顔をしていた。

「大和が逃げ帰るなんて!あり得ないわ!ジャップがそんな賢いことをするわけがないでしょう!!あいつらは馬鹿なのよ!!絶対に突っ込んでくるの!!!」

 

 メリーランドはそう言うが、もう仕方の無いことだった。

 実際のところ、エセックスは索敵機で大和を発見した段階で攻撃隊を発艦させていた。その後に旗艦であるニューメキシコに通信してきたのである。

 ほとんど事後承諾に近いものだった。

 圧倒的な力を持ち、大いに幅を利かせていた空母機動部隊は、独断専行も平気でやってのけるほどになっており。結果さえ出せば、旗艦命令も無視していいという態度だったのだ。

 それを抑えつけられなかったのはニューメキシコの責任ではあったが、空母達の多大な戦果を前に、島を砲撃するしか脳の無い戦艦が口出しするのも難しいことではあった。

 エセックスも、この最後の海戦を空母機動部隊の手で決着をつけることで、戦艦の時代を完全に終わらせたかった。

 これからは空母の時代だということを、絶対的に疑いようも無く、天下に知らしめたかった。

 それがこれからの戦争を担っていくものの責任であり務めなのだ。

 最後だけ手を抜いて、戦艦などと言う古びたガラクタに情けをかけるつもりは毛頭ない。

 老兵は去ってもらわないと困るのだ。

 戦争に、騎士道精神や伝統や矜持などというものはもういらない。

 勝つか、負けるかだ。

 

「日本海軍が敵前で逃げることなどありえないと信じたいのですが……」

 空母の思いとは裏腹に、どこまでも日本海軍を心酔しているこの旗艦も、自分の下してしまった決断に嫌な汗をかいている。

「ファッキン!!」

 とてつもない爆音を上げて、メリーランドは主砲を発射した。

 訓練の一環と言う名目ではある。

 砲弾は、エセックス達58任務部隊の方向に向けて飛んでいったが、到底届くものではなかった。

「来るわ……!大和達は沖縄まで来る。エセックス達のクソみたいな艦載機に沈められるわけがないわ。あいつらは逃げない、必ず生きてここまでやってくる!!」

 メリーランドはついにそんなことまで言いだした。

「あらあら、あなたいつからジャップの味方になったのよ。そんなに熱心に応援して」

 ウェストバージニアもそう言うが、内心ではそうなることを期待していた。 

 例え空襲にやられて満身創痍だったとしても。せめて、最後のとどめくらい同じ戦艦の手で下してやりたい。

 そう思った。

 

 

同時刻 坊ノ岬沖

 

 

 レーダーに敵の大編隊が映る。

「来ましたか……」

 大和はついに訪れたその時にも、悠然と前進を続けた。

 九州の南部まで到達した時点で、敵に監視されているのは重々承知だった大和は、西に進路をとり一度撤退するそぶりを見せた後、改めて南下し、沖縄に向かった。

 その敵を混乱させる陽動作戦が、果たしてどのような効果をもたらしたのかは分からなかったが。とにかく敵の攻撃隊はやってきたのだ。

 ならば迎え撃つしかない。

 空は厚い暗雲に覆われ、海上には不吉な風が吹いている。

「……対空戦闘用意」

 雲のおかげで敵機はなかなか見えなかった。これでは敵が現れた途端に攻撃されるだろう。

 水平線に見える、あの忌々しい黒い点の群れを目にしなくていいというのはありがたいが、このレーダーに無数の光点として現れるのを見るのは嫌な気持ちだった。

 武蔵を沈めたのと同じ、あの艦載機達。

 フィリピンのシブヤン海で武蔵を沈めた敵空母の中にエセックスがおり、この攻撃隊の中にもエセックスから発進した艦載機がいることを、大和は知らなかったが。迫ってくる敵の大編隊からは、同じような禍々しさを感じた。

 嫌な感じはするが、しかし、不思議と憎しみは感じない。

 周囲を見ると、矢矧や駆逐艦達もしきりに空を気にして、対空戦闘の用意をしつつ雲を恨めしそうに眺めている。

 この子達も、皆ここで沈むのか……。

 そう思うが、驚くほどに心は動揺していなかった。

 敵の空襲も、艦隊の誰がが沈むことも、もう慣れてしまったのだ。

 船体を装甲する鋼鉄のように、心も麻痺してしまった。

 

 そこに、朝霜からの通信が入る。

 朝霜は機関の故障によりスピードが出なくなり、落伍しつつも艦隊よりかなり離れた後方を着いてきていたのだ。

 しかし、単艦で離れて孤立してしまった者は、真っ先に敵の餌食になる。

 それは野生の弱肉強食の世界のように厳しかった。

『ちっくしょー!!寄ってたかってきやがって!!我敵と交戦中!!』

 敵の攻撃隊が、まず朝霜に襲い掛かっているのだろう。おそろしい現実だった。

「朝霜?大丈夫?」

 前方を行く矢矧が心配そうに返信するが、もはや黙視できないほど離れた場所にいる朝霜を、どうしようもなかった。

『あたいが出来るだけ引き付けるから……艦隊は先に進めぇ!!』

「朝霜!!?朝霜っ!!」

 矢矧がその後も何度も返信を試みるが、それを最後に朝霜からの発信は途絶えた。

 おそらく、もう二度と彼女が通信を返すことはないだろう。

 まただ、また一人沈んだ。

 最初の犠牲者だ。

 その、あまりの不吉な幸先の悪さに。艦隊の空気は極度の緊張と恐怖に凍りついた。

 どの駆逐艦も思う。落伍したのが自分だったら、同じ運命をたどっていただろうと、艦隊を離れたら自分もこうなるんだと。

 そして、そうでなくとも、このまま進んだら皆こんなふうに沈むのだと。

 改めて気付かされたのだった。

 

 そして、決戦の時は来る。

 灰色の雲の間から、突如敵の艦載機が現れる。

 ヘルダイバー、アヴェンジャー、ヘルキャットのもはや見慣れたトリオが急速にこちらに近づいてきた。

「敵機直上!!」

 矢矧が叫ぶ。

「三式弾、撃ち方……始め!!」

 代わり映えのしない空襲と、代わり映えのしない対空射撃。

 号令とともに大和の主砲が唸り、海と空全体を振動させるような衝撃波とともに三式弾が飛翔し、炸裂する。

 しかし、その爆発は敵の下方で空しく散っただけだった。敵の編隊は相変わらず突撃を続けてくる。

 副砲や高角砲、連装機銃で分厚い弾幕を張るがそれもすり抜けて敵急降下爆撃機が投弾した。

 回避運動により爆弾は逸れていき、大和の周囲に水柱となって立ち上る。

 そこに追いすがる様に雷撃機が魚雷を投下、白い直線が大和の横をすり抜けて後方に去っていき、航跡の波に触れたのか爆発する。

 鉄と硝煙まみれの灰色の水が爆発して、霧のように周囲にまき散らされた。

 が、しかしいつまでも避けられるものではない。

 海面すれすれを這うように突き進む、勇敢なアヴェンジャー雷撃機数機が、さらに魚雷を投下。

 魚雷の十字砲火をなんとか避けようと旋回するが、その巨体さゆえにどうしようもなかった。

 左舷に雷撃が突き刺さり。艦橋を越えるほど海水が持ち上げられ、甲板や艤装に滝のような海水がぶちまけられた。

 

 

 やがて第一波は過ぎ去り。わずかな間、休息の時間が訪れる。

 大和は数発の直撃を受けていたが、雷撃による傾斜は注水で復原し、副砲をやられただけで戦闘能力にはほとんど影響は無く、全速を出すことも可能だった。

 ただ、艦隊の他の艦は酷い損害を受けていた。

 朝霜は相変わらず消息不明であり、浜風が爆弾と魚雷を受けて轟沈。

 矢矧も雷撃を受け航行不能に陥り、涼月も被弾して大破炎上した。

 半数近い艦が沈んだか戦闘不能になったのだ。

 次の攻撃が来たら、全滅する恐れもあった。

「大和さん……」

 傷つき、大破した矢矧が、大和の元に寄ってきた。

 まるで最期の別れの言葉を言うように。

「矢矧さん……大丈夫ですか」

 彼女の被弾した腹部は真っ赤に塗れて、肉がえぐれていた。傷口から内臓がこぼれないように押えているのか、添えた手からはとめどなく血が滴り、腰を通って足まで流れ、海水と混ざって漂っていた。

 大丈夫なわけがない。

「やられてしまいました……でも、数本の魚雷程度で私は沈みません」

「戦闘継続が不可能な艦は、退避してください」

 大和はそう言うが、それは聞き入れられるものではなかった。

「いえ、私はもう動けませんし……次の空襲はまもなく来るでしょう。最後まであなたを守りますよ」

「矢矧さん……」

 常に襲い掛かる痛みをこらえながら、血の喪失と共にその顔は蒼く、白くなっていく。

「大和さんを、日本海軍最高の戦艦を、最後の海戦で最後まで守ることが出来る。それだけで、とてつもない名誉なんです。こんなに嬉しいことはないんです」

「しゃべらないで……」

 矢矧が口を動かすたびに、血が溢れていくようだった、魂が呼吸とともに外気に抜けていくようだった。

「最後にこんなに素晴らしい死に場所を与えてくれた。大和さん、あなたはお国そのものの象徴なんです……それを守って死ねる……」

「もう、やめて……」

「大和さん、あなたの名前は、最後の最強の戦艦として永遠に語り継がれるでしょう。戦争が終わって……私達日本海軍の艦娘がみんないなくなって、やがて歴史に忘れ去られても……」

「やめて……」

「大和の名前だけは、いつまでも残るでしょう……」

「……」

「そのあなたを、最後まで守った船として少しでも名前を残せるのなら……私はそれでいいんです」

 もう、何も言えなかった。

「……」

「後のことは、酒匂に任せましたから……」

 

 自分はそんなにすごい戦艦ではない。国の象徴なんて、そんな重圧を背負うことが出来るほど素晴らしい艦娘でもない。

 何の戦果もだせなかった、臆病な、頼りない一人の娘だ。

 自分より遥かに勇ましく戦い、敵を沈め、苦しい任務に従事してきた艦娘はいくらでもいる。

 私はずっと鎮守府や泊地で停泊していただけではないか。無駄に燃料を食っていただけではないか。

 なのに、私は誰よりも有名になる?

 誰よりも長く語り継がれる?

 すこし体が大きくて、装甲が厚いだけじゃないか。

 本当に語り継がれるべきは、華々しい戦果をあげた赤城や加賀や飛龍、蒼龍、翔鶴、瑞鶴達空母。

 戦闘の最前線に立ち広大な海を駆け回った重巡、軽巡。

 様々な任務に従事し沈んでいった駆逐艦達。

 忍耐強く海に潜み、敵にとどめを刺してきた潜水艦。その他、後方支援を行ってきたさまざまな艦艇達だ。

 そして、戦艦であれば、前線で酷使され、艦隊戦や敵基地砲撃、機動部隊の護衛などで数々の戦果をあげた金剛型。

 スリガオ海峡で壮絶な突撃をかけ、沈んでいった扶桑型。

 エンガノ岬沖で最後まで機動部隊を守った伊勢型。

 戦前から海軍の象徴として長く日本を守り、マリアナでも空母を守って奮闘した長門型。

 シブヤン海で艦隊を守り、一人犠牲になった武蔵。

 きちんと完成し、艦載機を積み、十分な艦隊の護衛の下で出撃していれば、多大な戦果をあげていただろう信濃。

 彼女たちこそ、名前を残すべきだ。

 大和が、後世に名を残すような何をやったというのか。

 

「あなたのおかげで、こうやって最高の死に場所が出来た……本当に感謝しているんです」

 それは矢矧の心からの言葉だったのだろう。

 しかし、大和には何かが違うと思いたかった。

 こんなはずじゃなかったと、叫びたかった。

 だが……そうだ。

 自分の名が、この先未来永劫語り継がれるのなら。その評価がどんなに実際の戦果とかけ離れていても、それが避けられないのなら。

 自分の死によって、この海戦によって、これまでの戦争の悲劇と、特攻と言う愚かな行為。それを良しとした軍の思想と、そうせざるを得なかった国の窮状。

 この忌々しい歴史を、大和の名と共に語り継いで欲しい。

 第二次世界大戦、太平洋戦争という大敗北を、戦争をするということがどういうことかを、大和と言う名前を使うごとに思いださせよう。

 この国の名前に、この悲しい記憶を永遠に刻もう。

 私以上の戦艦はもう二度と生まれないだろう。だからこそ、史上最大の戦艦として世界にいつまでもこの名前は残る。

 アメリカやイギリス、ドイツ……全ての国に、永遠に残そう。

 もう二度と繰り返さないように。

 

「来た……みたいですよ」

 矢矧が見上げた先に、敵の編隊が見える。

 エセックスの放った艦載機も、その中に含まれていた。

 戦艦の時代を完全に終わらせる、最後の鉄槌。そのエセックスの意思をくみ取った、攻撃隊の突撃。

 大和は思う。そうだ、自分が沈められるなら、やはり空からの攻撃だろう。

 大和型は最強の戦艦だ。

 その私が敵の戦艦と戦って負けることは許されなかった。

 私の死とともに、その最強の名は永遠となる。

 しかし大和が他の戦艦に負ければ、その名の価値は墜ち。世界中に長く伝えられることも無くなるだろう。

 兵器は常に、より優れた兵器によって破壊される。

 大和が沈められることを許されている敵は、空母だけだ。

 その空母も、これからの未来どれだけ強力になり、どれだけ強くなろうとも、いつかそれ以上の兵器に沈められるだけだろう。

 それでいい。

「私が沈んだら、残存する駆逐艦は全て撤退してください」

 旗艦として最後の命令を出す。

 矢矧はもはや意識が朦朧としているのか、敵に集中しているのか、命令を聞いていなかったが、その横にいた磯風は大和の目をまっすぐ見据えると頷いた。

 全滅など愚の骨頂だ、伝えるものは生き残ってもらわないといけない。

「私は……ここだ」

 大和は小さく呟いた。

 そう言うまでも無く、何十という規模の艦載機が連なった編隊が、大和めがけて向かってくる。

 ヘルダイバーが、まるで雨のように、直上から次々と急降下してくる。

 アヴェンジャーが海面を覆いつくすように、トビウオの大群の如く襲いかかってきた。

 ヘルキャットがロケット弾を構え、弾幕をかき乱そうと乱舞する。

「……」

 大和は、無言のままそれと対峙した。

 

 第一波から第二波、第三波合わせて400機ほどの艦載機が大和達第二艦隊を襲い。二時間余りの攻撃で、大和は魚雷十数発、爆弾7発程度の直撃を受た。

 大和の左舷に集中した雷撃は、その傾斜を急速に進め。注水して復原する暇を与えない集中した猛攻によりゆっくりと転覆を始め、14時23分、大和はついに完全に転覆する。

 その直後、大和は大爆発を起こした。

 まるで海底火山の噴火により新島が出来るかと思われるほどの猛烈な爆発と、天まで登る巨大な黒い噴煙。

 いつもおしとやかで物静かな大和撫子であった、彼女の生前の姿とは全く違った、壮絶な断末魔だった。

 

 大和の沈没後しばらくすると敵艦載機は去っていった。

 生き残った駆逐艦、涼月は艦首を失う大損害を受けつつも単艦で帰投。冬月、雪風、初霜は生存者を救助した後に撤退を始めた。

 特攻作戦は中止となったのだ。

 航行不能となった霞は冬月に雷撃処分される。

 また、同様に航行不能となった磯風もしばらくの間雪風に付き添われてなんとか撤退しようと頑張ったが、それもついに諦めなければいけない時が来ていた。

 

 夜、22時。辺りは水平線いっぱいまで暗く閉ざされていた。

 そこにいるのは二隻の駆逐艦、磯風と雪風。

 航行不能となった磯風を雪風はなんとか曳航しようとしたが、そのようなことをしていては夜が明けてしまうのは必定だった。

 日が昇れば、また敵機が襲い掛かってくる。

 そうなれば二隻とも沈むだけだろう。

 だからこそ、磯風の沈没処分が命令された。

 

「おい、何をやっている……雪風……」

「うっ……ひっぐ……うぅ……」

 水面に力なく跪く磯風に向けて雪風は主砲を放つが外れる。仕方なく魚雷を使用したがそれも艦底を抜けていき命中しなかった。

 涙をぼろぼろと流し、鼻水を垂れる雪風に姉妹艦の処分などあまりにも過酷な仕事だった。

「今度はうまく当てろよ……」

 損傷により体力をほとんど失い、幽霊のように生命力の無い磯風は、それでも雪風を力強く睨みつけ、背負った魚雷発射管を前に保持しそこを撃てと指示した。

「いそかじぇ……うぇ……」

 雪風が再度構えた主砲はガクガクと震えていた。

「ふふ……なんだそのざまは……」

「だって……いそかぜ……」

 

 雪風と磯風はともに佐世保海軍工廠で建造され、就役以前、工廠では本当に姉妹のように暮らしていたのだ。

 雪風は十六駆逐隊に、磯風は十七駆逐隊に所属し離れ離れになったが、雪風の十七駆逐隊編入という形で再び同じように一緒に過ごす日々が始まった。

 だが、それは以前のように平和な世界ではなく、戦争の真っただ中の再会だった。

 雪風は時津風、初風、天津風を失っており、さらに十七駆逐隊に所属してからも谷風、浦風、そして先ほどの戦闘で浜風を失った。

 さらに今、生まれた時からの最も深い関係を持つ姉妹である磯風を失おうとしている。

 しかも、自らの手によって。

 最後の僚艦を撃つ。

 

「いつか、お前と約束したな……私達は生まれたときも一緒で、死ぬときも一緒だと……」

「……はい……だから」

「だが、あんなのはどうでもいい、これは命令だ……」

「……そんな」

「お前には……まだ仕事がある……」

「いそ……かぜぇ……」

 雪風にも分かっていたのだ。

 自分は駆逐艦であり、自分の我がままでここで磯風と一緒に沈むことは許されない。

 姉妹艦を砲撃処分して沈めろと命令されれば、そうするしかない。

「お前で、良かった……」

「……っ!!」

 雪風はやけくそ気味に主砲を撃つ、弾は磯風の手前に落ちたが続けて撃った砲弾は徐々に磯風に近づいていった。

「そうだ……いいぞ……」

 艦娘として、兵器としての雪風は、それでも心を殺し。冷徹さを持って狙いを定めていく。

 自分の一番大切なものを、自らの手で殺してしまうことが出来るほどに。

 ただ非情に。

「……………………さよなら」

 雪風の頬にはまだ涙が残っていたが、表情は冷たく無表情だった。

「……ああ」

 一発が磯風の持つ魚雷に直撃し、誘爆して大爆発を起こす。

 熱い爆風が雪風にも激しく吹きかかり、そして磯風の残骸が降りそそいだ。

 爆発が治まった後、そこに磯風の姿はなかった。ただどこまでも暗い水面が続くだけだ。

 彼女は沈んだのか、跡形もなく消し飛んだのかは分からない。

 雪風はただ立っているしか出来なかった。

「……」

 心は恐ろしいほど空虚で、怒りも悲しみも湧いてこなかった。

 ただ、最後の姉妹がここで死んだ意味があったのか、という疑問だけが頭の中にあった。

 

 これが、水上特攻の最後の犠牲者が沈んだ瞬間だった。

 

 

同日夜 沖縄北方海域

 

 

 蝿が耳元で羽ばたくような忌々しいプロペラ音。

 薄暗闇の中を蝙蝠のように特攻機が飛び、戦艦の機銃による弾幕をすり抜けようとして空しく被弾していく。

 その翼が砕け散り、もう飛べないはずなのに、神風が吹いたのか、搭乗員の執念か、特攻機は炎を上げながら戦艦に突っ込み。巨大な砲塔にぶつかって爆発四散した。

 爆炎に照らされるのは、苦悶の表情をしたメリーランドだった。

「ファッキン!!シット!!……クソジャップが!!」

 神風攻撃を受けたメリーランドは喚きながらも、致命的な損傷は無い。しかし船体の一部が焼け焦げ、黒く煤けている。

 艤装を確かめるが、やはり直撃を受けた第三砲塔が煙を上げたまま動かなかった。

「こんな時に!」

「あらあら大丈夫お姉さま?」

 ウェストバージニアが心配に思ったのか尋ねるが、致命傷ではないのが分かっているのか、面白半分な顔色である。

 その横には、普通に心配顔をしている長女のコロラドもいた。

「あ~~~最低だわ!!最悪の気分!」

 メリーランドは心底憎しみに溢れた様子だった。

 54任務部隊の大和迎撃艦隊は依然沖縄周辺で待ち受けていた。

 そこに特攻機が襲いかかってきたのである。

 

「メリーランド、大丈夫ですか?戦闘に支障は?」

 ニューメキシコも旗艦として状況を確かめようと尋ねてくる。

「オーライ、かすり傷よ、被害と言えば甲板にいたフナムシが死んだくらいだわ」

 が、本当のことは言わない。

「本当に?凄い爆発でした。被害があるなら撤退して応急処置を受けなければ……」

「大丈夫だって言ってるでしょ!全力で戦えるわ」

 今ここで艦隊を下ろされることだけは何としても避けなければいけなかった。それゆえの強がりである。

 大和はこの時、既に沈んでいたが、この時点でそれを知るのは58任務部隊のみであり、メリーランド達はまだその報告を受けていなかった。

 彼女達はまだここで大和の到達を待っていたのである。

「もう大和は来ないわ……」

 昼まで曇っていた空はいつの間にか晴れ、星が見えた。

 暗い夜空と、その下の水平線を眺め。さらに目を横に移し、損傷したメリーランドを見て、ウェストバージニアは呟く。

 大和が来るならこの時間だろうが、そのような気配は全くなかった。58任務部隊からも、午前に連絡があって以降何も言ってこない。

 敵がこちらに抜けてくるなら一報くらい寄越すだろう。

「大和は来るわ!」

 それでも姉は譲らなかった。ここまでクソ真面目に強情な彼女は、見たことが無いくらいだった。

 気持ちは分かるが。

「どうしてそこまで、その馬鹿な戦艦が好きかしらねぇ」

 日本海軍贔屓のニューメキシコと同じになってしまったのかと本気で心配になる。

「ジャップの戦艦が好きなわけじゃないわ……私は、私の……私達戦艦のために戦いたいのよ」

「戦艦のため?」

「ええ……」

 訊いてはみるが、それは、ウェストバージニアにもなんとなくわかることだった。

 いや、全ての戦艦が思うであろうことだ。

「ふ~ん」

「悔しいけど大和は世界最強の戦艦よ、今後あれ以上の戦艦は作られないでしょう、もちろん私達の合衆国が本気を出せばあれ以上も作れるでしょうけど」

 メリーランドはまっすぐに大和のいると思われる日本本土の方向を見ながら続ける。

「その最強の戦艦が、空母にやられたら、それは全ての戦艦がおもちゃかガラクタだってことになるわ。どれだけすごい戦艦でも、空母には勝てないって……」

「そうねぇ……」

「だから……だからこそ……あいつは私達戦艦が沈めないといけないのよ。戦艦だってまだ戦えるって、それを示さなきゃいけないのよ」

「……」

「そうじゃなきゃ……私達が生まれてきた意味が……私達戦艦の全てが……全く無意味だったって言われてるようなものじゃない」

「……」

「全部……否定されてるようなものじゃない……」

 大和は、日本海軍だけでなく、世界中の戦艦の誇りを背負った存在なのだ。だからそれを倒すのは戦艦でなくてはいけない、そう言いたかった。

 その声は震えて、涙交じりのように妹には聞こえた。

 だが、敢えて黙ったまま姉の顔は見ないようにしてやる。

「……」

「私達は精一杯生きてきて、精一杯戦ってきた……それを否定されるなんて……嫌よ」

 と思ったが、やはりいじらずにはいられなかった。

「あなた泣いてるの?」

「泣いてないわよっ!!」

 どう聞いても泣き声で、メリーランドは叫んだ。

「泣いてるじゃない……」

「泣いてない!!……さっきのカミカゼが痛かっただけ」

「痛くて泣いてるんでしょ?」

「あ~もう……このクソ妹!!」

 海は相変わらず穏やかだった。

 こんな静かな海の向こうから、大和がやってくるなどとは思わなかった。

 大和の沈没とともに、この戦争における水上艦同士の戦いは終わったのだった。潜水艦やカミカゼの脅威は未だ続いていたが、もう海戦が起きる余地はなかった。

 戦争は、もうまもなく終わるだろう。

「大和……来るといいわね」

 ウェストバージニアはそう口にする。

 

 この二人の前に大和が現れることは無かった。

 しかし神風特攻隊はその後も何度もアメリカ艦隊を襲い、恐怖をばら撒いた。

 勝敗を覆す力はそれには無かったが、何隻もの艦船がそれで沈み、傷つき、それによって連合国の艦娘の精神を削るのには大変効果があった。

 それは、憎しみと悲しみを産み、命をすり減らすだけのあまりにも愚かな行為だった。

 沖縄でのカミカゼやバンザイアタックに恐怖したアメリカは、日本本土決戦を恐れ、一層激しい空襲を行い、日本全土が焼け、多くの一般市民が殺され、町は焦土と化した。

 そしてさらにアメリカは原子爆弾を使用する。

 史上最悪の兵器が、広島と長崎にさらなる地獄を作り出したのだ。

 同時に大陸からはソ連が日本へ宣戦布告をし、満洲へと攻め込んだ。

 そこまでしてようやく日本は無条件降伏を受け入れ、敗戦が決まったのである。

 大和が沈んだ4カ月ほど後のことだった。

 

 

 戦後、大和の名前は歴史の教科書や小説、映画、漫画やアニメなどでも繰り返し使われ、語り継がれていった。

 戦争を知らない世代においても、旧日本の戦艦として誰もが真っ先に思い浮かべるのが大和だろう。

 しかし、大和がどう戦い、どう沈んでいったか。

 その大和の影で、あの戦争の時代にどのような艦が海を駆け巡ったのか。

 枢軸国においても連合国においても、敵味方どのような艦艇が戦い、戦果をあげ、悲しく散って行ったのか。

 それを知る者は決して多くない。

 彼女達の記憶は時間とともに風化し、忘れ去られつつあった。

 

 それでも、大和の名だけは、いつまでも残っている。

 今でも海底に眠る、その姿と共に。

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます

大和型の章はこれで終わりです
次回は外伝的な感じでビスマルク級の話になります
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