オリジナル艦多数になります、あと微妙にビスマルクのキャラ改変もありますので注意
(22)ナチスの戦艦
1941年5月18日 ドイツ領ポーランド・ゴーテンハーフェン港
「お姉ちゃん……どこに行くの?」
「ああ……ティル、ちょっと演習に行くだけよ」
1939年、ドイツのポーランド侵攻とともにドイツに占領されたグディニャ港は、ドイツ風に改名され、ゴーテンハーフェンと呼ばれることになり、大規模な海軍基地へと変貌を遂げていた。
警備の軍隊に囲まれ、物々しい港の一角で、巨大な戦艦が二隻並んでいる。
大剣のように研ぎ澄まされた船体。力強い艤装。洋上の要塞という言葉を彷彿とさせるその艦影は、まさに兵器というものの究極の形であった。
ナチスドイツの誇るビスマルク級戦艦。その一番艦ビスマルクと二番艦ティルピッツが並ぶ姿は、一大スペクタクルであり。欧州において圧倒的優勢を勝ち取っていたドイツの威信そのものだった。
その、ネームシップのビスマルクだけが出航準備をしている。
「私も……行きたい」
姉妹は共にシルバーブロンドの長髪にアクアマリンのような瞳。
しかし、姉のビスマルクは勝気な性格が体全体に現れたような、いかにも気の強そうな艦娘であり。
妹のティルピッツは物静かで繊細な感じの、いかにも引っ込み思案な性格が、姿勢や表情に滲み出ている。
そんな対照的な二人ではあったが、仲はすこぶる良さそうではあった。
「だめよ、ティルはまだ訓練が済んでないでしょう?連れていけないわ」
ビスマルクは前年の1940年8月に就役し、ようやく訓練も積み終わり、実戦に耐える錬度が付いてきたところだった。
しかしティルピッツが就役したのは今年に入ってから、1941年2月のことだった。
まだまだ訓練が必要な時期だ。
ビスマルクは慈愛に満ちた頬笑みで妹に諭すが、ティルピッツは納得できないようだった。
「演習じゃないの?だったら私も行っていいでしょ?」
それはもっともな反論だった。しかし姉には了承できない理由がある。
「あ~……それは……より実戦に近い形の演習なのよ、危険な海域まで行くかもしれないの」
姉はなんとかごまかそうと、困った様子である。
ライン演習作戦。
それは演習と言う名前をつけていたが、実態は通商破壊作戦であり、完全な実戦を予定されたものであった。
通商破壊とは、軍の艦艇によって敵国の商船、輸送船を攻撃し、海上からの輸入、輸出を阻害する作戦のことである。
海賊的とはいえ戦闘艦ではない船を相手にすることは地味であるが。国家総力戦において、特に輸入に多くを依存するイギリスや日本のような島国に対しては、その国の持久力に多大な影響を与える攻撃だった。
フランスを占領したドイツはイギリスへと進攻の手を伸ばそうとしたが、英仏海峡を越えて兵員を輸送し、イギリス本土へと進撃させることは非常に困難だった。
世界最高のイギリス海軍が間に控えていたからである。
欧州において圧倒的な海軍戦力を備えているイギリス海軍の前には、ドイツ海軍ではまともに手を出すことは出来なかったのである。
そのため、ドイツは一旦イギリス進攻を諦め、代わりにイギリスを海上封鎖することでその息の根を止めようとした。
ナポレオン時代の大陸封鎖のような苦し紛れの作戦である。
とはいえ、ドイツは水上艦やUボート、航空機によりイギリスの海上通商を徹底的に破壊し、イギリスの屈服一歩手前に行くほどの多大な戦果を挙げることになる。
その中で発動されたのが、強力な水上艦を大西洋に派遣し輸送船団を襲撃することでさらなる通商破壊を行おう、という目的で計画されたライン演習作戦であった。
当時、海上戦力の中核として活躍したのが、第二次世界大戦の開戦の少し前に生まれた戦艦シャルンホルストとグナイゼナウであり、本作戦にも参加する予定ではあったが、彼女達はそれ以前の作戦により損傷しており、出撃できない状態だった。
そして、一応の参加が見込まれていたティルピッツも、錬度不足から見送られることになる。
結局出撃できるのは、共にこれが初陣となるビスマルクと重巡洋艦プリンツ・オイゲンだけだった。
二隻のドイツ艦娘はバルト海から出撃し、イギリス海軍の目を盗みつつ北海を通りさらに北の海域をぐるっと迂回、アイスランドとグリーンランドの間のデンマーク海峡を南下して大西洋に出て、そこでイギリスに様々な物資を運ぶ輸送船団を攻撃する。そういう手はずだった。
出撃は当然イギリス側に隠され、敢えてライン演習という偽りの呼称を使い、少しでも敵を混乱させようとしたのである。
それゆえ、ビスマルクは妹のティルピッツにすら、通商破壊作戦のために大西洋に出ることを隠さなければいけなかった。
「私だって、それくらいならもう大丈夫だもん……」
ティルピッツはふてくされた顔でそう言うが、こればっかりは連れていくことは出来なかった。
「また、次の機会に一緒に行きましょう?」
「……ふ~んだ」
妹も、不満げではあるが、そういう上からの命令なのだろうし仕方ないという分別はあった。
黙ったまま、それ以上は駄々をこねようとはしない。
「じゃあ、もう行かなきゃ」
「……」
「帰るのはちょっと遅くなるかもしれないわ……数週間か、それ以上かも」
「ええ!?演習でしょ?」
どうせいつもみたいに数日で帰ってくると思っていただけに、ティルピッツは尚更驚いた。
「だからいつもと違う海域まで行くって言ったでしょう?」
「え~~……そうなんだ」
「じゃあ、一人でもしっかり訓練するのよ」
ビスマルクは妹の側に寄り。前髪を優しくかき上げると、そのおでこにキスをした。
ティルピッツは少し恥ずかしそうにそれを受け入れる。
「……」
「ティル……いい子でね」
そして互いの微笑むと、姉は去って行った。
「お姉ちゃん……行ってらっしゃい」
「ええ!バッチリ戦果を挙げてくるわ!」
敬礼を交わしつつ、ビスマルクの巨艦は桟橋を離れて港の外へと向かっていく。
その姿が見えなくなるまで見送っていた妹は、なんか変だなと思っていた。
「お姉ちゃん、演習なのに……戦果って……?」
共に、就役してまだそれほどの艦歴も経ていない二人は、それが最後の別れだとは思いもしなかった。
実戦になると分かっていたはずのビスマルクですら、必ずまた会えると思っていたのである。
やがて沖まで出たビスマルクは、そこで待っていた一隻の艦娘と合流する。
互いに敬礼をして挨拶。
それは良く知っている艦だった。
ビスマルクと同じような軍服を着て、まるでビスマルク級戦艦を一回り小さくしたような艦影を持つ彼女。
「グーテンターク、ビスマルクさん」
アドミラルヒッパー級重巡洋艦の三番艦、プリンツ・オイゲンだった。
「ごくろうさま、行きましょうか」
「はい!どこまでもお供します」
「ええ、ナチスドイツの力、忌々しいイギリスにも見せてやるわよ」
二隻だけの艦隊は、悠々とバルト海を西進していく。
しかし、ビスマルクはどこか物憂げだった。
その理由をプリンツ・オイゲンは知っている。
ビスマルクは重度のシスコンだった。ティルピッツが姉のことを慕っている以上に、姉の方が妹が大好きだったのである。
ティルピッツが練習航海で少しの間港を離れた時も、ビスマルクはすぐに機嫌が悪くなるし、かと思うと急に寂しそうに落ち込んだりしていた。
姉妹はそういう関係なのである。
今回の作戦も、かなり長期間の間通商破壊をしなければならない上に、作戦が終わってもゴーテンハーフェンに戻れるかどうかも分からなかった。
それはかなりのストレスなのではないかとプリンツ・オイゲンは思う。
まあ、この機会に妹離れして欲しいと思うのだが、あまりにも急すぎるのでそれも気の毒に思っていたのだ。
そして、意外と気が回り、なにかと面倒を見たがるプリンツ・オイゲンは、彼女なりの気配りを考えていた。
「ビスマルクさん……」
「なに?」
「あの、ひとつお願いがあるんですが……」
なんとなく気恥ずかしげに、プリンツ・オイゲンは尋ねる。
「お願い?なに?」
二人の就役した時期はほとんど一緒だった、訓練なども共同でこなしてきた二人はそれなりの仲だったが、ビスマルクは彼女が何を言い出すのかまったく見当がつかない。
「お……お姉さまってお呼びして……いいですか?」
「はい?」
「ビスマルク姉さまって呼んだら……駄目ですか?」
上目遣いで、もじもじしながらプリンツは言った。
「ど、どど、どういうこと!?」
ビスマルクは明らかに動揺している。頬も、すこし赤くなっていた。
「いえ、私は姉さまを尊敬してお慕いしているんです。だからその気持ちを呼び方で表したくって。共に初陣を飾ることですし、この機会に……ぜひ」
プリンツからすれば理由なんてどうでも良かったのだが。まんざらでもないことではあった。
「ええ!そんな……姉妹艦でもないのに……姉さまなんて……」
「駄目……ですか?」
子犬のように瞳を潤ませての懇願に、ついにドイツの最新鋭戦艦は陥落する。
「駄目ってことは……無いわ……」
「良いんですね!ダンケ!グーッ!ビスマルク姉さま!!」
プリンツ・オイゲンは飛び跳ねるようにして喜ぶ。
対するビスマルクはなんとも堪らないような顔をしていたが、嬉しそうではあった。
これで妹のいない悲しみが少しでも和らげば、それは嬉しいことである。
単純に、人に何かしてあげたいと思い、それが出来れば純粋に喜ぶのがプリンツ・オイゲンだった。
「ま、まあ……私を尊敬したくなるっていうのは、当然そうよね、仕方ないことだわ」
「そうです!そうです!」
「いいわ、あなたはいつも殊勝な子だから、私を姉と呼ぶことを特別に許してあげる」
顔は恥ずかしそうでも、自信は満々なビスマルクである。
それがプリンツ・オイゲンの優しい配慮だということは思いもしないようだった。
「ダンケダンケ!ビスマルク姉さま~うふふ!」
「でもあなた、本当のお姉さんがいるでしょうに」
「いいんです、あの人はあの人で普通のお姉ちゃんですし、でもビスマルク姉さまは私の魂のお姉さまなんです!」
良く分からない理論だと思ったが、ビスマルクは深くは考えないことにした。
「……まあいいわ」
「はい、これからどうぞよろしくお願いします!」
「じゃあスピード上げるわよ!ついてきなさい!」
「はい!!プリンツ・オイゲン!姉さまにどこまでも付いていきます」
二隻は海上を進み、強敵イギリスの跳梁する北海へと向かう。
ビスマルクの顔からは愁いは消えていた。
しかし、その向かう先には、不吉な暗雲が立ち込めている。
そこに、強烈な運命が待ち受けているなど、二人は知らない。
ただ、二本の白い航跡だけが、どこまでもまっすぐに延びていた。
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