艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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ビスマルク、プリンツオイゲンVS英国海軍

デンマーク海峡海戦の話です




(23)極北の海戦

 

 

1941年5月24日 デンマーク海峡

 

 

 巨大な氷山が海に聳え立ち、その周囲にはいくつかの流氷も流れている。

 晩春だと言うのに、そのような風景を横目に通り過ぎていかなければいけない極寒の海。

 北海に出て、ノルウェーのフィヨルド地帯を経由し、イギリス本島の北を北極圏近くまで大きく迂回してアイスランドとグリーンランドの間の海峡、デンマーク海峡まで到達したビスマルクとプリンツ・オイゲンだったが。そこでついにイギリス海軍の艦娘に発見され追われることになる。

 事前にビスマルク出撃の情報を得ていたイギリスは哨戒を続けており、その網に運悪くかかってしまったのだ。

 

 早朝、5時も半ば回った頃であったが周囲は明るく日が昇ってからかなりの時間が立っていた。

 アイスランドはこの時期、白夜とまではいかないが日照時間が極めて長くなっているのだ。

 そのため、日の出は3時半ごろになる。

 とはいえ、北方特有の弱い日差し、立ち込める暗い雲。日は照っているが、海は荒れており、視界は良くなかった。

 海の青色すら霞んでいき、全てが白と灰色の無彩色の世界になって行くような錯覚を覚える。

 ビスマルク達は前日からイギリスのカウンティ級重巡洋艦、ノーフォークとサフォークに触接されていた。

 寒冷地ゆえに、イギリス海軍らしい黒いピーコートを着込んでいるその二人のイギリス艦娘は、ビスマルクが主砲で追い払おうとすると後退し、離れた所からレーダーでの追尾に徹するようになったが、それも先ほどようやく振り切ることが出来た。

 このまま完全に撒いてしまえればいいが、そうもいかないだろう。

 昨日からこちらの位置は敵に報告され続けていたのだ。

 そろそろビスマルク討伐のための、イギリス艦隊の主力がこちらに到達してもいい頃だった。

 いや、この海域にはすでに敵戦艦がいる、それもすぐ近くに。

 不気味に緊迫感のただよう海の様子から、ビスマルクの直感はそう感じ取っていた。

 そしてその勘は当たる。

 

「ビスマルク姉さま……前方に艦影あり!」

 黒々とした波浪の先に、白い飛沫の向こうにうっすらとシルエットが見えた。

「シャイセ!またあの重巡なの!?」

「ど、どうでしょう……」

 プリンツ・オイゲンは必死に目を凝らすが、荒れた海のせいで視界はすっきりとしなかった。

 二隻いるというのは分かるが、艦の種類は分からなかった。

「近づいてくるわ、まさか……別の艦じゃないでしょうね……」

 ビスマルクが恐る恐るそう言った瞬間。その二隻の艦影から突然爆炎が見えたと思うと、前を行くプリンツ・オイゲンから少し離れた海上に波飛沫とは明らかに違う水柱が立った。

「うわぁ!びっくりしたぁ……」

 飛び散る潮を浴び、帽子を抑えつつそんなことを言うプリンツ・オイゲンを見ながら、ビスマルクは叫んでいた。

「クソッ!!敵の戦艦よ!!」

 今の砲炎と、水柱の高さは明らかに巨大な砲を持った戦艦のものだった。そして、さらに敵が接近してくることによって、その姿も徐々に明確になる。

「前方、先行しているのは……フッド!!巡洋戦艦フッドです!」

「フッド!?西アフリカにいるんじゃなかったの!!」

 260メートル以上の長大な全長を持つ、美しいその艦影は見間違えようが無かった。

 巡洋戦艦フッド。長門などと同世代であり、ワシントン条約直前に生まれたため、同型艦は建造中止となり、この特徴的なシルエットを持つものは他にいなかった。

 装甲をある程度犠牲にすることによって高速性と火力を兼ね備えた傑作巡洋戦艦と名高い、イギリス海軍を代表する艦娘だった。

「その後ろは……新型?……キングジョージ五世級戦艦!!」

 フッドの登場だけでうんざりしていた所に、それ以上の衝撃が走る。

 キングジョージ五世。それは1940年の終わりにようやく就役したイギリスの最新鋭戦艦だ。そのキングジョージ五世そのものかはわからないが、すくなくとも同じクラスの戦艦だろう。

 ビスマルクとほぼ同じ世代の戦艦であり、その戦闘能力は未知数ではあったが、明らかにフッドよりも脅威となりかねない存在だった。

「そんな新型がこの海域にいるなんて聞いてないわよ!!」

 ビスマルクがそう吐き捨てるが、敵が現に目の前にいる以上、どうしようもなかった。

 そうこうしている間に、またしても砲撃の水柱がプリンツ・オイゲンの周囲に立つ。

「おあ!……」

 ビスマルクは敵の陣容に一瞬躊躇する。

 本作戦はあくまでも通商破壊作戦であり、敵の戦艦を叩くものではない。不必要な戦闘は出来るだけ避けるべきだった。

 しかし、敵と遭遇した場合の戦闘は許されていた。まさに今この瞬間がその時である。

 どちらにせよ、ここで撃退しなければ、しつこいイギリス海軍が逃がしてくれるとも思えない。

「プリンツ、大丈夫!?こちらも応戦するわよ!!フォイアーーーーー!!」

 ビスマルクはすぐさま主砲で反撃した。

 とにかく、まずは先行しているフッドを叩く。

「砲撃開始!!フォイア!フォイア!!」

 プリンツも水柱を浴びながらも砲撃を開始する。

 ついに本格的な砲撃戦が始まっていた。

「でも通商破壊より、艦隊戦のほうが良いわね!腕が鳴るわ!!」

 そんなことを言っていると、さっきまでプリンツ・オイゲンを狙っていたと思われた砲撃が今度はビスマルクを狙いだす。

 プリンツを越えて、後方にいる自分の方に弾着が来るようになっていた。

 どうやら先ほどまで向こうはプリンツ・オイゲンをビスマルクと誤認していたようだった。

「姉さま!!危ない!」

 敵が混乱してくれるならそれでいい、しかもどうやらこちらはT字有利をとっていた。

 向こうはまっすぐこっちに向かいつつあるのに対して、こちらは左舷の腹を見せている。

 有利なのはこっちだ。

 舌舐めずりをしながらそう思った瞬間、ハンマーで殴られたようなとてつもない衝撃がビスマルクを襲った。

「がっ……!!」

 キングジョージ五世級の放ったと思われる砲弾が直撃したのだった。

 

 

「はっはっは!!当たった!当たったぞ!!」

「まあまあ~お上手ね~」

 ビスマルクと対峙する、二隻のイギリス艦隊。その後方にいるのはキングジョージ五世級戦艦の二番艦。

 プリンスオブウェールズだった。

 黒い海軍士官の軍服には金色の刺しゅうや装飾、勲章で彩られ。その上に紅のマントを羽織っている。

 茶色いショートヘアが荒波と風にまかれており、さらに向かい風による波飛沫が猛然とその顔にかかってきていたが、表情は晴れやかだ。

「ドイツの艦娘など、所詮田舎娘だ。それ、もっと喰らうが良い!!ファイアッ!!」

 

 まさに王子様といった風体のウェールズは続けて主砲を斉射する。

 35,6センチ砲と多少見劣りのするうえに、敵が正面にいるせいで後部の主砲が使えないという大変不利な態勢、さらに最初の斉射でそのうちの一門が故障するというあまりにも不運な状況ではあった。

 しかし四連装一基、連装一基、そこから故障した分を引いた合計5門の火力が一斉に発射され、荒れた空に放物線を描き、敵戦艦に吸い込まれていく様は、我ながら見ていて惚れ惚れとするものだった。

 プリンスオブウェールズは数ヶ月前に就役こそしていたものの、それは戦時中故にかなり急いだ結果であり、戦艦として完全に完成はしていなかった。

 また訓練も十分でなかったのである。

 だというのにビスマルクの発見の報を受けて、いてもたってもいれずに出撃を強行したのだった。

 自信過剰な王子にありがちな、いち早く軍功を挙げたいという衝動のおかげだろう。

 その不完全な状態で、最初に直撃弾を当てたのはさすがだ。

 さらに二射目、三射目も命中させる。

「また当たったぞ!!フッド嬢よ見たか!私の腕は!!」

「まあまあまあ、本当にすごいわぁ」

 

 前方を行き、自らも主砲を発射しながらウェールズの直撃弾に拍手で喜ぶその艦娘は、巡洋戦艦フッドだった。

 まるでナポレオン戦争時代の、古典的な提督の軍服、ネイビーブルーの上着には金色の装飾が施され、胸にはウェールズ以上の勲章がずらりと並んでいる。

 真っ白の白髪を背中でリボンで縛り、頭にはそれらしい三角帽を被っていた。

 そこに38センチ連装砲4基を装備している。

 優しそうな表情で、母親のような柔らかな印象の艦娘だが、その目の奥には鋭いものを持っており、ベテランという雰囲気を自然に醸し出していた。

 フッドはドッグ内で第一次世界大戦を経験し、就役したのは戦争の終わった1920年だったが、イギリスはドイツとの戦争で疲弊しきっており、とても暗い世の中だった。

 その中で当時世界最大の戦艦であったフッドの存在はイギリス国民を大いに奮起させ、親しまれ、日本における長門同様に海軍の象徴として見られるほどに愛されていたのである。

 イギリスの戦後の復興とともに、国を支えながらフッドは生きてきたのだ。

 しかし、誰もがもう二度と無いと信じていたドイツとの戦争は再び始まった。

 元々の性能が優秀だったがゆえに、大規模な近代化改修を受けなかったフッドは開戦当初の1939年には既に老朽化が進み、往年の様な高速性ももはや発揮できないほどではあったが、今更工廠に戻ることも出来なかった。

 この戦争においても常に前線で戦い、フランス降伏後のメルセルケビール海戦においてはフランスの最新鋭戦艦ダンケルクとも戦い、華々しい戦果を挙げてきていた。

 経験も実力も備えた、それほどの歴戦の艦娘だったのである。

 今回の作戦も、勝利すると強く心に思っていた。

 自分が、ウェールズなどの新しい戦力を、先頭に立って引っ張り、この辛い戦争を終わらせるのだと、絶対にそうするのだと決意していた。

 その姿は、いつも誰にでも上から目線の態度をとるプリンスオブウェールズすら、尊敬させるほどの貫禄を持っていたのである。

 ベテランと新米。この二人はある意味ベストなコンビだったのかもしれないし、実際ウェールズを抑えられるのはフッドくらいなものだった。

 

 黒い波、荒れている海上の先には、姉妹艦かとおもうほど似たような艦影が二つ見える。しかしよく見ると前方の艦は一回り小さい。

 小賢しいことに、プリンツ・オイゲンとビスマルクの艦影はわざとやっているのではないかと思うほど似ていたし、実際そういう意図なのだろう。

 それ故に最初の砲撃は失敗したが、今度はしっかりとビスマルクのほうを向いている。

 敵からの砲撃はこちらのほうに集中していた。

 眼前には不吉な水柱がいくつも立っている。

「ウェールズ姫様ばかりに、手柄はとらせないわよ」

 前部二基の38センチ連装砲四門が猛烈な火を噴くと、灰色の冷たい空を、灼熱の鉄塊が飛んでいく。

「はっはっは!私が姫ですか、むずがゆいですな!姫はあなたのほうでしょう。私こそがフッド姫を守る騎士になりたいですね」

 ずいぶんと生意気な新型戦艦だと思うが、そんなところも可愛いと思った。

「まあまあ、では、しっかりとエスコートしてもらおうかしらプリンスオブウェールズ」

「仰せつかりました、プリンセス・フッド」

「まあ、クイーンじゃないのね」

「何を言います、あなたは、まだまだお若い」

「まあまあまあまあ……そんなお世辞を」

 こちらから波の向こうに垣間見えるビスマルクの姿は、直撃を複数受けて苦悶の表情をしているように判別できた。

 このまま押し切れば勝てる。

 そんな余裕が出来たその時だった。

「きゃあっ!!」

 フッドに直撃弾が突き刺さる。爆発によりデッキが火事を起こした。

「大丈夫ですか!姫!」

 損傷は軽微だ、ビスマルクではなく、重巡のほうの砲撃だったのかもしれない。戦闘には全く支障の無いダメージだった。

「大丈夫よこの程度」

「頭のいかれたナチスの狂信者めっ!!」

 しかし、ウェールズは守るといった直後に攻撃されたために怒りを抑えられない。

「ウェールズ!焦ったら駄目よ!」

 怒ったプリンスオブウェールズが左に回頭して、砲塔の全てを敵に向けられるようにしようとしたその時だった。

 

 ビスマルクの強烈な主砲弾が、フッドの体を貫いた。

 

 フッドの巨体の中央、艤装がバーナーの炎のような猛烈な閃光と火柱を上げ、爆発する。

 それはあまりにも突然で、壮絶な光景だった。

 体が砕け散りながらも、フッドは執念で最後の斉射を行うが、それは近くの海面に当たり、波を空高く突き上げただけだった。

 胴体から真っ二つに折れたフッドは、そのまま荒れ狂う海に叩きつけられて吸い込まれていく。

「う……そんな……うわあああああああああああ!!!」

 驚いたのはプリンスオブウェールズだった。瞬間の出来事に頭が追いつかず、混乱して喚き出す。

「なんだこれは……馬鹿な……馬鹿なっ!!」

 艦歴二十年以上にもなる、百戦錬磨の戦艦が一瞬にしてこうも呆気なく殺される。

 初陣の彼女が取り乱すのも仕方のないことではあった。

 しかし、ウェールズの進路上に、フッドは未だ横たわって沈みつつあり、それを回避しようとさらに回頭する。

 すぐ横を、沈みゆくフッドの姿が過ぎていく。その目は驚いたように見開かれたまま凍りついていた。

 瞳に生気はなく、もはや命は途切れていた。

 回避行動によりフッドの残骸との衝突だけは免れたが、それによりウェールズはビスマルク達の射線上に出る。

 フッドを亡きものにした砲弾が今度は自分の周りに振ってきた。

 周囲の猛烈な爆発に、しこたま海水をその体に被る。

「くそ……くそぉ……」

 パニック状態の思考の中で、それでも主砲で応戦しようとするが、上手く砲弾を装填出来ない。

 しかも先ほどからあった主砲の不具合は他の砲門にも及んでいた。全くもって不完全な応射しか出来ない状態だった。

 暴風の中を稲妻のように切り裂いて、地響きのような不気味な唸り声を響かせながら、さらなる砲弾が向かってくる。

 ウェールズの頭の中は、やがてドイツ戦艦への恐怖で一杯になった。

「ぐあっ!!」

 多数の直撃弾が襲う。

 その一発一発が体に極太の杭を打ち込まれるような激痛を伴った。

「ああっ!!」

 フッドよりも強固な装甲を持つウェールズのはそれを耐えた。しかし、ビスマルクとプリンツ・オイゲン両方の集中砲火を浴びては如何ともしがたく。溜まらず後退する。

「ちくしょうっ!!ちくしょうっ!!ファック!ファック!!ファッキン!!!」

 あの礼儀正しい言葉を使うウェールズが、そんな汚い罵倒を繰り返していた。だがそれも相手には届かない。

 マントを翻して身を覆い、煙幕を展開しつつ撤退。後部主砲で最後の抵抗をするが、その砲塔もすぐに故障して動かなくなった。

 致命傷こそ受けてはいないが、もはや完全に勝利の女神から見放された姿がそこにはあった。

 最高速度は高速戦艦であるビスマルクの方が上だ、追撃されたら終わる、そう思ったが、不思議と敵は追いかけてこなかった。

 

 

 撃沈したフッドはもはや波間に消え、見えなくなっていた。

 プリンスオブウェールズも、どんどんと離れていく。

「やったぁ!ビスマルク姉さま!追撃しましょう」

 キングジョージ五世級戦艦の砲撃は明らかに精彩を欠いていた。フッドの撃沈に動揺していたようではあったが、主な原因は砲塔の故障だろう。

 今追いかければ確実に沈められると思われた。

 ビスマルクの本心は、すぐにでも追撃戦に移りたいという気持ちだった。

 しかし。

「……待って」

「姉さま?」

 プリンツ・オイゲンはなぜここで躊躇するのかと思ったが、ビスマルクにはもっと広い視野で戦況を分析しなければならないという自制が働いていた。

 まず最初に、この作戦の主標的はやはり大西洋の輸送船団だということ。

 敵戦艦を追いかければ、敵の勢力圏に誘い込まれるだけだ、さらなる増援が待ち受けている可能性も大いにあった。

 さらに昨日からビスマルクを追いかけてきていた重巡サフォークとノーフォークも未だ近くにいるはずだった。

 大西洋に出る前に、これ以上危険な行為をすることが果たして正しいのかどうか。

 そして、ビスマルクの懸案事項はまだあった。

 先ほどの戦闘、プリンスオブウェールズからもらった直撃のおかげで燃料タンクがやられており、そこから重油が溢れだしていたのだ。

 ビスマルクの進んだ海面には航跡だけでなく、重油の跡がどこまでも残っていた。

 また、船体に出来た亀裂から浸水しており、速度も落ちていたのである。

 

「浸水してる、それに燃料タンクをやられた、大分漏れてるわ」

 苦い顔をしながら、ビスマルクは呟く。

「姉さま……」

 プリンツの顔も青くなる。

「戦闘には大きな支障はない、けど大西洋で長期の通商破壊作戦をするのは厳しいわ」

「そんな……」

「悔しいけどどこかに帰港して、修理しないといけない」

 フッドを沈めたとはいえ、作戦はまだ本格的に始まってもいないというのに港に撤退しなければいけないのは、かなり辛いことであった。

 せめて、逃げた敵戦艦だけでも追撃できれば……。ほとんど抵抗できない敵をみすみす逃すことも、胸が張り裂けそうになる。

 だが、そうも言っていられない状況だ。

 今回はともかく、次の作戦のために自分は帰らなければいけない。

 イギリスには無数の戦艦がいる、その一隻二隻を沈めた所で戦況に大きな影響はおよばない。そのために劣勢なドイツ海軍の貴重な最新鋭戦艦を沈めるなんてことは、あってはならないことだった。

 私達ドイツ海軍は艦隊決戦ではなく、あくまで通商破壊作戦により多数の輸送船団を沈め、それによって貢献しなければいけない。

 ここは、自分の死に場所ではない。

「分かりました、帰還しましょう、どこの港に向かいましょうか?」

 プリンツは心配そうにそう訊くが、それをビスマルクは遮った。

「プリンツ、あなたは行くのよ」

「へ?」

「あなたは被弾していないでしょう?ならあなた一人でも、大西洋での通商破壊作戦は遂行しなさい」

「……姉さま」

 それは、当然の判断だった。輸送船相手の通商破壊なら重巡一隻でも可能だ。むしろ身軽になってやりやすいということもある。

 ビスマルクは無理だとしても、プリンツ・オイゲンは作戦を続けなければいけない。

「ここで別れましょう」

「そんな……ビスマルク姉さま……私もお供します」

「何を言っているの?駄目よ」

「だって、敵はまだついてきています、また攻撃してくるかも、その時誰が姉さまを守るんですか」

 確かにノーフォーク、サフォーク、プリンスオブウェールズは未だこちらを触接し続けている。

 しかしプリンツ・オイゲンが一隻いたからどうなるという話ではなかった。

「行きなさい」

 冷たく言い放つ。

「い、嫌です……私、どこまでも姉さまについていくって言いました!」

 手負いのビスマルクを残して行くなんて考えたくも無かった。

 このまま敵の別の戦艦が攻めてきたら今度こそ姉さまは危険なことになるだろう。

 それに、一人だとこの人は寂しがるに決まってる。

 妹役もいない一人での逃避行など、この人が耐えられるはずないではないか。

 プリンツは健気にもそう思っていた。

 だが、ビスマルクの命令も正しいというのは分かる。

 そして、自分は艦娘であり、兵器である。

 より合理的な判断に従わなければいけなかった。

「……」

 ビスマルクはこれ以上言わせるなといった様子で、その妹分を黙って睨みつけていた。

「……分かりました」

 それには、頷かざるを得なかった。

「よろしい、私はフランスのブレストに向かうわ。修理が終わればすぐに作戦に出るから、その時にまた会いましょう」

 うつむくプリンツ・オイゲンを、優しく抱きしめる。

 それから、本当の妹にしたように、彼女の前髪を掻き分けると、おでこにキスをした。

「うぁ……姉さま……」

 恥ずかしかった、顔がピンク色に高揚するのが分かる。

「私はむしろあなたを一人で行かせるほうが心配よ?気をつけて」

「は、はい!」

 そして、二人の間の距離はどんどん離れていく。

「ダンケ……あの……あなたが妹になってくれて、助かったわ」

「姉さま……」

「おかげでさっきの戦闘も、頑張れた」

 ビスマルクも、プリンツの優しさになんとなく気付いていたようだった。

 しかし互いの進路は、今は別の方向を差している。

「ビスマルク姉さま!」

 涙が出そうになるのをこらえた。そんなプリンツ・オイゲンに、ビスマルクが最後の別れを告げる。

「アイネンシェーネンターク……」

 別れの言葉にプリンツは微笑んで返す。

「フィールグリュック」

 良い航海をと、気持ちを込めて。

 ビスマルクはぐるっと旋回すると、後方を向き、水平線近くにいるイギリスの追撃艦隊に向かって主砲をぶっ放した。

 威嚇射撃である。

 慌てて回避運動をしようと敵がおろおろしている、そこに隙が出来ていた。

 チャンスを突いたプリンツ・オイゲンは、全速力で敵の索敵範囲外に飛び出していった。

 ドイツの艦娘は、互いに背を向けたまま、それぞれ単艦となる。

 

 起工も進水も就役も、それほど差はないが、どれもプリンツ・オイゲンのほうが先だった。

 戦艦とは言え、先に生まれた私が妹なんておかしな話だ。

 実際、ビスマルクは頼りがいがあって尊敬できる強さを持った艦娘だったが、どこか抜けた部分があって、それがいつも心配だった。

 何かがあったらすぐに助けてあげなければと思ったし、実際そうしてきた。

 自分のほうがお姉ちゃんの気分だったのだ。

 でも、なんだか妹の気分も悪くないと思う。

 プリンツ・オイゲンの姉、アドミラル・ヒッパーはいつも前線に出ていたので会う機会はほとんどなかった、二女のブリュッヒャーに至ってはすでに沈没しており、その人となりはほとんど知らない。

 だから妹として可愛がられることは今まで無かった。

 ビスマルクこそが初めての姉妹らしい相手だったのである。

 姉さまにはティルピッツという本当の妹がいるから一番の妹分にはなれないだろうが、それでもいいのだ。

 次に会う時には、妹としてもっと甘えてみよう。

 後ろを振り返り、水平線に消えていく艦影を見ながら、そう思った。

 

 

 

 

 




連投すいません、読んでいただきありがとうございます

次回はビスマルク追撃戦の話になります
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