歌の歌詞などいろいろ適当なところがあります
1943年9月22日 ノルウェー・アルタフィヨルド
ビスマルクの沈没以降、大型艦を使った大規模な通商破壊作戦は、徐々に数を減らされていった。
しかし、ソビエトとの戦闘は激しさを増し、その中でアメリカなどの連合国からソビエトへの、物資や武器の援助を目的とした輸送船団、いわゆるPQ船団の阻止が、海上での重要課題となった。
そのためにノルウェー、トロンヘイムへとティルピッツは移動する。
アメリカから大西洋を渡ってイギリスを経由し、スカンディナビア半島を越えて、ソビエト連邦のムルマンスク、もしくはアルハンゲリスクに向かう航路。
それを途中のノルウェーで待ち受けようというのである。
この通商破壊作戦は大いに効果を出し、Uボートや航空機の攻撃も合わせて輸送船団に多大な犠牲を払わせることに成功した。
とはいえティルピッツ自身はほとんど戦果を上げなかったが、それでよかったのだ。
ビスマルクの強烈な印象は死してなおイギリス海軍の中に根強く残り。その妹であるティルピッツもまた、最大の脅威と見なされていたのである。
現存艦隊主義と言う言葉がある。
非常に簡単に言えば、強力な艦隊を動かすことなく港などに留めておくだけで、敵に対する牽制となり、その海上活動を阻害することであり。それは実際にこの場面において効果的だった。
ティルピッツの存在は輸送船団を戦々恐々とさせ、その行動を悩ませ、隙を作り、それによって敵は大損害を受けた。
また彼女は敵の空襲を集中して浴びることにはなったが、大した損害は無く、イギリス空母などの攻撃を吸収し続けた。
戦艦一隻で、ノルウェー海を凍りつかせたのである。
しかし、輸送船団の再開した1942年12月。バレンツ海海戦においてドイツ水上艦隊は敵の輸送船団を取り逃がしてしまい、それに激怒したヒトラーはなんと全ての水上艦の解体を指示する。
解体指示が実行されることは無かったが、もともと肩身の狭かったドイツ水上艦は、それで後の活躍の場をほとんど失うことになり、通商破壊作戦はUボートや航空機の独壇場となった。
出撃の予定が無くなったティルピッツは、しかしイギリスの目を引くという現存艦隊主義的にはまだまだ有用な存在である。
空襲の激しいトロンヘイムから、さらに北。複雑に入り組んだフィヨルドの中にあるアルタと呼ばれる泊地へと向かった。
機雷原と、フィヨルドの複雑な地形、厳重な巡視に守られ、そして対潜、対魚雷網に何重にも囲われた湾内で、ティルピッツは一人待機し続けることになったのだ。
まるで、辺境の城に幽閉された姫のような待遇である。
しかし、それを助けに参上する王子や騎士はおらず、現れるのはイギリスからの暗殺者だけだった。
「……」
ティルピッツはいつものように、ただ湾内に立ち、何をするでもなく見飽きた周りの風景を眺めていた。
風光明媚なフィヨルド地帯。峻厳な崖と複雑に入り組んだ入り江。初めて来たときはなんと美しい場所かと思った。
しかし、毎日同じ景色ばかりだといい加減、見たくも無くなる。
退屈を紛らわせる他の艦娘もここにはいない。
暇でしかないのに、かといってだらけることも出来ない、辛い世界だった。
「……」
ティルピッツはまだ姉が死んだことを、信じたくなかった。死んだというのは潜伏するための嘘で、今でも生きていてどこかで隠れているのではないかと思った。
いつか、この入り江の影からひょっこりと現れて、王子様のように自分を連れ出してくれるんじゃないかと期待していた。
そして、今度こそ一緒に、大海に出て波を掻きわけ、憎いイギリス戦艦と戦いつつ、輸送船団を沈める。
やがてドイツは勝利し、お姉ちゃんと私は、港で仲良く平和に暮らすんだ……。
「……」
そういう妄想だった。
そんなことばかり空想して時間を持て余すしか出来なかった。
眠るのは嫌いだった。
見る夢はどれも悪夢ばかりだ。
いつもの空襲の夢、敵機が襲い掛かってくるのに、動けない、反撃も出来ない、怖いだけの夢。
もしくは、この入り江に敵の戦艦が攻めてくる夢だ。
ティルピッツは敵の戦艦艦娘をまともに見たことは無かったが、姉を沈めたイギリス艦娘は恐怖の対象であり、魔女や悪魔のような禍々しい見た目しか想像できなかった。
「ドイツ、ドイツよ……世界に冠たる……」
彼女は小さな声で小鳥のように歌う。
「マース川からメーメル川、エッシュ川からベルト海峡まで……」
それはドイツ国歌だった。
彼女はそんな歌しか知らない、後覚えていると言えば、軍歌がほとんどだ。
「護りの為めに いつも兄弟の如く団結せば……」
この節は、いつも姉のことを思い出させた。
それでも、彼女に残された唯一の楽しみは、この歌を歌うことだけだった。
「……世界に冠たる、我がドイツなり……」
歌い終わり、空を見上げてから、静かな海面を見下ろす。
やはり、つまらない。
鏡のように映る水面。そこに映るのは冴えない自分の顔。
退屈そうで、元気のない、全てを諦めたような顔。
その顔が、不意に笑った。
「え……?」
それは、反射ではなかった。
海中、自分の真下に何かがいる。
「誰!?」
水の中に、まるで人魚のような少女がいた。紺色の海水に映える金色の揺らめく髪。
宝石のように煌めく瞳、その顔は笑っていた。
「アハハ……」
海中のそれが微笑む。
「誰?誰なの?」
彼女は微笑みながら、魚のように蠢くと、深くに潜って行ってしまった。
潜水艦の艦娘だろうか、しかしこの防潜網をどうやって潜り抜けてきたのか。
あまりにも平和ボケしすぎていて、それを、敵だとは思わなかった。
そんなことより、同じ艦娘なら話をしたいと思った。
あの子は一体誰なんだろう。
そう疑問に思った瞬間。海底から突き上げるような衝撃がティルピッツを押し上げ。排水量五万トン以上の戦艦を持ち上げる。
「きゃあっ!!!」
魚雷よりも遥かに壮絶な水の爆発が艦全体を覆い、一瞬で海水が船体や甲板を激しく叩く。
「あああああっ!!!!」
しかし、それよりも艦底から受けた大ダメージは、骨を砕いたような激痛をもたらし、深刻な損傷を彼女に与えた。
ティルピッツを攻撃したのはイギリスの小型潜水艦。X艇と呼ばれるものだった。
通常サイズの潜水艦を母艦とし、曳航されて作戦海域までいくと独立して行動し、敵艦船の艦底に2トンもの強力な時限式爆弾二個を投下した後に母艦へと帰還する。
日本における甲標的のような特殊潜航艇とも言えた。
この時はX艇二隻、合計8トンにもなる爆弾の攻撃はティルピッツに重大な傷を負わせ。舵、主砲、機関、その他にダメージを与えたが、一番深刻だったのがフレームの捻じれである。
修理は可能だったが。治ったとしても元の最高速度を出せるかどうかは不明だった。
泊地修理にわざわざやってきてくれた工作艦ノイマルクに、深刻そうな顔でそう言われたが。最高速度のことに関してはティルピッツはそこまで気にしていなかった。
もうこのフィヨルドから出ることもほとんどないのだろうから、という諦めが、そう思わせたのだった。
ティルピッツは、しばらくは夜になるごとに姉のことや自分の不幸を嘆き、泣いていたが、その涙もやがて枯れてしまった。
空襲も、やがて慣れてしまい、どれほど激しい爆撃にあっても、もはや氷のように感情は動かなくなった。
全てを諦め、心を殺し、ただ立っていればいい。
いつか死ぬ、その日まで。
かつてビスマルクが愛し、愛された、あの可愛らしい艦娘はいなくなり、そこにいるのはもはや空虚な人形に過ぎなかった。
戦艦と言う、役立たずの、それでいて図体だけはでかい、兵器だった。
彼女は、やがて孤独の女王と呼ばれることになる。
1944年9月15日。ソ連領内からイギリス空軍のランカスター爆撃機が飛び立った。
その爆撃機は、元は強固な陸上基地施設を貫通して破壊するために作られた、極めて強力な5トン爆弾、トールボーイをティルピッツに降らせ、その一つが直撃する。
船体に大穴が開き、修理不能の甚大な被害を受け、まともな航行が不能となったティルピッツだったが。しかしそんな彼女にも最後の仕事が命令される。
それは、そのすぐ後に日本の戦艦達が同じ道を歩むことになる、悲哀に溢れた仕事だった。
航行することを捨てた、砲台化である。
ティルピッツはノルウェーのトロムソという都市、その西方のハーコイ島沿岸に固定され、完全な海岸砲台となることが決定したのだった。
長年住んだアルタフィヨルドをようやく離れ、久しぶりに外洋に出た彼女だったが、しかし、もはや数ノットでの曳航されての移動しか出来ず、かつての快速は全く出せなかった。
そしてハーコイ島に到着し、固定される砂丘の前で停泊していた所を。またしてもランカスター爆撃機に襲われる。
一回目の攻撃は雲の発生による視界不良により至近弾だけだったが、11月12日の二回目の空襲で、ついに三発のトールボーイの直撃弾を受けたティルピッツは。甲板を無残に抉られ、傾き、横転するとそのまま艦底を上に向けたまま浅瀬に着底した。
「ドイツ、ドイツよ……世界に冠たる……」
彼女は転覆し沈没しながらも、残った意識で歌い続けた。
「兄弟の如く団結せば……ドイツよ、汝は全てに冠たる……」
その美しいソプラノの歌声も、やがて波にのまれ、聞こえなくなった。
ビスマルク亡きあと、その亡霊の影を背負い、フィヨルドから睨みを利かせることで、イギリス海軍の目を大いに引き付け、大いに悩ませた彼女。
11回もの大規模な破壊作戦と、それ以上の数えきれない小規模な空襲に見舞われた彼女。
何度爆破されても耐えたその我慢強さは、姉譲りではあったが。それもついに、圧倒的火力の前に力尽きたのだった。
アメリカ、イギリス、フランス、その他の連合国は西部戦線を押し進め、フランスを奪還した後、ドイツ本国に至った。
一方、東部戦線でソビエト軍は、物量と質を揃え。弱体化したドイツ軍を押しやり、蹂躙された東部ヨーロッパを奪還すると、ドイツ本土へなだれ込み、そしてついにベルリンへと到達した。
首都での猛烈な激戦の中。1945年4月30日に、ヒトラーは自殺する。
そして5月8日、ドイツ全軍は降伏した。
それは、第一次大戦の時の敗北よりももっと悲惨な、無条件降伏という形のものだった。
戦争で奪われたものを、戦争で奪い返すことはついにできなかったのである。
欧州戦線は、ようやく終焉を迎えた。
一方、ビスマルクのもう一人の心の妹であり、この激戦を生き延びたプリンツ・オイゲンは、敗戦を経てドイツ海軍を退役した後、アメリカ海軍に接収される。
そしてプリンツ・ユージンと英語風に改名された彼女は、大西洋と並ぶ、かつてのもう一つの激戦地。日本海軍とアメリカ海軍が壮絶な戦いを繰り広げた太平洋へと回航されるのではあるが。
それはまた別の話である。
読んでいただきありがとうございます
X艇に関しては甲標的に近い立ち位置だと思いますが、まるゆの例もありますし艦娘化しています、特に深い意味はないです
ビスマルク級の話はこれで終わりです
イタリア艦もゲームの方で実装されていますが、今のところ書く予定はありません
なので次回が最終章で長門型の話になります