前半の演習に関しては、実際にどんなものだったのかは知りませんので正確なものではありません
(28)白昼夢
1941年8月10日 土佐沖
夏の暑い日だった。
海上には風もわずかであり、水平線に見える陽炎も、気だるげに揺らめいていた。
どこまでも抜けるような青い空に、遠くに入道雲が見える。
遠い空の向こうで、戦争が起こっているなど思いもしない。
平和な海、平和な空。
そこに、それを打ち破るような耳障りな音が響く。
くぐもったようなエンジン音が多数。
「見つかったか!」
「あらあら……」
入道雲の中から、次々と飛行機が出てくる。機種を見るに空母の放った攻撃隊だ。
「ちっ!対空戦用意、回避運動始めっ!!」
凛々しい声で命令するのは、戦艦長門。
匠によって鍛えられた名刀のように研ぎ澄まされた、巨大な兵器。
海に浮かぶ黒鉄の城。
「長門、避けられるの?無駄な抵抗じゃない?」
隣でそう言うのは、同型の二番艦、陸奥だ。
「お前は諦めが早すぎる!」
「はいはい、分かってるわよ」
迫る多数の艦載機。
低空から迫るその編隊は、雷撃機だろう。
しかし、その高度はあまりにも低い、プロペラが波を切って飛沫を巻きあげているほどだ。
相当な錬度だということを物語っていた。
「なかなかやる……」
雷撃機は魚雷の射程圏内に入っても、なお投下しなかった。確実に直撃させるためにさらに距離を詰めるつもりだろう。勇敢でなければ出来ないことだ。
そしてついに、魚雷は投下される。
回避行動をとる長門も、それには抗えず、白い雷跡が突進してくる。
が、直撃かと思われた魚雷は、全て艦底を抜けて行き、爆発する気配も無い。
「は~い、長門ちゃん、被雷判定二発~」
陸奥の緊張感のない声。
「なっ!!」
訓練用魚雷を放って身軽になった雷撃機。九七艦攻は、長門の艦上を挑発するように、左右にバンクしながら通り抜けて行く。
この日、空母の攻撃を想定して行われた演習は、長門と陸奥の敗北判定で終わった。
終了後、反省会の為に演習に参加した艦娘達が集合を始める。水平線の向こうから現れたのは二隻の空母。
長門よりも巨大な正規空母加賀と、幾分小柄な龍驤だった。
日中戦争方面で既に活躍していた二人は、もはや歴戦のベテランといった風格を放っており、その艦載機の錬度もかなり高い。
まだ実戦を経験していない長門からしたら、後輩とはいえなんとも付き合いにくい相手だった。
「ま~、エアカバーもない状態やったら、長門さんと陸奥さんかて、しゃあないって」
先に到着した龍驤は、指先で式神をくるくると操りながら、演習相手にフォローを入れる。
その後ろから加賀がいつもの冷徹な雰囲気を纏ってやってきた。
「連合艦隊旗艦、長門さん……お疲れ様です」
勝った相手に、敢えて連合艦隊旗艦と強調する辺り、なんとなく悪意を感じる。
「加賀も、ご苦労だった」
「いえ、私の子達の標的艦役、有難うございました」
ちょうど良い的だったと言わんばかりのその言葉に、さすがに長門も眉を一瞬寄せる。
先ほどの演習の主眼は、戦艦が航空機から如何に逃げるか、また航空機が逃げる戦艦を如何に捉えるかにあり、長門は決して標的に甘んじていたわけではなかったからだ。
「ほう……」
加賀は、元々長門を越える戦艦として起工された。
海軍の象徴となった長門以上の、最大最強の戦艦として将来を嘱望された彼女だったが。ワシントン軍縮条約により建造は中止され、廃艦が決められたのである。
結局空母として、艦種変更しての完成となったのだが。時代は空母黎明期であったため、まだその秘めた力は評価されず、戦艦と比べれば取るに足らない存在と見なされていたのだ。
そのため、戦艦として完成し、国民のアイドルとなった長門と陸奥に対して、穏やかではない感情を抱いていたのである。
さらに、日中戦争開戦後、前線に出され、数々の実戦を経験し戦果を挙げた加賀は。連合艦隊旗艦として内地でふんぞり返っている長門など恐るるに足らず、と思うようになっていた。
戦艦の時代は終わったということを、加賀はいち早く知っていたし、先ほどの演習もまさにそれを証明するものだった。
「なにか?連合艦隊旗艦さん」
特に、妹である土佐の眠るこの海であったことも、加賀をピリピリとさせる要因の一つだったのかもしれないが、さっきからの発言はいくらなんでも無礼ぎりぎりだ。
「あの程度の魚雷で、私は沈まん……」
長門の声は、いつもよりさらに低い。
「私の本気の攻撃隊が、あの程度で終わりだと思って?」
加賀も、いつになく冷たい目で、相手を睨み返した。
「ま、ま!ほんまやったら、敵航空機の相手はうちら空母の仕事やからな。制空権とるお仕事と、砲雷撃戦はまたちゃう分野や。そらしゃあないて」
不穏な空気を察した龍驤が、いち早く何とかしようとする。
「加賀さんやって、長門さんと砲撃戦しろゆわれたら、困るやろ?そういうもんや」
「鈍足な戦艦なんて、まず近づけさせません……」
それでも反論しようとする加賀を、龍驤は口を押えてでも黙らせようとした。
「はいはい、そこまでよ。今回は私達戦艦の負け。長門、負けた方はなんて約束だったかしら?」
易々と挑発に乗る、あまりにも子供な姉を見かねて、陸奥も間に入る。
「なっ……」
「うさぎ跳びで鎮守府一周プラス腕立て1000回、それまで夕食抜きじゃなかったかしら?」
長門は、ぐぬぬといった感じの困った顔になる。確かに演習前にそのような約束をしていたのだった。
「では、私達は先に帰ります」
「今日の献立は肉じゃがやからな~、ほなお先に~」
加賀と龍驤はそう言って先に帰ろうとする。
「あらあら、早く帰らないと、今日は夕食抜きかしらねぇ」
「ま、まてお前ら!」
こうして演習は無事に終わったのではあるが。しかし、長門にはやはり胸につかえていることがあった。
戦艦は、本当に空母に勝てないのではないか。ということだった。
長門は1920年に就役した。
41センチ砲を世界で初めて搭載した戦艦であり、また他の性能も高い水準で完成された、世界最強と言って良い極めて優秀な戦艦だった。
極東の小国日本が、海軍先進国であるイギリス、アメリカを越える戦艦を作ったという事実が、海外に与えた衝撃は大きかった。
それ故に、アメリカ、イギリスは日本の台頭に強い脅威を感じ、それを抑えつけなければいけないと思ったのだ。
当時、超弩級戦艦の建艦競争が激しさを増しつつあったということもあるが、長門一隻の存在が大きく働き、ワシントン海軍軍縮条約は取り決められることになる。
条約の中で戦艦の保有数は厳しく制限され、建造途中であった天城型、加賀型はともかく、まだ未完成だった陸奥さえも廃艦の危機に瀕した。
日本は、なんとか陸奥の保有を認めさせる代償に。アメリカで既に完成していた戦艦メリーランドの他に、廃艦予定だったコロラドとウェストバージニアの完成が認められ。さらにイギリスにおいては、戦艦ネルソンとロドニーの建造も認められた。
これら七隻の戦艦は全て41センチ砲を供え、その強大さからビッグセブンと呼ばれることになる。
とはいえ世界に七隻しかない最新戦艦の内の二隻を日本が、しかも世界に先駆けて建造させたという事実は、国民を沸き立たせ、長門と陸奥は大いに愛されることになる。
イギリスのフッドのように、海軍の象徴となったのだ。
それから二十年ほどが経ち、その間日本を背負い続けてきた長門と陸奥。
彼女達は大規模な近代化改修も受け、その防御力は大幅に改善し、欧州で第二次世界大戦が始まったこの時においても、一線級の性能を持つ戦艦であることを維持し続けた。
連合艦隊旗艦として、日米開戦の折にはアメリカの戦艦と対決し撃破する、そのような大きな使命を期待されていたのである。
そのために連日連夜、休みなく猛訓練が続けられていたのだった。
しかし、同時に期待され始めていたのは、加賀や赤城を始めとする空母の存在であった。
日本海軍はいち早く、空母の高い攻撃力と圧倒的機動力を見込み、精鋭の機動部隊を作り上げていた。
世界の海軍が未だに空母を過小評価していた中で、その強力さを見抜き、重要視していたのである。
そして、その見識の正しさは真珠湾攻撃であまりにも鮮やかに証明され。世界を震撼させた。
とはいえ、それでもまだ、戦艦は完全に終わった存在だとは見なされていなかった。
最大最強の戦艦大和や、長門の存在は、大いに海戦の中枢戦力となると、まだある程度は思われていたのである。
だが、その戦艦の運用も、随伴の空母や基地航空隊の援護の元、少なくとも制空権の拮抗した海域における使用が前提となっていた。
制空権の無い海域では、大和のような不沈戦艦でさえも沈むということは認識していたのである。
確かに戦艦の主砲による、圧倒的な火力投射能力は、今のところは空母のそれを上回っている。
それは長門自身も自負するところではあった。
だが、確かに鈍足の戦艦を、空母がわざわざ護衛して連れて行くのが戦術上有効なのか、そのような場面がありえるのか。
という疑問に加えて、先ほどの演習のように、戦艦と空母が対決すれば、アウトレンジから攻撃できる空母のほうが圧倒的に有利だということは明白であり。戦艦はほとんどの場面において空母には勝てないということになる。
ならば、鈍足で行軍の足枷となる戦艦などいなくとも、高速の空母だけが沢山いれば、むしろそれが最強の艦隊なのではないかと思うのだった。
加賀のふてぶてしい態度は、もっともなのかもしれない。
戦艦の時代は終わりつつあるのか。
その疑問と焦燥を、長門はわざと胸の奥にしまい込んだ。
私達戦艦は、来るべき戦争においても活躍できると、そう思い込もうとした。
実際、欧州戦線ではビスマルクの大海戦然り、戦艦は縦横無尽に活躍していたのである。そのニュースは長門の心を安らかにさせていた。
しかし、それはあくまでも、まとまった強力な空母機動部隊の存在しない欧州だけの話であった。
もちろんイギリスにも空母は複数いたが、ほとんどの場合単艦で作戦に当たり、ビスマルク追撃戦での足止めのように、求められた役目も補助的なものに過ぎなかった。
日本の南雲機動部隊のように、最大六隻もの正規空母が機動部隊を組んで大編隊を繰り出すなどという発想はほとんどなかったのだ。
そのような強力な機動部隊の存在する日本とアメリカのにらみ合う太平洋において、同じことが通用することは無かったのである。
事実、日米開戦時のパールハーバーでは、長門のライバルであったメリーランドとウェストバージニアが、動くことも出来ずに空母艦載機の餌食となったのだった。
真珠湾攻撃と、それ以降の戦闘において、空母の時代が来たことは明白となり、長門は後方に追いやられた。戦果の面においても、戦略的重要性の意味においても、加賀や他の空母に完全敗北した形となったのではあるが。
その、これからの戦争を先頭で担っていくはずだった加賀達も。開戦の半年後、ミッドウェー沖海戦において沈んでいった。
1943年6月8日 柱島泊地
ミッドウェーの敗北以降、長門は国内での待機が続く。
陸奥はトラック島に進出していたが、ソロモン諸島での戦いに一応出撃するも活躍することは無く、ガダルカナル島の撤退と共に日本に帰国していた。
長門と陸奥は再び合流し、また共に柱島に待機していた、そんな日の早朝だった。
「はぁ……はぁ……」
外はまだ暗かったが、長門はかけ布団を押しのけ、荒い息で喘いでいた。
「……また夢?」
隣で寝ていた陸奥が、その様子に気づく。
「いや……大したことは無い……」
そうは言うが、暑くなってきた季節とはいえ、長門の発汗は少し酷かった。
「あなたが大したことなくても、私は気になって眠れないわ、もう」
陸奥は不満そうに言いながら、布団から出て長門の側に寄る。
「すまん……いつもの、夢だ」
それはまさに悪夢だった。
ミッドウェー沖海戦の時、後方の本隊にいた長門は、霧に巻かれて一時行方不明となったのだ。
そして、ようやく合流したと思えば、そこで待っていたのは加賀達空母の沈没の報である。
それは長門にとって現実に起きた悪夢でしかなかった。
以後、それと同じような、霧の中をひたすら迷い歩く夢を、長門は見るようになった。
「今日は、誰が沈んだの?」
悪夢の中、霧を抜けた先で待つのは、いつも誰かの死だった。
「……お前が、沈む夢だった」
「あら、私?」
「……」
実際、陸奥だけがトラック島に出て、長門が一人日本で待っている間、いつも心配だった。
第三次ソロモン海戦で比叡や霧島が沈んだと聞いた時は、胸が張り裂けそうになったものだが。その海戦に陸奥が出るかもしれなかったと聞かされたときは、金剛には悪いが、思わず安堵したものであった。
こうして横に彼女がいても、その心配は続いた。
「大丈夫よ、私は沈まないわ」
「……それは、分かっている」
「私だってあなたの妹なのよ、耐久力には自信あるわ。……それに、もう私達の出撃もそうそうないわよ」
確かに、金剛達はともかく、戦艦が最前線に出て敵と直に戦う時代は終わった。
これ以降、大決戦があるとしても、真っ先に狙われるのは戦艦ではない。
そう分かっていても、怖いものは怖い。
今は戦争なのだ、何が起こっても不思議ではないのだ。
「そう……だな」
「大丈夫よ……いつもそばにいるわ」
陸奥がさらに近寄り、後ろから長門を抱きしめる。
それが、暖かくて、長門の不安は徐々に溶けていくようだった。
「陸奥……」
「本当に、世話の焼けるお姉ちゃんだわ……」
「すまん……」
「もう、旗艦じゃないんだから、もっと肩の力抜いてみたら?一人で背負いこんで、責任感じすぎよ」
それは、大和に旗艦を譲ってから、ずっと陸奥に言われてきていたことだった。
しかし、そればっかりはどうしようもなかった。
自分は生まれてからずっと日本海軍のトップとしてやってきたのだ。全ての艦娘を率いて、その代表として生きてきたのだ。
大和も武蔵も、確かに信頼できる艦娘だが。まだまだ経験は浅く、特にこのような戦時なのだから、旗艦としての重責を少しでも自分が和らげてやらねば、と常に思っていた。
いまさら、一艦娘として自由にやれ、と言われてもどうすればいいのか困るのだった。
「……わかってるさ」
「あなたに必要なのは、もっと他人を信じることよ」
「……やってるつもりだが」
「出来てないから、そんな夢みるの」
陸奥の吐息が、首筋に、耳たぶに当たる。
「そうか……難しいな」
「不器用なんだから……」
全くその通りだと思った。
「それも、わかってる」
「……私を信じて、もっと頼っていいのよ、姉妹なんだから」
姉妹艦というのは、半身のようなものだ。
全く同じ形、同じ性能で作るのは、いつも同時に運用するためだ。
同じスピードで、同じ目標に向かって、同じ火力で攻撃する。
兵器はその時にこそ、真に無駄のない数の力が発揮できるのだ。
「わかった……」
「ずっと、そばにいるから」
陸奥がいてくれて、本当に良かったと心から思った。
ワシントン軍縮条約で、建造途中の妹が廃艦になるかもしれないと聞いた時、一番心配したのは長門だった。
陸奥の保有が認められた時は、泣いて喜んだものである。
一方で加賀や赤城が姉妹を失ったことからも、姉妹がきちんと揃っていることが如何に有難いことか、身に染みてわかっていた。
そして、今この時も、姉妹の運命に感謝したかった。
まだ暗い窓の外を、梅雨の細かい雨が降り注いでいる、その心地よい音だけが聞こえた。
しかし、その運命に、あまりにも残酷な形で、突然裏切られることになろうとは、長門は思いもしなかった。
運命の時が、すぐそこまで迫っていたことを、知る由もなかった。
同日、日が昇った正午。
朝まで降っていた小雨は上がり、泊地には薄く霧がかかっていた。
その霧を、長門は無表情に眺めていた。
柱島周辺の海上で、長門と陸奥はすぐ近くに隣り合って停泊している。
戦時中とはいえ、ここはいつも通り何事も無く平和だった。
今日も、今までどおりに、そんなふうに過ぎていくと思われた。
昨日や一昨日みたいに、今日も明日も明後日も、次の出撃が決まるまでは、変わらない日々が続くと誰もが信じて疑わなかった。
長門が、そろそろ昼食にしようかと言おうとした、その時だった。
背後、陸奥のいる方向から、空間の裂けるようなとてつもなく強烈な爆音が長門の背中を叩いた。
瞬間、閃光と、衝撃波と、焼けるような爆風が襲う。
「……っ!!!?」
あまりに急なことに、意識がついていかなかった。
衝撃が治まり、何事かとゆっくり振り返ると、そこにあったのは夢か幻覚か、冗談だとでも思いたくなるような現実だった。
悪夢が、白昼夢となって目の前に現れたのかと思った。
「……陸奥?」
さっきまで陸奥がいた地点は、今は黒煙で包まれている。
激しく湧き上る煙の中に垣間見えるのは、オレンジ色の業火で炎上する陸奥の船体だった。
「陸奥!!!?」
長門は反射的にそれにかけより、煙と炎を掻きわけながら、海面に横たわる陸奥の体を抱きとめた。
「どうした陸奥!!何があった!!!」
艤装、三番四番砲塔辺りが爆発したのか、その衝撃で鉄の塊が炸裂し、吹き飛び、陸奥の胴体を目も当てられないほどに引き裂いていた。
お腹が裂け、赤い血がドバドバと漏れている。
「なんなんだ一体!!」
「なが……と」
陸奥が、目を開き、長門を見据える。
その開いた口から、血が零れ出した。
「陸奥……」
敵潜水艦の仕業かと思った。
この浅い内地の海域まで、敵の潜水艦が入り込んでくるなど考えにくかったが、しかしドイツのUボートは実際に泊地に停泊するイギリス戦艦を撃沈したことがあると聞いていた。
それをアメリカがやってきたとしても、不思議は無かった。
だが、そんなことはどうでもいいことだ。
「ながと……わたし……」
「喋るな……大丈夫だ!」
「わたし……もう……」
「傷は浅い!今曳航してやる、工作艦も呼べばすぐに来る、工廠も近い、お前は十分助かる」
長門はそう言いながら、泣きそうになっていた。
陸奥の傷はあまりにも深い。船体はもうすでに分裂しかかっていた。長門が手を離せばすぐにでも沈むだろう。
柱島から呉まではすぐだ。だが、そこまで行けるとも思えないほどの酷い状態だった。
仮に工廠まで辿りついて、今から修理しても、生存できる望みは無かった。
「ごめん、なさい……」
「なぜ謝る!」
「わたし……そばにいるって……ずっと……あなたの」
「ああ!これからもいてもらわないと困る!だから……!」
生きてくれ、とは言えなかった。
顔が涙で歪んでしまうのが悔しかった。
最期だけでも、陸奥に平気な顔をみせて安心させてやりたかった。
火薬と、重油と、鉄の焼ける臭いと煙に、肺がむせそうになる。
「ごめん……ながと」
「だから謝るな!!」
「生きて……」
「……?」
「ながと……あなたは……いきて」
「わかった、わかった……」
「さいご、まで……いきて」
陸奥、お前も一緒に、とは、どうしても言えなかった。
「……」
「なが……と……」
「……」
「ひかり……が……あふれ……」
陸奥の開いた目には、もはや光は届いていなかった。しかし、それでも彼女は最期になにかを感じ取っていた。
「陸奥……?陸奥!?」
その魂は、水底へと引かれるように、体ごと長門の腕をすり抜けていく。
掴み続けていることは出来なかった。
「陸奥ぅ……っ!!」
彼女の体は、そのまま沈んでいった。
それほど深くも無い、泊地の海底に。
だが、長門の手は、もう届かなかった。
「ああぁ……ぐぁ……あああああ……あぁ……ぁ……」
あまりにも唐突に。
無慈悲に、無意味に、理解できない理由で、運命に奪われていく妹の命を。
長門には、どうしようもなかった。
「あぁ……なぜ……なぜだ……」
その問いは、その後、長門が死に対峙するその直前まで、彼女を悩ませた。
なぜ陸奥が沈んだのか、それは永遠の謎となった。
そこにどんな理由があったのかはわからない。
だが一つ確かなことは、それが運命だったということだ。
「……」
長門の半身は、戦果を挙げることも無く、敵と対面することもなく、戦場ではなく自陣の内地において、無念に沈んでいった。
そこに、せめて報われるような要素は、一つも無かった。
完全な無駄死にだった。
少なくとも、この時は。
長門の精神は、この時ボロボロに擦り切れたが。それでも彼女がその弱みを周囲に見せることは出来なかった。
海軍を代表する戦艦として気丈に振る舞わなければいけなかった。
この不幸な事故もそれほど恐れることは無いと周囲を安心させ、他の艦娘への動揺を広げないことが求められた。
そして、長門はそれをやってのけた。
沈みゆく陸奥を弔った長門の側にかけ寄ったのは、近くにいた戦艦扶桑だったが。扶桑が見たのは、いつもと変わらない、きりっと引き締まった長門の顔だった。
しかし、その横顔には、壮絶な悲壮を感じざるを得なかった。
扶桑は、恐怖すらしたのであった。
読んでいただきありがとうございます
次回はマリアナ沖海戦の話になります