戦闘などに関してはいつものようにまとめた内容なので、正確さを求めたものではありません
後オリジナルキャラ設定のアメリカ潜水艦も出てきますので注意
1944年6月19日 太平洋・マリアナ諸島沖
やがて8月になると、妹の死という悲壮を背負った長門は前線に赴くこととなる。
大和や扶桑と共に、かつて陸奥が訪れたトラック泊地へと進んだ。
長門は、やりきれない思いを敵国アメリカへと向け、それを叩くことに心を集中させ、悲しみを紛らわせようとした。
アメリカと戦うという目的を持つことで、何とか精神を繋いだ。
しかし、10月のこと。
マーシャル諸島に敵の大艦隊が到来するという報告の元に、大和や武蔵、瑞鶴などと共に、こちらも大艦隊を編成し、決戦の決意で出撃したが。結局会敵することは出来なかった。
連合艦隊の大散歩と呼ばれた、不甲斐ない不発作戦である。
以降、失意の中、猛進してくる敵に押しやられた連合艦隊は、ついにフィリピン周辺の最終防衛ラインまで後退していた。
そこで最終絶対防衛ラインを守るための決戦。あ号作戦が実行されようとしていたのだ。
今度こそ、本当に、敵味方共に避けられない大決戦が待ち受けていた。
1944年6月。マリアナ諸島をめぐって行われたその死闘は、後にマリアナ沖海戦呼ばれることになる。
アメリカの大艦隊がどこに到来するのかは、にわかには分からなかった。
その緊迫した空気の中でアメリカ軍は、インドネシアのビアク島に上陸作戦を開始する。
上陸作戦を阻止するために急遽渾作戦が発動され、艦隊がビアク島に向かった。
さらに、敵の機動部隊を誘い出すために大和と武蔵までもが出撃を予定されたが、その前にアメリカの大艦隊がマリアナ諸島に向かっているということが判明した。
予想以上に速い敵のマリアナ来攻に対して、衝撃が走ったが。それでも絶対防衛線であるその島々を守るために渾作戦は中止となり、ついにあ号作戦が発動されたのである。
その年の3月に新しく就役したばかりの、最新装甲空母、大鳳が満を持しての初陣となり。彼女を旗艦として、もはやベテランとなった翔鶴、瑞鶴の三隻の大型空母が、栄光の第一航空戦隊の名を継いで出撃。
次いで飛鷹、隼鷹、龍鳳が第二航空戦隊を組み、長門はその直属の護衛となった。
さらに、その機動部隊の前衛には大和、武蔵、金剛、榛名、その他重巡部隊と。瑞鳳、千歳、千代田の第三航空戦隊を擁する強力な第二艦隊が遊弋していた。
有力な戦力をほぼ全てつぎ込んだ、まさに、決戦にふさわしい大艦隊だった。
大型空母3、改造空母6、さらにマリアナ諸島の基地航空隊も合わせた大規模な航空勢力。
これが日本の繰り出せるほぼ全力だった。
しかし、対するアメリカの空母はエセックス級空母レキシントンを始めとする正規空母7、軽空母8であり、日本を大きく上回る機動部隊だった。
名前を連ねる正規空母の中には、旗艦のレキシントンを始め、ホーネット、ヨークタウン、ワスプ、エンタープライズなど、緒戦からの馴染みの名前がいくつもある。
しかし、エンタープライズ以外は1942年の激戦で全て日本軍に撃沈されていたはずだ。
これらは名前を受け継いだだけの別の艦娘、エセックス級新型空母だった。
とてつもない犠牲、労力を尽くして、なんとか沈めてきた敵空母だったが。アメリカはそれを上回る戦力をあっという間に補充してきたのである。
エンタープライズ以外の正規空母6隻は全てミッドウェー沖海戦以降に生まれた新型であり、後方にはそれ以外にも多数の新型空母が控えていた。
対して、これまでの戦いで日本が補充出来た大型空母は大鳳だけだった。
なんとも絶望的な国力差である。
この戦い、日本が500機に満たないほどの航空機を揃えていたのに対して、アメリカは900機前後の航空機を差し向けている。
いかに、日本の全力の反撃とはいえ、希望は薄い。
それに対するため、日本の艦載機の航続距離の長さに目をつけた、アウトレンジ戦法が考案される。
敵の艦載機の届かない距離から、一方的に敵空母を叩こうという戦術である。
そのために、ミッドウェーでの戦訓でもある、索敵によっていち早く敵を発見する必要性が叫ばれ。三段索敵が実施されることになり、索敵がより徹底されることになった。
敵より先に敵空母を発見し、届かないところから一方的に攻撃する。
これにより、劣勢を覆そうとしたのである。
成功さえすれば、それなりの善戦が期待できるはずだったが、その日本の認識はあまりにも浅はか過ぎた。
まず、日本の航空機とパイロットは、そのほとんどがこれまでの空戦で消耗し続けており、開戦当時のベテランパイロットはおろか、途中から投入されたパイロットすら早々に撃墜されていくという始末であった。
本作戦に参加するパイロットもほとんどが、ろくに訓練も済んでいない錬度の低い搭乗員であり、それにアウトレンジ戦法という高度な戦い方を要求するのはあまりにも酷だった。
実際、発着艦すら出来ずに、なんの戦闘も無く、無為に落伍していく艦載機があまりにも多かったのもこの海戦の失敗点であり。また、無事敵艦隊上空に到達した攻撃隊も、敵の直掩戦闘機や対空砲火の前に次々と撃墜されていった。
出撃するたびに、ほとんど戦果も上げずに、大部分が脱落していく一方だったのである。
さらに悪いことに、アメリカの防空戦闘技術は、ミッドウェー沖海戦以前よりも格段に向上していたのであった。
高性能レーダーと無線を供えた艦艇や索敵機が周辺海域に散開し、それと連携することで空母の戦闘指揮所、CICには様々な敵味方の位置情報が集まるようになっていた。
その位置情報を元に航空管制が行われ、空母から発艦した各戦闘機は、送られてくる正確な情報を元に日本軍機を先回りし、最も攻撃しやすい位置から襲撃をかけることが出来た。
敵艦隊の大まかな位置程度の、乏しい情報しかない日本軍機からすれば、周辺空域をほとんど把握しているアメリカ軍機の迎撃の前にはどうすることも出来なかった。
こちらの攻撃は全て敵の待ち受けるところであり、相手の攻撃は全て奇襲だったからだ。
もうひとつ悪いことに、アメリカは対空射撃に使用する砲弾にも、VT信管という最新兵器が投入されていた。
これは、打ち上げられた砲弾が、敵機の近くを通過しただけで内臓の簡易レーダーにより爆発を起こし、その炸裂した衝撃で撃墜率を上げるというものである。
実際のところは生産が間に合わず、この海戦においても一部で使われたのみだったが。レーダーの効果的な活用など、防空システムの面でのそういった日米の技術の圧倒的な格差は、日本軍機の大敗北を招いた。
あまりにも易々と撃墜されていく敵機を見て。アメリカはこれをマリアナの七面鳥射ちと呼んだのである。
日本が、ミッドウェーの敵討ちだと言いながら、旧態依然とした空母戦を予想していたところを。アメリカはその遥か上の次元での戦闘を始めていたのだった。
勝てるわけが無かった。
そして、とどめとなったのは、潜水艦だった。
タウイタウイ泊地を出撃した艦隊は、周囲に潜んでいたアメリカ潜水艦に発見されており。その報を受けて、マリアナ諸島周辺にいた米潜水艦は、やってくる日本の艦隊の哨戒を始めたのだった。
ガトー級潜水艦カヴァラは、搭載したレーダーを使い、日本の第一機動艦隊へと補給を行う油槽船などの船団を発見すると、背後を静かに追尾し、その先についに主力艦隊を発見したのだった。
大和、武蔵の第二艦隊を発見したカヴァラは、襲い掛かる日本の駆逐艦から逃げることに成功すると、ただちに艦隊の位置情報を周囲の他の潜水艦に知らせた。
その時、大鳳を旗艦とした第一機動艦隊に一番近かったのは、ガトー級潜水艦アルバコアだった。
これまでに、天龍、漣、大潮を屠ってきていたアルバコアは、ついにその最大の獲物に遭遇することになる。
「キャハハ!よりどりみどりだぜ!……こりゃ、どこに撃ってもストライクだなぁ」
しろい髪、白い肌に、真っ赤な瞳をして、口には八重歯が覗いている。
黒に赤いラインの入ったウェットスーツを着込み、足ひれをばたつかせ、魚雷を抱え込む。まだ幼い容姿だというのに、野生の狼のように、いかにも凶悪な顔をした潜水艦アルバコアは、さも嬉しそうにきゃっきゃと笑っていた。
「ジャップの大型空母はみんな鳥の名前だって聞いたなぁ。だっせぇネーミングセンスだが、とんだターキーシュートのチャンスだ!」
潜望鏡から海上を見ると、二隻の巨大な空母が目に入る。
翔鶴と、大鳳だった。
そのような距離まで、彼女は接近していたのである。
「ターキーかぁ、涎が出るぜぇ……まったくよぉ、クリスマスはまだ早いのによぉ」
空母にさらに接近すると、アルバコアはついに魚雷を放った。
6本の魚雷が、まっすぐ前方の空母に向かう。
「何!?魚雷!!」
魚雷の向かった先は、大鳳だった。
初陣の新鋭空母は、あまりの咄嗟の事態に、回避しようとするもそれが遅れる。
「くっ!」
白い気泡の線は、冷酷にも粛々と迫りつつあった。
その6本の射線に向かって、突然上空から隼のように飛来する緑色の影。
「彗星……!!?」
それは、まるで夜空に閃光を発する彗星のごとく。
ちょうど大鳳を発艦した彗星艦爆が、魚雷の到来を知り、身をもって雷撃から母艦を守ろうとしたのだった。
持前の急降下によって海面に自らを叩きつけ、それによって魚雷を爆破しようとしたが、それはならなかった。
機体は衝撃にバラバラになったが、無情にもその下を魚雷は何食わぬ顔で直進してくる。
回避運動は、一杯だった。
そして、そのうちの一本が、大鳳を直撃する。
「あぁっ!!」
大鳳の随伴護衛役であった磯風は、その事態を見て一瞬鬼のような形相になり、魚雷の発射源にすぐさまアルバコアの存在を察知し、爆雷を投下したが、敵はあっという間に逃げ去って行った。
「くそっ!!くそっ!!舐めるな!!」
磯風は魚雷を投下し続けるが、手ごたえは無かった。
やがて冷静になり、後ろを振り向く。
大鳳は多少浸水し、エレベーターが故障したようだったが、まだ元気な様子だった。
「大鳳、大丈夫か!?」
磯風は、心底面目ないといった顔で護衛対象を仰ぐが。相手はなんてことは無いといったように微笑んでいる。
「この程度、びくともしないわ」
さすが装甲空母といったところか。まあ、魚雷一発なら、これくらいの大型艦なら大したダメージにはならないようだった。
「そうか……すまない、潜水艦の接近を見逃した私のミスだ」
「いえ、いいのよ」
大鳳は、磯風の後方の海面を眺める、そこには粉々になった彗星の欠片が、まだ少し浮いていた。
上空を見上げると、その散って行った彗星が加わるはずだった編隊が、ぐるぐると旋回し、やがて敵に向かって飛んでいく。
どこまでも、遠くに。
敵の待ち受ける、地獄の空へと。
その方向から、やさしい海風が吹いて来た。
「いい風……」
大事は無いように思われた大鳳も、実は雷撃の衝撃によりガソリンが漏れ、気化したガスが発生していた。
彼女のハリケーン・バウは、波風を格納庫に通さないという利点があったが、それ故にガスは艦内に溜まり続けた。
必死の換気が行われたが間に合わず、ガスが引火して大爆発を起こし、船体は燃え上り、魚雷の直撃から6時間以上もたってからようやく彼女は沈没した。
活躍を期待された、最新の空母は。初陣において、あまりにもあっけなく沈んだのである。
彼女の特徴の一つであり、画期的とされた密閉型格納庫は、まさにそれが逆に仇となり、爆沈の大きな原因となった。
その生涯は、不運としか言いようが無かった。
しかも大鳳が沈む直前には、翔鶴がカヴァラの雷撃を受け、沈没していたのである。
空母同士の激戦になると予想されたマリアナ沖海戦は、まさかの潜水艦が二隻の空母を撃沈するという形で、決着を着けたのだった。
主力空母を二隻失い、航空機の戦いにおいても甚だしい敗北を喫した日本艦隊に、ついにアメリカの空母機動部隊の艦載機が襲い掛かる。
6月20日午後5時。
日は傾きかけ、今日も敵の攻撃隊はやってこないと思われ始めていたその時。200機以上の大編隊が第一機動艦隊上空に来襲した。
日本があれだけの犠牲を出し、やっと数十機が敵空母上空まで到達出来ただけだったのに対し。アメリカは易々と大編隊を送り込んできたのである。
迎撃に出た零戦も、あっさりと返り討ちにあい、瑞鶴達残された空母は、攻撃隊の絶好の的となった。
随伴の駆逐艦や巡洋艦は沢山いた。
だが、その中で護衛の戦艦は、長門一隻のみ。
かつて、いや、今でも海軍の象徴であり続ける戦艦長門は、ついに敵に対して砲火を放つ時が来ていた。
脳裏に浮かぶのは、やはりミッドウェーの悪夢だった。
赤城、加賀、飛龍、蒼龍の惨劇は、昨日の大鳳、翔鶴の沈没と大いに重なった。
悪夢は再び再現され、現実となっていたのだ。
長門の胸は締め付けられるように苦しかったが、それでもまだ絶望はしていなかった。
これ以上の犠牲は許さない。
今、空母を護衛出来る唯一の戦艦として、今度こそ自分は彼女たちを守って見せると、そう強く念じた。
隼鷹、飛鷹、瑞鶴、龍鳳を、なんとしてでも守り切る。
これ以上、なにも出来ずに立ちつくしているのは、屈辱以外の何物でもなかった。
敵の急降下爆撃機が、身の毛もよだつような地獄の咆哮を発っして次々と艦隊に襲い掛かる。
上空は、もはやアメリカ軍機で覆われていた。
その中に対空砲火の黒い爆炎が漂い、僅かな零戦が圧倒的劣勢の中、死力を尽くして戦っているが、それも徐々に敵のF6Fヘルキャット戦闘機の餌食となる。
アメリカを恐怖に陥れた、あの零戦の雄姿も、もう過去のものとなっていた。
長門は、これがまともな最初の戦闘だった。
駆逐艦のほうが自分よりもずっと実戦を経験しているという事実が恥ずかしいほどであり、皮肉に思ったが、敵の空襲が始まるとそんなことは言っていられなかった。
高角砲や機銃で応戦するが、忌々しいことに当たる気配は無い。
「くそ……ん?隼鷹!!」
長門が眺める先で、隼鷹が、空母としては心もとない低速で必死に逃げようと頑張っている。
彼女は戦時には空母となることをある程度見越して作られてはいたが、それでも本来は戦いとは無縁な客船として設計されていた。
船体は大きく、正規空母並みの搭載数を誇ってはいたが、足は25ノット程度しか出ず、装甲も薄かった。
そんな隼鷹が、ヘルダイバーの編隊に襲われ、次々と急降下爆撃を受けている。
「うひゃぁ!やっべぇ!!」
名前とは裏腹に、隼や鷹に狙われる小動物のように、彼女は逃げ惑うしか出来なかった。
「隼鷹!!今行く!!持ちこたえろ!!!」
長門は転舵してその元に救援に向かおうとする。
しかし、隼鷹の周囲には爆撃により猛烈な水柱がいくつも立ち上った。
直撃弾と、複数の至近弾により、中破する。
艦橋付近の煙突は爆破され吹き飛び、煙を吹いている。飛行甲板もボロボロになっていた。
「うわ~、こんな恰好……くっそぉ~」
損傷は大きい、発着艦ももはや難しそうだったが、それでも致命傷ではないようだった。
「隼鷹、大丈夫か!自力で動けるか?」
「ぜんっぜん、いけるいける!むしろ帰ってからの酒が美味くなるってもんよ」
強がりなのは分かるが、本当に大丈夫なようだ。
長門は一応安堵するが、被弾を許したことを悔しく思う。
だが、敵の攻撃はまだまだ終わっていなかった。
「……なに?まだ来るか」
「うわ~、まじでヤバいかもな~」
今度はアヴェンジャー雷撃機が、低空に進入しつつ、突撃を開始してきていた。
魚雷を投下されれば、手負いの隼鷹は回避しきれないだろう。
「やらせるか……!!」
長門は迎撃態勢をとる、主砲を、敵編隊に照準した。
チャンスは一回だけだ、これを外せば魚雷は投下され、隼鷹は沈む。
光学照準で見据えた敵機は、低空をひた走っていた。
「加賀の艦攻の雷撃は、こんなに生易しくなかったぞ……」
いつかの演習で見た、あの加賀の九七艦攻の低空飛行は、照準不可能なほどの海面スレスレを突き進んでいた。
それに比べたら、こんなもの。
「てぇーーーーーーーっ!!!」
ほぼ水平状態で三式弾が発射され、アヴェンジャーの進路上で炸裂し水柱を上げながら大爆発を起こす。
その衝撃により先頭の敵機は海に墜落、プロペラと翼を捥がれ、機体は一瞬海面を跳ねたが、やがてそのまま海中に沈んでいった。
続く1機も同様に被弾して煙を上げて堕ちていき、他の後続は堪らないといった感じで再上昇をかけ、逃げていく。
「……やったか」
魚雷の投下は無し。何とかなったようだ。
正直自信は無かったが、自分の対空射撃で味方を守れたということは、嬉しかった。
自分の存在は無駄ではなかった、そう思えた。
時代遅れの戦艦でも、空母を守れたのだ。
「長門~~~!!」
隼鷹が、擦れた声で叫んでいる。礼を言おうとしているのだろう。
「ふん、礼なら後で……」
だが違った、現実は、もっと厳しいものだった。
「長門~!飛鷹がっ!!」
「なに?」
長門は後ろを振り返り、飛鷹のほうを向く。
逃げ惑う飛鷹に、先ほどとは別の雷撃隊が襲い掛かっていた。
しまった、としか言いようがなかった。
長門は急いで主砲を旋回させ、迎撃の砲火を放つ。
「させるか!堕ちろっ!!!」
が、しかし遅かった。
三式弾の爆発は敵機には届かず、低空、至近から投下された魚雷は、まっすぐ飛鷹に向かい。
「飛鷹~~~~!!!」
隼鷹の泣き叫ぶ声もむなしく、直撃した。
高く空に上がった硝煙交じりの灰色の海水が、甲板を叩きつけ、びしゃびしゃに濡らす。
薄い装甲のおかげで、艦内では機関が深刻なダメージを受け、航行不能となった。
一発の魚雷だったが、それが彼女の致命打になった。
日はほとんど沈み、激しい空襲は終わりを告げた。
夕日を背にして敵機はしぶしぶ引き上げていく。
日本の空母は、多数被弾していたものの、いずれもまだ浮いていた。
しかし、その中で飛鷹だけが、自力航行できないという深刻なダメージを受けていた。
「大丈夫だぞ、私が引っ張ってやる」
「長門……」
長門はワイヤーを飛鷹に巻き付け、それを引っ張って曳航しようとした。
対する飛鷹は傷が苦しいようで、憔悴して虚ろな目をしている。
ガソリンが引火したのか、艦内には火災が起こり、先ほどは大爆発によりエレベーターが吹き飛んだ。
「よし、力仕事なら任せておけ」
長門の顔も、焦燥を隠せなかった。
「長門……わたし……死ぬのかな……」
「何言ってる、私に任せれば大丈夫だ。一緒に日本に帰ろう、な?」
「日本……かぁ……」
飛鷹の声は、懐かしそうではあったが弱々しかった。
「お前は、前にも魚雷を受けて生き残ったんだろ?なら今度も大丈夫だ」
ワイヤーを括りながら、長門は励まし続ける。
飛鷹はちょうど一年前の6月10日にも、伊豆諸島沖を航行中に敵潜水艦の魚雷を受け、同じように航行不能になっていた。
その時は横須賀に近かったということもあり、救援に駆け付けた五十鈴により曳航され、横須賀に帰れたのである。
「そう、ね……」
「ああ、じゃあ、引っ張るぞ!」
準備が完了し、長門が微速前進してワイヤーを引っ張る。
いけるかと思ったが、ワイヤーはピンと張り、そして急にちぎれて切断された。
「うっ……」
「飛鷹!!」
反動で飛鷹は海面に倒れる。長門は慌てて駆け寄り、腕を掴んだ。
冷たい腕だった。
「ああ……やっぱり駄目みたいね……」
「諦めるな!まだ……」
彼女は、傾斜し沈みつつあった。
「隼鷹……は……?」
「あいつは元気だ!だからお前も!一緒に日本に帰ろう、そしてまた酒を飲もう!」
「ああ……それはいいわねぇ……」
長門の脳裏に浮かぶのは、やはり陸奥の最期だった。
そして、加賀や赤城の顔がそれと重なる。
さらに、翔鶴や大鳳のことを思った。
自分達は、ミッドウェーの仇を討つのではなかったのか。今度こそ守り切るのではなかったのか。
最後にせめて飛鷹だけは助けたいと思った。
なのに……。
「飛鷹!!頑張れ!」
掴んだ腕は、ずるずると滑り落ちていく。
深海から、なにか引き込む力があるかのように。
無慈悲な引力は、飛鷹の生命を吸っていった。
「でも……もう……疲れた……わ……」
「駄目だ!!沈むな!!飛鷹!!!」
また沈んでいくのか、目の前で。
「なが、と……あなたは……いきて……」
「……」
「さい……ごに……」
「飛鷹……」
長門は、また涙を堪えられなかった。
「また……あのソラニ……アア……」
彼女の体は、もうほとんど海中に沈みつつあった。
掴んだその手を、そっと離す。
「オオ、キナ……ツバ……サ」
大空を飛翔する、勇壮なる鷹を幻視しているのか。
空を見上げたまま、飛鷹は海面下に没する。
日本から遥かに離れた、この太平洋で。
空母機動部隊の完全敗北を受けて。前衛の大和、武蔵の艦隊は、最後の反撃として夜戦を仕掛けるために敵本隊を目指して前進した。
しかし、燃料不足と敵の位置の判然としないことから、反撃は中止となり、全艦隊の撤退が決定される。
あ号作戦は、完全敗北で終わったのだった。
絶対防衛線であるマリアナ諸島を落とされるということは、極めて重大な過失だった。
これにより、マリアナ諸島の飛行場から発進した長距離爆撃機は、日本本土をその射程圏内に入れることとなったからだ。
ついに本土空襲が始まるということだった。
そして、大鳳と翔鶴、さらに空母航空隊の大半の機体とパイロットを失ったことは、もはや修復不能な穴を日本に穿っていた。
日本海軍の敗北は、この戦いによってようやくほぼ明確なものとなったのである。
それでも戦争は終わることは無く、やがて次の決戦が発動されるが、その大海戦においても日本は勝利することは出来なかった。
1944年10月29日 ブルネイ泊地
「答えろ大和!!」
泊地の陸上施設、その会議室の机を、長門は力強く殴る。
先輩戦艦のいつにない剣幕に対して、大和は何もない壁を見据えたまま、小さく呟いた。
「私は、あの時点で知り得ていた情報を元に、自分が最良と思う判断を下したまでです」
しかし、長門は全くもって納得しない。
「最良とはなんだ!!おめおめと逃げ延びることか!!」
「あの時点での敵味方艦隊の状況を吟味したうえでの戦術的判断。そして、今後の大勢を考慮し、温存すべき戦力を残さなければいけない、という意味での戦略的判断。この二つを元に、あの決断をした、と言っています」
大和の言葉はどこまでも淡々としたものであり。長門の激昂は、感情に溢れていた。
「戦略的?……温存?……」
「……」
椅子に座り、腕を組んだまま黙然としている大和対し、長門はもう一度大きく机をぶん殴った。
ガタンという嫌な音が、狭い会議室に響く。
「私達戦艦が、温存する価値のある戦力なものか!!」
マリアナ沖海戦の大敗北後、アメリカはマリアナ諸島を占領し、日本本土への空襲態勢と、次の侵攻作戦への地歩を固めた。
そして、ついにアメリカはフィリピンへと進攻の手を伸ばす。
敵のフィリピン上陸作戦を黙って見ているわけにはいかない日本は、残されたほとんど全ての艦隊を出撃させる。
最後の反攻作戦、最後の決戦。
レイテ沖海戦の始まりだった。
レイテ湾に集結した輸送船団を撃滅し、レイテ島上陸を阻止するのがこの作戦の趣旨であった。
だが、多数の空母に守られたレイテ周辺海域を攻撃するのは至難の技だった。
ならば、囮によって敵空母を他の場所におびき出せばいい、ということになったのだ。
空母はあるが、艦載機の乏しい日本は、ついに虎の子の空母を囮にするというとんでもない戦術を実行に移す。
破れかぶれであり、問題のあまりにも多い作戦ではあったが、最後の悪あがきは一応相手の意表を突くことには成功した。
瑞鶴を始めとする囮機動部隊の奮戦で、アメリカの機動部隊は実際にまんまとそれにのせられ、レイテ島周辺を離れ北上していったのである。
さらに扶桑、山城の命を賭した突撃により、レイテ島上陸部隊の輸送船団の護衛を任されていた戦艦部隊は、南におびき寄せられることになる。
ガラ空きとなったレイテ湾と、そこに浮かぶ輸送船団に向かっていたのは、大和、長門、金剛、榛名、と重巡、水雷戦隊で構成される水上打撃部隊だった。
何隻もの艦娘が沈んでいき、多くの犠牲の元、ついにレイテ湾の手前にまで来たのは、大和を旗艦とする栗田艦隊。
しかし、大和の判断により。艦隊は突然そこで反転し、作戦を中止し、撤退を始めたのだった。
後に謎の反転と言われた行動だったが、それでも大和には反転しなければいけない幾つかの理由があった。
それまでの戦闘で、艦隊は落伍が多数出るほどに極度の疲労状態にあったこと。
囮が機能していたことを把握できず。敵空母機動部隊が周辺海域に存在すると誤認していたこと。
山城達西村艦隊は全滅しており、計画通りの挟撃は不可能だということ。
それでもレイテ湾突入は可能かもしれないが、そこで戦闘を行った場合、燃料の欠乏と、敵の包囲によって全滅に近い損害を受けかねないということ。
以上のことから、大和は撤退を決断したのだった。
撤退を前に、長門は涙を流さんばかりに大和に懇願したのである。
どうか突入を命令してくれと。
それが駄目なら、せめて自分一人でも、特攻させてくれと。
武蔵、山城、扶桑という戦艦がそれまでの戦闘で沈んでおり、その他にも数えきれないほどの艦娘が犠牲となっていたのだ。
それを全部無駄にすることは、長門には出来なかった。
たとえ全滅しても、敵に最後の一撃を食らわせたいと思った。
しかし、長門の願いは許されなかった。
旗艦である大和の命令の前には、逆らえなかった。
多くの艦娘が散って行った作戦は、最後の最後で全てが無駄になったのである。
最後の反撃、レイテ沖海戦は、またしても日本の大敗北で終わった。
大和達はその後も無情な犠牲を出しながら、撤退し続け、ようやくこのブルネイ泊地に戻ってきたのだった。
そして、作戦失敗の反省会議のようなものが行われることになったのである。
参加するのは大和、長門、金剛、榛名の戦艦だけだった。他の主力艦は、沈むか落伍して退避しており残っていなかった。
誰もが乗り気ではなかったが、それでもやらねばならないことだった。
負けた原因など明白だし、それを今更反省したところで、今後の戦局になんらかの影響を出せるのかは疑問だった。
この戦いで日本海軍はほぼ壊滅状態になり、敗北は決定したも同然だった。
神風でも吹かない限り、奇跡のような勝利はないだろうが。その神風は特攻隊としてすでに吹いていたのである。
誰もが苦い顔をして会議室に集まったが、長門だけは大和に物申したいことがあった。
レイテ湾直前での撤退命令のことである。
作戦が終わった後になって、大和達はレイテ沖海戦のある程度正確な戦闘の推移情報を得ていた。
そこで、一番ネックとなったのは、あの時大和達の周囲に敵機動部隊の本隊はいなかったということである。
護衛空母などからの空襲は確かにあったが、一番恐ろしい正規空母部隊は、瑞鶴達囮機動部隊のおかげであの場所から遠く離れて進撃していたのである。
それは、知らなかったからで済まされる問題ではなかった。
長門は、あの決断が正しかったか、誤りだったか、どうしても聞かなければいけなかった。
「私達は、全員あのレイテ湾で討ち死にするべきだった、そうじゃないのか!!」
長門は叫ぶ。
「……」
大和は、長門の目を見ないで黙っていた。
「答えろ大和!」
どなる長門に、しぶしぶといった形で、またしても呟く。
「これから起こるのは、本土決戦です。そのためには私達戦艦が日本を守らなければいけません」
「本土決戦に戦艦が何の役に立つ!!浮砲台か?ばかばかしい!私達が本土にいたって空襲にやられるだけだ!!!」
「……」
大和はなにか反論しようとして、止めた。
向かいの席の金剛と榛名は、いつもの元気も無く、うつむき気味でおとなしく二人の言い争いを聞いている。
長門だけが、大声をあげていた。
「扶桑、山城は血路を開けようとして、必死に突撃し、見事敵戦艦を引き付けた。瑞鶴達空母は囮としての仕事を果たしきってくれた。その他にも多くの艦艇がこの作戦の為に奮戦し、死んでいった」
「……」
「お前の妹、武蔵も、私達を前進させるために死んでいったのではないのか!!」
「……」
「あいつらは、一体なんのために沈んだんだ……みんな無駄死にだったのか……」
「……」
「答えろ、教えてくれ……大和……」
机に上に、その首を垂れる長門。
大和の顔は、蒼白だった。
長門が今言ったことは、大和も十分わかっていることだった。あの決断を一番悔んでいるのは、大和自身だった。
戦艦が、敵を叩くことが出来る機会は、おそらくレイテ湾でのあれが最後だったのだろう。
もう、あれほどのチャンスは二度とやってこない。
「……彼女達は作戦の為に戦い、死にました。しかしそれでも真の勝利には遠く届かなかったということです」
この作戦には、最初から勝利の希望などなかった。
あの時に輸送船団を攻撃し、レイテ島上陸を阻止できたとしてもそれは一時的なことであり。すぐに次の上陸部隊がやってくるだけだろう。
その時、次の上陸を阻止する艦艇は、日本にはもう無いのだ。
相手の進攻を少しでも遅らせるだけの話である。
レイテでの勝利により、停戦交渉を少しでも有利にしようなどと言う希望は、あまりにも浅はかで現実味のないことだった。
アメリカ、連合国は、もはや無条件降伏以外は認めないだろう。
しかし、日本にはまだ戦力がある。大和や武蔵、長門、瑞鶴などの強力な艦娘がいる。
なら、まだ降伏は出来ない。
残った艦娘が、最後に活躍できる反攻作戦を行わなければいけない。
勝利の希望は無くても、戦う意志と兵器が残っている以上、戦争は終わらない。
だから、この作戦は実行されたのだ。
最後の場面で大和は生きたいと思い。
長門は死にたいと思った。
しかし、どちらを選んでも、最終的に行きつくところは変わらないのである。
「勝利に届かないだと……?私達が死ねば、作戦目標には届いていた!」
長門と大和の、その根本的な考えの相違が、このような埋めがたい溝を生んでいた。
「あの作戦は、死ぬための作戦ではありません!」
顔は相変わらず白く、唇も血の気が無く微かに震えていたが、それでも大和は決然と言い放った。
それに、長門もついに完全に失望する。
これ以上の話し合いなど、無意味だと悟ったのだ。
長門はまるで怒りを失くしたように無表情になると、そのまま黙って会議室を出ていった。
座ったままの大和の目には、うっすらと涙が溜まり。
金剛と榛名は、どうしたものかとお互いに目を合わせるだけだった。
読んでいただきありがとうございます
レイテ沖海戦については他の章で散々やっていますので大幅カットしています
ただ後半のレイテ沖海戦の反省会については、あくまでも長門達の主観と言いますか、希望的観測な話として書いています
レイテ湾突入に関してはまた別の観点からも後述します
次回は日本降伏前後の話の予定です