金剛の緒戦の相手はアメリカではなく、なんと皮肉なことにイギリス東洋艦隊だった
(3)金剛対英国王子
1941年 12月9日 マレー半島沖
真珠湾攻撃の劇的な米英との開戦。中央太平洋での衝撃とほぼ同時に南方、東南アジア諸国への日本の進撃が始まっていた。
ハワイ攻撃はあくまで敵の太平洋艦隊を叩き、アメリカを抑え、精神的衝撃を与えるための作戦であり。日本にとってより実質的に重要なのは資源の獲得、つまり欧米列強に支配されていた東南アジア諸国を攻略しそこに眠る資源を確保することにあった。
中国に侵略戦争を仕掛け、国際連盟から脱退しドイツなどの枢軸国と手を組んだ日本は、アメリカと対立を激しくしていき、そしてついに経済制裁として一切の石油の輸入を止められる。
これにより日本にはもはや2,3年の石油備蓄しかないという深刻な事態に陥ってしまうのだった。
その兵糧攻めを何とかするには、アメリカに屈し、中国から手を引き、いくつかの領土を返還するという屈辱的な選択か。
もしくはアメリカと戦争をしてでも東南アジアに進出し、そこの石油資源を奪うかの二つしかなかった。
当時のアメリカの世論は欧州への介入は反対、中立を貫け、というものであった。
しかし、ドイツの勝利によりアメリカが孤立することを恐れたルーズヴェルト大統領は、なんとしてもイギリスやフランスを助けたかったのである。
その打開策として、ドイツの同盟国日本と戦争状態になることで第二次世界大戦に本格介入する正当な理由を獲得することを目論んだのだ。
それゆえの開戦を迫るような強気の外交であった。
圧力を受けた日本も開戦やむなしという機運が強まる。
そしてドイツの快進撃の波に乗り、枢軸国の一翼として世界大戦に参加し、アジアを支配する欧米列強を打倒しようという主戦派が勢いを増した。
日本も自ら戦争の道を選んだのである。
フィリピンからマレーシア、インドネシア、オーストラリアへと繋がる島々を支配していたのはイギリス、アメリカ、オランダ、オーストラリアの連合国諸国。それらの国の守備隊との激突は回避不可能だった。
中でも日本海軍の艦隊にとって最も脅威だったのは、アメリカと並び立つ世界最高の海軍力を誇るイギリス海軍の東洋艦隊。
開戦前、アメリカとは微妙に思惑を異にするイギリスは、イギリス領マレーシア、その一大拠点であるシンガポールにイギリスの最新鋭戦艦、キングジョージ5世級二番艦「プリンスオブウェールズ」を差し向けていた。
戦略兵器としての戦艦の存在により、日本を牽制したのである。
今日の核兵器のように、戦艦が戦争抑止力になるとイギリスは信じていた。
ドイツとの戦争で一杯一杯だったイギリスは、日本との開戦には複雑な思いを抱いていた。
アメリカの本格介入は喉から手が出るほど得たいが、今日本と戦争をすればアジアの領土は根こそぎ奪われるだろうと危惧したのである。
そのための保険が戦艦の派遣だった。
プリンスオブウェールズの存在によって日本が怯み、南方進出を諦めればそれでよし。開戦に至ったとしても最新鋭戦艦によって撃退できると考えたのだ。
その考えは日本の宣戦布告とその後の戦闘によって、脆くも幻想に終わるのではあるが。
日本としても最新鋭のイギリス戦艦とはいえ、開戦の出鼻を挫かれるわけにはいかない。
それを迎え撃つために日本海軍も艦隊を出撃させていた。
真珠湾攻撃に戦力をとられ、充実した艦隊とは到底言えなかったが、今マレーシア沖を航行する二隻の日本戦艦は「金剛」と「榛名」。
その二隻がプリンスオブウェールズと対峙しようとしていた。
赤道付近、南国の美しい青色の海に白波を立て、悠々と先頭を行く金剛、そしてその背後を追いかける榛名。
日本海軍の艦艇の中でも最古参の二人ではあったが、敵の艦艇を相手にする実戦での出撃はこれが初めてだった。初陣と言ってもいいだろう。
敵のキングジョージ5世級は最新鋭の戦艦であり、随伴する巡洋戦艦レパルスも含めて、もはや老朽艦の金剛型では到底太刀打ちできる相手ではない。幸い積極的な戦闘は避けるよう命令されていたが初陣にしていきなりの強敵である。
しかし金剛型の三女にあたる榛名には別の不安があった。
「お姉さま、あの……出撃前には聞けなかったのですが」
榛名の緊張しながらも搾り出した問いかけに、金剛はなにげなく振り返る。
「ワッツ?なんですか?」
そのいつものかわらない雰囲気こそが、榛名の不安の種だった。
「あの、その……いいんですか、本当に」
「なんのことデース?」
「それは……その……」
正直なところこんなときに聞くべきことではないし、金剛の答えを聞くのも怖かった。
「なんなんデース?言ってくれないとわかりませんヨ」
金剛は腰に手を当て、ぷんぷんというジェスチャーをしている。
「……お姉さまは、今回の作戦、大丈夫なのですか?」
榛名がもじもじとしながら聞くと。姉は少し微笑みながらため息をつき、優しい声でこう答えた。
「榛名はやさしい子デス、私の自慢のリトルシスターズの中でも一番やさしい子デス」
そして、続ける。
「でも、今のそのやさしさは、誰も救いません」
「あ……それは……」
「日本に来たあの日から、いつかこんな日がくるかもしれないという覚悟はしていましたヨ」
金剛はそう言ったが、それは嘘だった。
「確かに私はイギリスで生まれました、そして今回のエネミーはそのイギリスデス」
「おねえ……さま」
「バット、そのことと、私が日本帝国海軍の戦艦であることとはなにも関係ナッシングデス」
その、揺るがない口調に、申し訳なさからか榛名はしゅんと押し黙ってしまった。
金剛はそれを見て、また微笑を戻して言った。
「それになにより、私は、あなたたち三人の姉の金剛です」
その発音が、いつもの調子と違い、日本語的な流暢さを帯びていたことに榛名は少し驚いた。
「……お姉さま、お姉さまのご覚悟、榛名侮っておりました」
「なーにかしこまってるデース!」
頭を下げた榛名の背中を、いつもの調子に戻った金剛はバシバシと叩く。
「榛名のやさしさ、私は嬉しいデス」
金剛はさっきとは違う、矛盾したことを言う。
「いえ、そんな」
「さっきはあんなこと言いましたが、そのやさしさは、多分榛名を救いマス」
私は嘘つきデス。金剛はそう思う。
日本に来た当初はそんな覚悟微塵もなかった、イギリスに帰りたい、毎日そんな気持ちしかなかった。
でも、マスター三笠にいろいろなことを教わり、比叡、榛名、霧島が生まれるたびに、少しずつ、その覚悟を強くしていったのだ。そしてその可能性は、日英同盟が破棄されたときに現実となって目の前に立ちはだかった。本気の覚悟を決めざるを得なかった。
それでも完璧な覚悟が出来ているとは言えなかった。正直なところ産まれ故郷のことを忘れることは出来ない。今でも心の中では葛藤がある。比叡や霧島のように真珠湾へ行き、アメリカ相手なら分かる、なのになぜよりにもよって私の緒戦の相手がイギリスなのか。
しかしそれはナンセンスな問題だ。
私は戦艦なのだ。
兵器に個人的な感情などない。
もしそれが認められたとしても、私情が戦場に入り込む余地などもともと無い。
そして、それが戦争なのだ。
だからこそ、榛名には今のままでいて欲しかった。
あの子には、この戦争を生き抜いて欲しかった。
彼女に、こんな海は似合わない。
同日 シンガポール
「レパルス!レパルスはいるか!」
東南アジアの要衝、シンガポール。
西欧諸国によるアジア支配の象徴的拠点でもある、この港。
その数多の商船が行きかう巨大な港湾施設の一つの係留施設で周りの商船やイギリス海軍の艦艇からは一線を画した、威容を誇る戦艦がいた。
施設内は重厚な、いかにも英国王室風の装飾で飾られている。その入り口にこれまたいかにも精悍な姿をした軍艦が姿を現す。
「ここにおります、殿下」
英国巡洋戦艦レパルス、多少旧式ではあるが近代化改修を受け、その艤装は獰猛な野獣を思わせるように研ぎ澄まされ、彼女の纏う銀色の甲冑は忠実な騎士そのものを体現していた。
「敵情報告みせてもらったぞ、ごくろうであった」
「はっ!」
対する、このドッグの主は英国戦艦プリンスオブウェールズ。かつて世界の半分を支配し、いまだこの東亜の国々に強い支配力を持つ大英帝国の象徴。
王の威厳そのものを身にやつしたかのようなその姿は、兵器としての強力さと芸術作品としての荘厳さ、という矛盾した要素を奇跡的に両有していた。
もちろん女性の身ではあるが、短くまとめられたブラウンの髪、王子然とした礼服を着たすがたは雄雄しかった。
「このような辺境の地で、つまらぬ作戦になるとは思っていたが、まあまあよかろう。今回の作戦、私の主眼は囚われの姫君奪還にある」
「は?」
また、王子のあれが始まったか。レパルスは頭を下げながら、内心苦笑した。
今回の作戦、それはマレー半島に侵攻する日本軍に対する英国軍の反抗を、海上から支援することにある。
この現代戦において中世のような姫君などという救出目標が出てくる要素はない。
「このコンゴウという名の戦艦、ヴィッカースの生まれと言うではないか。貴君はこの艦名がどういう意味を持つかわかるか?」
「コンゴウ」、この海域に存在する敵の主力だ、レパルスももちろんその存在は熟知していた。大して意味はないが、その艦名の由来も知ってはいたが。
「いえ、存じ上げません」
こう言ったほうが、この王子は喜ぶということも知っていた。
「ふん、奇怪なことに日本では山の名前を艦につけるらしい。『コンゴウ』も山名のようだが、その本来の意味はダイアモンドだ」
得意満面で講義するウェールズだったが、さすがのレパルスにもこの言葉の真意はわからない。
「異民族に攫われし姫君、プリンセス・ダイアモンド……いや、プリンセス・ダイアナのほうがらしいか……?」
いつ出撃かもわからない時に、この王子は緊張の欠片もない、このような意味不明の戯れ事だ。
デンマーク海峡でのビスマルク追撃戦での痛い思い出を、この若造はまったくもって懲りていないらしい。
ヨーロッパを震撼させたドイツの戦艦ビスマルク、その追撃戦にレパルスとウェールズは参加している。
最終的にビスマルクは撃沈されたが、ウェールズは斉射とともに砲塔が故障し、目の前で巡洋戦艦フッドを沈められ、さらに多数被弾して戦線を離脱、その後長い修理期間を経なければいけなかったという苦い記憶を、もう既に忘れているらしい。
確かに最新鋭の戦艦であり、その秘めた力は計り知れない。しかし、兵器は時と場合によってその真価を発揮できないでつぶれていくことはザラなのだ。
王子のその自信がどこから生まれてくるのか、レパルスには皆目検討がつかなかった。
「その……姫を鹵獲すると?」
「鹵獲ではない、救出だ。大英帝国の所有物を取り戻すのだ、姫君もイギリスへの帰還を長く待ち望んでいたにちがいない」
はぁ……。
レパルスは深いため息を押し殺した。
いくらイギリスで建造されたとはいえ、やつは日本の戦艦だ。それが寝返るなど万に一つもありえない。
王子の頭の中は、未だに騎士道物語の時代のままだとでもいうのか。
「聞けばコンゴウ級とはなかなかの傑作艦と言うではないか、黄色い猿どもが我が帝国の戦艦を使うなど、汚らわしいことだ」
ウェールズの本音はまさにそれだろう。辺境の異民族に対する偏見と侮蔑だ。
まあいい、この王子もそのプリンセスから反撃を食らえば、応戦せざるを得ないだろう、要はコンゴウを日本海軍から開放することだ。
やむ終えない場合であれば、それに生死は問わないだろう。
「わかりました、コンゴウの捕捉を本作戦の優先事項としましょう」
実際のところ、やつは邪魔だ。
「コンゴウなどという陳腐な名前ではない、プリンセス・ダイアナ号だ」
「失礼……」
そこでウェールズは持っていた書類をテーブルに投げ出し、礼服に羽織ったマントを軽く翻した。
「よし、ならば今すぐ行こう、姫の救出に一刻の猶予もない」
レパルスはまたしても奥歯をかみ締めるような気分になる。
「今から、ですか?」
「そうだと言っているだろう」
「航空支援の目処が立っておりません、空母インドミタブルはおろか、ハーミーズも駆けつけておりません、頼みの空軍も、護衛の戦闘機は今すぐには出せないと」
戦艦のみで出撃するなど自殺行為だ、もともと本国からも護衛の空母が来るはずだったが、事情によりその到着は遅れに遅れていた。
「飛行機……、何度も言っているが、私はあのカトンボ共が嫌いだ。まったくもって美しくない。あんなものの力を借りずとも作戦の遂行は可能だ」
「しかし、あれに殺到されれば、いくら殿下とはいえ無傷ではすみません」
航空機の進歩は目覚しい、あのビスマルク追撃戦においても、攻撃機による魚雷で敵ビスマルクの行き足を遅らせることに成功しているのだ。
作戦行動中の戦艦が航空機の攻撃のみで撃沈されることはまずありえないだろう、というのが英国海軍の考えの主流であったが、それも疑わしいものだと思う。
戦艦の重装甲においても、戦闘機の護衛のない状態で攻撃されればたまったものではないはずだ。ましてや随伴の駆逐艦やレパルス自身は十分撃沈される可能性がある。
そのようなことも、こいつは分かっていないのか、わかっていて目をそらしているのか。自分さえよければ周りのことなど考えていないのか……。
「黙れ!!我が英国の航空部隊なら百歩譲ってゆるしたとしても、技術の遅れた猿共の飛ばすものに何を恐れるか。そんなものを恐れて、あの空母などという無粋な船をまたなければいけないというのか!そのために姫が苦しみ、味方の将兵が死んでいってもいいと言うのか!!」
こうなってしまえばもう何を言っても無意味だ、ただ命令に従うしかない。レパルスは無能な主君の考えに同意し、こころから忠誠を尽くすことはほぼなかったが、しかしどんなものであれ主君の命令を拒むこともしなかった。
従うべき主君を間違えてしまった騎士の哀れな姿だった。
「はっ……!申し訳ありません」
ウェールズは、レパルスこそが間違った認識をもった愚者だとでも言うような顔でため息をつき、演技らしい悲しみの表情を作った。
「最近の軍の上層部もおかしい、航空戦力などというものを重視しすぎだ、あくまで索敵や地上支援といった補助的なものにすぎないというのに。空母などという貧弱な艦種まで作っておもちゃを飛ばしたがる。やつらには厚い装甲も、強力な砲塔もないのだ、それが軍艦だと!?」
レパルスはもうなにも言わず、嘆くウェールズを見つめていた。
「この私にも、ポンポン砲などというくだらぬ対空兵器を載せて……。圧倒的な主砲の火力によって敵を沈め、分厚い装甲でもって敵の攻撃を跳ね返す、それが我ら海軍の矜持だとは思わんか……。まったくもって嘆かわしい」
「……」
ガキのくせに、時代遅れも甚だしい。しかし実際のところこれが英国海軍の実態だ。
過去の栄光に酔い、現実を見ようとしない。敵を侮り、そしてドイツの台頭を許す。そのくせUボートの群れやビスマルク一隻に戦々恐々とし艦隊を動かせないでいる。
今、本当に海軍戦力の必要なのはこの東洋艦隊だ、日本の海軍力はドイツの比ではない、英国海軍に匹敵しうるものを持っている、いや、それ以上かもしれないのだ。
数日前の真珠湾攻撃を知り、レパルスはその思いを確信へと変えた。
猿の作ったおもちゃが、停泊中とはいえ、ハワイにいるあれだけの艦隊を壊滅させることなど不可能だ。
正直なところ、同じ条件のもとで英国海軍にあれだけの航空作戦が実施できるとは思えなかった。
イギリスの空母イラストリアスは、1940年にイタリアの軍港タラントを空襲し、それによって新型戦艦リットリオと旧式2隻の、計3隻の戦艦を撃破していた。
この真珠湾攻撃もその作戦から発想を得たものなのだろうが、その規模は大きく違う。
極めて危険な航路である冬の北方太平洋を抜けてハワイに忍び寄り、アメリカの一大拠点である真珠湾に停泊する、多数の艦艇や航空機や港湾施設を破壊した戦果は、穏やかな地中海の港タラントを空襲するのとはわけが違ったのだ。
しかしウェールズは未だ敵を侮っている。
救いようはなかった。それに巻き込まないでくれとは思ったが、残念なことに彼女は騎士であった。
主君の命令には従わねばならない。
「航空支援の必要は認めない。今すぐ出撃する」
レパルスはもうなにも考えないようにした。
「はっ、直ちに」
マレー半島沖
「シィット!!」
「前方敵影!お姉さま!」
「榛名、フルスピードで逃げるデス!!」
金剛、榛名の艦隊とウェールズ、レパルスの艦隊はついに接敵した。
青い海の向こう、水平線に不気味な灰色の陰が見える。
射程ぎりぎりの距離だが、交戦許可は下りていないので砲撃はしないで逃走に徹しようとする。
しかし、向こうのウェールズも射程内のはずだったが、なぜか撃ってくる気配は無かった。
出会ってはみたがすぐに逃げるのではなんのために出動したのか分からないが。とりあえず航空隊に敵の位置を知らせる。
いったん撤退し、航空機の攻撃で敵が損傷したところに止めを指しに戻る。それくらいしか今後の役割は思いつかない。
とにかく今は逃げるのだ、幸い足は金剛型のほうが速い。
「お姉さま!?敵より通信です!」
「ワッツ??」
追いかけてくる敵から無線が入る。本気とは思えない、こちらを混乱させる罠か、電子戦を仕掛けようとでもいうのか。
『我が名は英国海軍、東洋艦隊旗艦、戦艦プリンスオブウェールズである』
「ファッキン!」
金剛は言うまでもなく、榛名も英語は習得しており、その無線の雑音の中でもわかる洗練されたイングリッシュが大儀そうに挨拶するのが分かった。
『プリンセスダイアナ、このウェールズが救出に参りました、どうぞ恐れずに我が元へおいでになってください』
暗号か?それをなぜ無線で敵に?金剛には理解できない。まずプリンセスダイアナとは誰だ?過去の英国史にもそのような妃はいないはずだ。
「榛名、無視デス!」
「は、はい!」
高速戦艦の最大速度には、ウェールズはおろかレパルスといえどついて来れないはずだ。
『わかりませんか……、プリンセスダイアモンド、ダイアモンド姫、これでおわかりか?』
それでようやく、敵は自分を呼んでいるのだとわかった。
意味のわからなさにたまらなくなった金剛は無線で言い返す。
「ワタシは日本海軍の金剛デース!!ハローウェールズ!おとといカモーンデース!!」
『おとと……??姫?なにを言っているのです?』
案の定、敵は逆に混乱したようだが、正直隣で聞いていた榛名にも意味はよく分からない言い回しだった。
が、黙っていることにする。
「これ以上来たらぶっ飛ばすと言ってマース!!」
言い返すにしても、挑発するような言葉はまずいのではないかと榛名はそわそわした。
『なぜです?私はあなたを救いに来ました、奇襲をかけるような卑怯なジャップからあなたを連れ帰しに来たのです!』
機関を全力で回し、波を蹴立てながら、金剛は不思議と怒りを感じていなかった、胸のそこからじわじわと来るものはあったが。
敵の言動を頭では理解しながら、心では受け止められなかった。
「お姉さま……」
榛名は、ただ姉が心配だった。
『あなたはイギリスの船ではないのですか?』
「ぶっ飛ばすと言ってマス!!」
なぜ、なぜこのウェールズという敵はこんなことを言うのか。日本を裏切るつもりなど毛頭ない、しかし、だからといってなにも感じないわけにはいかなかった。これは敵が私を揺さぶるためにかけてくる罠だとでもいうのか。
『私は武力を使うつもりはありません。彼我の距離は、我が主砲の射程内ではありますが私はさきほどから一発も撃っておりません。もっと平和に、話し合えませんか?』
金剛が目視するウェールズの主砲は、確かにこちらを向いていなかった。
一方レパルスは殺気を放ちつつこちらを睨んでいるが、ウェールズに押し止められている様子だ。
確かにこの船は本当にそう思っているのかもしれない。
が、しかし何を話し合うというのか。
もうすでに日本とイギリスの間で開戦は成ったのだ。
いまさら戦艦同士が話し合ったところでなにがあるというのか。
金剛にはもうこれ以上言うことはないと思った。
「……」
ウェールズ、レパルスとの距離は徐々にではあるが開いていた。
『姫!なぜです!?姫!』
敵はあいかわらず追いかけてくる、しかしこちらに来ればくるほど敵は墓穴にはまるだろう。敵戦艦の位置情報を得た攻撃隊が狼の群れのようにこっちに向かっているのだ。
金剛達が接敵する以前にプリンスオブウェールズ達は日本の潜水艦に捕捉されており、その索敵情報を得て陸上基地からの攻撃機が出撃していたのである。
しばらく走ると、敵は水平線の向こうに完全に見えなくなった。まだ追いかけてきているのかわからないが。
金剛、榛名の頭上をいくつもの編隊を組んだ攻撃隊が通りずぎる。九六式陸上攻撃機と一式陸上攻撃機だろう。
それがまっすぐに敵に向かっていった。
やがて恐ろしいほどに深い、赤道直下の群青の空に吸い込まれていくまで、二人はその編隊を黙って見送った。
母港に帰った後、金剛と榛名は先ほどの二隻の戦艦が、攻撃隊に撃沈されたことを知った。
最新鋭の、それも作戦中の戦艦が航空機の攻撃によって撃沈された初めての例となった。この海戦は、二日前の真珠湾攻撃とあわせ、戦艦の時代が終わり航空機の時代が来たことを証明していた。
最強の艦種であり、戦争の趨勢すら戦艦によって決まると考えられてきたものが、航空機の攻撃によりこうもあっけなく屈服したのだ。
開戦からわずか二日にして、それまでもっとも重要視されてきた戦艦の権威は、海の底に深く沈んだのである。
そして東洋の小国である日本が大英帝国に勝利したという事実は、日露戦争以来の歴史的に意義のあることであった。
プリンスオブウェールズと共にイギリスの威光も失墜し、引いては帝国主義全体の崩壊を呼ぶことになる。
これまで西洋列強の支配に長く苦しんできたアジア諸国は、その支配が絶対ではないことにようやく気付いたのである。
閲覧ありがとうございます
次回は比叡、霧島の話、第三次ソロモン海戦の話に入っていきます