艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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日本降伏の前後の話です


正確でない部分が多々あります


(30)最後の航海

 

 

1945年7月18日 横須賀

 

 

 レイテ沖海戦後、日本に帰る途中。長門と大和の目の前で金剛が沈んだ。

 そのようなことがあり、長門はまたしても苦悩する。

 しかし、その悩みは、長門の凝り固まった心をむしろほぐしていった。

 横須賀に着いた頃。長門はようやく大和を許しても良いんじゃないかという結論に至った。

 大和は大和で、精一杯やったのだ。

 冷静になって考えれば、レイテ湾での反転も致し方ないことだったのかもしれない。

 情に流されずに、客観的な判断を下した大和に、自分は申し訳ないことをしてしまった。

 横須賀と呉で離れ離れになってしまったが、今度会った時には、謝らなければいけないだろう。

 だが、その時はもう来ないのかもしれないという危機感もあった。

 そしてその危惧は、現実となり。大和は水上特攻として出撃し、坊ノ岬沖で散り、再び会うことは永遠に無かった。

 

 残された長門を待っていたのは、何もすることのできない空虚だけだった。

 出撃できる燃料はもう無く、港でただ無為に、ひたすら時間を消費するだけだった。

 アメリカの長距離爆撃機B-29が頭上を通り抜けていき、東京の街を破壊していくのを見ていることしか出来なかった。

 自分が守るはずだった国が、町が、人々が、焼かれ苦しみ死んでいくのを眺めているしか出来なかった。

 長門を憧れとし、愛してくれた人々。長門が率いる日本海軍が絶対に日本を守ってくれると信じて疑わなかった人々。

 その人達を、見殺しにするしか出来なかった。

 護れると思っていた。

 戦争が始まるまでは、自分の力は、敵を粉砕し撃退し駆逐し、それによって日本を護ることが出来ると思っていた。

 とんだ間違いだ。

 とんだ思い上りである。

 自分の過ちが、このような悲惨を地獄を生んだのだ。

 自分の力が、むしろ国民を苦しめ殺したのだ。

 改めて大和に感謝したいと思った。

 レイテで自分が沈んでいたら、このような日本の惨状を見ることは無かった。

 自らの罪を、この目で見ることなく、反省も無く死んでいっただろう。

 そう言う意味では、自分が今ここでこうしているのは、受けるべくして受けさせられている罰なのだ。

 陸奥や大和や武蔵の代わりに、自分が罰を受けているのだと思えばそれは救いになったが。一方そんなことで救われようとする自分に嫌悪感を感じざるを得なかった。

 長門は、やがて何も考えずに、ただぼ~っと空を見上げていることが多くなった。

 しかし、その空から来るのはいつも敵だけだった。

 

 7月18日、その日、アメリカの空母機動部隊から発艦した艦載機が、横須賀を襲った。

 機動部隊の空母の中には、4月に大和を沈めたあのエセックスもいたのではあるが。それは長門の知るところではない。

「ひゃぁっ!!」

「大丈夫だ!!潮」

 日本海軍の本拠地とも言えるこの横須賀に、多数の敵機が乱舞しているというのに、それを迎撃する味方機は見当たらなかった。

 残った主力の艦娘のほとんどは、空襲を避けるため呉や地方の鎮守府に疎開していたが、駆逐艦など小型の艦艇は残っていた。

 その中の一隻、駆逐艦潮を、長門は庇うように抱きしめる。

「長門さん……私……そんな」

「安心しろ、私が守る」

 もはや副砲や機銃など対空兵装を取り外していた長門は何もできない、主砲で反撃する余裕すらなかった。

 ただ出来るのは、近くに停泊していた潮を守るのみだった。

 庇う背中に敵機の爆弾が投下され、体と艤装を焼き尽くす。

「ひぁ!長門さんっ!!!」

「ぐぁっ!!」

 生きながら体を焼かれる痛み。

 これが、今まで死んでいった兵士の痛みであり、空襲にやられた人々の痛みだった。

「もう……私なんかのために……構わないでください!」

「すまんな……私は、私の為にやっているんだ」

 おぉおおおおおおおんと怪物の唸るような風切り音を不吉に響かせ、急降下爆撃機が投弾する。

 ただの動かない的である長門に、それはたやすく命中し、紅蓮の炎と黒い煙が甲板上にぶわっと広がった。

「あぁっ!!!」

 抱かれた潮の目にも、猛烈な爆炎が見えた。

「ぬぅっ!!」

 長門はさんざんにやられ、炎に焼かれ燃えたが、それでも沈むことは無かった。

 彼女が思ったのは、せめて最後に駆逐艦だけでも守りたい、それだけだった。

 潮の為ではなく、自分の為だった。自分の名誉の為に、少しでも何かをしたかった。

 国も、人も守れなかったが、同じ艦娘くらいは救いたかった。

 罪を償いたかっただけだ。

 

 もはや沈める価値も無いと判断したのか、敵機はやがて去って行く。

 長門は、また生き残ってしまった。

 

 

1945年9月 横須賀

 

 

 日本は連合国に降伏し、戦争は敗戦という形で終わった。

 ボロボロの姿になった状態で、長門はその時を迎える。

 敗戦など、ずっと前から分かっていたことではあったが、実際にそうなってみると随分と堪えた。

 皇居の方向を向きながら、玉音放送を聞き、首を深く垂れて涙した。

 ああ、負けたのだと、それだけが頭の中にあった。

 

 9月2日、降伏文書調印式の為に、連合国の艦隊が東京湾へと入っていった。

 それは圧倒的な存在感を放つ、異色の戦艦部隊。

 アメリカからはアイオワとミズーリの姉妹。

 イギリスからはキングジョージ五世級のデュークオブヨークとアンソン。

 そしてフランスのリシュリュー。

 式典用に美しい礼服を着込み、艤装は磨かれキラキラと輝き、掲げられた旗は大きくひらめいていた。

 その勇壮な錚々たる顔ぶれが、堂々と湾内に入って行くのを、煙突やマストの無いみすぼらしい姿をした長門は黙って眺めているしか出来なかった。

 首都への道であり、絶対に通してはいけないはずだったこの浦賀水道を、悠然と敵の戦艦が通り過ぎていく。

 いや、もう敵ではないのか。

 そう思うと、もはや怒りも憎しみも無く、ただ茫然とするしかなかった。

 時代遅れとなり、無用の長物と化した戦艦が。戦争の最後の最後で重大な仕事を担っている様は、見ていて笑いさえ込み上げてきた。

 戦艦の姿は東京湾に集まった人々を威圧し、その巨砲は反抗する気持ちを萎えさせるだろう。

 まるで江戸時代の、黒船来航の時と全く同じだ。

 しかし、それでも日本にはまだ降伏を認めない分子が非常に沢山いる。自爆テロすら厭わない彼らを退けるためには、戦艦の上で調印式をするというのは安全上当然の行動だった。

 そういう意味では、特攻機の直撃すら跳ね返す戦艦というのは持ってこいの艦種だった。

 実戦で圧倒的に活躍したとはいえ、撃たれ弱い空母ではなく、戦艦のほうが合理的だった。

 太平洋戦争において時代遅れとなった戦艦が、この太平洋戦争を、ひいては世界大戦を終わらせようとするのだ。

 滑稽ではあるが、様々な意味で適役とも言える。

 そして、おそらくこれが戦艦の最後の仕事だったのだろうと、長門は思った。

 実際、アイオワやミズーリはその後も長く現役として軍務に着き続け。退役後現在も保存され、海に浮かんだ状態を保ってはいる。

 しかし、第二次世界大戦時代以降に起工された戦艦はなかった。

 戦争は終わり、同時に戦艦の役目も終わったのだ。

 

 

 日本が完全に降伏し、9月15日に長門も海軍を除籍されることになる。

 後はアメリカに接収され、なんらかの処分を受けるだけだった。

 しかし、長門は決めていた。

 死して虜囚の辱めを受けず。

 自分に残された道は、もはやこれしかないと思った。何の迷いも無く、心は不思議と澄み切っていた。

 自分は日本の敗戦を見届けた。今後の日本には戦艦などというものは必要ないだろう。

 新しい憲法では、日本は一切の戦力を保持しないという条項が盛り込まれる、という噂も聞いていた。戦争も、軍隊もない平和な世界が日本を待っているかもしれないのだ。

 なんて素晴らしいことだろうと思う。

 だからこそ、戦艦は去らねばならない。

 

 夜、鎮守府の自室。

 灯火管制ももう無いというのに、長門は灯りもつけずに一人畳に正座し、瞑想していた。

 その手には、抜き身の短刀が握られている。

 切腹により自害せんとしていたのだった。

 最期に長門は思う。

 大和が特攻に出ると聞いた時、羨ましかったものだったが、それと同時に驚いていた。

 あの、命を大事にする大和が特攻を命令されるとは皮肉なものだと思った。代われるなら代わってやりたいとも思った。

 死ぬのも厭わないと考えていた自分が特攻に出て、大和が生き残るべきだったのだ。

 だが、こうなってしまった以上、これもまた一つの道だったのだろう。

 大和が海軍を代表して死に。自分がその後始末を付ける。

 そして、この長門が全てを見届けてここで死ぬ。日本がこの後どうなるのかはとても気になったが、そこまで見届けようとするほど図々しくはなれない。

 これで良かったのだ。

 心残りも、死への恐怖も、何も無かった。

 それでも短刀を持つ手が微かに震えるのは、恐らく兵器としての生存の本能だろう。

 まったく、砲撃戦でこれほど震えていたら正確な射撃は出来ないなと思う。だが、もう自分が主砲を撃つことは無いのだ。

 それに、短刀を腹に突き刺すだけなら、正確さも要らない。

 やがて、震えは止まり、冷たい切っ先が皮膚に触れる。

 こんな時になって戦艦としての己の装甲が邪魔しないかと危惧したが、大丈夫だと思いなおす。

 陸奥のように、火薬庫の一発の爆破で十分だ。その一突きで長門型といえども沈むというのは実証済みだった。

「……」

 いくぞ、そう思った時。瞼の裏に、陸奥の顔が浮かび上がった。

 妹の爆沈のことを考えてしまったのが悪かった。あの笑顔が現れ、頭から離れなかった。

 こんなところで魔がさすものかと忌々しく思ったが、しかしどうしようもなかった。

 陸奥の他にも、様々な顔が浮かんでは消えていく。

 金剛、比叡、榛名、霧島、扶桑、山城、伊勢、日向、大和、武蔵、信濃、加賀、赤城。

 それらがみんな、生きろと言ってきた。

 陸奥にしろ、飛鷹にしろ、金剛にしろ、自分が看取っていった艦娘はみな、最期に生きろと言っていた。

 自分の分も生きてくれということだろう、それは分かる。

 しかし、私はもう十分生きたではないかと思う。

 みんなが生きろと言った分、長門は生きたのではないか、これ以上生きて何をしろと言うのか。

 これからは平和な時代であり、戦艦が平和に貢献できる要素など、もはや皆無だった。抑止力などと言う仮初の平和すら、戦艦はもう作り出せないのだ。

 アメリカに接収され、これ以上恥を晒せと言うのか。

「私を……私を死なせてくれ!!!」

 長門は叫ぶ。その閉じた目からは、涙があふれていた。

 それでも「イキロ」という言葉は呪いのように頭から離れなかった。

 陸奥の笑顔が、泣き顔が、甘えた顔が、ふてくされた顔が、怒った顔が、心配そうな顔が、そして、死に際の苦しそうに微笑む顔がまざまざと思い浮かんだ。

「死なせてくれ!!いい加減殺してくれっ!!!」

 長門は泣き叫んだが、それでも握った短刀は皮膚に、ごく浅く刺さるだけでそれ以上動かなかった。

 陸奥が、あの時のように肩を抱いてくれたような気がした。

「駄目なのか……私はまだ、駄目なのか……」

 これは、死を恐れる自分の弱い心ではないのかもしれない。自分にはまだ何かやらなければいけないことがあるのかもしれない。

 どれほど屈辱にまみれようとも、死ぬまで生きなければいけないのかもしれない。

 死ぬことよりも、生きることのほうが辛く、勇気がいることなのだ。

 ならば、死んで逃げるのではなく、生きて罪を償い続けなければいけないのではないか。

 それが、自分の最後の仕事なのではないか。

「そうなのか……陸奥……」

 頭の中の陸奥が、死んでいった皆が、頬笑み頷いたような気がした。

 なんと、残酷なことを要求するものか。

 死ぬことも許されず、苦しみ続けろとは、言ってくれる。

「そうか……」

 ならば、やってみようと思った。

 再び震えだした手から、短刀がポトリと畳に落ちる。

 長門は、突っ伏したまま泣いた。

 

「ワオ!なんなんデス!!」

 長門の叫び声を聞きつけた三笠が、部屋に押し入ってきた。

 泣き続ける長門と、血の付いた短刀とを見てその異様さに驚いたが、幸い大事には至らなかったのだと三笠は気付く。

「三笠先生……私は……」

「オウ……長門……辛かったデス」

 三笠は優しく長門を抱いた。

「うぅ……私は……生きて……」

「ダイジョーブデス、私がそばにいます、生きて、この国のこれからを一緒に見守りましょう」

 

 長門はその後、一年近くその余生を伸ばすことになる。

 そして1946年3月、アメリカの新型爆弾の標的艦として、彼女は回航され、マーシャル諸島のビキニ環礁に向かうことになった。

 

 

1946年3月 横須賀

 

 

 空襲で機関がやられ、まともな航行は出来ない状態であり、元々燃費もすこぶる悪いことから長門が復員輸送船になることは無かった。

 もはや外洋に出ることは無く、このままいつか解体されるのだろうと思っていた時。ついに辞令が下る。

 その命令は日本帝国海軍ではなく、長門の新しい所有者となったアメリカからのものだった。

 マーシャル諸島、ビキニ環礁まで航海し、そこで新型爆弾の標的艦となれ。

 大まかにまとめるとそのような指令だった。

 マーシャル諸島と言えば、日本が大戦中期まで支配していた領域の最外縁にある島々であり、あのソロモン諸島よりもさらに東、ハワイにもほど近い太平洋中部海域に存在している。

 Z作戦。トラック泊地から出撃し、連合艦隊の大散歩と呼ばれた不発作戦も、このマーシャル諸島を中心に展開されていた。

 その後アメリカ機動部隊の空襲により島々は爆撃され、上陸部隊により占領されることになる、激戦地でもある。

 もともと第一次世界大戦において日本がドイツから奪い取った領地であり、この戦争までは日本の委任統治領であったのだが、敗戦後アメリカの管理するものとなっていた。

 そのような、長門にも馴染みの深い場所に行くように指定されたことは、嬉しいことだった。

 標的艦であり沈む運命ではあるが、トラック島とハワイの中間点。かつて日本海軍の作戦領域の最前線だった場所まで行き、そこで沈むことが出来るというのは、皮肉ではあるが同時に名誉でもあった。

 内地で解体され、復興資材となるのも悪くは無いが、仲間たちの眠る太平洋で逝けるというのは願ってもいないことだった。

 不安があると言えば、終戦直前の空襲で受けた損傷だろう。

 沈まない程度の応急処置はされていたが、艦内には様々な問題が残されたままだった。

 加えて一年近く機関にも碌なメンテナンスをしていなかったので、おそらく数ノット出れば良い程度の状態であろう。

 なんとかたどり着けるだろうが、太平洋をマーシャル諸島まで航行するのはそれこそ老骨に鞭を打っていくような旅になるだろうと思われた。

 それでも、長門は乗り気だった。

 船として艦娘として、航海できるのが嬉しくない者はいない。

 

 そして、標的艦はもう一隻いた。

 阿賀野型軽巡洋艦の四番艦酒匂だ。

 復員輸送船となっていた酒匂は、輸送任務を解任されると横須賀までやってきて、そこでアメリカに引き渡されることになった。

 共に引き渡された長門と酒匂は、ついに太平洋へと出航することになる。

 酒匂と長門はほとんど顔を合わせたことは無かったが、すぐに和やかな雰囲気になった。

 仲良くなれたのは酒匂の無垢な性格のおかげが大きかったが。長門もあの未遂事件以来、肩の荷が下りた様になり。また、生きられるところまで生きてみようと決めた時から、目の前が少し明るくなったような気がしていた。

 同じく港にいた、大先輩である三笠と事あるごとに会っていたのも大きいかもしれない。

 もちろん心に深い傷は負っていたが、それでもまだ絶望しないでいられたのだった。

 

 

 どこまでも広い空、広い海を、二隻の船が進んでいく。

 酒匂は武装をほぼ完全に撤去されており、長門の恐らくもう動かない主砲以外は、武装は無い。

 潜水艦にも、空襲にも警戒する必要のない、平和な海だった。

 それでも、まだ水平線や雲の中から敵機が出てこないか。海面に潜望鏡が見えないかということを注意してしまったり。ジグザグ航法をとらずにまっすぐ進むのにソワソワしてしまうのは、困った職業病だと思う。

 

「矢矧か、そうだな……あいつはなかなか凛々しい軽巡だったな。艦歴は浅かったが、頼りがいはあったぞ」

 長門は酒匂にせがまれて、阿賀野型軽巡の姉達について、知っていることを話していた。

 戦争後半以前のことをほとんど知らない酒匂は無知ゆえに無邪気であり、長門に対しても近所のお姉ちゃんみたいな感じで割とフランクに接してきていたが、それが長門にはむしろ有難かった。

 なんの戦果も出せなかった時代遅れの戦艦が、今更かしこまれても困るというものだった。

「矢矧ちゃんが?そうなんだ」

 矢矧の初陣はマリアナ沖海戦だった、その後はレイテ沖海戦でも長門と同じ栗田艦隊に所属しあの激戦を生き延びている。

 残念ながら彼女の散った坊ノ岬沖海戦のことは分からないが。酒匂はそのことはあまり聞きたがらなかった。

「じゃあ……能代っていうお姉ちゃんは?」

 酒匂は能代のことをほとんど知らない。酒匂の就役前に能代はレイテ沖海戦で沈没していたからだ。

「能代か?あいつは割と長いこと二水戦の旗艦もやっていてな、矢矧以上にしっかりしていて、面倒見もいいやつだった」

 その能代も、レイテから撤退する時に敵の空襲を受けて撃沈される。当時の長門からしたら目を覆いたくなるような出来事だったのを覚えている。

「へぇ~そうなんだ、私のお姉ちゃんってみんなしっかりしてるんだねぇ。じゃあ一番上の阿賀野お姉ちゃんももちろん……」

「ああ……阿賀野は……その……」

 阿賀野は一番早く就役したこともあって、ソロモン諸島の戦い辺りの戦場を転戦していたが、いまいち戦闘に加われず、戦果はあまりない。

 まじめで優しい包容力のある軽巡であり、駆逐艦からの人気もあったが、なんとも頼りないところも多々あった。

「一番しっかりしたお姉さんだったんでしょ?」

 どう褒めたものか、悩ましいが……。

「そうだな、一番酒匂に似ているかな」

「ぴゃあ、私に?」

 フワフワした雰囲気は、阿賀野と酒匂で通じるところがあった。能代と矢矧も、そう思うとしっかりした性格的には近いものがある。

 ついに四姉妹揃うことは無かったが、なかなかバランスのとれた姉妹だったのかもしれない。

「ああ、酒匂の誰もを和やかにさせるところは、恐らく阿賀野譲りだ、誇りに思えばいい」

「なご……やかに?酒匂が?阿賀野お姉ちゃんも?」

 不思議な顔をしている酒匂を、長門はまさに和やかな顔で見つめた。

 二隻は、横須賀から太平洋を南下しつつ東進し、苦い記憶のあるマリアナ諸島の周辺を通り、トラック島の近くまで来ていた。

 水平線上に小さく島が連なって見える、あれがかつてトラック泊地と呼ばれた場所だった。

 そのトラック泊地は、1944年2月のトラック島空襲の直前に、阿賀野が敵潜水艦に沈められた場所でもある。

 

「ここが、ちょうどお前の姉、阿賀野が撃沈された場所の近くだ。今もここの海底にはあいつが眠っているだろう」

「ぴゃぁ……」

 何も知らない酒匂は、あの島々をどう思うのだろう。

 長門にすれば、かつてあの場所に連合艦隊の大部隊が集合していた時の記憶ばかりがまだ残っていた。

 今にも島影から大和や武蔵の巨大な艦影が現れ、翔鶴、瑞鶴が艦載機を纏いつつ出撃し、駆逐艦や巡洋艦が元気に飛び出してくるのではないかと思える。

 だが、どれだけ眺めても、泊地には艦影ひとつ見えなかった。

 こみ上げる涙を酒匂から隠すのに、長門は少し苦心した。

 

「ねえ、長門お姉ちゃんにはお姉ちゃんはいないの?」

「ん?私か?私は一番艦だが妹はいたぞ」

「どんな妹だったの?」

 酒匂はどこまでも無邪気だった。だが長門も、陸奥のことを笑って話せるくらいにはなっていた。

「陸奥といってな……私よりしっかりした妹だった」

「ぴゅう……長門お姉ちゃんよりしっかりしてるんだ」

「ああ、良い奴だった、爆発事故で沈んだがな……」

 トラックの島影がどんどんと遠のき、水平線に霞んでいく。

「そうなんだ……ごめんなさい」

「なにを謝る」

 酒匂は急にうつむいて、長門のスカートを指で掴んできた。

「ううん……長門お姉ちゃん、沈むのって痛いかなぁ」

 流石にさっきから沈没の話ばかりしてしまったかもしれない。

 それは、標的艦としての運命を決められた艦娘からしたら、当然の不安だった。

「う~ん……私も沈んだことはないからなぁ……」

 だが、そればかりは長門にも答えられなかった。

 

 かつてのトラック泊地を越えた長門達は、ついに終着の場所、マーシャル諸島のビキニ環礁にたどり着いた。

 長門が数ノットしか出せないでせいでとてつもなくゆっくりした航海になり、途中マーシャル諸島のエニウェトク環礁にも応急修理に立ち寄った為、到着は遅れに遅れたが。それでもなんとかたどり着いたのだった。

 まさに太平洋の南の島と言わんばかりの美しい環礁だった。

 どこまでも深い青、戦争中に見慣れたあの空と海の下に戻ってきたのだと改めて思わされる。

 長門は、もういつ沈んでもいいという心境だった。

 酒匂が言うように、最期の瞬間は苦痛を伴うかもしれないが、このような清々しい海で逝けるなら、それは気持ちのいいことなのだろう。

 

 しかし、二人はここで待ち受ける真の恐怖を、この戦争で人類が作り出した底なしの闇を、まだ知らなかった。

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます


降伏調印式の時にいた戦艦はこれで全部かどうかは分かりません、確認できなかったので違っている場合もあります

長門と酒匂も、引き渡しの時期は同じような時期ですが、恐らく同行して一緒にビキニ環礁には向かっていないと思いますし、マリアナ諸島やトラック島の近くを通ったのかどうかも自分は知りません
そこら辺は創作になります


次回からは数話かけて原爆実験の話になりますが、やたらと長い上に胸糞展開や筆者の考えが書かれている部分などがありますので注意してください
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