1946年6月 マーシャル諸島 ビキニ環礁
集合地点には予想以上に多くの艦艇が集結していた。
駆逐艦や輸送船、上陸用艦艇などが大半を占めていたが。潜水艦や巡洋艦、旧式とはいえ戦艦や、なんと驚くことに空母までいた。
小型船も合わせたら総数150隻の大艦隊と言える艦艇がこの環礁に集められていたのである。
長門は度肝を抜かれていた。
戦争は終わったとはいえ、まだ一年も経っていないのだ。アメリカは未だソビエト連邦と険悪なムードで対立しつつあり、次の戦争がいつ起きないとも限らない世相だった。
いくら維持費が大変とは言え、その世界情勢の中、補助艦艇や小型艦はともかく、旧式戦艦も理解は出来るが、まだ使用に耐えそうな空母すら沈める余裕があるというのは驚くしかない。
しかし何はともあれ、そこにいるのは、アメリカの艦娘達だった。
日本占領後も、横須賀や東京湾には数多くの連合国の艦娘が訪れていたが、長門と彼女達が言葉を交わすことはほとんどなかった。
たまにアメリカ艦娘が長門の目の前をヤジを飛ばしながら通過していくくらいである。
長門から話しかけることも無かった。
それ故に、この海で一緒にされるのは緊張する。
見ると、向こうも遅れてやってきた長門と酒匂を睨みつけるように黙っていた。
明らかに歓迎されていない雰囲気だ。
「長門お姉ちゃん……」
酒匂がまた長門のスカートを掴む。
その時、一隻の艦娘がこちらにやってきた。
なんと笑顔で、帽子を持った手を振っている。
「グーテンターク!あなた達はどちら様ですか?」
挨拶が明らかにドイツのそれだった。長門もその艦影は戦時中に資料を見て知っている。
ドイツ海軍の重巡洋艦アドミラル・ヒッパー級だろう。
長門は敬礼を返すと、相手も敬礼する。
「元日本海軍の戦艦、長門だ」
「わぁ!あなたが長門さん!私は元ドイツ海軍のプリンツ・オイゲンです」
ドイツだって悲惨な敗北を喫しているはずだったが、元気な艦娘だと思った。
「ぴゃん!わ、わたしは……同じく軽巡洋艦酒匂です!」
「ダンケ!可愛い日本の軽巡さん」
ドイツの艦娘もこんな太平洋まで連れてこられていたことに驚くが、まあ、同じ枢軸国の艦娘がいるということは助かった。
せめて日本の私達二隻だけで孤立することはなくなったようだ。
アメリカ艦娘とは交流は一切ないだろうが、この元気なドイツ艦となら話せるだろう。
しかし、プリンツ・オイゲンは長門の予想を越えた性格だった。
「みなさ~ん!こっちに来てくださいよ~!日本の艦娘さんですって!」
ドイツ艦娘はあろうことかアメリカ艦娘に手を振ってこっちに呼ぼうとしている。
ドイツとアメリカの水上艦はそこまでガチンコの勝負をしていなかったからまだ確執も少ないのだろうが、日本とアメリカは別だ。
本気で殺し合った敵なのだ。
絶対に許せる相手ではない。
「お、おいプリンツ・オイゲン!」
長門は止めようとしたが、プリンツ・オイゲンに呼ばれて、ゆっくりと一隻のアメリカ戦艦がやってくるのが見えた。その他は周りで見物しているようだった。
「ペンシルベニアさん!こっちこっち」
呼ばれた戦艦は、ネイビーブルーの軍服を着た、いかにも屈強そうな艦娘。さざ波のような癖っ毛の赤毛、戦艦にしては背は低く愛嬌のある顔をしているが、その船体にはあちこちに修理の跡があり、それが彼女の戦いを物語っていた。
「ヘイ!ファッキンジャップ!!」
ニヤニヤした顔で、長門を見下すように言葉を吐く。
「ペンシルベニアさん、そんなジョークは失礼ですよ~」
ドイツ艦は明らかに緊迫した空気も、冗談だと笑い飛ばしている。
「ジョークねぇ……あんた、戦艦ならあのレイテにも参加してたんだろ、あぁ?」
長門はいきなり訊かれたことに困惑したが、誤魔化すのも面倒なので正直に答える。
「レイテ沖海戦か?私も参加していたが」
「クリタとかいうアドミラルの艦隊にか?」
「ああ、そうだ栗田艦隊だ……」
その瞬間ペンシルベニアの瞳がぱっと見開かれる。
「ってっめーーーーー!!あの時なんでレイテ湾にアタックしてこなかったんだよファッキン!!おかげでアタシは全財産すっちまってこんなところにいるんだよぉ!!!バンザイアタックはジャップの十八番だろ!!」
「……?」
長門はアメリカ戦艦の言うことが理解できなかった。どうやらペンシルベニアは、レイテ沖海戦のスリガオ海峡で西村艦隊を殲滅した戦艦部隊の一員だったようだが。それと賭けごとの意味はいまいち分からない。
「あんたは股に主砲も付いてない弱虫ボートかなんかか?えぇ?」
ペンシルベニアは長門のすぐそばまで近づき、ガンを飛ばすように顔を近づけ、対して長門も相手を睨み返す。
「もしくはクレイジーなカミカゼ野郎か?」
「……」
長門はどう答えたものか分からない。ただ相手の瞳を見続けた。
「それか、アタシと同じフリートガールか?」
ペンシルベニアの目は、何かこちらの心の中さえ見透かそうとするような鋭いものだった。長門の顔から何が判別出来たのかは分からないが、なぜか納得したように唇を歪ませる。
「私は、艦娘だ」
長門がそう言った途端、ペンシルベニアは後ろから肩に思いっきり手を回す。ドンという衝撃があるほど力強く。
「バカかあんた!!ナガトとか言ったな!?とりあえず今夜はビールを飲ませてやる、日本製のガキのションベンみたいなビールじゃなく本場のやつだ!つまみにプレッツェルとポテトチップスもつけてやる!そこでじっくりとレイテのことを弁解させてやるからな!いいな!オイ!」
彼女はもう一度長門の背中をドンと叩くと、ムスッとして立ち去ろうとした。
「後なぁ!アンタ16インチのビックサイズぶら下げてるじゃねえか!アタシなんかにビビってるんじゃないよ!」
長門は意味が分からなかったが、ペンシルベニアはそのまま行ってしまった。良く分からないが、今夜酒盛りをしてくれるらしい。
「あ~、ああいう人なんですよペンシルベニアは」
プリンツ・オイゲンは苦笑したままそう言う。
気がつくと周りには他のアメリカ艦も徐々に集まってきていた。
ペンシルベニアのような旧式戦艦もいるが、中でも一際大きいのは空母の艦娘だった。
レキシントン級空母の二番艦、サラトガだ。
灰色の修道服を着ており、そこにオレンジがかった鮮やかなブラウンのロングストレートヘアが風になびいている。
まさにシスターといった風体の、長身の優しそうな空母だった。日本に陰陽道の空母がいるように、アメリカではカトリック系の空母がいるようだ。
「日本の艦娘さん、私達はあなたを歓迎しますよ。戦争は終わりました、今や日本とアメリカはかつてのように良き隣人同士。私達も友人として仲良くしましょう」
シスター・サラの愛称で親しまれている空母サラトガは、この艦隊の母親役のようにみんなをまとめているようだった。
それに認められたということは有難いことではある。
「どうも……」
彼女と握手を交わす。暖かい大きな手だった。
どうやら歓迎されているようだ。
サラトガの優しい頬笑みを見て、ようやく長門と酒匂はそれに気付いた。
ビキニ環礁に集められていたアメリカ艦娘は、そのほとんどが太平洋戦争緒戦から作戦に従事しており、日本艦娘と死闘を繰り広げていた者達だった。
アメリカの駆逐艦達はマハン級バーグレイ級ベンハム級シムス級のうちの数隻、日本で言えばだいたい白露型から陽炎型と同世代の者達が集まっていた。戦争の初期から艦隊の主力駆逐艦として太平洋をかけずり回った艦娘達である。
激戦からガタはきているかもしれないが艦歴はまだ浅いはずだった。
しかし、アメリカは戦争中期から軍縮条約の規格外の設計によって生まれたフレッチャー級駆逐艦を175隻も建造している。
条約の制約内で作られていた彼女達は、武装を詰め込んだトップヘビー状態の問題などから、敢えてこれ以上使う用も無しと判断されたのだった。
歴戦の兵であり、錬度はバッチリだったが、そればかりはどうしようもなかった。
彼女達は最初は憎い敵である長門や酒匂を警戒していたが、次第に興味を持った瞳で見つめてくるようになり、やがて少しずつ話しかけてくるようになった。
長門がなんとなく歩みよると、アメリカ駆逐艦達はまだ怖いのか小走りに逃げ去るが、特に酒匂はすぐに馴染むことが出来たようだった。
また重巡洋艦ペンサコーラとその二番艦ソルトレイクシティの姉妹は共に様々な主要海戦に参加していた。
ガダルカナル島での壮絶な激戦では、サボ島沖海戦やルンガ沖海戦などアイアンボトムサウンドにて日本艦娘と夜戦での死闘を繰り広げている。
仲間を目の前で失っていったことも何度もあり、憎しみはとても深いはずだったが、それでも彼女達は静かに日本艦娘を受け入れていった。
共に顔を合わせて戦い合った敵のほうが、むしろ同じ艦娘だと理解できたのかもしれない。
相手もまた命令の為に、特に恨みの無いアメリカ艦娘と戦っていたのだと、目を合わせた瞬間に察していたのかもしれない。
4隻の戦艦達。
最長齢は1912年生まれ、金剛とほぼ同期の老朽艦と言ってもいいアーカンソー。その次級であり第一次世界大戦の直前に生まれたニューヨーク。さらに次級で、真珠湾攻撃では大破座礁したネバダ。そしてさらにさらにネバダ級の次級であり、同じく真珠湾攻撃にも遭遇しレイテ沖海戦にも参加しているペンシルベニアだった。
ちなみに全員第一次大戦を経験しているという長い艦歴を持っている。
あの時は日本も味方だったんだからという太平洋のように深い懐で、長門と酒匂のことも許してくれるようだった。
さらに、軽空母インディペンデンスは1943年に竣工した新型軽空母のネームシップであり、同年後半のアメリカの猛烈な侵攻作戦に新戦力としていち早く加わっている。
マリアナ沖海戦では姉妹八隻で多くの攻撃隊を発艦させており。レイテ沖海戦ではシブヤン海で武蔵の撃沈に貢献し、空母機動部隊を補佐する役割としてその後のエンガノ岬沖海戦でも囮機動部隊の殲滅を助けた。
彼女を含めた姉妹は様々な任務をこなし、正規空母の影で空母機動部隊を補強し、アメリカの勝利を大いに支えた存在である。
深い栗色の髪をポニーテールに縛り、空色のベレー帽を被っている。同色の服も動きやすそうなシャツとスカートであり、ネクタイを締めたその姿はまさにガールスカウトだ。
近代的なアーチェリー用の弓を持っており、コンパクトな飛行甲板を背負っているが、その矢筒には何も入っていない。
まだまだ働けるという瑞々しい若さが滾っているだけに、むしろそれが物悲しかった。
そしてシスター・サラこと正規空母サラトガ。
彼女は赤城や加賀と非常によく似た経歴を持っている。
元々レキシントン級巡洋戦艦として計画されていたサラトガは、ワシントン軍縮条約のせいで航空母艦に艦種変更されることとなり、姉のレキシントンと共にアメリカ初の本格的な大型空母として就役したのだった。
開戦当初から活躍した故に日本軍に狙われ続け何度も損傷を受け、修理の為に戦えない時間も多かったが。サラトガの修理中にも彼女の艦載機は空母ヨークタウンに搭載され、ミッドウェー沖海戦での重要な戦力となった。
また中盤の、日米共に空母が激減し拮抗していた時期には貴重な航空戦力としてなんとか戦線を繋いだ功労者でもある。
戦争後半は空母機動部隊の中核としての役割を新型のエセックス級に半ば譲る形になるが、最後まで最前線で戦い続け終戦を迎えていた。
大戦を通して、潜水艦の雷撃を二回食らい、特攻機の襲撃を受けて大破もしている。
沈没してもおかしくない損傷を三回も受けながら生き延びた彼女は幸運な船であり、また彼女の17年の生涯において10万回近い航空機がその飛行甲板に着艦するという大記録も持っている。
戦後は練習空母として余生を過ごすことも計画されたが、もっと適任な新型空母は既に多数就役しており、こうやって標的艦となることを自ら望んだらしい。
彼女いわく標的艦に選ばれた歴戦の艦娘達が、最後に寂しい思いをしないように自分は母親の役として進んでやってきたのだとか。
実際ペンシルベニアなどの旧式戦艦のほうが艦歴は長いのだが、それでもサラトガはその戦果ゆえに一番信頼され尊敬され、母親としての地位を見事勝ち取っている。
アメリカにもこんな艦娘がいたのか。
こんな相手と自分達は戦っていたのかと、長門は嘆息するしかなかった。
「でメリーランドがな?あいつ戦闘前に賭けの話をした時は、アタシのレーダーを旧式のダサいやつだって馬鹿にしてたんだ。でも戦闘が始まってみたらどうだ?あいつも見えない見えない~って喚いてやがんの、あいつもアタシと同じ旧式のレーダーだったんだよ。笑える話だろ?」
「ふっ……そうか」
その日の夜、環礁の美しい砂浜とヤシの木が生えるビーチに艦娘達は集まり、宴会が始まった。長門と酒匂の歓迎会をしてくれるらしいが、そんなことなくとも毎日集まって酒を飲んだりしているようだった。
せめて最後くらいはという計らいだろうか、環礁には食糧などの様々な物資が届いている。その点だけは困ることは無いようだった。
長門はさっそくペンシルベニアに捕まり、レイテ沖海戦でのスリガオ海峡のことをいろいろとしゃべり散らされていた。
どうやらスリガオ海峡海戦の時、ペンシルベニアとメリーランドとウェストバ-ジニアで誰がより多くの直撃弾を敵に当てられるかということで、有り金全部を賭けて勝負していたらしい。
扶桑や山城の最後の戦闘のことを面白おかしく語られるのは正直何とも言えない気持ちだったが、彼女に悪意はないようだった。
「結局ウェストバージニアがほとんど全部持っていっちまったんだよ……。あいつのレーダーは新型のマーク8だったからな。涼しい顔してずるいと思わないか?あんなのイカサマだぜ!」
スリガオ海峡では暗闇の中を突き進んでくる山城達が、アメリカの旧式レーダーでは捉えられなかったらしい。ウェストバージニアと他二隻の装備する新型レーダーのみが敵を捉え、メリーランドとペンシルベニアは暗闇に何も見えなかったのだ。
因みに話題に出てくるメリーランドとウェストバージニアは長門と同じビッグセブンであり、実際会ったことは無いがいつもライバルだと思っていた艦娘だ。
「ほう……やはりアメリカにはそんな高性能のレーダーがあったか」
「だからアタシにも付けとけって話だろ?敵が見えなくて、しかも邪魔なデカブツがアタシの前に陣取って遮ってくれたおかげで結局一発も撃てなかったんだ。あんな絶好のチャンスで、無防備な日本の美人のネエチャンを目の前にして一発もだぜ?いつも不能野郎にだけはなりたくないって思ってただけに、あの時はショックだったなぁ……」
そこまで言ってペンシルベニアはジョッキを掴み、ぐいっとビールを煽る。
「……」
さすがに口の悪さには付いていけない。
「フソーとヤマシロだったか?アタシとほとんど同期らしいし、まあ、本当はもっと至近距離で熱い夜戦をじっくり楽しみたかったぜ……」
ただ、冗談は混ざってはいるが、ペンシルベニアの言葉にはなんとなく敵に対する敬意のようなものが感じられなくもなかった。
「扶桑姉妹か……あいつらはそれまで活躍の場はほとんどなかったが、最後の散り際は見事だった」
長門は懐かしい友、あの優しい姉妹を思い出す。
「見事な散り際ねぇ……いかにもジャップの考えだ。アタシ達はあんな無謀な突撃はしないね。例え勝っても死んだら意味無いだろ?違うか?ましてや負けてるんだ」
「むっ……それは……そうだが」
アメリカ戦艦の合理的客観的な言葉は、確かに心に痛い。
死んでいった彼女達の全てが無駄だったとは長門は思わないが、少なくとも勝敗の面で言えば無駄な犠牲だったのだ。
「まあ、あの後お前達クリタ艦隊がレイテに攻めてくるって聞いた時は正直焦ったけどな。そういう意味じゃスリガオのバンザイアタックは、多少のデコイにはなったよ」
そしてついに話は本題に入る。
「……」
「スリガオで賭けに負けた訳だけど、アタシは当然納得できなかった。イカサマだって怒り狂ってたね。だから今度は別の賭けをウェストバージニアに吹っかけたのさ」
「別の賭け?」
「クリタ艦隊にはヤマトとかいう化け物みたいな戦艦がいるって話だった。あののっぽのアイオワより一回り以上でかい排水量ってんだから驚きだよ。だから、そいつにアタシがとどめの一撃をくれてやることが出来たら、スリガオでの賭け金は全部アタシの物にしろって言ったんだ」
「ほう……」
だが、その賭けが成立するにはそれなりの賭ける代償が必要だ。
「代わりにアタシが大和を撃沈できずに負けたら、何でも言うことを聞くって言ってやった、命だって差し出すぜってな……」
旧式のくせにえらい自信だと思うが、悲しいことに結局大和はレイテ湾には向かわなかったのだ。
相手が来なければ賭けどころではない。
「で、賭けは無効になったのか?」
「いや、負けた結果が今の私さ。ヤマトは現れなかったけど、約束の撃沈は出来てないし、アタシの負けだってさ。ウェストバージニア……冷酷な女だぜ。それで命を要求されてこうやって標的艦行きさ。『老いぼれペンシルベニア、老後のバカンスでビキニ旅行にでも行きなさいな』ってな」
ウェストバージニアの真似だろうか、物真似っぽい冷たい口調でそんなことを言う。
それはさすがに酷い話だと思ったが、ペンシルベニアはニヤニヤして気にしていないみたいだった。
「そう、なのか……」
「ジョークだよ!ジョーク!マジになりなさんなナガトさんよ」
「ジョーク?」
「アタシが自分で志願したんだよ。今年の三月くらいにさ、旧式戦艦から標的艦を4隻出せって上から命令があってな。それを選ぶのを任されたのが旧式戦艦のリーダーこと、我らのメリーランドとウェストバージニアちゃんだったんだ。あいつら、賭けの支払いもしてないアタシを選べば良いのになかなか指名しないで、『私達が行くわ』みたいなことマジ顔で言うもんだから……」
メリーランドとウェストバージニアは悪友とはいえかつての戦友に、標的艦になれとは言えなかったようだ。
だから賭けの負債を口実に、逆に志願したということか
ペンシルベニアの顔は、すでにアルコールに赤くなっていた。
「アタシは志願した、他のアーカンソー、ネバダ、ニューヨ-クも一緒さ。メリーランド達は旧式だが16インチ砲も持ってる、まだ沈むには早い。先にいくなら老いぼれからってね」
「……そういうことか」
何が冗談で何が本気なのかまだよく分からないが、ペンシルベニアは一応情には厚い奴なんだと思った。
「そんな水臭い話はいいんだ、それよりなんであの時クリタ艦隊はレイテ湾に向かわなかった、それを聞かせろ」
長門は正直どう答えたものか分からなかった。とりあえず目の前に置かれたビールを飲み、少し考える。
「そうだな……お前が言うように、無駄に死にたくなかったんだ」
「はぁ!?」
「レイテ湾突入は成功していたかもしれない、だが湾内に突入して輸送船団を蹂躙したとしても、その先にあるのは全滅だけだった」
「……で?」
「だからやめたんだ」
長門自身は最後まで突入を望んだということは言わなかった。今更言い訳にしかならないことだ。
「はぁ……ジャップはバカなのかずる賢いのかわからないね。少なくとも今のあんたの発言はバカ丸出しだけどな」
「……?」
「レイテ湾侵入はアタシ達がさせなかったさ。スリガオにおびき寄せられてたとはいえ、あんたらの湾内突入には間に合っただろうよ。戦艦の数も、随伴の巡洋艦、駆逐艦の数もこっちが上だ、連戦とはいえ弾薬もちゃんと補給していた。おまけにこっちが完全に制空権をとっている状態だ。護衛空母群はもちろん、エンガノ岬沖に行った空母機動部隊の本隊からの増援も間もなくやってくる予定だった」
アメリカ軍は当初、栗田艦隊はシブヤン海で撃退され撤退途中であると思っていた。
だからレイテ湾を離れて全空母機動部隊を、日本の囮機動部隊に差し向けたのだ。
だが、その途中で栗田艦隊が再進撃を開始しているということに気付き、焦ったのではあるが、機動部隊を分けて一部をレイテ島に戻し、残りで日本の残存空母を殲滅しようとしたのだった。
その援軍の機動部隊はすぐさまレイテ周辺に来るものでもなかったが、栗田艦隊がペンシルベニア達第7艦隊との交戦に長引けば追いつかれていただろう。
そういったアメリカ側の裏事情は、長門は知らないことだった。
「お前は大和の恐ろしさを知らない、同じビッグセブンのメリーランドとウェストバージニアを私が引き受ければ、旧式戦艦ごときに大和は負けん」
だが、言い負けられてばかりなのも癪だった。
「まあ、おたくのヤマトがどれほどの化け物かは分からないけど。空襲を受けつつ、随伴艦も劣勢、そんな中で多数の戦艦を相手に砲撃戦しながらうまく湾内に突入出来るほどの艦娘なのか?そいつは」
「ぐ……それは、やってみなければ分からんが、大和のアウトレンジ砲撃ならお前達の砲弾は届かない」
ペンシルベニアはやれやれと言った顔をしてビールを啜る。
「アウトレンジは確かに怖いが、アタシらを撃退するにはかなり時間がかかるだろう。それに航空機の攻撃にはそんなの関係ない。まあかなり大目に見て、仮にアタシらが堪らず逃げ出したとして、レイテ湾にいた輸送船団はもうみな積み荷を降ろした後だったさ。そんなやつらをいじめてどうするつもりだった」
少し考えればわかったはずの事実に、長門は絶句した。
あの時はとにかく輸送船団さえ破壊すればいいと考えていたが、積み荷が陸に下ろされていたら戦果は半減以下になってしまう。
「な……!」
「そして、レイテ湾に入ったが最後、機動部隊本隊から駆け付けたアイオワやニュージャージーや、その他の怖い怖い空母おばさんに袋叩きにあってスクラップ以下になってただろうよ」
本当に、何も言えない。
ただ、レイテ湾突入はとてつもなく困難であり、無謀なことだったのだと改めて気付かされただけだった。
「撤退は正しかったよ、冷静な判断だ。だが、それでもバカみたいに突撃してくるのがジャップだとアタシは思っていたね。というかそういう作戦だったんじゃないのか?クレイジーな囮空母も、フソーとヤマシロのバンザイアタックも、この作戦から始まったあのクソ忌々しいカミカゼアタックも」
ペンシルベニアは眉を顰める。
「アタシやメリーランド達はクリタ艦隊は絶対突っ込んでくると思ってた、賭けにもならないことだったさ。なのに、お前らは最後の最後になってクールになっちまった。それがずっと不思議だっただけさ」
再びジョッキを掴み、一気に全部飲み乾すと「おいプリンツ・ユージーン、ビール持ってこい」と注文をつけて近くにいたプリンツ・オイゲンを走らせた。
なんだか言いたいことを言ってそれで満足だといった表情だ。長門の答えはそれほど求めていないのかもしれない。
だが、長門も黙っているわけにもいかなかった。
「私もずっと謎だったんだ、なんであの時反転したのか正直今でも良くわかっていない」
「……死にたくなかったんじゃないのか?」
「正直に言えば、あの時は私は心の底から突撃したかった。泣いて懇願したが大和には受け入れられなかったんだ」
さっきは敢えてそれを隠したが、正直に言おうと思う。
「ふ~ん」
使いっぱしりさせられたプリンツ・オイゲンからビールを受け取ると、ペンシルベニアは興味深そうに長門を見つめる。
「だが、生き残ってみて、悩んで、一つの結論が出た」
「……」
「無駄に死ぬより、生きるところまで生きて何かを残そうと思った、自分にはまだなにかしなくてはいけないことがあるのかもしれないと」
「……」
「そう思うと、あの反転も、あそこで死ななかったのも、そうなるべくしてそうなったのかもしれない」
長門は、夜の暗い海を見つめた。そこを酒匂と駆逐艦が裸足で波打ち際を駆けていく。
「……あ~~、そんな恥ずかしいセリフこれ以上言うな。こっちが嫌になる」
「なんだ……失礼な」
「ジャパニーズネイビーはみんなお前みたいにクソ真面目なやつばっかりなのか?だとしたらアタシが入ったら1日でストレスで禿げるね」
「お前が訊きたがったんだろ」
「生きたいから生きる、生きてる以上それを思いっきり楽しむ、そしたら死ぬことだって悔しくない、それでいいだろ」
ペンシルベニアはそれほど酒に強くないのか、もう顔はだいぶ赤くなっていた。
「それは恥ずかしいセリフじゃないのか」
「あ~~!いいだろもう!あんたのことは分かった!だからこの辛気臭い話はこれで終わりだ、もっとみんなで楽しく酒を飲もうぜ」
「はあ……」
それで本当に、真面目な話は終わった。
ペンシルベニアはフラフラしながら立って周りを見渡すと、近くで別の輪を作っている戦艦や空母を呼んだ。
それに呼ばれて彼女達がゾロゾロと長門の側に集まってくる。
「やっとあなたと飲めるわ」
長門の隣にずいっとやってきたのはサラトガだった。待ちわびていたらしい。
手にはワイングラスとボトルを持ち、グラスには並々と葡萄酒が注がれている。嗜むというレベルではない。
「シスターってのは飲酒は大丈夫なのか?」
日本で言えば尼さんみたいなものなのだろうが、戒律が厳しいところでは飲酒が禁止されている場合も多い。
「なあに?イエスキリストも葡萄酒を飲んでいたのよ、駄目なんて決まりあるはずが無いわ」
「はあ……」
そういうものらしい。
「そんなことより、あなたさっきの話聞いてたわよ。いい話じゃない」
「聞いていたのか……」
彼女も酔っているのか、なんとなく昼間よりも押しがさらに強い感じがした。
「それで、あなたが生きてやるべきことというのは、わかったの?」
「やるべきこと……いや、まだ」
それは正直わからない。明確な答えがあるものでもないと思っていた。
ここで、彼女達アメリカ艦娘に出会えただけでも価値はあったと思うが。
「そう?迷える子羊の相談ならいつでも乗るわよ」
サラトガの頬笑みは、天使か女神のようだった。
「こらー!そこ!いつまでまじめな話ししてんだ!!もっと盛り上がる話をだな!!猥談とか猥談とかなぁ!!!」
その会話も、ペンシルベニアに遮られて終わった。
波打ち際では酒匂達が水を掛け合って遊んでいた。そこに、競泳風の水着を着た潜水艦が何人か混じっている。
その一人、バラオ級潜水艦スケートはかつてトラック島周辺で酒匂の姉阿賀野を撃沈した潜水艦だった。
酒匂はそんなことを知らないし、スケートも阿賀野をなんらかの日本巡洋艦としか認識しておらず、今ここにいる酒匂があの時の獲物の妹だとはつゆ知らなかった。
そんな二人も、今は笑いあって遊んでいる。
戦争は終わったのだ。
憎しみや恨みの連鎖も、ここでは断ち切られている。
このビキニ環礁ではまるで全ての過去が清算されたようだった。
だが、そんな幸せな場所はここにしかなかった。
まもなくの死を約束された者達だったからこそ、ようやくこのように同じ艦娘として触れあえたのだった。
ここじゃない場所で長門とペンシルベニアが出会っていたら、ただ憎しみの視線を交わし合っただけだったろう。
色々な意味で、戦争はまだ終わっていなかった。
読んでいただきありがとうございます
以前の話とも繋がっている部分があるので、話としてごちゃごちゃしてしまい、分かりにくい部分があるかもしれませんが……
次回は第一回実験の話になります