艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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クロスロード作戦の話です

残酷な表現がありますので注意してください


(32)悪魔の心臓

 

 

1946年6月 マーシャル諸島 ビキニ環礁

 

 

 それから数週間の間、長門と酒匂とプリンツ・オイゲンとアメリカ艦娘達は環礁で仲良く暮らした。

 サンゴ礁にダイブしてみたり、魚釣りをしたり、ただ砂浜に寝そべったり、相撲とレスリングの異種格闘技戦や野球のようなこともした。

 夜になると星を見ながらバーベキューをして酒を飲み、色々なことを話しあった。

 故郷のこと、アメリカや、ドイツや日本。そして戦前戦中に航海した様々な海、陸地、町、気候、食事など話題は尽きなかった。

 だが、最後はだいたい戦争のことになった。

 艦娘はどこの国でも戦争の道具であり、それに全生命をかけている。普通の少女のように趣味や恋愛にうつつを抜かすことは出来なかった。

 だから皆が一番興味を持つ共通の話題は、戦争のことなのだ。

 中でもプリンツ・オイゲンの語るライン演習作戦、ビスマルクの大活躍の話は一番ドラマチックであり、どの艦娘にも人気の話で何回も話してくれとせがまれるほどだった。

 この話の一番良いのは日本もアメリカも出てこないことだ。

 アメリカ艦娘はなぜか一番の仲間であるイギリス艦娘をそれほど好きではないようで、プライドばかり高くて頼りにならないやつら、と認識しているようだった。

 ビスマルクがフッドやプリンスオブウェールズを叩きのめすシーンでは、アメリカ艦娘は黄色い声を上げながらドイツ側を応援するほどだ。

 ただ、プリンツ・オイゲンはビスマルクと別れて以降の展開は良く知らないらしく、話すたびに微妙に内容が変わっていき、最終的にはビスマルクがロドニーやキングジョージ五世を撃退してさらにイギリス海軍の本拠地であるポーツマス海軍基地に殴りこみをかけたり。またはテムズ川に突入してロンドンの街を砲撃する、などというとんでもない架空戦記さえ生まれていた。

 長門は、語るほどの武勇伝もない自分の艦歴を、恥ずかしく思ったほどである。

 

 ただ、楽しい話ばかりでもなく太平洋戦争でのお互いの悲惨な戦闘のことも語り合った。

 緒戦の話は、誰もが日本海軍の強さを褒め称えており、その好敵と戦えたことを誇りに思うといったものだった。

 しかし中盤以降は徐々にそれも怪しくなり、あの時なんであんなことをしたのだとか、単純な恨みつらみの文句だとか、または逃げる日本軍を駆逐していく自分達の自慢話が多くなった。

 特にレイテ沖海戦以降は最悪の評価であり、誰もが口をそろえて言ったのは神風特攻隊の怖ろしさだった。

 カミカゼアタックがアメリカ艦隊に与えた恐怖と実際の損害は、計り知れないものだった。

 

「カミカゼ……やられた私が言うのもなんですけど、あれはいけないわ」

 1945年の2月、サラトガは神風特攻を受けて飛行甲板が炎上し、大破状態になっていた。

 他にもここにいる戦艦で言ってもネバダやニューヨ-クも特攻の直撃を受けており、アーカンソーも当たりはしなかったが襲撃は受けている。

 ペンシルベニアは終戦直前に沖縄で天山攻撃機の通常雷撃を受けて損傷しているが、その時期にそれはむしろ珍しい例だった。

「それは、私からもなんとも弁明の余地は無い」

 長門とサラトガは太陽の照りつけて白く輝く砂浜に立ち、外海を眺めて立っていた。

「神から授かった命を、神の名のもとにあんなことに使うなんて……」

 東洋と欧米では価値観が違う、神と言う名も、言葉は一緒でもそれを指すものは全く別のものだ。

 しかし、それを祀る者は、東西ともに同じ人間である。

「悪いのは神ではない、それを騙り利用する人間だ」

 キリスト教であれ神の名の下に戦争を起こした例などいくらでもあるのだ。ただ、それはイエスキリストが望んだものでも、その教義に内在したものでもない。

 信仰心を利用し、教えを曲げ利益を得ようとした者がいるということだ。

 それを自覚しているのか、サラトガはゆっくりと頷く。

「残念なことに戦争は必ず誰かが死ぬものです、でも死ぬことを絶対の前提としたあんな戦い方は二度としてはいけないわ」

 長門からすれば耳の痛い話だった。

 

 日本の特攻が生まれたのは、一つは技術力不足から来るものであった。

 大戦から70年経った現代の艦隊戦における最も重要な攻撃兵器は、対艦ミサイルである。

 空を自由に飛びながら爆弾を抱えて敵艦に体当たりをかける、という所謂誘導ミサイル的な戦法の効果の大きさは、第二次大戦中に各国がすでに考え研究していたことである。

 ドイツはいち早くフリッツXというラジコン誘導グライダー爆弾や、ロケットエンジンを付けた誘導爆弾などを開発し、連合国に寝返ったイタリアの戦艦ローマを沈め、その姉である戦艦イタリアを大破させたほか、イギリス戦艦にも損害を与えている。

 一方アメリカはレーダーで敵を捉えながら自動で敵に向かっていく、という現代の対艦ミサイルとほぼ同じ原理の誘導爆弾をすでに実戦で使用可能なレベルで開発していた。

 日本も誘導爆弾は開発しており、完成しかかっていたものもあったが実戦への投入には及ばなかった。

 しかし、ドイツやアメリカでさえようやく導入したような技術を、もっと手っ取り早く戦場に用意できる方法を日本は持っていた。

 搭乗した人間の目による極めて精度の高い誘導。

 航空機による自爆攻撃である。

 欧米などの人間魚雷と呼ばれた兵器は特攻に近いものではあったが、攻撃時には搭乗員は脱出が可能となっており絶対に死ぬものではなかった。

 逃げられない死を前提とした特攻を喜々として行えるような兵士の教育が出来たのは日本だけであった。

 その狂気に近い戦士の育成、というハードルさえ越えることが可能であれば、既存の航空機を爆装させ、特攻隊員を乗せ、後は敵に向かって飛ばせばいいだけなのである。

 日本の特攻機は、ドイツのフリッツXやアメリカのレーダー誘導爆弾などとは比べ物にならない性能を持っている。敵近くまで輸送せずとも基地から長距離を飛び、人の目による視認という超高性能な敵把握能力を持ち、能動的な回避行動をとりつつ敵に突っ込んでいく。

 外道中の外道の戦法とはいえ、それは画期的な新兵器だった。

 そして実際に神風特攻隊を始めとする特別攻撃は、とてつもない戦果を上げていた。

 空母、戦艦、巡洋艦のそれぞれ複数に攻撃を成功させ損傷を与えている。

 そして護衛空母、駆逐艦、その他小型艦艇の多くを撃沈し、その数倍の数を撃破していた。

 おおよそ400隻以上の連合国艦艇になんらかの被害が及んでいるのである。

 あくまで大まかな数であるが、少なくとも大戦を通じて日本海軍の十二隻の戦艦達が挙げた戦果よりも遥かに多くの損害を、レイテ沖海戦以降の一年足らずでアメリカに与えているのであった。

 失った数千の航空機の数は日本にも大損害であるが、制空権制海権のほとんどない状況であれだけの戦果を出すのは海軍艦艇の通常攻撃ではまず不可能だった。

 また攻撃に成功しなくともアメリカ艦隊全体に大きな恐怖を与えており、いつ特攻機が来るか分からないという状況は心理的ダメージとしてもかなりの影響力があった。

 戦果はそれなりのものがあり、誘導兵器というものの効果の大きさを証明することになったのだ。

 

 だが、それは失っていったパイロットたちの命を度外視したうえでの話である。

 まず倫理的な面で、絶対にやってはならないことだ。そのような方法で仮に戦闘に勝利したとしても、それが本当に喜ばしい勝利と言えるのかは大きな疑問だ。

 また戦略上も、結局はほとんど意味をなさなかった。

 アメリカは特攻による損害程度ではなんら動じないほどの艦艇を揃えており、それにより作戦が大きく停滞したり阻害されることは無かった。

 特攻隊の命を賭した突撃も、結局は嫌がらせ程度の影響しか戦局には与えていないのである。

 それにより日米共に無駄な犠牲が増えていくだけだった。

 一番大きな影響を及ぼした面といえばやはり心理的精神的な面ではあるが、それはむしろ悪い結果となって日本に振りかかっている。

 カミカゼアタックやバンザイアタックのあまりの激しさから、アメリカは日本本土上陸を最大の脅威と見なしていた。

 そこまでは良かったのである。

 だが、その結果は、アメリカによる空襲の激化であり、ソ連の日本進攻であった。

 とはいえソ連の手助けは望みつつも、その反面ソ連の日本占領はあまり好ましくないとも思っていたアメリカは、日本の降伏を早める意図である計画を実行に移す。

 原爆の使用である。

 特攻と原爆の繋がりは無い。しかし特攻の恐怖など様々な不安要素が積み重なり、やがてアメリカ全体に早く戦争を終わらせたいという当然の気分が蔓延し、それが最終的に原爆の使用もやむなしと判断させた一つの要素となったと考えることは出来る。

 戦争における恐怖はさらなる恐怖しか生まず。敵に対する憎悪はそれ以上の憎悪となって自分に振りかかるのである。

 

「しかし、私達が標的となって食らう新型爆弾とは一体どのような爆弾なのだ」

 長門はサラトガに尋ねた。

 広島、長崎のことは長門にはほとんど知らされておらず、原爆の威力や放射能の脅威といったものを彼女は知らない。

 だが、それはサラトガも一緒だった。

「アトミックボム……原子爆弾や核兵器と言われてるみたいですが、どういったものかは」

「広島や長崎の空襲でもそれが使用されたと聞いているが、それ以上の噂はほとんど流れてこない。なんでも化学兵器だったという噂もあるが」

 化学兵器という言葉にサラトガは顔をしかめる。

「化学兵器?アメリカがそのようなおぞましいものを使うわけが無いわ」

 彼女はアメリカがどこまでも正義の国と信じて疑うことをあまりしないようだった。

「いや、私も詳しいことは知らないが」

「……ただの、威力の大きな爆弾なだけよ」

 その真偽も、間もなく自分の目の前で判断がつくのだが。

 正体不明の新型爆弾は、その威力がわからないだけに恐怖を煽るものだった。

 

 

1945年7月1日 ビキニ環礁

 

 

 クロスロード作戦。

 新型爆弾の実験の初日がついにやってくる。

 長門達は環礁の中心部に集められていた。

 戦艦ネバダを中心に、輪形陣とも複縦陣とも言えない雑多な密集陣形をとっている。

 この時になっても情報をほとんど与えられていない長門達には、どういう爆撃なのかまったく予想がつかなかった。

 大艦隊といってもいいこれだけの標的艦を攻撃するのに、いったい何機の爆撃機が来て、何発の爆弾を落とすのか。

 長門がプリンツ・オイゲンから聞いて知っている限り、大戦中に艦艇に使用された最大の爆弾はティルピッツが受けたトールボーイだろう。

 それですら戦艦一隻を沈めるのに数発を要したのだ。

 これだけの艦艇を集めてどのような爆撃をするつもりなのか。

 原子力爆弾とは一体どのようなものなのか。

 戦艦並みに大きい爆弾だとか、町をひとつ吹き飛ばしたほどの威力だとか、毒ガスをまき散らすだとか、何千何万発も降ってくるだとか、真偽のほどが分からない噂ばかりが流れていた。

 

 指示された所定の位置に着くと、後は特にすることもなかった。

 待っているだけだ。

 じっと待っていられないのか、ペンシルベニアが配置を勝手に離れてこっちに寄ってくる。そしてそのまま、少しの間しゃべることになった。

「心残りがあると言えば、最後にあんたと一発やり合いたかったことだぜ」

「ベッドの上でか?私にそんな趣味はないぞ」

 長門はそんな冗談を言えるほどにアメリカ艦に影響されていた。

「ちげぇよガンファイトだよ……まあ、アタシはあんたとなら……そっちでもいいけど?」

 ニヤニヤしながらこっちを舐めるように見るペンシルベニアの目が本気に見えなくもないので、長門は少し焦る。

「冗談はよせ……砲撃戦で私とやって勝てると思ってるのか」

「自信はあるぜ、接近して組み伏せて、後はアンアンよがらす」

「……本気でビッグセブンの力を見たいようだな」

 長門がそう言って殺気を放ちつつ睨みつけると、ペンシルベニアは一瞬しまったといった顔をした後破顔した。それにつられて長門も笑う。

 あの時、長門達がレイテ湾に向かっていたら、その決闘は現実のものとなっていたかもしれない。

 二人は冗談を言い合うことも無く本気の殺意をぶつけて殺し合っていたのだ。

 どちらかが沈むまでそれは続いただろう。

 しかし今二人は親友のように笑い合っている。

 

 ペンシルベニアは笑い終えるとすこし真面目な顔になった。

 さっきの冗談は挨拶のような前置きだったらしい。

「で、新型爆弾にションベンちびりそうにブルってるナガトさんに朗報だ。これは、さっき実験の準備で観測装置を調整してた調査隊の艦娘から聞いたんだけどよ……」

 今日は環礁内にも標的艦ではない艦娘が入り込んで、実験の準備を手伝っている。彼女達は準備が済むとそそくさと環礁を離れていったが、実験の内容をそれなりに聞かされてるその艦娘達から何かを訊き出していたようだった。

「この実験が終わっても全ての艦娘が沈むわけじゃないらしい。むしろ大部分は生き残るだろうと踏んでるそうだ」

「何?どういうことだ」

「そりゃあそうだろう、軍が知りたいのは何隻を沈められるかじゃなくて、各艦艇にどんな被害が出るかだ、沈んだらそれは調査出来ないからな」

 それは、確かにそうかもしれない。

「まあ、そうだな」

 普通の標的艦とは、砲撃や爆撃、雷撃の的になってそのまま沈められるが、沈まない程度にボコボコにされたら一旦被害状況を調査されて、その後にようやく自沈などで沈められる場合もある。

 加賀の妹である土佐などが良い例である。

 土佐は標的として新型砲弾の砲撃等を受けてから被害調査、自沈までを6カ月ほどかけてやったらしい。それはまあまあ長いほうだったが、今回の実験はそれよりさらに長い時間をかけて被害調査をするようだ。

「アタシにも良く分からないんだが、放射線量の経年変化のなんとかとか、そんなことを言っててな。状態の良い船はアメリカ本土やハワイに連れていかれて長い時間をかけてじっくり調査されるらしいんだ。そうじゃないやつも1,2年はここら辺の海に残って生きられるかもしれないらしい」

「……そんなに調査されるのか?」

 良く分からないが、情報はそれなりに信用できそうなものだった。この場所で長くても数カ月のうちにみんな沈むものだとばかり思っていたが

 

「なあ……ナガト」

「どうした」

 ペンシルベニアはさらに真剣な顔になっていた。

 どうやらこれからがやっと本題らしい。

「アタシの妹のアリゾナは、パールハーバーにいるんだ、今でも海の底で眠ってる、あんたらのおかげさんでな……」

 ペンシルベニア級二番艦アリゾナは真珠湾攻撃の時に加賀の航空隊の爆撃を受け沈没した。

 撃破された他の戦艦が引き揚げられ修理されて復活していく中、アリゾナだけは損傷が大きすぎたために今でもパールハーバーに沈んだままでいる。

「……それは」

 それは知っていることだ。

「あいつは、戦争の記念としてあのままずっとあそこに残されるんだとよ。リメンバーパールハーバーってさ……あんなアホなことはさっさと忘れればいいのにな……」

 しかし、長門は少し驚いていた。ペンシルベニアがこれまで妹のことや真珠湾攻撃のことを口にしたことは一切なかったからだ。

 レイテ湾でのことや特攻機のことは文句を垂れていたが、彼女にとって一番悔しいであろう真珠湾攻撃の奇襲のことは何も言わなかった。

 当時の太平洋艦隊旗艦はペンシルベニアだったというのに。

 

 ペンシルベニアの艦歴は彼女の性格に似合わず相当なものだった。

 1916年、第一次世界大戦の真っただ中で生まれ、戦場には出なかったが当時の最新鋭の戦艦であった彼女は大西洋艦隊旗艦に任命される。

 大戦後しばらくした後、1921年には続いて太平洋艦隊旗艦に任命され、さらに1922年に太平洋、大西洋艦隊が統合され合衆国艦隊にまとめられると共にその艦隊のトップの地位を得ることになる。

 大戦と大戦との間のつかの間の平和を彼女は栄光と共に過ごすことになる。

 それは同じ時期に連合艦隊旗艦であった長門ともよく似た境遇であった。

 1941年、新しく太平洋艦隊司令長官兼合衆国艦隊司令長官として任命されたハズバンド・キンメル将軍の乗艦となったペンシルベニアは、改めてその大将旗を翻して真珠湾に座すことになる。

 そこに襲い掛かったのが真珠湾攻撃だった。

 日本の完全な奇襲を許し、艦隊を壊滅させられ、そして妹のアリゾナを目の前で失う。

 その大失態の全責任を背負うように、彼女は自ら将旗を軍に返上した。

 

 その大きな挫折と苦悩の影をまったく感じさせない彼女を、長門は最初不思議に思っていた。

 同じように艦隊旗艦であり、挫折も味わった長門だったからこそ、ペンシルベニアの悔しさは痛いほど分かった。

「まあ、だからさ……もしこの実験が終わってアタシ達が元気に浮いてたら、そんで運よくハワイに行けることになったら……そん時はアリゾナの墓を案内するよ」

 レイテ湾の話のように、なぜその怒りや悔しさを長門にぶつけないのか……。

「ハワイ……か……私が?」

 それは、本当に悔しいからこそ言えなかったのだろう。

 だが、そんな影の部分をさらけ出してくれるほどに、今彼女は長門を慕ってくれている。

 長門をその故郷に連れて行ってくれようとしてくれる。

「アメリカ本土でもいいけどよ。戦時中あんたらがさんざん行きたがってたパールハーバーやアメリカ西海岸だぜ……生き残ればそこに行けるんだ」

「アメリカ……」

 しかし、それは思ってもみない話だった。

「どっちにしろ数年もしたら最後は沈むかスクラップとして解体だろうが、それまで自由の国で遊んで暮らせるんだ。夢の年金暮らしだぜ、どうだ?」

「う~む……」

 夢にも思わないことだったので何とも言えない。アメリカ本土にこんな元日本海軍の象徴だった戦艦が行くことは政治的にも世論的にもどうなのだ、と思うが。

 それが実現すれば少なくとも日米共に大事件だろう。

「不安な気持ちも分かる、まあ、生き残れるかも分からないんだ。だけどさ、もし実験が終わってアタシ達が元気に浮いてたらさ、その時は考えてみてくれよ」

 確かに、一切のしがらみ無く考えればペンシルベニアと豊かな国アメリカで余生を過ごせるというのは楽しいことなのかもしれない。

 長門はそんなことを考えるが、難しそうに唸る。

「ふむ……」

「……」

 ペンシルベニアは、「どうかな?」といった感じで長門の答えにソワソワとしていた。

「私にはもう姉妹艦も、帰るべき艦隊も軍も無い……そんな元敵国の戦艦をアメリカは受け入れるのか?」

 姉妹艦という言葉に、彼女の眉が一瞬反応したように見えた。長門も同様に目の前で陸奥を失っていることを、こいつは知っているのだろうか。

「懐だけは無駄にでかいのがユナイテッドステイツだ」

「なんだそれは……まあ、考えておこう」

「ああ、だから絶対沈むんじゃないぜ」

 

 ペンシルベニアは持ち場に去っていく。

 そこまで自分のことを気に入ってくれていたというのはむずがゆかったが、嬉しくもあった。

 ただ、そんな幸せな時は恐らく訪れないのだろうなということも、なんとなくわかっていた。

 日本の軍艦が、パールハーバーやアメリカの港に入る……か。

 そんな時代がいつか来るのだろうが、それは今じゃない。

 

 

 そしてついに時は来る。

 青い空をあの忘れられないシルエットがやってくる。

 B-29爆撃機だ。

 どんな大編隊が来るものかと期待していたらそれはたった一機でやってきた。

 環礁に待機している艦娘達が空を見上げ、B-29を見つめる。

 誰もが先導機かテスト飛行か偵察か何かかと思った。

 しかし、それは環礁の真ん中近くに向かってくると一つの爆弾を投下した。

 なんだあれは、まさかあれが新型爆弾なわけは無いだろうと皆が思っていた時。

 それは炸裂した。

 最初の原爆トリニティ実験、広島、長崎の後、4番目の原子爆弾がついにその真の姿をビキニ環礁に現出したのだった。

 

 エイブル。

 そう名付けられた原子爆弾の中心に搭載されたプルトニウムの球体は、実験中に二度臨界事故を起こし数人の研究者の命を被爆の苦しみの元奪った。それ故にその凶悪な球体は「デーモン・コア」と呼ばれることになる。

 しかし、悪いのはデーモン・コアではない。悪魔の力を前に不用意に手を触れようとした愚かな科学者達こそが禁忌を犯し罰されたのだ。

 エイブルはビキニ環礁の上空158メートルでついに解き放たれ、その本来の姿を現世に降臨させた。

 それは数人の人間を殺す程度の力ではない。

 悪魔との契約は、世界を滅ぼす。

 

 長門の目にはまず白い光が見え、それが視界いっぱいに広がった。

 世界中が光で包まれたようになり、やがて光は黄色みを帯びたかと思うとオレンジになり赤くなって血のように濁っていくと最終的にどす黒い闇になった。

 さらにとてつもない衝撃波が長門を襲う。

 4万トンの巨体が小舟のように押しやられ、波に上下する。太平洋のどのような嵐もこれほど激しいものは無かった。

 そして生暖かい空気が逆に吹いたかと思うと猛烈な熱波と爆風が爆心地から再び襲いかかる。

 すぐ上空に太陽が出来たかのように、その地獄の炎は辺り一帯を焼き尽くした。

 戦艦の鋼鉄の艤装が溶けるように焼け焦げていく。

 灼熱地獄とはまさにこのようなものなのだろう、いや、それよりも酷いかもしれない。

 早く終われと思うほどに地獄の時間は長く感じた。

 だが息も出来ない焼けつく空気も、やがて治まっていく。

 悪魔は散々暴れまわり、ようやく満足したように消えていった。

 やっと落ち着いた時になって、長門はようやく目が見えないことに気付いた。光に焼かれて目をやられたようだ。

 世界は新型爆弾に全て焼かれたように暗黒に包まれている。

 海に浮いている感覚だけはあるので、やはり目が見えないだけだろう。

 周りではいくつかの声が聞こえ、他の艦娘達も生きているようだ。「大丈夫か?」といった声や「あれはなんなの……」といった混乱の言葉が大半だが、その中で悲痛な叫びや泣き声が聞こえ始める。

 あまりのショックにパニックに陥っただけか。あるいは爆発にやられ本当に危険な状況にあるのか。

 

「ぴゃあ~~~~ぁ……」

 環礁内はまだ熱がこもっているような不吉な空気に包まれ、異様な喚き声が響いている。その中に、酒匂のものと思われる泣き声が聞こえた。

 酒匂は、長門の割と近くにいたはずだった。見えないながらも声を頼りに急いでそこに向かう。

「酒匂!!」

「ああぁ~~~~~~ああぁ~~~~」

 泣き声は、どこか異常な感じを纏っていた。

 いつもの不貞腐れて上げる酒匂のあの可愛らしい泣き声とは様子が違う。

「酒匂!!どうした!!」

「ながと……ねえちゃ……あつい……あついよぉ……」

「待て!今行く!すまんが目が見えないんだ」

 近づいているようだが、正確な場所が分からない。こんな時にレーダーがあればいいのにと思う。

「あつい~……あついあつい~あつい……あぁ」

 さっきの熱波に船体を焼かれたのか、鉄の燃える臭いと音が聞こえた。被害は相当酷いのかもしれない。

 そしてなにやらぴちゃぴちゃと水の音がする、海水を掬っている音だ。

「止めろ!酒匂!!」

「みず……おみず……う……いたい……いたいよぉ」

 あまりの痛みに海水を患部にかけようとしているのか、猛烈な喉の渇きから飲もうとしているのか、あるいはそのどちらもか。

「酒匂動くな!私が……」

 とにかく浅瀬に連れて行こう、ここで意識を失えば沈没しかねない。

「おねえちゃん……いたいよぉ……なんで、なんで」

 ようやく声の元にたどり着いた、その腕をとって引っ張ろうとする。

「酒匂……ここだな?よし、浅瀬に行こう。傷の手当てくらい出来るはずだ」

「いたいっ!!いたいよぉっ!!」

 が、しかし、掴んだ酒匂の腕はザラザラとして、それと同時にヌルッとしていた。やけどの跡だろうか、ちょうど酷いところを触ってしまったのかもしれない。

「す、すまん!!」

 長門は反対の手を掴もうとする。しかし、手に伝わる感触はさっきよりも酷く不快なものだった。

「ああああああっ!!!」

 ズルッという感触と共に、なにかが海面に落ちる音。

 対して酒匂は苦しみもだえるように叫んでいた。

「ど、どうした……!?」

 

 酒匂はこの時全身を大やけどしていた。肌はすべて爛れ、焦げてパリパリになったところがあれば血がにじんでグチャグチャになっていたり、水ぶくれのようになっているところもあった。

 皮膚はおおきくめくれ、腕にぶら下がっている。

 髪の毛はすべて焼け焦げて縮れ、その可愛らしかった顔も、今は醜く爛れ潰れていた。

 艤装はほとんどなぎ倒され、原形をとどめていないだけでなく激しく炎上している。

 もはや海面を漂う幽鬼のようであった。

 あの美しい艦影は、跡形もない。

 それに対して目の見えない長門がなんとかしようとしている所を、サラトガは駆け付けながら見ていた。

「酒匂ちゃん大丈夫よ!長門!もういいわ!私に任せて!」

 周りには泣き叫ぶ駆逐艦や他の小型艦艇が沢山いたが、そのなかでも一番酷く見えたのが酒匂だった。

 投下後、風に少し流されたエイブルはちょうど酒匂の直上で爆発し、その猛威をもろに受けてしまったのだろう。

 母親のような心でサラトガはその場に向かう。彼女自身爆風にやられ傷を負っていたがそんなこと気にならない。

「サラトガか?すまない!頼む、私は目が見えない」

 長門は彼女自身も困惑しているようだった、酒匂をどうすれば救えるのか分からないようだ。

 しかし、サラトガ自身もそんなことは分からなかった。

 どこかの工廠にでも運び込まない限り手遅れのような気がしたが、そんな考えは吹き飛ばそうとする。

 助けたかった、純粋にその思いだけはあった。

「酒匂ちゃん……手をそっと、ゆっくり握って……一緒に行きましょう」

 酷いなりをした、まさにゾンビか何かのような姿の彼女を、それでも抱き締めたかった。

 だが、そんなことをしてもむしろやけどを悪化させるだけだ。

 サラトガは差し出された震える手を握り、手のひらの肌がグチュグチュと潰れるのを感じながら、ゆっくりと曳いていった。

 とにかく、沈まないように浅瀬に連れていかなければ。

「いたいよ……あつい……おみず……」

 酒匂はそんなことを虚ろに呟くだけだった。

「大丈夫、大丈夫よ」

 酒匂を曳航するサラトガの後ろを、フラフラと長門が付いてきていた。

「いたいよ……もうやだよぉ……もう、やだ……」

「酒匂ちゃん!あきらめちゃだめ!あなたは助かるわ」

「さかわ……しぬの……?」

 サラトガの心を見透かされたのか、酒匂の言葉は全てを理解していた。

 自分の状況も、助かるというサラトガの嘘も。

「天があなたを召されるものですか、何も悪くない善良なあなたを、そんなはずがありません」

 神はそこまで惨いのか。

 酒匂が就役したのは戦争のかなり終盤であり戦闘など一切参加していないと聞いていた。

 そんな清い心の少女すら、罰を下されるのか。

 兵器であるということそれだけで罪だとでもいうのか。

 なら、私は……。

「しぬの……」

 酒匂の問いはどこまでも残酷だった。

「オー……ゴット」

「さかわ……まだしにたくないよぉ……もっと……あそびたいよ……みんなと、なかよくなった……のに……」

 サラトガそれでも諦めなかった、ただ励まし続けるしかなかった。

「何言ってるの!大丈夫よ、ほらこっちに、傷を消毒しなきゃ」

 しかし、その励ましは届かない。

「やはぎちゃん……どこいくの……あついよ……」

 矢矧とは、姉のことか。

 サラトガは前に酒匂がそんなことを言っていたのを思い出した。

 しかし、矢矧は沈んだはずだ。

「やはぎちゃん……いかないで……さかわも……つれていって……」

 幻覚か?

 酒匂は海の底を見ながら、繋がれていない方の手で海面を撫でるようにする。

 まるで、海の底にいる何かに呼ばれるように。

「駄目よ酒匂ちゃん!!付いて行っちゃだめ!あなたはここにいるの!」

 サラトガの必死の叫びも聞こえないようだった。

「やはぎ……ちゃん……わたし、も……そっちに……」

 深海に棲む亡霊に引かれるように、酒匂はサラトガの手を離した。

「酒匂!!駄目だ!!矢矧はそこにはいない!!!」

 後ろから付いてくる長門も、泣きそうになりながら叫んでいる。

「頑張って!頑張って酒匂ちゃん!」

 しかし、応援もむなしく、酒匂は力なく海面に膝をついた。

「ああ……あぁ……」

 少女の声は擦れ、もう言葉にすらなっていなかった。

「酒匂!!頑張れ!!もうちょっとで浅瀬だ!!!」

 サラトガが再び腕をとり、長門が見えないながら不器用に背中から艤装を押したが。

 酒匂はそのまま崩れ落ちるように波間に横たわった。

「酒匂ちゃん!!」

 浸水しているようだった。

 なんとかしたかったが、甲板上の炎は激しさを増し、どうすることも出来ない。

「あぁ……アァァ……ヤット……ワタシモ」

「やめろ!やめろぉおお!!!」

 転覆して沈みゆく酒匂を長門は抱きとめようとするが、目測のつかないその手は空を切り、波をはじいただけだった。

「遊ぶんじゃないのか!アメリカの艦娘達と!いっぱい仲良くなったんじゃないのか!!」

 こんなに友達が出来たのはここが初めてだと、この子は嬉しそうにそう言っていたじゃないか。

 日本にはもうあんまり艦娘はいなかったから、こんな大艦隊の大家族はこれが初めてだって。

 嬉しそうにそう言ってたのに……。

 サラトガはもはや黙って見届けるしかなかった。

 死こそが、その苦痛を取り除く慈悲だと思うしかなかった。

「酒匂ちゃん……」

 消えゆく酒匂の命に、強く祈った。

「サクラノ……ナカデ……キレイナ……」

 

 酒匂の目に映る幻覚は、桜の花びらの美しく散るあの故郷の景色だった。

 死にに行く矢矧達を見送ったあの時の。

 戦争は終わり、日本海軍という枠組みから解放されてなお酒匂はあの戦争に囚われていた。 

 日本という呪縛から逃れることは出来なかった。

 それはまた姉妹艦の呪いだったのかもしれない。

 だが、ともかく生前揃わなかった阿賀野型の四姉妹はようやく全員海の底で出会えたのだった。

 

 エイブルの牙は駆逐艦アンダーソンとラムソン、輸送艦二隻と酒匂を屠った。

 その他の艦艇も大きくダメージは受けたが、鉄で出来た艦娘の船体は熱と衝撃波には強かったのだ。

 だが、本当の恐怖はこれからだった。

 新型爆弾は確かに凄まじかったがなんとか生き残れた。

 そう思っていた全ての艦娘は、やってきた調査隊の艦娘に後2回同じような原爆実験が行われると聞いて絶望したのだった。

 

 

 

 

 




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