艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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(33)姉妹

 

 

1946年7月25日

 

 

 エイブルの脅威から生き残った艦娘達は絶望的な顔のまま、その後一カ月近くを放射線などの被害調査に費やされた。

 6月の時のような和気あいあいとした空気はもはやなく。皆黙ったまま調査隊に身を任せていたり、海上に立って空を眺めていたり、砂浜に座ってひたすらに波打ち際を見つめていたりした。

 夜の宴会は無くなり、暗くなると環礁の至るところから泣き声が聞こえてくる。

 それはホームシックにかかった艦娘や、親しい仲間を失った艦娘たちの悲嘆の嗚咽だった。

 シスター・サラはそんな艦娘達のそばに寄り添い慰めていたが、彼女自身も相当なショックを受けていた。

 アメリカ合衆国が、このような力を広島と長崎に、実際に人の上に落としたのだ。

 彼女の信じていた正義が根底から揺らいでいくのだった。

 アメリカは悪魔と契約しこの力を手に入れた、それは神を信奉する彼女にすれば許されることではなかったのだろう。

 そしてこの時からサラトガは体調を崩し、せき込むようになった。

 今思うとこの時から彼女は被爆していたのだと思う。

 

 プリンツ・オイゲンすらホームシックに囚われ元気がなくなっていた中で、唯一変わらないように見えたのはペンシルベニアだけだった。

 彼女はいつものように冗談を言いながら長門に話しかけ、酒匂を目前で失い陸奥や飛鷹のトラウマを抉られて落ち込んでいた長門をなんとか立ち直らせた。

 長門の目が応急修理によって治ると、二人でキャッチボールをした。

 野球は二人の唯一共通した趣味だった。

 ペンシルベニアはアメリカのことを色々と話してくれた。

 大自然や、美しい街や、楽しい娯楽に豊かな生活。

 そして長門も日本のことを教えた。

 ペンシルベニアが知る日本は沖縄までだった。いつか日本本州にも行ってみたいなと、彼女は叶わぬ夢をお世辞のように言った。

 ペンシルベニアの目には生きる気力があった。生きてなんとしてでもアメリカに帰るんだという希望があった。

 そして、その帰郷に長門も連れて行きたかったのだろう。

 

 

 7月25日、ついに二度目の原爆実験が始まる。

 艦娘達はまた環礁の中心に集められ、悪魔の供物として供される。

 

「なあ、ナガト……あのこと覚えてるよな?」

「ん?」

 実験開始直前にまたしてもペンシルベニアは長門の側に来ていた。

「アメリカに連れて行ってやるってやつだよ」

「ああ……そのことか」

 ベイカーを含めて後二回、この実験に生き残っていれば被害調査の為にアメリカに行けるかもしれないという話のことだ。

「絶対こんなもんで沈むんじゃねぇぞ、絶対生き残るんだ」

 ペンシルベニアはどうしてもそうしたいらしい。

 だが、それは意志でどうこうなることでもないと思うが。

「全部終わって、まだ元気に浮いていられたらな……」

「イフの話じゃねえよ、生き残るんだよ、気合いで、スピリットでよ!戦艦ってそういうものだろ」

 長く生きているくせに、背が小さくて可愛らしい赤毛の戦艦の真面目な顔に、長門は苦笑する。

「確かに、そうだな……どれだけ殴られても立ちあがるのがバトルシップだ」

「ああ!絶対だぞ、そしてアリゾナの墓の前でテキーラを一杯やろう」

 長門は頬笑みながら、それに返した。

「いいだろう」

 

 まったくもって自分勝手な奴だと思う。

 思わずいいだろうと言ってしまった。

 そんな未来もあるのだと思いながら、長門はその時は決して来ないであろうということもまた分かっていた。

 先ほどの準備の途中で、長門の元に一隻の調査隊の艦娘がやってきていたのだ。

 彼女は黙ったまま日本の戦艦を見まわし、その長門の船体に機雷を装着してから去っていった。

 エイブルに耐えた長門に焦りを感じていたのだろう。

 おそらくアメリカは、かつての日本海軍の象徴である長門をここで絶対に沈めるつもりだったのである。

 長門が生き残ることは日本海軍がまだ完全に死んでいないということを意味する。だからこそここで新型爆弾によって完全にとどめを刺そうというのである。

 それはそうだ、日本が逆の立場であっても同じことをしただろう。

 憎き敵国の戦艦を浮かべたまま放置するなど許せるはずが無い。

 ペンシルベニアはアメリカの懐は深いと言ったが、そんなことはあるはずが無かった。

 アメリカは今でも日本を憎悪し恐怖している。

 長門が生きてアメリカに行ける望みなど最初から無い。

 だが、彼女の無邪気な顔に何も言えなかった。

 なあ、ペンシルベニアよ。お前はアメリカの戦艦だ、この実験後も残されるだろう、だが私はそこにはいない……。

 それでいいのだ。

 恥ずかしそうに去っていくペンシルベニアの背中に向けて、長門は心の中でそう囁くしか出来なかった。

 

 しかし、長門はただで沈む気は無かった。

 日本戦艦としての最後の意地を見せるつもりだった。

 エイブルの時に、これが広島と長崎に落ちたのかと、深く絶望し、そして酷く憤慨した。

 この爆弾から国民を守れなかった自分が、情けなくて仕方が無かった。

 原子力爆弾は悪魔の兵器だ、こんなものはもう二度と使わせてなるものか。

 自分がせめて後二回の実験に耐えきって、原爆など戦艦一隻沈められない欠陥兵器であり恐るるに足らず。ということを世界に知らしめるのだと決意した。

 戦艦と共に、核兵器を歴史の闇に葬り去る。

 それが、最後の自分の仕事であり、沈むのはその後だ。

 

 

 5番目の原爆「ベイカー」はエイブルとは少し違う条件での実験だった。

 中型揚陸艦LSM-60から吊り下げられた機雷のような爆弾を、水深27メートルで爆発させようとするのである。

 水中の、しかも艦隊直下からより至近距離で発生した核爆発がどれほどの威力を持つのかは、誰にもわからなかった。

 だからやるのである。

 可哀想に、爆弾の直上にいる揚陸艦LSM-60は恐怖に震え顔面は蒼白だった。

 だが、艦娘にとって命令は絶対だ。例え死ぬと分かっていてもそこから動くことは出来ない。

 

 そして、ベイカーが爆発する。

 まるで海神の怒りのように、直径数キロの巨大な大瀑布がLSM-60を中心として空高く立ち上った。

 爆発した水蒸気が衝撃波となり弾丸のように周囲の大気激しく切り裂いていく。

 海は揺さぶられ、空は煙に覆われる。

 長門の視界は白い霧に全て包まれていた。

 あの、ミッドウェーでの霧の悪夢を今更思い起こされる。

 白い世界の中、直下から突き上げられるような衝撃が襲い掛かり、海面から高く放り投げられた。

 海水全体が海底から乖離し弾き飛ばされたような、この世の物とは思えないほどの力。

 自然の気象現象を越えた悪魔の力。

 小さなボートか何かのように、その船体は弄ばれ、上下左右の感覚すら掴めなくなる。

 やがて再び海面に叩き落とされ、体中を激しい痛みが襲う。

 だが、それでもなんとか転覆は避けられた。

 まだ浮いていられた。

 その感覚だけを噛みしめる。

 痛みに耐え、開けた目。降り注ぐ雨と白い霧のむこうに、空を覆い尽くすような巨大な灰色のキノコ雲が見えた。

 それはまるで、人の怨念全てを吸って立ち上る世界の墓標の様に、そんな禍々しさを感じた。

 あの戦争の、負の記念碑が今ようやくここに建てられたのだ。

 

 LSM-60の姿はどこにもなかった。

 爆心地の直近におり、ベイカーの水柱にほぼ垂直に持ち上げられた戦艦アーカンソーは海に叩きつけられると間もなく沈んだ。

 潜水艦パイロットフィッシュとアポゴンが海中に没し。他にも小型艦艇が一隻と浮きドックが沈んだ。

 エイブルの熱と爆風に耐えた艦娘達も、水中からの衝撃に、より大きなダメージを受けたようだった。

 浮かんでいる者も、海水にまみれビショビショになりながら苦痛に悲鳴を上げている。

 巻きあげられた水がまだ雨となって降り続いていた。

 長門はなんとか浮かんでいながら、周りを見渡す。

 そこには衝撃的な光景があった。

 サラトガが、あの巨体を大きく傾斜させ飛行甲板の端が海面に浸かっていたのだ。

 それを見た全ての艦娘達が、彼女の側に集まる。

 母の死を目の前にして、最期まで看取ってやろうと待つ子供のようだった。

 

「みんな……あぶないわ……」

 沈みゆくサラトガは、それでも周りを心配していた。

 周りから「シスター……」と呼ぶ声や、悲しみにもはや泣きだす駆逐艦もいる。

「私は少し先に神の元に行くだけよ……」

 安心させるためにそう言ったが、しかし本当にそうだろうかとサラトガは思う。

 自分は戦争で多くの敵を殺した、同じ艦娘も沈めた。

 それが天国に行けるのか?おめおめと神の元に行けるのか?

 さっきのベイカーは地獄の炎ではないのか、それに焼かれた自分が行くのは地獄に違いないのではないか。

「ああ……あなた達、私の可愛い子……」

 サラトガは最後の力を振り絞って声を出す。

 口が動くままに、あまり思考は働かなかった。

「あの……悪魔の兵器をこれ以上使わせては駄目……」

 そう呟きながら、彼女は口から血を吐く。周囲の物はそれに驚き叫び、心配した。

 口から溢れた血が海面に漂い、模様を作る。

 その赤い色彩を見ながら、サラトガはなんとなく気付いた。

 この死に際になって、ようやく彼女の試練と受難の道は終わろうとしていたのだ。

「神は……あなた達の心の中にいます……」

 地獄はこの世にあったのだ、それを今見てきた。

 それと同時に、ここでの暮らしはとても幸福だった。

 母として慕われ、敵だったドイツや日本の艦娘とも親しくなれた。

 ここは天国だった。

「この世界が……あなた……たち……じしん……が……」

 神も悪魔も天国も地獄も、全てこの世にあった。どこか遠くにあるものではなかった。

「みんな……また……」

 艦が大きく傾き、水に没していく。

 叫び声や「行かないで!」という泣き声が辺りに湧きあがった。

 何人もの天使に迎えられるように、多くの艦娘の涙に見送られながら、シスター・サラは海の底へと沈んでいった。

 

 そして、海底からの誘いは、ついに長門の元へもやってきた。

 僅かに傾斜し、喫水線は上がっていたが長門はまだ浮かんでいた。

 ベイカーの実験当日はまだ大丈夫だったが、時間が経つにつれ長門の状況は急速に悪くなっていく。

 実験前に仕掛けられた機雷があの衝撃の中で爆発していたのかどうかは分からなかった。

 船体の感覚が無くなってきていたからである。

 体がだるく、節々が痛い。与えられた食べ物はことごとく吐き出してしまい、その吐しゃ物には血が混じっていた。

 苦痛に頭を掻きむしると、するすると髪が抜けていく。

 長門の長くて美しい黒髪が、無骨な彼女が妹の陸奥に唯一褒められた髪の毛が、戦時中も出来るだけ手入れを惜しまなかったそれが、今は爆風に焼かれてカサカサになり簡単に抜けていく。

 手に巻きついた髪を見て長門はさらに苦悶の表情になった。

 これが、原子爆弾のさらなる恐怖だった。

 

 エイブルの爆発による放射線は比較的早くに減少していった。しかしベイカーの爆発は海中で起こり、巻きあげられた海水や砕け散った海底のサンゴ礁を体中に浴びた艦娘達は激しく汚染された。

 環礁全体に人が立ち入れないほどの放射線が充満していたのである。

 長門も被爆し、その恐ろしい後遺症に苦しんでいたのだった。

 ペンシルベニアなどが看病に訪れたが、長門はそれに虚ろな目で微笑み返すしか出来なかった。

 自分の死が近いのは明白だ、もう回復する望みは無いだろう。

 まもなく沈むのだ。

 しかし、まだだ、まだ沈めなかった。

 実験はまだ一つ残っている。沈むならばそれに耐えてからだ。

 ここで長門が沈めば、日本の戦艦は原爆には耐えられなかったということになる、原爆の有効性を示すことになってしまう。

 それはだめだ、原爆はオンボロの戦艦すら沈められない欠陥兵器としてここで終わらせなければいけない。

 金がかかり威力だけ高くて使いどころの無い兵器として終わらせなければいけない。

 そう、まるで戦艦のように。

 

 だが、それが無理だと言うのは分かっていた。

 長門は原子爆弾とはなんなのかを考えていた。

 この兵器はまだ五つしか生まれていない。これからもっと改良されてさらに強力になっていくだろう。

 それは戦艦も同じだった、最初は木で出来た帆船で、小さい大砲しか積んでいなかった戦艦が、今では遥かに大きく強力に進化している。

 核兵器も今後そうなるのだ。

 これよりさらにすごい爆発など想像も出来なかったが、この悪魔の光はやがて人類全体を、いや地表の全てを焼き尽くすほどになる可能性があるし、それだけでは済まないかもしれない。

 戦艦は戦前は最大最強の兵器として、戦争抑止力ともなる存在だった。

 戦艦が戦争の趨勢を決める最重要の兵器だと言われた。

 それが航空機や空母の前に敗れ去り、今はただの浮かぶ鉄くずとなった。こんなものを何隻もっていても戦争抑止力にはならないだろう。

 しかし、これからの世界を支配する抑止力は航空機の数や空母の数ではない。

 核兵器の数だ。

 アメリカやソビエト、その他の列強国はこれから核の製造と増産を競うようになるに違いない。

 かつて、戦艦の建造競争が激化していったように、国の威信をかけて膨大な国家予算を消費しそれは進められるだろう。

 戦艦はそれでもただの兵器だった。殺戮マシンではあったが、想定された敵は同じ艦娘だった。地上砲撃も行うが、それもピンポイントで破壊するものである。

 戦艦がクリーンな兵器だとは言えないが、まだ有史以前から行われていた人と人の殴り合いの戦闘の名残を残したものだった。

 

 しかし、核兵器は違う。これまでの兵器を越えた次元で核は敵を文字通り殲滅する。

 対面することの無い見えない相手、不特定多数を無差別に無慈悲に瞬時にして殺す。

 それが核であり、そこには人間性は一切介在しない。ただ互いに絶滅させ合うだけの、それだけの行為だ。

 もはや戦闘や戦争とも言えないのかもしれない。

 絶滅するかどうかという所まで行かなければ人類は戦争を止めないのか。人間はそれほど愚かな生命なのか。

 

 核兵器の真の悪性というのは、爆発の威力でも放射線の毒性でもない。

 敵を絶滅させてでも自分達が生き残ろうとする究極のエゴ、その人間の心の根源にある闇を完全に体現しているところである。

 ナチスドイツはホロコーストによって大量虐殺を行った、その敵対民族を絶滅させようとする狂気と、原爆が開発された意図の根源は同じだ。

 生存本能すら超越した、人の心の最も醜い部分を形にしたのが核兵器である。

 サラトガが神はあなた達の中にいる、といったように。悪魔もまた人間の中にいる。

 第一次世界大戦から始まった国家総力戦は、人と人、軍と軍という既存の戦争の形態をさらに拡張し国と国、世界と世界という領域にまで広がった。

 世界対世界という戦いから生まれた膨大な憎悪、恐怖、怨念、噴怒、悲壮が寄り集まって生まれたのが核兵器だ。

 原爆を作り投下したのはアメリカだ。しかしアメリカにそれを作らせたのはこの世界大戦であり、連合国枢軸国関係なく全ての国に責任がある。

 全ての兵器、全ての戦争の終着点に核兵器はあるのだ。

 

 戦争に正義などというものは無い。

 確かに個々に見れば義に溢れた涙ぐましい行動はいくらでもあるだろう。

 日本の戦争はアジアから欧米を一時的にではあるが駆逐した。その歴史的意義は大きい。

 あの特攻隊も、隊員個人の国家に対する命を捨てた奉仕は、汚れなく美しいものであった。

 日本の兵士全てが、国の為、仲間の為、家族の為に戦った。

 しかし、本来否定されるべきでないそれらの行為を全否定し、汚れない献身の全てを悪の方向に持っていくのが戦争だ。

 日本は中国、朝鮮、東南アジア諸国を侵略し苦しめ、特攻隊は狂気の中で無意味な突撃を繰り返した、日本兵は軍国主義の悪鬼として、その敵対した国々や自国民にすら恐怖と共に永遠に語り継がれるだろう。

 正義を主張する連合国もまた然りである。

 戦前にアジア全域を植民地として支配していたのは連合国諸国であり、ドイツをあそこまで追い込んだのもまたイギリス、フランスなど欧州の列強である。

 アメリカも日本に開戦の圧力をかけており、ソビエトに至っては言うまでもなく自国の利益の為だけに動いていた。

 そして実際の戦場ではどちらの国の兵士も敵を殺し、一般人を虐殺し、残虐な行為を繰り返した。

 そこにはもはや正義や悪などという概念は無い。兵士たちは皆、戦争が終わって初めて自分の国が勝ったのか負けたのかに気付くだけだ。

 

 戦争のすべての結果がこの原爆として結晶し、総括している。

 その過程にどれほどの義に溢れる行動があっても、最終的に産まれ出た結果はこの悪魔の力だった。

 核により人類が絶滅するか否かの選択を常に突きつけられ続ける世界。一見平和に見えるその狂気の時代がこれから始まるのだ。

 それが全てを証明していた。

 

 長門は恐怖に身ぶるいしていた。

 自分は今、自分を含めあの戦争のに関わったもの全てより産み出された怪物と戦っているのだ。

 なんとかこの兵器をここで消し去ってしまわなければいけないと思った

 しかし、一隻の戦艦そのようなことが出来るはずが無い。

 だからこそ、せめてこの実験に耐えきりたかった。

 原爆に耐えきった戦艦として歴史に名を残す。誰かが一人でも戦艦長門の名を思い出すたびに原爆の恐怖も思ってもらいたい。

 もう日本に長門の名を覚えている者など一人もいないかもしれない、それでも、一人でもいればそれでよかった。

 その一人が核の無い世の中を願ってもらえれば。

 それが自分に出来る最後の仕事だった。

 このことに合わんがために自分は生まれ、ここまで生き果せてきたのだ。

 それが、やっと分かった。

 

 あと一回の核爆発、それに耐えれば自分は……。

 しかし、その猶予はほとんどないほど長門は傷つき、今にも沈まんとしていた。

 気力だけが彼女を支えていたが、エイブルとベイカーの間でさえ一カ月近い間隔が開いていたのである。

 それほどの時間を耐えられるかどうかは、正直絶望的だった。

 

 

1945年7月28日

 

 

 夜だった。

 相変わらず綺麗な空一杯の星屑。

 原爆もこの空と星の輝きは汚せないようだった。

 朝から調査を続けていた調査隊達がようやく環礁から去っていく。

「おい!ナガト!ナイスなニュースだ!!」

 同時にペンシルベニアがやってきて、いつもの元気な声で語りかける。

 憔悴しきった長門は首をゆっくり動かしてその方向を見た。

 赤毛がうれしそうにふわふわと跳ねている。

「……どうした?」

「チャーリーは中止だ!実験は終わったんだよ!」

 最後の実験。エイブル、ベイカーに続くチャーリーは中止となったようだった。

 ベイカーの結果、各艦艇の浴びた放射能があまりにも酷く、調査隊にすら被害が及びかねないため、これ以上の実験と調査の続行は困難として取りやめるようである。

 長門達は、ついに仕事をやり終えたのだった。

「アタシ達はこれから別の環礁に連れていかれて、そこで除染とかが終わったら次は夢のアメリカだ!行けるんだよ!アタシ達は!」

「そうか……」

「ナガトも、除染して修理を受けたら大丈夫だって。またすぐに元気になれるさ!」

 ペンシルベニアのキラキラとした目の輝きが、眩しかった。

「そう、だな」

「ちょっと待ってろ、今飯を持って来てやる。調査隊がさっきは運び込んできたクリーンなやつだ。療養食もあるって言ってたから食べやすいはずだぜ」

 長門はもう食事を長いこと受けつけていなかったが、それでも促されるように頷く。

 ペンシルベニアは喜々として食事を取りに行った。

 が、まもなくして戻ってくると、そこには項垂れ沈みかけている長門がいたのだった。

 

「お!おい!どうしたんだよ!シット!」

 食料を放り投げ、駆けより肩を支える。その体は冷たく弱々しかった。

「……安心したら……力が、抜けてな」

「オイオイ!ちくしょう!まだそれには早いぜ!」

「すまんな……」

「なに謝ってるんだファック!気合い入れろよ、もうちょっとじゃねえか」

 しかし長門の命はもはやどうしようもないほど薄れかけていた。

 日本にいた時から損傷しており、その傷の応急処置部分も二度の核爆発の衝撃によって開き、浸水は深刻なまでに進んでいた。

 きちんとした整備や修理を受けていれば耐えられただろう、しかしそれは望めないことだった。

「……」

 これが、沈むということか。

「なあ頼むぜ!ここを乗り越えればあんたは絶対にまた復活できる。明日調査隊に診てもらおう、浸水を止めて、ポンプで水を出せばまた元通りさ。そして除染してもらえば病気も治る……そしたら次は……」

 ダメージコントロールにも限界はある。それに除染したからと言って原爆症が治るものではなかった。

「泣くな、ペニー」

 最近覚えた愛称で彼女を呼ぶと、長門は咳きこむ。

 血の混じった唾と、鼻血が垂れた。さらに口の中がなにかコロコロすると思ったら歯が抜けていた。

「おい、何だよこれ……なんなんだよこれ」

 ペンシルベニアは長門の惨状を見て嘆いた。

「ざまあ無いな……」

「一緒に……アメリカに……ハワイに行くって言ったじゃないか」

「ああ……」

「なにやってんだよ、それでも戦艦かよ……駆逐艦だって沢山生き残ってるんだぞ」

「ジャップの戦艦は、ゼロと一緒で、薄いアルミで……出来ているんだ……」

「クソつまんねぇジョーク言ってるんじゃねえよ、笑えねえよ……」

 ペンシルベニアはその可愛らしい顔をグシャグシャにして、もはや泣いていた。

「美人が、台無しだぞ……」

 嗚咽を必死に抑え、彼女は夢みていたことを話しだす。

「ハワイに……アリゾナの墓の前にいったら……あんたにこう言おうと思っていた」

「プロ……ポーズ、か……?」

 長門の顔からは血の気が抜けていっていたが、それでも口元は冗談ぽく笑っている。

「そうだよ!アタシの……妹になってくれって……そう言うつもりだった……お前は、なんか、アタシと似てるから……」

 似ている……か。

 ペンシルベニアも長門と同じことを考えていたようだった。

 長門はため息をつくと、呟く。

「それは……無理だな……」

「なんでだよ……ちくしょう」

「私の方が強い……姉妹になるなら、お前が妹だ……」

「ファック……それでもいい……それでもいいから……」

 それ以上は、ペンシルベニアの声は続かなかった。

「戦いの中で沈むのではなかったが……おかげで……お前に、会えた……今はむしろそれが本望だ」

「……うぅ……ぅ」

 長門は、もはや霞んだ目で夜空を見つめていた。

「何人もの艦娘の死を看取ってきたつもりだったが……自分が……看取られる日が、来るとはな……これも……あんがい……わるく……ない……」

 陸奥、飛鷹、金剛、酒匂、サラトガ。

 彼女達のように、自分もまた役目を終えて沈む。

 それは船としては当たり前のことだった。

 沈みゆく陸奥や飛鷹、金剛は最後に「生きろ」と言ったが、長門はペンシルベニアに対してそれを言うつもりは無かった。

 自分と同じように艦隊旗艦を務め、同じように敗北と挫折を味わい、同じように戦いに貢献できず、同じように妹を失った彼女にはただ。

 よく頑張ったな、と言ってやりたかった。

 だが、それはもはや言葉にはならない。

「アタシは……また……姉妹を看取らないといけないのかよ……」

 

 深夜、長門は沈没した。

 環礁の浅い海底に着くころ、彼女は最後に幻を見る。

「ヒカリ……アフレル……ミナモニ……ワタシ……モ……」

 金剛、比叡、霧島、扶桑、山城、大和、武蔵……そして陸奥が迎えに来てくれたかのような、そんな夢だった。

「イツカ……シズカナ……ウミ……」

 

 

 その後、ビキニ環礁にいた標的艦達は近くのクェゼリン環礁に連れて行かれ、そこで除染と調査が行われた。

 途中12月。プリンツ・オイゲンは浸水が激しくなり浅瀬に船体を座礁させたが転覆しその生涯を終える。

 浅瀬で座礁していたというのに、まるで誰かに呼ばれて海底を目指したのか。艦底を空に向けて海中に没するも、完全に沈むことは無かった。

 それは同じビスマルクを姉と仰いだティルピッツの最期とも良く似た体勢での沈没だった。

 ペンシルベニアも1948年の2月まで生き伸びたが、長門の沈没後は半ば生きる希望を失い、被爆の後遺症がしだいに酷くなる。

 結局、彼女はあれほどの夢であったアメリカ、ハワイへの帰郷も果たせず、マーシャル諸島のクェゼリン環礁で原爆症に苦しみながら沈没した。

 

「なあ、ナガト……」

 紅葉のように美しかった赤毛も今は真っ白になり、老婆のように抜けて薄くなっていた。

「最初に会った時、アタシはあんたを殴り飛ばすつもりだったんだぜ……」

 今際の際において、彼女は空に向かって呟いている。

「でも、あんたの目を見たら……出来なかった……」

 キラキラと輝いていた瞳は、もはや濁っていた。

「あんたが目の前で妹を失っていたことも、ジャパニーズネイビーのフラグシップだったことも、そのくせ実戦でろくに戦えなかったことも、全部知ってたからな……」

 むかつくくらい誰かに似てるぜ、と心の中で吐き捨てる。

「だから……せっかくだから……さいごも……いっしょに、いてやるよ……」

 

 それが進水より33年の艦歴を重ね、太平洋艦隊の旗艦をも務めた戦艦の最期だった。

 彼女の代わりに真珠湾に戻ることになったのは、戦艦ニューヨークとネバダである。

 二人は軍を退役し、ペンシルベニアが望んで果たせなかった老後生活をハワイで二年ほど送り、原爆被害の研究が済んだ後、ハワイ沖にて通常の標的艦として沈没処分されていった。

 また軽空母インディペンデンスと他数隻も同様にアメリカやハワイに回航され、さらなる調査を受けたがそれも数年で全てが沈められていく。

 標的艦となりビキニ環礁に集められた艦娘達は、数年のうちに全てその姿を消していった。

 

 別のところでは、標的艦を免れたメリーランドとウェストバージニアは一番艦のコロラドと共に1947年にモスポール処理され、いつかまた再就役する日を夢見て保存されることになった。

 しかし、危惧されたような大戦争は再び起こらず、また戦艦の必要性も本格的に無くなり、1959年に除籍、同年7月から8月にかけて姉妹揃ってスクラップとして売却され解体される。

 十分な老後生活を経た、ある意味平穏な最期だった。

 さらに一方、日本では長門が沈む前、1946年7月4日に榛名が呉で解体されており、そして伊勢、さらに1947年7月には日向が解体され日本の戦艦は完全にいなくなった。

 強いて残っていると言うなれば横須賀に固定された三笠だけであろう。

 戦後と共に戦艦は各国の艦隊から、そして世界の海から急速に姿を消しつつあったのだった。

 

 

 そして、時は過ぎて1970年以降から陸奥の引き上げ作業が始まった。

 バラバラの破片を一部一部というものだったが、中に残された遺品や遺骨と共にそれは海底から姿を現す。

 戦後の日本に、かつて軍国主義の象徴であった戦艦が再び帰ってきたのだった。

 その引き上げられた陸奥の鉄は、なんと原子力開発の為の実験材料として使われることになる。

 姉妹艦の不思議な繋がりか、彼女達と原子力は不思議な因縁があるようだった。

 

 さらに、長門姉妹との直接的な関係は無いが、陸奥引き上げが始まる一年前の1969年。東京の造船所である船の進水式が盛大に行われていた。

 原子力船「むつ」の進水である。

 進水式には現在の天皇皇后両陛下である皇太子夫妻や佐藤栄作首相が迎えられ、記念切手が作られるなど、まるで軍艦の進水式のような期待と盛り上がりだった。

 国の威信をかけて作られた初の原子力船には、その母港であるむつ市大湊に因んで「むつ」と名付けられた。

 しかし、国の期待とは裏腹に彼女の生涯は最初から順風満帆とは正反対のものだった。

 原子力という名前はやはり地元住民に反発を買い、風評被害を恐れる住民や漁師たちの漁船が大湊に停泊するむつに対して抗議運動を展開した。

 そんな中での初航海で、むつはあろうことか微量な放射能漏れを起こしてしまい、それが大々的に報道され、結果大湊での抗議運動は市全体を巻き込んでさらに激しくなってしまう。

 母港を失った形となった彼女はその後も長い間、どの港に寄港しても歓迎されず、14年後に同じむつ市に新しく建設した関根浜港に入港するまで半ば漂流し続けるような日々を送った。

 1993年、むつは原子炉を解体撤去され、新しく生まれ変わることになる。

 海洋地球研究船として大規模な改造が行われ、再び進水した彼女には「みらい」という名前が付けられた。

 

 

 長門や陸奥達が沈んだ後の未来の世界。

 日本は核兵器を持つことは無かったが、それとは別に原子力大国となり、そして世界で最も原子力との因縁の深い国と言ってもいいほどの業を未だに背負っている。

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます

別に狙って投稿したわけではありませんが、7月5日はビキニの日のようです。
この実験と関係あるかどうかははっきりしていないようですが・・・


長門型の章はこれで終わりになります
次回のエピローグでこのシリーズも完結になります







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