艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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第三次ソロモン海戦の話

今回特に戦闘シーンに残酷な表現がありますので注意


(4)ソロモンの悪夢 上

 

1942年11月トラック泊地

 

 

「ハッピバースデー!トゥーユー!ハッピバースデーディア……」

「比叡デース!」「比叡お姉さま~!」

 

 11月4日、金剛型戦艦の二女比叡の起工から31年が経ったこの日。トラック泊地にて、ささやかな誕生日会が開かれていた。

 長女金剛をはじめ四姉妹が集まり、姉妹水入らずのこの会は紅茶と軽食とケーキで終始する。

 まあ、いつものお茶会に毛が生えたようなものなのだが。艦娘には起工日、進水日、就役日といくつも記念日がある中で、戦場において姉妹が揃えば出来ればせっかくだし一緒に祝いたいねという趣旨でもって開催されるのだ。

 実際作戦に当たる時は二艦編成が多く、四姉妹全員が集まることもあまりないので、なんでもいいから理由をつけてなにかパーティーをしたいということである。

 それはまた、いつ死に分かれるか分からないから、という覚悟も。暗黙のうちに含んでいた。

 基地の施設内なので優雅さのかけらもないコンクリート造りの簡素な部屋だった。窓から見える南国の景色だけが素晴らしかったが、乙女がお誕生日会をするような場所とは言いにくい。

 とはいえ色紙などを使ってそれとなく飾り付けはしてあった。

 

「ひぇぇ……私のために、ありがとうございます!」

 目の前におかれたバースデーケーキに感動しつつ、その蝋燭の火を吹き消した後、比叡はお礼を述べる。

「今回は、金剛お姉さまと榛名による先のヘンダーソン基地砲撃作戦成功の祝勝会も兼ねているんです。この霧島がすべて用意しました!」

 アメリカ軍に占領されたガダルカナル島を奪還するための作戦として、その島のヘンダーソン飛行場を金剛と榛名が砲撃したのが先月だった。砲撃は結局のところ不十分であったし、こちらも損害は受けたが、作戦自体は一応成功と言えたのだった。

 そのお祝いも兼ねているため、今回は霧島がいろいろと準備したらしい。

「このケーキ、霧島の手作りなんだ……」

 比叡はまじまじとそれを見る。

 完璧なショートケーキのワンホール。綺麗な円形をしており、ちょうど4人で分けられるようにイチゴの数まで正確に配置されている。蝋燭の配置も等間隔、ホイップクリームもまっ平らで微塵の隙も無かった。

 さらに上におかれたチョコプレートには「比叡お姉さま!お誕生日おめでとう御座います」とレタリングの明朝体で、まるでタイプライターのように書かれている。

 そのほかの食事や、部屋の飾り付けも、言うまでも無かった。

「さすが霧島デース。パーフェクトなコーディネートネー」

 金剛も絶賛している。

 毎回パーティの責任者は交代制だった。霧島は多少面白みに欠けるが、一人でも安心して任せられる。金剛も榛名も、料理をはじめ家事は出来るほうだったからこういうのは問題ないのだが。

 比叡は特に食に関しては壊滅的なことになるので、常に二人であたらせることにしていた。

 まあ、今は比叡をもてなす回なのでそれを心配することも無い。

「いえ、おほめに預かるまでもありません」

 消えた蝋燭を取り除き、ケーキをコンマミリ単位で正確に四等分に切り分けながら、霧島が謙遜する。

「お姉さま達はともかく、私まで祝ってもらえるなんて……なにか手伝わなくて大丈夫ですか?」

 榛名も、姉の誕生日に何もしないのがむしろそわそわするようだった。

「榛名は大丈夫だから、座ってて」

 そしてお皿をとりわけようとしているところを霧島に制止される。

 

「おいしい!これおいしいですよ」

「ワオ!ヤミー!!」

「おいしい……!」

「どうです?間宮さんのレシピ通りですから」

 こうして宴は楽しげに始まる。

 戦場の中とは思えないような幸せな時間だった。こんな時間がいつまでも続けばいいと皆が思ったが、永遠に続くような素敵なパーティなどなかった。

「こんなにハッピーならエブリディやりたいデース」

 食後の紅茶を飲みながら金剛が満足げに言う。

「お茶会は最近ほとんど毎日やってるじゃないですか」

 実際作戦の無い時はだいたい紅茶を飲んでいるのではあった。

「ン~!でもこんなゴージャスじゃないデース!……次の記念日はいつデス?」

「次は11月21日、比叡お姉さまの進水30周年です」

 金剛の問いに霧島が即座に答える。

「もうすぐですネ~」

「ひえぇ、また私ですか……」

「次の比叡お姉さまとと霧島の砲撃作戦の後ですから、それの祝勝会も兼ねてやりましょう。今度は榛名がパーティ担当をやります」

「ワタシも手伝うネー!」

「お姉さまも、ですか?」

 

 先月の金剛榛名の敵飛行場砲撃の傷はもはや修復されたようで、再度同じ砲撃作戦が決行されることになっていた。今度は比叡と霧島がガダルカナル島に突入することになっている。

 ミッドウェーでの敗北以降、快進撃を続けてきた日本は、アメリカの反抗作戦の前に形勢を奪われつつあった。その中でガダルカナル島をアメリカに占領されてしまったのである。

 ソロモン諸島を支配し、アメリカとオーストリラリアを今度こそ分断する。それによって再び戦争の主導権をこちらに奪い返すには、ガダルカナル島の奪還は絶対になさねばならないことであった。

 しかしこれもミッドウェーでの影響で、こちらの空母は容易には出せない状態になっている。

 そういうわけで金剛型高速戦艦による、夜間砲撃。という正直かなりの強行軍に訴えざるをえなかったのだ。

 そのために、金剛・榛名の次は比叡・霧島の番である。奪還作戦が成功するまで、この危険な砲撃は続けられるだろう。

 しかし、敵もおとなしく砲撃されるままのはずがなかったのではあるが。

 

「いえ、次回は敢えて私が一人でパーティを準備します!」

 比叡がいきなりそう宣言する。

「!?」

 それがあまりにも予想外であったので比叡以外はびっくりである。

「な、なんで比叡がやるんデス?比叡はセレブレイトされる側デス」

「今回、こんなに祝ってもらって、また連続でやってもらうなんて恐れ多いですから。それに今まで私一人で準備したことはありませんから。一度やってみたいんです!」

 その気持ちは分かるが、それはまずいだろうと、皆心の中で叫ぶ。

「ひ、比叡お姉さまは作戦のこともありますし、色々と大変でしょうからまた別の機会に……次回は榛名にお任せください」

「そ、そうですよお姉さまを祝う会なのに、お姉さまが準備なんて、記録にありません」

 妹二人もなんとしても阻止しようと頑張るが。

「いえ!私が気合い入れてやります!決めたんです!」

 

 比叡としてはみんなを励ましたかったのだ。

 まずイギリスと戦争になってしまったということで悩んでいる金剛お姉さまを。

 そして妹達。あのミッドウェー沖海戦には榛名と霧島も空母の護衛に出ていたのだが、結局ほとんど何もできずにその空母達が沈んでいくのを見ているしか出来なかった。そのショックは未だに続いており、さらに戦闘が激化していく中で、この敗戦ムードを払拭するためになんとかしなければと比叡は思案していた。

 それゆえの提案である。

 

「ひ、比叡……もう一度よく考えるデス……」

 とはいえ比叡の作る料理は冗談抜きでまずい、それは姉妹の中だけでなく、全艦娘が認知していることだった。誰かが横についても微妙な出来になるのが普通なのに、それを単艦突撃などさせたらとんでもないことになる。

 まさに悪夢だ。

「お姉さま、何も言わないでください!比叡にすべてお任せあれ!」

「オ……オゥ……」

 こういう頑固モードに入った比叡を止められるものは誰もいなかった。

 しかし、この自信はどこから出てくるのであろう……。

 金剛はアイサインで榛名と霧島に告げる、こうなったらもうしょうがないから。とりあえず比叡がやることにして、あとはその時になったら強引に手伝って何とかするしかない、ということだ。

「まあ、ワカリマシタ……でも比叡、作戦のあとでそんなことできるんデス?ミッションに支障のないようにしてくださいネ。ワタシ心配デス」

「それはもちろんです!」

 だからその自信はどこから出てくるのか教えて欲しい。

「……ワタシは真剣に言ってるんデス。ガダルカナルでは敵が待ち受けていマス。怖い海域デス、アンダースタン?」

 

 先のインド洋作戦において、南雲機動部隊に随伴していた比叡と霧島は、アメリカの駆逐艦エドサルを包囲し、逃げようとするそれを数隻で囲んで砲撃を加えたのだが、それがなかなか当たらずに苦戦した。という事件があった。

 結局は空母の艦載機の爆撃によって敵駆逐艦が弱ったところを利根、筑摩、霧島、比叡で囲んでようやく撃沈出来たのだが。それ以来比叡自身もなんとなく落ち込んでいるのは金剛も知っているのである。

 必死の回避行動をとる駆逐艦を沈めるのは容易でないということは分かる。

 しかし、敵駆逐艦を前に、臆してしまい、実力が出せなかったのではないかというのが、側にいた霧島の話であり、金剛もそうなのではないかと思った。

 敵だって同じ艦娘なのだ。それをいざ撃たなければいけないという時になって罪悪感や恐怖の心が出てくるのは良くあることだった。

 敵であっても助けたいという、それは本来人間らしい褒められるべき感情なのではあるが。戦争中に、それも兵器である戦艦がそんなことを思うのはあってはいけないことだった。

 やさしさ故の、悲しい弊害だった。

 しかし状況はそんな生易しいことを言っていられる場合ではない。

 前回のヘンダーソン基地砲撃の時も、青葉率いる先遣隊はサボ島沖での夜戦において混乱をきたした揚句、古鷹と吹雪が沈没。青葉も大破するという大損害を出していた。

 日本海軍のお家芸と言われた夜戦での、この失態である。

 とにかく夜戦とは何が起きるか全く分からない世界なのである。だからこそ金剛は比叡が心配でならなかった。戦場という極限の世界では、心を鋼鉄として一切の情けを排し、兵器として敵を討たねばならない。

 比叡も榛名も霧島も、しっかりはしているが、どこかやさしいのだ。

 それが金剛にとっては恐ろしくてしかたがなかった。

 

「……お姉さま。比叡、覚悟は出来ています」

 その声の真剣さに、妙に説得力があったので金剛も頷かざるを得ない。

「……」

「作戦を成功させ。そして私の進水記念日を勝利で飾ります、ケーキもとびきりのを作ります!」

 榛名も、霧島も、姉の覚悟を黙って聞いている。ケーキだけは、どうあっても無理だろうと思ったが……。

 せっかくのパーティが、いつのまにか辛気臭いものになってしまっていた。

「オーケイ、いいでしょう。……ヘイ、パーティの続きデース!」

 その後誕生日会は再開するが、そこそこでお開きになった。なんとなく皆、嫌な予感がしていたのかもしれない。

 次の日の朝、金剛は妹全員が轟沈するというあまりにも酷い悪夢を見て飛び起き。隣のベッドで寝ている妹達を見て安堵したのだが。

 後日その悪夢の一部が正夢になろうとは、思いたくも無かった。

 

 

1942年11月13日ソロモン諸島

 

 

「まったく、嫌になっちゃうわ。服と艤装がびしょびしょじゃない」

 駆逐艦暁が雨水を滴らせながら、うんざりしたようにぼやく・

「夕立っぽい?夕立っぽい?」

「夕立姉さん、これはスコールですよ……」

 その横で土砂降りを楽しむようにはしゃぐ夕立と、その僚艦の春雨。

「もう、陣形がばらばらです~」

 そしてその後ろからは、豪雨に打たれてふらふらとしている五月雨がいた。

「はいは~い!夕立ちゃんはあんまり遠くまでいかな~い」

 村雨がそれとなく注意を促すが、水滴が海面を打つ音で半ばかき消される。

 村雨、夕立、春雨、五月雨は姉妹であり駆逐隊を組んでいる。現在は単縦陣のはずだったが、みなてんでバラバラに走っていた。

「ちょっとそこ!はしゃぎすぎ!もっとレディらしく静かに航行するのよ」

 そんなていたらくを暁が注意するが。

「はわわ、暁ちゃんもコースずれてるのです」

「ちょっ……ちょっとずれただけよ!」

「ほらほら、雷に任せなさい。私についてくればいいのよ!」

「こら!先頭は私よ!」

 暁、雷、電の三隻も姉妹であり駆逐隊を組んでいるが、こちらも同様に陣形が崩れつつあった。

 

 闇夜の中を、先ほどからひたすらにスコールが降りしきっている。

 この日、比叡霧島を中心とする艦隊はガダルカナル島砲撃作戦のために、このような夜間に出撃していた。

 しかし先ほどからの激しいスコールのせいで作戦の成否はかなり危ぶまれることになる。こんな夜の、しかも雨の中では視界がまったく効かないため、正確な砲撃はもちろん、現在位置すら判断できないからだ。

 旗艦である比叡は、一旦進撃速度を落とし進路を反転する。この雨の中ではさすがに中止撤退もやむを得ないという判断だった。

 だがしかし、まだ未練はある。雨が止んでくれれば、今からでも作戦続行は可能だ。

 気合いを入れて臨んだだけに、ここまで来て何もせずに帰るのは、あまりにも忍びなかった。

「天気ばかりは予測不可能ですから、妥当な判断かと」

 その比叡の気持ちを推し量ってか、霧島が述べる。

「晴れないかな~……」

 比叡が空を見上げるが、暗黒の天からはシャワーのような怒涛の雨粒しか落ちてこない。

 そうやってガダルカナル島の方向を向きつつ退却する航路をとる。

 その戦艦二人の周りを囲うように走る駆逐艦が数隻。視界の悪さと先ほどの変針によって陣形は崩れつつあったが、白露型駆逐艦の姉妹たちだと分かる。

 白露型、雨の名前から命名された駆逐艦達。

 その中の一隻、時雨がふいに空を見上げ、こうつぶやいた。

「雨が……止みそうだ……」

 次の瞬間、先ほどまでのスコールが嘘だったかのように、雨の勢いがが引いていく。辺りは相変わらず暗闇だったが、小雨になり、視界が開けた。

「これは……!」

 霧島も、驚愕している。

 ここにきての待ち望んだ僥倖。

 そして比叡はその状況を確かめた後、少し目を閉じ思案したかと思うと、全艦隊に指示を出した。

「全艦反転!進撃を再開、ガダルカナル島に突入を敢行する!」

 今日は無事に帰れるかな、と思っていた艦隊メンバーは、その号令に再び気持ちを引き締め直し。敵基地に向け再度反転をかけた。

 

 進路の前方にサボ島と呼ばれる小島がうっすらと見える。その島を越えた向こうにガダルカナル島のルンガ湾、そしてヘンダーソン飛行場があった。

 前回の作戦ではこの海域で吹雪と古鷹が沈んでいた。今でも海底にはその残骸が残っていることだろう。

 後に、あまりにも多くの艦艇がその水底に沈んだことによりアイアンボトムサウンドと呼ばれる魔の海域に入ろうとしていることを、この時この艦隊の中で予期している者はいなかった。

「霧島、砲撃準備はいい?」

「もちろんです」

 比叡と霧島は三式弾を装填する。散弾式の砲弾であり、装甲を貫くほどの力が無いため艦隊戦には不向きであるが、対空戦や陸上基地を広範囲において砲撃するには優れている。

 これをたたき込めば、敵飛行場は穴だらけになるはずだった。

 巨大でどこか不気味な黒い塊として浮かぶサボ島を回り込む。

 その影の向こうに、飛行場が見えるはずだった。

「金剛お姉さま、見ててください、私……やります」

 そう祈るように小さく呟く比叡。しかし、サボ島の影から徐々に見えてくるルンガ湾の様子は、予想とは違うものだった。

「お姉さま!前方!敵らしき艦影見ゆ!」

 霧島に言われずとも分かった。

 前方に黒い影がうごめく、艦種は分からないがこのシルエットは艦娘のそれだった。

「駆逐艦の子達じゃあないってこと!?」

 二度の変針により、さきほどから陣形は、もはやあって無いようなものだった。前方を行っているはずの駆逐艦達が見えたのかと一瞬思ったが。

「明らかに数が違います!それにあのシルエットは……」

 霧島が緊張の声で叫ぶ。だんだんとはっきりしてくるその艦影は、明らかに重巡クラスの大きさの艦娘を複数含んでいる。

 こちらの艦隊にも軽巡洋艦クラスの長良はいるが、彼女一隻だけだし明らかに雰囲気が違う。

 前方にいるのは敵に違いなかった。

「全艦!対艦隊戦用意!対艦隊戦用意!」

 

 それは悪夢の始まりだった。

 まるで人魂のような照明弾がいくつも上空に上がり海面を不気味に照らしだす。

 その瞬間いくつもの巨大な水柱が周囲に出現した。敵の砲撃だ。

 こちらも、三式弾ではあるが応戦しなければいけない。弾を変えている暇はなかった。

「ぜ、前方に夕立姉さんが!敵の近く!た、助けて!」

 悲痛に叫ぶ駆逐艦の声。

「な!?そんな!どれですか!」

「姉さんが……そんな……私は……おいていくつもりは……」

 突如周囲に現れた春雨が、顔面を蒼白にしながらそんなことを言う。しかし前方の敵の群れは入り交じっており、どれが夕立なのかわからない。

 戦場はかつての海戦史にないほどに滅茶苦茶な混戦状態になろうとしていた。

 ヘンダーソン飛行場を守るために出動したアメリカ艦隊はアメリカ艦隊で、突然至近に現れた夕立と春雨を回避するために転針したが、その指示が錯綜し艦隊の陣形は一気に崩れていくことになる。

 これはまずいと敵前から引き返した春雨ではあったが、比叡のそばまで来てようやく後ろに僚艦の夕立がいないことに気付いたのだった。

 夕立は今まさに単艦で突入し、敵陣形をさらに突き崩さんとしている。

 そこにさらに、もともとバラバラの状態で突入した日本艦隊が入り交じり。どうしようもないほどの混沌の様相をなすことになった。

 

「こうなったら……」

 敵の位置をはっきりさせ誤射を避けるため、比叡は探照灯を前方に向かって照射する。

 しかし、光を照射して敵が見えるということは、向こうからもこちらが丸見えということだ。

 夜戦において探照灯を使うということは、必然的に敵の集中砲火を受けるということに繋がる。犠牲になる覚悟が必要な自殺的行為だった。

 強力な光線が敵を鮮明に映し出す。アメリカの艦娘が状況に戸惑い、またはこちらを見つけて憎悪の顔を向ける様子まではっきりと見えた。

 それは私達と同じ、少女の姿をしている。

 次の瞬間、その敵から飛んできたいくつもの砲弾が比叡の周囲に着弾し、そびえたつ塔のように水柱をいくつも作った。

 それに応じるように、比叡は敵巡洋艦と思しき艦娘に照準を合わせ35,6cm砲を斉射する。

「てっーーー!!」

 初弾が見事命中。

 三式弾が敵艦娘に直撃すると同時に炸裂する、その飛び散った砲弾は装甲を深く貫くには至らないが、彼女の全身を焼け爛らせた。

 着弾煙が消えると、顔面をはじめ上半身を黒く焦げ付かせ、その痛みに酷く悶えている姿が光の中にありありと浮かぶ。さきほどまでは美しい金色の髪をしていた乙女が、今は焼け焦げたゾンビのような醜い姿になってしまっていた。

 そのあまりにも痛々しい光景に、比叡の心臓は動揺したようにドクンと波打つ。やってはいけないことをやってしまったような、取り返しのつかない思い。

 

 敵はアメリカの軽巡洋艦アトランタと呼ばれる艦娘だったが、比叡には判別している余裕はなかった。アトランタは苦痛にもがきながらも、なお必死に応戦しているのが分かる。

 だが、その砲撃の相手は比叡ではなく、別の方向に向けられていた。

「もう!子供じゃないんだから……!私だって!!」

 暁が探照灯をアトランタに照射しながら、比叡の目の前を猪突猛進していく。

 この視界の利かない混乱に溜まりかねたのか、彼女もサーチライトを使っているようだった。

 しかし、駆逐艦の薄い耐久力で敵の集中砲火を受ければひとたまりもない。

 比叡ほどの戦艦としての装甲を持っていればともかく、それはあまりにも背伸びしすぎた戦法だった。

「突撃するんだから!」

 暁は今やその名の通り、闇夜を払う日の出の如く海上に光をまとって勇ましく突進していく。だが、時刻はまだまだ夜明けには遠い。

「あ、暁ちゃん!」

 比叡はそれを止めようとした、あまりにも無謀すぎる。

「……っ!?」

 しかし、比叡の思いは間に合わなかった。

 アトランタだけではない、敵の砲撃が集中し、暁の周りには強烈な水柱が轟音とともに、不吉な墓標のようにいくつも立ち上った。そしてその中の一つがついに暁に直撃する。

 胴を貫いたその砲弾により、その小さな駆逐艦の体が不自然にねじれ曲がり。きちんと前方を向いていたはずが、頭を海面に向け、背中側にほぼ180度に上半身が折れてしまっていた。

 その上下さかさまの顔が比叡のほうを見る。

 どうしてこうなったのか全く分からないといった様子だった。痛みすら感じていないのかもしれない。

 比叡もまた、その状況にどうすればいいのか分からなかった。

 そしてさらに砲撃の雨が暁を襲う。もはや水柱によって彼女の姿は見えなくなり、激しい爆発音とともに、金属の艤装が敵弾に砕ける鈍い音が何回か響いてきただけだった。

 そして数十メートルはあるのではないかという水柱がようやく静まった後。そこには何も残っていない。

 黒い黒い海は、あっというまに暁の小さな体を飲み込んでしまっていた。

 まさに轟沈である。

 

「そ、そんな……」

 先ほどの最後の瞬間に見せた暁の恐怖の顔が、頭の中に焼きついたように離れない。

 そのイメージが、かつてインド洋でみた敵駆逐艦エドサルの最後の顔とダブる。

 故郷を遠く離れ、こんなところで沈むのは嫌だという心の声、もっと生きたいという切実な叫びが、その引き攣った顔から聞こえてくるようだった。

 しかし感傷に浸っている暇はなかった。敵の砲弾はなお比叡にも集中している。

「きゃあっ!」

 敵の砲弾が比叡を襲う。着弾点にとてつもない激痛が走った。それがいくつも、金属のバットで殴られたように体を痛めつける。

 敵には戦艦クラスの艦娘はいないようなので、一発で致命傷にいたることはないだろうが。それでも馬鹿にならないダメージだった。

「そ、装備が!」

 艤装が砕け、燃え上っていくのが分かる。

 その砲弾の雨の中でも比叡は敵を探すために光を照射し続けた。

 敵の陣形の中に、なんと夕立の姿を見つける。獲物を狙う狼のように夕立は敵の間を走り回り、主砲や魚雷を撃ちまくっていた。そのために敵はかき乱され、炎上し、恐慌を来している。

 彼女の瞳が、探照灯を反射して、炎と血を映し出したかのように真っ赤にギラついた。

 砲弾の一つが彼女の右腕をもぎ取って行った。しかし、それでも夕立は笑みを浮かべて砲弾を撃ち続ける。

 

「なにが、どうなっているの……」

 戦闘はもはや秩序もなにもない、原始的な殴り合いに近い状況になっている。これを旗艦としてどう収拾をつけようか、全く分からなかった。

 どちらかが全滅するまでこの殺戮は続くのかもしれない。

 

 その時背後から艤装をカンカンと叩く音が聞こえる。機銃掃射を受けているのか。

 敵にもこちらの陣形内部に突撃してくる艦娘がいたのかという恐怖を感じて背後を振り返ったが、そこにいたのは五月雨だった。

 こちらが良く見えていないのか、恐怖に震え泣きじゃくりながら、機銃を撃ち続ける。

「ま、待って!私です!比叡です」

 それで、五月雨はようやく気付いたようだった。

「あ……!す、すす……すいません!すいません!」

「大丈夫、私は大丈夫だから……」

 彼女は味方を撃ってしまったということに、先ほどよりももっと泣き顔になる。

「ごめんなさい……私、ドジばっかり……」

「あはは、みんな混乱してるから。ドンマイドンマイ!」

 まだ笑って誰かを励ます余裕のある自分に、我ながら驚いていた。でも、この子を守らなければという思いが、比叡をそうさせていた。

 この戦場で恐怖に竦めば、待っているのは死だけだ。

「すいません……あの、さっきから夕立姉さんだけ見えないんですが、知りませんか?」

 その問いに、比叡はどう答えたものか一瞬戸惑う。

 姉の無事を思う妹の気持ちは痛いほどわかったが、夕立が敵の渦中で孤軍奮闘しているなど言えたものではなかった。

 夕立は、おそらく……生還出来ても無事では済まないだろう。

「さ、さっき見たから、大丈夫だと思いますが……」

「そうですか!よかったぁ……姉さん一人で突っ走るから……」

 その笑顔が胸に痛い。少し安心したのか、五月雨がこちらに近づいてくる。

 敵の砲撃は少し弱まっていたが。今、探照灯をともしており、さらに艤装の燃えている比叡の近くに寄るのは極めて危険だった。

「こっちに来たら駄目っ!」

「えっ!!」

 砲弾の、空気を切り裂く稲妻のような音があたりを震わす、敵の放った灼熱に赤く燃える砲弾が比叡の眼に捉えられた。それはまっすぐこちらに向かい……。

 比叡はとっさに五月雨を突き飛ばし、砲弾から庇うように立つ。

「ぐっ……がはっ!!」

 高速で飛来する鉄の塊は、比叡の体を貫いた。

 そのあまりの激痛に、目の前が白く霞みついに意識が飛ぶ。

 周りの音だけがくぐもったように聞こえ、まるで夢の中のようにはっきりとしない。その音もやがて聞こえなくなり、暗黒が比叡を包んでいった。

 

 凄惨を極めた戦闘の代償に、日本アメリカ両方の艦娘は傷つき、沈んでいった。戦闘不能となった者は方々の態で逃げ去り。まだ動けるものは獲物を探して湾内を行く。

 ただそこには軍としての指揮系統や秩序といったものは無かった。ただ、暴力の支配する世界だった。

 今やアイアンボトムサウンドには砲弾の弾ける音と、海面に広がるどろどろとした重油、燃え上る炎、そしてその下で泣き叫び喚き散らす艦娘達の姿と、もはや死んでいるのか力なくうなだれ浮かぶだけとなった体、そういったものが満ちていた。

 

 

 

 

 

 




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