まだ少し残酷表現があります
どこかの鎮守府だった。
いつものように、霧島が何かの書類を読んでいて……榛名が笑顔で挨拶をしてくる……。
そして、その向こうに……。
紅茶を飲むお姉さま。
……そうだ、全部夢だったんだ。……あれは悪夢だったんだ。まったくもって嫌な夢だった。
お姉さまにその夢の内容を聞いてもらおうとして、比叡は近づく、しかし、足が思ったように動かなかった。
お姉さまが笑顔で、しかし黙ったままこちらを見ている。
しゃべりたいのに、何か言いたいのに、足も口も動かなかった。
「……!?」
目覚めると、それは悪夢の続きだった。
いや、こちらが現実なのだ。
比叡は海面に膝をつき、浸水によりわずかに沈みつつある。意識が飛んでいたようだが、妖精達のダメージコントロールによってなんとかまだ浮いていた。
周囲はまだ不吉な夜に包まれている。
しかし戦闘はほとんど終わったようだった。あれほど響いていた砲撃の音が、今ではまったく聞こえてこない。敵も味方も、あらかた退却したようだった。
先ほどまでの混沌を、海は一瞬で飲み込んでしまう。
こうなってしまうと静かなものだった。
「夢じゃなかったか……」
辺りを見回すと、二隻の駆逐艦が暗闇の中から見えてくる。
一人は五月雨。もう一人は……夕立のようだった。
夕立は敵の内部に入り込んだだけあってかなり撃ちまくったようだったが、反対に自分自身も相当反撃を受けたようだった。
体はあちこちに砲撃の跡が穿たれ、両腕はもがれて全身から血が滴っている。綺麗だった色素の薄い長髪は、焼けてチリジリになり、もはや面影はない。
眼も潰されたのか、血糊にまみれて視力が残っているようには思えなかった。わずかにパクパクと動く唇だけが、夕立が生きていることを示している。
海面に体を倒し、もうほとんど沈みかけているそれに寄り添うように、妹は茫然と座り込んでいる。
「五月雨さん……」
比叡の掠れた声は、五月雨には聞こえないようだった。
「五月雨さん……ごめん……」
大丈夫だなんていってごめん……嘘をついてごめん……。
五月雨がふいに立ち上がり、そして主砲を構える。
その砲口の先は、敵ではない。五月雨の姉……満身創痍の夕立だった。
沈没処分だろう。戦闘能力を失っているとはいえ、敵の基地のすぐそばに浮かんだまま残していくことは出来ないことだった。
「姉さん……今……楽にしてあげるからね……」
しかし、姉妹でその処分を行うのは、あまりにも過酷な任務だった。
「姉さんのこと……好きだったよ……」
体がまだ上手く動かない。比叡は、それを見ていることしか出来なかった。
「ドジな私のこと、いつも守ってくれて……気にかけてくれて……ありがと」
夕立は、仰向けになって波に浮かびながら、無言だった。もう意識もないのだろう。
「嫌だ……嫌だよぉ……」
その時、比叡の眼には夕立の唇がかすかに微笑むように歪んだ気がしたが、気のせいかもしれない。
「……」
「……」
五月雨の逡巡の後、震える砲口は、何の前触れも無く火を噴き、夕立に安らぎを与える。
それで彼女がこと切れたのが分かった。だが、その体はまだ浮かんでいた。
五月雨にはそれで精一杯だったのだろう。涙にまみれた顔のまま、彼女はその場を去って行った。
後に残ったのは、比叡と、もはや浮かぶ鉄の塊となった夕立。
いや、向こうの闇の中からまだ何かのシルエットが浮かび上がってくる。
「重巡クラスか……」
それはアメリカの重巡洋艦ポートランドだった。彼女も負傷しているのか、蒼白な顔をしたまま、それでも憎しみをこめた顔でこちらに向かってくる。
ポートランドから赤い砲炎が輝き。そして夕立の周囲に水柱がいくつも立ち上る。夕立がもはや死に体なのを知らずに撃ってきているようだ。
「なんて……ことを……」
もう息は無いとはいえ夕立をこのまま見過ごしておくなど出来ない。比叡は力を振り絞り、砲塔を動かす、艤装が軋むが、まだ動くようだった。
「これ以上、させない……!」
比叡の主砲斉射、それがポートランドを至近弾となって襲い。敵はようやくこちらに戦艦がいることに気付いたようだった。
驚いたように逃げる中で、彼女が最後に放った砲撃が夕立に吸い込まれるように飛んでいき、直撃する。
赤い、彼岸花が咲いたかのような炎が夕立の体から燃え立ち、そして今度こそ沈んでいった。
それが、おそらくこの夜戦での最後の砲火だった。
ポートランドの逃げていく方向、ガダルカナル島の黒い影の向こうから、わずかに空が明るくなってくるのが分かった。長かった悪夢の夜が終わるのだ。
暁……、そして夕立。……勇敢なものほど、沈んでいく。
とはいえ、本当の恐怖はここからだ。空が明るくなれば敵の艦載機が飛んでくるだろう。
私も、もう沈むのか。
体がもう自由に動かない、機関は生きているが、舵の故障のためにまっすぐに進めなかった。この海域から、敵の攻撃機を避けつつ逃げ切るなんて無理だろう。
「霧島は無事に逃げたようだけど……」
この戦争において日本にとって初めての戦艦の喪失が自分になってしまうというのは、あまりにも情けないことだった。
いや、ここで沈むわけにはいかない。
パーティの約束をしたではないか。こんなところで沈んだら、もう二度と妹たちにも、金剛お姉さまにも会えなくなってしまう。
それだけは嫌だった。
「まだ……まだ、生きるんだ……」
夕立や暁の分も、生き残らなければいけない。泊地に逃げ込み修理さえ受ければ私はまた戦える。
生きるんだ、絶対に。……死にたくない。
その後、雪風や時雨達駆逐艦が比叡のもとに救出にやって来た。
しかし比叡の舵は相変わらず操作できず、海域からの脱出は遅々として進まない。そうしているうちに夜が明け、敵の航空機が次々と襲いかかってくる。
数々の直撃弾を受けたが、しかし比叡はまだ健在だった。
とはいえ、やはり撤退はどうしようとも困難な状況だった。駆逐艦では戦艦を曳航するなどほぼ不可能に近い。それどころか曳航しようと立ち止まれば、駆逐艦達は敵の航空機の良い的になり、爆撃されて沈んでしまうだろう。二次被害が増えるだけだ。
雪風達は比叡を見捨てることも、助けることも出来ずにそばで航空機から逃げまどうことしか出来なかった。
比叡の、旗艦としての最後の決断が下されなければいけない状況だった。
「皆さん……もういいんです。撤退してください……」
「比叡さんっ!」
空は青く晴れていた。
しかしその見通しの良さは、水上を走るしかない比叡達からしたら不吉なことでしかない。空から丸見えだからだ。
まだあの恐ろしい闇夜のほうが良かったのかもしれない。
「今、機関が止まりました……もう復旧不可能です……早く、ここから逃げて」
「比叡さん……」
雪風、時雨、照月、夕暮が、ついに訪れた瞬間に戦慄している。みんな早くこんな海域から逃げ出したいというのは顔を見れば分かる。でも、それ以上に、この戦艦を見捨てたくないという思いを持ってくれているようだった。
比叡の機関はまだ生きていた。
だけどこのままこの駆逐艦達をここに留め続ければ、いずれ誰かが沈められるかもしれない。そうなる前に……嘘をついてでも、この子達を解放してやりたかった。
急造の混成部隊なので、皆違う型の駆逐艦だが。この子達にも姉妹がいるのだ。時雨に関しては、同じ白露型である夕立を先ほど失っている。
これ以上、犠牲者を出したくなかった。
自分が姉妹の元に帰りたいと思うからこそ、この子たちを無事に帰してやりたかった。
「早く行ってください!さあっ!」
それでもぐずぐずする駆逐艦達を、比叡は一喝する。
「……!」
比叡に対し、無言で敬礼をする駆逐艦達。その顔は一様に泣きそうに赤らんでいる。
夜明けから数時間、もう夕方にならんとするほどの時間だった、昨日の作戦から、良く着いてきてくれたと思う。
そうやってようやく彼女達は撤退して行った。
その小さな後ろ姿を見ながら。比叡は嘆息する。
私も、お姉さまの元に帰りたい……帰りたい……。
見捨てないで……、見捨てないで……お願い。
矛盾する不合理な思いが、胸の中で張り裂けそうになる。
仰向けになって天を仰ぎながら。徐々に沈んでいく自分を感じる。
私は……何のために戦ってきたのだろう。
昨夜のような、あんな悲惨な戦闘で。暁や夕立を犠牲にして、その他多くの艦娘を傷つけ。そして敵も、その多くを同様に沈め傷つけた。
ただ、昨日ほど戦闘らしい戦闘をしたことは無かっただろう。いつもは対空戦闘で、上空の飛行機に向かってなかなか当たらない弾を撃つのがほとんどだ。
航空機の時代に入ったと言われ、空母が活躍する中。自分達が艦隊決戦で活躍することなどもう無いのかもしれないとさえ思った。
昨夜の夜戦は、戦艦として今までにないほどの華々しい戦闘だった。その性能を存分に使い、今までの訓練が生きた戦いだった。
しかし、あの残酷な殺し合いが、私達の本分だったのか。あんなことをするために自分は生まれてきたのか。
だとしたら、私達はなんと恐ろしい存在なのか。
フラッシュバックと共に、いくつかの艦娘の死の瞬間の顔が見える。
先ほどまでなんとしてもは生き残りたいと思った。でも、私が仮にここを生き延び、再び戦場にまみえることになったとしたら、またあの死の恐怖に歪む顔を見なければならないのだろうか。
そんなのはもう嫌だった。
ならば、もうここで沈むしかない。
力を抜くと、沈むスピードが速くなったように思えた。
もう、何も考えられなくなって来ている。ただ、お姉さまや、妹達にもう一度会いたかったという心残りだけが、最後まであった。
意識が遠のくと同時に、体が完全に水面下に沈んでいく。
長かった悪夢が、ようやく終わろうとするかのように。深い青の底へと沈んでいく。そこは何もなくて、静かで、妙に気持ちが落ち着いた。
沈むのが、自分で良かった……。比叡が最後に考えたことはそれだけだったが。しかし悲しいことに、悪夢は次の日の夜にも、またやってくるのだった。
12日の戦闘により、暁、夕立、比叡が沈み、敵にも多くの損害を出したが、飛行場砲撃は失敗した。
しかし、戦艦一隻の喪失でこの作戦を中止することにはならなかった。
ガダルカナル島はなんとしてでも奪還しなくてはいけなかった。こちらにどのような損害が出てもなさねばならない。
それはもはや意地のようなものだった。
この島を完全に占領されれば、この戦争の流れはアメリカに転ぶだろう。それを防ぐためにも、ここは踏ん張りどころでもあった。ここさえ乗り越えれば、日本にもまだ勝利する希望が見えてくるのだった。
アイアンボトムサウンドと呼ばれるほどに流された大量の血は、そのためには必要な犠牲だった。
比叡が沈んだ日、13日の夜にも鈴谷と摩耶による砲撃が行われた。その時にはルンガ湾には敵艦はおらず成功したのだが、さすがに重巡の火力では大した被害を出すことは出来なかった。
そのため、14日にも、霧島を旗艦としたさらなる砲撃が計画されたのである。
ソロモン諸島の北、オントン・ジャバ島で待機していた金剛、榛名に霧島は合流する。
その顔は姉の比叡を失ったことと昨夜の戦闘の疲労で極度に憔悴していた。
疲れ果てた霧島に対して下された再度の飛行場砲撃命令に金剛は怒り、その砲撃に自分も参加させろと息巻く。
しかし、その願いが通ることは無く、霧島は愛宕や高雄と共に、再びあの悪夢の海域に戻されることとなった。
1942年11月14日
月の出た、穏やかな夜だった。
その静かな空気を切り裂くように進撃していくいくつもの艦娘達。
「どうなってるんです?敵は?撃退したんですか?」
ルンガ湾手前で、戦闘は前回と同じような様相で進行していた。
前回ほどではないとはいえ、再びの夜戦はまたしても混乱を招くことになる。
日本艦隊は敵に二隻の戦艦を確認していた。
しかしその二隻は前衛の水雷戦隊により、撃退されつつあると霧島は早とちりしてしまっていたのである。
全くもって彼女らしくないミスだったが。前日に比叡を失い動揺し、さらに今度こそ砲撃を成功させるという強い思いから、そのようなことになってしまっていた。
霧島の主砲には、またしても三式弾が装填された状態で、アイアンボトムサウンドへと突入する。
サボ島の影を回り込み、ルンガ湾に侵入していく。霧島のそばには、僚艦だった比叡の代わりに高雄と愛宕が随伴し、さらにその後ろに朝雲と照月が付いていた。
「前方に敵戦艦見ゆ!」
高雄が疾走しながら声を張り上げる。湾内では、すでに戦闘が始まっていた。再びデジャヴュのように、あの悪夢のような光景が目の前に広がる。
暗黒と、幻想的なまでに赤く燃え盛る艦娘の残骸、そしてその光が照らしだすふたつの巨大な黒い影。
「来たわね……」
燃える、赤い靄の向こうに佇むふたつの影。その巨体は辺りを圧倒するかのような威容を誇り。
その野生の大型肉食獣の放つような凶暴な波動が、周囲に極度の緊張感を満たしていた。
情報が正しければ、アメリカの最新鋭戦艦、サウスダコタとワシントンのはずだった。
日本の大和とほぼ同じ世代となるこの二隻の新鋭戦艦は、共に16インチ砲を備え、最新のレーダーを装備し、火力防御力共に霧島より優位に立っている。
竣工して一年になるかならないかといった艦娘に対して、もはや艦暦も30年になろうとする旧式もいいところの霧島では明らかに不利ではあった。
霧島が負けていないのは高速性能と、あと錬度くらいだろう。
「高雄さん!愛宕さん!砲雷撃戦、開始するわよ!!」
高速戦艦が夜戦において最新鋭戦艦にも対抗しうることを、この戦闘で証明してみせる。
比叡お姉さまの仇を討つ。
「高雄!了解です!」
「ヨーソロー!」
前方に位置する戦艦、サウスダコタの周りにはいくつもの駆逐艦のなれの果てが炎上しつつ浮かんでいる。先に敵と遭遇した川内や長良の指揮する水雷戦隊が露払いをやってくれたのだろう。
しかもサウスダコタに至っては何かの故障だろうか、混乱状態にあるようだ。十分すぎる働きだった。
その戦果のほとんどをあの大人しい綾波が成し遂げたとは夢にも思わない。
そして後方にいるワシントンは、何故か沈黙を守っている。おそらくこちらがサウスダコタに接近したために、どちらがどちらか判別が付かなくなっているようだ。
「ならば!」
霧島は探照灯を敵に向けて照射する。
強力な光の中に新型戦艦が映り込んだ。
長い黒髪をゆったりと三つ編みにし、褐色の肌には呪いのようなペイントが施されている。いわゆるインディアン風の少女だった。
霧島よりも小柄な船体ではあるが、見るからに強力な重武装を背負っている。
その黒い目が、サーチライトの光を反射して怒りに燃えているのが分かった。
突入する霧島以下の艦隊と迎え撃つサウスダコタ、すれ違いざまの反航戦の砲雷撃が始まる。
「全砲門……ってーーーー!!!」
霧島、高雄、愛宕の火砲が一気にサウスダコタを襲う。
敵もこちらに対して応戦してきたが、ワシントンが参戦しない以上、火力はともかく砲門の数ではこちらが勝っていた。
全力を出せない敵に対して、明らかにこちらが押している。
サウスダコタに直撃弾多数。これが三式弾ではなく徹甲弾であればと今更後悔するがしかたない。
サウスダコタは美しい黒髪を振り乱し、痛みに苦悶の表情を浮かべながらながら、なぜ最新鋭の自分が旧式の敵に押し負けるのかと驚愕するように眼を見開いている。
だが霧島達はそれに構わず、怒涛の猛ラッシュを叩き込んだ。
敵の体に三式弾の閃光が炸裂した。重装甲の戦艦もついにのけ反り、膝を落とす。
もはや明らかに戦意を失っている様子だ。
すれ違うまま、敵は逃走しようとする。
「やったわ~!」
愛宕が嬉しさにぴょんぴょんととび跳ねる。高雄も笑顔でこちらを振り向き、指示を仰いできた。
「全艦進路反転!追撃戦に移るわよ!!」
こちらは速力では勝っている。反航戦から反転し、今度は敵に追いすがる形で補足しようとした。
が、しかし思った通りに行かないのが夜戦の恐ろしいところだった。
突如、空に照明弾が上がり、黒い海上にこちらが赤々と照らしだされる。明瞭になったこちらの姿をしっかりと見据えるのはもう一人の新型戦艦ワシントンだった。
「ヘイジャップ!ユーがヒラヌマか?」
「何?」
その白人の娘が、馴れ馴れしくも話しかけてきた。
サウスダコタ級のひとつ前のノースカロライナ級戦艦ではあるが、1941年に就役したばかりの新型戦艦。
ウェーブのかかったプラチナブロンドを振り乱し、上半身には肌蹴た軍服から星条旗柄のビキニが覗いている。それほど大柄でもないが、その露出の多い体はいかにも筋肉質に引き締まっており、強力な力を隠し持っているのはありありと分かった。
その片目につけているモノクルは、おそらく最新のレーダーだろう。
「テルミー……お前、ヒラヌマってのは何代目の大統領だ?」
そのワシントンは全くもって意味不明のことを聞いてくる。
霧島は今や反転を終え、その二隻の戦艦を追いかける形になっていたが。なんと答えたらいいものか思案した。
「私は金剛型4番艦、霧島です!」
「キリシマ……?まあいい、その名前の元になったジャップは何代目大統領だ」
どうやらワシントンは日本の命名方式を良く知らないらしい。というかツッコミどころが多すぎて霧島は苦笑する。
「ヒラヌマ」というのはアメリカが戦意高揚のために勝手に創り出し、勝手に沈めた実在しない日本の戦艦であり、その名前の元になったのは平沼総理大臣だろうと思われる。
緒戦より苦戦続きだったアメリカは、その架空の戦艦ヒラヌマを沈めたとニュースで報道して士気を高めようとしたのだ。
「ビスマルク」や「プリンスオブウェールズ」など、世界的に見て艦艇に人物の名前をつけるのはよくあることだった。しかし日本海軍の艦艇に人名は使わない。金剛や霧島は山の名前であり、長門や伊勢などは旧国名だ。
それがまず笑える勘違いであり。さらに細かく言えば平沼総理は総理大臣であり、日本に大統領はいない。
「あなた、きちんとした情報を仕入れて、出直してきたほうがいいわね」
「ああ?何言ってんだファック!まあ、キリシマが何代目だろうとも初代大統領の名前を継ぐ私には勝てないだろうけどなぁ!!」
どうやらこのアメリカ戦艦は合衆国初代大統領の名前を持っていることが自慢らしい。
確かにジョージ・ワシントンはアメリカの初代大統領だが。この戦艦ワシントンは「ワシントン州」から名前をとっているのであり初代大統領が名前の直接の由来ではない。
後の世にジョージ・ワシントンという原子力空母が生まれるが、それはこの時代においては全くもって預かり知らないことである。
とにかくこいつはいろいろと勘違いをしているかなり残念な艦娘、ということだ。
「……試してみればいいわ、米帝のメスゴリラめ」
霧島は正直なところ怒りに震えていた。
比叡を沈めたのはこの戦艦ではないが、しかし仇には違いないのだ。それがこんな低脳な、脳みそ筋肉みたいな馬鹿だとは思わなかった。
こんな知能の低そうなゴリラの仲間に姉さまが負けたのかと思うといてもたっても居られなかったのだ。
しかし、この霧島の分析もまた、冷静さを欠いていた。
「ハッハー!そうこなくっちゃ!」
怒りにまかせて正面から追撃する霧島に、ワシントンは堂々と迎え撃たんと仁王立ちに待ち構える。
「ジャパニーズビッチは、夜のベッドの上での戦いが得意なんだってなあ!?だがそれも今日までだぁ!お前のことはずっと見てたぜ!このレーダーでなぁ!」
ワシントンがついに砲撃を始める。夜間に、この距離では……と思った瞬間。その砲弾は霧島の至近に正確に飛来した。
16インチ砲による巨大な水柱が大瀑布のように巻き起り、その巻きあがった硝煙臭い潮水を被ってしまう。
「……っ!!?」
「ベッドの上で踊るのは、私のほうが得意でねぇ!!」
続いて第二射目が来る。
「がっ!!」
装甲が裂ける強烈に耳障りな金属音。そして爆発と衝撃。
恐ろしく狙い澄まされたレーダー射撃による直撃だった。霧島はその激痛に意識が飛びかける。
「HAHAHA!!もっとダンスしな!ベイベー」
「馬鹿な……私の戦況分析が……」
高雄と愛宕が青ざめたような顔で心配そうにこちらを見てくる。彼女達も応戦してくれているようだったが、その砲撃はワシントンには当たらない。
敵は戦艦一隻だというのに先ほどまでの優勢が一転して、今度はこちらが不利になっていた。
霧島も必死の思いで反攻の砲撃を開始するが、それもやはりワシントンには当たらなかった。
「お前らの神に祈れよ!劣等人種どもの戦艦さんよぉ!」
これが次世代のハイテク戦闘なのか。いくつもの直撃弾を受けつつ霧島は歯がみする思いだった、この力の差は確かにこちらの負けだ。どれだけ錬度を積もうと越えられない壁が今目の前に立ちはだかっていた。
それでも頭の中では思う。
これが、この痛みが……比叡お姉さまも、これと同じ痛みを……。
砲弾が体を貫き、肌が焼け焦げ血が噴き出し、艤装が砕け誘爆し炎上していく。
霧島の死力を尽くした最後の斉射は至近弾に終わり、そしてその反撃の強烈なカウンターが止めを刺す。
「これがパワーだ!」
ワシントンの渾身のストレートにノックアウトされ、波間に倒れ込む。
敵はそのまま去っていき、高雄と愛宕がそれを追う。霧島一人が炎上しながら戦線から落伍していった。
16インチ砲の傷跡はあまりにも大きく。その船体は急速に海にのみ込まれようとしていく。
ごめんなさい……金剛お姉さま。
榛名……お姉さまのことは、頼みます……。
比叡お姉さま、仇を討てず、申し訳ありません……。
サウスダコタに対して一矢は報いたが、それでも結局飛行場の砲撃は出来なかった。焦るあまりに状況判断を誤った完全なる自分のミスだ。
この海の底で待つ比叡お姉さまに合わせる顔がない。
転覆し、海に沈みながら、無念の思いだけがその思考を占める。
太平洋戦争において戦艦同士の艦隊決戦らしい戦闘は、これが最初で最後だった。
後に扶桑と山城がレイテ沖海戦においてアメリカの戦艦部隊に殲滅されるという戦闘があるが、それはもはや完全に一方的な殺戮だった。
戦艦同士での殴り合いによって沈むことが出来るというのが、兵器としては幸せなことだということを、この時の霧島は知らない。
この第三次ソロモン海戦における二度の夜戦で二隻の戦艦が沈んだことによって、日本海軍はその物質的な戦力の損失というだけでなく、士気という精神的な面でも大いに落ち込んだ。
戦艦が沈むということは、巡洋艦や駆逐艦が沈むのとは心理的な重みが違う。
そのため、その後戦艦はより一層温存されるようになっていく。
活躍する場も与えられず、なぶり殺しになる残りの戦艦達と比べて、この戦闘で華々しく散った比叡と霧島はある意味清々しい最後だったのかもしれない。
それでも、兵器としてはともかく艦娘としては、幸せな最後だったのだろうか。
怨念の塊となった霧島の体はやがて先に沈んだ別の怨念と合わさり合い、そしてその後もこの海域で戦闘を行う船を水底に誘い込んだ。
そしてこの海域は鉄底海峡という呪われた名前をつけられるにいたる。
日本によるガダルカナル島の奪還はその後も困難を極め、結局島は放棄されることになる。
そしてそこからアメリカの本格的な反攻作戦が始まることになった。
日米双方の多くの艦艇が沈んでいった戦いは、結局なんの実もつけずに終わったのだった。
読んでいただきありがとうございます
次回はレイテ沖海戦での金剛と榛名の話になります