艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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伊勢、日向の航空戦艦化とエンガノ岬沖海戦の話

戦闘シーンでは少し残酷な表現があります


伊勢型
(8)航空戦艦


 

 

1943年10月 呉鎮守府

 

 

 開戦よりほとんど活躍する場を得られなかった伊勢と日向は、ミッドウェー作戦の陽動として北方アリューシャン列島に向かったが、結局のところ作戦に同行しただけで特に交戦もなく帰還した。

 しかし本作戦であるミッドウェー沖海戦の大敗北は、この姉妹艦にも大きなショックであり、そして空母喪失の余波は実質的な面でも二人に影響を与えることとなった。

 戦艦よりも空母の存在を重視した軍は、早急に新空母を供給するために既存戦艦を改造してでも空母を戦列に加えようと計画したのである。

 加賀や赤城の先例もあり、また大和型戦艦の三番艦として計画されていた信濃が急遽空母に艦種変更して建造されることなったことからも、そのような無茶な要求が生まれたのであるが、これらは建造途中での艦種変更だ。

 また隼鷹などの商船改造空母や、祥鳳など潜水母艦、給油艦からの空母への改装は多くあったが。それは皆元々条約逃れのために空母への改造を見越した設計をされていた。

 ワシントン条約で空母の保有数を制限されていたために、商船や給油艦として建造されながらも、有事の際には速やかに空母に改装出来るように計画されていたのである。

 最初から戦艦として設計され、しかも完成しているものを無理やり空母にする、というのは前代未聞だった。

 そのような無理を通してでも、使いどころの難しい戦艦よりは多少難点は多くとも空母のほうが有用だということである。

 そしてその戦艦からの改造空母に抜擢されたのが、伊勢と日向だった。

 

 金剛型で超弩級戦艦の建造技術を取り入れた日本は、初の国産超弩級戦艦として扶桑を建造する。

 しかし当時の列強国間での建艦競争は激しく、扶桑は建造途中ですでに他の戦艦に性能面で負けていたり。また就役後も様々な欠陥が発見され、満足のいく戦艦とは言えなかった。

 扶桑型は4隻の計画であり、二番艦山城が完成していたが、その残り2隻を設計を変えた別の戦艦として開発することになったのである。

 そうして生まれたのが伊勢型戦艦だ。

 伊勢型は扶桑型よりも多くの面を改良してはいたが、全く別の戦艦というほどでもなく、世界最高水準には至っていないものだった。

 結局のところ扶桑型、伊勢型の4隻は、後に建造される傑作戦艦である長門型への道を開いた試作艦という趣が感じられるものにすぎなかった。

 その後近代化改修により第二次世界大戦においてもそれなりの水準を保つ戦艦にはなったが。鈍足という点でやはり大きく見劣りし、金剛型のようにその高速性能をもって空母機動部隊を護衛することも出来ず、使いどころの難しい船であることは変わらなかった。

 だがしかし、それは長門や最新鋭の大和においても同じことであり。戦艦というものはもはやどれだけ高性能でも作戦上使いづらいものであったため、空母への改装は当然の帰着点でもあった。

 

「なんだこの中途半端な飛行甲板は……」

「なかなか似合ってるよ、日向」

 工廠内で新しい艤装を装着しながら、伊勢型姉妹が感想を言い合う。

 その腕には、小さな飛行甲板が取り付けられている。

 

 伊勢型の空母への改装は困難で時間がかかり戦況の緊急性に間に合わないということから、折衷案が取り入れられ、航空戦艦として改造されることになった。

 艦尾にある5番6番砲塔を取り払い、そこに飛行甲板と格納庫を設置することで、多くの艦載機を運用しつつ、4番までの主砲で砲撃戦も行えるというものだ。

 ほぼ同時期に航空巡洋艦として改造された最上にも同じような改造が施されているが、これらの航空化は世界的に見ても珍しい試みであった。

 ただ、飛行甲板といっても正式の空母のように全通甲板ではないので、普通に発着艦が出来るわけではない、航空機作業甲板と言ったほうがいい代物だ。

 発艦は火薬式のカタパルトで行い、着艦は出来ないという不完全なものだった。

 伊勢型航空戦艦に搭載される予定の艦載機は水上爆撃機の瑞雲と、艦上爆撃機の彗星と後に決まることになる。

 瑞雲はカタパルトでの発艦後、帰還時には水上に着水してからクレーンで持ち上げて回収するというものだったが。彗星に至っては他の空母に帰還するか、着水して機体は捨てるという方法しかとれなかった。

 

「まるで盾だな……」

 そう言いながら腕に飛行甲板を構える日向は、何とも言えない顔をしている。

 伊勢もそれを茶化してはいたが、彼女自身もこの改造がはたしてどれほどのものか、測りかねていた。

 確かに今までにない航空戦力を手に入れたのではあるが、それが実際の海戦で有効なのかどうかは、誰にもわからない。

「でも、今までよりはいいんじゃない?」

 開戦から一年以上がたち、戦艦の主砲よりも、航空機の攻撃のほうが多くの面で効果的だと言うことはすべての艦娘が身にしみて思うところだった。

「まあ、そうなるな……。これで私達は大和よりも遥かに長大な射程をもつ槍を手に入れたわけだ」

 比較出来るものではないが、当時最長の射程距離を持つ大和の主砲の最大射程が40キロそこそこなのに対して、彗星や瑞雲の攻撃範囲は数千キロにも渡る。

 数は限られているとはいえ、5番6番砲塔を撤去しただけの攻撃力は得たはずだった。

「あとは……艦載機達がくるのを待つだけか~」

「……その航空隊は一体いつ来るんだ」

 

 伊勢と日向の航空戦艦化は既にほとんど完成していたが。その肝心の艦載機は配備される気配すらなかった。

 日本は慢性的な航空機不足と同時に、パイロット不足にあった。

 開戦直後の南雲機動部隊のように、その艦載機の錬度の高さにおいては世界に他の追随を許さないものがあったが。それを量産する、という点においてはどうしてもアメリカに劣っていた。

 半年余りの激戦においてベテランのパイロットはまたたく間に数を減らし。それを補う新しいパイロットも機体も間に合っていなかった。

 ミッドウェーの敗戦後、海軍は空母を急いで建造していったが、戦争の後半においては空母はあっても乗せる機体がないという状況に陥ってしまうことになる。

 圧倒的物量を誇るアメリカに対して、機体を作る工業力不足や、パイロット育成不足もあったが。装甲の薄さなど人命を蔑視した機体構造と、死も厭わないという過激な作戦立案などがそれに拍車をかけていくことになる。

 伊勢日向も、その煽りを受けた艦娘の仲間だった。

 結局のところ二人が予定の艦載機を搭載することはないまま、航空戦艦の運命は終わる。

 

「さあね~……まあ、でもそのうち来るでしょ」

 だが、まさか伊勢も、この飛行甲板に艦載機を乗せることがないまま終わるとは思っていなかった。

「……艦載機がないのなら、元のままのほうが良かったぞ。このままでは扶桑や山城にも笑われる」

 日向はそう言ってむすっとした顔をしていたが。伊勢は知っていた。

 日向が昨日の夜、テスト用に借りてきた試製瑞雲を使ってブーンドドドといった感じで隠れて遊んでいたのをのぞき見ていたからだ。

 この妹が何よりも新艦載機の到着を待ち望んでいるのはそれで分かった。

 そういう期待を隠そうとするのも、日向らしくて面白い。

「まあでもさ、この格納庫、輸送任務には便利だよ。最近気づいたんだ」

 だから調子に乗って茶化してしまうが、日向はいっそう面白くなさそうな顔をした。

「……伊勢型戦艦の誇りは、ここまで落ちたか」

「冗談だって~、機嫌直しなよ日向」

 

 だが、それも半分は冗談ではなくなっていた。伊勢は改装後すぐに南方への輸送作戦が待っていたのである。

 その後、日本は正規空母まで使って輸送作戦をしなければいけなくなるほど戦況は悪化していくことになり、二人もそれに駆り出されることになる。

 搭載機も配備されないまま、輸送作戦や内地での練習艦としての日々を送った伊勢達は、1944年6月に起こったマリアナ沖海戦に急行するが、ここでも戦闘には間に合わずに帰還する。

 内地に帰って来た後、ようやく正式に配備される航空隊が決まるが、その航空隊も10月に起こった台湾沖航空戦に投入され、結局伊勢達のもとに来ることは無くなった。

 そしてその直後、二人はレイテ沖海戦に投入されることになる。

 フィリピン、レイテ島に上陸しているアメリカ軍輸送船団に、主力の水上打撃部隊で殴りこみをかける、という今までにない思い切った作戦。

 ただ配備されたのは大和などの主力艦隊ではなく、瑞鶴などの虎の子の空母を中心とした機動部隊の随伴であった。

 マリアナ、台湾と航空機を失い続けた日本にはもはや最後の主力空母に乗せる艦載機もほとんど無くなり。その不十分な機動部隊はついに囮として扱われることになったのである。

 戦艦よりも遥かに貴重な戦力であり、何に変えても守り抜かなければいけない最重要存在だったはずの空母をみすみす敵前にやり、犠牲にするのである。

 それは、戦闘の結果沈むこともやむなし、とした過酷な作戦だった。

 

 

1944年10月25日 フィリピン・エンガノ岬沖

 

 

 空には、羽虫のような、もしくは悪魔のように飛び交ういくつもの黒い点が編隊を組んでいる。それが急降下を始めると、こちらに向かって何本もの死の槍を発射してきた。

 白い、不気味な直線が海中を疾走し、やがて味方の空母艦娘のほうに集中し、巨大な白い水飛沫の塔を建てる。

 上空は見る限り敵の艦載機と、対空砲の弾けた黒い爆煙で覆い尽くされていた。

 水上には魚雷の航跡と、天高く舞う水柱。そしてその間を低空でつきぬけていく敵機と、逃げまどう艦娘達。

 先ほどから数百機の敵艦載機が何回にも渡って延々とこちらを襲い続けていた。

 千歳が撃沈され、千代田が炎上しつつ戦線を離脱。残りの瑞鶴と瑞鳳も被弾し、損傷に疲弊している。

 

「日向!あの子達だけは守るよ!」

「分かっている!」

 その空母の前面に伊勢と日向が展開し、必死の対空砲火を見舞うが、多少牽制になるだけだった。

「日向!そっち行った!!」

 伊勢が叫ぶ。日向の前方をかすめるように、敵の雷撃機が低空飛行に入っていた。その進行方向の先には瑞鶴がいる。

 あの美しく艶やかだった紅白の道着を、今は無骨な迷彩柄に染め。そこに立つ歴戦の正規空母は、応戦しようにももはやその矢筒には何も入っていなかった。

「後部甲板など、盾にしかならんな……」

 日向はそう言いながら甲板を構え、そこに増設された機銃で敵を撃つ。

 艦載機を乗せる望みが消えた今、甲板には機銃を乗せるくらいしか出来ない。

 さらに新しく装備した噴進砲のロケットが火を吹き、飛んでいく。敵を撃墜するには至らなかったが、それで敵機は回避行動を取り、雷撃の角度がずれた。

「伊勢さん日向さん!私はもういいわ!早く撤退して!」

 雷撃を回避した瑞鶴がそう言う。

「何言ってるの!あなたを守るために私達は!」

「囮作戦は成功しました。もう私達は逃げられないけど、あなた達戦艦なら逃げ切れます!」

「幸運の空母を、ここで失うわけにはいかない!!私達戦艦の名誉にかけて!」

 

 瑞鶴は、開戦直前に就役し、真珠湾から数々の戦闘を経てきた。その激戦の間ほとんど大きな損傷を受けることも無く、代わりに多くの敵を沈めてきた。

 間違いなく最高武勲の艦娘だろう。

 それをみすみす囮に使った挙句に沈めてしまうなど。伊勢達には許されないことだった、例え艦載機は無くとも、いつか戦力を回復させ反攻作戦に打って出る時に絶対に必要な戦力だった。

 それをここで失ったら、それはすなわちこの戦争に勝つことを放棄したのと同義だ。

 

「私は幸運じゃないわ……、ただ、一生懸命頑張っただけ……だから伊勢さん日向さんも」

「馬鹿を言うな!私達戦艦だけ生き残って、それで何になる!」

 瑞鶴の上空で爆撃機が旋回する、それはまるで獲物を狙う鷹のようだった。

「今度はあなた達が……」

 急降下を始める爆撃機に対して日向はロケットランチャーを発射するが、それも撃ちつくしてしまった。自発装填までにはまだ時間がかかる。

「くそっ!!」

 切り離された爆弾がまっすぐに瑞鶴に向かい落ちていき、そして飛行甲板に突き刺さると爆発を起こした。

 すでに多数の被害によりズタボロになっていたその船体が、最後の止めを受けて黒い黒煙を上げて沈んでいく。

「被弾するって、こんなに痛いんだね……」

 迷彩の青い着物に赤い炎を纏いつつ、彼女はつぶやく。

「何を言っているんだ!」

「翔鶴姉は、いつもこんなに痛かったんだ……」

「おい!瑞鶴……」

「ごめんね、翔鶴姉……私やっと分かったよ……」

「……」

「ありがとう……」

 

 最後に聞こえたその声とともに。幸運の空母であり、最後の希望であった瑞鶴は海に沈んでいった。

「そんな……ことが……」

 日向はがっくりと膝を落とす。

 

 伊勢も、同じく損傷した瑞鳳を抱えていたが、その血にまみれた小さな体はもはや精気を失っていた。

「ずいほう……目を開けてよ……」

 既に死んでいるのは分かっていたが、伊勢が抱きかかえようとしたところ、その下半身がズルッとずり落ち、そのまま海に沈んでいく。

 魚雷にやられたのだろうか、その体は二つに寸断されていた。

「あ……ああ……あ……」

 瑞鳳を抱えていたはずの左腕を、真っ赤な血糊が染める。

「伊勢……」

「……」

 囮として出撃した4隻の空母はすべて撃破された。陽動としての作戦は成功と言えるが、失ったものはあまりにも大きかった。

 日向は、まだ瑞鳳の上半身を抱える姉に、なんと声をかければいいのか分からない。

 伊勢も、いつまでもこんな敵中でじっとしてはいられないと、その最後の空母の体を海葬に伏す。

 青い透明な海に、その体が沈んでいった。

「日向行くよ……まだ他の子達を逃がしてあげないと」

 感傷に浸るのは戦いが終わってからだ。

「そうだな……」

 退避した千代田以外、空母は全滅したが、駆逐艦や軽巡といった随伴艦はまだ残っている。それを逃がすためにまだ働かなければいけない。

 幸い、次の敵の攻撃目標は一番目立つ自分たち戦艦になるだろう。

 伊勢は覚悟を決めたように、立ちあがると上を見上げる。

「伊勢……最後にもうひと踏ん張りだ。一生懸命、頑張ろう」

「一生懸命頑張ろう?なにそれ?日向っぽくない言葉ねえ」

「私だって、そういうことも言うさ」

「……ふ~ん」

 私達は、まだこうやって生きている。姉妹欠けることなく。

 それもこの敵の大群では今日までかもしれないが、最後まで生きる希望を失いたくは無かった。

 瑞鶴の残した希望を、今度は自分たちが受け継ぐ。

「じゃあ、頑張ろう!」

 何十という敵機が蚊の大群のようにこちらに襲いかかってくる。

 敵が猛禽類だとしたらこちらはネズミのようなものだ。いや、死にかけの大型獣に群がるハゲタカだろうか。どちらにしろただ狩られていくだけの獲物だ。

 やたら図体がでかく鈍足の戦艦なのだからそれは仕方がないことだった。

 でも、それでも戦い方はある。

 

 伊勢は腰に差した刀を抜いて振りかざしつつ、最大戦速で駆けた。

「いっけーーーーーー!!」

 敵が急降下を開始すると同時に全力で旋回を始める。死神の雄たけびを上げながら落ちてくる敵機とその爆弾は、伊勢のすぐ横に落ちて至近弾となった。火薬臭い潮水が甲板全体にふりかかる。

 続いて同じ編隊の数機が上空から襲撃をかけてくるが、それも直撃には至らなかった。

 爆弾を無駄に投下していった敵艦爆達はむなしく再上昇をかけ、速やかに撤退していく。その後ろ姿に機銃を浴びせかけるが、当たりはしなかった。

「日向っ!!」

「わかっている!!」

 今度は日向の上空に数機が旋回し、降下態勢に入る。

「そうだ、噴進砲を放って転舵……これだ!」

 まさに飛びかからんとする敵に対してロケットを発射し牽制しつつ回避行動をとる。ロケット弾にひるんだ敵の先頭に機銃が集中し、そのまま空中で爆散する。

 先頭機の火達磨の爆煙を越えてなお後続が突撃してくるが、それらも恐怖にやられたのか正確さを失い、投弾も全て外れた。

「やるじゃん日向!」

「あたりまえだ」

 

 しかし敵の数は膨大だった。やっとさっきの編隊をやり過ごしたかと思うと、もう次の編隊がこちらに向かってくる。

「どんだけくるのよ……」

 この物量には恐怖しかなかった。四隻の空母を屠って、まだ有り余る戦力を敵はこの海域に投入している。

 これでは他のルートからレイテ湾に向かった艦隊もどうなっているか分かったものではなかった。

「他の隊は……扶桑、山城や最上の奴も頑張っているか?」

 扶桑と山城、最上は艦隊を組み、スリガオ海峡からレイテに突入することになっていた。それもまた大和をはじめとする主力艦隊の囮だったが、そちらもこのような航空攻撃を受けていないか心配だった。

 この時点でその西村艦隊は時雨を残して全滅しており。航空巡洋艦最上も火達磨となった後沈むことになったのだが。それは日向には分からない。

 頑張れと祈るしか出来なかった。

 

「かかってきなよ!」

 伊勢に再び敵機が群がってくる。主砲三式弾で牽制をかけ、噴進砲で脅威を与えつつ、機銃で止めを刺す。とはいえ、掠ればいいくらいの命中率だったが、なにせ敵の数が多いのでそれなりに当たりはした。

 それでもその弾幕をかいくぐってくる敵機も、回避行動に惑わされて直撃弾を得られずに終わる。

 伊勢の艦橋よりも高く、いくつもの水柱が天に突き上げ、霧の如く水飛沫がその船体を覆うが未だ直撃弾はなかった。

「やるな……私もやるぞ」

 これだけ攻撃してもほとんど傷つかないこの旧式の戦艦を前にして、敵機はあきらかに躍起になっているようだった。

 苛ついたように、猪突猛進を繰り返してくる。

「当たるものか……」

 だが、こちらもただではやられないぞという覚悟があった。

 

 

 南国の海を深く重く覆い尽くしていた闇は、暁に切り裂かれるように金色に染まっていく。

 幻想的な風景が、囮艦隊の残存艦達の前に広がる。

 とはいえこのくらいの日の出などいつも航海途中で見ているはずだったが、それでもやはり激戦の後でみるそれは、印象が大きく違った。

 戦闘で様々なものを失い、傷つけられた心に、その光がひりひりとしみる。

 伊勢と日向は敵の攻撃を避けきり、生き残った。至近弾で多少ダメージはあったが、なんと直撃弾は無かった。

 実際のところ、相当に当たり所が悪くない限り、一発や二発爆弾が当たっても戦艦であれば沈むことは無いのだが、まあ、当たらないに越したことはない。

 さらにその後、撤退していた千代田を追撃して沈めた敵の艦隊を発見したという報告を受け。それを攻撃するために再び南下し夜戦を仕掛けようとしたが、結局遭遇出来ずに引き返している。

 我ながら恐ろしいまでの行動だった、こうして生き残っているのが奇跡のようだ。

 だが、さすがにもう潮時だった。

 駆逐艦達や、旗艦の大淀も、もはや虚ろな目でその朝やけを見つめるだけだった。

 日向も、伊勢も……。

「……アイシャルリターン」

 だが、伊勢が呟く……。

「なんだ?」

「マッカーサー将軍は、フィリピンを去る時にこう言ったそうね」

「あ?……ああ」

 なぜその話が今ここで出てくるのかよくわからなかったが。

「私も、必ずまたここに帰ってくる……この海域に」

 

 南西太平洋方面最高司令官ダグラス・マッカーサーは、開戦当時アメリカの植民地であったフィリピンの防衛にあたっていたが。日本の進撃によりそのフィリピンを撤退することになる。

 その時にマッカーサーが口にしたと言われる言葉が、アイシャルリターン(私は帰ってくる)だった。

 フィリピンの軍事顧問を務め、長くこの国を管轄してきたマッカーサーはフィリピンに並々ならぬ執着があったのだ。

 

 その後、アメリカは反撃を進めて日本軍を押し返していったが。ソロモン諸島から始まったその反攻作戦は、しかし日本に占領された全ての島々を順次奪還していくというものではなかった。

 制空権も制海権もとれば、戦略的に重要でない島は放置し、先へ先へと進んでいく、飛び石作戦と呼ばれるものだ。

 そのため、フィリピンの奪還も日本軍の激しい抵抗を受ける割には戦略的な見返りが無いという理由で放置される計画だった、こんな島よりも早く日本本土を攻撃し戦争を終結させねばということが優先されていたのだ。

 しかしそこはマッカーサーの強い要求により、半ば強引にフィリピン奪還作戦が決行されることになった。

 かつてマッカーサー王国とまで言われ、多くの利益を得てきたフィリピンをこの手で取り戻したいという強いプライドがそうさせたのである。

 そしてフィリピンの自由と解放の名の元に起こったのがレイテ沖海戦と、その後の陸上での激しい戦闘だった。

 それは確かにフィリピンに住む人々を日本の支配から解放はしたが、日本人、アメリカ人、そして現地人ともに多数の犠牲を払ったうえでのものだった。

 だが、少なくとも彼は有言実行を体現したのであり、それが戦争というものなのだ。

 

「私は、もう勘弁願いたいな……」

 いつも呑気な伊勢が珍しくそんな気合いの入ったことを言うが、日向からしてみたらもうたくさんだという思いが強い。

「今は……帰ろ」

 そんな妹のことを思いやってか、伊勢は笑みを浮かべ、その肩を抱く。

「……ああ」

 日本へ、母港へ向かって、彼女たちは進んでいく。

 この日、日本海軍の空母機動部隊は壊滅し。もはやアメリカに対してまとまって反攻できる航空戦力はほぼ無くなったに等しかった。

 そして、このレイテ沖海戦は、神風特別攻撃隊が初めて出撃した戦いでもあった。

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます

次回は北号作戦の話になります
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