艦隊めもりある バトルシップウォー   作:mkやまま

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北号作戦の話です

これもテンポを良くするために作戦全体をまとめたような内容になっています
群狼作戦のところは特に改変していますので注意


(9)完部隊

 

1945年2月 シンガポール

 

 

 呉に帰港した伊勢と日向は、もはや艦載機を乗せる望みも無くなり、その後部甲板のカタパルトは撤去された。

 しかし、どれだけ絶望的な状況でも戦争は終わらない。

 ここからはいかにして勝つかではなく、いかにして抵抗するかであった。

 姉妹はほどなくして再び南方に戻り、隠れて敵をやり過ごしながらわずかな反撃の機会を待っていた。

 その中で、フィリピンのミンドロ島に上陸したアメリカ軍に対する反攻作戦として、礼号作戦が発令された。

 エンガノ岬沖での戦いの敵討ちにこだわる伊勢は、作戦への参加を希望したが、他の駆逐艦や巡洋艦に対してあきらかに速度が遅いことから、その希望は却下される。

 そしてまたしても何もすることが出来ないでいる中で、ついに二人には呉への帰還が命令された。

 南方の豊富な資源を出来るだけ積みこみ、本土に帰って来いという輸送作戦である。

 これは北号作戦と命名された。

 

 その頃、日本と南方を繋ぐシーレーンはアメリカの航空機と潜水艦によってほぼ完全に支配されており、輸送船一隻通ることが出来ないほどの有様だった。

 それによりせっかく占領した南方の資源が本土に供給されなくなり、深刻な資源不足に陥っていたのである。

 だからこそ、戦艦ですら輸送艦の役割を担ってもらわなければいけなかった。とはいえ、そのようなお使い作戦はもはや慣れたものだった。

 

「だから言ったでしょ、この格納庫は輸送作戦には便利だって」

 港で大量のドラム缶を積みながら、伊勢は言う。

「そんなこと言っていたか?」

「いつも言ってるじゃん……」

「まあ、そうだな。これなら輸送戦艦と言ったほうがいいかもしれん」

 日向の皮肉たっぷりのジョークは、正直二人とも笑えなかった。

「……でもさ、この格納庫に爆弾落とされたらヤバくない?」

 ドラム缶に入っているのは航空燃料などだ、ここに爆弾が一つでも落ちれば誘爆で艦尾が吹き飛ぶだろう。一撃轟沈してもなんら不思議は無い。

「……当たらんさ、全員で呉に帰る。そこで久々にゆっくりと風呂に入って旨い飯と酒を飲もう」

「そうだね」

 

 そうは言うが、それは絶望的なことだった。

 アメリカはもはや沖縄に迫らんとするところまで来ており。その目をかいくぐって日本に戻ると言うのはまず無理だった。

 敵の航空機に発見されるのは間違いないし、潜水艦にも待ち伏せされるだろう。

 艦隊は日向を旗艦に伊勢、大淀、朝霜、初霜、霞の編成だったが、半分が生き残れば上々、全滅してもなんらおかしくない。

 作戦に出て全員無事に生還など、もはや久しく聞かないことだった。

 特攻だけでない、艦娘だっていつも死と隣り合わせだ、死ぬこともまた任務だった、それは開戦当初からずっとだ。

 でも、まだ帰る場所があると言うのは、嬉しいことだった。その点だけが、死ぬことを目的とした作戦との違いだった。

 そしてその差は、あまりにも大きいのかもしれない。

 いつか帰る場所さえない突撃を、私達は命じられるのだろうか。

 それが国のためなら、そうしなければいけないのだ、それが軍艦としての名誉なのだから。

「瑞鶴達の魂を受け取ったのだ、沈んでたまるか」

 でも、それでも、生きる希望を諦めない。

 それが沈んでいった者たちへのせめてもの手向けだった。

「伊勢、私はこの部隊を完部隊と名付ける」

「完?部隊」

「全員生きて任務を完遂するというという意味だ」

 

 

1945年2月13日 南シナ海

 

 

「これぞ、恵みの雨ってやつかな」

「その言葉の使いどころは、どうでしょう……」

 大粒の雨が海面を激しく叩く。黒い分厚い雲は空を覆い、土砂降りの様相を呈していた。

 伊勢が雨に打たれながら、嬉しそうに言い、それに大淀がつっこむ。

「まあ、悪くない」

 日向も、いつもの無粋な顔をしているが、どこか安堵しているようだった。

 艦隊は今、南方特有のスコールの中にいる。平時であればうっとおしいだけのこの大雨も、対空戦闘中にはありがたい恩恵となる。

 敵の航空機に発見された艦隊は、攻撃を受けるかと身構えたが、ちょうど発生したスコールに逃げ込み、その追撃を凌いでいた。

「ふん、あのままでも、敵を撃退できたわ」

 霞はこんなふうにずぶぬれになってでも逃げるのが嫌なのか、そんな強がりを言うが、内心では安心しているのだろう。

「ほんとかよ、あたいは爆弾の雨よりこっちのほうが良いね。シャワーみたいで潮っけが落とせる」

 それに対して朝霜は気持ちよさそうだった、雨水でその長い髪の毛を洗うように手で梳いていく。シャンプーがないのがもどかしいといったくらいだ。

「何?あんた新参のくせに文句あるわけ?」

「あぁん?あたいだってそれなりの修羅場は越えてきたつもりだけどねぇ」

 先ほどまでの空襲への緊張から解放されたからか、なぜかこの二人はいがみ合う。

「二人とも……気を引き締めないと、ですよ」

 その霞と朝霜に対して、真面目な性格の初霜が注意を呼び掛けると、さすがにまずいと思ったのか、それで二人もおとなしくなった。

 日向がそんな駆逐艦を眺めていると、徐々に雨が止んでいく。スコールを抜けるようだった。さすがに敵機も諦めて引き返しただろうし、こちらもずっと雨の中にいるわけにもいかない。

 やがて雨は上がり海は穏やかになっていった。

 このまま何もなく通してくれればいいが……。

 

「……あれ、なんだ?潜水艦じゃあ……」

 不意に朝霜が斜め前方を指差す。

「ふん、また流木か鯨じゃないの?」

 霞は口ではそう言いつつ、その方向に注意して目を凝らす。

「冗談で言ってるんじゃねえって」

 嫌な緊迫感が一瞬で艦隊を包み込んだ。

「潜望鏡?……て、敵の潜水艦を発見!!」

 初霜が叫ぶ。

 それと同時に三隻の駆逐艦と大淀は対潜水艦態勢に入り、爆雷を用意しつつ、敵潜のほうに殺到する形で向かった。

「いかん……!」

「みんな避けて!」

 敵も、発見されたことに気付いたのか、潜航を開始する。と思った瞬間、それとは別の方向から白い雷跡が艦隊に疾走してきた。

 敵は複数いると言うことだ。しかも包囲されている可能性が高かった。魚雷の十字砲火は非常にまずい。

 全艦がその向かってくる魚雷と同行するように転舵する。魚雷に対して腹を向けるより、水平に移動したほうが被弾面積は大幅に減らせるからだ。

 鈍足ゆえに旋回も遅い伊勢のすぐ脇を雷跡が通り抜けていく。それで、その攻撃はなんとかみんなやり過ごした。

 だが、それでは終わらない。

「第二波来ます!!」

 大淀が絶叫するように報告する。今度は別の方向からまたしても複数の魚雷が迫ってきていた。

 それによってさらなる転舵を余儀なくされる。

 艦隊はもはやかき乱されまくっていた。

 もともとはドイツが開発した、Uボートによる群狼作戦。それは複数の潜水艦による待ち伏せ包囲戦術である。

 その戦術をアメリカも取り入れており、今この艦隊が受けているのがまさにそれだった。

 この作戦により欧州においても、太平洋においても、あまりにも多くの船が犠牲となり、海の底に叩き落されていった。

 艦隊の中心に突如噴き出た間欠泉のように、巨大な水柱がどうっと立ち上る。

 それは死を意味する、不吉な慰霊碑にも見えた。魚雷の直撃は、駆逐艦や大淀にとってみれば即死に繋がる。

「誰かやられたのか!?」

 被害が出たかもしれないということに胸が詰まるような思いがした。しかし、爆発の下には艦娘の影は見えない。

「いや、早発みたい」

 伊勢が青ざめた顔で苦笑いを浮かべつつ言う。

 艦隊の転舵によって発生した波に魚雷が反応して爆発したのだろう。起爆装置が敏感すぎるがゆえに助かった。

 おかげで第二波も全艦回避したようだ。

「だが……!」

 これが本当に群狼作戦なら、敵は三隻単位で襲いかかってくるはずだった。

 まだ最後の一撃が残っている。

 

「まだ来るのかよ!う、うわぁ!」

 予想された第三波が艦隊に襲い掛かる。たび重なる旋回で陣形はぐちゃぐちゃだったが、その側面に槍を突き刺すように、何本もの無慈悲な魚雷が殺到した。

 その一本が、発射源に一番近い朝霜を直撃するコースをとる。

「来るな!来るな!嫌だ!うわ~~~~!!」

 恐怖に足をすくませた彼女は、体をこわばらせた。

「ばかっ!早く避けなさい!!」

 その体を霞が突き飛ばした。朝霜は吹っ飛ばされ、盛大に水しぶきをあげて海面に尻もちをつくが、損傷は無い。

 先ほどまで朝霜がいた位置を、白い航跡が突き抜けていく。

 そしてその魚雷は今度はまっすぐに日向へと向かう。

「くっ……」

 さきほどから旋回はしているが、三回目の転舵はさすがに間に合わない。これが群狼作戦の恐ろしいところだった。

 魚雷の十字砲火を受ければ、そのいずれかは弱点となる側面のわき腹を見せざるを得ない。

「くそ、当ててくるか……!」

 自分が鈍足の戦艦であることをいつも煩わしく思っていたが、この瞬間ほど激しく呪ったことはなかった。

「日向さん!!」

 大淀が、眼鏡をずり落ちさせつつ取り乱したような大声を出す。

 一発程度なら耐えられるか?そう思ったが、中途半端な回避行動は、魚雷のコース上に後部格納庫をさしだすような形になってしまっていた。燃料に魚雷が誘爆すればただではすまないだろう。

 最悪のパターンだ。

「伊勢っ!!」

 日向はとっさに姉の名前を叫んでいた。

 瞬間目の前が白い爆発に覆われる。鈍い衝撃と、激しい水飛沫が顔に吹き付けられた。

 やられたか……と思ったが、妙に痛みは無い。これが直撃なのだろうか、痛覚がマヒするほど自分は損傷したのだろうか。

 

 そう思ったが、それは違った。

「日向!!間に合ったぁ……」

 水飛沫がおさまり、周囲が見える。伊勢の副砲が煙を吐き出しているのが見えた。

「な……私は……無事なのか」

「なんて顔してるのよ、感謝しなさいよね」

 どうやら、伊勢の副砲が日向に向かった魚雷を狙い撃ちにしたらしい。間一髪だった。

 他の魚雷も、皆全て回避したようだ。艦隊は三波に渡る敵の攻撃を全て乗り越えたのだった。

「伊勢……」

「礼は後で言って!まだ敵はいるよ!」

 潜水艦はまだこの周囲にいる。

 このまま逃げてくれればいいが、再度攻撃をかけてくる可能性もあった。その場合場所を移動するために浮上することもある。

 水中では水の抵抗により、10ノット以下と非常に足の遅い潜水艦も、浮上航行ならその倍以上のスピードが出るからだ。

 再び回り込んで攻撃してくるなら、敵は必ず浮上してくる。それはこちらにとってもチャンスだった。

「全艦、敵を探せ!」

 

 そして早くもその敵は発見される。

「敵潜水艦!浮上してきます!!」

 またしても初霜が叫んだ。

 後方の海面に、まるで幽霊が現れるように不気味に艦娘の影が現れる。

 海中から、ブロンドの髪がゆらゆらと靄のように浮かび上がり、それがやがて少女の頭部となった。

 上半身まで現れた彼女は、ウェットスーツを着込み、背中には酸素ボンベか、魚雷か、よくわからないがそのようなものを背負っているようだ。

 そしてその後ろにもう一人、アメリカの潜水艦娘が見える。

 彼女たちはこちらを見ながら、発見されたことに戸惑い驚いているように目を見開いている。その姿は、憎い敵、というよりは自分たちと同じような、あどけない少女のそれだった。

「伊勢!」

「分かってる!」

 しかし、慈悲はない。

 潜水艦がのこのこと海上に出てきたのが悪いのだ。

「主砲!四基八門!一斉射!!」

「てぇーーーーーー!!」

 伊勢日向の主砲、35,6センチ砲が轟音を発し、雷鳴のように空気を切り裂いて、いくつもの弾丸が空をかけた。

 それが冷徹な放物線を描き、敵潜水艦の方向に猛然と突き刺さっていく。

 水柱が林の如く立ち、敵を包み込む。

 空へと舞い上がった水が重力に引かれ落ちていき、海面が再び静まり穏やかになったころ、そこには彼女たちの影は見えなかった。

「やったか……」

 日向の問いに、大淀は水中探信儀に集中する。

 ポーンというピンガー音が海中を走った。

「いえ……敵は潜航して逃げたようです」

「そうか……」

 これで、ようやく敵は去ったらしい。

 どっと疲れが出る。艤装が重く感じ、格納庫の中の物資が煩わしい。

 しかし、ついに艦隊はあらゆる敵の襲撃をやり過ごしたのだった。

 さきほどの攻撃はさすがにもう駄目だろうと覚悟しただけに、それに対して切りぬけたという実感がまだ出てこない。

 日向が周りを見渡すと、他の艦娘たちも同じように茫然としていた。

 

 

1945年2月20日 呉鎮守府

 

 

 2月20日、部隊は一隻の落伍も無く。損傷すらなく。全員無事で呉に到着した。

 完部隊はその名の通りに、作戦を完遂したのである。

 呉に着いてから知ったことだが、この時ちょうどアメリカの主力機動部隊は硫黄島を攻撃していたこともあり、そのために隙が出来ていたということだった。

 それでも、スコールに逃げ込めたことや魚雷の回避は、運が良かったとしか言いようがない。

 エンガノ岬沖で瑞鶴を護衛していた伊勢と日向が、その幸運を受け継いだのではないかというのが、呉鎮守府の艦娘達のもっぱらの噂だった。

 レイテでの空襲回避や、北号作戦の完全勝利は、そうとしか思えないほどの奇跡だったからだ。

 

 ただ、北号作戦で持ち帰った物資の量は結局のところ貨物船一隻分程度だった。

 その程度の物資を持って母港に帰ると言う、緒戦の時期であればどうということはない成果を奇跡として喜ばなければいけないほど日本は追い詰められていたのである。

 

「日向さん……本当によかった。今度はあなたたちが幸運艦の名前を受け継ぐのですね」

 帰還した日向に、港で待機していた大和が声をかける。その顔は以前に会った時のような威厳は無く、やつれたようだった。

 彼女の背負った重圧と戦況を思えば仕方のないことだったが、それでも久しぶりの朗報に、少し笑みを浮かべている。

「いや、それほどでもない……一生懸命頑張っただけだ」

 日向は少し気恥ずかしそうにそう返した。

「一生……懸命……」

 きょとんとする大和に、日向はやさしく笑いかけた。

「作戦は成功した……悪い気持ではない、が……意味も無いな」

 さらに不思議そうな顔をする大和。

「意味がないなんてそんな、すごい戦果です」

 

 確かに作戦は大成功だった。しかし、多少の資源を持って呉に帰って来ただけだ。海戦に勝利したわけでも、敵に何らかの打撃を与えたわけでもない。

 ただ、こちらの最後のあがきに少しだけ貢献するだけだ。

 そんなものに何の意味があると言うのか。

 日向の中では、本土決戦に至ろうとも最後まで戦い抜きたいという意志と。こんな希望のない戦争は早く終えるべきだという意志が混在し、葛藤していた。

 そして、どちらにしても、もはや呉にすら十分な燃料は無くなっていた。

 伊勢と日向はその残った燃料を大和に託し、これからは港にただ係留されるだけの存在になるだろう。

 地獄から生き残っても、結局はこうなるのだ。

 

「この最後の油、大事に使えよ」

「はい……」

「まあ、そう気を揉むな」

 北号作戦後、アメリカは硫黄島を陥落させた。

 これにより、アメリカは日本本土を攻撃する爆撃機に随伴させる戦闘機のプラットフォームとなる基地を手に入れたことになり、本土空襲はより容易になった。

 以後東京など日本の各主要都市がB29による大規模な空襲に晒されることとなる。

 そして、それと同時にアメリカはついに沖縄に上陸を始めた。

 もはやその上陸作戦を止める海上戦力も航空戦力も無かった。有効な反攻作戦を開始することは出来なかった。

 ただ一つ、特攻という手段をのぞいて。

 最後の燃料を使って大和は沖縄へと出撃していく。それは生還を前提としない、死にに行くための出撃だった。

 死に臨む大和の背中を、もはや浮き砲台となった伊勢と日向は黙って見送るしか出来なかった。

 

 

 

 




ありがとうございます

次回は浮砲台と呉空襲の話になります、次回で伊勢型編は完結の予定です
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