私のココロの伝え方   作:真冬の三月ウサギ

1 / 22
プロローグ 
桜の樹の下で


 ショッピングモールのベンチに座って天を仰ぎながら、俺――桔梗坂 真人(ききょうざか まこと)はため息を吐いた。

大きなため息に周りの数人は一瞬こちらを見たが、すぐに何事もなかったかのように通り過ぎていった。

 おもむろにズボンのポケットから携帯端末を取り出し、電源を点ける。すぐさま画面が光り、お気に入りのアニメの待ち受けと、今日の日付、現在時刻、気温、ついでに天気予報が映し出された。これからの天気も見つつ、目的の数字に目を向ける。

 4月7日。

 それが今日の日付だ。それだけ確認すると再び携帯をポケットに戻し空を見上げる。空は青く澄み渡り、太陽の光が嫌というほど降り注いでいた。 

 

 「明日かぁ……」

 

 しみじみとそう呟く。明日からは新学期が始まる。そうしたらまた、学校に行かなければならない。

 別に学校が嫌いなわけではない。成績もそこまで悪い訳でもないし、友達も少ないがちゃんといる。いじめられているなんてこともない。それでも、長期の休みが終わり、再び授業に顔を出さなければいけないのだと考えると多少は気が沈むものだ。思えば、これまでの休みの最後には決まってこんな気分になっていたような気もする。

 そんなアンニュイな気分に浸りながら春の陽気に身を任せていると、不意に聴き慣れた音楽が耳に入った。同時に太ももに振動を感じる。携帯がメールを受信したらしい。正直面倒だったが、緊急の内容だったら問題なので一応確認しておく。メールの受信画面を開くと、よく知った人間からのメールだった。

 

 『明日、始業式後に部室に集合すること。来なかったら呪う』

 

メールにはたった一行、脅しめいた――信じる人間は今や誰もいないだろうが――文章が書いてあった。特に返事をする必要もないとは思ったが、一応返事だけはしておく。我ながら律儀である。

 

「了解しました、行けたら行きますよ……っと」

 

そう口にすると、言ったことと寸分違わずに本文が打ち込まれていく。後は送信ボタンに触れれば、相手にメールが送られる。特に付け足すこともなかったので、そのまま送信した。

 

 「部長、集めるんなら内容も教えてくれればいいのに」

 

と言っても、新学期早々に集まってする事などほとんど決まりきっている。大方、いかにして新入生を我らの部活に引き込むか、という話だろう。自分が去年学院に入った時を思い出す。あの時は二日目から多くの部活が勧誘を始めていたし、実際に勧誘もされた。断ってしまったが。あのような勧誘活動を自分達がするのだろうか?そもそも、あの部活は勧誘するような部活なのか?

まあ、考えても仕方ないか。

そう思い、他に届いていた迷惑メールのようなものを削除し立ち上がる。さっきのメールのせいでゆっくりする気が失せてしまった。

それにここはショッピングモールだ。わざわざここまで来たんだから、ここでしかできない事をしよう。時間を確認したところ、午後2時を少し過ぎたくらいだった。まだまだ時間は十分にある。残りわずかな春休みを最大限満喫するためにあてもなく歩き出す。

 

ここ、花之宮ショッピングモールは比較的新しい施設で相当規模が大きい。開店時の触れ込みによると、国内でも上位の規模であるらしい。そんな国内最大級のショッピングモールの名に恥じず、店舗も非常に充実している。ここに来れば服に靴にゲーム、アニメグッズ、ペット、家電、などなど、果てはちょっとした遊園地みたいなものまで、ないものはないと言ってもいいほどの商品、施設が揃っているらしい。実際自分で全て回った訳ではないので確証はないが、そう思える程に広かった。ただ歩いているだけでも何かしら興味を惹くものが見つかるだろう。現に少し移動しただけで多種多様の商品が目に入り、こうしているだけでも十分暇潰しになる。

 

そうして歩き回り、いろいろな店を冷やかしていると、ふとある店の前で立ち止まった。

そこは特に変わったところもないごく普通の家電量販店で、このモール内にある店舗の中では比較的多めにスペースをとっている。特に欲しい家電があるというわけではないのに、何となく吸い寄せられるようにしてその中へ入っていった。

 

目立つようにして陳列されている最新家電達を眺めながら、ふらふらと店内を見回る。やがて店の一番奥、ある商品が並んだガラスケースの前に立つと、まっすぐにその中のものを見つめた。

そのケースは人が入れるくらいの大きさで、通路よりわずかに高い場所にあった。そこにはこちらを見下ろすかのように、人が立っていた。しかし、よく見て見るとそれらが本物ではないことが分かる。口も鼻も耳も髪の毛も、そのどれもが本当の人間と見分けがつかないほど精巧に作りこまれているが、ただ一つ、瞳だけが、まるで死んだ魚のような、生気の無い作り物のような雰囲気を持っていた。今はガラス越しだから確認のしようもないが、近づいてその手をとっても人間のような温かさを感じる事もないだろうし、服を脱がせてじっくりと観察すれば、その所々に作り物であると分かるような部分がいくつも見つかるだろう。

 

 そう、彼等は人間ではない。人間そっくりな体に人工知能を搭載した、所謂アンドロイドというやつだ。

 科学は年々進歩し、たくさんの新商品が現れては消えてを繰り返していった。そんな中で人工知能の研究も進められ、様々な研究が行われてきた。その中で、人間に近い会話をできるものを作ろうという人間が出てきた。その進歩はすさまじく、今はもう普通に会話していても気づかないほど高度なものも作られるようにになった。『未来の世界のネコ型ロボット』も、ついに実現可能な時代がやってきたのだ。

 そういったものの中でこのアンドロイドは開発された。中身ができたなら見た目も、ということだろうか。最初は老人達の会話相手になるようにと作られたらしい。それが今では友達のいない寂しい人の話し相手になったり、家政婦のように家の仕事をしてもらったりと色々な用途に使われ、今ではこうして家電コーナーの一角を占める人気商品の一つとなった訳だ。

 とはいえこのアンドロイド、色々と問題は多い。ある程度ちゃんとした会話のできる人工知能はまだまだ大量生産はできず、値段は少々、いや結構高い。ケースに貼り付けられた値札を見ると、0がいくつも並んでいた。車が買えてしまいそうな値段に頭が痛くなる。

 値段もそうだが、一番問題になっているのはその見た目であろう。気味が悪いなど、その存在に否定的な者もある程度いる。一応アンドロイド達には犯罪行為を行うことができないような設定を施されているのだが、そういう問題ではないらしい。彼ら曰く、『自分達と見た目が同じだが中身が別の存在』であるということが恐ろしいらしい。また逆に、アンドロイドを受け入れすぎたが故に問題になるケースもある。聞いた話によると、とある大金持ちの家が家事を任せようとアンドロイドを購入したらしい。するとそこの息子さんがそれに一目惚れしてしまったらしく、数ヵ月後、アンドロイドと駆け落ちをやらかしてしまったらしい。また駆け落ちとまではいかなくても、アンドロイド相手にそういったことをいたしてしまったという事例は多々あるらしい。他人事なのであれこれ言うつもりはないが、少なくとも恋愛とかそういった類のことは普通の人間としたいものだ。

 

 

「……さてと、そろそろ帰ろうかな」

 

時間を確認すると、もういい時間になっていた。めぼしい店はあらかた回ってしまったし、これ以上ここにいる意味は無い。明日の準備もあるし、早く帰ることにしよう。

 

 ショッピングモールからでて電車に乗り自分の町へ帰ると、もう日が沈み、辺りは暗くなっていた。

 俺が住む花之宮(はなのみや)町はとても過ごしやすい町だと思う。都会過ぎず田舎過ぎず、またショッピングモールがあるので買い物にも困らない。他にも遊べる場所が色々あるし、本当にいい町だ。

 

 数十分歩き、もうそろそろ自分のマンションが見えてくるところでふと思いつき、家の通り道の近くのある公園の中へと入ってみた。そこは自然が多く、よく集団で遊びに行く人が多い人気の公園だ。

 入ってみると、春らしく満開の桜が目に飛び込んできた。この桜は公園の目玉であり、春にはこれを目当てに人が大勢この公園に集まってくるのだが、春休み最後の日の夜ということもあって、公園には全く人の気配が無かった。満月に照らされた桜の中をゆっくりと歩く。この景色を独り占めしていると思うととても気分がよく、弾むような調子で歩いた。ついでに鼻歌も歌ってみる。

 

 そこで。

 

 人の影に気づいた俺は、つい足を止めた。

 別にただ人がいたことに気づいただけならば、ただ鼻歌をやめて普通に通り過ぎるだけだったのだが、そうすることはできなかった。

 目の前にいたのは、一人の少女。

 色白で銀髪の長い髪を後ろで一本に束ねている。束ねた髪の根本には、花をかたどった髪飾りをつけていた。彼女が月明かりに照らされ、風に舞う桜の花びらの中で桜を見上げてる姿はこの世のものとは思えないほどに儚く、幻想的で。

 つまるところ俺は、その少女に見とれてしまったのだろう。

 

 どうするべきか迷っているうちに、その少女がこちらに振り向いた。

 

 「……あの」

 

 少女が口を開く。鈴の音のように可憐な声で、綺麗な人は声も綺麗なんだな、などと考えてしまう。

 

 「……あの、聞こえてます?」

 

 再び口を開いた。今度は少し訝しげな声だった。どうやら俺に話しかけていたらしい。当たり前か、周りに他に人はいないし。

 

 「は、はい、なんでしょう?」

 

 緊張で声が裏返ってしまった。美少女との会話など滅多に無いんだから仕方ない。

 

 「いえ、さっきからこちらを見てくるので、何か用なのかと」

 

 「え!?いや、そのー……」

 

 貴方に見とれてました、なんて口が裂けても言えない。かと言ってこのまま黙っていればますます怪しまれるに違いない。

 

 「綺麗な桜が目に入ったから、ちょっと見に来たんだ」

 

 「……へえ、そうなんですか」

 

 そう言うと彼女はまた桜の木を見上げた。どうやら不審者だとは思われなかったらしい、それきり黙ってしまった。疑いが晴れてほっとしたような、話が終わってしまって残念なような。

 

 「……私もです」

 

 しばらくすると、少女が再び口を開いた。

 

 「え?」

 

 「私も近くを歩いていたらたまたまここを見つけたので、ちょっと寄ってみたんです。本物の桜を見たのは初めてだったので」

 

 「そうなんだ」

 

 桜を初めて見たなど別に珍しいことではない。都会にはもう自然などは全く存在しておらず、むしろ本物の桜を見たことがある人のほうが珍しい、と聞いた。だとすれば、彼女もきっと何らかの理由で都会からこちらへやって来たのだろう。

 そこでふと、彼女の服装に目が行った。さっきまであまり気にしていなかったのだが、それは俺にとってとてもなじみのある服だった。

 

 「あれ、もしかして君って、花之宮学院の生徒?」

 

 「ええ、そうです。明日から通うことになってます」

 

 「偶然だな、俺も花之宮学院の生徒なんだ」

 

 「そうなんですか」

 

 そこでまたしても会話が途切れてしまう。会話は苦手だ。初対面の人間相手なら尚更。だったらそのまま放っておいて帰ればいいと思うのだが、こんな時間に女の子一人おいていく、というのも気がひける。

 

 「ところで、こんな時間に一人で何してたの?もう暗いし、あまり女の子一人で出歩くのは危ないぞ?」

 

とりあえず警告だけしてみて、それで駄目なら放っておくことにした。素直に帰ればそれでいいし、帰らなくても一応警告はしたんだから、何かあっても俺は悪くないよね、といった邪な理由からだが。

 だが、返ってきた答えは俺の想定の範囲外だった。

 

 「……帰るわけにはいかないんです」

 

 「え?」

 

 「私は今、人を探しているんです。その人を見つけないと、私は家に帰れないんです」

 

 「帰れないって……どうして?」

 

 「その人の家が、私の帰る家だからです。こっちに来たら、その人の世話になれと言われたので」

 

 よく分からないが、どうやらいろいろと複雑な事情があるらしい。

 

 「その人の名前は知ってる?知ってるなら、携帯で調べればすぐに……」

 

 少女は携帯を取り出しこちらに見せ付けてきた。が、画面は真っ暗で、明るくなる気配も無い。どうやら充電切れらしい。

 

 「なるほど、もうどうしようもない訳だ」

 

 少女は無言で頷いた。事情は分からないが、このまま放っておけば、たぶん彼女は星空を眺めながら寝る羽目になるであろうことは理解できた。ならば、やることは決まっている。

 

 「……仕方ない、俺も一緒に探すよ。少なくとも、君よりはここに詳しいからね」

 

 そう言って手を差し出す。下心も無いわけではないが、それ以上に放っておいた後のことを考えると心が痛む。

 

 「そうですね。私一人ではどうしようもないでしょうし。よろしくお願いします」

 

 少女が俺の手を握る。柔らかく温かい、ずっと握っていたくなるような手だ。

 

 「よろしく。俺は桔梗坂真人だ。君は?」

 

 「……こころ、です」

 

 「こころさん、か。じゃあ行こうか」

 

 こころと名乗った少女の手をとり歩き出そうとした…のだが、なぜか彼女は歩き出そうとしなかった。

 

 「どうしたの?もう夜遅いし、早く見つけないと」

 

 「いえ、大丈夫です、問題ないです」

 

 どうしようもなく戸惑っていると、彼女が続きを口にした。

 

 

 

 

 

 「だって…………見つかりましたから。たった今」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。