次の日の放課後、交渉の結果を聞くため全員が部室に集まった。前回と同じ定位置に座り先輩の言葉を待つ。
「えーっと、今日話してきたけどね、使ってもいいって言われたわ」
「本当ですか!」
「ええ、使えるのは明日のお昼休みだから、それまでにある程度話すことをまとめておいてって」
これでさらに多くの人に話を伝えることができる。これが駄目だったら本当に打つ手が無くなっていたところだった。
「これもやっぱり、私の巧みな交渉術のお陰かしら!」
「さすが先輩、やっぱり頼りになりますね」
「でしょ?もっと褒めてもいいのよ?」
「いよっ、先輩美人、天才、世界一!」
「いやー、それほどでもあるわねぇー」
だんだんと調子に乗り出す先輩。俺達からの賞賛をひとしきり堪能するとまた座りなおす。
「……さて、それで、明日放送で話す人なんだけど、私以外にもう一人ほしいなーって」
「あ、じゃあ僕が……」
「いや、俺が行きます」
雲雀を遮って立候補する。雲雀に任せたらまた昨日のあれみたいな事になりかねない。これ以上部のイメージを悪くすることは避けたい。雲雀は少し不満げだったが、そこまで言うならと譲ってくれた。
「じゃあ真人君、明日のお昼休みに放送室前に集合ね。あ、場所わかる?」
「ええ、大丈夫です。内容はどうしますか?」
「任せなさい、いくらか考えがあるわ」
「それならお願いします」
何だかほとんど先輩に任せてしまっているような気もするが、部長なんだし、どうにかしたいという気持ちも強いのだろう。とにかく、明日の放送についてはこれで大丈夫だ。
「それで、これからどうしますか?」
「また昨日みたいに各自で宣伝でもしようか?」
まだそれほど時間は経っていないので、校内に人も残っているだろう。今から宣伝しても遅くはない。だが、先輩は二人を引きとめた。
「待って、今日は部室にいましょう」
「どうしてです?時間が無いんじゃないんですか?」
時間は決して多いわけではない。なら少しでも活動していたほうがいいという気持ちも分かる。
「いえ、今日はできれば部室にいてほしいのよ。……特にこころちゃんには」
「私に?」
こころが自分を指差す。どうして自分が選ばれたか分かっていないようだった。そんなこころに説明するように先輩が続ける。
「そう。皆は、花之宮ジャーナルって知ってる?」
「何ですかそれ?」
「不定期で発行されてる校内新聞のことだな」
存在を知らないこころに説明する。花之宮ジャーナル。それは名前通りここ花之宮学園の新聞部が不定期で発行しているもので、体育祭などの大きなイベントに関するニュースから日々の小さなニュースまで幅広く取り扱っている。また学園内だけでなく、花之宮町の出来事も記事になったりして、町のお勧めスポットなども紹介されていること、記事の内容の面白さもあって学園生の間での知名度は高い。学園生なら誰でも知っていると言っても過言ではないだろう。紙媒体だけでなくデジタル版も存在しており、町の人達も一部読んでいたりするんだとか。
「ええ、いろんな情報をいち早く届けてくれる。私も毎回楽しみにしてるの」
「それで、その新聞と私に何の関係が?」
「この新聞、よくネタが無いって嘆いてるのよね」
「まあ、そうそう変わったことなんてありませんしね」
「そう。だから一度見つけたネタはできるだけ調べ尽くそうとするのよ」
「なるほど……って、そういえば昨日の記事って……」
雲雀は何かに気づいたようだ。俺も昨日の記事を思い出す。演劇部の人に見せられた記事、そこに写っていたのは……
「私についてでしたね」
「その通り。で、こころちゃん。確か昨日、雲雀君と一緒に話したんですって?」
「はい、少しだけですが」
「少しでも十分よ。昨日の雲雀君の演説は、たくさんの人に注目されてたみたいだしね……良くも悪くも」
「確かに注目されてましたね……良くも悪くも」
「何で二人ともそんな含みのある言い方を……」
そりゃあ、あれだけぶっ飛んだ演説をかました上に突然走り出して、あまつさえまた戻って話を再開するなどという前代未聞の行為をやらかしたのだから、いろんな意味で注目されるのも無理はない。
「それだけ人目を集めたんだから、新聞部にもそれは伝わってるはずよ。こころちゃんがオカ研に入部したって事もね」
新聞部の情報網はとても広く細かいと聞く。それだけ大きな事をすれば当然、彼らの耳にも入るだろう。
「まだまだネタになりそうな人が、居場所まで分かってて転がってるのよ?私なら放っておかない、すぐにでも飛びついちゃうわ」
「……つまり?」
その場にいる全員が身を乗り出して先輩の言葉を待つ。先輩はゆっくりと自信たっぷりに、
「……彼らは、今日こころちゃんを狙ってここに来るわ……絶対にね」
その時、狙ったかのようなタイミングで部室のドアがノックされた。全員がドアを凝視する。
「どうぞ」
先輩が答えるとドアが開かれる。開かれたドアの先にいたのは……
「あ、どうもー、皆さん元気してましたか?」
現れたのは新聞部……ではなく、オカ研の顧問であり俺の担任の月見先生だった。相変わらずニコニコしている。
「……あれ?ひょっとして先生、お呼びじゃない?」
部室に漂う『お前じゃねえ』という雰囲気に勘付いたのか、微妙な笑顔を浮かべる先生。別にお呼びじゃないというわけではないが、タイミングがあまりにも悪い。
「いや、お呼びじゃないと言うか……ねえ?」
「うん、このタイミングはちょっと……ねえ?」
「まあ気にしないでいいわ。で?ツッキーは何しに来たの?」
「いや、部員集めの方は順調かなーと思って……」
「部員なら一人増えたわ」
「増えた……あ、桔梗坂さんじゃないですか」
「どうも」
こころが座ったまま軽く頭を下げる。一応お互いに知っているし、自己紹介とかはいいだろう。
「個性的な人ばかりですが、悪い人ではないので。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「そういうツッキーも、なかなか個性的よね?」
「個性的というか……変わった人?」
「変わった人というか、ダメな大人だな、うん」
とりあえず、まともな大人ではない。いい人ではあるのだが……
「あっはは、ひどい言われようですね」
そう言って笑う先生の口調に堪えた様子は全く無い。全員に言われているのだし、もうちょっと気にしてほしいものだが。
「ま、とにかく頑張ってくださいね?先生もサボり場……もとい、この部が無くなってしまうのは寂しいですからね」
「今、サボり場って言ったよね」
「ああ、言ったな」
「言ったわね」
「言いましたね」
「いやー気のせいじゃないですかね?あはははー」
頭をかきながら笑って誤魔化そうとしている先生。目がもう尋常じゃないくらい泳いでいた。
「それじゃあ様子も見たし、先生はこの辺で……」
「あら、今日はサボっていかないの?」
「流石に新学期早々サボると印象が……いやだからサボってませんって」
見事に誘導尋問に引っかかっていた。
「そもそも、顧問というのは部の活動を監視するのが仕事です!先生がここにいるのは仕事のためなんです!決してサボっているわけではありませんから!」
「居眠りしてても?」
「ゲームしてても?」
「……あ!そういえば今日中に済ませなきゃいけない仕事があったんだった!あー急がないとなー!それじゃ、部員集め頑張って!」
わざとらしく慌てたふりをしながら去って行った。本当に様子を見に来ただけだったようだ。せめて意見の一つでも出してから出て行ってほしかった。
「あ、逃げた」
「逃げたわね……ほんと、何しに来たのかしら。まあいいわ、
予想外の人物に皆気が緩む。まあ、そうそう思い通りに事は進まない。ずっと気を張っていても仕方ないので一息ついて休もうとした時、再びドアがノックされた。再びの来客に緩んだ気が引き締まる。
「どうぞ」
「どうもー」
ドアを開けたのは、見たことのない人物であった。小柄で髪の短い、八重歯が印象的な少女だ。首からはデジカメを提げ手にはペンと手帳、半袖のシャツには新聞部の文字が入った腕章をつけている。その姿を見て、先輩はにやりと笑った。
「ほらね、言ったとおりでしょ?」
先輩の言葉に全員が頷いた。ただ一人、新聞部の少女だけが不思議そうに首をかしげていた。
「あの……」
「ようこそオカ研へ。どうぞ、座ってちょうだい」
雲雀が椅子を引っ張り出す。
「どうぞ。何か飲み物はいるかい?」
「あ、じゃあオレンジジュースをお願いします」
雲雀は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しコップに注ぐ。その間に少女が簡単な自己紹介を始める。
「自分、新聞部一年の
「私ですが」
「あ、どうも。ちょっと取材させてもらっても……」
「ちょっと待った!」
早速取材をしようとする如月さんとこころの間に割ってはいる先輩。何事かと動揺する如月さんに先輩が指をつきつける。
「こころちゃんを取材したいなら、一つ条件があるわ」
「何ですか?」
「今度の新聞に、我が部の紹介記事を載せてもらうわ!」
こころを餌に新聞部を利用しようという魂胆らしい。しかし、いくらネタのためとはいえ、そう簡単に記事にしてくれるものなのか?
「はい、構いませんよ」
と思ったら、あっさりと要求を呑んでくれた。あまりにもすぐに受け入れられたせいか、先輩も若干たじろいでいる。
「そんな簡単に引き受けて大丈夫なの?部で相談とかは?」
信じられないので確認してみる。如月さんは頷いて、快諾の理由を説明してくれた。
「こっちに来る前に部長に言われたんです。『きっと彼らは取材と引き換えに紙面での紹介を求めてくるだろう。そうしたら快く引き受けてあげなさい。スクープを逃すより数倍マシだ』って」
こちらの行動は完全に予測されていたらしい。別に損したわけでもないし俺が考えたわけでもないのだが何となく悔しい。
「……へえ、彼らしいわね。どうぞ、存分に取材していって。くれぐれも、こころちゃんを泣かせないようにね?」
そう言って先輩は自分の席に戻って行った。あの口ぶり、新聞部の部長と知り合いなのだろうか?意外に顔が広いんだな。
「雲雀君、私にもジュースちょうだい」
「オレンジはもうありませんよ」
「何のジュースがあるの?」
「トマトジュースなら」
「……お茶でいいわ」
ちょっと不満そうにお茶を受け取る先輩。ちらちらとコップに注がれたオレンジジュースを見る先輩を横目に取材が始まった。
「よろしくお願いします!えーっと、桔梗坂こころ先輩、今年から転入、クラスは二年一組で合ってますか?」
「はい、間違いありません」
「そうですか。今は一人暮らしですか?」
「いえ、真人と二人で住んでます」
「真人って、お父さんのことですか?」
「いえ、この人の事です」
そう言って俺のことを指差した。その瞬間、如月さんの目が光った気がした。例えるなら、下世話な話をする時の噂好きのおばさんのような、或いはもっと直接的に言えば、芸能人のゴシップを見つけた記者のような。そんな好奇心に満ちた目を見て、新人ながらも彼女も立派な記者の一人なのだと実感した。
「……ほほう?お二人はどんな関係なんですか?」
「別に。ただの親戚だよ。ほら、苗字も同じだし」
生徒手帳を見せながら言う。証拠もあるからか、あっさりと信じてくれたようだ。如月さんはじろじろと俺とこころを見比べていた。
「なるほど、言われてみれば何となく雰囲気が似ているような……」
いや似ているはずがないだろう。血なんて繋がっていないし、そもそもこころに血なんて無いし。
「二人とも表情があんまり変わらないってところは似てるよね」
「確かに。こころちゃんはまだ会ったばかりだからともかく、真人君が笑ってるところってあんまり見ないかも」
「僕も、愛想笑いと鼻で笑ってるのしか見たことないですね」
愛想笑いはしっかり見抜かれていたようだ。表情が固いというのは認めるが、アンドロイドと同レベルと言われるまでとは思わなかった。流石にそこまでではないとは思っていたのだが。
「じゃあ、別に恋人同士とかそういうのではないんですね?」
「そうだね」
断言すると如月さんはあからさまに残念そうな顔をした。まあ、そう簡単にスクープが見つかる訳もないだろう。その後も大小さまざまな質問をしたりして、何事もなく取材は進んでいった。
「……よし。じゃあ、以上で質問はおしまいです。ありがとうございました!」
最後の質問を終え、如月さんは頭を下げた。質問数が多いのと時々話が逸れるので、一時間以上もかかってしまった。
「それじゃあ、私はこの辺で……」
「まあまあそう急がずに、もうちょっとゆっくりしていったら?」
「そうそう。私たちの記事も書くんだし、もっと私たちのことも知ってもらわないとね?」
二人に説得されて如月さんは椅子に座りなおす。別に嫌がってはいないようだ。
「それにしても、菜葉ちゃんってまだ一年生でしょ?もう部活決めちゃったの?」
言われてみれば、まだ入学式から二日しか経っていない。まだまだ各部でいろいろパフォーマンスをしているのに決めてしまうのはもったいない気もする。
「実は自分、ここに入学したら新聞部に入部しようって決めてたんですよ」
「そうなの?」
「はい。この学校の校内新聞ってネットで見れるじゃないですか。それを見たとき、なんていうかよく分からないけどすごいなーって思ったんですよ。それで、自分もこんな記事を書いてみたいって思ったんです!」
楽しそうにそう話す如月さんを見て、この子は本当に入りたいと思っていたんだと感じた。に真っ直ぐな人を見ているととても眩しく感じる。
「だから入部届けが出せるようになったらすぐ、入部届け持って部室に直行したんですよ。そしたら、ちょうどいい取材があるから、試しに行ってみるかって」
「それでうちに来たって訳だね」
「いくらなんでも早過ぎないか?入部していきなり取材って……」
「あそこの部長、習うより慣れろってタイプの人だから。結構新人にいろいろやらせる事があるのよ」
「いややらせすぎでしょう、いきなり取材って」
「けど取材をやらせることは滅多に無いわね。それを任されるって事は、結構期待されてるって事なんじゃないかな?」
「え、そうなんでしょうかね?」
如月さんは嬉しそうに笑った。実際話しやすい人だとは思う。明るいし、話しているとこっちまで楽しくなるような雰囲気を持っている。
「それにいきなりって言っても、最低限心構えは教えてもらってるでしょうし、問題無いんじゃない?」
「それならちゃんと教えてもらいましたよ?」
きっと、相手の嫌がることを聞いてはいけないとか、取材相手に敬意を払うとかそういうものだろう。如月さんならちゃんと守ってくれそうだ。
「『取材するなら徹底的に、何なら下着の色まで聞くくらいの勢いで行け』だそうです」
「うわあ……」
予想とは真逆だった。もうプライバシーもへったくれもない。
「あくまで心構えです、ほんとに下着の色を聞けって意味じゃないですよ」
如月さんが笑いながら言った。当たり前だ、実際にそんな事を聞いたら大問題だ。そんな心構えを教える事も十分問題な気もするが。それに、そんな質問をしたところで、ちゃんとした人なら答えないだろう。まともな羞恥心がある人ならば、そんな事他人に教えられるはずがない。……そう、羞恥心があれば。
「というか、そんなこと聞いたって教えてもらえませんよ。ねえ、桔梗坂先輩?」
「教えられますよ、ほら」
こころはあろうことか自分のスカートをめくり上げた。まあ、嫌な予感はしていたけども。残念ながら、角度が違うのでこっちからは見えなかった。
「ちょっ!?な、何やってるんですか!?」
本当にやるとは思わなかったのか如月さんが慌ててスカートを下ろさせる。他のメンバーのこころの行動に唖然としている。
「教えてほしいと言われたので」
「言いましたけど!確かに言いましたけど!!」
如月さんがこの上なく慌てている。そりゃあ、冗談で言ったことがまさか実行されるとは思わなかっただろう。
「……ちょっと先輩、こっち来てください!」
よく分かっていないこころを放って、俺を部室の端の方に呼び寄せた。本人に聞こえないようにか小声で話す。
「あの、あれってどうなんですか?」
「まあ、海外から来たらしいし、育った環境が違うんだろ」
アンドロイドだということはもちろん伏せて話す。
「どんな環境で育ったら他人にパンツを見せるようになるんですか……今まで大丈夫だったんですか?」
「いや、一昨日はいきなり目の前で着替え始めた」
「その時にはどうしたんですか?」
「目つきがいやらしいから見るなって言われた」
「理不尽極まりないですね」
「だろ?俺もそう思う」
「それで懲りなかったんですかね?」
「多分俺に対してだけなんだと思う」
「どんだけやらしい目つきしてたんですか……とにかく、流石にあれはまずいですって。放っておいたらとそのうち何かやらかしますよ」
「そうなんだけど……」
こればっかりはやっぱりどうしようもない。恥ずかしい体験をして覚えるしかないんじゃないかと思う。しかしだからといって色々な所で同じ事をしろとも言えない。難しいところだ。
「とりあえず、私からも言っておきます」
「ああ、よろしく……ところで」
「なんですか?」
「何色だった?」
「……セクハラ男って記事にされたいんですか?」
「……冗談です」
その後説得を続けたりした後、如月さんは帰って行った。オカ研のことはちゃんと記事にして紹介してくれると約束してくれた。いい時間になったので今日の部活も終了、こころの件は育った文化が違うということでどうにか誤魔化し、根気よく解決しようということでまとまった。まあ今回の件は、説明しづらい問題を説明する手間が省けたのだと思っておこう。皆の協力で、少しでも改善できればいいのだが。