次の日。午前中の授業も終わり、昼休み。
「おっと、そろそろ行かないと」
先輩との約束の時間に間に合うように急いで昼食を食べる。別にそこまで急ぐほど時間がないわけではなかったが、一応早めに行動した方がいい。急いだお陰で、予定の十分前には食べ終わることができた。放送室はそれほど遠くないので、よほどのんびりしていない限りは間に合うだろう。
「どうしたんだよ、そんなに慌てて?」
一緒に食事していた日向が不思議そうに声をかけてきた。こころはもくもくとジャムパンを頬張っている。
「あ、もしかして部活か?」
「ああ。なんか放送室が使えるらしいんだよ」
「マジか⁉︎お前放送で喋るのか?」
「一応な。部長もいるし、そう多くは話さないだろうけどな」
「へー。ま、頑張れよ!しっかり聞いといてやるからな!」
「おう、よろしく」
ぐっと親指を立てる日向を背に放送室に向かう。台本は神代先輩が考えてくれるらしいから考えてこなかったが、ちゃんとした筋書きを考えてくれただろうか?雲雀ほどではないが、先輩もなかなか変わったところがあるから少し心配だ。とにかく、ここまで来たらもうやるしかないだろう。覚悟を決め、教室の扉を開けた。
「……行ったな」
教室を出て行く真人の背中を見送り呟く。真人が扉を閉めたことを確認し、俺ーー日向は目の前の女の子に目を向ける。さっきまで俺たちは三人で食べていた。そして今、真人がいなくなった。つまり、今は二人っきり、という訳だ。周りから視線を感じる。きっと何かと話題の桔梗坂さんと二人っきりで話せる俺を羨んでいるのだろう。しかし、これは桔梗坂さんと親しくなれるまたとないチャンス。ここで洒落た会話の一つでも広げて好感度をぐっと上げるのだ。頑張れ日向、負けるな日向。
「……いやあ、行っちゃいましたね、真人」
まずは軽く挨拶から。こういう時にがっついてはいけない。あくまで優しく、紳士的に。
「そうですね」
返ってきたのは素っ気ない返事。とりあえず無視はされなかった。が、会話が途切れてしまった。何とか会話を続けないと。
「えっと、いい天気ですね?」
まだ何も分からないので、無難に天気の話を振ってみる。こういう時はまず天気の話がいいってテレビで見た気がする。理由は知らないけど。
「今日、曇りですよ」
「えっ」
言われて窓から空を見る。空には暗い雲がかかっていて、今にも雨が降りそうだ。お世辞にもいい天気とは言えない。緊張のあまり天気の確認を怠ってしまった。これは痛い。
いや、この際天気はどうでもいい。天気の話なんてニュースでしていれば十分だ。今大事なのはいかに桔梗坂さんと仲良くなるかだ。その為には何か話題を探さないと。けど共通の話題なんて無い。女の子の興味ある事なんて知らない。いや、確か初対面の時に何か言っていたような気がする。確か……フラダンス?そう、確かフラダンスが好きと言っていたと思う。フラダンス……ハワイ……アメリカ?桔梗坂さんはアメリカ出身?じゃあアメリカの話をすれば?けどアメリカの事なんて知らない。じゃあどうしよう。確かこういう時は天気の話を……いや、ループしてる、話がループしてるぞ俺。なんとかこのループを脱出しないと。何か話題は?何か興味を引く話題を見つけないと……
「……あああああもうダメだダメだ‼︎」
叫んでからはっと気づく。気づけば桔梗坂さんだけでなく他の人が俺を見ていた。しかし皆何も言わずに自分達の会話に戻っていく。どうしよう、今ので桔梗坂さんに『いきなり叫ぶ変な人』とか思われてしまったかもしれない。なんとかフォローしないと。
「……あの」
「は、はいっ⁉︎」
逆にむこうから話しかけられた。その表情からは何の感情も見つけられない。ひょっとしたら嫌われてしまった?
「どうしたんですか?」
心配されているようだ。まあ、いきなり目の前の人が叫び出したら誰だって心配するだろう。さあ、どう答えよう。しかし、何と言えばいいものか。いっそ正直に言ってしまおうか。下手に嘘を吐くよりはマシかもしれないし。
「……いやー、なんか話す事ないかなーってちょっと考えてて……」
「はあ」
反応は薄い。これでよかったのか?やっぱり他に適当に言っておけばよかった?
「別に、話題がないのなら無理に話さなくてもいいんじゃないですか?」
「いや、そうですけど……」
確かにそうだ。話題が無いのに話したって何にもならない。ただ気まずくなるだけだ。
「無理に話しても、すぐに会話は終わってしまうでしょうし。だったらわざわざ話さなくても……」
「……けど」
「けど?」
「……僕は、桔梗坂さんと話したいんです!」
つい勢いで言ってしまった。ここで黙っていたら、 本当に会話が終わってしまうような気がして。気がついたら思わず言ってしまった。大丈夫だろうか。まだほとんど知らない相手、それも女の子に対して『あなたと話したい』なんて。それって一般的に考えてやっぱり、そういう風に見られるんだろうか、あなたに気があるんです、みたいな。今度こそ引かれてしまったのだろうか。そう思い顔色を伺ってみるが、やっぱり彼女は表情を変えないまま、じっとこちらを見つめている。
「そうなんですか」
「は、はい、そうなんです」
「それじゃあ話しましょうか」
「え?」
返ってきたのはあまりにもあっさりとした返事。よく分からないが、拒絶はされていないようだ。別に気があるとか思われなかったのか?それとも、むこうもこっちに気があるのかな……なんて、そんなありえない事を考えてみる。
「えっと、じゃあ、お願いします」
「お願いします。あ、あとお願いなんですが」
「何ですか?」
「私と話す時も、真人の時と同じようにしてほしいです。バラバラだとなんだかややこしいので」
今までは緊張していてついつい言葉使いまでやや固めになっていた。今でも少し緊張しているが……
いや、もうあなたと話したいまで言ったんだ、これ以上何を躊躇うことがあろうか。
「えっと……よろしく!……こんな感じ?」
「そうですね、そんな感じです。あ、あと、桔梗坂だと被るので、できれば名前で呼んでほしいです」
「分かった。じゃあ、これからはこころちゃんでいいかな?」
「大丈夫です」
一度普通に話し出してしまうと、案外普通に話すことができた。やっぱり、こういうのってきっかけが大事なんだな。あれだけ恥ずかしい事を言ってしまって自棄になっているのもあるかもしれない。何にせよ、これでもう緊張することはない……はず。多分。きっと。恐らく。無ければいいな。
「あ、俺の事は日向って呼んでいいよ」
「分かりました。それで、何の話をします?」
「うーん、自分から言っておいてあれなんだけど、特に話題も無いんだよな……こころちゃん、何かある?」
「いえ。こういう時どんな話をすればいいのかはよく分からないんです。あまり人と話した経験がないので」
「そうなんだ?」
人と話したことがない、というのはどういう事なのだろうか。ひょっとしたら彼女はいいとこのお嬢様で、誰とも関わらないようにずっと屋敷の中で過ごしてきたとか……そんな訳ないか。真人にそんな親戚がいるなんて聞いたことがないし、いるとも思えない。まあ、いちいち詮索することでもないだろう。とりあえず、差し障りのない話題と言えば……
「あ、そうそう。部員集めは順調?」
さっきまでは緊張し過ぎていて忘れていたが、そういえば彼女もあの部活に入部していたんだった。
「いえ、まだ見つかっていないですね」
返事はあまりいいものではなかった。まあ、有名どころならまだしも、そんなマイナーな部活じゃ部員を見つけるのも大変だろう。だからこそこんな事になっている訳だし。
「そうか……友達に聞いてみたけど、皆興味なさそうだったな」
一応あの後、何人かの友達に直接聞いたり携帯でメッセージを送ってみたりした。けれど、誰一人として入部どころか、興味すら持ってくれなかった。
「そうですか……」
それを聞いたこころちゃんは、やっぱり表情を変えなかった。けど一瞬だけ、残念そうな目をした、ように見えた気がした。
「……あの部活が無くなるのは寂しい?」
たとえほんのわずかしか一緒にいなかったとしても、やはり思うところはあるのだろうか?
「……寂しい、というのは?」
「え、いや、やっぱり部活には残っていてほしいのかなって」
妙なところに突っ込みを入れられて焦った。質問の意味が分からなかったのかもしれないと思い、もう少し具体的に言ってみた。
「……残っていた方がいいですね。今のところ、知っている人はあそこにしかいないので」
少し考えて、こころちゃんはそう答えた。つまり、寂しいという事でいいのだろうか?多分それでいいのだと思う。何となく、無表情の彼女は寂しそうに見える。あくまで俺の主観だから確定はできないけれど。
『はーい、お食事中、もしくはそれ以外の最中の方々、失礼しまーす!』
突然スピーカーから女性の声が聞こえてきた。いつもとは違った放送に教室の生徒が耳を傾ける。
『えーっとまずは自己紹介から!私は三年二組の神代茉莉!そして!こっちが私の助手の……』
『誰が助手ですか。どうも、二年一組の桔梗坂真人です』
『さて、自己紹介も終わったところで、早速本題へーー』
「始まりましたね」
「え?ああ、そうだな……」
放送が始まって、こころちゃんはそっちに意識を向けた。しかし、俺はいまいち放送に集中し切れなかった。
できるならば、どうにかしてあげたい。
そんな事を考える。しかし、入ってくれそうな友達には全員話してみた。他の友達は皆部活に熱心な奴らばかりだ、わざわざ聞かなくても答えは分かりきっている。そもそも部外者である俺に、他にできる事なんて……
(……本当か?)
もう一度自分に問いかけてみる。本当に自分にできる事はないのか?本当に、入部したい人はいなかった?
(……いや)
いるじゃないか。ちょうど一人。入部する条件を満たしている奴が。そうするだけの理由がある奴が。もう迷いも吹っ切れた。あんな寂しそうな顔を見て、何を迷っている暇があろうか。
「……ごめん、ちょっと用事を思い出した!」
そう言って返事も聞かず教室を飛び出す。思い立ったが吉日、実行はなるべく早く。それが一番いいって誰かが言ってた。だから行かないと。