その夜、今日の会議で決まったことを教えるべくソファに座って雲雀に電話をかけた。
「真人君、どうしたんだい?」
「ああ、実はな……」
話し合いの結果を簡潔に話す。二人三脚で俺と組むことになったこと、週末に遊びに行くことなど。雲雀は適当に相槌を打ちながら話を聞いていた。
「……ふーん、分かったよ。それじゃあ、一緒にがんばろうね」
「よろしく……っと、そうだ。一つ伝え忘れたことがあった」
「なんだい?」
「先輩が言ってたんだけど、最後の一週間は朝練するかもって」
「えぇ……」
それを言った時、雲雀が明らかに嫌そうな声を出した。
「どうした、何か問題でもあるのか?」
「いや、その……僕、朝はちょっと苦手で……」
「それはどういう意味で?」
一応確認しておく必要がある。雲雀の場合、朝起きるのが苦手なのかキャラ的な問題で朝が苦手と言っているのか判断がつかない。
「えーっと、朝起きられないっていう意味でだよ。いや、もちろん僕が闇夜の支配者たる吸血鬼だからって意味もあるんだけど……」
両方の意味らしい。まあ、それを知ったところで特にどうこうできるわけではないんだけれども。
「はいはい。まあ、一週間だけだし、それくらいはどうにかしてくれ。いざとなったら、俺が電話でもして起こしてやるから」
「うん、どうしても駄目だったときはお願いするよ」
「任せとけ」
ふと、そこであることが気になった。別に体育祭に関係もないし、知らなくても害はないような些細なことだったが、なんとなく気になってしまった。
「ところで雲雀、今お前家にいるんだよな?」
「え? そうだけど、それがどうしたの?」
「いや、家でも牙とか着けてんのかなーって」
家にいるならば、家族ぐらいしか見る人はいない。そういう時、あの牙とかコンタクトを着けているのか、なんとなく気になってしまった。やはり外しているのだろうか。食事する時とか見るからに邪魔そうだし。聞いてみると、雲雀は笑い出した。
「着けているか? ……ククク、愚問だね真人君。この牙は生まれつき持っている吸血鬼たる証、そう易々と取り外せるものではないんだよ」
「そ、そうか……」
家でもあれは着けっぱなしらしい。両親はどう思っているのだろうか。あのままということは許されているのだろうが……
「それで、聞きたいことはそれだけかな?」
「え? あ、ああ、それだけだ」
「そう。それじゃ、僕はこれで失礼させてもらうよ。いい夜を」
「ああ、おやすみ」
それを最後に電話を切った。切った後もしばらく画面を見つめていた。
「……しかし、本当にぶれないなあいつは……」
最初に会った時からずっと、雲雀はあのキャラを貫き通している。雲雀と初めて会ったのは学園に入学した時だから、少なくとも一年は続けていることになる。やっていることはともかくとして、自分を決して曲げないあの精神力は本当に尊敬する。一体彼の何がそうさせているのだろうか。
「何がぶれないんですか?」
いつの間にか近づいてきたこころが隣に座った。すでにネグリジェに着替えて、いつでも眠れる格好だ。
「いや、雲雀がさ」
「雲雀……ああ、あのステージで話してた」
「そうそう。あいつがさ、ずっと自分のキャラを曲げないなって」
「キャラ……個性的ということですか?確かに、他の人とは違いますね」
「そうそう」
あまり対人経験が多くないこころでもあれは変わっていると分かるらしい。やはり相当目立つのか。
「けど、悪い人ではなさそうです」
「まあ、そうなんだけれどな」
それは一年付き合ってみてよく分かった。親切で気も利くし、話も面白い。一緒にいると楽しい。ついでに見た目も悪くない。それだけに本当に惜しいと思う。あの格好、話し方でなければもっと多くの友人に慕われることもあっただろうに。
「あいつは何であんな格好してるんだろうな……こころはどう思う?」
「さあ? 気になるなら本人に聞いてみたらどうですか?」
「聞いたって教えてもらえないさ」
聞いたところで、また適当にはぐらかされてしまうだけだろう。『僕は生まれつき吸血鬼だ』とか言って。それに、ひょっとしたら何か深い意味があってそうしているのかもしれない。まあ、あの格好に意味があろうとなかろうと、他人のプライバシーに余計に首を突っ込むものではない。どうしても知りたいのなら、本人が話してくれるのを待つしかないだろう。
「変わっているといえば、私も人とは違いますからね。きっとそういうことなのでしょう」
「いや、こころの場合変わっているっていうか……オンリーワン?」
感情を持つアンドロイドなんて他にいないだろうし。というか、それとこれとはまた別の問題のような気もする。少なくとも表には変わったところは出ていないし。
「ところで真人、話は変わりますが、聞きたいことがあるんです」
「どうした?」
「二人三脚って何ですか?」
「なんだ、知らないのか?二人組になって、お互いの片足を紐で縛って走るんだよ」
「そうなんですか。それに何の意味があるのですか?」
「いや、別に意味はないんだけど……」
体育祭とかの競技に意味を求めてはいけないと思う。そんなことを言い出したら競技の半分以上が無意味なものになってしまう。
「まあほら、そのほうが盛り上がるんだよ」
「はあ。それじゃあ、試しにやってみてもいいですか?」
「え、今から?」
「はい、一応試してみたいです」
「いいけど……紐なんてあったかなぁ」
紐を求めて家の中を探して回る。その結果、ちょうどいい長さのビニール紐が見つかった。
「よし、それじゃあ縛るぞ」
俺の右足とこころの左足を外れないようきつめに紐で縛る。そしてお互いに肩を組み、二人三脚の体制が完成した。
「おお……」
「どうだ?」
「あんまり盛り上がりませんね」
「当たり前だろ、本番じゃないんだから」
練習のたびに盛り上がってたらきりがない。そうなったら、毎日が体育祭みたいなノリになってしまう。そんな暑苦しい学園は嫌だ。
「なるほど、そこは本番のお楽しみということですか」
「あー、うん」
何がなるほどなのかは知らないが、とりあえず納得はしたらしい。ならばこれ以上は言うまい。面倒だし。
「それで、このまま走るんですね?」
「ああ、そうだ。お互いに呼吸を合わせてな」
「分かりました」
互いに確認しながら、一歩ずつ足を出していく。実際にやってみるとなかなか難しい。タイミングがずれるとバランスを崩し、大きなタイムロスとなる。これを本番ではもっと速くやらなければいけない。相方といかに息を合わせられるかが重要となるだろう。
そんなこんなで何度か転びそうになりながらもどうにかリビングを一周することに成功した。決して速くはなかったが、初めてで転ばなかったならたいしたものだ。
「もう十分です、外しましょう」
「おう、分かった」
前もって用意しておいたハサミで紐を切断する。離れてしまうのが少し残念な気もしたが、いつまでもくっついているわけにもいかないし、それはそれでよろしくない。
「どうだ、感想は?」
「一人で歩いた方が楽です」
「そりゃそうだ、別に楽に歩くためのものじゃないし。こうやってお互いの息を合わせて、信頼関係を築くためのものなんだよ」
「そういうものですか」
「そういうものなんだよ」
そもそも信頼関係のない人とは組まないんじゃないか、とか言った後に思ったけれどもそれはそれだ。細かいことは気にしない。
「……けど、楽しかったですよ」
「お、そうか」
「ええ。それじゃ、私はもう寝ます」
「ちゃんと歯を磨けよ?」
少なくとも、俺とこころの信頼関係は多少は深まった……ような気がする。きっと。