週末までの授業をだらだらと過ごしていると、あっという間に約束の日が来てしまった。二人三脚の練習は、『まずは部員の結束力を高めてから』という先輩の言により来週から始めることになった。
「ここがショッピングモールですか……」
珍しげにあたりを見回すこころと並んで歩く。外出用の服を一着も持っていなかったため、休日にも関わらずこころは制服を着ている。
ショッピングモールの中には大きな木があり、よく待ち合わせ場所として利用されている。そこで仲間が待っているはずだ。
「お、いたな」
まだ時間ではなかったのに、待ち合わせ場所にはすでに他の仲間がそろっていた。一番最初にこちらに気づいた先輩が手を振った。
「やっと来た。二人とも遅いわよ?」
「まだ十分前ですよ、遅刻じゃありません」
挨拶を交わしながら仲間を確認する。こうして私服で集まるのも随分と久しぶりだ。先輩が一度手を叩きみんなの注目を集めた。
「さて、みんな集まったことだし、どこに行く?」
「決めてなかったんですか?」
「この後のことに集中しちゃって、ここですることを決めるのを忘れちゃったわ。ごめんね?」
「この後って?」
「ふふ、ヒミツ。行ってからのお楽しみよ。さ、何するか決めましょ?」
「じゃあ私、服が見たいです」
こころが手を上げて言った。確かに、制服だけではこの先困るだろう。
「そうなの? そういえばこころちゃん制服じゃない。他に持ってないの?」
「ありません」
「それなら、ここで買ってしまうといい。ここには服屋はいっぱいあるからね、きっとこころ君の気に入るものが見つかるよ」
「間違いないわね。みんな他に意見はある?」
誰も意見を出さなかったので、最初はこころの服を買いに行くことになった。
「じゃあ決まりね。どこがいいかしら……」
ただ服屋と言っても、ショッピングモール内には大量の服屋がある。全部見ていればそれだけで日が暮れてしまうだろう。
「一番大きいのはここから東にあるとこらしいですよ、ほら」
日向が館内の地図を指で示す。見たところそこはかなり大きい。きっと種類も豊富にあるだろう。
「なるほど。行ってみましょうか」
全員でその服屋に向かう。実際に行ってみるとかなり広く、大抵の服は揃っているように見えた。だが、ここを見て回るのはかなり疲れそうだ。
「こころちゃん、欲しい服とか決まってる?」
「いえ、特には」
「じゃあ適当によさそうなやつを……」
「ちょっと待った!」
続きを言おうとする前に先輩がそれを止めた。
「それじゃつまらないわ。ここはみんながこころちゃんに似合いそうな服を探すっていうのはどう?」
「なるほど、それなら好きな服を着せられ……じゃなくて、みんなで固まって探すよりも効率的だ!」
「それぞれのファッションセンスも試されるというわけか……面白いですね、僕もやりましょう」
「わ、私も、負けません……!」
「決まりね。それじゃあ、三十分後に集合ね。よーい……スタート!」
先輩の合図と同時に俺とこころ以外が散らばった。別にわざわざ歩かなくても服を探せるアプリがあったらしいが、やる気になっているところに水を差すのも気が引けたので黙っていた。
「どんなのを持ってくるんでしょうね?」
「さあな」
先輩と志倉さんはともかく、心配なのは男二人だ。日向は服装に気を使っているようには見えないし、雲雀は間違った方に突き抜けている。普段着にマントを着用しているような人間が普通の服を持ってこれるとは思えない。
「ま、なるようになるさ。お前は行かないのか?」
「行きますよ、どんなものがあるのか気になりますし。真人は?」
「行ってみるかな」
今まで服装にこだわったことなど一度もなかった。着るものは全て安売りの服を適当に買って適当に組み合わせていた。いい機会だし、ファッションについて考えるのもいいかもしれない。それに、変な服を着たこころと歩くのは嫌だ。
「そうですか。服をよろしくお願いします」
こころはそう言って店内に消えた。立ち上がり店に入ってみる。
「おお……」
その品数の多さに思わず息を吐く。安売りセールのカゴの中では見たこともない服がずらりと並んでいた。
「うわ、なんだこの値段!?」
近くのマネキンが着ていたコートの値札をめくってみるとら昼飯代の何倍も高い値段が記されていた。おしゃれというものは想像以上に金がかかるらしい。
「……そういえば、こころって金持ってるのか?」
もしかして、俺が服を買わされるのだろうか。ふと不安になり財布の中を確認する。念のため金は多めに持ってきてはいるが、あのコートのような服をいくつも買えるほどは無い。
「……大丈夫、だよな?」
きっと父さんがいくらか持たせているに違いない。あんなこころでも、研究所で特別に造られた最新のアンドロイドなのだ、一銭も持たされていないなんてことはないだろう。たぶん。そう自分に言い聞かせ、引き続き服を見て回る。
「お、これとかよさそうだな」
こころに似合いそうだと思ったスカートを手に取ったその時、ふと背中に視線を感じた。振り向いてみると、女子高生らしき二人組と目が合った。その女子高生は視線が合うとすぐに目を逸らし歩き去ってしまった。不思議に思いながらも目線を服に戻そうとした時、あることに気づいてしまった。
よくよく考えると、男一人でスカートを探すのはおかしいのではないか?
彼女へのプレゼントを探しているのだと思ってもらえたならいい。しかし、そうでなければ?ひょっとしたら女装のための服を探していると思われているのでは? さっきの女子高生の様子を見る限り恐らく後者だろう。もし仮に俺を知っている同じ学校の人に見られればおしまいだ。きっと噂はすぐに広まり、残りの二年を女装癖のある変態として過ごす羽目になる。そう思うと嫌な汗が出てきた。
(……いや、落ち着け、落ち着くんだ)
今この店には男一人で女物の服を漁る変態が少なくともあと二人はいる。大丈夫、三人いれば怖くない。
「あのー……」
「ぬわぁっ!?」
突然背中から声をかけられ振り向くと、店員さんらしき女性が立っていた。
「あ、いえ、怪しい者ではありませんよ! ただちょっとプレゼントを選んでて……」
「プレゼントですか。よろしければお手伝いいたしましょうか?」
「え? あ、はい、お願いします」
予想外の言葉に思わず頷いてしまう。返事を聞いた店員はどこかに走っていった。しばらくするといくらかの服を抱えて戻ってきた。
「今の時期ですと、このスカートに、このブラウスなんかもオススメですよ。あと、この帽子なんかも……」
「あ、そうなんですか」
さっき持ってきた分だけでは足りず次から次に服を持ってくる店員さん。欲しい服の種類など何も言っていないので、様々な種類を勧めてくる。今の流行らしいが、さっぱり分からない。気がつけば上から下まで全てコーディネートしてもらっていた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。喜んでもらえるといいですね」
数分後、笑顔で去って行く店員さん。手元には流行りのものらしい服が一式揃って残っていた。その見事な手際に、ただただ感嘆するばかりだった。
「さあみんな、服は持ってきたかしら?」
三十分後、全員が試着室前に選んだ服を持って集まった。背中に隠しているため、どんな服を持ってきたのか詳しくは確認できない。
「さて、それじゃあ持ってきた服を一つずつ着てもらうわ。それでいい?」
「問題ありません」
「よかった。それじゃあまずは私のから着てもらうわ」
先輩から服を受け取り試着室に入るこころ。数分後、着替えたこころが出てきた。眩しい白のワンピースに、青いリボンが巻かれた白い帽子。派手さは無いが清潔そうで、例えるならいいとこのお嬢様のような雰囲気をまとっている。
「よく似合ってるじゃない!」
先輩が手を叩いて喜ぶ。他の全員も変身したこころを見て感心している。当のこころは服をあちこち見たりしている。
「どう、気に入ったかしら?」
「悪くないと思います」
一通り確認したこころが言った。表情では判別できないが、多分気に入っていると思う。先輩が勝ち誇ったような顔でうなずく。
「ふふん、どう? もう私の勝ちは決まりかしら?」
「勝負だったんですかこれ」
「うん、確かに素晴らしい服だね、実に似合っている。けど、僕の服も負けてないよ」
名乗り出たのは雲雀だった。後ろ手に持った服を見えないように渡す。それを受け取ったこころはまた試着室の中に入った。着替えに手こずったのかさっきよりも少し時間が経って出てきた。
「どうですか?」
先輩の選んだ服とは真逆の服に目を奪われる。こころが着ていたのはレースやフリルで豪華に飾り立てられた黒いドレスだった。
「どうだい? この美しさ、まるで大空に舞う漆黒の蝶のよう」
「いや確かに綺麗だけど、今探してるの普段着だから」
パーティーでもないのにこんなものを着て外を歩く気にはならない。そもそもどうしてこんな服が売っているのか。
「……いいです」
「え?」
「素晴らしいです。私これが欲しいです」
瞳を輝かせながらくるくると回転してとんでもないことを言い出すこころ。これを着たこころと歩くのは嫌だし、それに値段も気になる。
「いや、それはやめよう」
「どうしてですか?」
「そうだよ、よく似合ってるじゃないか」
「似合ってるけど……とりあえず他のも見てからにしよう、な?」
「……まったく、仕方ありませんね」
文句を言いながらもこころはしぶしぶ着替えに同意してくれた。次に着るものを持ってきたのは志倉さんだった。遠慮がちに服を手渡す。
「あ、あの、着るのは難しいので、お手伝いします……」
そう言って志倉さんも一緒に試着室に入った。雲雀の時よりもさらに長い間のあと着替えを終えた二人が出てきた。今度のこころは花の模様の赤い浴衣を着ていた。
「ど、どう、ですか……?」
「これもいいと思いますよ」
「そう、ですか。よかった、です……」
顔を赤くしながら嬉しそうに笑う志倉さん。これも確かに似合っているんだけど、普段着だという事をもう少し考えてほしかった、なんて言うのは申し訳なく感じる。
「お祭りとかにはぴったりじゃない! 普段着じゃなくても一応買っておいたら?」
「そうしましょうか」
何故か勝手に購入が決まっていた。所持金は足りるのだろうか。まあ、いざとなったら父さんにどうにかしてもらおう。
「それじゃ、次は俺のだな」
そう言って服を手渡す。浴衣を脱ぐためか志倉さんもまた一緒に入りさっきまでと比べて明らかに短い時間でこころは出てきた。
「これは……」
その格好を見て全員が言葉を失った。こころが着ていたのは上下緑のジャージだった。道理で出てくるのが早かったはずだ。
「いやー、いろいろ迷ったんだけど、普段着なら動きやすい方がいいかなーって」
確かに前二つに比べるとはるかに動きやすいだろうし、値段も安い。だが、いくら動きやすいと言ってもジャージはない。というか、前の服を見てよく出せたなと思う。
「ないな」
「ないわね」
「ないよね」
「こ、これはちょっと……」
「なんでだよ、動きやすいじゃん!」
満場一致の『ない』に雲雀が抗議する。本人は本気でいいと思っていたらしい。
「こころちゃんもいいと思うよね、ジャージ!?」
「ないですね」
「嘘だろ……」
こころにもあっさりと否定されがっくりと膝をつく日向。かわいそうだが、別に慰めようとも思わない。
「さて、最後は真人君だけど、ちゃんと持ってきたかしら?」
「ええ、一応」
と言っても、自分で選んだものではないが。わざわざ言う必要もないので黙って服を渡す。こころは例のごとく試着室へと入り着替える。着替える時間は今回が一番短かった気がする。
その服はなんだかんだで一番まともだったと思う。短めのスカートに白いシャツに上着をはおり、薄着で地味過ぎず派手過ぎず、全体的にふわりとした印象の春らしい格好だと思う。
「うん、普通にいいんじゃないかしら?」
「普通すぎると思うな」
「普通でいいんだよ、普段着なんだから」
普段から浴衣だのドレスだのを着る人間がどこにいるだろうか。
「それで、こころちゃんは結局どれがいいの?」
「そうですね……」
考え込むこころ。できれば先輩か俺が選んだ服にしてほしい。
「普段着るなら真人のが一番ですかね」
「よかった……」
最悪の事態は免れたようだった。これでドレスがいいとか言っていたなら、こころとの外出を控えるようになるところだった。
「けど、他のもよかったので買っておきたいと思います」
ここで予想外の一言が飛び出した。一つでさえかなりの値段なのにすべて買うとなったら一体いくらになるのか。不安になりたまらず声をかける。
「ちょっと待て、お前、金はあるのか?」
「大丈夫です、想真から余った研究資金を全部もらいましたから」
周りに聞かれないように小さな声で話す。
「それ、使っていいのか?」
「いいみたいですよ、私の思考や行動を調べるのも研究の一部らしいので。思うままに使っていいと言われました」
「へぇ……」
随分と贅沢なことだ。うらやましいと思ったが、これも実験の一環で、その行動も全部調べられていると考えるとあまりやってみたいとは思えなかった。ともかく、研究資金ならそれなりの額なのだろうし、資金面で困ることはないと考えていいだろう。
「お金は大丈夫なの?」
「はい、好きなものを買っていいと両親からもらったので」
ストレートに研究資金とは言えないので他の人にはいくらかごまかして説明する。
「自分で持ってきて言うのもなんだけど、高いねこのドレス。大丈夫かいこころ君?」
「大丈夫ですよ」
「ならいいんだけど……」
「けど、楽しかったわねこういうの! またやりたいわね!」
「そうですね、他人の服を選ぶなんて滅多にないですからね。組み合わせも気を使いましたし」
「楽しかったよな! やっぱコーディネートはこーでねーとなーなんちゃって!」
「日向、すべってるぞ」
「あ、あとジャージはいらないです」
「そんなっ!?」